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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第8章 ファースト・アイ後編
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移り気な泉



「ちょっと、湿っぽくないですか?」

「え?」

 ファースト・アイから帰還する道中、その上り階段で、後方をついてくるステラがふとそんな事を口にした。

 言われてみればそうかもしれない。そう思わないでもなかったが、それくらいなら気にする事もない。これからもうダンジョンを後にするのだから。

 ところが、そう思いながら次の一歩を踏み出した時だった。

 その一歩の感触が、いつもの岩を踏みしめる硬い感触ではなかった。いや、確かに一番下にはしっかりとした地面があったが、問題はその上に感じられた僅かな違和感だった。

 それと、音も。

 水溜まりを踏んだような、感覚と音。

 一歩踏み出したままの姿勢で立ち止まったレオンは、まず自分の足下を見た。

 濡れているように見えない事もない。

 続けて、レオンはゆっくり振り返る。

 見慣れた少女の顔がそこにあった。ブロンドのショートヘアと青い瞳が、ランタンの灯りを受けて、どちらも不思議な色を反射していた。どちらも黄金色の派生のような色彩だが、どう名付けられているのはか分からない。代わりというべきか、彼女の白い肌や魔導衣は、赤みがかったオレンジ色を素直に示している。

 そんな感想を抱けるくらいには、ステラとしばしアイコンタクトをしていた。向こうもかなり真剣な表情だ。

 そして、最後にレオンは、ステラの肩に乗る妖精に目をやる。紅い双眸はじっとこちらを見つめていたが、何を言いたいのかは相変わらずよく分からない。しかしながら、こういう時、大した危険がないならソフィはもっとリラックスしているはずで、今は若干ながら何かに身構えているような印象を受けた。

 その紅い視線もたっぷり受けてから、レオンはようやく次の一声を発した。

「・・・戻ろうか」

 そういうわけで、レオン達は再び導きの泉へと引き返す事となった。

 帰還する上り階段の床が濡れていたら、地上は大洪水だから絶対に出てくるな。それがガレットの忠告だったが、いざ実際に遭遇してみると、驚くくらい現実味がなかった。本当に上はそんな凄い状況に陥っているのだろうかと確かめたくなる。だがもちろん、下手に見に行って巻き込まれても困るので、実践は出来ない。

 幸いにも、今日は怪我をしたから帰ろうとしたわけではなかったし、食料や備品が足りないという事もなかった。だから、ダンジョンで寝泊まりする事に関しては特に支障はない。

 ただ、ステラの精神的な負担がどれほどのものか、それだけが気がかりと言えた。単におぞましいモンスターを見たというだけで済まないのが、ダンジョンの怖いところだ。特に、以前ステラは恐怖心でルーンを誤作動させた事もある。それはステラに限らず、ジーニアスなら常に懸念しなければならないリスクなのだ。

 しかしながら、出られない以上は仕方ない。何か言葉で勇気づけられたらいいのだが、こういう時呆れるくらい役に立たないのが、レオンの口だった。

 就寝の準備をして、見回りをして、食事をする。ここまでは何の問題もなかった。傍目にはステラも比較的明るいし、特に身体が震えているようにも見えない。どちらかというと、レオンの不安の方が顔に出やすいらしく、逆にステラから心配されるくらいだった。

 そして、いよいよ就寝の時間。

 以前ガレットが言っていたように、不安な夜に胸を貸せるのが本当の仲間なのかもしれないのだが、どう考えても今のレオンには無理があった。一緒の毛布に横になるのを想像するだけで、頭が融解しそうになる。仮に実践したら、顔の何割かは実際に融けているだろうと確信出来るほどだった。

 そもそも、2人しかいない以上、どちらかが起きて見張るしかないので、そんな事はしてあげられないのだ。こういう時、ソフィが添い寝してくれるという事実に、少なからず有り難みを感じる。

 今晩もやはり、先に休むのはステラだ。

 傘を被せたランタンを見ながらぼんやりしていると、しばらくして、規則正しい寝息が聞こえてくる。

 それを聞いて、レオンはようやくほっと息を吐いた。夢の中ではサイレントコールドがステラを勇気づけてくれる。

 安心した途端、急に暇になる。

 こういう時にする事といえば、今日の戦闘を思い返す事。

 最後の戦闘では、ダガーが尽きかけそうになった。正確には尽きていないが、そういった懸念が頭をよぎって、つい出し惜しみしてしまった感がある。もう少し持ち込む数を増やすべきなのかもしれない。

