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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第1章 自治都市ユースアイ
8/114

必要不十分



 細長い金属棒が穴の中を這いずり回る。 

 金属が擦れ合う音。

 針金から手に伝わってくる振動。

 その両者を感じ取りながら、構造を想像する。

 傍らに置いてある本に載っている図と比較しながら。

 これだろうか。

 100年ちょっと前に作られた型。

 別のツールを取り出す。

 針金を曲げて、形を微調整する。

 上を押さえて、下の本体の方へ差し込む。

 カチッという、確かな手応え。

「・・・やった」

 レオンの口から、達成感と共にその言葉が零れ出たその時だった。

「ちょっ・・・うわっ!」

 その声の後に小さな炸裂音がしたかと思うと、レオンの背後で、積んであった酒瓶が崩れ落ちたかのような、盛大な音が鳴り響いた。

 思わず両手で耳を塞いだレオンだが、数秒後、恐る恐る振り返る。

 元々散らかっていたガレージ内だったが、今はさらに多くの、よりどりみどりな物が床に散らばっている。

 その中心にいるのは、黒っぽいショートヘアの、子供にしか見えない人物の後ろ姿。レオンと同じ16歳という事だが、どう贔屓目に見ても、12歳くらいにしか見えない。ついでに性別不詳という謎の人物。今は床に座り込んでいるから、腰に巻いた上着がスカートみたいに見える。だから、なんとなく女の子っぽく見えるが、立ち上がってこちらを向いたら、ハーフパンツを履いているのがはっきりするので、その時点で性別に自信が持てなくなる。見る方向によって印象が変わる、万華鏡みたいな人物である。

 そんな人物だが、今はここからでも分かるくらい肩が震えていた。怒っているのか、泣いているのか分からないけれど、いずれにしても不機嫌なのは間違いない。

「その・・・ごめん、ニコル」

 レオンが控えめに謝ると、ニコルは大きく溜息をついて、床に寝ころんだ。

 逆さまの顔も、目が大きくて子供っぽい。明るい瞳が自然と目を引くが、それほど怒っている様子ではなかったので、レオンはほっとした。

「まあ、いっかぁ・・・元々見込み薄だったんだよね」

 息を吐き出すようにそう言った。ニコルは声が少し高い。だけど、男の子だとしても、声変わりしていない場合もあるから、それほど不自然ではない。

 邪魔をしてしまった手前、レオンは一応聞いてみる事にする。何か作っている時のニコルは、ちょっとした物音にも敏感なのだ。自分の呟きが邪魔をしたのは明らかである。

「何を作ってたの?」

「うーん・・・一言で言うなら、魔法妨害装置かなあ。ちょっとアイデアがあって、もしかしたら、魔力に干渉して、魔法を妨害出来るんじゃないかと思ってたんだけど」

「え・・・それって、もしかして凄い事なんじゃ?」

 魔法の才能はからっきしなレオンだが、そんな発明品は聞いた事がない。もしかしたら、偉大な発明ではないのか。

「でも、そもそも、魔法を妨害したかったら、術者の前に、閃光弾とか火薬とかシンバルとか、とにかく大きな音とか光を出す物を投げればいいだけだし」

「なかなかシンバルは持って行かないと思うけど・・・それだって、確実に妨害出来るわけじゃないよね?」

「確実なのは、まあ、攻撃する事だよね。出来たら息の根を止める事」

「でも、それだって、相手に護衛がいたらダメなわけだし」

「まあね。というか、音とか光が効かないモンスターもいるだろうから、結局、確実なのは人間相手の時だけかなぁ」

「・・・今気付いたけど、ニコルが想定してるのは、人間同士の戦いなの?」

「人間はいいんだよ。さっき言ったように、閃光弾とか投げればいいんだから。だけど、モンスター相手には何が効くか分からないから、もし魔力妨害が出来るなら、一番確実でしょ?」

