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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第6章 サマー・フェスティバル
66/114

出会いの祭典



 5日目以降も、夏祭りは賑やかに、そして穏やかに進行していった。思えば、避暑や観光の目的で訪れている人が多いのだから、皆のんびりしたいのだろう。ユースアイの人達も比較的穏やかな人が多いから、いつもより賑やかとはいえ、やはり背景がどこかまったりしているのは当然かもしれない。

 夏祭りの5日目と6日目は、レオンも比較的忙しかった。ラッセルやアレンの仕事を手伝ったりもしたし、結局ガレットの酒場も手伝う事にした。もうステラが目立っても何の問題もないからで、ソフィと一緒に外をブラブラする必要もない。ステラもその日から再び接客の仕事をしていた。変装用の眼鏡は壊れてしまったが、もう髪を隠してもいない。たまに出身等を尋ねられる事もあったようだが、適当に誤魔化したようだ。元々こういう仕事が嫌いではないようにも見える。時折暇を見つけてはソフィと戯れたりもしていたから、むしろ以前よりも生き生きとしているくらいだった。

 最終日になるとお客もかなり減ったようで、宿場の仕事にも余裕が出来た。そこで約束通り、ベティがお祭りを案内してくれるという事になった。町の南側には芸術展という催しがあって、主に画家や細工師が集まっているらしい。今はリディアとデイジーが2人で見に行っているらしく、レオンもベティやステラと一緒に見に行ってみる事になった。酒場のウェイトレスがいなくなってしまうが、昼食時はとっくに過ぎてしまったので問題ないという事なのだろう。

「3日前は、レオンも惜しい事したよね」

 並んで歩きながら、ベティが可笑しそうに言った。彼女もその向こうにいるステラもお祭り用の衣装を着ているので、人が多い場所では迷惑かもしれないが、3人並んで歩けるくらいには人も減っている。レオンの肩にはソフィがいるが、今は器用に丸まってうたた寝していた。

「惜しい事ですか?」

 何の話なのか、レオンにはよく分からない。3日前といえば、いろいろあった翌日である。その日あった事といえば、午前は酒場の仕事を手伝って、午後はステラとずっと話をしていた。これからの事をいろいろ相談していて、ふと気付いたら夕食時になっていたというだけだが、特に惜しいような事があっただろうか。

 何故かベティは笑顔のまま何も言わなかった。

 仕方ないのでステラの方を見てみると、目があった彼女は視線を逸らしてしまった。顔が朱いようにも見える。

 ますます分からない。

 1人首を捻っているうちに、ギルド前の広場にたどり着く。ここでの催しはもうないようだ。それでも町の交通の要所とも言える場所なのでそれなりに人は多いが、夏祭り前半に比べるとやはり少ない。

 特にここに用はない。そのまま通り抜けてしまおうとした3人だったが、そこでベティが何かに気付いたようだった。

「あ」

 立ち止まった彼女の視線の先を、レオンとステラも追う。

 人通りが多いので多少手間取ったが、レオンもすぐに分かった。

 道の端に立って立ち話をしている男女。女性の方は、ギルドの制服を着た質実なイメージの女性、即ちケイトに間違いないが、ベティが気付いたのは男性の方だ。

 やや光沢のある高そうなブラウンの服を着ているので、一見行商には見えない。髪も前より黒くなっている気がする。しかし、少し伸ばした顎髭と、どこか柔らかい物腰は間違いない。

「ガイさんですね」

 久しぶりに見たというのもあるが、レオンにとってはこの町まで連れてきてくれた人でもあるので、少し感慨深い。表情が綻ぶのが自分でも分かった。

 ところが、何故かベティの返事がなかった。

 彼女の方を確認してみると、どういうわけか、ベティは少し驚いたような表情をしていた。もしかしたら呆然としているのかもしれない。ブラウンの瞳がいつもよりも大きく見える。