 他は概ね、上手く言っている気がする。今日も、この3層目までは比較的いいペースで来られた。その3層目も、そう遠くないうちにクリア出来るだろう。4層目の難易度が跳ね上がるような事がなければ、2日間で4層目まで進む事も不可能ではない。

 そうなれば、3日で5層目も十分視野に入る。

 少なくとも、無理ではないと思える。

 ここで最初に寝た日の事を思えば、今はかなり進歩したと言えないだろうか。前は、1日で1層進むのも大変だったのだ。

 強くなれたという事だろうか。

 そう考えるのが自然。

 このままもっと強くなっていけば、ファースト・アイをクリアする事も出来るはず。

 そうなれば、いよいよ次の目標に向かう時だ。

「やっと・・・」

 そんな言葉が口をついて出た、その時。

「次のステップかしら」

「そういう事に・・・」 

 なんとなく、声の響きがベティに似ていたので、反射的にレオンは返事をしてしまった。

 だが、すぐに気付く。

 ダンジョンにベティがいるわけない。

 一瞬で全身が緊張する。 

 右手を短剣の柄に伸ばしながら、レオンは声のした方向へ振り返った。

 そして驚いた。

 自分と同じように白亜の泉の縁に腰掛けて、楽しげにこちらに微笑みかけているのは、シンプルなワンピースを着た、髪の長い少女。

 だが、掛け値なしに透明の身体。

 いつだったか、このファースト・アイで一戦交えた、あの時の水の少女だった。

 既に攻撃態勢は整っていたレオンだったが、ダガーを投げつけるのは思いとどまった。その攻撃には意味がないのだ。以前試した事もあったが、池にダガーを捨てたように、相手の身体に沈むだけである。

 それに、あまりの事に頭がついていかなかった。この少女は恐らくモンスターだが、それならどうして攻撃してこなかったのか。そもそも、いったいどこから入ってきたのか。全てのドアには、ニコル特製のワイヤーをかけて、簡単には開かないようにしているのに。

 そんな数々の疑問に頭をかき乱されていると、少女がさらにとんでもない事を言い出した。

「ほら。次のステップ、しないの?」

「・・・はい?」

 少女は意味深な微笑みで、やや離れた場所で寝ているステラに視線をやる。

「愛しの彼女が無防備に寝てるんだから。これはもう、そろそろ次の段階に進んでもOKって事でしょ?」

「な、な、な・・・!?」

 最初の愛しの彼女というフレーズで、レオンの脳は混乱の極地にあった。そのお陰というべきか、言葉の後半部分は耳が受付を拒否していたので、ある意味命拾いした。

 途端に少女は怪訝な顔になる。灯りが近いせいなのか、以前よりも表情の変化が詳細までよく分かった。

「なーに?もしかして、まだキスも済んでないとか?」

 その言葉は、鉄球が直撃したかのように、レオンの心臓に重い一撃を加えた。

 うずくまるレオンに、少女の容赦ない追撃は続く。

「ダメねえ。あれから何日経ったと思ってるわけ?」

「い、いやいやいや!」

 摩擦熱が発生しそうなほどの猛烈な勢いで手を振るレオンを見て、少女は首を傾げる。ところが次の瞬間、何か納得したように頷いて、そして誰か以上とも言える邪な笑みを浮かべた。

