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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第8章 ファースト・アイ後編
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穿つ巨翼



 やっと来たと言うべきだろうか。

「・・・久しぶりですよね」

 隣に立つステラの口から出たのはその一言だけだったけれど、レオンにはそれだけでも十分意味が伝わった。

 2人の目の前には、巨大な黒い扉。

 普通の扉とはまさに格が違う。大きさという意味でも、格調という意味でも。人間の手で作ろうとしたら、相当な手間がかかるのは間違いないし、そもそも、こんな巨大な物を扉として使うメリットがない。用途を見いだそうとすれば、まさに鑑賞用としてしかあり得ないだろう。

 その石版のような二枚扉の表面を埋め尽くすのは、巨大な渦に呑み込まれる目玉を描いたような彫刻。前の、ビギナーズ・アイの最後の部屋とは、模様が少し異なっているようだ。

 しかし、久しぶりだ。

 ボスモンスターと最後に戦ったのは、いつ以来だろう。

 先のステラの発言も、つまりはそういう意味だった。

「春以来、かな」

「ですね。ファースト・アイに挑戦する前ですから」

 その後も何度かビギナーズ・アイに入る事はあった。シャロンに連れられて行った時もそうだし、訓練の成果を試す際に何度か利用したりもしている。しかし、そういった場合は、わざわざボスのところまで行かない。

 そう考えると、少し不安になってくる。

 ビギナーズ・アイの時はどうだっただろうか。

 思い出そうとしても、レオンの記憶の中には何故かほとんど残っていないようだった。初めてボスを倒した後の事はよく覚えているのだが。

 あの夜に、初めてステラに会ったのだ。

 そこでレオンは、隣に立つステラに視線を向ける。

 彼女はその青い瞳を向けて、こちらをしっかりと見つめている。髪が少し長くなった以外は、最初に会った夜とほとんど変わらないとも言えるし、そうではないとも言えた。容姿は同じかもしれないけれど、あの時の弱々しい印象は微塵もない。何に怯えるでもなく、むしろ余裕すら感じさせるほどの落ち着きようだ。

 間違いなく、彼女はあの頃と違う。

 後は、自分が成長出来ているかどうかだ。

 ここまで来たら、信じるしかない。

 レオンはゆっくりと頷いた。

 ステラも頷き返してくる。

 部屋に突入する際のお決まりの手順を、そこでステラと確認する。光源の確保。退路の確認。そして、ソフィの安全なども一応。実際、こちらが何か言うまでもなく、ソフィはかなり後方で行儀よく座って待っていたので、気にする間でもなかった。

 それらが全て済んだ後、レオン達は視線を交わす。

 最後の意思確認。

 でも、最期にはしない意志も確認する。

 そうして、ようやく、レオンは扉に手を当てて、体重をかけた。

 さすがにびくともしない。

 身体を押し当てるようにして初めて、扉の中央に隙間が出来た。

 だが、そこで少し驚く。

 扉の隙間から、灯りが差し込んでいるのだ。しかも、普通の灯りではない。オレンジや白でなくて、どこか青みがかった色だった。

 いずれにしても、今の今まで灯りがある部屋はひとつもなかっただけに、意外としか言いようがない。

 一度ステラに目配せする。光源の確保は優先しなくていいかもしれないという認識を、その動作で確認し合った。

 扉をさらに押し開け、しばらく待ってから、ステラがまず室内に入る。すぐにレオンもその後を追い、中を警戒する。

 モンスターらしき影はない。

 しかし、視界に広がる光景に、レオンは半ば圧倒された。

 物凄く広い部屋だというのは確かだが、それ自体は珍しくはない。ただ、今まではそもそも光源の関係で、部屋全てを見渡す機会がなかった。しかし、この部屋を満たすある種の荘厳さに、目を奪われずにはいられなかった。

 部屋の色合い自体は、今までと同じ青白い石材なのだが、いつもはある自然の雰囲気がほとんどなかった。壁も床も、まるで磨かれたように綺麗で平らだし、いつもは荒々しく乱立している柱も、まるで設計者がいるかのように、等間隔に4つ、均等に並んでいる。部屋の四隅には巨大な池があるのだが、それも澄み切っていて光を反射していた。

