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ギアとルーンと双曲線



 ニコルの朝は遅い。

 その理由を、何度か自己分析してみた事がある。特別朝に弱いわけでも、夜更かししているわけでもない。また、前世の記憶が名残惜しいほど愉快なわけでもない。環境的な要因として、早起きしなければならない職業に就いているわけではないというのはあるかもしれない。しかし、それが支配的な理由とも思えない。

 なかなかしっくりくる答えが見つからなかったので、ある日、尋ねてみた事がある。対象は、これ以上ないくらい自分と同じ条件を満たしている少女。要するに、自分とそっくりな少女だ。

「あのさ、シャーロット」

「何?」

「いつも眠そうだよね」

「眠そうというか、100パーセント眠い」

「どうしてそんなに眠いのか、考えた事ある?」

 シャーロットの答えは、彼女にしては長考の後に口から発せられた。

「・・・多分、まだ寝る必要があるから」

「・・・必要あるわけ?」

「成長の余地が残されているという証拠」

「なるほどね」

 ほとんど社交辞令と言ってもいい返事をしたニコルだったけれど、心の中では少し感心していた。16歳になった今でも、まだ身体の事は諦めていないらしい。前向きというか、向上心があるというか、とにかく見上げた心意気だ。ほんの数パーセントだけ、往生際が悪いなと、思わないでもなかったけれど。

 ここで重要な事は、自分とシャーロットの共通点は、容姿だけに留まらないという事かもしれない。魂の双子とまでは言えなくても、兄弟姉妹程度なら宣言してもいいと言える。基本的に、他人に無関心でマイペース。しかしながら、興味がある事にはとことん没頭するし、シャーロットの場合、好きな人にはとことん尽くすタイプでもある。自分はどうだろうかとニコルは考えてみるけれど、ここまで類似性がある以上、自分も同じ様な態度をとってしまう可能性は否定しきれない。もっとも、今のところ、その兆候は現れていないけれど。

 ところで、ここまでである事に気付いた人もいるかもしれない。そして、人によっては、そちらの方が重要だと思うかもしれない。

 年に数回程だが、シャーロットはニコルのガレージを密かに訪れている。

 いわゆる密会という事になるのかもしれない。ただもちろん、そんな深い意味はなくて、単純に気が向いた時に訪れているだけだろう。それに、シャーロットはある意味目立つ容姿をしているので、ここに来るまでに誰の目にも留まらないという可能性は低い。実際、ラッセルは既にこの密会の事を把握している。彼が知っているという事は、つまりベティも知っている事になる。そうなると、リディアやデイジーはもちろん、ケイトやフィオナの20代組も知っているかもしれない。しかしながら、理由はよく分からないけれど、シャーロット本人は知らないふりを通していて、何故か話題にしにくいタブーのようになってしまっているらしい。そのお陰で、密会という言葉が益々もっともらしく聞こえてしまうという、なんとも言えない状況に陥っていると言えた。

 それでも、敢えてそれを是正するつもりはない。下手に弁解した方が、余計変に勘ぐられるというものだろう。それに、向こうはどうなのか分からないけれど、少なくともニコルにとってのシャーロットは、割と親しい身近な人間のひとりだと言える。これはフィオナ以外は知らないかもしれないけれど、幼い頃から、2人は今のような関係を、つまり、時折会って近況報告を交わすような間柄であったのは間違いない。従って、普段の対人環境が極めて限定的なニコルにしてみれば、シャーロットとの関係は一般的なレベルでの密会クラスだと評価しても、それほど不自然とは言えない。

 そういうわけで、その日もシャーロットはガレージを訪れていた。相変わらずの、白いフリルが多いブラウスを着ている。それ以外は水色が基調で、さらに半袖だったので、この時期にしては少し涼し過ぎる印象だった。ただし、今日はスカートも色を揃えてきたらしく、おまけに、どこかのパーティにでも出られそうなほど膨らんでいるので、派手さはいつも以上。本当のところは涼しいのか、それとも暖かいのか、判断に困る服装だと言える。

 そのお姫様のような彼女は、当然とばかりに、このガレージ内唯一のイスに腰掛けている。ベティはもちろん、貴族出身のステラでさえも遠慮するのに、その辺りはさすがシャーロットというところかもしれない。

