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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第1章 自治都市ユースアイ
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雨音の帳



 酒場の喧噪。

 20以上あるテーブル席は、相当な場数を踏んでいると思われる熟練の冒険者達でほとんど埋まっている。彼らには昼夜の境といったものは曖昧なようだ。まだ昼間と言えるこの時間でも、既に何本もの酒瓶を転がしているテーブルが多い。それぞれが、次の行き先、戦術の見直し、あるいは単に世間話等、思い思いの事を話している。硬い岩を削っているような荒くれ者達の声が屋内を支配していた。

 だが、そんな喧噪も、今のレオンの耳には入らない。

 いつものカウンター席。

 レオンの全神経は、目の前の小さな金物に注がれていた。

 細長い針金越しに伝わってくる内部の構造。外面の滑らかな金属盤からは想像も出来ないが、中身は精巧かつ緻密そのものだ。かれこれ数十分程こうしているが、あまりに複雑過ぎて、頭の中で上手く構造を想像出来ない。恐らく、そう意図された構造なのだろう。何かに書き留めながらならもっと効率があがるかもしれないが、まだ練習の段階だから、出来るだけ楽をしたくはない。

 そうして完全に没頭していたレオンの後頭部を、突然硬質な円盤が襲った。軽く音が鳴る程度だったが、頭の中で少しずつ積み上げていた内部の想像図がどこかに雲隠れしてしまった。

「あー・・・」

 一度忘れたものは、思い出そうにも容易には思い出せない。情けない声を出すレオンに、明るい少女の声が飛ぶ。

「レオンー。あんまり熱中すると、今に飢え死にするよー」

 聞き慣れた声に体を捻って振り返ってみると、案の定、そこには見慣れた栗色のポニーテールと瞳の少女が笑っていた。

 ここ、ガレット酒場の看板娘のベティである。多少元気過ぎる女の子だと思っていたが、この酒場でお世話になっているからなのか、怖いことに、レオンは既に幾分慣れ始めている。 

 彼女はレオンの前に左手に載せていたお盆を置く。レオンの昼食である。今日は鳥のようだ。皿いっぱいの肉の片隅に、熱を通した野菜が数種類だけ、申し訳程度に顔を覗かせている。

「あ、ごめん・・・ありがとう」

 ベティはまだ右手にお盆を載せている。さすがに手慣れた様子で、そうしていると、れっきとしたウェイトレスなんだと思い知る。

 レオンはふと店内を見回した。テーブルの一角では、店長のガレットが、顔馴染みらしき大男と悪態をつき合っている。顔が笑っているから、そういうコミュニケーションなのだろう。彼の両手にも料理を載せたお盆があるから、ちゃんとした仕事中である。

「なんだか忙しそうですね」

「まあねー。雨が降ってると多いんだよ。やっぱり、どうせ行くなら晴れの日がいいんじゃないかな」 

 雨だと移動が困難になるし、火に関連した道具が使いにくくなる。日が選べるのなら、雨の日は避けたいものなのだ。

 意識を屋外の方へ向けてみる。喧噪の陰にうっすらと、雨が地面を叩いているのが分かる。

 レオンはイスから立ち上がった。

「僕も手伝います。忙しそうだし」

 ベティは少しだけ瞳を大きくしたが、すぐに可笑しそうに笑った。

「あんまり手伝ってばかりいると、本当にうちの店員になるよー」

 冒険者を目指している身としては笑えない冗談だったが、お世話になっている身分でもあるから、何もしないわけにはいかない。それに、レオンには別の目的もある。

「大丈夫です。それに、やっぱり聞いておきたいので」

 その言葉に、ベティは少しだけ笑みを引っ込めた。

「聞いても無駄だと思うよ。みんなベテランだと思うし」

「ダメもとですから。どちらにしても、手伝いますよ」

 そういうわけで、レオンは酒場の仕事を手伝った。

 手伝うと言っても、出来た料理を運んだだけである。これまでも、特に忙しそうな時は手伝う事があった。元々、接客するのは店長とその娘の2人だけ。たまにベティがいない事もあるくらいの、要は、あまり忙しくない酒場なのだ。