 まるで宮殿のよう。もちろん、レオンは実物を見た事はないのだが、そう思わずにはいられないほど、整形された美を感じる場所だった。

 だがもちろん、見とれていたのは一瞬だけ。

 それはステラも一緒だったらしく、レオンがそちらにを見た時には、彼女は既に天井を見上げていた。そして、こちらの視線に気付くなり、一度大きく頷いてから、また上に視線を戻した。

 そちらが怪しい。彼女のジーニアスとしての感覚が、危険の兆候、不自然な流れを感じ取っているのだ。

 実際、この部屋には松明やランタン、燭台のような光源はない。天井にところどころ空いている小さな穴から、青白い光が漏れてきているのである。

 しかし、その天井がかなり高い。20メートルか、もしかしたら30メートルあるかもしれない。

 攻撃するとしたら弓、或いは魔法くらいしかないだろう。

 そう思った、その時。

 部屋が振動する。

 程なくして、その振動元が分かった。何故ならば、元々十分だった明るさが、さらに増していくからだ。

 天井が剥がれ落ちていく。

 もしかしたら、こういう攻撃なのかもしれない。そう思ってレオンは内心焦ったが、どうやらそれは違ったようだった。振動は部屋全体に伝わっているが、天井は全てが崩れているわけではない。部屋の中心辺りだけなのだ。その場所だけ、落ちてきた岩が降り積もって、土埃を上げていた。

 そして、何が起こっているのかを理解する間もなく。

 それが天井から降ってきた。

 積もった岩がまるで玉座だと言わんばかりに、しかし、その場所を半ば踏み砕くように、青い巨躯の怪物は轟音と共に降り立つ。

 その重量感に、部屋が一段と震える。

 いつか戦った蛙型モンスターよりもさらに大きい。こんな巨大な生物は、自然界には確実にいない。さらに、外見もまさに常軌を逸していた。大部分は鳥のような姿をしているものの、鉤爪が異様に大きく、体表は金属のような光沢を放っている。さらに、もはやお決まりとも言える巨大な一つ目。

「ブルー・フェニックス・・・」

 ステラが呟く声が聞こえる。

 聞いた事がない単語だったが、どうやらこのモンスターの名前らしいという事は分かる。

 しかし当然ながら、その意味を聞いている暇はなかった。

 青い翼のフェニックスが、飛び跳ねるようにして真上へと離陸する。

 前触れも、音も何もなかったので、レオンは驚きのあまり動けなかった。まるで糸でつり上げられたかのような、そんな光景だった。

 僅かに遅れて見上げて、その巨体を視界に収めた時。

 相手は中空で既に魔法の準備を完了させていた。

 高速で走る光のサイン。その色は緑。

 それを見た瞬間、レオンの身体にようやくスイッチが入った。

 一歩ステラの方に踏み出す。手は弓を掴んでいた。

 そこでモンスターの魔法が発動する。

 圧倒的に速い。

 それでも、ステラは咄嗟に相殺を試みたようだった。

 青と緑。熾烈な発動式の書き換え。

 勝ったのはモンスターだった。

 2人の周りで竜巻が起き始める。

 だが、レオンもステラも慌てない。

 レオンが盾をつけた左腕で風を振り払うと、見るからに竜巻の勢いは減衰される。ルーン装備の面目躍如だ。

 その隙に、上を見たままのステラは魔法を準備し、発動させる。

 ここまで読んでいたからこそ、敢えて相殺に手間をかけなかったのだ。

 まさに連携。

 だが、甘くはない。

 モンスターはステラの魔法発動を見るや否や、それを相殺しようとはせず、まるで滑空するかのような瞬速の動きで、部屋の奥へと移動してそれを避けた。

 ステラの魔法は、発動から相手を捕らえるまでに若干のタイムラグがある。だから、素早く動かれると捕らえきれない。向こうはそれを見切っていたのか、一番合理的な回避方法だった。

 巨体が奥の壁を襲撃し、また部屋が震えた。

「あれも魔法です」

 突然のステラの声にレオンは驚いたが、もちろん視線は、モンスターから離さなかった。

「身体の周囲の気流を操作しているんです。予めそういった魔法を発動させているはずです」

「それ、どうにかして無効に出来ない?」

「負荷はかかっているはずですから、疲労で効果が切れるのを待つか、後は、私が身体に触れられれば、もしかしたら・・・」

 前者は、相手がモンスターだけにあまり期待出来そうにないし、後者ははっきり言って、無茶もいいところだった。仮にしがみつく事が出来ても、ステラが魔法に精神集中するのを許してくれるとは思えない。

