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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第7章 リトレイン・シーズン
73/114

上機嫌な漸近線



 久しぶりだったビギナーズ・アイの翌日から、レオンの訓練は本格的に始まった。

 二刀流という選択には、もう迷いはない。ただ、武器の選択には多少迷う余地があった。剣だけというのが最も手堅い組み合わせだが、モンスターによっては、棍棒などの殴打出来る武器の方が有効な場合もある。だから、左手だけ殴打系にするという選択肢もあった。

 さらに、シャロンが言うには、槍や斧で二刀流している人も稀にいるらしい。しかしながら、槍の二刀流と言われても、具体的にどう戦うのか、レオンには想像も出来ない。そもそも、刃物でないのに二刀流と呼ぶのもどこか違和感があるところだ。実際、槍や斧を極めた人にしか出来ない、かなりマイナーな戦闘スタイルらしいので、レオンが選ぶ余地はほとんどない。

 いずれにしても、迷うべきところは、左手だけ別の武器にするかどうかという点だった。ところが、いざ長剣で二刀流してみて気付いたのだが、左手に若干の負担を感じたのだ。だいぶ慣れてきたとはいえ、どうやらまだ完全な両利きではなかったらしい。そういうわけで、重い武器だと長期間の戦闘は難しいかもしれないという事になった。

 数時間の考慮の末、結局、長剣を右手に、小剣を左手に持つという事に決まった。散々迷ったあげくに無難な選択に落ち着いてしまったので、今まで訓練に付き合ってくれたブレットや、心配して催促までしてくれたリディアには申し訳ない気もしたが、やっぱり2人とも、別に気にしなくていい、という一言が返ってきただけだった。

 後は、出来るだけこのスタイルをものにするだけ。

 ところが、決めるべきものが決められたのはいいのだが、まず最初は慣れるところからスタートしなければならなかった。

 シャロンが見せてくれた二刀流と、今までレオンが使っていた二刀流は、はっきり言って全く次元が違う。シャロンの剣技に比べれば、レオンの技はただの飾りと言ってもいい。ただ両手に剣を持っているだけで、手数が増えるには増えるが、所詮その程度。逆にシャロンの二刀流は、しっかりとした戦闘理念がある。

 ビギナーズ・アイを出る際に、シャロンは簡単に自分の戦闘スタイルを説明してくれた。

「剣技というか・・・うーん、そうだね。言ってしまえば、剣を持った格闘技だと思えばいい」

「格闘技ですか?」

 思わず聞き返したレオンだったが、そこで不意に連想出来たものがあった。

 夏祭りでの武術大会。シャロンやエマ以外はほぼ全てアスリートが参加していたあの大会で、皆普段は使わないような武器で戦っていた。

 ただ、今にして思えば、彼らの戦い方にはどこか洗練されたものがあった。動きに無駄がないと言えばいいのだろうか。使い慣れていない武器のはずなのに、それどころか、武器とは呼べない物を扱っていたのに、それに上手く対応していたというか、無理のない動きをしていた気がする。

 口元を上げて、シャロンは尋ねる。

「レオンはさ、喧嘩した事ない?」

「え・・・」

 割と大人しい性格だったからなのか、あまり喧嘩した経験のないレオンだった。どちらかというと、狼や熊に襲われそうになった回数の方が多い。それにしたって、実際に戦ったのは本当に数えるほどだ。

「騎士の戦い方というよりも、殴り合いの延長って感じかな。身体や腕力に恵まれてれば、闇雲に殴ってても勝てるんだろうけど、私みたいな女はそうはいかない。あ、そうだ、ほら・・・酒場のベティさんだって、あんな体格でも強いだろう?あれはね、間合いが分かっているからなんだ。自分と相手の身体の動きが本能的に分かってるんだと思うね。いやあ、一度酒場での大立ち回りを見せて貰ったけど、あれはちょっとしたものだったなあ。やっぱり、あの親父さん譲りなんだろうね」

 可笑しそうに言ったシャロンだったが、たまにその矛先が向く事のあるレオンは、そう簡単には笑えなかった。

「あの、それはまあいいので・・・」

「え?あ、そうか。二刀流の話だったっけ」

 シャロンは腰の剣に軽く触れる。

「そうだな・・・ひとつアドバイスするなら、とにかく攻撃される事かな」

「・・・攻撃される?」

 さすがに驚く。なるべくなら攻撃されない方がいいに決まっていると思っていたからだ。

「要するにね、攻撃する時が一番隙が出来るんだよ。それを受けて反撃するのが普通のアスリートだろう?二刀流の場合は満足に受けられないんだから、攻撃を避けながらカウンターしないといけない。それも、モンスターが倒れるまですっとだ。だから、どうせなら派手に攻撃して貰った方が、隙が大きくなっていいじゃないか」

