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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第1章 自治都市ユースアイ
7/114

プロフェッショナル・アイ


  

「よし!休憩!」

 その一言で、レオンの身体は看板が倒れるみたいに後ろに傾く。

 地面の衝撃。

 固いけど痛くはない。土の匂いが鼻を掠める。 

 剣と盾を離して大の字になった。

 空は青い。

 小さな雲。

 子供達の歓声。

 レオンは深呼吸した。体内の熱い空気を吐き出すと、代わりに外の冷たい空気が入ってくる。

 心地良い疲労感。

 だが、それとは逆のもやもやしたものが、小さいながらも心の中にはあった。

 やっぱり上手くいかない。なんとなく、分かってはいたのだけれど。

 小さく息を吐く。先ほどの深呼吸とは違い、心の中のわだかまりを追い出そうとしたが、今度は上手くいかなかった。

 レオンがいるのは、この町で一番大きい訓練所である。伝承者をしているフレデリックさんが大きくしたという施設だ。場所はそのフレデリックさんのお屋敷のすぐ隣。今はギルド所有の建物という事だが、どうやらフレデリックさんが、今でも管理人の立場なようだ。

 訓練所といっても、レオンのような冒険者見習いは全くいない。むしろ、子供達が剣を習いに来る場所になっているらしい。子供達が20人くらい走り回っても十分過ぎるほどの屋外スペースに、着替えや休憩の為の小屋が併設されている。小屋といっても、家具さえ揃えれば、1家族が十分暮らせる規模の物だ。その中に、刃を潰した訓練用の武器や、簡易防具が大量に保管されている。

 自分の武器と防具が出来上がるまで、レオンはここで戦闘訓練をする事にした。どんな武器が用意されているか分からないというのがなんとも言えないところだが、とりあえず、鍛えておくに越した事はない。

「レオン」

 まるで刃のように硬質な男性の声に、レオンは身体を起こす。

 その彼が、ちょうどこちらに向かって水筒を差し出したところだった。お世話になっている酒場のガレットさんが用意してくれた水筒である。小屋の前に置いていたはずだが、わざわざ持ってきてくれたようだ。

「アレンさん。どうもありがとうございます」

 水筒を受け取りながら、御礼を言う。そのまま彼は、レオンの正面に座り込んだ。

 少し長めの黒い髪。黒い瞳に、鋭い顔の輪郭。だが、彼の一番の特徴は、間違いなくその長身だった。かなり大柄なガレットさんよりもさらに上。彼より背が高い人間を、レオンは見た事がない。体つきは筋骨隆々というほどではないが、それでも鍛え上げられているのが分かる。正確としては、無口というほどではないが、どちらかというと寡黙な人物。頼りになるお兄さんという印象が強い。

 それがアレン。彼はこの町の警備の他に、この訓練所の教師をしている。レオンがここを初めて訪ねた時に出迎えてくれたのが彼だった。そもそも教師は数人しかいないようだが、そんな縁もあって、レオンの訓練に付き合ってくれているのだ。

「やっぱり上手くいきませんね。村を出る前に、少しは訓練したんですけど」

 レオンから話を切り出す。アレンから話しかけてくる事はあまりないから、こちらから話さないと、すっと沈黙が続くのだ。

 アレンは表情を変えずに答える。

「そうでもない。レオンは筋がいい方だと思う」

 その評価が、レオンには意外だった。

「・・・でも、僕、未だにアレンさんから一本も取れませんけど」

 誇張も何もなく、まさしくその通りだった。

 この訓練所を訪ねて、今日は3日目である。初日にまず、アレンはレオンの腕がどの程度なのかを見てくれた。レオンが自己評価するなら、やっと剣の振り方を覚えたくらいの腕である。だが、それだけ出来れば十分だという事で、すぐに剣と盾と防具をつけて、アレンさん自ら訓練してくれる事になった。

