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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第8章 ファースト・アイ後編
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ブレイク・サイト



「あ、本当に新しくなってますね」

 湖面の端に浮かぶ真新しい小舟を見て、ステラが感想をもらす。白い魔導衣の上に白いマントを羽織っていて、そしてやはり白いカーバンクルがその肩の上に乗っている。増水被害を避ける為に、やや離れた場所に馬を繋いでからここまで歩いてきたのだが、汗ひとつかいている様子はなく、いつもの柔らかいブロンドの髪と青い瞳が涼しげだった。

 もちろん、すぐ隣を歩いていたレオンにも、その小舟は見えている。地面に刺さった木の杭にロープで結び付けられているだけという簡素な扱いを受けているその舟は、やはりそれに見合った簡素な造りの舟だと言えたが、前ここにあった物と比べれば、汚れが染み着く前の、初々しい明るい木の色をしている。

「やっぱり、この間の嵐で流されたのかな」

 少なくとも、夏祭りの前に一度オールが新調されたのは間違いない。その後さらに嵐が来たのだとしたら、もう一度世代交代した事になる。

 前を向いて歩きながら、ステラは小さく頷いた。ついでにソフィも確認してみると、紅い瞳がこちらをじっと捉えている。

「多分・・・もしかしたら、舟だけどこかに避難させていたかもしれませんけど」

「あ、なるほど」

「でも、結局そういう場所ですから、橋を作るに作れないって事なんですよね。毎年流されても困るでしょうし」

「まあ、橋が必要ってわけでもないだろうしね。冒険者しか来ないわけだし」

 むしろ、橋がない方が、観光客が間違えてダンジョンに入る危険が減っていいかもしれない。

 そんな会話をしているうちに、レオン達は小舟までたどり着く。

 夏祭り前以来だから、本当にしばらくぶりにオールを握ったレオンだったが、幸いにも使い方を身体が覚えていたらしく、舟は順調に進んだ。一応、武術大会でも握るには握ったので、このオールを武器として使った場合の重心を確認している自分がいたが、結局は棒術や槍術に近いはずなのでよく分からなかった。もちろん、分からなかったからといって、特に残念だったわけではないけれど。

 その代わりと言っていいのか、舟の上では、ステラとの細かい確認が順調に進んだ。

「レオンさんは、変えたのは武器だけですよね?」

 両手で杖を抱えているステラの質問に、オールを動かしながら、レオンは少し考えて答える。

「そう・・・だね。ニコルのガジェットも武器って事なら」

「誰が見ても武器だと思いますけど・・・」

 きょとんとするステラ。しかし、レオンの感覚としては、武器よりも兵器に近い印象だった。そう言えばステラも同意してくれるかもしれないが、そもそも、女の子は武器と兵器の違いなんて気にしないのかもしれない。従って、そこまではいちいち言わなかった。

 代わりに、レオンはステラの方に話題をふる。

「ステラの方は、ルーンの再調整をしたって事だけど・・・」

「あ、はい」

 一瞬で真剣な顔に戻るステラ。そして、まるで丸暗記しているかのような、淀みない説明を開始した。

「私が身に着けているルーンはふたつです。そして、以前はそれぞれ、魔法補助と障壁展開に充てていました。それを今回から合理化して、展開省略と発動保留に充てます。前者は、ある特定の手順を予めルーンに記憶させておく事で、そのルーンを介して魔法を使う際に、その手順を省略出来る効果です。それは杖のルーンが担当します。以前の魔法補助と、原理自体はほとんど変わらないんですけど、補助の範囲が一般的かどうかという違いが一番大きいです。展開省略の場合、個人の得意な分野を重点的に補助する事が多いので、俗にスペシャライズとも呼ばれます。それと・・・」

「いや、うん・・・ちょっと待って」

 まだまだ続きそうだったので、レオンはそこで待ったを入れた。

「それは昨日も聞いたから、自分なりに考えてみたんだけど、要するに、今まで汎用的なサポートをさせていたルーンを、ステラに特化したサポートが出来るようにしたって、そういう事でいい?」

 しばらくステラは考えている様子だったが、やがて小さく頷いた。

「はい。だいたいはそんな感じだと思います」

 でも詳しく言えば違うのだとステラの顔に書いてある気がしたが、既に今までの説明でも、レオンの理解力がやっと追いつくようなレベルだったので、これくらいで妥協して貰うしかない。