「ベティ?」

 ステラが声をかけると、ベティはようやく我に返ったようだった。すぐに笑顔を見せるが、レオンにはどこか意味深な表情に見えた。

「あ、うん。ゴメンゴメン。ちょっとびっくりしてねー」

「びっくりって・・・」

 首を傾げるステラだったが、レオンも全く同感である。そんなに驚くような人でもないのに。

 そんな2人に構わず、ベティは人混みをかき分けながらガイ達の方に向かって歩き始めた。

 一瞬顔を見合わせたレオンとステラだが、しばらくして同時に後を追う。

 近付くにつれ分かってきたのは、ガイの方は楽しそうにケイトに話しかけていたが、ケイトの方はどこか余所余所しい笑顔に見えた。ケイトは仕事中でも、たまに親しげに話しかけてくれる事があるのだが、どうもそういう時の表情ではなく、むしろ仕事中の笑顔に近い。

 そして、レオンはもうひとつ気付いた事があった。

 2人からほんの数歩程距離を置いた位置に、やはり上等そうなグレイの服を着た男性が壁に寄りかかるようにして立っている。細身で芸術家風の印象で、そんな知り合いはいないはずなのだが、何故かレオンは親近感のようなものを覚えた。誰かに似ているような気がする。

 そんな事を考えているうちには、ベティはガイのところにたどり着いている。レオン達もすぐに追いついたが、その時には彼もケイトもこちらに気付いていた。

「ガイさん。おひさー」

 ベティの軽い挨拶に、ガイは軽く微笑む。

「いや・・・凄い衣装だなあ。風の便りには聞いてたけど、そんな格好で接客してたら、男共が束になって言い寄ってくるんじゃないか?」

 不敵に微笑むベティ。

「珍しいね。今更褒めても何も出ないよー」

「まあ、ベティちゃんはともかく・・・リディアやデイジーもその格好なのか。そりゃあ、見に行くしかないなあ」

 笑顔に凄みが増すベティ。

「・・・私を目の前にして、そういう事言うわけ?」

 その言葉は無視して、ガイはケイトを見る。

「ケイトもさ、着ればよかったんじゃないか?絶対似合うって。ケイトは中身もいいんだし」

「私は悪いって意味かなー?」

「いつも固い格好してるんだから、たまにはこれくらいお洒落した方がいいって」

 全然ベティの話を聞いていないガイだった。ここまでベティを軽く扱える人は、なかなかいないかもしれない。

 そのガイの言葉を受けたケイトだが、いつになく怖い笑顔で言った。

「何度も申し上げていますけど、呼び捨てにするのは止めていただけますか?」

 なんだかただならぬ空気だったので、レオン達10代3人組は自然と黙った。

 しかし、ガイは余裕の表情で答える。

「今更さん付けとか、もうそういう仲じゃないわけだし」

「そういう仲です。変に誤解されるような発言はご遠慮いただけますか」

「そっちこそ、妙に余所余所しいというかさ、他人同士になりたいわけ?」

「元々他人同士です」

 どういうわけか、そこでガイとケイトは笑顔のまま見つめ合う。もしかしたら睨み合っていたのかもしれないが。

 やがてガイが長い息を吐いて視線を逸らすまで、数分はかかった。

 ケイトの方はというと、視線を逸らさずにずっとガイの方を見ている。確かに笑顔なのだが、レオンにはどこか寂しげな表情にも見えた。

 それでも、彼女は普段通りの表情に戻って、こちらに話しかけてくる。

「レオンさん達は観光ですか?」

「あ、はい・・・」

「今日でもう終わりですから、心残りがないように楽しんで下さいね。それでは、私はまだ用事がありますので」