 実践形式というか、決闘形式である。剣の腕もさることながら、体格に結構な差がある。もう何十回と打ち合ったが、未だにレオンの剣が届いた事は一度もなかった。

「そんな簡単に一本取られても困る。それに、一本取って欲しいわけじゃない」

「え?そうなんですか?」

 アレンは頷く。

「剣を通して、レオンの事を見させて貰っていただけだ」

「僕の・・・」

「剣は俺の専門分野だ。剣を通してなら、相手の事がほとんど分かる。だから、それに付き合って貰っていただけだ」

「つまり・・・まだ訓練じゃなかったんですか?」

「強いて言うなら、剣を握る前に筋力トレーニングをさせていた。あっちが訓練だ」

 確かに、妙に念の入ったトレーニングだとは思っていた。ちょっと騙されていたような感じもするが、自分は初心者なわけだから、それが普通なのかもしれない。

 だけど、あれだけ必死になって一本取ろうとしていた自分は何だったのか。

 空しくなったような、ほっとしたような、複雑な気分で溜息を吐くと、アレンが唐突に質問してくる。

「レオン。もしかして、狩猟経験が相当あるんじゃないか?」

 その指摘にレオンは戸惑いながらも頷く。

「あ、はい。父さんが狩人なので、よくついて行ってたんです。えっと、6歳からだから・・・そういえば10年間になりますね。もちろん、最初は見てるだけでしたから、実際に狩りをしてたのは、7、8年くらいだと思いますけど」

 レオンのいた村では、狩りはとても重要なものだった。食肉を確保する上でももちろんだが、どちらかというと、山の動物達にこちらの縄張りを認識させるための仕事だった。

 自然との共生。それがレオンの村の出身である、サイレントコールドことイブ様が大切にしていた教えである。

 その答えに、アレンは大きく頷く。

「やはりか。お前の剣はそういう剣だった」

 そういう剣と言われても、レオンにはさっぱりだった。

「えっと・・・どういう剣ですか?」

「まず、レオンは実践慣れしていた。普通は、いきなり人間相手に武器を振るうのは躊躇するものだ。相手が傷つくのを想像してしまうから、それを振り払うのには、相当な精神力がいる」

「いや、僕だって、結構躊躇してましたけど」

「確かにそうだが、普通はその程度じゃない。最初に人に相対する時は、誰もがどこかで負けたいと思っているくらいだ。相手よりも、自分の剣を恐れる。自分の剣がとれくらい危険な物なのかが分からないからだ。どんなに腕がある人間でも、最初は震えて力が出せない。だが、レオンは最初から俺を倒す気でいた。相対した俺なら分かる。レオンの剣は震えていなかった。それはある程度、他の生命を傷つけた事があるからだ」

 そう言われると、確かにそうかもしれない。最初は確かに緊張したが、どちらかというと、上手く戦えるか心配していた為だった気がする。

 土の上に座ったまま、アレンはこちらをじっと見つめている。

「そして、もうひとつ。レオンは戦士としての戦い方が、全く板に付いていない」

 はっきり言われるとやはり残念だが、頷かざるを得ないところだった。

「それはそうですよ。まだほとんど訓練してませんから」

「いや、そうじゃない。レオンの戦い方は柔軟過ぎる」

「え?柔軟ですか?」

 そう言われても、自覚はなかった。

「俺が教えている子供達は、ここに初めて来る時は皆真っ白な状態だ。他の戦い方を全く知らない。だから、ある程度教えていると、皆同じ様な戦い方になる。変な言い方だが、教師である俺の戦い方に染まっていくと言ってもいい」

「それはまあ・・・そうかもしれませんね」

「だが、レオンの戦い方は、戦士の模範からまるで外れている。剣や盾の使い方は教わったようだが、はっきり言って全く様になっていない。俺には剣と盾が浮いて見えるくらいだ。それは、既にレオンの身体に他の戦い方が染み込んでしまっているからだ。その戦い方に、今日やっと確信が持てた。レオンはまさに狩人の戦い方をしている。大自然の、決して平坦ではない地形で生き抜くための、柔軟で軽快な身のこなし。そんなレオンに重い剣や盾を持たせても、上手くいくわけがない」

 真っ直ぐな眼差しで、そう断言されてしまった。

 たっぷり数秒間間を空けて、レオンは尋ねる。

「えっと・・・それはつまり、僕には戦士が向いてないって事ですか?」

「そうだ」

「・・・あの、僕、一応アスリート志望なんですけど」

 剣や盾が使えなければ、それを扱う事が専門であるアスリートにはなれない。

「レオン」

「はい?」

「ついてこい」

 アレンが立ち上がりながらそう言うので、レオンも立ち上がる。

 彼が向かったのは、併設されている小屋の方だった。レオンもその後をついていく。ふと横を向くと、少し離れた場所で、男の子4人が小さなサイズの剣を一生懸命に振っている。なんとなく微笑ましい。デイジーからソードマスターの話を聞いていたからかもしれない。 