「ああ・・・なるほど」

「それでアイデアを思い付いたから、ちょっと作ってみてたんだ。だけど、やっぱりちょっと難しいな。そもそも、僕には魔力が見えないから、確かめようにも確かめられないし」

 レオンは不意に思い付いた提案をしてみる。なるべく悟られないように、自然な感じを心がけた。

「だったら、誰か町の人に頼んでみたら?魔法が使える人がいるはずだし」

 その提案にも、ニコルは浮かない顔のままだった。

「あんまり頼みたくないなぁ。もしかしたら、魔法が暴発するかもしれないし」

「でも、もし成功したら、凄い事だよね?」

「そうでもないよ。魔力を利用した装置なら、同じ様な物が結構あるから」

「そうなの?そっか・・・」

 それ以上の言葉を思い付かなくて、レオンは口を閉ざした。勧誘失敗。

 そこで、鈴が転がるような音がする。

 音の方を見てみると、長い黒毛のカーバンクルが床に散らばった金属の球のような物を転がして遊んでいる。遊んでいるというよりも、その物体の丈夫さを確かめているような、慎重な手つきだった。

 その妖精が不意にこちらを向く。闇そのものの様な漆黒の中に、アメジストの様な瞳が輝く。

「クロ。おいで」

 ニコルが身体を起こしながら呼ぶと、クロはそちらに悠然と歩いて行って、膝に飛び乗った。

 頭を撫でているニコルも、撫でられているクロも、同じように目を細める。

 その微笑ましい光景にレオンも口元が綻ぶが、心はすっきりとしない。

 ここに訪問するのは6度目だが、このガレージに、ニコルとクロ以外がいた事は一度もない。それとなく聞いてみると、ニコルはあっさりと、他には誰も来ていない事を認めた。寝食をする時はさすがに家に帰るらしいが、それ以外はずっとこのガレージで、1人と1匹。たまに、酒場のベティや道具屋のラッセルが訪ねて来る事もあるらしいが、その頻度もかなり少ないらしい。その理由は簡単で、ニコル自身が、研究の邪魔だからと言って追い返すかららしい。

 ニコルは自分で周りから距離を取っている。

 これはベティの評価である。最初に訪問した時の嘘泣きは、人を追い返す時の常套手段であるらしい。他にもいろいろな手があるらしいが、結局は、わざと相手に嫌われようとしている。その結果が今の環境らしい。ベティは昔のよしみがあるから、ラッセルはたまに資材を運びに行くから、そして、レオンは仕事相手だから話して貰えるらしいが、他の人ではこうはいかないという事だった。

 自分でこしらえた孤独。その中にいるニコルは、傍目には寂しそうには見えない。

 もしかしたら、本当に寂しくないのかもしれないとベティは言っていた。そういう一般的な感性の持ち主ではないらしい。だけど、付き合って日が浅いレオンには、そう簡単に受け入れられる話ではなかった。

 きっと寂しいに違いない。だから、何かのきっかけで外に出て欲しい。

 そう思って、それとなくいろいろ誘ってみているのだが、今のところ、上手くいく気配は全くない。元々レオンは口が上手くない。もっと口が上手いはずのベティだって試したはずなのだ。それでも上手くいかなかったわけだから、難敵なのは間違いない。

 そんなこんなで、訓練が終わった後に毎日のように訪ねている。その結果、ニコルには変化はないが、レオンの鍵開けの技術はメキメキと上達していた。もちろん、悪いわけはないが、素直に喜べないところである。