 それでも、今日のような雨の日は、普段より忙しい傾向があるようだ。もっとも、店員はそれを気にする様子はない。注文が遅れるのはおろか、たまに注文を忘れている事もあるくらいの、良く言えばおおらかな、悪く言えば仕事がぞんざいな店なのだ。どこで忙しくするかを自分達で選んでいるとも言える。

 だから、別にレオンが手伝わなくても、ガレットとベティが困る事はない。だが、お客の方から無言の圧力がかかっているような気がして、どうにも落ち着かない。じっとしているよりも、働いている方が、ずっと気が楽なのだ。

 それに、レオンにとって、他の冒険者と接触する事には大きな意味がある。特に、今日は雨の為かお客さんが多い。いつもよりわずかながら期待が大きかった。

 その期待も、見事に砕け散ったわけだが。

 数十分後には、落胆した表情でカウンターに突っ伏しているレオンの姿があった。

「だから、無駄だって言ったのにー」

 隣に座るベティがこちらを見もせずに言う。彼女の手には、レオンが挑戦中だった錠前と解錠ツールがあった。鍵穴に針金を突っ込んでカチャカチャと動かしているが、恐らく適当にいじっているだけだろう。

「いいんです。僕が諦めきれないだけなので・・・」

 力なくそう言うと、そこでカウンター奥の扉からガレットさんが出てくる。昼食後の片づけが一段落したのだろう。相変わらずの山男の様な肉体の上に厳めしい顔が乗っているが、その表情もどこか困っているように見える。

 カウンター内のイスに腰掛けるなり、彼はレオンに言葉をかける。

「無駄だと言ってるだろうが」

 数秒前に聞いた台詞だった。

「・・・ガレットさん、ベティさんと同じ事言ってます」

 気まずそうな父親に対して、娘の方はくすくすと笑っている。

 咳払いしてから、ガレットは諭すように言った。

「だがな。無駄なのは確かなんだよ。今この店にいる連中は、とうの昔に見習い冒険者を卒業して、魂の試練場どころか、この町の外れにある、20階層は下らねえって噂のダンジョンに挑戦しようって奴らばかりだ。そんな奴らにお前みたいなひよっこか混じったところで、最初のモンスターの餌になるのがオチだ。間違っても何かの役に立つわけがねえし、いたら邪魔なだけなんだよ。一時的にでもパーティを組んでやるなんて奴がいたら、そいつはよっぽどの大馬鹿か、妙な下心があるかのどちらかだ。この酒場内にそんな奴がいたら、今頃俺が直々に、そいつが正気かどうか確かめてるだろうよ」

「それは分かってはいるんですけど・・・」

 ベティがそこで割り込んだ。声色を変えて、尊大な口調で言う。

「分かってるなら、つべこべ言わずに、とにかく実力をつける事だな。そうすりゃあ、仲間なんざ自然とついてくる。とにかく食え!そして鍛えろ!身体が弱い奴は冒険者とは言えねえぞ!」

 最近の彼女のマイブームなのか、父親の物真似である。気のせいか、前よりも完成度が高い。

 そこで本人が低い声で娘をたしなめる。

「ベティ。今、真面目な話をしてんだよ」

 だが、素直に引き下がるベティではなかった。錠前をいじりながらではあるが。

「真面目に言わせて貰うなら、お父さんにも責任あると思うなー。レオンの前に来た見習いを残らず追い返したのはお父さんでしょー?」

 ガレットは片眉を上げた。

「何でそれが関係あるんだ?」

「もし追い返してなかったら、レオンの仲間だったかもしれないじゃない?」

「そりゃそうだが、あれはもう去年の秋だろうが。もう半年になる。仮にまともな奴だったとしても、レオンとはもう実力差が出来ちまってるだろうよ」

 そこでレオンは顔を上げた。

「という事は・・・もしかして、今年来たのは、僕が初めてなんですか?」

 自分の前に来た見習いが去年の秋ということは、冬になって、年を越してから来た人間はいないという事になる。

 ガレットはどこか遠い目をして言った。

「そうだな・・・よく考えりゃ、早いとは思ったんだよな」

「え?何がですか?」

 答えたのは、隣のベティだった。

「レオンが来たのって、山奥の方からでしょ?」

「え・・・あ、はい。そうですけど?」

「だからまあ分かるんだよね。冬が終わったっていうのが。だけど、低地から来る人達は、いつ冬が終わったかなんて知らないから、もうちょっと暖かくならないと来ないんだよね。まだこの辺りは雪が積もってると思ってる人もいるんだってさー。特に、遠い所から来ようって人は尚更分からないから、この時期に来る人はあんまりいないんだよ」

