グロテスク・ワン
暗闇に丸いボールのような光が浮かんでいる。燐光混じりの洞窟の中に色とりどりの光が浮かんでいる様は、幻想的で目を奪われるような光景かもしれないが、今のレオン達にしてみれば、そんな呑気な状況とは対極にあると言ってもよかった。
そのひとつに矢を放ちながらも、レオンの頭は、その数を把握するのに忙しい。
4、5,6・・・
とにかく数が多い。そして、なかなか厄介な敵だった。光が浮いているように見えるものの、その実体は蛍のような昆虫型モンスター。そして、こういった小型モンスターの例に漏れず、魔法を使って攻撃してくる。
それはある意味セオリー通りで、直接攻撃してこないから分かり易いといえばそうなのだが、その姿を覆い隠す程の光量が問題だった。魔法の発動兆候が紛れ込んで見えないのである。というより、自身の魔法の兆候が隠れるように、敢えて同じ色の発光をしているのは間違いない。
そういうわけで、モンスターの攻撃がいつ来るのか、レオンには分からない。魔法が発動する前に全部倒せればいいのだが、数が多すぎるので難しい。咄嗟に防御出来る位置取りを心がけながらの、神経を使う戦いを強いられていた。
「来ます!紫!」
やや後方の柱を遮蔽にしているステラの声が響いた。
咄嗟に紫の光を探す。そして見つけた瞬間、レオンの右手はダガーを抜いて、そちらに投げていた。
僅かに遅れてその光が消失したのを確認して、命中した事を確認する。だいたい真ん中辺りを狙うようにはしているが、的が小さいだけに、当たるかどうかはほとんどギャンブルだった。
次の瞬間、洞窟の奥に構える赤い玉の周囲が、一際明るく輝いた。
その周囲に現れたのは、オレンジの鞭のような、蛇のような、そんな長細い炎。
規模が大きい上、軌道の予測がしにくい。
だが、その炎がこちらに牙をむいた時、それを阻むものがあった。
レオンの前方に現れた、はっきりと見える程の霧。
炎の蛇はその中に勢いよく突進したが、ほんの数秒もしないうちに立ち消えてしまう。
そして、それを確認するや否や。
赤い玉の周囲が、今度は水に覆われたように屈折する。見慣れているレオンは、それが魔法によって出来た氷柱だと分かっているが、いつも最初は、こちらの視界がおかしくなったのかと勘違いしてしまう。それほど鮮やかな、一瞬の現象なのだ。
その直後、氷の仕切りによって区切られた内側の世界はたちまち極寒となり、真っ白な霜で何も見えなくなる。その頃には赤い光が消えていたので、どうやら倒せたらしいというのは分かった。
一度柱の陰に身を隠しながら、レオンは後方に問いかける。
「あとどれくらいいるか、分かる?」
ステラの答えは早かった。
「6か7くらいだと思いますけど、ただ・・・」
「奥に池みたいなのが見えた。つまり、そういう事?」
「はい。そうです」
水の中はジーニアスの感覚が届きにくい。だから、伏兵がいないとは限らない。ステラの言い分は要するにそういう事だ。
ここは、下手に前に出ない方がいい。
これだけ広い洞窟なら、水の中に限らず、隠れる場所はいくらでもある。訓練によって感覚が強化されたとはいえ、ステラが察知出来る範囲にも限界があるのだ。奇襲されるのはやむを得ないとしても、せめて予め分かっている敵を減らしておけば、ずっと対処し易くなる。
ただ、光球モンスターもなかなか慎重なのだ。というより、魔法で攻撃するのだから、敢えて前に出てくる必要はどこにもない。しかも、魔法を使う時以外はチョロチョロと動き回るので、正直なところ、レオンは狙いがつけにくい。下手に動いて罠があっても困るので、攻め倦ねている感は否めなかった。
そういうわけだから、今のところ、レオンはステラが狙われにくくなるように、やや前に出ての囮作戦を実行中だった。作戦とはいっても、誰が言い出したわけではなく、戦っているうちにこうなっただけである。ステラの魔法がもっとも効率のいい攻撃方法なわけだし、かといって、彼女ひとりで反撃を全て対処するのは無理がある。ある意味伝統的な役割分担だと言えるかもしれない。しかしながら、簡易な魔法ならルーンにストックしておけるようになったので、先ほどのように、咄嗟にステラが防御サポートをしてくれる事もある。連携などの完成度においては、以前よりもかなり向上しているはずだった。
