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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第7章 リトレイン・シーズン
72/114

マイティー・ツイン



 久しぶりのビギナーズ・アイは、やっぱり懐かしかった。

 ここに住んでいたわけでもないのに、なんとなく壁をペタペタと触ってしまう。独特の黄色がかった白色といい、石レンガの質感といい、最初にこのダンジョンに来た時と全く変わっていない。そんな事はもちろん当たり前なのだが、あの時はこの質感と雰囲気を覚えようと必死だったから、やはり感慨深い印象は否めない。

「ほら、早く行くぞ」

「あ、うん」

 やや呆れ気味の男性の声に急かされて、レオンは返事をしながら振り返る。

 今日はステラと2人きりというわけではない。先程の声の主は、先輩冒険者であるブレット。そしてもう1人、やや興味深げに周囲を見渡しているのが、同じく現役冒険者のシャロンだ。

 こうして見ると、3人ともバラバラの格好をしているから、同じパーティには見えない。ステラは魔導衣を着ているようだが、外からは白のマントしか見えない。普段、ダンジョン内ではそんな物を羽織ったままにはしないし、肩にソフィが乗ったままなので、ほとんど戦闘態勢とは言えなかった。シャロンも、いつか見た面積の狭い鎧と剣を二振り下げているだけ。逆に、ブレットは白銀の立派な鎧を着込んだ重装備だった。

 シャロンは何気なく感想を口に出した。

「へえ・・・割と人工的な感じなんだね」

「そういえば、シャロンはどんなところで修行したんだ?」

 ブレットの問いに、シャロンは少し苦笑気味だった。

「私の場合、ダンジョンそのものよりも、ダンジョンにたどり着くまでの方が大変だったんだ。初心者用ダンジョンが林の中にあるんだけど、その周りに高難易度のダンジョンがたくさんあってね。おまけにまだ踏破前なのがいくつかあったから、そこから出てきたやつがうようよしてたんだよ。とにかくそいつらに見つからないように、見つかったら全力で逃げられるように、そちらの方が修行だったね」

 レオンは自分が初めてモンスターと戦った日の事を思い出した。要するに、ああいう状況が普通だったのかもしれない。

 どこか懐かしそうにしながら、シャロンは近くの壁を撫でる。

「まあ、そんな決死の行軍の後だからさ、むしろダンジョン内の方が安全なんだ。あいつら、ダンジョンの中にまで入って来ないし、仮に入ってきたとしても、人間同士の場合と一緒で、中で遭遇する確率なんて低いからね」

 ここで口を開いたのはステラだった。

「あの、シャロンさんは、最初何人くらいでパーティを組んでいたんですか?」

「ん?ああ、そうだね・・・まあ、4人とか5人とかが普通だったかな。もっとも、それは行く時の話だけどね」

「行く時って・・・」

 聞き辛そうなステラ。レオンも同感だった。行く時とわざわざ付けるからには、帰るときは人数が変わっていたに違いない。

 ところが、シャロンはそこで苦笑した。

「馬鹿な奴が途中で死んだりって事も、ないわけじゃなかったけどね。ただ、そういうのじゃなくて、私の相方がちょっと気難しいというか・・・」

 首を傾げるステラ。

 そこで、納得したように何度か頷きながら、ブレットが口を挟む。兜が重々しいので、首を振るだけでも、妙に重労働に見えた。

「彼か。ありそうな話だ」

 シャロンはそちらを見て軽く頷いた。そして、ステラを見て微笑む。

「貴女の相棒とは違ってね、私の相方は面倒くさい奴なんだよ。子供っぽいっていうか、偏屈っていうか・・・行きの道中で他のメンバーに気に入らないところがあると、お前等とは付き合っていられない、悪いが俺とシャロンは別行動をとらせて貰う、とか言い出すわけ。何勝手に決めてんだよとか言っても、これがまあ頑固でさ。駄々っ子かあんたはって、何度思ったか数え切れないね」

「でもそれ、危ないんじゃ・・・」

 思いついたままにレオンが口にすると、シャロンは苦笑してみせる。

「そうなんだよねえ。ダンジョン内はどうにかなってもさ、道中で強力モンスターと遭遇しようものなら、はっきり言って訓練どころじゃない。その為にわざわざパーティ組んでるのに、勝手に仲間割れされたんじゃたまんないって話だよね。本当に、何度寿命が縮まった事か・・・」