 当然ながら、ニコルも特に文句があるわけではない。ここの主である自分は直接地面に座っているものの、そういった事が苦痛にならない性格だし、汚れても問題ない服を着ている。シャーロットの格好で地面に座られた方が、逆に気になって仕方がないと言える。

「・・・この前、レオンが来た?」

 デスクの上で丸くなっているクロを撫でながら、シャーロットは不意に尋ねてきた。

 どういう意図の質問なのか、ニコルはすぐに思い至った。木箱の中でごちゃ混ぜになっているネジを小箱に分類する作業をしながら、簡単に答える。

「まあね。でも、何も気付いてないと思う」

「・・・さすがレオン」

「誉めていい事なのかは知らないけど」

「あそこまで鈍感でいられるのは、ある意味才能」

 一瞬だけシャーロットの表情を盗み見て見る。身体はこちら向きでも、視線はクロの方を向いていたので、横顔しか確認出来なかった。いつも通りの、無表情というか無感情というか、そういう感じだ。

 そのまま黙って作業を続けていると、シャーロットが再び口を開いてくる。

「ニコルは、気付いて貰った方が良かった?」

 その質問は意外だったので、ニコルは手を止めて、シャーロットの顔を見る。

 向こうはやはり、こちらを見てはいなかった。

「よく分からないなあ。どういう意味?」

「レオンなら、気付けば何かアクションを起こすはず。そうなれば、何かしらニコルの環境にも変化があったかもしれない。そちらの方が良かったのか、という意味」

 思わず鼻で笑ってしまった。自分でも意外だと思えるくらいの珍しい反応だったけれど、無意識に出てしまったものは仕方ない。

「変な事言うね。でも、もしそうなら、もっと分かり易い手を使うと思うけどな」

「はっきりとした行動に出られないのが、ニコルの弱み。人の死角を捉えるのは得意でも、人にアピールするのは苦手。回りくどい手になるのが、ある意味ニコルの標準」

 さすがに幼い頃から話をしているだけあって、こちらの事は全て知っているような口を聞いてくる。それに腹が立つわけではないけれど、もちろん面白くはない。これで何か言い返せればいいのだが、シャーロットは本当の意味で感情に素直な性格なので、これといって付け入るような隙がない。

 再びニコルは視線を手元に落とす。

「何が言いたいのか分からないでもないけど、特にレオンに何かして欲しいわけじゃないよ。今の環境だって、元々自分が望んだわけだし、何か不満があるわけじゃないし。もし不満があるとしたら、それは・・・」

「自分の性格」

 シャーロットの一言に、不良品のネジを木箱から放り出しながら、ニコルは苦笑した。

「まあね。でも、昔よりはましだと思うな」

「今のままでいいと思ってないなら、そうかもしれない」

「あれ・・・昔の僕、そんな風に見えた?」

「見えた」

 そこでシャーロットはクロを抱えたようだった。そちらをいちいち見なかったけれど、物音だけでそれが分かった。

 その時、ふとニコルは、ある事を思い出した。視線を手元に向けたまま、ニコルは話を切り出す。

「そうだ・・・話は変わるんだけど」

「何?」

「シャロンとエマだっけ?よく知らないけど、面白い人が来てるんだってね」

 それほど深い意味があるわけでもなくて、ここからレオンとステラの訓練成果について話題を発展させようとしただけの、単なる前置き程度の言葉だった。

 ところが、何故かシャーロットの返事がなかったので、訝しんだニコルは顔を上げてそちらを見た。

 どういうわけか、彼女は大きな明るい瞳をこちらに向けて、微動だにしない。その意図は分からなかったものの、ニコルにはひとつだけ分かった事があった。

 どうやら、気の進まない話題だったようだ。

「何かあった?」

 それでも一応尋ねてみると、シャーロットは小さく息を吐いてから、膝の上のクロに視線を落とす。

「・・・私に言えるのは、とにかくエマは、デリカシーがないという事だけ」

「ああ・・・」

 それだけでも、ニコルにはシャーロットの言いたい事が分かった。彼女が他人に求めるデリカシーと言えば、容姿についてとやかく言わないというのが一番だろう。要するに、小さいとか子供みたいとか、ニュアンス次第では可愛いという表現ですら、シャーロットのナイーブな心には深々と突き刺さるのだ。どうやら、エマはそういった言葉を連呼してしまったらしい。そういう話はよくある事なので、何も知らないニコルでも、想像するのは難しくない。