誰に見せるでもなく、小さく頷いたレオンは、後方の仲間に告げる。
「もう少し、今のままでいこう」
「はい。無理はしないで下さい」
「そちらも。何かあったら声を出して」
柱の陰から飛び出すレオン。
すぐさま、魔法のものらしき突風が襲ってきたが、それは盾をかざす事で減衰された。忘れそうになるが、これだって立派なルーン装備なのだ。拡散型の魔法なら、ある程度は対処出来る。
ところが、その時だった。
奥に見える池の水面。
そこに突如波紋が起きる。
やたら明るい光球モンスターのお陰で、レオンにもその変化がはっきり見えた。そして、位置的に見えないかもしれないが、ステラも感覚的に察知しているだろう。
ただ、そのモンスターの一部が水中から覗いた時、レオンはすぐさま呟いていた。
「これは・・・見ない方がいいかも」
まだ聞かせるつもりはなかったのだが、ステラには聞こえていたらしく、やや緊張したような声が返ってくる。
「私ですか?」
「え?・・・あ、うん。ステラは見ない方がいいよ」
「分かりました・・・もう、嫌になりますね」
諦めの溜息混じりの声だったが、そんな話をしながらも、彼女は一体の光球を霜の柱に変えていた。ステラから見て、ちょうど池を見る必要のない位置に陣取っていた青い光球だった。
しかしながら、もしステラが伏兵の姿を視界に収めていたら、恐らくそんな冷静な行動は出来なかっただろう。
水中からヒタヒタと音を立てて這い上がってきたのは、恐らく蛙型モンスター。人に匹敵する程大きくて、そして大きな目玉がひとつというのはいつも通りだが、今回はその体表に問題があり過ぎた。
毛もくじゃらと言えばいいのだろうか。しかし、普通の体毛とは明らかに違う。黄緑色の筒状の器官とでも表現すべきグロテスクな突起が無数に付いていて、しかも、その全てが不気味に蠢いている。
はっきり言って、今回ばかりは、レオンも嫌悪感を催さずにはいられなかった。
まさに異形のモンスター。
半径5メートル以内には近寄らせたくない。
ただ、そんな事を考えている状況ではないのも、また確かだった。
光球はステラに任せるとして、こちらは自分が対処するしかない。仮にステラがこれを視界に収めたら、下手をするとその場で失神してしまうかもしれない。そんな想定に十分現実味があるくらいには、蛙型の気持ち悪さは伊達ではなかった。
とりあえず、距離が50メートルはあるので矢を射てみよう。
そう思って構えたレオンだったが、そこでモンスターに動きがあった。
全身の突起から、突然白い煙のような物が吹き出す。
その量は相当なもので、すぐにモンスターの姿を覆い隠してしまう程だった。しかも、それでは飽きたらず、広大な洞窟中を充満せんとばかりにモクモクと体積を増やしていく。
攻撃の出鼻を挫かれたのもそうだが、その行動の意図が掴めなかったので、若干レオンは焦った。ただの目眩ましならまだいいが、毒霧だったらただでは済まない。
「何か・・・霧みたいなのが出てます?」
後方の声にレオンは振り返らずに答えた。
「そうなんだけど、毒かどうかは、いくらジーニアスでも分からないよね?」
突然の問いに戸惑ったのか、ステラの口調はやや乱れていた。
「えっと・・・そ、そうですね。そこまではちょっと。すみません」
それに答えようとした、まさにその時だった。
湿っぽい独特の足音が僅かに聞こえたと思っていたら、突如白い霧を突き破って、蛙型モンスターが飛びかかってきたのだ。
まだ30メートル以上はあるはずだが、それを一足で飛び越えようとしている。
その信じられない跳躍力に驚きながらも、レオンの身体はしっかり準備が出来ていた。