 レオンは頭が混乱してきた。

「・・・それ、避けきれないんじゃないですか?」

 軽く笑うシャロン。

「それをどうにかするんだよ・・・って言うのは可哀想かな。まあ、最初はとにかく攻撃を受けてみる事だね。そのうち身体が勝手に間合いを覚えてくれる。間合いさえ掴めれば、後はフェイントで攻撃を誘ったり、大勢の敵に囲まれても平気になってくるよ。レオンは基礎が出来てるみたいだから、コツさえ掴めれば大丈夫だと思うね」

「はあ・・・」

 まだ半信半疑なレオンに、シャロンはやはり簡単に言った。

「全く隙を作らずに攻撃出来るやつなんていないんだ。モンスターだってね、案外攻撃する時は不便なものなんだよ。まあ、そのうち分かるようになるさ」

 結局のところ、シャロンの言い分はそれだった。

 その言葉の本質を何とか掴もうと、その翌日から、ブレットやアレンを相手に、レオンは訓練を始めた。

 ところが、いきなり問題があった。

 2人とも隙がないのだ。

 そんな事は当たり前といえば当たり前と言える。剣と盾を構えている人間に、そうそう簡単な隙があるわけがない。だから、向こうに攻撃させる事で隙を作れという事なのだが、ブレットはともかく、アレンの方は絶望的だった。

 正確過ぎる防御のタイミングとバランス。

 先の先まで読んだ冷静な判断。

 そして、容赦ない反撃。

 みるみるうちにレオンの生傷が増えていくのは、ある意味必然的な事だった。

「そう簡単に勝って貰っても困る」

 ある日の訓練終わり、いつも通りボロボロになったレオンが休憩所のイスに座っていると、アレンはそう告げてきた。この訓練所の教官でもあり、人生の大半を剣に捧げてきた彼だからこその言葉だろう。事実、彼の身体には傷一つないように見える。

 レオンは苦笑しながら、軋むように痛む右腕で髪に触れた。

「まあ、そうなんですけど・・・僕、強くなってるんしょうか」

 戦闘スタイルを変えるように意識しているとはいえ、結局のところ、アレンに負け続けているのは同じなので、レオンには成長している実感がまるでない。

 こちらを一瞥もせずに、アレンは淡々と返事をした。

「数日で劇的に成長するのは無理がある」

「・・・そうですね」

 文句なしの正論だった。レオンにはそれ以上返す言葉もない。

 そこでまたいつも通りの沈黙がやってきたのだが、その日は珍しく、アレンから口を開いてきた。

「ただ・・・本物の二刀流というものは、なかなか面白い」

 思わずアレンを見上げるレオン。どちらもイスに腰掛けているのだが、アレンはかなりの長身なので、座高だけでも結構な差がある。

 それはそうと、レオンは聞かずにはいられなかった。

「えっと・・・僕、本物の二刀流が使えてますか?」

 アレンは即答した。

「いや。だが、何を目指しているのかは、剣を交えれば分かる」

 本人もよく分かっていないのに、それを戦うだけで感じ取れたらしい。毎度の事ながら、相変わらずの達人ぶりである。

 そこでアレンはこちらを横目で見据えた。

「二刀流使いはあまり多くない。俺も知識としてはいくらか把握していたが、やはり、ただ聞くだけよりも、本物の技を見た方が得るものは多いようだな」

「あ、はい。まあ・・・」

 それは確かにそうだった。こういった時、伝承者のカーバンクルに二刀流している時の記憶を体験させて貰えればいいのだが、頼んだからといって聞いて貰えるとは限らないし、そもそもフレデリックの記憶はほとんどが子供達との思い出なのだと、デイジーが話していたのだ。都合良く二刀流の記憶があるとは限らない。