 漆黒の毛並みを物憂げに撫でながら、シャーロットは気を取り直すように言った。

「それ以外でも、エマはほとんど役に立っていないはず・・・一応、妙な演奏を聞かされて、ステラやフィオナには得るものがあったみたいだけど」

「妙な演奏って?」

 何気なく尋ねたニコルだったが、シャーロットの答えには驚愕した。

「魔笛のアレンジ版という話だった。ただ・・・」

「えええ!!」

 シャーロットが瞳を見開いてこちらを見る。それが確認出来る頃には、ニコルはすぐ傍まで駆け寄っていた。

「本当!?本当に魔笛だった!?」

 気圧されたようにしながらも、シャーロットは淡々と答える。

「だから、魔笛のアレンジ版。エマはジーニアスじゃないから」

 一瞬静止するニコル。しかし、すぐになんとか我に返って、頭を働かせる。

「それって・・・いや、でも、そんな事ってある?」

「・・・何が?」

「どうかなあ・・・でも、ジーニアスじゃないんだから、そうとしか思えないわけだし」

「・・・だから何?」

 周囲を完全に無視して推測を巡らせていたニコルは、不意にシャーロットに詰め寄る。

「というわけで、お願い!そのエマって人に会わせて!」

 本人的には十分な検討がなされた後だったのだが、シャーロットには脈絡のない言葉でしかなかったらしい。この直後の言葉で、ニコルにもそれが伝わった。

「それで頷く人がいると思ってるの?」

 イスに座っているとはいえ、元々の身長が大した事ないので、ニコルよりもシャーロットの方が目線が低い。だから、上目遣いをしているように見えない事もなかった。彼女以外で、自分より小柄な人間と会う機会が全くないので、こういった状態にニコルはまだ少し慣れていない。

 気付けば、距離も必要以上に近かった。ラッセルやレオンならともかく、シャーロットだけはやっぱり気まずい。

 何故か両手を挙げて一歩下がったニコルは、意識的に微笑みながら答える。

「ごめんごめん。えっと、ほら・・・僕が前から、魔法妨害装置作ってたの、覚えてない?」

 コクンと頷くシャーロット。

 それは覚えているという意思表示なのか、それとも逆なのか、かなり分かりにくいリアクションだった。しかし、自分の聞き方が悪かったとも言えるし、大して答えが重要とも思えなかったので、ニコルは先を続ける。

「その原理というか理論というか、とにかく、魔笛の文献から思い付いたアイデアで作ってたんだよね。魔力を音色にのせるって言うけど、結局のところ、魔力っていうのは物体じゃなくて概念的なものだと言われているし、音にしたって空気の振動なわけだから、それぞれを成分で把握出来れば、機械的なものでも応用出来るようになるんじゃないかって・・・」