 移動するにしろ訓練するにしろ、選べるのなら雪がない方がいい。この店にいる人達が、雨が降っていない方がいいと考えるのと同じである。ずっと山奥で過ごしてきたレオンにとって、低地との季節のギャップに驚くばかりだが、その考え自体はもちろん理解出来るものだった。レオンだって、山を降りる為に春になるのを待っていたくらいなのだ。若干フライング気味ではあったけれど、それは、たまたま行商の人が村に来ていて、親切にも乗せてくれたからである。

「ということは、見習い冒険者が来るのは、これからが本番って事ですか?」

 それならば、これから仲間が見つかる可能性だってある。

 酒場の父娘は、2人ともこちらを見ないままに、同時に答えた。

「俺の目に適う奴だったらな」

「お父さんに追い返されなかったらね」

 全く同じ意見。

 父娘は一瞬だけ視線を交わしたが、すぐに目を逸らした。仲がいいのか悪いのか、よく分からない。

 それは置いておく事にして、レオンはこれからこの町にやってくる見習い冒険者の事を考えてみる。自分と同じようにまずギルドに行き、そしてこの酒場まで来て面接される。だが、レオンにしてみれば、それは何の障害でもない。なにせ、自分だって大丈夫だったのである。これ以上低いハードルはないとすら思える。

「それなら、焦る事はないですね」

 その言葉が、まさにレオンの結論だった。

 いつの間にか笑顔になっている見習い冒険者を見て、酒場の父娘は顔を見合わせた。どこでそんな結論になったのかは分からないが、問題はなさそうだし、別にいいか。そんなお互いの考えを確かめ合ったのだろう。今度もやはり、視線を交わしていたのは一瞬だけである。

「まあ、そうだな。せいぜい頑張れー」

 またベティによる口真似である。そう言いながら、いじっていた錠前とツールをレオンの前に置いた。もちろん、解錠出来ていない。

 ガレットは、そんな娘に冷ややかな視線を送っている。

「頑張ります」

 レオンはそれを手に取る。これを解錠するのが、今日の目標だった。

「でもさー、レオンは一体何を目指してるわけ?今やってる事といえば、食べて身体を鍛えて、泥棒の訓練をしてるだけでしょ?」

 言い方は良くないが、内容は概ね間違っていない。

「ええ、まあ・・・泥棒に師事しているわけじゃないですけど」

「もっと武器の訓練とかしなくていいのー?」

「してますけど・・・あんまり深く聞かないで下さい」

 聞かれると、お嬢様であるデイジーの隠された一面に触れなければならない。もちろんベティは既に知っているだろうが、なんとなく、口にしにくい事柄なのだ。

「武器はスローイングダガーとショートソード。盾がバックラー。まあ、ある意味でオーソドックスではあるな。初心者向きの装備じゃねえが」

 ガレットがレオンの身体を見ながら言った。彼が口にした装備を、レオンは今も身につけているのである。重さに慣れるためだが、防犯の意味合いも強い。部屋に置いておいて、なくなっていたら困る。

「威力なさそうな装備だよねー。ハンマーとかにした方がいいんじゃない?」

「・・・ベティさんはハンマー好きですよね」

「武器ならなんでも好きだよー」

「・・・ですよね」

 あまり聞きたくない話である。

「というか、その鍵にしたって、そんなちまちまするより、扉を壊した方が早いんじゃない?」

 ベティがレオンの手の中にある物を見ながら言う。確かに、ニコルも同じような事を言っていた。

「そうですけど、鉄製の扉とかだったら、壊せないかもしれないですし」

「そっちだって、鍵穴がなかったら手も足も出ないわけでしょ?」

「ですね・・・両方出来るのが一番いいんでしょうけど」

「そういえば、レオンは罠の解除とかは習ってないの?」

 レオンの手が止まった。

「・・・罠って解除出来るんですか?」

 真顔で聞くと、ベティはこちらの顔を見たまま停止した。それを見て、そうやら常識だったらしいという事を思い知る。この町に来てからというもの、自分が世間知らずであるという事を思い知らされる事が多々あった。