 どちらも望み薄。

 ならば、それを甘受したまま倒すしかない。

 モンスターは奥の壁を滑るように移動して、部屋の端へと移動している。確かに魔法的でも使わないとあり得ない移動方法だ。

 レオンは追いかけるようにして前進する。

 ステラもその後に続いたが、巨大な柱の傍で立ち止まる。どうやら、それを遮蔽にするつもりのようだ。

 それでいい。

 そのステラを置き去りにする形で、レオンはさらに奥へと駆けていく。さらに弓を両手で構えおき、距離が詰まればすぐさま矢を放つ用意も出来ている。あれだけ大きい的ならば、当てる自信は十分にあった。

 フェニックスは滑るように左奥の角まで辿り着き、そのまま左側の壁に沿って移動する。

 離される一方だったレオンとの距離も、見る見る近づいてくる。

 そこでレオンは立ち止まる。あと数歩も前に行けば池に落ちてしまう、そんな位置。

 弓を構える。

 だが、その時。

 滑らかな動きを見せていたフェニックスが、突如動きを変化させ、真下の池に飛び込んだのである。

 耳が一瞬利かなくなるほどの水音。

 そして、部屋を埋め尽くすほどの水飛沫が、一瞬で視界に広がる。

 まるで山が崩落したかのような現象に、さすがに思考が止まる。

 その直後。

 水面から高速で飛び出して来た青い大鳥が、こちらに飛びかかってくる。

 視界が飛沫と巨体で埋め尽くされる。

 これは、間合いも何もない。

 なりふり構わず、レオンはその場に身を投げ出した。

 豪雨のような音と共に、圧倒的な質量が頭の上を通過していく。

 しかし、すんでのところで、身体に触れはしなかった。

 それにほっとしたのも束の間。

 今度はまさに爆音が、レオンの後方、モンスターの突っ込んでいた先で巻き起こる。

 どこかに衝突したのだ。

 そこで、レオンの背筋が凍る。

 慌てて身体を捻って、後方を視界に収める。

 青い巨鳥が瓦礫の上に立っているその位置は、ステラが遮蔽にしていた柱が立っていたはずの場所だった。

 しかし、その柱も今は見る影もない。

 中央部分が吹き飛んだかのように、残骸らしき瓦礫が周囲に撒き散らされている。

 そして、ステラの姿はどこにもなかった。

 まさか。

 まさか。

 頭が真っ白になりかけた、その時。

 巨鳥が再び、音もなく真上に飛び立つ。

 その跡を、一瞬で霜の世界が満たしたが、それはすぐに消えてしまう。

 そこでやっと、レオンは止まっていた息を吐く。

 瓦礫が不自然に傾いている場所がある。まるで、その下に空洞が出来ているように。

 案の定、すぐにブロンドの少女がその陰から出てきた。その直後、瓦礫は突如さ支えを失ったかのように倒れて、また少し土埃が舞う。

 咄嗟に氷壁を作り出して瓦礫から身を守った。

 それだけの事を把握するのに、レオンはしばらく時間が必要だった。いくらステラでも、反射的にそれだけの魔法を発動させるのは難しい。だから、予めそうなる事を想定して、前もって準備していたのだろう。

 とにかく、無事だった。

 あまりの安心感から、頬が綻んでいるのが自分で分かったが、ステラが杖を構えながら上を見ているのに気付いて、その表情を慌てて引っ込める。まだ戦いは終わっていないのだ。自分だけが休んでいるわけにはいかない。

 レオンは地面に片手を叩きつけて身体を起こす。そして、ある種の予感が働いていたので、そのまま弓を構えた。

 視界をステラより上に。

 そこには、真下のステラに向かって突撃しようとしているブルー・フェニックスの姿。

 すぐさま矢を放った。

 その速度はモンスターの突撃をも凌駕するはずだが、青い巨鳥はそれすらも機敏に対処した。身を捻るように回転させて、突撃の進路を変えてしまったのだ。

 しかし、それでステラからは進路が逸れる。

 モンスターは彼女から10メートルほど離れた地面に激突する。陥没した地面からまた瓦礫が飛んだが、それでも巨鳥の着地は成功していたらしい。信じられない身のこなしだが、すぐさま点灯する魔法の発動兆候を見せられてしまっては、ここまで計算済みと信じるしかなかった。