「ただ両手に剣を持つというだけではない。体術としては、むしろ格闘術の方が近いようだな。間合いがかなり狭い」

「間合いが・・・狭い?」

 軽く頷くアレン。しかし、レオンにはさっぱり分からないので、勝手に頷かれてもついていけない。

「口で伝えるのは難しい。これから・・・いや、レオン、明日は休め」

「はい?」

「明日は訓練は休みだ。あまり無理をさせ過ぎると、大怪我につながる」

「いや、でも・・・」

 休んでいる余裕はない。そう続けようとしたが、焦っていると返されたら反論出来ないので、レオンは押し黙る。

 ところが、アレンの言葉には続きがあった。

「明日はニコルのところに行ってこい」

「ニコルですか?」

 アレンは既にこちらを見ていなかった。しかし、彼は一言だけ告げる。

「スニークも二刀流を使っていたと言われる」

「え・・・」

 全くの初耳だった。

 だが、ようやくアレンの言葉の真意が理解出来た。休むついでにアドバイスのひとつでも貰ってこいという事らしい。武器もようやく決まったのだから、それに相応しい道具を相談する事も出来る。彼ならばそれくらいの事は考えていただろう。

 そういうわけで、レオンは翌日、ニコルのガレージを訪ねた。

 なかなか年季の入ったこの建物に来るのも、随分久し振りな気がする。結局、夏祭り期間中に一度もここを訪れなかったからだ。お祭りに興味があるのかどうか、事前にそれとなく尋ねてみた事があったのだが、ニコルはきっぱりと興味ないと言い放った。それでも誘いに行くよと言ったのだが、祭り期間中は家の留守番役だから、ここに来てもいないと言われてしまったという経緯がある。

 その時は、それでも一度は来ようと思っていたのだが、結局のところ、それどころではないくらい忙しかったし、そういう雰囲気になれなかったというのもある。ベティやラッセルが、そんなに気を遣わなくても大丈夫だと言っていたので、その言葉に甘えてしまったところもあった。

 だから、特に楽しそうとか嬉しそうではなくても、ニコルがいつも通りの様子で迎えてくれたので、レオンは少しほっとした。

 ニコルはガレージ奥のイスに座って、何か手紙らしき物を書いていたようだった。それ自体は多少珍しいと言えるものの、明るい大きな瞳も、黒いショートヘアも、子供らしい容姿もいつも通り。ダークグリーンのシャツと黒のハーフパンツという、やはり男女が分からない涼しげな服装をしている。相棒である漆黒のカーバンクルであるクロは、デスクの上に行儀よく座って、ニコルが書いている手紙に、その紫の視線を注いでいた。

「こんな時間に珍しいね」

 まずニコルが発した言葉がそれだった。確かに、いつもは訓練終わりに来るので、少し早い時間だと言える。

 そちらに歩きながら、レオンは答える。

「うん。まあ・・・ニコルも珍しいね。手紙書いてるの?」

「まあね。でも、出来れば見ないで欲しいな」

「え?あ、ごめん。そんなつもりは・・・」

「いやいや。冗談だから」

 レオンは立ち止まって、ニコルの顔を凝視する。

「・・・冗談?」

 そんな言葉がニコルの口から出るなんて、意外である。

 ところが、ニコルはそこで口元を上げた。微笑んだのだという事に気付くのに、レオンは数秒時間が必要だった。

 いったい今日はどうしたのだろう。

 尋常ではなく機嫌がいいように見える。

 いずれにしても、とにかく珍しいのは間違いない。ニコルは基本的に落ち着いているが、決して感情に乏しいというわけではない。初めて会った時などは大喜びされたくらいなのだ。しかしながら、あまり表情を表に出したがらないのは確かだ。喜びを抑えきれない時以外に、例えば今のように軽く微笑むなんて事は本当に珍しい。冗談とセットでとなると、もしかしたら初めてかもしれない。

「で、今日は何の相談?」

「うわっ!」

 声がかなり近かったので驚いたら、案の定、いつの間にかニコルの顔が目の前にあった。多少身長差があるので、実際に目があったのは、その頭上に乗っているクロの方だったが。

 思わず距離をとってしまったレオンを見て、何度か頷くニコル。

「やっぱり、久し振りにやったから鈍くなってるよね。もっと頻繁にした方がいいのかな」

 心臓の辺りを抑えながら、レオンはなんとか答える。

「い、いや・・・鈍くなってるというか、多分油断しただけだと思うけど」

「知り合いの家だからって、危険がないとは限らないと思うけどなあ」

「そ、そう?」

「どこに危険があるかなんて分からないよ。ステラの例だってあるわけだし」

「あ、そうか・・・」

 確かに、人混みの中にいても危険が潜んでいる事があるのだ。

 そこでふと、レオンは気付いた。

「あれ・・・ステラの話、誰かに聞いたんだね」

 ニコルは呆れたように肩をすくめた。どこか違和感がある反応だったが、具体的にどこか変なのか、すぐには判断出来なかった。

「まあね。レオンも気を付けてあげないとダメだよ。いくらジーニアスでも、ステラは人間相手には戦えないだろうし」

「え?・・・あ、うん」

 人間相手に魔法を使う状況を想定している辺り、とてもニコルらしい言葉なのだが、ステラに対して同情的なのは意外だった。いつもなら、数人氷漬けにしてやればよかったのに、くらいは言いそうなところだ。ただ、事情が事情なので、ニコルとはいえ気を遣ったのだろう。レオンはそれで勝手に納得した。