「それは分からないでもない」

 あくまで冷静にシャーロットが告げる。彼女はこれでも、魔法やルーンに関しての知識を人一倍有しているので、建前ではなく、感覚的に理解出来ている可能性が高い。

 ここでつい力がこもって、ニコルはまた一歩進み出た。

「でも、やっぱり文献だけだと限界があるから、一度魔笛を聞いてみないとって思ってたんだよね!」

「・・・だから、エマは魔笛が吹けるわけじゃないから」

「いやいや。むしろ、ジーニアスでもないのに魔笛に似た効果が出せるって、まさに僕が目指す現象そのものなんだよ。だからお願い!この通り!」

 手を合わせて拝むニコル。

 ところが、何故かシャーロットは溜息を吐いた。

「・・・いいお知らせをひとつ」

「何?」

 わくわくしてたニコルだったが、次の言葉で、表情が凍った。

「今日出発した」

 呆然とした表情のまま、ニコルは怖ず怖ずと尋ねる。

「・・・どこに?」

「知らないけど、しばらく帰って来ない事は確か。レオンやブレットが見送りに行ったらしいから」

「・・・まじ?」

「まじ」

 その後しばらく、ニコルは声が出なかった。

 最終的にその沈黙を破ったのは、クロの背中を撫でながら放ったシャーロットの一言だった。

「ご愁傷様」

 そこでスイッチが切れたように、ニコルはがっくりとうなだれる。

「せめて、昨日知っていれば・・・」

 変装でも何でもして会いに行けたのに。しかしながら、今更そんな事を考えても、時すでに遅しである。

 対照的に、シャーロットはやはり淡々としていた。

「いずれにしても、ジーニアスが聞くと気持ち悪い音色らしいから、町中で演奏されたら迷惑。それと同じ様な物を作るのは、出来たら遠慮して欲しいところ」

「・・・いや、だって、出来たら凄い事なんだよ」

「例え凄い音色でも、フィオナを気絶させた罪は重い」

 ニコルは少し驚いた。

「気絶したの?」

「一歩手前くらい。いずれにしても大罪」

 ほんの一瞬だけだが、シャーロットの殺気を感じたような気がした。フィオナの為となると、恐らく大抵の事が出来る彼女である。実際、ほぼフィオナの為だけにルーンの勉強をして、その結果店が開けているのだから、言葉の重みが違う。

 そこで溜息を吐いて、ニコルはその場に座り込んだ。

「ああ・・・惜しい事したなあ。本物の魔笛を聞けるのだって貴重なのに、魔力なしで類似の効果を持たせた演奏なんて、滅多に聞けるものじゃないのに」

「滅多にというか、もしかしたらこれから先もないかも」

「・・・傷口に塩を擦り込まれてる感じだなあ」

「つまり、私の表現が正確だったという事」

 そこでシャーロットはクロを抱き上げてデスクの上に戻し、イスから立ち上がった。より正確に言うなら、イスから降りたという方が正しいかもしれない。

「あ、帰るの?」

 こちらも立ち上がりながら尋ねると、シャーロットはこちらを真っ直ぐに見据える。

「そのうち、また来る」

「まあそうだね。そのうち、気が向いたら来ればいいけど」

「そうじゃなくて、デリカシーのない旅人の事」

 意表を突かれたものの、すぐにニコルは対応した。

「もしかして、慰めてくれてる?」

「当たらずとも遠からず」

「・・・どっちなわけ?」

「正確に表現するなら、塩を擦り込んだ傷口が少し心配になっただけ」

 要するに、良心が咎めたという事のようだ。

 それでもニコルは、軽く微笑んでみせる。こういった社交辞令的な表情はあまりしない主義ではあるけれど、シャーロットにはほとんど抵抗なく出来る。いわゆる気の置けない仲というやつかもしれない。もっとも、年に数回しか顔を合わせないから、多少寛容になれるというだけかもしれないけれど。

「じゃあね。今度来た時は、もう少し為になる会話が出来るといいけど」

「・・・為になる会話って?」

「例えば、レオン達の訓練の進み具合とか」

 シャーロットは軽く頷く。

「ステラの方は多分問題ない。ルーンの知識がついてきた分、調整も上手くいったから」

「へえ・・・」

「レオンの方は?」

 ニコルは頬を掻いた。

「僕に聞かれてもね・・・とりあえず、ガジェットは要望通りの物を用意したけど。まあ、どんな物が必要なのか、ちゃんと言葉に出来るようになってきたみたいだから、それなりに慣れてきた証拠だとは思う」

「他はアドバイス無し?」

「無しと言えば・・・無しかな。ほら、スニークの記憶だと、結構見せにくい部分もあるし」

 ソードマスターやサイレントコールドのような立派な人間と言えないのが、スニークの難しいところだった。しかしながら、もちろん、悪人というわけでもない。ただ、行動理念が一般的な感覚とはずれているので、レオンがそれを見てどう感じるのか、ニコルには予測しにくい。