 軽く一礼してから、ケイトは何事もなかったかのような落ち着いた足取りで去っていった。

 いったい何があったのか、レオンには理解出来なかったが、ベティやステラは違ったらしい。特に、ベティはすぐにガイに尋ねていた。

「あれでいいの?」

 ガイは口元を上げる。

「無理してもお互いの為にならない。まあ、なるようになるって事だな」

 その時だった。

 ずっと近くの壁にもたれて黙っていた男が、突然口を挟んできたのだ。

「なるようにしたいなら、他の女性に気があるような発言は止めた方がいい」

 静かだが、不思議と聞き取りやすい声。

 しかし、レオンはその声を聞いて驚いた。間違いなく聞いた事のある声だったのだ。

 すぐさまガイはつまらなそうに返事をする。

「・・・お前にだけは言われたくないよな。女心の機微みたいなものが、お前に分かるわけないし」

 男はこちらを一瞥もせずに答える。

「機微かどうかは知らないが、リディアとデイジーの名前を出した時、彼女は少し表情に変化があった。不快に思ったと考えるのが普通だと思うが」

「・・・よく見てるよな。自然とウイスキーしか興味がないんじゃなかったのか?」

「人間も自然の一部だ」

「それなら、もうちょっとベティちゃんに・・・」

「あー、ちょっとゴメン」

 会話を止めたのはベティである。そして、レオンとステラの前に軽く手を振る。それもそのはずで、2人とも驚きの余り完全に固まっていたからだった。

「生きてるー?」

 その声でレオンはようやく復帰する。

「あ、はい・・・」

 とはいえ、グレイの服を着た男性から、レオンは目が離せなかった。

 上等な服を着ているというだけではない。髪も身嗜みも整えているらしく、どこからどう見ても都会の人間にしか見えない。多少ウェーブがかかったワイルドな髪型だが、それくらいはアクセントだろうと思えるくらいには立派な正装である。細身のしなやかな体型で、第一印象通り、画家や音楽家だと言われても信じられただろう。

 しかし、どうやらその左目の緑色を見る限り、間違いない。

「ここまでくると変装だよねー」

 あっけらかんとした口調でベティがそう言ったのが印象的だった。

「・・・えっと、ホレスさんですよね?」

 一応確認するレオン。もしかしたら双子とか兄弟という可能性がないとは言えない。

 だが、返ってきたのはまさにホレスといった一言だった。

「ああ」

 あっさりお墨付きが出た。

 それは確かにその通りだろう。そうそうある瞳の色ではないのだ。そうレオンは理解こそしたものの、どうしても心のどこかが信じようとしなかった。

 普段のホレスの、あのまさに狩人というか、ほとんど自然の一部になっている時の格好とは、まさに正反対とも言える服装なのだから。

 もう凝視する以外にはない。確認こそしなかったが、ステラもそうに違いない。これも確認しなかったが、肩の上の妖精だって驚いたかもしれない。

 しかしどうやら、ベティはすぐに気付いていたらしい。特に驚いた様子もなくガイに質問していた。

「服とかガイさんが用意したの?」

 ガイは可笑しそうな口調で答える。

「たまたま手に入ったから着せてやろうと思って持ってきたんだけどさ。着替える前にとりあえず身体洗ってこいって言ったら、こいつ湖まで行こうとしやがってさ。今は観光客がいるから止めろって言ったら、次はどんな断崖だよって感じの滝にまで行きやがって。なんていうか、こいつは多少綺麗になったけど、俺の方が草やら土でボロボロになってさ。それでまた着替える羽目に・・・」