「ああ・・・へえ、なるほど」

「な、何が・・・」

「うん・・・よく分かった。そういう事なら、お姉さんがしっかり手解きしてあげるから」

 何の話ですかとか、意味が分かりませんとか、そういう言葉はいくらでも浮かんできたが、そういった言葉が逆効果なのは経験上よく分かっていたので、レオンは答えあぐねる。

 だが、それが同意と取られてしまったのか、少女は悪魔のような笑みで、それに相応しいほどのとんでもない事を言い出した。 

「じゃあ、とりあえず毛布に潜り込んじゃえ。後はまあ、なるようになるから」

 レオンの許容範囲を軽く超過する爆弾発言だった。

 顔を真っ赤にして唖然とするレオンを、にやけながら見据えていた少女だったが、しばらくして愉快そうに笑い始めた。

 そして、その数秒後だった。

 物音がしたのでそちらを見ると、瞼を擦りながら、ステラが身を起こしているところだった。

「何か、話し声が・・・」

 その視線が、水の少女を捉えて、止まる。

 何とも言えない沈黙が、確かにあった。

 やがて、ステラは驚愕に目を見開き、そして、少女を指さしながら声をあげた。

「貴女・・・!」

 逆に、水の少女は余裕の表情を浮かべている。

「お久しぶりね。イブによく似たお嬢さん」

「やっぱり・・・あ、悪霊ですね!?」

 悪霊という言葉にレオンは引っかかった。単に、以前戦闘した少女がいるという事で驚いているのだと思ったが、それだけではないのか。

 だが、よく考えてみれば、あの時レオンは確かにこの少女を見たが、ステラは距離があったからはっきりとは見えていなかった可能性がある。後でだいたいの話はしたのだが、人の容姿を伝えるのはあまり得意ではないので、同一人物だとは思っていないのかもしれない。

 そんな呑気な分析をしていると、ステラはすぐ脇に置いてあった杖を掴むと、すぐさま魔法の準備を始めた。

 さすがにレオンは慌てる。

「ちょ、ちょっと、ステラ!?」

 片膝を突いた体勢でこちらをちらりと一瞥してから、ステラは答えた。

「離れて下さい!魔法の余波が・・・」

「いや、だからちょっと待って・・・」

「待ちません!だって・・・」

 そこで少女の声が割って入る。1人だけやたら冷静に、何かに納得したように何度も頷いていた。

「なるほどね・・・似てるとは思ったけど、貴女、前世で私を見たわけね?」

「え?」

 レオンは驚いたが、ステラは全く動じずに言い返す。

「そうです!今度こそ、成敗して差し上げます!」

 その瞬間、ステラの魔法が完成する。本当に発動が早くなった事に感心したが、もちろんそんな場合でもない。

 とにもかくにも、レオンは地面を蹴って、泉から離れる。

 僅かに遅れて、水の少女は氷の檻に囚われた。

 そして、氷によって仕切られた内側が一瞬にして白い霜に覆われたのだが、いつも通りなのはここまでだった。

 突如氷か砕け散る。

「うん・・・確かにイブに似てる。でも、まだ初々しいのね」

 余裕の態度で微動だにしていない水の少女が、ステラを見ながらそんな言葉を告げた。

 ステラの方はといえば、自分の魔法が簡単に無力化された事に少なからずショックを受けた様子だった。しかし、それでも諦めずに次の魔法を準備しようとする。

 そこでまた、水の少女が言葉をかけた。今度はより一層、揶揄するようなニュアンスが強かった。

「そんなに焦ってばかりだと、せっかくの美人が台無しよ?」

「余計なお世話です!」

 すぐさま言い返すステラ。

 だが、次の少女の一声で固まった。

「だけど、愛しの彼の前なんだし・・・ちょっとは意識した方がいいんじゃない?」

 その言葉は効果覿面だった。しかも、ステラだけじゃなくて、レオンにも、である。

「な、な、な・・・!?」

 どこかで見たような狼狽え方をするステラ。いずれにしても、準備中だった魔法は完全に霧散したようだった。

 それとは正反対に、少女は楽しげな表情で言葉を続ける。

「そんなに可愛らしいリアクションをしなくても・・・でも、やっぱり全然進展無しなのねえ。正直、焦れったいとか、思ってるんじゃない?」

 薄明かりの中でもはっきりと分かるほど、ステラは耳まで真っ赤だった。

「そ、そ、そんな事・・・!」

「思ってないのお?じゃあ、私がこの子を貰って行っても、別に問題ないわけね」

「・・・はい?」

 突然妙な宣言をされたので、レオンは思わず聞き返した。

 しかし、ステラはやや動揺しながらも、先程の気勢が戻ってきたようだった。少女に杖の先を向けて魔法準備を始める。

「いいわけないです!悪霊なんかに、レオンさんを・・・」

「あら、レオンっていうのね。可愛い名前」

「そうやって人を誑かすのは止めなさい!」

 そこでステラの魔法が発動したが、今度は少女が相殺したようだった。青白い文字への書き足しが目まぐるしく行われた為、どうやらステラもある程度は応戦したらしいが、結果的に魔法は無力化されていた。向こうの方が上手なようだ。

