寂しい暁
翌日はやはり快晴だった。春や夏とは違って、湖をそのまま映したような、色素の薄い水色の空。気温も少しずつ低くなってきていて、ほんのりと寂しい印象がするくらいだった。ただ、つい昨日、あの湖の精霊と話したばかりなので、湖イコール慎ましいという方程式どことなく覆されつつある感は否めない。
ガレット酒場の裏口で、ラッセルの荷造りを手伝いながら、レオンはなんとなく彼にその話を聞かせていた。
「精霊・・・精霊って言われてもねえ」
木箱を慣れた手付きで積み上げながら、ラッセルは一瞬だけ首を傾げて呟く。いつも優しげな彼の表情も、今は苦笑している印象が濃かった。商売人の彼は、信じられないとは決して口にしないけれど、そう思っているのは間違いなさそうだ。
その木箱にウイスキーの瓶を詰め込みながら、レオンは答える。
「僕はよく知らないんだけど、サイレントコールドと知り合いだったみたいなんだよね」
一旦手を止めて、ラッセルはシャツの袖で汗を拭いながらこちらを見る。
「サイレントコールドが生きてたのは、この町が出来るよりもずっと前だからね。だから、さすがに知ってる人はいないんじゃないかな」
「あ・・・そうか」
「それに、精霊っていうのが、そもそも本当にいるのかって言われてるくらいだし・・・あ、もちろん、レオンの言う事を疑ってるわけじゃないんだけど」
軽く片手を振って、レオンも苦笑してみせた。
「いや、うん・・・まあ、気にしないで」
妖精とは違って、精霊の方には正式な定義がない。基本的に冒険者以外の目撃例がないし、その例にしても極端に少ないからだ。昔ならば、魔法や自然の力を司っているとも言われたらしいのだが、今では魔法の学問化も進んでいるので、そういった存在は全て迷信と思われている感もある。
ただ、レオンとしては、もう会ってしまったのだから信じる以外にはない。しかも、また会いましょうと言われてしまった以上、何かしら情報を集めたくなるのが普通の精神だろう。
しかしながら、その情報収集も驚くくらい手応えがなかった。ガレットやベティはもちろん、実は町一番の情報通とも言えるラッセルも駄目だと、もうお手上げかもしれない。
ラッセルは木箱を台車に積み始めたが、そこでふと、思いついたように言った。
「・・・そうだ。デイジーに聞いてみたら?」
伝説とか武勇伝とかなら彼女に聞けと言われているくらいなので、確かに一理ある提案だ。
こちらも仕事を再開しながら、レオンは答えた。
「うん。まあ・・・午後から訓練場に行くから、その時に多分会えるかな」
そこでラッセルは一瞬手が止まったが、すぐに何事もなかったかのように尋ねてくる。
「そういえば・・・大した意味はないんだけど」
「何?」
「デイジーとかリディアとか、訓練所に結構来るよね?」
どういう質問なのか、レオンには分からなかった。ただ、ラッセルも普段通りテキパキと手を動かしているように見えるので、きっとただの世間話だろうと、簡単に答える。
「まあ、そうかな。僕も毎日行くわけじゃないから確かな事は言えないけど、でも、そういえば結構会うね」
何故か、そこで少し間があったものの、やはり何気ない口調でラッセルは質問してくる。
「いや、まあ・・・どんな話してるのかなって、ふと思ってね。本当に大した意味はないんだけど」
大した意味がない割には、結構前置きがしつこい気もした。しかし、当然と言うべきか、レオンには深く勘ぐる動機も能力もなかった。
「どんな話って言われても・・・だいたい、デイジーとは訓練とか武器の話かな。あ、たまに投擲の手解きをしてもらう事ならあるけど」
腕前だけなら、まだデイジーの方が上なのである。
「へえ・・・リディアとは?」
「うーん・・・やっぱり、武器の話かな。手入れの仕方なんかは、いつも気にしてくれてるみたいだから」
「アレンさんとか、今はブレットもいるんだよね?」
「まあ・・・そうだけど」
さすがにレオンは気になったので、そこで手を止めて尋ねる。
「何か気になる事でもあるの?」
そこでやはり不自然な間があった。身体はテキパキと動いているが、明らかに口の方は答えあぐねている。
「いや、別に・・・」
結局、ラッセルの口から出てきたのはそんな曖昧な言葉だった。
レオンは突然ラッセルの事が心配になってくる。何か悩み事だろうか。
「どうかした?何か心配事があるなら、僕でよければ相談にのるけど・・・」