 遠い目をするシャロン。しかしそれも数秒の事で、すぐにこちらに不敵な笑みを見せる。

「あいつは自己中で、嫌みで、空気が読めないただの魔法マニアだね。先々週だって、武器の注文の為にユースアイに行ってくる、ちょうど祭りだから一緒に行こうって誘ってやったのに、あいつが何て言ったと思う?くだらない事で声をかけるな・・・だってさ。いや、他にもいろいろ言ってたんだけど、もう聞き流してやったよ。それでも、シャロンと歩いて何が楽しいって言いやがった時は、鳩尾に一発決めてやったけどね」

「はあ・・・」

 生返事を返すレオン。いったいどんな関係なのか、何故一緒にいるのか、よく分からない。

 そこでステラが躊躇うように口を開く。

「その、やっぱり・・・」

 ところが、結局言葉は途切れてしまった。その表情も、不安というか心配というか、そんな印象だった。レオンには何が言いたいのか、すぐには理解出来なかった。

 だが、シャロンは違ったらしい。あっけらかんとして、ステラに答える。

「ああ、ステラさんは気にしなくていいよ。確かにパーティの人数は多い方がいいけど、それは一人前になってからの話だと思うね。見習いの頃は出来るだけ苦労した方がいい。それに、こう言ったらなんだけど、私だって、女に比べたら男は苦手だよ。女に生まれた以上は、みんな多かれ少なかれ、そういう気持ちがあるんじゃないか?」

 その言葉でようやく気付いたレオンだった。パーティ人数が少ない事など、こちらは全く気にしていない事なのに、ステラはまだ負い目に感じているらしい。

 そこでブレットが口を挟む。非常に彼らしい、愛想のいい微笑みを浮かべていたが、ステラは明らかにシャロンの陰に隠れていた。

「僕に言わせて貰うなら、ステラは男性が怖いわけじゃないと思うな」

「え?」

 意外だったのか、ステラは瞳が大きくなる。

「男性が怖いという女性に、僕は何人か会った事がある。そういう人はね、僕を見ると怯えた目をするんだ。あ、そうだね・・・少しだけだけど、リディアも同じような目をする」

 多少はそういう自覚があったらしい。

 だが、傷つく様子もなく、ブレットは話を続けた。前々から思っていた事だが、彼は見かけ以上にタフである。

「だけど、ステラの瞳はそういうのとは違う。要するに、男性と会話する経験が極端に少なかったから、単に慣れていないだけだと思うな。だから、普通に生活していれば、だんだん慣れていくはずだよ。そこまで気にする事ではない」

 ニコニコ顔のブレットを、しばらくステラは複雑な表情で見つめていた。

 それでも、やがて小さく頷く。

「・・・あ、ありがとうございます」

 満面の笑みを返すブレット。それでも、彼の父親の面影が少し感じられる気がした。

 シャロンも笑いながら、ブレットの意見に同意する。

「そうだよ。人間なんだから、それくらいの欠点のひとつやふたつ、あるに決まってる。というかね、そんなの可愛いものじゃないか。私の相方なんか、自分以外の人間は全て嫌いだって、世の中クズばかりだって、堂々と言うよ。そんな奴もいるんだから気にする事ない」

「そ、そうですか・・・」

 そういう人と比べられるのも、結構複雑なのかもしれない。ステラの反応から、レオンはなんとなくそう想像した。

「それに、ステラさんの相棒は、玉にひとつくらい傷があったところで、とやかく言う人間じゃないだろう?それなら何の問題もないじゃないか。冒険者にとっては、社交性なんかより、命を預けられる人間がいるかどうかが、これ以上ないくらい重要な事なんだからね」

 それでも不安げなステラがこちらを見たので、レオンは微笑んだ。

 多少時間はかかったものの、それでもステラはいつもの微笑みを返してくれる。それが彼女の本当の気持ちかは分からない。まだ負い目は消えていないかもしれない。

 ただ、レオンにも分かる事はある。

 ステラが悩んだり、不安になったりするのは、彼女が進もうとしている証拠だ。まだ2人とも未熟で、これから先にいくらでも困難な事があるのは分かっているけれど、それでも頑張ろう、支え合っていこうと約束した。彼女が今苦しんでいるのは、その約束を果たそうとしてくれているからだ。