 だが、その魔法は発動しなかった。

 巨鳥は咄嗟に飛び退くように、また上へと飛び立つ。その直後、飛び去った跡地を再び霜の世界が包んだので、どうやらステラの攻撃をかわすためだったようだ。

 着地後で、しかも攻撃準備中とは思えない。普通なら、絶対かわせないタイミングだったはずなのに。

 冷静な判断。

 治癒魔法を応用した高速移動。

 そして、あの巨体を生かした突撃と魔法のコンビネーション。

 これが、ファースト・アイのボスモンスターか。

 まさに怪物。

 まさにモンスターだ。

 執拗にも、再びステラへと突撃しようとしているようだったので、レオンは矢を放ってその進路を妨害した。すると、モンスターは敢えて突撃に固執せず、そのまま空中を平行に滑って、大扉がある壁へと速やかに移動した。

 その隙にステラの元に駆け寄ろうとしたレオンだったが、あまり意味がない事に気付いて、一旦立ち止まる。

 はっきり言って、こちらの攻撃は全て見切られていると言ってもいい。逆に、こちらはあと何度、モンスターの攻撃をやり過ごせるだろうか。弓にしろ魔法にしろ、無限に使えるわけではないのだ。弓は矢がなくなった瞬間、魔法はステラの気力が尽きた瞬間、そこで終わりだ。

 もとより、モンスターに体力では勝てない。

 持久戦は不利どころか、敗北しかない。

 逃げるのも、ほとんど不可能だろう。向こうが易々と見逃してくれるとは思えないのだから。

 どうするか。

 しかし、実は半ば、レオンの覚悟は既に決まっていた。

 大扉の上に一度着地したブルー・フェニックスに、レオンはさらに追撃の矢を放つ。だが、タイミングが甘いのは分かっていた。案の定、向こうはあっさりとさらに上へと飛翔してかわす。