 オールに伝わってくる水圧を感じながら、レオンは会話を先に進めた。

「もうひとつの発動保留の方は、原理はともかく、効果の方はなんとなく分かった。要するに、事前に準備しておいた魔法を、発動直前の状態でルーンに溜めておけるって感じだよね」

「そうですけど・・・実際には容量に限界があるので、せいぜいひとつが限界です。それに、威力も大した事がありません。サポート手段だと思っていただければ、それが一番だと思います」

「サポートか・・・」

「正直なところ、私も上手く使えるかは自信がないんですけど・・・」

 本当に自信なさげなステラに、レオンは微笑む。

「それも昨日聞いた。でも、より上級者を目指すなら使えた方がいいって、シャロンさんに言われたんだよね?」

「はい・・・」

「じゃあ使ってみよう。僕だって、まだ二刀流をマスターしたわけじゃないけど、将来の事も考えて挑戦中なんだから」

「・・・そうですね」

 ようやくステラもぎこちなく微笑んだ。

 かなり苦戦しているとはいえ、ファースト・アイは通過点でしかない。見習い冒険者全ての最終目標は魂の試練場のクリアだと言えるけれど、それも冒険者人生全体で見れば、最初のステップでしかないのだ。そう考えれば、ここで必要以上に慎重になるよりも、先を見据えてチャレンジしていった方がいい。もちろん、過度な挑戦は命を危険にさらす事になるが、これくらいならそれほど無謀ではない、いいバランスの挑戦のはずだと、レオンは考えている。

 その後も確認すべき話題は尽きなかったが、やがて短い舟の旅も終わりを告げて、久方ぶりのファースト・アイの入り口に、レオン達はたどり着いた。

「よし・・・行こう」

「はい。行きましょう」

 前来た時よりも少しだけ膨らんだ荷物を抱え、レオンとステラは薄暗い階段を下りていった。

 ファースト・アイに来るのは初めてではない。それに、事前に互いの訓練成果を確認しあっている。

 それでも、やっぱり2人は不安だった。

 しばらくぶりというブランクを差し引いても、こういう時にはどうしても心配になるものらしい。準備は万端のはずたし、前よりも強くなっているはずだから大丈夫、という気持ちはほとんどなく、代わりに心を大きく占めているのは、これでダメだったらどうしようという気持ちだったかもしれない。それに、準備万端という言葉はあっても、実際には万全な準備なんてあり得ないのだ。特に、ダンジョンは入る度に構造が変わるから、常に未知の部分が残る事になる。何か問題が起きるのではないかと心配してしまうのは、ある意味仕方のない事なのかもしれない。

 ところが、その不安は意外な形で裏切られる事になる。

 それは、3回程モンスターとの軽い遭遇を切り抜けた後のレオンの呟きが象徴していた。

「・・・僕、やる事ないよね」

 霜の柱となって消えていくモンスターを確認した後、ステラの方を見ての言葉だった。

 その本人はというと、全く疲れた素振りもなく、杖を持っていない左手を軽く振った。

「いえ、そんな事は・・・」

 それは謙遜だろう。

 何故なら、今まで遭遇した十数体のモンスターを、ステラは全て数秒で片づけてしまっているのだから。

 ルーンの再調整をしたとは聞いていた。そして、魔法の扱い方も少しは上手くなったはずだと言っていた。だから、ある意味、強くなっていて当然なのだが、その成長ぶりが異常だった。

 まず、魔法の準備が速い。今までの半分くらいの準備時間になっていると言ってもいい。だから隙が少ないし、以前と同じ時間で複数の魔法が撃てるから、単純に威力も向上していると捉えられる。

 次に、魔法のバリエーションが増えている。前は攻撃一辺倒だったのに、今は足止めや防御用の魔法も使えるようになっていた。

 そして最後。どうやら、本人の不安は杞憂だったらしく、ステラは上手く新しいルーンを上手く使いこなせているようだ。以前と比べて明らかに疲労の度合いが低いのは、舟の上で話していた、展開省略用のルーンのお陰だろう。そして、前は発動するまで一歩も動けなかったのに、今は発動保留する事が出来るから、モンスターの動きに臨機応変に対応出来ている。保留した魔法は確かに威力が低いが、それを牽制や足止めに使っていて、動きにも無駄がない。