 その言葉が終わる前には、ベティはホレスの前に進み出ていた。

 それを見たホレスは、寄りかかっていた壁から離れてベティの正面に立つ。

 仁王立ちで腕を組んだベティは、ホレスの格好を上から下までゆっくりと眺める。その横顔はいつもよりもずっと穏やかな表情だった。

「・・・格好いいね」

 微笑んだベティが発したのはその一言だけだった。

 ホレスは微笑まなかったが、雰囲気は柔らかい気がする。

「そうか」

「私の格好を見て、何かないわけ?」

 しばらくベティの服装を眺めてから、ホレスは言った。

「綺麗だな」

「服が?それとも私が?」

「両方」

「どちらか選んで欲しいな」

「服には負けてない」

 いつも端的で正直なのがホレスである。

 そこでベティはホレスの左手を右手で掴んだ。彼女はいつにも増して素直に微笑んでいる。

「・・・そこまで言われたら仕方ないな。今日はホレスのものになってあげよう」

「安売りするものじゃない」

「いいの。こっちの方が雰囲気あるんだから」

「よく分からないな」

 手を引きながら、ベティは笑った。

「いいからいいから。さあ、デートデート!どうしよっか。まだ宿に戻るのは早いよね?」

 じっと視線に力を込めるホレス。

 そんな彼を見て、またベティは笑う。本当に機嫌が良さそうだ。

「冗談だってー。とりあえず、行けるところは全部案内するから。覚悟してー」

 そのままレオン達の正面を横切るベティ達。その際に、レオンに対してベティはウインクしてみせた。

「ごめんねー。また今度埋め合わせするから」

「あ、いえ・・・」

 ベティはステラに対しても片目を瞑ったようだった。その時初めて気付いたのだが、ステラは顔が真っ赤だった。両手で頬を覆って、じっとベティの顔を見つめている。

 そのステラに意味深な笑みを送ってから、ベティとホレスは人混みの中へと消えていった。

「・・・負けた」

 突然ガイがそう呟いたので、レオンは驚く。

「はい?」

「これは・・・完敗だな」

 何故か妙に元気のないガイは、こちらとステラを交互に見る。

「・・・まあせいぜい仲良くな」

 他にも何か言いたげな様子ではあったが、結局ガイもその場から去っていった。

 未だにステラは呆然としたまま、ベティ達が去っていった方を眺めている。その時ソフィも確認したが、どうやら全く状況に気付いてもいないらしく、起きる気配はない。

 完全に置いてきぼりなのは、間違いなくレオンだけのようだ。

 それはともかく、このまま放っておくわけにもいかないので、ステラの軽く肩を揺さぶってみる。ぼんやりというよりも、どこかうっとりしているように見えない事もない。結局、レオンにはステラの心境がさっぱり分からないのだが。

 しばらく揺すり続けたところで、ようやくステラは我に返ったようだった。

「あ、すみません・・・」

 そう言いながらもまだ顔が朱いステラ。こちらを向いてはいるが、目を合わせてもくれない。

「大丈夫?」

「はい。まあ・・・」

「何があったの?」

 戸惑うような素振りをみせるステラ。

「いえ、その・・・というより、レオンさんは驚かないんですね。もしかしてご存じだったんですか?」

「え?いや・・・」

 何の事だかさっぱりなのだから、ご存じという事もない気がする。

 その反応を見たステラは上目遣いになってこちらの表情を窺っていたが、やがて小さく深呼吸して言った。

「行きましょうか。2人になっちゃいましたけど」

 何度か瞬いたレオンだったが、言っている事は冷静なので異論はない。

「まあ・・・」

「向こうに着いたら、リディアとデイジーもいると思いますし」

 会話が噛み合ってないような印象を抱きながらも、レオンは反射的に頷いた。

 そのまま2人は人混みの中を進む。

 割と慣れてきたのか、ステラはそれほど疲れているようには見えない。人混みの中でナイフを突きつけられたという経験が尾を引くかもしれないと思ったが、それほどストレスになっているようでもなかった。もちろん、辛いけれど我慢しているという可能性もある。というより、きっとそうなのだろう。

 それでも、そのまま引きこもるのは良くない。少しずつでも慣れていくはずだと信じるしかなかった。

 しばらくして、ようやく芸術祭の会場にたどり着いた。

 会場とは言っても、やはり路上である。大通りの一角に、画家や細工師が自分の作品を並べてアピールするというだけのイベントだ。しかし、中にはその場で絵を描いたり、簡単なアクセサリーを作ったりなど、普段はなかなかないようなサービスをしている人達も見受けられる。会場の奥にはどこかの楽団なのか、楽器を持ったグループが音合わせのような事をしている。そのうち演奏を聴かせてくれるのかもしれない。