 それが分かっていればいい。シャロンの言う通り、きっとそれが冒険者にとって一番大事な絆なのだから。

「さあ、あまりのんびりしてても仕方ないしね。とっとと行こうか」

 いつの間にか、シャロンが最初の扉に手を掛けていた。

 慌ててレオンはそちらに駆け寄る。

「あ、扉は僕が開けますよ。罠とかがあるかもしれないし」

 シャロンは軽く笑う。

「大丈夫。まあ、見てなって」

「え・・・あ、はい」

 その返事を確認するや否や、ほとんど無造作にシャロンは扉を開けた。クロスボウのボルトでも飛んできたらどうするのかと思ったが、幸いにもそういう事はなかった。

 こうして、久しぶりのビギナーズ・アイがスタートした。

 慎重な素振りはほとんどなく、シャロンとブレットが先を歩き、その後ろを不安げにレオンとステラが着いていくという布陣。実際、先頭の2人のあまりのリラックスぶりに、レオンは心配で仕方なかった。なんといっても、彼らは普通に世間話しているのだ。罠でもあったらどうするのかと、見習い2人は気が気ではない。

 本物の二刀流を見せてくれる。そういう話だったのだが、シャロンの実力がどれくらいのものなのか、レオンはよく知らない。彼女も武術大会では一回戦負け。ただ、今にして思えば、あれはほとんど腕力勝負の大会だったから、シャロンが勝てなかったのも当然のかもしれない。 

 それともうひとつ、レオンは気が付いた事があった。

 現役冒険者組は、途中の扉に見向きもしないのだ。

 彼らは通路の突き当たりのドアしか開けない。突き当たりにドアがない場合、一番奥に近いドアを開けているようだった。レオン達がダンジョンを進む時は、とにかく近い扉から開けていく事が多い。挟み撃ちにされたら困るからなのだが、前の2人の進み方は正反対だと言える。

 どうしても気になったので、レオンは尋ねてみた。

「あの、そういえば、一度聞いてみたいと思っていた事があるんですけど」

「何だ?」

 振り返ったブレットが答える。

「ダンジョンの進み方に、コツとかそういうものってあるんですか?」

「あ・・・」

 ステラがはっとしたように声をあげる。こちらを見ていたので、レオンは頷いてみせた。

 ファースト・アイがなかなか進めないという話題になった時、何か効率が悪いのかもしれないという可能性を考えた事がある。まだ1層目もクリア出来ないのは、進み方が悪いからなのだろうか。

 実は既にガレットに同じ質問をした事がある。彼の答えは、人それぞれだ、だった。

 ところが、ブレットの答えは違った。

「無い事もないが・・・」

 そこでシャロンが可笑しそうに口を挟む。

「まさか、私達の話をする気じゃないだろうね?」

 するとブレットも微笑みながら返事をした。

「そのまさかだよ」

 不意にシャロンは立ち止まる。黒い金属製の扉の前だ。そして、軽く苦笑しながら説明してくれた。

「あまり本気にしないで欲しいんだけどね。それでもまあ、反面教師にはなるだろうから、一応説明しておく。さっきも言ったけど、私の相棒っていうのが、これはまあ自信家な奴なんだ。どれくらい自信家かって言うとね、俺はいつかサイレントコールドを越える事になる、とか普段から言ってるくらいなんだけど」

「という事は、ジーニアスなんですね」

 あまり気にせず感想を述べると、シャロンは何故か軽く仰け反った。

「なんていうか・・・私もそれくらい達観出来てたらよかったんだけどねえ。まあいいけどさ。ただ、あいつにはそんなに才能があるわけじゃない。ステラさんの方がよっぽどあるくらいなんだ。そのステラさんだって、私はサイレントコールドを越えられる、とか思わないだろ?」

「えっと、はい・・・」

 ステラは少し戸惑ったようだった。急に聞かれたからというよりも、何かしら答えにくい質問だったようである。

 その反応に、やや目を細めたシャロンだったが、すぐに彼女は話を続けた。

「まあね、要するに、あいつは大馬鹿なんだよ。そして、ブレットが言っているコツっていうのは、その大馬鹿が豪語している事なんだ。だから、鵜呑みにしないで欲しい」

「あ、はい。もちろん」

 頷くレオンを見て、シャロンは苦笑しながらそのコツをたった一言で告げた。

「ボスにしか用はない」

「・・・はい?」

 聞いただけでは意味が分からなかった。

 どこか照れたように視線を逸らすシャロン。相棒の発言がそんなに恥ずかしいのだろうか。彼女にしては珍しい反応だった。

「いやね、最初に聞いた時は、私も何言ってるんだって思ったから、質問してみたんだよ。お前何言ってんだって。そしたらまあ、あいつが言うには、雑魚に構うのは時間の無駄だ、ただ真っ直ぐに最深部に向かえばいい・・・だってさ」

