第十話 夜明け前のとき(前編)
「――これ、やるよ」
サーラとの戦闘から十数分後、そのサーラの<神の祝福>によって全快したオレは、メルト・タウンへと歩を進めながら彼女に銀色のペンダントを軽く放り投げた。
ちなみに、先ほどの戦いでは別にお互い外傷はなかったものの、サーラの<精神裂槍>でオレの精神力は思っていた以上に削られていたらしく、さっきまでは気が昂ぶっていたから一度だけ剣を振るうことも出来たわけだが、一度座り込んでからは、まあ、立つ気力もなくなっていて……。
それをサーラに回復呪文で治してもらったわけだ。
もっとも、回復呪文ならなんでもよかったわけじゃない。<回復術>や<復活術>だと傷は治るが、しょせんはそれだけ。身体的な疲労や消耗した精神力はなんともできない。
唯一の例外が<神の祝福>なのだ。オレは回復系の術に関しては、ほとんど知識がないのではっきりしたことは言えないが、普通の回復呪文と<神の祝福>は根本的になにかが違うのだろう。いや、もちろん素人の憶測だけど。
ともあれ、いま話題にすべきなのはそれじゃない。
サーラはオレの放り投げたペンダントを少し慌てた様子でキャッチし、
「『やるよ』って、これを……?」
彼女の手の中で夕陽の光を反射して赤く輝く、ユニコーンの姿が彫られている銀色のペンダント。……って、もう陽が沈む時間だったのか。
無言でうなずくオレに、サーラは怪訝そうな表情を浮かべ、
「治療代なら、もうもらったも同然だよ? この道中の護衛の依頼料と合わせて帳消しだもん」
帳消しにするつもりだったのか、コイツ。普通、魔法医の請求する治療代よりも高いぞ、護衛の依頼料は。なんせ護衛は場合によっては命を賭ける必要があるし。……いやいや、いまはそこを突っ込むべきじゃないな。
それにサーラにはそれくらい、いや、それ以上の額を請求する権利があるだろう。実際、コイツには感謝してもしきれないほど、色々な部分を治してもらったわけだし。……なんか、いやらしいイメージを覚えるのはなぜだろう……。
まあ、つまりは、だ。あのペンダントはそういう、いわゆる『お礼』として渡したものなのだが、そうと正直に言うのも、なんだかなぁ……。
「あ~、その、なんだ……」
自然、紡ぐ言葉も歯切れが悪くなる。なんか、なんかいい口実はないか。ペンダントを『お礼』以外の形で渡せる口実は。……そうだ!
「確か、今日だったよな? お前の誕生日って」
「え? うん。覚えててくれたんだ……」
いや、たったいま記憶を掘り起こして、なんとか思い出したところだ。でも覚えていたってことにしておこう。そのほうがきっと、お互いに幸せだ。
「まあ、だからやるよ。オレが持っていても、どうせ使わないだろうしな」
「……でも、本当にいいの? もらっても。ファルカスが持ってるってことは、これって高価な魔法の品なんじゃないの?」
「…………」
思わず黙る。……まったく、勘の鋭いヤツだ。
そう、その通り。オレがただのペンダントなんて持っているわけがない。あのペンダントは『まもりのペンダント』といって、物理攻撃の威力を軽減する魔法の品だ。それも、かなり希少価値の高い。
もっとも、オレが黙ったのはサーラの鋭さに舌を巻いたからであって、あれを手放すのを惜しんでのことじゃない。……いや、マジで。まあ、オレが言っても説得力ないかもしれないが。
「まあ、要らなかったら捨てるなり壊すなり、好きにしてくれ」
もし捨てられたら、あとでこっそりと回収しに来よう。壊された場合は、潔く諦めるか……。
しかし、そんなことを考える必要はなかったようで。
「ううん、要らなくなんかないよ。ありがとう、ファルカス」
それからサーラはペンダントを首から下げ、
「どう? 似合ってる?」
にっこりと微笑んでみせる。
「……馬子にも衣装、だな」
しばしその笑顔に見とれてしまってから、少しぶっきらぼうにそう答えるオレ。間違っても、照れているなどと見抜かれないように。
素直に認めるのはシャクだが、ペンダントはサーラにすごくよく似合っていた。オレの頬が赤くなっていてもおかしくはないだろう。というか、なっているに違いない。自分の感情は自分が一番よくわかる。本当、いまが夕暮れどきでよかった……。
サーラはオレの返答に少し不満げにしていたが、数秒してすぐに機嫌をよくした。……コイツ、オレの心を読んだんじゃないだろうな? 気軽に他人の心を読むのはやめろと、町で別れる前に言っておいてやったほうがいいかもしれない。
メルト・タウンに着いたのは、深夜になってからだった。俗に草木も眠る丑三つどき、と言われる時間だ。
ちょっと叫ばせてもらってもいいだろうか。『なぜに!?』と。
普通に旅をすれば、あと数時間は早く着けただろう。それがこんなに遅くなったのは、他でもないサーラのせいである。
サーラのヤツ、オレという問題を片づけてからは、街道が分かれるその度に違う道を行こうとするのだ。オレ、一体何回コイツを元の道に引き戻したっけ……。
どうも、これがサーラの『放浪癖』らしい。あっちへふらふら、こっちへふらふら、まったく、危なっかしいヤツだ。オレも一体何度困り果てたことか……。
……白状しよう。実は、まったく困ってなんかいなかった。なにしろオレは、これからどうするかをほとんど決めてないに等しいのだから。サーラのせいで時間がかかるのは、オレにとってはとても助かることだったのだ。
あるいは、そんなオレのためにわざとサーラは時間を食うようなことをしたのだろうか。オレに今後の身の振り方を決める時間を作るために。
いや、まさかな。とも思ったが、それは充分にありえることだった。
今夜はサーラの家に泊めてもらうことになっている。といっても、部屋はそれほど多くないので、就寝スペースは屋根裏部屋だ。あの、入った瞬間、サーラに<激流水柱砲>で吹っ飛ばされた、あの部屋。はっきり言って、あの部屋にいい思い出はないな……。
もちろん最初、オレは遠慮した。当然だろう。弟子のカレン・レクトアールはサーラの家に住み込んでいるわけでもないそうだし、ということはつまり、サーラ一人で暮らしている家に泊めてもらうことになるわけだ。遠慮しないほうがおかしいと思う。
しかし、深夜に旅をするのは危険だし、わたしの家が町の中にあるのに野宿することもない、と押し切られてしまったのだ。……まあ、いまからすぐに行動を起こす気にはなれなかったから、ありがたい提案ではあったのだけれど。