「たくさんいますね」

 ステラが楽しそうに言う。既に調子は戻っているらしい。

 レオンもなんとなく周囲を見渡してみるが、そこでとある一角が目に留まった。

「あれ・・・」

 同じ方角を見ながら、ステラが尋ねてくる。

「どうかしたんですか?」

「あ、うん。ほら・・・あそこ。冒険者っぽい女の人なんだけど」

「え?あ、はい。いますけど・・・」

 視線の先にいるのは、赤茶色の軽鎧を着ている女性だった。鎧に該当する部分は必要最低限の面積しかなく、ほぼブラウンのアンダーウェアに胸当てや籠手を着けただけに見える。前はその鎧こそなかったが、小さめの剣を下げていたし、物腰に隙がないので、なんとなく冒険者だろうとは思っていた。今の格好からすれば、その予想もどうやら間違っていなかったらしい。女性にしてはやや長身で、体つきもいい。しかし、アスリートにしては華奢な方だろう。そんな人物である。

「あの方とお知り合いですか?」

「いや、僕じゃなくて、多分ブレットの知り合いだと・・・」

 見かけたのは2回だけ。ラッセルの店を手伝っている時と、武術大会の時。そのどちらも、ブレットと少なからず親しげな様子だった。

 そんな話をステラとしていると、その女性の方もこちらに気付いたようだった。

 そして何故か、笑顔でこちらを手招きしてくる。

 顔を見合わせたレオンとステラ。

「・・・行ってみます?」

「まあ、無視するのも悪いし・・・」

 そういう事になって、その女性のところまで歩いていった。

 ある程度近付いてみて気付いたのだが、女性はどうやら1人の画家と会話中だったようだ。レオン達がたどり着くまでにも、まだ若い小柄な画家と幾度か言葉を交わしていたようだった。

 ところが、その画家の方にもレオンは見覚えがあった。そして、どうやらステラも覚えていたらしい。

「あ・・・大会に出てましたよね?」

 彼女の言葉に画家は苦笑して頷く。

 もしかしたらステラよりも小柄かもしれない。今日は白いシャツにブルーのズボン、そして大きな紫のベレー帽をかぶっている。その帽子にほとんど隠れてしまうような短い髪型の、比較的大人しそうな印象の少年だ。レオン達とそう歳は変わらないだろう。

 彼こそ、ブレットの一回戦の相手。

 そう思ったのだが、ここでレオンはようやく勘違いに気付かされる。

「私はそんなに腕が立つわけじゃなくて、ちょっと顔が売れたらいいかなーって思っただけだったんだけど、まさか勝たせて貰えるとは思わなかったなあ」

 可笑しそうな笑顔を浮かべながらの発言なのはいいのだが、問題はその声だった。

 まるで小鳥が鳴いているような、高い声。

 やや間があって、レオンは尋ねる。

「・・・女性だったんですか?」

 言ってからかなり失礼な質問だと気付いたが、その少女はあっさり笑い飛ばした。

「そうそう!あの、ブレット君だったけ?彼も驚いてたなあ。まあ、女だといろいろ余計な面倒というか危険があるからさ、なるべく男の子っぽく見えるようにしてるんだ。服とか髪とかね。それと、胸がまだそんなに出てこないのも、もしかしたらいいのかもね」