「くっ・・・!」

 歯噛みするステラ。本当に悔しそうに見える。

 だが、レオンにしてみれば、この少女は全く攻撃を行わないから、どこか違和感をを抱かざるを得なかった。モンスターではないのか。ステラはしきりに悪霊だと言っているが、それはモンスターとは違うものなのか。

 泉の縁に腰掛けたままの少女は、そこで僅かに目を細めた。

「懐かしいわねえ。あの時、イブも同じような事を言ってきたから。イブがいなかったら今の私はないわけだし、本当に感慨深いわ」

 その言葉にレオンは引っかかった。ステラも僅かながら緊張を弛めたようだ。

「あの・・・」

 怖ず怖ずと話しかけたレオンだったが、少女はあっさり無視して、ステラに話しかける。

「貴女、名前何だったかしら。前に聞いたような気もするけど・・・あ、そうそう。ステラさんだった?」

 戸惑いながらも、ステラは結局頷いた。

「そ、そうですけど・・・」

 少女は不意に優しく微笑んで、小首を傾げた。

「ちょっと、こっちへ来て」

 面食らったステラだったが、すぐに言い返す。

「行くわけないです。何を企んで・・・」

「何も企んでないから。その可愛らしい顔をよく見たいだけ」

「・・・誑かそうとしているとしか思えません」

「いいじゃないの、顔くらい。減るものじゃないし」

「嫌です」

 あからさまに警戒するステラ。先程までとは、どこか質の違う身構え方のように見えた。

 そこで少女は小さく息を吐いたようだった。

「これはやっぱり、私が貴女を捕まえるしかないわけね。うん・・・私は別にそれでもいいんだけど、ステラさんはちょっと困ると思うわけ。だって、私が貴女を押し倒すなり、羽交い締めにするなりしたら、貴女の服がずぶ濡れになっちゃうから」

「・・・え?」

 何故かステラはこちらを見た。

 悪戯っぽく微笑んで、少女は告げる。

「そういうのって、人間としてはどうなのかしら。貴女とか、そこのレオン君が変な気分になっちゃったとしても、私は責任持てないんだけど・・・それでも譲歩しない?」

「な、何を・・・」

 口では言い返したが、ステラは明らかに動揺していた。

 逆に、少女の方は益々饒舌になっていく。

「私としては、ここでステラさんがちょっと譲歩してくれるのが、私にとっても貴女にとってもいいと思って、それで提案してあげたんだけど・・・ええ、でも、どうしてもステラさんが戦いたいって言うなら、仕方ないわね。不本意ながらも、ステラさんの服をずぶ濡れにしちゃうと思うけど、しょうがないわよねえ。だって、不可抗力だもの」

 いつの間にか話が変わっているような気がしないでもなかったが、少女の言葉は、それこそ川のせせらぎのように滑らかで、こちらが何か考える暇もなかった。

「あ、それとももしかして、わざとずぶ濡れになる作戦?」

「・・・はい?」

 少女はまさに悪魔の笑みを見せた。

「だから、そうやってレオン君の気を引く作戦なの?」

 この言葉には、レオンもステラも黙りこくった。

 もうお互いの顔が見られそうにない。

「そういう事なら、お姉さんも協力しちゃうけど?」

 勝ち誇ったように少女が言う。

 やや小さめの声で、ステラが答えた。

「そ、それでも、悪霊の言いなりにはなりません」

「ふーん、じゃあ、襲いかかるけど、本当にいい?」

「・・・ちょ、ちょっと待って下さい」

 弱気になったステラが、こちらに上目遣いの視線を送ってくる。その意図を解読するなら、私の手には負えません、だろうか。

 正直なところ、ここまで自由な物言いをされると、レオンの手にも負えそうにない。ベティやデイジーがこの場にいたら、物凄い舌戦が繰り広げられたのかもしれないが。

 さり気なく話題を変えよう。

 レオンはもう一度少女に尋ねた。

「あの・・・」

「なーに?」

 今度は機嫌良く答えてくれた。優位な立場からくる余裕だろうか。

 とりあえずレオンは、今一番の疑問を口にする。

「結局、貴女は、その、何者なんですか?」

 きょとんとしながらも、少女はあっさり答えた。

「だから、悪霊。大昔にこの泉に棲み着いてたところを、イブによって成敗されたわけ」

「成敗されたのに、なんでこんなところにいるんです?」

 少女は指を1本立てる。

「そこはまあ精霊の不思議ってやつ?私の場合、この湖がなくならない限りは、倒されてもしばらくすれば復活出来るわけ・・・っていうのは、ちょっと違うかなあ。人間と一緒で、転生したと思って貰うのが一番近いかも」