 まじましとステラを見つめながら、レオンは感心しながら言った。

「はっきりした事は言えないけど、やっぱりステラは凄いね」

 対照的に、ステラはどこか気まずそうだった。

「多分ですけど、攻撃魔法が使えるジーニアスなら、これくらいが平均というか、普通なんだと思います。今にして思えば、あんな無茶な魔法の使い方をしていれば、倒れるのも当たり前でした」

「そうなの?」

「ダメですよ、あんなの・・・概念も理論もあったものじゃありません。場所も距離も無視してしまっていますし、単純に知識もないので、応用も出来ない始末でした。自分の事ですから、あまり言いたくありませんけど、それこそ、何とかのひとつ覚えというやつです」

「・・・そこまで言わなくても」

 しかしながら、ステラは以前の自分が腹立たしくて仕方ないようだった。しばらく難しい顔をしていたが、それでもやがて、溜息を吐いてこちらに頭を下げてくる。

「本当にご迷惑をお掛けしました。私が基礎をないがしろにしてたせいで、レオンさんまで危険な目に遭わせてしまって」

 今度はレオンが手を振って否定する番だった。

「いや、そんな事は・・・」

「これから精一杯お役に立ちますから。よろしくお願いします」

 ブロンドの頭を見ながら、レオンは頬を掻く。もちろん、ステラがそこまで気にする必要はないはずなのだが、こういった場合、彼女はなかなか強固な意志を持っているので、簡単には譲ってくれないだろう。

「えっと・・・うん。僕も頑張るよ。よろしくね」

 これくらいなら譲歩してくれるだろうか。そう思っていた矢先に、ステラの嬉しそうな表情が瞳に映ったので、レオンはほっとする。

 そういうわけで、少なくともステラに関しては、予想以上の訓練成果が得られた事が確かめられた。

 次は自分の番。自ずとレオンがそういった気持ちになるのも、ある意味自然な事だった。訓練しようと言い出したのは、ステラではなくてレオンの方なのだから、これでレオンに成果がなければ、本当に面目ない事になる。

 それに、いくらステラが強くなったとはいえ、ひとりでは限界がある。そして、経験上、このファースト・アイならば、その限界以上の遭遇が訪れるのは間違いないと言える。

 そして、その次の遭遇で、いよいよレオンの訓練成果を見せる時がやってきた。

 その部屋は、最初部屋だとは気付かなかった。入り口の石扉からしばらく、3メートル程の狭い幅しかなかった為である。だから、通路だと思い込んで進んでいた。

 奥からカサコソという妙な音がしてきて、ステラの感覚が敵の存在を察知するまでは。

 先頭を歩いていたレオンも、その音にはすぐに気付いた。そして、後ろを歩いていたステラが無言のまま背中に触れてきたので、どうやらモンスターらしいという事も分かる。向こうに声を聞かせない方がいいという判断をしたのだろう。

 いずれにしても、レオン達はすぐに立ち止まった。

 ランタンの灯りの範囲内には、まだモンスターの姿はない。青い燐光が混じる地面や壁を照らしているだけだ。だが、それもこの数秒間だけだろう。こちらに近付いてくる物音がする以上、既に向こうは戦闘態勢と考えていい。

 咄嗟にレオンが考えたのは、入ってきた扉までどれくらいの距離があるかというものだった。待ち伏せ出来るならした方がいい。数十メートルは歩いた気がするが、走ればあっという間の距離だから、身軽な2人なら出来ない事もない。

 だが、そこでまた向こうに動きがあった。

 光が届かない暗闇の奥。そこに青白い点が浮かび上がる。

 魔法か。

 ここで方針を即決する必要がある。進むか、退くか。

 背中に触れているステラの手の感触を認識しながら、レオンは決断した。

「相殺を意識しながら身を守って。出来る?」

 名前を呼ぶ時間も惜しい。しかし、ここに人間は2人だけなので、分かってくれるだろう。その言葉の間にも、レオンの頭は現状把握に努めていた。ランタンはステラが持っている。自分の腰には、先の戦闘で使用した純光棒が残っていた。どちらも時間はまだ十分残っているはずだ。