 アレンは小屋の前でレオンを待たせると、自分だけ中に入っていった。

 待つこと数分。なんとなく空を見上げる。今日もいい天気だ。

 しばらくして、アレンが小屋から出てくる。

 出てきた彼は、盾を持っていた。だが、さっきレオンが持っていた物よりもかなり小さい。ガレット酒場で使われているお盆みたいだと思った。

「これをつけろ」

 その盾を差し出しながら、アレンは言った。

「え・・・これ、つける物なんですか?」

 レオンの中で、盾と言えば、手に持つ物である。

 その発言を聞いたアレンは、黙ってレオンの左腕を掴んで、盾の裏側中央から伸びているベルトの様な物を巻き付ける。

 取り付けられてみると、さっきまで持っていた盾ほどではないが、それでも少し重い。

「バックラーだ」

 アレンはそれだけ言った。この盾の名前らしい。

「へえ・・・」

 腕を動かしてみるが、思ったよりもしっかり取り付けられているようだ。だが、盾としては、面積が寂しいので心許ない。

「レオン、ひとつ宿題を出しておく」

「え・・・何ですか?」

「両利きになれ」

 もの凄く端的な命題だった。

「・・・えっと、両利きっていうのは、つまり、両手が利くようになれって事ですか?」

「そうだ」

「それって・・・そんな簡単に変われるものですか?」

 右利きの生活を既に16年も送ってきたのに、今更直せるものなのだろうか。

「簡単には直らない。だが、その盾を生かす為には必要な事だ。それは両手を空けながら、盾を利用する為の物だ。その方が、両手が使える分、より柔軟に戦える。だが逆に、分かるとは思うが、防御が手薄になる。防御を代償として、機動力と柔軟性を手に入れる。難しい戦い方になるが、レオンの狩人としての経験を生かすためには、これが最善だと思う」

「なるほど・・・」

 理論としては分からないでもない。

「でも、両手が使えるとはいっても、具体的にどうしたら・・・」

 アレンは頷いた。当然の疑問だったようだ。

「将来的には、二刀流出来るのが望ましい。つまり、左手でも武器を扱えるようになるのが理想だ。だが、とりあえず左手を空けておいても、武器や盾を捨てなくても道具が使えるし、あるいは、盾を捨てなくても弓の補助が出来るようになる。ただ剣を振るうだけではなく、場合によっては、弓や道具を使う。そういう幅広い戦術を意識するといい」

「なんていうか・・・頭を使わないといけませんね」

「そうだ。だが、それが出来ないとレオンは生き残れない。レオンはガレットさんの娘のベティと面識はあるか?」

 突然その名前が出てきた事に驚いたが、すぐに苦笑して頷いた。

「はい、もちろん。面識があり過ぎて困ってますけど」

 面識だけならいいが、過剰なボディランゲージが伴っているので気が抜けない。気を抜いたら大怪我をさせられそうな、ある意味で元気過ぎる女の子である。

 アレンはくすりともせずに、真顔で頷く。

「彼女も狩人だ」

「え?そうなんですか?」

 初めて聞く話だった。よく考えたら、自分の事は大方白状させられたが、彼女の事は何も知らない。

「まだ数年ほどだから、レオンよりは経験が浅い。だが、彼女には同僚というか、師匠がいる。元々は彼1人で狩人をしていたんだが、事情があってベティが手伝うようになった。彼の名前はホレス。聞いた事はないか?」

「あ・・・名前は一度だけ」

 この町に来た初日、ベティが口にしているのを聞いた気がする。

「一度彼に会ってみるといい。彼は冒険者ではないが、かなりの腕利きだ。戦い方の参考になるかもしれない」

「あ、なるほど・・・分かりました」

「彼は日によって居場所が違うが、ベティに言えば案内してくれるだろう」

「・・・そうですか。頑張ってみます」

「どうかしたか?」

「いえ、別に・・・」

 何か災難が起こる気がするとは言えなかった。

 そこで、2人に近づいてくる人物がいた。

 レオンはすぐに気付く。

「リディアさん」

 鍛冶師のジェフさんの娘、リディアである。赤みがかった茶髪を前と同じ高い位置で束ねている。どこか中性的な顔立ちの中に、明るい瞳が不思議な印象を放っているのは相変わらずだが、珍しく今日はスカート姿だった。珍しいとレオンが評価出来るのは、ベティから、リディアはスカートをほとんど穿かないと聞いていたからである。そのためか、以前は格好いい印象が強かったが、今日は一段と女性らしく見えた。