まず、弓から手を離す。そして、左前方へと身体を投げ出しながら、右手はロングソードの柄を握っていた。
地面を転がるようにして、異形モンスターの攻撃をかわす。
しかし、蛙型の追撃はまだ続く。
着地してすぐにこちらへ振り向いたモンスターは、今度は大きな口を開けて、長い舌をこちらに伸ばしてきたのだ。
さすがのレオンもこれは想定外だった。
避けようとはしたが、まだ体勢が整っていなかったので、そんな余裕はなかった。滑った舌はレオンの左肩を捉えて、鎧の上から鞭のように巻き付く。
だが、レオンは慌てない。
すぐさま右手の剣を一閃する。
舌はあっという間に分断され、モンスターは耳障りな呻き声を上げた。
そしてレオンの左手は本体にダガーを投げつけたのだが、モンスターは巨体に似合わない軽やかな身のこなしでそれをかわす。動きだけならきっと一流なのだが、見た目がグロテスク過ぎるので、ある意味台無しだった。
ところが、その時。
「ひやぁっ!?」
声自体は聞き慣れていたが、そんな言葉を発するのは初めて聞いたかもしれない。
いずれにしても、ステラの声だ。恐らく、モンスターの姿を見てしまったのだろう。突然戦闘が始まったのだから、心配になるのは致し方ない。
「見なくていい!僕がなんとかするから!」
咄嗟に叫んだレオンに、慌てたステラの声が帰ってきた。
「は、はい!」
良かった。気絶してなかった。
さすがに冒険者見習いなのだから、ある程度は耐性が出来ていたのか。そんな事を考えながらも、レオンの身体はモンスターに向けて駆けだしていた。両手は既に剣を握っている。
気は進まないが、狙うは近接戦。モンスターの身体は巨大なだけに、その方が有利なはずだ。
蛙型モンスターも、跳躍力を生かす方針なのか、こちらに向かって矢のように飛びかかってくる。
レオンは咄嗟に立ち止まる。
半身になった。
自分の呼吸と、相手の動きを感じる。
ブヨブヨの右前足。その脇の下を屈むようにしながら、右の剣を思いっきり振るった。
弾力を断ち切る感触。
確かな手応えがあった。
振り向きながら、その成果を視界に収める。目に飛び込んできたのは、あさっての方向に飛んでいく前足と、それを失いややバランスを崩して着地しているモンスターの本体。
チャンスだ。
そう思った瞬間、モンスターの全身が一瞬膨張した。
思わず戸惑う。
だが、身体はしっかりと対応していた。すぐに地面を蹴って、モンスターから距離をとる。
その直後、モンスターの突起から吹き出した白い霧が、周囲をあっという間に満たした。
もう2歩、3歩と、レオンは霧に押されるように後退する。
どんな成分なのか分からない以上、レオンにはこうする以外にない。そして、不意にステラの事が心配になる。一応、毒かもしれないという会話はしたから、何も分からないという事はないはずだが。
とにかく自分が倒すしかない。
霧の中はさっぱり見えないが、モンスターが大きく動くような気配は感じない。またこちらの飛びかかろうとしているのか。或いは、手負いの舌を伸ばそうとしているのか。
いずれかは分からないが、とりあえずダガーを投げつけてみるのがいいかもしれない。攻撃の催促にはなるだろう。しかしながら、数が残り少ない為、不用意な攻撃は控えたいところでもある。
どうするか。
全身の感覚を研ぎ澄ませながら、レオンはしばらく迷った。
いつの間にか、霧の噴出は止まっているようだ。
ただ動かずに、来るべき時を待つ。
10秒、20秒・・・
先程までの戦闘が嘘のような静けさがダンジョン内を支配していた。
ステラの方は済んだのだろうか。
そして、遂にその時が来た。
霧の中の空気が蠢く。
反射的にレオンの身体は緊張した。
同時に、湿っぽい物音が僅かに聞こえてくる。
来る。
そう思ったまさにその時、霧を切り裂いて異形が飛びかかってくる。
もちろん、レオンは準備万端だった。
右足を一歩後退させつつ、両手に力を込める。
相手の攻撃は、見込みが甘い。