 一瞬の溜めの後、青い巨鳥は、今度はこちらへと真っ直ぐに滑空してくる。

 レオンは弓を構えようとする。

 しかし。

 一度そう見せかけて、レオンは弓を捨てた。

 モンスターは驚かなかったようだが、ステラはきっと驚いただろう。

 それが狙いだ。

 こうしておかないと、ステラはこちらを守るように魔法を使う。意表を突く事で、その選択肢を潰した格好だ。そうしなければ勝てないと、説明している暇がなかったから。

 剣を抜く。

 息を止めたレオンの右手にはロングソード。左手は腰の後ろ。

 そのまま息を整える。

 巨鳥はまるで彗星のように、こちらへ落ちてくる。

 速い。

 それでも、その隕石の動きを見切る。

 これしかない。

 圧倒的な質量。

 破竹の勢い。

 目の前に来た瞬間、一瞬の無音と無風。

 鉤爪が鈍く光る。

 確かに、見える。

 レオンは、そこで一歩だけ右足を退いた。

 それ以上、動くわけにはいかない。

 左腕を前に出す。

 その跡を抉るようにして。

 巨躯が地面を穿った。

 轟音。

 振動。

 左腕に千切れるような痛み。

 だけど、目で見る。

 自分の左腕を巻き込むようにして。

 モンスターの青い巨体が、まさに目の前にあった。

 今なら攻撃出来る。

 そう思った瞬間、言いようのない殺気を感じた。

 フェニックスの両翼。

 その鉤爪がこちらの身体を挟み込むように、攻撃してくる。

 咄嗟に身を屈める。

 しかし、爪は避けても、翼全ては無理だった。その上、翼はまるで金属のように硬かった。

 頭を強打される。

 一瞬のブラックアウト。

 しかし。

 それでもレオンの右腕は走る。

 ロングソードを振り抜いた。

 何かを砕く、確かな手応え。

 左翼の、下の方。

 反対側の右翼から再び殺気を感じたので、レオンは左の盾でそれをガードする。

 左腕はまだ動くらしい。

 まだ、戦える。

 その気持ちのまま、モンスターの一つ目を睨み返した。

 そして、その瞬間。

 下側が砕けたフェニックスの右翼が、霜で覆われるのが分かった。

 勝った。

 その確信と同時に、レオンの緊張も解けた。

 膝から崩れ落ちる。

 もう大丈夫。

 あとはステラの仕事だ。

 白くなった右翼が砕け散る音が聞こえて間もなく、次はもっと派手な音が聞こえた。

 本来なら、魔法の発動を察知して逃げられるモンスターではあるが、今はもう無理なのだ。

 決まってよかった。

 いつの間にかうつ伏せになっていたレオンは、その感情のまま微笑む。

 左腕を庇うのを諦めてまで、粘着弾を投げておいたのだ。ただ、突撃速度と相手の判断力の問題で、ギリギリまで引き付ける必要があった。

 お陰で、自分の足まで巻き込まなくてはいけなかったのが残念なところではあったけれど。

 それでも、勝ちは勝ちだ。

 やがて、あれだけの存在感を放っていたモンスターの気配が空気に溶けるように消えていく。

 終わった。

 ああ、終わった。

 よかった。

 どういうわけか、それ以上は思考が進まなかった。

「レオンさん!」

 ステラの声が聞こえる。

 それから、走り寄ってくる足音も。

 きっと怪我はないだろう。

 そう思った瞬間、レオンは何故か忘れていた記憶を思い出した。

 そうか。

 あの突撃を完璧にかわすなんて出来ない。そして、あの威力なら、掠っただけでも相当な怪我をするのは当たり前なのだ。

 実を言うと、モンスターを睨んだ瞬間、左腕が視界の端に映っていた。

 その周りの、青じゃない色も。

 よく、動いたものだ。

 あの怪我で・・・

 そこでレオンは目を閉じた。

「レオンさん・・・しっかりして!」

 左肩に、彼女の手が触れる感触。

 その部分が程なく温かくなる。

 治癒魔法を使っているのだろう。

 でも、恐らく無理だ。

 きっと助からないだろう。

 その事実をあっさりと、レオンは受け入れた。

「どうして、どうして・・・!」

 その声で、ステラが泣いているのが分かる。

 ただ、後悔はない。

 これでいいと思えた。

 仲間が生きているのだから。

「嫌です!レオンさん!起きて!」

 そんなに、引きとめなくてもいい。

 立派な人間じゃないから。

 ずっと、逃げて、逃げて、逃げてばかりいて。

 そんな惨めな人間だから。

「レオンさん!・・・いえ、違う」

 どういうわけか、レオンはこの時も、はっきりとステラの考えが分かった。

「私が・・・私がしっかりしないと」

 涙声ながらも、彼女の口調が明らかに変わった。

 触れられている左肩が、燃えているように熱くなる。

「絶対助けてみせる。今度こそ、せめて今度くらいは、私が・・・!」

 そんな事ないんだけどな。

 うつ伏せのまま、少しだけレオンは微笑んでしまった。

 いつも助けて貰っているのはこちらだから。

 今まで戦えたのは、ステラのお陰。

 だから。

 ああ、そうか。

 今初めて気付いた感情によって、今までのわだかまりが全て解放されたような、そんな気分になった。

 つまり、自分は、ステラの役に立ちたかった。

 恩返ししたかった。

 ただそれだけの感情で、戦っていたんだ。

 祈るようなステラの声が聞こえてくる。

「お願い。レオンさん、逝かないで・・・」

 ありがとう。

 でも、ちょっと難しい。

 そこでまた、別の声が聞こえた。

「助けがいる?」

 ベティの声だろうか。

 ステラは躊躇なく答えた。

「手伝って!」

 まあ、当然だろう。

 状況がよく分からないけど、まあいいや。

 あの2人は、もう親友か、或いは姉妹みたいなものだから。

 今はまだ少し、ステラがベティに甘えている関係かもしれないけれど。

 でも、もっともっといい関係になれる。

 だから、大丈夫。

 何も心配ない。

 これでいい。

 その安心感を胸に、レオンは眠りに落ちた。

 いつものように真っ暗な世界が広がる、何もない場所へ落ちていくような、そんな眠りへと。



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