「それで、その鍵開けられたんだよね?」

 いつの間にか目の前にいたニコルに、レオンは仰け反るほど驚いた。

「近っ!!」

 その驚きように、ニコルは頬を掻きながら苦笑する。頭の上にはクロが乗っていて、薄紫の双眸がなければ、完全に髪の毛と一体化していた。 

「レオンも、僕の気配くらいは感じられるようになって欲しいなぁ。その調子だと、不意打ちとかで大怪我しそうで心配なんだけど」

 確かに、今不意打ちされていたら、大怪我どころではなかったかもしれない。

「そうだよね・・・ごめん」

「まあ、僕で慣れてくれたらいいよ。それで、その鍵は分かった?」

「あ、うん」

 ニコルは腕を組んで、関心したように何度か頷く。だけど、見た目は子供なので、威厳は全くなかった。

「レオンは勉強熱心だよね。あと、手先もそこそこ器用だし」

「そ、そうかな?」

「冒険者よりも、怪盗とかになってみたら?」

 あまりにさりげない口調だったため、一瞬頷きそうになった。

「・・・いや、そもそも、そんな職業あるのかな」

「スニークは元々泥棒だったんだよ。悪い奴からしか盗まなかったとかじゃなくて、大金持ちから手当たり次第に盗んでた大泥棒」

 レオンは知らなかった。そして、聞いた瞬間に、出来れば知りたくなかったと思った。伝説の冒険者の功績が、少し霞んだような気がした。

「・・・だけど、結局偉大な事をしたから、伝説になったんですよね?」

「さあ・・・僕はその頃の記憶は知らないから」

 ニコルは少し首を捻ってそう言った。らしくない、不自然な動作だった。何か前世の記憶で気になる事があるのだろうか。

「それよりも、その鍵が済んだって事は・・・そっか。基本はそんなところだね。あとは応用すれば、大抵の鍵はなんとかなるよ。普通の鍵は、だけどね」

「普通じゃない鍵って?」

「ダミーの鍵とか、特別な加工がしてある高級な鍵とか、魔法の鍵。あとは、錆び付いて開かなくなった鍵とか」

「なるほど」

 凄く具体的だった。経験が相当あるのだろう。

「とにかく、あとは経験あるのみ。というわけで、これから毎日、夜な夜な・・・」

 レオンはそこで言葉を遮った。

「・・・泥棒の真似事は遠慮します」

 ベティ情報によれば、ニコルは練習と称して、町中の家の鍵を開けて回った事があるらしい。

 そんなレオンの反応が可笑しかったのか、ニコルは軽く笑いながら言った。

「冗談だよ。僕が集めた鍵があるから、それを持って帰って練習したらいいと思う。あとは、まあ、ダンジョンで余裕があったら、必要ない鍵でも開けてみたらいいよ。もちろん、罠がなかったらだけど」

 そこでレオンはかねてからの疑問を尋ねてみる事にした。

「あの、前から気になってたんだけど」

「何?」

「こういう鍵開けの技術って、ダンジョンで必要なの?」

 冒険者といえば、戦闘のイメージしかなかったレオンである。

 ニコルの回答は無関心そのものだった。

「さあ」

「さあって・・・」

「だって、僕、ダンジョンに行った事がないし」

「それはそうだけど」

「とりあえず、ラッセルの店で解錠用のツールが売ってるから、鍵があることはあるんだよね。だけど、例えばドアとか檻とかだったら、壊して通る事も出来るし、魔法で開ける事だって出来るから、まあ、他のメンバー次第なんじゃないかな」

「他のメンバー・・・」

 今のレオンにとって、それは最大の懸念だった。

「もしかして、まだ仲間がいないの?」

 ズバリ尋ねられて、レオンは答えに窮した。だが、それで十分答えになっていた。

 ニコルは特に表情を変えずに、あっさりと言った。

「だったら、覚えておいた方がいいよね」

「え?」

「だって、レオンは魔法が使えないし、壊して通るほどの力もないし。火薬とか使って吹き飛ばす手もあるけど、水気が多いと使えないし、数に限りがあるわけだから、出来るなら取っておきたいしね」

 とても論理的だった。きっと正論である。

 だけど、1人でいる事をあまりにあっさりと想定しているから、それが気になった。

 クールとかドライとか、そういう風にもとれる。もしかしたら、これがニコルの強さだと言う人だっているかもしれない。身体は小さいけれど、頭も技術もある。強い敵がいたら隠れる事が出来る。不意をつく事だって出来る。