その言葉に、まずラッセルはこちらを見たのだが、嬉しいような呆れたような、そんな複雑な表情を浮かべていた。その顔にレオンが戸惑っているうちに、彼はいつもの微笑みに戻って、簡単に答える。
「本当に大した事じゃないよ」
確かに深刻な感じはしないのだが、でも、世間話とも言い切れない雰囲気。
どうしてものかと考えあぐねるレオンだったが、ふと呟かれたラッセルの言葉に、また耳を疑う。
「・・・アレンさんなら、まあ、適わないかもしれないけど」
「・・・何が?」
剣の腕の事だろうか。確かにレオンはまだ適わない。ラッセルが剣を握っている場面なんて見た事はないけれど、しかし、彼も適わないのは間違いないだろう。ベティやデイジーの例もあるので、もしかしたら、実は物凄い腕前を隠しているという可能性も、ないわけではないのだが。
ただ、どうもそういう感じでもない。
手を止めたラッセルは、やはり苦笑気味に何か言い掛けたが、そこで裏口の奥から足音が聞こえてきたので、言い噤んでしまった。
その足音の主は、その重量感ある気配からも明らかである。
そして数秒後、裏口をその巨体で塞いだのは、やはり、ここの主であるガレットだった。相変わらずの、荒々しいまでの造形である。自然の作った彫刻みたいという表現がこれほど相応しい人は、そう多くないだろう。ゴーレムと掴み合いをしても勝てそうなくらいなのだから。
彼には狭すぎる裏口のドアから顔だけ出して、ガレットは間髪入れずに尋ねた。
「注文はそれで全部か?」
答えたのはラッセルだ。
「あ、はい」
「それならいいんだが・・・それ、1人じゃ運べねえだろ。馬鹿娘がいたら、俺が手伝ってやってもよかったんだが」
「いえ・・・台車があるので、大丈夫です」
事実その通り、ラッセルは簡単な台車を持ってきていたが、それでも大変には違いないので、レオンは軽く手を挙げて言った。
「よかったら、僕が手伝いますけど・・・」
何か言いたげな視線をこちらに送ったガレットだったが、やがて軽く頷く。
「悪いが、ついでにフィオナの家に寄ってこい」
「フィオナさんですか?あ、ベティが・・・」
いるんでしたっけと続けようとしたが、ガレットがそれを遮った。
「馬鹿娘がいるはずだから、首根っこ掴んで連れてこい」
「それは・・・」
精神的にも物理的にも難しいです。そう言おうとしたのだが、やはりガレットは皆まで言わせなかった。
「任せた」
その短い一言がこちらに届く頃には、彼の巨体は裏口の奥へと消えてしまっていた。元冒険者の身のこなしと言うべきだろうか。鮮やか過ぎる動きだった。
何故か顔を見合わせるレオンとラッセル。珍しい手品を見せられたような、そんなミステリアスな印象を僅かに感じた。
それはともかくとして、結局、レオンはラッセルの荷造りを最後まで手伝った。ウイスキーを木箱に詰めて、それを台車に載せただけだ。聞けば、ガレット酒場の銘酒を配達するのが、今日のラッセルの仕事のようだ。本来なら、店主が自分で注文を受けるのが自然だが、顔が広いラッセルは、馴染みの人にいろいろな仲介を頼まれる事が多いらしい。
秋空の下を、ラッセルと台車を引きながら歩く。道中、特に会話はなかった。話題が尽きたというわけではなく、ラッセルが道でも配達先でも、やたらと人に話しかけられるので、たわいもないお喋りの入り込む余地がないのである。時折、レオンをガレット酒場の店員だとか、ラッセルの弟子だと勘違いしている人がちらほらと見受けられた。こういった勘違いはほとんどがお年寄りで、しかも、余程激しく思い込んでいるのか、訂正しても次会った時は忘れている場合がほとんどだった。経験則からそれを学んでいるレオンは、さすがにもう諦めてしまっている。
そんな立ち話もあって、フィオナの家に着くまでに、結局1時間以上かかってしまった。当然ながら、ラッセルはまだ仕事が残っていたが、もう十分1人で運べると言われたので、近くに来たところで解放して貰ったのだ。
ところが、いざフィオナの家に来てみると、ちょうど彼女は玄関前でお喋りしている最中だった。もちろんベティもいる。それに、もう2人。ステラとデイジーも一緒だった。
歩いてくるレオンに最初に気づいたのはジーニアスの2人だったようだが、声をかけてきたのは、やはりブラウンのポニーテールの少女だった。
「あ、レオン!噂をすればなんとやら、だねー」