 数秒間しっかりと頭の中で確認してから、レオンは怖ず怖ずと尋ねる。

「・・・どの扉を進めば最深部に着くかなんて、分からないんじゃないですか?」

 もしそれが分かったら、誰だって最短ルートを通る気がする。

 シャロンは軽く笑った。もう普段の彼女に戻っていた。

「そうなんだけどねえ。ただ、それも一応あいつには主張があって、一番奥のドアを進めば最短ルートなんだってさ」

「それ、本当です?」

 本当なら結構凄い情報だ。

 しかしもちろん、そんなうまい話はなかった。

「いや、的中率20%は切ってると思う。大抵何度か引き返すから」

「・・・」

「まあ、あいつはそれでも正しいって言い張ってるんだけど」

 ある意味、その結果でどうして自信が持てるのか、レオンにはそちらの方が不思議だった。

 ブレットも少し可笑しそうにしながら口を挟む。

「彼にはまだいろいろエピソードがある。確かに気難しいところはあるが、あの自信は見習いたいところだね」

「そう言ってくれるのは、本当にブレットくらいなものだよ」

「そんな事はない。ステラもレオンも、会えば印象が変わると思う。シャロンはああ言うが、ただ仲間に厳しく当たっているだけだ。実際、ジーニアスとしての腕は申し分ない」

 何か言いたげなシャロンだったが、結局肩をすくめただけだった。

 それを見たブレットが後を引き継ぐ。

「一度だけだが、僕は彼と一晩かけて話をした事がある。彼は僕に対して、お前は慎重過ぎる、安全の押し売りをしているようなものだ、と言った。それに対して僕は、命がひとつしかない以上、慎重であって何が悪いと反論した。すると彼は言ったんだ。お前は目先の安全しか見えていないと」

 ブレットは腕を組む。そして、何かを思い出すように軽く視線を上げた。

「その後の彼の言葉はとても論理的だったよ。慎重とは即ち、時を代償に安全を手に入れる行為に他ならない。だが、長期的に見ればどうか。過ぎた慎重さはいたずらに滞在時間を長引かせ、疲労の蓄積に繋がる。その一時は安全を買えても、その後の危険を増す事になる。その兼ね合いをお前は考慮したのか。お前はこのダンジョンの情報を事前に入手したはずだ。その情報をもとに、ここを何日でクリアするつもりでいるのか。慎重さの代償が何日尾を引く事になるのか、それを考慮出来ているのか。他にもいろいろあったけど、すぐに思い出せるのはこれくらいかな」

「へえ・・・」

 素直にレオンは感心する。確かにそういう考え方もありそうだ。ただ、実行するのは難しいかもしれないが。

 そこでシャロンが、少しつまらなそうに言った。

「あいつ、ブレットにはそんな事言ったのか?そんな説明、頼んでも私にはしてくれないのに」

 冗談という印象ではなく、本気で残念そうだったので、レオンは少し驚く。ふと見ると、ステラも不思議そうにシャロンを見つめていた。

 そんなシャロンにブレットは微笑む。

「僕が相手だから、むきになっただけだと思うな。自分で言うのもなんだけど、僕とシャロンは割と最初から親しく話をしていたしね」

「へ?」

 目を丸くするシャロン。初めて見る表情だった。

 優しくブレットは微笑む。

「これ以上は・・・僕の口からは言えないね。レオンはともかく、さすがにステラにはお見通しだろうけど」

 何度か瞬くレオン。何か感づけるような話があっただろうか。

 だが、シャロンはもちろんだが、ステラも少し雰囲気がおかしい。どこかそわそわしている感じがする。気のせいかもしれないが、ほんの少し顔が朱いかもしれない。

 ブレットの言う通り、この場で理解出来ていないのは、どうやらレオンだけのようだ。

 今度は、そんなレオンにブレットは話しかける。

「さっきの話の続きだけど、彼の言っている事も確かに一理ある。だけど、僕の考えも正しいんだ。過ぎた慎重さは逆効果になるが、逸しては命が危険にさらされる。その中間の一番いいバランスというのが確かにあるんだろうけど、でもそれは言葉で説明出来るようなものじゃない。だから、とにかく慣れるしかない。ないんだが・・・ただひとつアドバイスするなら、要するに偏り過ぎない事だ」