 すぐに背後から返事がくる。

「敵、多いですよ」

 モンスターの数が多いから、撤退した方がいい。向こうもかなり省略しているが、レオンにはちゃんと意味が伝わった。しかし、数が多いからこそ、撤退は危険が大きい。特にステラは、逃げながら身を守り、さらには相手の魔法にも意識を払わなければならない。それなら迎え撃った方が、逃げなくていい分だけ負担が減る。

 逆にステラの言葉が意味しているのは、こちらの危険が大き過ぎないかという事だろう。ステラに攻撃を頼んでいない以上、モンスターを倒すのはレオンしかいない。撤退する場合よりも、相手を倒す分だけ負担が増える。

 しかし、その辺りの兼ね合いも、レオンは折り込み済みだった。戦うにしろ逃げるにしろ、魔法の相殺に正否がかかっているのだ。それを考えれば、相殺担当のステラの負担を減らすのが道理だろう。

 ここまでの理屈を一瞬で計算しながらも、レオンは武器を選んだ。右手は新調したロングソードでいい。左手はどうするか迷う余地があったが、とりあえずダガーを抜いておく。

 前に出ながら、レオンはステラに言葉を残した。

「なんとかする。前には出ないでね」

 これも曖昧な言葉だったが、ステラには分かるだろう。

 そこでほんの一瞬だが間があった。なんとなくだが、ステラが言葉を喉の奥に押し込めている様子が目に浮かんだ。

「・・・無理はしないで下さい」

 本当はもっと言いたい事がありますけど、そんな状況でもないので我慢しました。短い言葉の裏にそんなニュアンスが感じ取れて、どういうわけか、レオンの表情が少し綻ぶ。

 ただ、その表情も一瞬の事。

 音がもう近い。

 その印象を裏付けるように、前に進み出るレオンの光源の中に、いよいよモンスターが姿を表した。

 頑丈そうな節足。それが体の大部分を占めていて、胴体はほとんどない。まるで足しかないような錯覚を覚える。

 蜘蛛だとレオンは思った。ただ、もちろん普通の蜘蛛ではない。まず、足が4本しかない。そして、その足を伸ばせば、体長1メートルにはなりそうなくらい大きい。さらに、やはり胴体には大きな一つ目がある。あと、これは普通の蜘蛛と同じかもしれないが、目の下に強靱な顎が見える。あれに挟まれたら、チクリどころでは済まないだろう。

 この蜘蛛型モンスターが、確認出来るだけで2体。そう思っていたら、天井からも1匹やってくるのが見えたので、合計3体。だが、大勢いるというステラの言葉からすれば、これで打ち止めとも思えない。

 その時、後方からステラの悲鳴があがった。

 驚いたレオンは振り返ろうとしたが、そこで咄嗟に気付いた。さっきの声は確かに悲鳴だったが、モンスターに奇襲されたという感じではない。どちらかというと、何かに驚いたという感じだった。

 そこで思い出される記憶があった。そういえば、前に林へ一緒に行った時、ステラ達女性陣は蛇を怖がっていたのだ。蜘蛛も、女性に嫌われる生き物としては一般的だろう。ましてや、大きさが尋常ではないのだ。

