第十二話 夜明け前のとき(後編)
クラフェルが呪文の詠唱を始める。オレも剣を抜いて対抗呪文を――って、おい! その術は!
クラフェルの唱えている術の効果を詠唱の内容から読みとり、オレは慌てて別の呪文に切り替える。
一方、オレとクラフェルをよそにルスティンは余裕の表情で戦っていた。一人目の攻撃をかわし、すれ違いざまに拳で一撃。さらに二人、三人と次々地面に這わせていく。刃物も繰り出されたが彼女は紙一重でそれをかわし、すぐさま蹴りを見舞う。
サーラはというと、オレの隣を離れていない。オレには加勢するつもりだが、裏組織の人間であるルスティンと協力するのはイヤ、といったところか。
クラフェルが呪文を完成させたのは、ルスティンが八人目の下っ端の顔面を右の拳で打ち抜いたときだった。むろん彼女は無傷。
「核炎球!」
クラフェルの周りに5~6個、赤みを帯びた光球が生み出される。そしてそれらはサーラの家へと直進した! オレの予想したとおりに!
あの光球ひとつが<爆炎弾>並の威力を持っていると聞く。そんなものが5個も6個も同時に爆発したら、爆音がすごいことになるだろう。当然、それによって目を覚ますであろう無関係の人間がやってくるはず。
そうなれば確実に戦いにくくなる。そもそも無関係の人間を巻き込みたいとも思わない。だからオレは複数の光球の前に飛び出し、
「風静振動陣っ!」
あたりから音を消し去る――正確には、風に干渉して空気の振動を無くす術を使った。
爆音のほうは消すことが出来たが、そもそもこの術は防御呪文ではないし、空気中の酸素をなくすわけでもない。
よって、光球はすべて避けることが出来たものの、サーラの家にぶつかったときに生じた余波を食らったし、そのサーラの家では、あちこちから火の手が上がっている。
この程度で済んでよかったと思うべきか、被害が大きいと見るべきか……。
一匹のエビル・デーモンが吠えると同時に、十数本の闇の矢が虚空に出現した!
しかしその闇の矢は、すべてオレに攻撃を仕掛けてきている下っ端を直撃する。
……えーっと……?
そんなことを何度か繰り返しているうちに、『暗闇の牙』の下っ端たちはその数を減じていった。
残る下っ端は三人。気絶しているのを含めれば五人、か。
「火炎の矢っ!」
下っ端のひとりが数本の炎の矢を放つ。――サーラに!
「――荒乱風波っ!」
前もって詠唱しておいたのであろう。彼女は慌てず騒がず、強風を起こす術を使って炎の矢を退けた。
「烈水の矢!」
別の下っ端が、今度は数本の水の矢をサーラに向けて撃ちだす! これは風の術では吹き飛ばせない。それに<荒乱風波>の詠唱はまだ終えてもいないだろう。今度こそマズい! 水の矢は貫通力が高く、もし急所に当たったりしたら――
「熱封球!」
オレンジ色の光球を放つサーラ。……そうか。迎撃する術を<荒乱風波>に限定する必要はないもんな。確か<荒乱風波>よりも<熱封球>のほうが詠唱時間、短かったし。
光球は水の矢の一本とぶつかると、内に封じられていた熱を開放し、みるみるうちに他の水の矢を全部、蒸発させた。
――放っておいても、問題ないかもな、こいつは……。
しかし本気で放っておくわけにもいかず、オレはサーラのほうへと駆け――
「裂風刃!」
下っ端その三が風の刃をサーラに放った!
オレはサーラのところへ急ぐ! 風の刃がどう見ても、サーラの死角から放たれていたからだ。
「ぐうっ!?」
彼女の前に飛び出し、風の刃をその身で受ける! 右のふくらはぎが裂け、地がしぶいた。勢いあまって地面に転がる。
サーラをかばわなければ、もっとマシに戦えたのに、なんでオレはそうしなかったのだろう。『魔法の防具』があるから多少平気だとか考えていたわけではない。大体、いまのは物理的なものだ。ただ、なぜだろう、守らなければと、思った。彼女だけは、守らなければ、と。
オレは地面に突っ伏し、痛みをこらえながらも思考をめぐらす。やはり、サーラが魔法の品を『まもりのペンダント』以外持っていないというのは、考えものだ。――と、待てよ。ならサーラは両親が手に入れた魔法の品がどこにあるか、知っているよな……? 知っていなかったらそれまでだが、知っているのなら――。
「――サーラ」
よろよろと起きあがり、サーラに話しかける。
「お前の両親が手に入れたっていう、魔法の品……、どこにあるか、知ってるか……?」
「え? うん。でもどうして……。――そうか。『あれ』があれば物理的なものでも、精神的なものでも大抵は無効化できるはずだから……」
…………。えっと、そんなものすごい効果のある『魔法の防具』なのか? お前の言う『あれ』っていうのは……。言葉から察するに、『まもりのペンダント』とオレのマジック・アーマーを足した上、その効果をパワーアップさせた感じのもの……?