「・・・偏り過ぎない、か」

 呟くレオンと、頷くブレット。

「君が・・・いや、君とステラが、ダンジョンを肌で感じて間合いをとるしかない。ただ、とにかく慎重になればいいとか、大胆になればいいというわけではない。初心者の頃はまだ何も分からなかっただろうから、出来るだけ慎重になったと思うが、それが最善じゃないんだ。経験は糧にしなければならないが、それに囚われてもいけない。それを肝に銘じておく事だ」

 じっとブレットはこちらを見ている。

 その視線を受けながら、レオンは考えた。彼の言葉の意味をしっかりと昇華する為に。それが済んだ時、レオンは呟いていた。

「凄いね・・・ブレットは」

 時折忘れそうになるが、彼はレオンよりひとつ年上なだけだ。それなのに、自分よりずっと頼もしい感じがする。見習いと一人前という違いはあるけれど、それだけではない。もちろん、立派な鎧を着ているからでもない。

 やや照れたように、ブレットは視線を逸らす。この素振りは父親にそっくりだった。

「理論がどうあれ、最初は2人でその都度相談するのがいいだろう。自分がどの程度疲労しているのかという情報と、何日でどれくらい進みたいのかという認識を共有する必要がある。そうすれば自ずと、最適な間合いが選べるようになるはずだ」

「うん、分かった。ありがとう」

 ブレットはぎこちなく微笑む。とても彼らしくない表情だったけれど、不思議と似合ってはいた。それは多分、父親の面影があるせいかもしれない。

 そこでシャロンの声が割り込んだ。

「さあ、そろそろ本日のメインといきましょうか」

 目の前の扉を軽くノックしながら、シャロンは言葉を続ける。

「この部屋のモンスターで、私の二刀流ってやつを実演してみせるから、とりあえず、誰も手を出さないでね。あ、そうそう・・・ステラさんも多分参考になると思うから、一応見ておいて」

「あ、はい・・・」

 小さく頷くステラ。

 それはそうと、レオンには気になる事があった。

「まだ開けてもないのに、どうしてモンスターがいるって分かるんですか?」

 シャロンはにやりと笑う。

「さあね。きっと誰かさんの大馬鹿が移ったんだろ」

「はい?」

 よく意味が分からなかったので聞き返したが、シャロンは答えてくれなかった。ただ黙って両手に剣を構える。レオンが使っていたショートソードよりも一回り大きい。いわゆるロングソードだ。普通の女性の細腕なら、二刀流はおろか、片手に持つのも大変なくらいの重量がある。しかし、シャロンはそれを軽々と振るって感触を確かめていた。

 やがて、彼女は扉に足を掛ける。どうやら蹴破るつもりのようだ。

「御武運を」

 簡単にブレットが声をかける。彼は壁にもたれて腕を組んでいる。どう見ても戦闘態勢ではなく、自分の出番がない事を信じ切っている様子だった。レオンとステラは、本当に1人で大丈夫なのか、まだ半信半疑だったのだが。

 しかし、本当に軽い口調で、シャロンは答えた。

「運がないくらいの方が、ちょうどいいかもしれないけどね」

 そう言うなり、彼女の足が扉を弾き飛ばす。

 レオンは思わず身構えた。

 本当に部屋にはモンスターがいた。しかも、結構強敵だ。

 30メートル四方くらいの広々とした部屋。その奥に鎮座しているのが、魔法を使う事の多い紅い結晶型モンスター。その中間に立ち塞がるようにしているのが、人間大のゴーレム4体だった。どうやら材質は灰色の石のようで見るからに硬そうだ。その4体は横に並んでいて、まさに前衛といった様子である。