 だが、さすがと言うべきか、ガレットさんは、口元に余裕の笑みを浮かべていた。

「罠の解除は素人には荷が重い。身に付くまで結構時間がかかるんだよ。だから、とりあえずって事で、先に鍵の解錠から教えてるんだろうよ。鍵はコツさえ掴めれば簡単だし、レオンみたいに、力も魔法もない人間には必要な技術だ。それに、罠の方は解除しなくてもなんとかなる場合も多いからな」

「なんとかなるんですか?」

 レオンはすぐに聞いた。これからダンジョンに挑戦する身なのだ。知っておける事ならば何でも知っておきたい。

 ガレットは笑みを浮かべたまま答える。

「とりあえず、最低でも、罠に気づけねえと話にならねえけどな。だが、気づいたならまず、その場所を通らねえってのがひとつ。だが、どうしても通らざるを得ないって場合もある。その場合一番簡単なのは、わざとひっかかるって事だ」

 首を捻る。

「・・・ひっかかったらまずくないですか?」

「お前自身がひっかかるんじゃねえ。例えば床を踏んで発動するような罠だったら、そこに重い物を投げてみるとか、扉に触れたら危なそうだったら、遠くから弓矢で射るとか、要は、罠が発動しても安全な場所にいるって事だな。具体的には、なるべく遠くから発動させるんだ。罠が解除出来ない人間は、大抵そういう手を使ってる」

「へえ・・・」

 いちいち感心しているレオンに、ガレットは不思議そうな顔で聞いた。

「というか、お前、元狩人なんだろ?罠とか使った事あるんじゃねえのか?」

「え?・・・いや、あんまり」

 実際、レオンの父親はほとんど罠という物を使わなかった。だから、レオンもそれが普通の狩人だと思っていたのだ。 

 レオンはそこで重要な事を思い出した。

「あ・・・」

 思わず発してしまった声に、ベティが食いついてくる。

「どうしたの?」

「はい、まあ・・・」

 正直、忘れていた自分がなんとも情けない。自分で自分に呆れたが、それはともかく、今思い出せたのだから、忘れないうちに言っておかなければいけない。

「ベティさん。ちょっと頼みがあるんですけど」

 彼女は真顔で言った。

「寝室に罠を仕掛けて欲しいとかー?」

 もし頼んだら、命に関わる罠を用意されそうな気がする。

 レオンはなんとか平静さを保ちながら、真面目に答えた。

「違います。あの、アレンさんから聞いたんですけど、ベティさんも狩人なんですよね?」

 ベティは一度瞳を瞬かせてから、軽く頷いた。

「そうそう。それがどうしたのー?」

「アレンさんが言うには、ベティさんの師匠のホレスさんって人が、凄い腕の狩人だとか」 

「うん。何?もしかして、決闘してみたいとか?」

 この少女の頭の中は、やはり偏っているようだった。

「そうじゃないです。僕の戦い方の参考になるんじゃないかって言われたので、出来たら会って話をしてみたいんですけど、僕でも会って貰えるでしょうか?」

「レオンの戦い方?うーん・・・」

 いつも即断即決のベティにしては珍しく、何かを思案している様子だった。

「あの・・・無理にとは言いませんけど」

 ベティはそこで腕を組んで、少し首を傾ける。

「会うのは簡単なんだけどねー。ただ、レオンの参考にはならないかもよ?」

「え?そうなんですか?」

「とりあえず、ホレスは剣を使えないと思うし」

 予想外の情報である。どんな武器でも使いこなせるような猛者を想像していたのだが。

「使えないんですか?」

「使えないと思うなー。ホレスっていえば、とりあえず弓なんだよね。あと、笛」

 2番目が既に武器ではない。いくつもの武器を使いこなすのが理想とされた自分とはかけ離れたスタイルに思える。

 レオンが首を捻っていると、ベティが笑顔に戻って屈託なく聞いてくる。

「どうするー?とりあえず、弓の腕だけは確かだけど」

「弓の腕・・・」

 戦闘スタイルはともかく、弓もいずれは練習しなければならない。それならば、アドバイスのひとつも欲しいところだが、まだ弓は素人同然の自分が突然行ったら、迷惑ではないだろうか。