強いて言うなら、気持ち悪いのが最大の障害だったが、大した問題ではなかった。
すれ違い様に下げた右足を踏み出す。その動作だけで、モンスターの振り上げた片足は完全に打点を失っていた。
そして、同じその動作が、レオンのカウンターの威力を増す。
右腕が一閃しただけで、全ては終わっていた。
今度こそ、レオンは振り返らなかった。
後方に倒れ込むモンスターは、目玉を真っ二つにされ、次第に空気にとけ込んでいく。今度は白ではなくて、紫の煙が蒸気のように立ち上った。
息を吐く。
なんとか勝てたという達成感もあったが、そんな場合でもないので、レオンはその動作だけで感情を押し殺した。
ステラは無事だろうか。
まだ残っている白い霧を迂回するように、レオンは元いた場所へと駆けだした。
ところが、10歩も歩かないうちに、当の本人がランタン片手にこちらに近づいてくるのが見えたので、レオンはホッとする。
どうやら、向こうも似たような心境だったらしく、こちらを見てあからさまに表情を弛めた。
向こうに負けじとレオンの表情も綻ぶ。
「そちらも済んだ?」
「はい。もういないはずです。少なくとも、水のないところにはですけど」
正確に言えばその通りだが、もしもっと潜んでいたなら、いくらでも奇襲に適したタイミングがあったはずだ。だから、もうこれで打ち止めという可能性が高いと言える。そう思わないと、それこそいつまでも最高水準の警戒が必要になるので、すぐに疲弊してしまうのだ。
それでも、一応レオンは周囲を見渡した。もう奥は真っ暗で見えない。他の音も聞こえないようだった。
その後もう一度ステラの顔を見て、そして足下を見た。純白の妖精が、いつも通り、その場所で暇そうにこちらを見上げている。実際、何もしていないソフィだが、まだモンスターがいる時はなんとなく様子が違うので、そういう意味では役に立っているとも言えた。
いずれにしても、みんな無事だ。
「さて・・・武器を回収してからもう一部屋進むか、それとも、これで今日は終わりにするか」
「時間はそろそろ夜ですよね」
ランタンの目盛りを読みながら答えるステラ。だが、突然身体をぶるっと震わせたので、レオンは驚く。
「どうしたの?」
するとステラは、気まずそうに苦笑した。ややひきつったような微笑み方だ。
「あ、えっと・・・ちょっと、さっきのモンスターを思い出してしまって」
「ああ・・・」
頷くレオン。
しかし、ステラはまだ上手く笑えないようだった。気丈に微笑もうとしてくれているが、明らかにぎこちない。
ダンジョン内は基本的に真っ暗なので、どこかにモンスターが潜んでいるという不安が常につきまとう。それ故、精神的な消耗も意外と大きかったりするのだ。特に、先程のようなグロテスクなモンスターを見た後は、心理的な負担も相当なものだったのだろう。
「・・・休もう。というか、帰ろう」
意識して微笑みながらレオンはそう言ったが、ステラは真剣な顔になる。
「いえ。帰らなくても、大丈夫です。そんな、それくらいの事で・・・」
「ステラ」
「え?あ、はい・・・」
ここで何を言うべきか、レオンはしばし迷った。結果的に、ステラの青い瞳を見つめる格好になったが、それはあまり気にならなかった。
結局気の利いた言葉が思い付かなかったので、仕方なく妥協して口にする。
「無理してるよね?」
こちらを見たまま何故か固まっていたステラは、やや遅れて視線を少し逸らす。
「・・・あ、いえ」
「僕にいつも、無理するなって、言ってるよね?」
「えっと・・・はい」
「だったら、ここは素直に聞いてくれてもいいんじゃない?」
なんだか威圧的だと思わないでもなかったので、やはり気が利いていなかった。
この言葉に対するステラの反応は、贔屓目に見ても複雑なものだった。困ったような怒ったような表情をしながら、時折何か言い掛けて、結局口をつぐんでしまう。視線もどこか落ち着きがないし、それなのに何か言いたげでもあった。レオンはもちろん、きっと本人も感情が上手く把握出来ていないのだろう。何の根拠もないが、不思議とその仮説がしっくりきた。