 彼女は、布に包まれた大きな箱のような物を小脇に抱えている。

「アレンさん、レオン、こんにちは」

 リディアは軽く頭を下げる。レオンだけ呼び捨てなのは、年齢を意識しての事だろう。彼女は17歳。レオンよりも年上なのだ。これも、聞いてもいないのにベティが教えてくれた情報である。

「こんにちは。こんな所までお仕事ですか?」

「そう。ベティがここだって、言ってたから」

「もしかして、僕に用事ですか?」 

「アレンさんもいるなら、ちょうどよかった。とにかく、はい、これ」

 持っていた箱を、両手でレオンに差し出す。

「・・・はいって、何ですか?これ」

 リディアは即答した。

「武器」

「・・・僕の武器、箱ですか?」

「中身に決まってるでしょ。開けてみて」

「え?あ、はい・・・」

 剣とか槍にしては箱の大きさが小さかったので、中身が想像出来なかった。そもそも、武器をわざわざ箱に入れてこなくてもいい気がする。

 布を取ってみると、中身は木箱だった。

 その蓋を慎重に開ける。

 中に入っていたのは、革の帯。

 そして、黒い柄と鉄の刃。 

 レオンは取り出してみた。

「・・・ナイフですか?」

 言葉通りの、それは短剣だった。正式にはダガーと呼ばれる物だ。長さは30センチもない。箱の中身は、それが3本と、それを腰に下げる為のベルトのようだ。食事用のナイフよりは大きいものの、武器としては小型の物で、しかも軽い。扱いやすいのは間違いないが、威力は心許ない気がする。

 だが、手に馴染むのは確かだった。子供の頃から狩りの度に握っていた物とよく似ているのである。思わず懐かしさを覚えたほどだった。鍛冶師のジェフさんが、自分を一目見て勝手に作った物だが、とりあえず、慣れている武器という点では間違いない。さすがの職人の目である。

「これは、投擲用か」

 アレンが呟くように言った。

 リディアが軽く頷いて答える。

「はい。だから、アレンさんに投げ方を教えて貰った方がいいと思って」

「いや、投擲は専門じゃない。ホレスが知っていればいいが・・・」

「ホレスさんは接射が上手いですから」

「そうだな。知らない可能性が高い。そうなると・・・」

 2人はそこで黙った。

 レオンは、そんな2人をキョロキョロと眺める。

「えっと・・・もしかして、教えてくれる人がいないって事ですか?」

 アレンとリディアは顔を見合わせた。

「いや、いるにはいる。もの凄い名手が」

「そう。だけど、ちょっと事情があって・・・」

 そこで突然、声が割り込んできた。

「事情って何の事ですか?」

 レオンも驚いたが、それ以上に驚いたのは、アレンとリディアの方だった。いつもクールな2人だけに、驚いた顔は珍しい。

 声の主の方に3人は注目する。

 日傘の影の中にいたのは、長い髪が目を引く、落ち着いた容姿の少女。3人のリアクションに戸惑っているようだが、それもどこか抑制されていて、育ちの良さを感じさせる。

 この訓練所の隣にあるフレデリックさんのお屋敷。そこに住んでいる彼の孫娘。

「あ・・・デイジーさんですか。急に声がしたので驚きました」

 レオンが笑いながら言うと、デイジーも微笑みを返す。

「それは失礼をいたしました。何か深刻な話かもしれないと心配になったものですから。この訓練所で、何か足りない物がありますか?」

「いえ、全然。ちょっと、この・・・」

 そこでリディアに口を塞がれた。

 だが、レオンが両手で持っているのだから、当然気になっただろう。デイジーは自然と箱の中身を見て、そして嬉しそうな声を上げた。

「まあ・・・素晴らしい一品ですね。これはジェフさんの作品ですか?」

 聞かれたリディアは、諦めたように息を吐いてから、レオンを解放する。

「そう。お父さんの。バランスは私が調整したけど」

「ジェフさんもリディアもさすがですね。とても綺麗に出来ています」

 綺麗かと言われると、確かに綺麗かもしれない。だが、刀身はともかく、柄はただ真っ黒なだけの味気ないデザインだから、女の子の趣味としては微妙なところではある。

 だが、デイジーの発言はここで終わらなかった。

「レオンさん。ちょっと、使ってみてもよろしいですか?」

 さすがに耳を疑った。

「・・・使うんですか?」

 その言葉に答える事なく、デイジーは勝手に箱からスローイングダガーを一本抜き取る。それを見て数秒間うっとりしてから、彼女は重さを確かめるように、短剣を握った右手首をスナップさせる。