 そこでガレットさんの一押しがあった。

「どうした?とにかく行ってみろ!ひよっこが遠慮するもんじゃねえぞ!」

 レオンは頷いて、ベティに向き直る。

「迷惑じゃなかったらですけど、今度ホレスさんに会わせて貰えないですか?」

 彼女はあっさり頷いた。

「いいよー。今から行く?」

 なんというか、本当に躊躇しない女の子なのだ。

「今からはちょっと・・・」

 反射的にそう言ったレオンに、ベティが少し笑った。

「雨降ってるしねー。じゃあ、明日?」

「そ、そうですね。明日晴れてたら」

「りょーかい。というわけで、お父さん明日休んでいい?」

 その言葉に、レオンは自ずと気付かされた。  

「あ、すみません・・・お店が忙しい時に」

 だが、ガレットは笑って答える。

「さっきも言ったろ?ひよっこが気にするんじゃねえ!分かったか!?」

「は、はい!」

 その返事に一笑を返して、今度は娘の方に視線を移す。若干眼が据わっていた。

「ベティ。いい機会だ。この間のけりをつけてこい!」

「はーい」

 返事はこれ以上ないくらい軽い。

 何事もなく話がまとまったようだが、当然と言うべきか、レオンは気になった。

「・・・この間のけりっていうのは何ですか?」

 父娘はまた視線を通わす。また何らかの意志疎通があったようだ。

「まあ、来たら分かるよー」

 ベティは自然にそう言ったものの、ガレットは、こちらから目を逸らして何も言わなかった。何か後ろ暗い事があるのだろうか。それにしたって、滅多にない振る舞いである。

 あからさまに様子がおかしい。

「・・・何か隠してませんか?」

「そうだ。レオンってさあ・・・」

 ベティの言葉は続かない。無理矢理話題を変えようとしているのが明らかである。

「・・・絶対隠してますよね?」

「隠す程の事じゃないよー」

「だったら話して下さい」

「でも・・・」

 そこでちらっと、父親の方を見た。また例の意志交換である。

 ベティの表情に陰が差す。

「・・・聞いたら、レオンはどうなるかな」

 声のトーンが暗い。いつも明るいだけに、より顕著に感じられた。

 よく分からない。分からないけれど、レオンは閃いた。

 罠かもしれない。罠というか、深入りしたら危ない。

 避けよう。

 そういう判断が、瞬時に採択された。

「そ、そういえば、ホレスさんってどんな人なんですか?会う前に、少し聞いておいた方がいいですよね!」

 必死の話題転換である。自分でも分かるくらい、不自然に明るい。

 だが、とりあえず罠は避けられたようだった。ベティが元の笑顔に戻る。

「ホレスはまあ、変わり者だよね。でも、私は好きだなー」

 なんとも軽い好きだった。少なくとも、レオンが慌てないで済むくらいの軽さである。

「そうなんですか。良い人って事ですよね」

「そうだねー。あと、さっきも言ったけど、弓と笛が上手」

「弓はもちろんですけど、笛も教わってみたいですね」

「そっかー」

 ベティにしては短い台詞だった。

 彼女は、しきりに首を捻っている。

「・・・どうかしました?」

「うーん・・・なんか、まとまらないよね」

「何がです?」

「笛が上手で、鍵開けも上手い。なんだそれーって言われそう」

 悲しい事に、自分でもそう思った。

「・・・とりあえず、弓の方を優先で」

 なるほど。戦闘系がないとしまらないものだな。

 その日最後に得たのは、そんなどうでもいい教訓だった。  

 


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