「転生・・・」

 どういう事が起こったのか、レオンはしばし想像してみる。自分には転生の実感というものがないし、向こうは人間ですらないようなので、本当に想像程度しか出来なかったが。

 悪戯っぽく微笑みながら、少女はあっけらかんと告げる。

「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない?要するに、イブが成敗してくれたお陰で、ほんの少しだけ改心した精霊って事。ほんと懐かしいけど、昔はやんちゃしたわあ。でもほら、今はこんなにフレンドリーだし」

 果たしてこれがフレンドリーなのかどうかは分からないが、いずれにしても、話せば分かりそうだという印象をレオンは持った。

「・・・そのフレンドリーな精霊さんが、どうして前は襲ってきたんです?」

 益々笑みを濃くする少女。

「さあ・・・どうしてかしら」

「かしらって・・・」

「全然改心してないじゃないですか」

 冷たい視線を送りながら、ステラが会話に割り込んでくる。

 すると少女は、またもや懐かしそうな視線でステラを見据えた。

「そうしてると、本当にイブの面影がある。でも・・・髪も瞳も色が全然違うし、彼女の子孫というわけじゃないのよね?」

「そ、そうですけど・・・」

「それなのに、その冷たくてどこか優しい雰囲気がよく似てる。魔法の組み立て方もそっくりだし。そう考えると、前世って不思議なものね」

 あまりに穏やかな物言いだったので、ステラも毒気が抜かれた様子だった。

「ねえ、ステラさん」

「は、はい?」

「そんなに顔を見せるのが嫌?」

 その問いは今までと違って、ステラをからかうようなニュアンスがなかった。

 だからステラは戸惑ったようだったが、気丈に見返しながらはっきりと告げる。

「嫌です」

 すると少女は吹き出すように笑った。

「可愛い」

 きょとんとするステラ。

「・・・はい?」

「うん。でも・・・そうね、もっと幼い頃のイブはそういう感じだったのかもしれない。そう考えれば、いいもの見られたとも言えるかしら。だから、今日のところはこれで満足。顔を見せて貰うのは、また今度のお楽しみにしておくわ」

 リアクションを決め兼ねているステラ。

 少女は気を抜くように微笑む。

「まだしばらくは、ここで実力をつけるのよね?」

「え?・・・あ、はい」

「貴女の魔法。前よりもだいぶ要領がよくなっているけど、まだまだ改善の余地があるわよ。多分、几帳面な性格なんだと思うけど、魔法の完成度を重視し過ぎかしら。気を抜くところは抜いておかないと、相殺への対応やアドリブが追いつかなくなる。特に、力押しで勝てない相手と戦う時に重要な技術ね」

「それは・・・分かってますけど」

 悔しそうながらも、律儀に返すステラ。

 最後に少女は可笑しそうに吹き出す。

「頑張ってね。いろいろ・・・もう少し強くなった頃、また会いましょう」

 そう言うなり、少女は泉の縁に腰掛けたまま優雅に足を持ち上げて、泉の中へと静かに差し入れる。そしてそのまま、ゆっくりと沈み込んで、溶け込んでいってしまった。

 もちろん、導きの泉には、人が沈み込めるような深さはない。

 まさに精霊か、それに類するものでなければ出来ない消え去り方だった。

 水の少女が去ってからも、レオンとステラはしばらく動かなかった。しばらく待っても何の変化もない事を確認して、ほぼ同時に、2人は身体の緊張を解く。

「・・・結局、何がしたかったんでしょうね?」

「さあ・・・」

 その会話が2人の心境を代弁していた。

 まさに未知との遭遇。

 ダンジョン風景以外で何も変わらなかったのは、低く強い光を発し続けているランタン。

 そして、今までの騒動もなんのそので気持ちよさそうに眠り続ける、毛布の中の白い妖精だけだった。



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