言葉の内容はともかく、手を振りながら大声で呼ばれたので、若干レオンは恥ずかしかった。
4人のところまで一気に走り寄ってから、努めて冷静に、レオンは尋ねた。
「どんな噂ですか?」
屈託のない笑みで、ベティは言い放った。
「透け透けの女の子にナンパされたんでしょー?」
その一言は、レオンの急拵えの精神障壁をたった一撃で、見るも無惨に崩壊させた。
だが、動揺したのはステラも同じだったらしい。怖ず怖ずと意見の述べる。
「そ、それは違うと・・・」
「あれ、違った?」
「う、うん・・・」
ベティは意味深に微笑みながら、軽く首を傾ける。
「でもなー・・・ステラの話を聞いてると、どうしてもそういう風にしか聞こえないんだけど」
「え・・・」
ステラは困ったような視線を、フィオナとデイジーに送った。
しかし、その2人は表情こそ柔らかいが、何の助け船も出さなかった。妹の狼狽ぶりを見て楽しんでいる姉達のような、そんな雰囲気である。
仕方ないので、意を決してレオンが尋ねた。
「・・・結局、何の話をしてたんですか?」
待ってましたとばかりに、ベティはこちらに微笑みかける。
「よく聞いたねー。それでこそ男の子だ!」
その一言はある意味危険信号だと、やはり経験則から、レオンは知っているのである。そういうわけで、すぐさま撤退を試みたのは、冒険者の本能から考えても当然の事だった。
「・・・やっぱり、聞かなかった事にしていいですか?」
「うんうん。今更逃げられると思ってるなら、それもいい度胸だねー。巨大蛙を一刀両断にしたその実力を、今こそ見せて貰おうかな」
どうやら、ステラからいろいろ聞き及んでいるらしい。そして、こうなってしまった以上、大人しく会話に参加する以外に、レオンに残された道はなさそうだった。
「えっと・・・お手柔らかに」
せめてそう告げるのが、レオンにとっては精一杯だった。
ところが、いざ話を聞いてみたところ、何か特別な事をステラが話していたわけではないようだった。先程レオンがラッセルにした話とほとんど同じだと言ってもいい。ただ違うのは、レオンの話の中では、あの湖の精霊は謎の少女という印象が濃いが、ステラの話の中では、完全に忌むべき悪霊という話し方をされている点だった。彼女はあの少女と夢の中で何度も戦っているらしいから、そういった印象を抱くのも無理はないのかもしれない。
「私は会った事ないのよね・・・」
そう呟いたのはフィオナだった。彼女も前世はサイレントコールドだが、ステラのよりもだいぶ晩年の記憶が中心らしいので、たまたま縁がなかったのだろう。今日の彼女は服装もグレイのシックな装いだったが、いつものように、どこか幼げに首を傾げていた。目は閉じたままでも、顔はしっかりとベティを捉えている。
その視線を受けて、ベティは簡単に頷く。ブラウンのポニーテールが揺れたが、瞳は余裕を含ませた輝きを放っている。彼女は淡いレッドのワンピースに白いエプロン姿で、花の多い華やかなこの玄関先に、ある意味一番似合っていた。
「会った事ないのは、私も一緒だし・・・で、こういう時はデイジーの出番だよねって話をしてたんだけど」
ベティの視線を受けたデイジーは、淑やかな外見そのままに、ベティよりもずっと上品に頷いた。長い黒髪と紺のワンピースが益々彼女の高貴さを引き立てているように感じられて、ある意味、一番目立っていると言えるかもしれない。
「ですけれど、私も特別な逸話は存じ上げていません。サイレントコールドと、湖に棲み着いていた悪霊が戦ったというのは確かだと思いますけれど、その他には特に・・・ただ、湖で漁師をしていらっしゃる方々の間では、精霊がいるはずだという話が、朧気ながら伝わってはいるようです」
「それでも、見た人はいないんだよね?」
「ええ・・・」
デイジーは微笑みながら頷いた。精霊の話を信じているのかどうかは分からないが、少なくとも、迷信と断じているという雰囲気ではなかった。
「うーん・・・」
腕を組んで唸るベティだったが、顔はどこか楽しそうだった。正直に言うと、レオンが予想していた反応とほとんど同じである。なんとなく面白そうだと、ベティならばきっと言うだろうと思っていたのだ。
「ただ、あの・・・ちょっと思ったんですけど」
控えめに手を挙げながら、ステラが発言した。彼女は青のワンピースで、ちょうど瞳の色と同じに見えた。それ以外は、柔らかいブロンドのショートヘアもいつも通りだし、肩に乗る純白の妖精も、いつものように伏せてこちらを見ている。