 妙に手慣れてると思った、次の瞬間だった。

 デイジーの右手が一閃した。

 放たれた短剣は直線を描くように真っ直ぐ飛び、20メートルほど先にあった木の幹の真ん中に突き刺さる。

 完全に玄人の投擲だった。

 誰も声が出ない。

 デイジーは満足げに微笑むと、リディアの方に向き直る。

「綺麗ですね。本当に美しいバランスです。あれだけ重心がしっかりしていれば、かなり長い間使えるでしょうね」

 専門家みたいな感想だった。

 今度は、レオンの方を向いた。

「レオンさん。また今度、よかったら触らせて下さいね。他にも、剣の事なら、何でも聞きにいらして下さい。それでは、私、ここで失礼いたします」

 デイジーは優雅に一礼すると、機嫌良さそうに、門の方へと歩いていった。

 しばらく、誰も喋らなかった。

 最初に口を開いたのは、アレンである。

「・・・そういえば、そろそろ差し入れを持ってくる時間だった。失念していた」

 フレデリックさんが高齢の為か、代わりにデイジーがここまで差し入れを持ってやってくる事が多い。レオンも何度か顔をあわせている。

 だが、今更後悔しても遅すぎた。

 一応気になったので、レオンは聞いてみる事にした。

「デイジーさんはどうして・・・あんな事が出来るんですか?」

 投擲と言えばいいのだが、なんとなく口にするのが憚られた。お嬢様の趣味としては、間違いなく一般的ではないはずだし、趣味程度の腕ではないのがレオンにも分かった。

 アレンはすぐ隣に建つお屋敷の方を向きながら言った。

「彼女の祖父がソードマスターの伝承者なのは知っているだろう?」

「あ、はい」

「彼女は幼い頃から、お祖父さんに可愛がられていた」

「・・・えっと、それで?」

「それだけだ」

「・・・そうですか」

 女の子にはそれらしい可愛がり方がある気がする。

「なんていうか・・・この町の女の子は、皆さん逞しいですね」

 デイジーもそうだし、狩人をしているベティもそうだ。

 だが、反論する人が1人いた。

「みんなじゃないけど」

 リディアのどこか冷めた声に、レオンは慌てる。

「そ、そうですよね!リディアさんは違いますよ・・・ね?」

 言い切る自信がなかったレオンだった。

「一緒だと思う?」

「いえ!そんな・・・」

 じっと見つめてくるリディアの視線に、レオンは耐えきれなくなった。

「そ、そういえば、今日は、リディアさん、スカートですね。素敵だと思います」

「デイジーは大抵スカートだけど」

「で、でも、リディアさんは、珍しいじゃないですか!その、いつもは格好いい感じですけど、今日は一段と可愛らしいっていうか・・・」

 自分で言ってて恥ずかしいくらいだった。

 言われた本人はもっと恥ずかしかったのだろう。視線を逸らしながら、頬を赤らめているのが分かる。

 レオンの左腕を一瞥してから、ぶっきらぼうな口調で言う。

「・・・鎧と盾はもうちょっとかかるから」

 その言葉を残し、リディアは足早に去っていった。

 残ったのは男2人と短剣3本。

 よく分からないけれど、とりあえず、解放されてよかったという思いでいっぱいだった。

 そこで、いつの間にか木に刺さった短剣を回収してきてくれたアレンがぽつりと言う。

「レオンは友人に恵まれているな」

 どこか、認めにくい言葉だった。

「・・・そうですね。とりあえず、武器も手に入ったし、使い方を教えてくれる人も見つかったし」

 だけど、後で何かとんでもないしっぺがえしが来そうな気がするのは何故だろう。 

 レオンの背後では、無邪気な子供達の歓声が響いていた。

 


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