 まるで、1人でいるために培ってきたような能力。

 レオンはやっぱり、少し寂しいと思った。ニコルが寂しそうじゃないから、そして、ベティが寂しそうだったから、その両者を知っているレオンは、その対比が余計に寂しい。

 でも、これは結局、レオンの印象でしかない。

 ニコルの心の中は分からないのだ。ここ数日通い詰めた程度では、分かる方がおかしい。

 だが、もし分かったら、何か変えられるかもしれない。

 相手を理解する方法がないだろうか。

 そこで、レオンは思い出す。つい先日の、訓練所でのアレンさんの言葉。

 良い手かもしれない。

「ニコル」

 突然レオンが表情を明るくしたので、ニコルは訝しんだのかもしれない。少し顔を傾けて聞いた。

「何?」

「僕に何かガジェットを作ってくれない?」

 ガジェットというのは、ニコルが作っている怪しげな装置の事だ。それが一般名詞として広く定着している物なのか、それともニコルが勝手にそう呼んでいるのかは知らないが、今はそんな事はどうでもいい。

 レオンの言葉を聞いたニコルは、文字通り目を輝かせていた。

「本当!?いいの!?」

 言い出したのはレオンの方だが、その喜びように、思わずたじろいだ。

「う、うん・・・」

「うわぁ!嬉しい!本当は、いつ言い出そうかって思ってたくらいなんだ!だけど、やっぱりこちらからは頼みにくいでしょ?頼みにくいんだ。頼みにくいんだよ、これが」

 何故か繰り返されたので、レオンは気圧されて頷く。

「そ、そっか」

「そうなんだよ!だけど、もう、レオンから頼んできたからには、断るのは筋違いってものだよね!もう、任せて!使いやすくて、威力がばっちりな奴を用意してみせるから!どうせ、レオン以外は全て敵なわけだしね!木っ端微塵にしてみせるよ!」

 自分は木っ端微塵にならないだろうか。それが果てしなく心配だった。

「出来たら、もう少し大人しいのでも・・・」

「そう?あ、そうか。レオンの戦闘スタイルがあるよね。分かってる分かってる。レオンはどうせ、重い鎧は無理でしょ?武器はどうするの?あ、投げナイフだっけ?」

「そ、そうだね。あと、軽めの剣も作ってくれてるみたいで」

 これはアレンさんと、それからデイジーの提案だった。スローイングダガーだけだと臨機応変さに欠けるというのである。武器訓練の専門家であるアレンさんの意見はもちろん、何故か剣に関して尋常ではない知識があるデイジーのお墨付きまである。それを鍛冶屋のリディアに相談してみたら、あっさり承諾してくれたのだ。

 ニコルはレオンの左腕を見る。そこには、バックラーが取り付けてあるままだ。重さに慣れる

為に、普段からつけて歩いている。最初は恥ずかしかったが、すぐに慣れてしまった。

「要は、軽い剣と飛び道具だね。なるほどなるほど。うん。任せて!特に、左手が使えるわけだから、どうにでもなる。うわぁ!・・・楽しみ!絶対凄い奴を用意しておくから、任せてよ。本当に、威力だけは保証するから!」

 少し前のレオンの言葉は、綺麗さっぱり忘れられていた。

 だけど、本当に嬉しそうなニコルの表情を見ていると、何か言う気が失せてしまった。

 ただ、ニコルが作った物を通してなら、作った本人の事が分かるのではないかと思っただだった。アレンさんが、剣を通して自分の事を知ろうとしてくれたように、話す以外の事で、知ろうとする方法があるような気がした。その為のアプローチのつもりだったのだ。

 まさかこんなに喜ぶとは思わなかったけれど。

 でも、もちろん、悪い気はしない。

 ニコルの表情につられるように、レオンの表情も笑顔になる。

 ただ、漆黒のカーバンクルだけが、ニコルの頭上で眠そうに大欠伸をしていた。



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