それはそれとして、ステラの主張はかなり冒険者視点なものだった。
「私の印象でしかないんですけど、イブさんが戦っていた時よりも、その、この前の私と戦った時の方が、明らかに魔法が弱かったような、そんな気がするんです」
すぐに反論したのは、ベティだった。
「でもねー・・・それって、向こうが手加減してたって事じゃないの?少なくとも、レオンの話し方は、そんな感じだったけど」
「それは・・・そうなんですけど」
こちらを一瞥してから、ステラは少し下を向いてしまった。恐らくだが、彼女は悔しいのだろう。夢の中の理想と、今の自分との実力差が身に染みるのだ。そういったものを、彼女は潔いほどに真っ直ぐ捉えて、そして、目を逸らせない性格なのである。
苦しいだろうなと、レオンは思った。
「手加減というか・・・あの、その精霊が言うにはですけど」
「何?」
きょとんとしながら尋ねるベティに、レオンは告げる。
「サイレントコールドに負けて、改心したんだって・・・人間に例えて言うなら、転生したようなものだって、そう言ってました」
「へえ・・・そうなの?」
返答を求められたステラは、やや躊躇いながらも、小さく頷く。
「それだったら・・・いえ、でも、目的が分かりませんね」
やや苦笑気味にデイジーは言った。
「だねー・・・何か心当たりとか、ないの?」
そのベティの問いに、ステラはしばらく考えてから、やがてこちらを向いた。その視線の意味を解読するなら、何かご存じないですか、だろうか。
一応考えてみたレオンだったが、やはり何も思い浮かばない。頼みのラッセルやデイジーも手掛かりなしでは、これ以上の進展は見込めそうもない。
「・・・分かりません。一度たまたま会ってから、何となく興味があっただけなんだと思いますけど」
もうそう考えるしかない。レオンにしてみれば、その程度の推測でしかなかった。
ところが、その発言をした途端、何故か3人の少女にじっと見つめられてしまったので、レオンは緊張よりも先に驚いた。フィオナだけは、いつも通りの穏やかな笑みのままだ。
妙に意味深な沈黙。
「あの・・・何か?」
そこでようやく、少女達は視線を逸らす。
それぞれが手早くアイコンタクトを交わしているようだったが、その意味はさすがに、レオンにも解読不可能だった。
それが済んだ後、ベティが何事もなかったかのように尋ねてくる。
「ところで、レオンは何しに来たの?」
「え?あ・・・」
今の今まで、すっかり忘れていたレオンである。
「何と言っていいのか・・・えっと、簡単に言うなら、ガレットさんがお呼びです」
それ以上簡単に表現するのは難しいが、それで十分過ぎるほど伝わったようだった。ベティは不敵とも言える笑みを浮かべて、簡単に頷く。
「了解。じゃあ、私はこれで帰ろうかな。ステラとデイジーはどうする?」
「あ、私は、ハワード先生のところへ・・・」
「でしたら、私も付き合います」
淑やかに微笑むデイジーにつられて、ステラもどこか気品ある笑みを見せた。その場所だけ位が高くなったような、そんな錯覚を覚える。
それを見て楽しそうに笑ってから、ベティはこちらを向いた。
「よし・・・じゃあ、私はレオンと帰ろうかな。確か、訓練は午後からだよね?」
「え・・・あ、はい」
「うん、決定。これも運命だね」
「・・・何ですか?運命って」
にやりと口元を上げるベティ。
「盾、かな」
「・・・誰のですか?」
「男の子が盾になるんだから、決まってるでしょー?」
要するに、ガレットの怒りに対する保険みたいな扱いを、自分は期待されているらしい。そうなると、盾というよりはむしろ、人柱かもしれない。或いは、捧げ物か。
「・・・多分、そこまで気にしなくても、大丈夫だと思いますけど」
「でもほら、備えあればなんとやらって言うし」
そんな軽い気持ちで盾にされる身としては、結構複雑な心境ではあった。
しかし、ここで何か言っても無駄なのは明らかである。いずれにしても、訓練の準備があるから、一旦宿場に戻らなければならないのだ。
レオン達10代4人組は、フィオナに挨拶してから、二手に分かれてその場を去った。フィオナは明るい表情で手を振ってくれた。気のせいかもしれないが、前会った時よりも楽しそうというか、明るい雰囲気になっている気がした。