 それを確認するや否や。

 結晶型の前に、赤い光点が出現する。

 魔法の発動兆候だと認識すると同時に、レオンの心中に焦りが浮かぶ。いくら現役冒険者とはいえ、これが1人でどうにかなるとは思えない。魔法が発動するまでに、シャロンがゴーレムの防衛戦を突破して、さらに結晶型に攻撃するなんて事は、まず不可能としか思えないのだ。しかも、シャロンは剣以外の武器を持ち込んでいないのである。

 助太刀した方がいいかもしれない。

 どうやらステラも同じ気持ちだったらしく、目を閉じて精神集中を始めようとする。

 だが、ブレットは落ち着いていた。

「心配いらない」

 レオンはそちらを見ずに答える。

「いや、でも・・・」

「全く問題ない。シャロンなら朝飯前だ」

 にわかには信じられない言葉だった。

 そして、ここでさらにレオンは驚かされる。

 シャロンはゆっくりと数歩前に進んだだけで、その場に立ち止まってしまったのだ。攻撃しようという気配がまるで感じられない。左肩に剣を載せている状態で、表情こそ見えないものの、まさに余裕綽々といった雰囲気だ。

 実際には、魔法の直撃を受けたらひとたまりもないはずなのに。

 ゴーレム達は防衛専門なのか、シャロンに近寄ってはこない。だが、着々と結晶型の魔法準備は進んでいる。

 これは、本当に大丈夫だろうか。

 ただ、もうこうなってしまっては、自分に出来る事がほとんどないのに気づき、レオンは愕然とした。今からだと、シャロンの前に飛び出して、咄嗟に盾を掲げるくらいしか思い付かない。その盾もあまり大型とは言えないから、それほど被害が軽減出来るわけではない。

 しかし、その時だった。

 剣を握ったままの右手を、シャロンはゆっくりと結晶型に向ける。

 何のポーズだろうかと最初は思った。

 だが、不意に気付く。そういえば、彼女は魔法剣士だと名乗っていた。

 相殺する気だ。

 その瞬間、赤い光の文字が発動の輝きを見せる。

 魔法発動の瞬間。

 そこにやはり、シャロンのものらしき緑の線が書き足される。書き足されたのだが、レオンは目を疑った。

 その数が尋常ではない。

 正直、レオンは数え切れない。書き足すというレベルではなく、飾りたてていると表現した方が近いかもしれない。完全に違う意味の言葉に変わってしまっていても、全くおかしくはない。

 そして、その文字が消えた瞬間だった。

 突如、太陽が出現したかのような閃光。

 そして、聴覚が喪失するかと思えるほどの爆音。

 その音と共に。

 結晶型モンスターが大爆発を起こし、炸裂した。

 唖然。

 レオンはもちろんだが、恐らくステラもそうだっただろう。

 相殺どころではない。

 完全に相手の魔法を利用して、取り込んで、あれほどの威力を引き出した。

 それに気付いた時には、シャロンは駆けだしていた。

 あまり速くはない。だが、不思議と重量感のない、そんな軽快な走りだった。

 護衛対象が無事とはとても思えない状態なのだが、ゴーレム達は一応役目を果たす気があるらしく、シャロンの方へと殺到する。向こうもあまり動きは速くない。だが、やはり地面から少し浮いているのか、重さを感じさせない動きだ。

 その頃には、さすがにレオンも落ち着いて見られた。

 これが一人前の動き。本物の冒険者なのだ。あの程度のゴーレムに遅れをとるとは思えない。少し前は、いざとなったら助けにいかなければいけないと思っていたが、今はただ、あの硬そうなモンスター相手にどう戦うのか、それをしっかりと見届けなければという気持ちしか残っていない。

 そして、すぐにレオンはその動きに魅了される。

 彼女は決して防御の為に剣を使わなかった。つまり、向こうの攻撃はすべて避ける。そして、なるべく大きく剣を振るって叩く。言ってしまえばこれだけなのだが、その動きは洗練そのものだった。

 敵の動きを予測し、それを避ける最低限の動きをも把握する。それを考慮した上で、どのタイミングで剣を振れば最大威力が出せるのか計算して、そして実行する。

 いわゆるカウンターだ。相手の攻撃する動きに合わせて打てば、より威力が増す理屈である。それを一拍の緩みもなく、すれ違いざまに的確にゴーレムの体に叩き込んでいく。自分の身体を本当に自由自在に操っていて、相手の動きも完璧に計算しているように見えた。まるでダンスを踊っているようだというのはもちろん、あまりにシャロンの動きに無駄がないので、敵であるはずのゴーレムでさえも、彼女の思惑通りに動いているように思えた。