「それで、何の相談?」

「あ、実は・・・」

 レオンは夏祭りが終わってからの経緯をかいつまんで説明した。そろそろ初心者武器から卒業するべきだと判断して、散々迷った事。そして、紆余曲折あったのに、結局一番無難な選択肢に帰結した事など。話の途中で、藁で編んだクッションをニコルが出してくれたので、その上に腰掛ける。同じ物にニコルも足を投げ出して座り、その膝の上にクロはうつ伏せになってこちらを見ていた。

 最終的に、二刀流に関してアドバイスが欲しい事と、武器変更に伴う装備品の見直しをしている事を告げると、ニコルは難しい顔をして腕を組んだ。

「うーん・・・二刀流って言われてもなあ」

 あまり気乗りがしない感じなので、レオンは怖ず怖ずと尋ねてみる。

「アレンさんが言うには、スニークも二刀流だったって・・・」

 そのスニークの伝承者であるニコルなら、夢の中で二刀流を使った場面があるかもしれない。そこまでは言わなかったが、もちろんニコルならそれくらいは察してくれるだろう。

 そこで何故かニコルは、膝の上に陣取る漆黒の妖精に視線を向けた。クロの方も、器用に首を捻ってニコルを見ている。

 そのまま視線を交わす事、数秒間。

 しばらくしてこちらを向いたニコルは、軽く肩をすくめた。

「あんまり心当たりないかな。スニークはそんなに戦闘が得意だったわけじゃないし」

「そっか・・・」

 実を言うと、薄々そうかもしれないと思っていた。もしアドバイス出来るなら、ニコルなら既にしてくれている可能性が高いからだ。形だけとはいえ、レオンは今までずっと二刀流を使っていたのだから。

 少しうなだれたレオンだったが、それでもすぐに微笑んでみせる。

「うん・・・でも、結局は自分次第だからね。なんとか頑張ってみるよ」

 ニコルは軽く頷いた。

「そうそう。二刀流なんて、やってればそのうちどうにかなるものだよ。ただ両手に剣を持ってればいいんだから」

「それはちょっと言い過ぎなんじゃ・・・」

「いや、本当に。レオンだって、腕が2本あるでしょ?」

「・・・はい?」

 突然謎の発言をされたので、ついレオンは聞き返してしまった。

 しかし、ニコルの大きな瞳は全く揺るがない。

「剣技というよりも、殴りに行くと思えばいいんだよ。殴り合いだったら、むしろ片手しか使わない方が不自然なわけだし」

「まあ・・・そうかもしれないけど」

「剣の分だけ両手が伸びたと思えば、そんなに難しい話じゃないと思うな」

 あまりの極論に、レオンは黙るしかなかった。

 ただ、もしかしたら、それがニコル流のアドバイスなのだろうか。抽象的なのがニコルらしくない気もするが、こんな遠回しな言い方がそもそもらしくない。

 或いは、それが二刀流に対するスニークの感覚なのかもしれない。それくらいの発想で使えてしまえたという可能性は十分にある。サイレントコールドにしろ、ソードマスターにしろ、一般人では想像も出来ないような力量や考え方を持っているのがほとんどだ。前世の記憶として見る事が出来ても、なかなか理解出来ない事も多いと、ステラはよく話してくれる。

 アドバイスしたいけれど、上手く出来そうもない。だったら、下手に何か言わない方がいい。もしかしたら、それがニコルの本心なのかもしれない。

「でも、道具の方は大丈夫。ばっちりアドバイスするよ」

 その声でレオンは我に返った。そのまま、腰に下げていた筒型のガジェットをニコルの前に置く。

「それで、これなんだけど・・・この際、他の装備も見直そうと思って」

 何故か、途端にニコルは嬉しそうな顔になる。

「やっときたね。もうそろそろかなあって思ってたんだよ」

「そ、そうなんだ」

「任せといて!これをもっと強力にすればいいんだよね?」

 咄嗟にレオンは両手を前に出した。

「・・・そうじゃなくて、えっと、もうちょっと違う特性の物がいいかなって」

 なるべくニコルを傷つけないように言葉を選んだレオンだったが、内心では結構必死だった。これ以上の火力を求めようものなら、ニコルは本当に一部屋吹き飛ばすような代物を用意しそうだからである。もちろん、威力が大きいに越したことはないのだが、これ以上は生き埋めになる危険性を覚悟しなければならない気がする。