帰りの道中は、相変わらずベティがよく話した。この町の話題を全て網羅しているのではないかと思えるほど、彼女の話は種類が豊富で、そして面白い。口数が少ないホレスといい関係が築けるのも、きっとこのベティの明るさがなせる技なのだろう。
そして、彼女は相手から話題を引き出す達人でもあった。今も、いつの間にやら、先程のラッセルとの会話を暴露させられていた。
「へえ・・・ラッセルがそんな事を聞いてたんだねー」
クスクスと笑いながら、ベティが可笑しそうに感想を漏らす。
だが、いったい何がそんなに可笑しいのか、レオンにはさっぱり分からなかった。
「何か、そんなに意味のある質問だったんですか?」
ベティは口元だけで微笑む。
「意味があるって言えばあるし、ないって言えばないかな」
「・・・結局、どちらなんです?」
「うーん・・・どっちだろうね。私もちょっと分からないなー。アレンさんの事は」
「アレンさん?」
どうしてそこで彼の名前が出てくるのか、レオンには謎でしかない。
そこでベティは前を向いてしまった。何故かはよく分からないが、真面目な時のベティの横顔を見ると、少し心臓の鼓動が速くなるレオンだった。
「あるようなないような・・・ちょっと歳の差があるような気もするけど、でも、私だって似たようなものだしなー」
「・・・はい?」
完全に置いてきぼりである。
また突然、ベティはこちらを向く。完全にいつもの笑顔に戻っていた。
「レオンも、将来の事とか考えないとね」
「え?」
急に言われたので戸惑ったが、確かにその通りではあった。
「だって、今のファースト・アイが終わったら、次はもう魂の試練場だよ。もちろん、いろいろ準備してからだとは思うけど」
「まあ・・・そうですよね」
「そこがクリア出来たら、レオンはどうするの?」
その問いはつまり、冒険者になれた後どうするのかという意味と同じだった。その事について全く考えた事がないわけではないのだが、まだレオンには確かな答えがなかった。
どうしても、一人前の冒険者になれた自分というものが、想像出来ないのである。
ベティの笑顔はいつの間にか少し優しかった。
この表情に自分は甘えている。そんな印象が完全には拭えなかったが、どうしても他の答えを持ち合わせていなかったので、レオンはこう答えるしかなかった。
「・・・分かりません」
いつかと同じように、ベティに殴られるかもしれない。そんな想像が一瞬だけ頭を過ぎったのだが、実際にはそうならず、彼女はまた前を向いて、気を抜くように息を吐いた。
「ステラはね、ちゃんと考えてるよ」
「・・・すみません」
「そう思ってるなら、頼ってあげて欲しいな・・・って言いたいところなんだけど、でも、きっとお父さんなら、違う事言うんだろうね」
「そうなんですか?」
意表を突かれたレオンに、ベティは珍しく淡々と言った。ほんの少しだけれど、辛さのような匂いが、その言葉の端々から感じられた。
「やっぱり、私は冒険者じゃないんだよね。前世でもそうだったけど、冒険者を待ってるのが私なんだよ。だから分からない。分かってあげらないんだけど・・・でも、今のレオンやステラが大事な時期にあるんだって事は、分かっちゃうんだよね」
ベティでも、こんな表情を、言葉を吐き出す時がある。
そんな事は当たり前だ。
ここで、レオンの頭の中に想起されるものがあった。
それは。
そう。
夢だ。
こういう人達を守りたい。大事なものを守れる人になりたいと思って、自分は冒険者を志したのではないのか。
「・・・大丈夫ですよ」
感情のままに口をついてその言葉が出たのだが、その瞬間に、レオンは後悔した。
何だろう。
この情けない言葉は。
何かが、いや、何もかもが、足りない。
だけど、どういうわけか、ベティはとても綺麗に、清々しく微笑んでくれた。
「うん・・・そうだね。そういう、ちょっと頼りなくて、ちょっと頼れる感じが、レオンなんだよね」
「・・・すみません」
ベティは笑った。
その瞬間、また想起されたものがあった。とても懐かしくて、でも新鮮な、身体に馴染むのに心に刺激を与える、そんな感動。
「大丈夫だよ。私もステラも、リディアもデイジーも、お父さんもラッセルもブレットも、みんなついてる。それに・・・」
ああそうかと、ふと思った。
次のベティの言葉は、レオンの予想と、寸分違わず同じものだった。
「私達みんな、友達だからね」