 これは、一体たりとも通すわけにはいかない。

 そんな決意のままに、レオンはまず、天井に張り付いている蜘蛛めがけて短剣を投げつけた。

 それはレオンの狙いを正確になぞり、モンスターの胴体に命中したかに見えたが、咄嗟に天井から落ちて回避されてしまった。

 しかし、残念がっている時間はない。

 今度は左手にショートソードを握って、レオンは突進した。

 手前の2体との距離があっという間になくなる。その2体はほぼ同時に、前足をこちらに振り上げてきた。それで押さえつけて、顎でとどめを刺すという戦術なのかもしれない。

 フェイントをかけて、後方に避ける。

 そして、その足に長剣を当てたレオンだったが、そこで誤算があった。

 堅い。

 ひびくらいは入ったかもしれないが、折るには力が足りない。そんな感じだ。

 しかし、レオンは焦らない。

 もう一度後方に跳んで間合いをとる。そして、両手の剣を改めて構えた。

 胴体の目玉を狙うのが一番いい。だが、それが相手も分かっている弱点だろう。つまり、それだけでは勝てない。

 レオンの脳裏には、華麗な剣捌きを見せてくれた先輩冒険者の姿があった。

 モンスターは間髪入れずに襲いかかってくる。

 今度は右に回り込むようにかわす。ただし、幅がないので十分なスペースはない。

 それでもいい。

 自分の呼吸を意識しながら、レオンはモンスターの攻撃に神経を集中する。

 間合い。

 敵の動き。

 攻撃する時はモンスターだって不便なものだ。その言葉を思い出した。

 そうだ。

 誰だって、攻撃する時は隙を作るしかない。

 そこを討つ。

 またも両足を振り上げるモンスター。

 ここだ。

 半歩だけ、最低限の回避動作を見切ったレオンは、相手の攻撃に合わせて右手の剣を振る。

 刀身が破竹の勢いでぶつかる。

 ゴチリという音。

 やったという感動が、少しだけあった。

 弾け飛んでいくモンスターの左足を確認しながらも、レオンの身体は動き出している。

 今度は左へと回り込む。

 足を失ったモンスターの背後から、もう1体現れ、やはり同じように足を振り上げてくる。

 今度は両足の攻撃の隙間まで、レオンにははっきりと予測出来た。

 その隙へと身体を滑り込ませる。

 そして。

 左の剣が、いつの間にかモンスターの目玉に突き刺さっていた。

 ここまでの動きを計算していた。自分でもはっきりとは意識していなかったが、どうやらそういう事らしい。消えていく蜘蛛型モンスターから視線を外しながら、レオンはそんな事を認識していた。

 今は敵の動きが手に取るように分かる。

 すぐ近くに、足を折った1体。奥から地面を這ってくるのが2体。右の壁を伝ってくるのが1体。

 手前の一体の目玉に剣を突き立ててから、レオンは進み出た。

 壁を這っていた1体が一番近い。

 わざと間合いに入って攻撃を誘うとあっさり足を出してくるので、片づけるのは一瞬だった。

 この時になって、レオンはようやく、今の感覚の正体に気が付いた。

 要するに、アレンに散々傷だらけにされたのが良かったらしい。はっきり言って、彼の動きに比べれば、モンスターの動きなんて分かり易いものだ。しかし、以前の自分は、それを生かす方法を知らなかった。自分を守るのに精一杯で、こちらから隙を誘うなんて事は考えられなかったのだ。

 だが、今なら分かる。相手の動きや形状から、その攻撃手段や特徴が予測出来る。本能でパズルを解く感覚に近いかもしれない。

 そうと分かれば、レオンの身体は軽かった。奥の2体へと向かって、駆け足で距離を詰めていく。

 今度も右へ回り込み、左手のモンスターを遠ざける。そうする事で、右手の1体が一時的な壁になってくれるからだ。そして、その数秒間があれば、十分に攻撃の駆け引きを交える事が出来る。

 右手の1体に隙を作り、やはり目玉を直接貫いた。そして、今度はすぐさま、左手の剣でもう1体を狙う。

 それはもちろん簡単に防御された。だが、それでいい。こうする事で、剣を通して間合いが、呼吸が伝わってくる。それに、攻撃された事で本能的な反撃を誘う事も出来るだろう。

 もしかしたら初めてかもしれないが、ここでレオンは、二刀流って便利だなと思った。手数が多いからというのも確かに一理あるが、それよりももっとシンプルに、便利なスタイルなんだと思ったのだ。とにかく、接近さえしていれば、どの位置からでも攻撃出来る。どんな場所でも狙える。隙をつくという観点からすれば、これは何にも代え難い利点だと言えた。

 そんな事を考えているうちに、眼前のモンスターの胴体に右手の剣が刺さっていた。ほとんど無意識に対処出来てしまうほど、このモンスターの動きは単調なのだ。

 しかし、そうこうしているうちに、奥の方からまたカサコソという音が聞こえてくる。

 いちいち相手をしていたらきりがない。だが、レオンにも考えがなかったわけではない。なるべくなら使いたくなかっただけだ。

 仕方ない。

 レオンは心中で息を吐いてから屈み、剣を地面に置いた。そして、腰に下げていたクロスボウを正面に向けて構える。

 もちろん、ただのクロスボウではない。外面的な特徴を挙げるなら、本来ボルトをセットする場所に細長い金属筒がセットされている事。そして、その周囲に木や金属の細かい部品が組み合わさっていて、少し前まで持っていたガジェットと似ているような気がする事。当然ながら、それは偶然ではない。