 ここでシャーロットは目線を下に逸らした。彼女にしては珍しい仕草だった。

「・・・ステラが心配してる」

「へ?」

 さすがのニコルも、それだけではシャーロットの真意が分からなかった。

 しかし、すぐに補足があった事で、朧気ながら察しがついた。

「ステラの気持ちは分からないでもない。特に、レオンはあまり心を開くのが得意じゃないように見えるから」

「・・・そうかな?」

「そう」

 そこでしばらく静寂が満ちた。

 シャーロットの言いたい事は理解出来る。要するに、昔のニコルと今のレオンが似ていると言いたいのだろう。誰にも自分の気持ちは理解出来ない。その言葉が心の重きを占めていた頃の自分と。

 ニコルも、なんとなくだがそういった印象はあった。少なくとも、レオンの心のどこかには、自分は周りと違うという意識があるはずだ。前世がないという明確な違いがあるのだから、この推測はそれほど難しくはない。そういった理由から、例えば自分を見失ったり、或いは自分のように、周囲との隔絶を望んでみたりといった事があっても不思議ではない。

 ただ、本当に印象でしかないものの、レオンはそういう人間ではないと思える。そういった物に左右されない強さを、彼は持っているように見える。

 いや、強さというのとは違う。

 だが、他の言葉にするのは難しい。

 見えなくなったと表現するべきだろうか。周囲と自分の違いが、大した事だと思えなくなったのだ。それは、レオンの泰然ぶりというか、鈍感さにも現れている。小さな事が気にならない。一般的な悩みが些細なものだと思っている。他人に共感出来ても、それを自分に投射出来ない。こんな感じだろうか。

 そうなってしまった理由も、レオンの気持ちも、ニコルには少し分かるような気がした。

「伝承者として、少しはアドバイス出来そう?」

 気付くと、再びシャーロットがこちらを見つめている。本気で心配しているようだった。

 ニコルは口元を上げて余裕を見せた。

「まあね。必要だと思ったら、ちゃんと仕事はするよ」

「・・・そう」

 何だか、自分が落ち込んでいる顔を見せられているようで、ニコルもさすがに心配になってきた。そこで敢えて明るく尋ねてみる。

「よく知らないけど、シャーロットにしては親身になってるね。何か理由でもあるの?」

 シャーロットは重々しく頷いた。そのリアクションだけで、ニコルには十分伝わったけれど、彼女はしっかりと言葉にして告げてくる。

「レオンに何かあったら、ステラが泣く。ステラが泣いたら、フィオナが泣く」

「・・・そこまで気にするんだね」

「当然」

「でも、それだと、ベティとかでも同じじゃない?ガレットさんとかに何かあったら、さすがのベティでも泣くだろうし、そうなったら、フィオナだって泣くよ」

「だから?」

 瞬時に聞き返してくるシャーロット。

「いや・・・その場合、ガレットさんの心配までするわけ?」

「する」

「・・・フィオナさんは優しいから、もしかしたら、隣近所の人とかに何か不幸があっただけで泣くかも」

「どんと来い」

 何とも力強いシャーロットの言葉だった。

 改めてその愛の深さを思い知り、ニコルは数秒間絶句したが、やがて言葉を絞り出すようにして告げた。

「まあ・・・無理しないようにね」

「大丈夫。睡眠は十分」

「ああ・・・そこに繋がるんだ」

「何が?」

 その問いには答えなかった。

 結局のところ、いくらか気になる要素はあっても、概ねは平穏な毎日だと言える。レオンの問題だって、すぐにどうにかなるわけでもないだろう。何か変化があるとしたら、いよいよ魂の試練場に挑戦するという段階になった時に違いない。

 いずれにしても、何とかなる。

 こういった楽観的な考え方は、ニコルの本来とは言えない。ただ、それは昔の話だ。何でも見えていると勘違いしていたあの頃は、どんな事でも悲観的になれたけれど、今は世の中の複雑さを知っている。今の自分では把握出来ないほど、世界の容量は大きいと分かっている。

 だからきっと、レオンもそうなるに違いない。

「とにかく大丈夫だよ。みんながいるしね」

 自分と同じ顔をした少女に、ニコルは少しだけ優しさを忍ばせて告げる。まるで妹に声をかけるように。

 でも、こんなのに保護者面されても困るだろうな。そんな事をふと考えて、いつの間にか顔が綻んでいたニコルだった。



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