呆然としてしまうオレにサーラが微笑んでくる。
「確かに『あれ』があれば有利になりそうだね」
『有利に』どころか、『無敵に』なるのでは……? 本当にそこまでの効果があるのなら、の話だけどさ。
「けど、すぐに用意、できるのか?」
痛みをこらえているため、途絶え途絶えに問うオレ。サーラはオレの足元に屈み込みながら、
「うん。多分なんとかできると思うよ。ちょっとだけ時間がかかるかもしれないけど」
「やっぱり、どこかに隠してあるのか……?」
「ん~、そんなトコ」
「じゃあ、すぐに――」
「焦らない。ファルカスの脚の怪我、なんとかしないとね。悠長に回復呪文をかけてもいられないから……」
「ん~」と、少しだけ考える間を置き、サーラは呪文の詠唱を始めた。
「――病傷封」
これは確か、病気の苦しさや傷の痛みを一定時間マヒさせる、応急処置用の術――。
脚から痛みが消え、剣を構える。それにしてもこの術、感覚をマヒさせてるってのに、地面を踏みしめる感覚はあるのだから不思議なものだ。痛みだけをマヒさせているのだろうか。いや、待てよ。これ、流れ出る血は止められないんだよな? 血が足りなくなっても大丈夫なのだろうか……。
「じゃあ、取ってくるね」
「ああ。――えっと、なんか、悪かったな。巻き込んで……」
聞こえるかどうかくらいの声で、ぽつりと洩らす。
「巻き込まれたわけじゃないよ。わたしも組織と関わりあるもん。それに、わたしの持っている魔法の品が狙われているわけだし。――これは過去にわたしの両親がやったことの清算。わたしはそう思ってる」
「…………。そうか。……そうだな」
「じゃあファルカス、頑張って持ちこたえててね」
炎に包まれている家へと目を向け、軽く息を吸うサーラ。そして、素早く呪文を詠唱。
「風包結界術!」
風の結界に身を包み、自分の家へと駆けていく。……あの家の中にあるっていうのか?
オレのほうで残っているのはクラフェルとエビル・デーモン三匹、それと失神中の下っ端ども。
厄介なのはデーモン三匹だ。最下級とはいえ魔族なのだから、物質を介する地、水、火、風の精霊魔術や物理的な攻撃はほぼ絶対に効かない。
というのも、魔族というのは己の魔力で精神をこの世界に具現させている存在だからだ。
魔族を倒す方法は、一応いくつかある。例えば打撃の際に『気』を――精神力を叩き込む。
しかし、その程度で倒せる奴ならブラッドも殺されはしなかっただろう。この方法は却下。
他には、神の力を借りた術か、相対している魔族よりも高位の存在に当たる魔族の力を借りた呪文を使う。あ、あと、伝説級の魔道武器を使うっていう方法もある。
そして、これがもっとも一般的な方法なのだが、精神魔術を使う。
魔族は早い話が精神生命体みたいなものなのだから、自分の精神力を呪文で増幅して放つ黒魔術か、破邪の力に変えて放つ白魔術を使えばいいわけだ。特に破邪の術は効果大で――。
……もしかしたら、サーラを戦線離脱させたのって、マズかったかもしれない。破邪の術は僧侶の得意とするところだし……。思わず頭を抱えるオレ。
それと同時、拳がなにかを打ち抜いた音がオレの耳に届く。
振り向いてみると、なんとルスティンがデーモンを一匹、殴り倒していた。
ルスティンのしているナックル、もしかしてかなり高位の魔道武器だったのか……?
ともあれ、デーモンは残り二匹。それによく考えれば絶対に倒さなければならないわけじゃない。サーラが戻ってくるまで持ちこたえていればいいだけだ。
気合いを込め、オレは詠唱を開始した――。
「この世に再び具現れし
光を統べる聖なる王よ
我が前に立ち塞がりし存在の精神に
大きな歪みを生み出し
精神から滅ぼさん!」
左の掌を開き、一匹のエビル・デーモンに向ける。
「精神崩壊っ!」
聖蒼の王スペリオルの力を借りた術の中では最高の威力を持つもので、エビル・デーモン相手に使うのは少々もったいなかったりするのだが、いまはそうも言っていられない。
オレの声に応え、蒼い柱がエビル・デーモン一匹を包み込み、四散・消滅させる。
これで二匹目! 残るは――
「魔族召喚!」
クラフェルがエビル・デーモンを召喚する声が響く!
それに応え、五匹のエビル・デーモンが新たに現われるのだった――。