 ニコルは重々しく頷いた。

「まあ、それもあるかもしれないって思ってたよ。で、どういうのがいいの?」

 はたと考えるレオン。

「えっと・・・そうだなあ。まあ、爆発するのは仕方ないとして」

「仕方ないよね」

 さも当然とばかりに頷いているニコル。レオンはなんとなく膝の上のクロを見たが、特に反応もなく、うつ伏せになって瞳を細めている。眠そうというか、暇そうだ。

 それはそうと、レオンは今までのファースト・アイでの戦いを思い返してみた。

「とりあえず、水に強いのがいいかな。ファースト・アイって、結構水辺が多いみたいだし。それとあとは、投げるだけだと距離が出ないから、安全の為にも、射出装置みたいなのがあればいいような・・・」

「ああ、うん。それはどうにでもなるよ」

「そうなの?」

「普通に火薬を使っていいなら」

 要するに、自分が過度に怖がっていたのが悪かったらしい。

「・・・そっか。うん。それならもういいや。普通の火薬で」

「やっと克服出来たんだね。火薬恐怖症」

「まあ・・・さすがに慣れるよね」

 モンスターの攻撃も段々派手になってきたので、爆発のインパクトが相対的に霞んできたというのもあるかもしれない。

 そこでまたニコルは口元を上げる。

「それで、他には?」

 段々発明欲求に火が着いてきたようだ。

 ところがその時、入り口の方から声が聞こえた。

「ニコル。入るよ」

 優しげな男性の声。

「はいはい。どうぞ」

 素っ気ないニコルの返事の後、ガレージ内に入ってきたのは、黒い前掛けをしたラッセルだった。明らかに仕事で来たという格好である。

 ところが、彼は何も持っていなかった。しかも、何故かレオンがいるのを見て驚いたようだった。

 その反応に首を傾げるレオンを余所に、ニコルはラッセルに一言だけ告げる。

「そこに置いておいたから」

 何の事かレオンには分からなかったが、ラッセルには伝わったらしく、入り口付近の棚に置いてあった編み籠を両手で持ち上げた。

 ラッセルはこちらに微笑んで挨拶した。

「じゃあ僕はこれで。仕事のついでによっただけだから、どうぞお構いなく」

「え?あ・・・」

 レオンが答えあぐねているうちに、ニコルが淡々と告げる。

「よろしく伝えておいて」

「了解。また今度ね」

 そのままラッセルは出て行ってしまった。彼にしては随分とあっさりしていた気がする。ある意味、逃げるように去っていったような印象だった。

 しかし、ニコルには全く意に介した様子がない。

「話の続きに戻ろうか」

「あ、うん・・・」

 返事をしながらも、レオンは先ほどの籠の中身が気になって仕方がなかった。普段ニコルが注文しているような部品とは思えない。そういった物は大抵木箱に入っているからだ。さっきの籠はどちらかというと、もっと綺麗な物、例えば、服や装飾品を入れる物のような気がする。

「さっきのって、誰かからの借り物とか?」

 微妙に聞き方を変えて、レオンは尋ねてみた。

 ニコルはガジェットを弄りながら答える。

「そう。どうせ着ないからってね」

「あ、じゃあ服なんだ」

「うん。まあ、分類するならそうかな」

「・・・分類?」

 不可思議な答え方に戸惑うレオンに、下を向いたままニコルが言った。

「レオンってさ」

「え?」

「やっぱりちょっと、鈍感過ぎるかもね」

「そう?」

「普通さ、これだけ言ったら少しくらい気付きそうなものだけど」

「・・・何が?」

「でも、その方が都合がいいんだけどね」

 牛のようにゆっくりと、レオンの首が捻られる。

「・・・ごめん。全然分からない」

 その言葉に対する返事はなかった。

 ただ、自分が鈍感なのは身を持ってよく分かっているので、やっぱりこまめにニコルに驚かして貰った方がいいのかもしれないと、少しだけ思ったレオンだった。



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