 そして、その洗練さが生み出す威力というのは、相当なものだ。石のゴーレムの腕が、足が、面白いように吹き飛んでいるのを見れば、一目瞭然である。

 何故かそこで、レオンはベティの事を連想した。彼女のような女の子が豪快に男を投げ飛ばしたり出来るのは、もしかしたらこの洗練さと同じ理屈で動いているからなのだろうか。

「あ、そうだ・・・ステラさん!」

 ふと気付くと、シャロンの周りにはゴーレムの残骸が散らばっている。ほんの銃数秒の時間だが、彼女は3体を木っ端微塵にしてしまったのだ。そして、残る一体も足を砕かれてしまって、ろくに歩けない状態になっていた。

 そのゴーレムから少し距離をとった位置で、シャロンがこちらを向いている。彼女のバックにはまだ少し炎が立ち上っていて、周りには砕けた石が散乱している。だが、この状況を作った本人だけは、まるで普段通りのリラックスした様子だった。息一つ切れているようにすら見えないのだ。

「・・・あ、はい!」

 しばし呆然としていたらしく、ステラは少し遅れながら、慌てて返事をした。

 シャロンは剣を持った右手で、膝立ちのゴーレムを指さす。

「私もあんまり詳しくないんだけどさ、こういうゴーレムタイプのモンスターは、全部同じ原理で動いているらしんだ。どういう原理かっていうと、体内にある核みたいなものが、人の体内に似たような流れを作り出して、石とか金属とかに人間らしい動きをさせる・・・って事らしい。こういう知識は、あんまり自信がないんだけど」

「それは私も本で読んだので、多分合っていると思います」

「僕も聞いた事がある。シャロンが言うんだから間違いないだろう」

 ステラとブレットが相次いで答える。

 するとシャロンは微笑んで頷く。

「結局何が言いたいかっていうと、要するに、こいつらは人間を模して作られてるんだ。人間ほど上等じゃないけど、体内に整然とした流れを持っている。つまりね、こいつらにも治癒魔法が使えるんだよ」

「え?」

 驚くステラ。レオンも同感である。敵に治癒魔法を使ってどうするのか。

 だが、そこですぐに思い出す。ブレットの父親、ハワードが言っていた言葉を。

 治癒魔法とは便宜上の名前。つまり、人の身体を対象にした魔法の俗称なのだ。

 シャロンはゆっくりと足のないゴーレムに近付く。

 ゴーレムはシャロンに拳を振るったが、シャロンはそれをあっさり避けて、その肩の辺りに右手を載せる。

 そのほんの数秒後だった。

 突如、ゴーレムは急に形を失って、ボロボロと石の瓦礫となって崩れ落ちた。

 その中から出てきた紅い石を左手の剣で一閃したシャロンは、そこで再びこちらを向く。

「なんとか触れられれば、体内の流れを探る事が出来る。もっとうまくいけば、核に干渉して、その流れを抑える事も出来る。そうなれば、今みたいに身体を失わせる事も出来るんだ。まあ、ステラさんがゴーレムと接近する機会なんてそんなにないと思うけど、一応、知っておいても損はないからね」

「・・・あ、えっと、はい」

 なんと答えたものか。ステラの気持ちがよく分かるレオンだった。

 本当に、簡単に倒してしまった。しかも、ちょっとした知識の解説をする余裕すらあったのだ。そんな光景を見せつけられてしまったら、言葉をなくすのが当然だろう。

 炎は紫の煙とともに消え去っていく。ゴーレムの石はモンスター本体とは言えないのか、まだ残ったままだった。

 その光景を背に、シャロンはこちらへと帰ってくる。

「昔よりも、また少し腕を上げたみたいだな」

 淡々とブレットはそう評した。気付けば、彼は最初の姿勢からまるで動いていない。

 これが本物の冒険者か。

 驚愕と戸惑い、そして感嘆と憧れ。

 それらがない交ぜになった気持ちを整理しながらも、レオンの心は決まっていた。

 確かに二刀流は強い。

 あの動きを自分のものに出来れば、間違いなく強くなれる。自分はもちろん、ステラもより自由になれる。

 レオンの脳裏には、先程のシャロンの踊るような剣捌きが、まだ鮮明に残っていた。



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