ややあってステラは諦めたように息を吐いた。
「・・・分かりました。でも、そう言うからには、レオンさんも私の言う事聞いて下さいね。いつもいつも、無理するじゃないですか」
その切り返しに、レオンは少し戸惑う。
「あれ・・・そ、そうかな?」
「そうです」
「あ、うん・・・ごめん」
そこでステラはようやく微笑んでくれた。
「いいですよ。もう・・・やっぱり、レオンさんはレオンさんですね」
「そう?」
「はい。そうなんです」
よく分からない会話だったが、レオンもつられて微笑む。
その後2人は装備を回収して、拠点としていた部屋へと戻り始めた。
当然ながら既に来た道なので、迷子になる心配はない。ある程度は安全も保証されている。しかしながら、先程のモンスターのせいもあるのだろう。水場の近くでは、ステラがこちらの服の裾を掴んでくる事もあった。
「・・・ああいうのって、慣れるにはどうしたらいいんでしょうか」
不意にステラが呟く。
少し考えてみたが、レオンにはいい案が思い付かなかった。
「うーん・・・無理に慣れなくても、それはそれで仕方ないと思うけど」
何故かやや怒った口調で、ステラが言い返す。だが、左手はしっかりとこちらの裾を掴んでいたので、ある意味微笑ましいくらいだった。
「慣れないとダメですよ。冒険者なんですから」
「でも・・・普通の蛇や蛙ってわけじゃないし」
「・・・ですよね」
沈黙するステラ。結局のところ、普通の生き物なら触れ合って克服する方法もあるが、モンスターの場合はそうもいかない。
「レオンさんは山奥で暮らしてましたから、その、虫とかは虫類とか、平気なんですよね?」
明るい口調を意識して、レオンは答える。今は自分がランタンを持っているので、もしかしたら同じ機能を果たそうと無意識に思ったのかもしれない。
「まあ、そうかな。でも、村の女の子でも、そういうのが苦手な子はいたよ・・・あ、ほら、ベティだって苦手みたいだし」
「ベティは蛇が苦手なだけなんです。他の虫とか蛙とかは平気なんですよ。蛇だけは、子供の頃に嫌な思い出があったとかで・・・」
それは初耳だったが、いつだったか林へ行った時、ホレスがわざわざ蛇の存在を知らせてくれたのは、ベティが苦手だと知っていたからなのかもしれない。しかし、あの時はある意味逆効果だったのだが。
ただ、納得している場合ではない。ステラを勇気づけようとレオンは会話を続ける。
「そうは言っても、もしさっきのを見たら、いくらベティでも怖がったと思うよ。悲鳴だってあげたかもしれない。それでもステラは別のモンスターと戦ってくれたわけだから、十分立派だと思う」
「そうでしょうか・・・」
それでもステラは納得いかない様子だった。
レオンは振り返って微笑んでみせる。
「僕だって、最初に見た時は、気持ち悪いって思ったからね。だけど、ステラがこういうの苦手だって知ってたから、何とか怯まずに頑張れただけだと思うな。そういうのが助け合いだって思えばいいんじゃないかな」
歩きながら瞳を大きくするステラ。
しかし、すぐに穏やかに微笑む。
多少は気を楽に出来たらしい。それが直感出来て、レオンの表情も弛む。
「・・・ありがとうございます。でも、それでも私、なんとか克服しますね」
やっぱりステラは頑固だ。
吹き出しそうになるのを堪えながら、レオンは答える。
「無理はしないでね」
ステラもどこか笑いを堪えるような表情をしていた。
「はい。レオンさんも」
やはりそこは譲れないらしい。嬉しいような困るような、そんな印象だ。もちろん、比べてみれば前者の方が強いのだろうけど。
これが2人のダンジョン風景。
ところが、その日はまだ終わりではなかった。
その事実が判明したのは、荷物をまとめてダンジョンを後にしようとしたまさにその時、導きの泉の上り階段を歩いている、その道中の事だった。