 今回のこれは、恐ろしいまでにシンプルな操作方法だった。なんといっても、引き金を引くだけなのだ。当然ながら便利で困るわけはないが、やはり末恐ろしい。

 そして。

 今まさに、レオンが正面の暗闇に向けて、その動作を行った。目印は、浮かんでは消える青色の光。今まで何も起こらなかったという事は、ステラが上手く相殺してくれていたようだ。

 その光に向かって、鉛色の筒が真っ直ぐに飛来する。

 それは瞬時に暗闇へと吸い込まれていき、直後、何かにぶつかったような重たい金属音が起きた。さらに、ほぼ同時に、何かが軋むような音が僅かに聞こえる。

 瞬時にレオンは、体勢を低くして耳を塞いだ。

 その直後。

 ダンジョン内が揺れた。

 軽く50メートルは離れた部屋の奥で、閃光と爆炎が上がるのが見える。

 幸いにもそれなりに広い部屋だったようで、こちらまで炎が及んでくるという事はなかった。しかしながら、夏日のような熱気はここまで伝わってくる。

 やはり、溜息を吐かずにはいられない。

 誰の作品なのかは、言うまでもなかった。

 そして、新作を使う度に威力が増している気がするのも、きっと気のせいではない。

 しばらくして体勢を起こしながら、レオンは明るくなった部屋の奥に注意を払う。モンスターの気配はもうなかった。爆発に全て巻き込まれてしまったのだろうか。

「もういませんね」

 いきなりすぐ背後から声が聞こえてきたのでレオンは驚いたが、もちろん知った声なので、取り乱したりはしない。

 振り返ると、杖とランタンを持ったステラが微笑みながら立っていた。その足下では、ソフィが紅い双眸でこちらを見上げている。

 とにもかくにも、ジーニアスのステラが言うのだから、どうやら間違いなさそうだ。

「そっか・・・ステラもお疲れ様」

 こちらも微笑みながら言うと、どこか嬉しそうに、ステラは身体を弾ませる。

「凄かったですね。本当に、シャロンさんみたいでしたよ」

「そ、そう?まだまだだと思うけど・・・」

 照れてしまうレオン。しかしながら、そう言われると嬉しいのは間違いない。

 何故かステラまで妙に嬉しそうだったけれど、不意に部屋の奥に視線を移すと、今度はやや唖然とした表情で、こちらの手の中にある物を見つめてきた。

「ニコルさんも・・・凄いですね」

「・・・まあね」

 そちらはそう返すのがやっとだった。

 しばらく妙な沈黙が続いたが、やがて2人は顔を見合わせると、同時に吹き出して、何故か笑い合ってしまった。どうしてなのかは言葉にしにくかったけれど、とにかく笑いたかった。そして、お互いにそういう気持ちだという事が、この時だけは顔を見ただけで伝わったのだ。

 結局、奥の炎が消えるまで、レオンとステラは笑顔だった。

 しかし、もちろん、まだここでダンジョンは終わりではない。

 ひとしきり笑った後、レオンは言った。

「よし・・・じゃあ、一度補充をしてから、もう少し進んでみようか」

「そうですね。まだ夜というわけでもないですし」

 ランタンの燃料目盛りを見ながらのステラの答えだった。

 レオンが来た道を引き返すと、ステラも横に並んでくる。

「この調子だと、今日で1階層目くらいは・・・」

「行けるといいですね。でも、前よりはやっぱり、私達も強くなってます」

 胸の奥に感動のようなものが満ちてきたが、レオンはすぐにそれを心の奥に押し込めた。今は必要ないものだ。ダンジョン内で有頂天になるなんて、もっての他である。

 でも、夜休む時は思い出そう。そして、きっとすぐに思い出せるだろうというくらい、それは深い感動だという確信があった。

 まだ1階層目。以前苦戦していた時と同じ場所。

 それなのに、前よりももっと奥にある扉を開けられた、先に進めたという印象を感じる。そして、ステラも同じだっただろう。先ほどの言葉以上の、もっと大きな喜びを感じているという事は、表情からも明らかだ。

 本当のファースト・アイ攻略がこれから始まる。ようやくその領域に自分達は立っている。

 そんな思いを胸にそのダンジョンを歩く、レオンとステラの2人だった。



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