 どうリアクションしたらいいのか困る言葉だった。

 すると少女は急に悪戯っぽく微笑む。

「あ、全然ないわけじゃないんだけど・・・なんだったら、今晩にでも確かめてみる?部屋に泊めてくれるんだったら、それくらいいいけど」

 息が詰まる。

 急にとんでもない事を言い出したと思っていると、冒険者風の女性があっけらかんと言った。

「もう先約済みだよ。こんな可愛い彼女がいるんだし」

 咳が出て呼吸困難に陥った。

 何だろうこの人達は。

 これが都会では普通なのだろうか。

 ステラが背中を軽く叩いてくれて、なんとか咳が止まった。 

 そんなレオンを見て、女性2人組は少し面食らったようだったが、すぐに冒険者風の女性が尋ねてきた。

「よく分かんないけど、君がレオンだよね。あれ・・・そっちがもしかして、ステラさん?」

「あ、はい」

 すぐにステラが答える。

 すると女性は大人びた笑みを見せる。

「ジーニアスみたいだからもしかしたらと思ったんだけど・・・道理でブレットが真剣になるわけだ」

 レオンにもいろいろ気になる点はあったが、さすがにステラもすぐに気付いたらしい。

「もしかして、そちらも・・・?」

 省略されてしまった問いだが、レオンにも続きは分かる。そちらもジーニアスなんですかという質問なのだ。ある程度攻撃魔法が使えるジーニアスならば、他のジーニアスにも存在を察知されてしまうらしい。自然の流れを無意識にコントロールしてしまうので、そういった不自然な流れが目立ってしまうのだ。

 その質問をしたという事は、ステラからは相手の事が分からなかったようだ。相手の魔法の力が小さいという事なのか。しかし感覚は鋭敏なようだから、単純に能力が低いというわけではないような気がする。この辺りの知識はレオンにはまだない。

 女性は軽く頷く。

「まあね。でも、私は魔法剣士なんだ。もっぱら相殺が専門。ちなみに前世もね」

「へえ・・・」

 本物の魔法剣士を初めて見たので、レオンはつい感心してしまう。

 そこで女性はようやく名前を名乗った。

「おっと・・・こちらだけ聞いておいて、まだ名乗ってなかったね。私はシャロン。さっき言った通り魔法剣士なんだけど、ギルドでは一応ジーニアスって事になってる。治癒魔法しか使えないんだけどね。ブレットとは何度かダンジョンで一緒になった事があるんだ」

 なるほどとレオンは思う。親しげに見えたのも間違いではなかったようだ。

 そこで画家の少女の方が口を挟む。彼女だけはキャンバスの正面に置いたイスに座っている。

「私はエマね。冒険者でもなんでもなくて、ただの旅人。たまにこうやって絵を描いたり、笛を吹いたりして稼ぎながら歩いてるわけ。まあ、結局一番稼ぎが多いのは、その町で働く事なんだけど」

「たまたまここで見かけたから話をしてたんだけど、案外馬が合っちゃってね。ブレットの話題とかで盛り上がっているところに、君達が来たってわけ」

 確かに息が合いそうな2人ではあった。

 シャロン達はほぼ同時にステラを見る。

「ステラさん。見習いなんだって?」

 戸惑いつつも、ステラは頷いた。

「はい。まあ・・・」

「私なんかよりも相当魔法の才能あるよね」

「しかも、髪なんてちょっとしたものだねー。瞳も綺麗だし、全体的に雰囲気あるっていうか、絵になるっていうか」

 突然の賞賛の嵐だったが、ステラは嬉しそうではなく、明らかに困惑気味だった。確かに、初対面の人にいきなり褒めちぎられたら、案外戸惑うものかもしれない。

 そこで今度は聞き慣れた声がする。

「レオンさん。ステラ」

 振り返ると、白い衣装の少女2人組、リディアとデイジーの姿があった。デイジーはこちらを見ていつも通り微笑んでいるが、リディアの方は細工物が気になるのか、辺りを見渡しながら近付いてくる。

 デイジーは優雅に会釈すると、シャロンとエマの方を見てから、こちらに尋ねてくる。

「お知り合いですか?」

「ええ、まあ・・・」

 答えようとしたレオンだったが、そこで突然エマがイスから立ち上がって飛び出してきた。そのままデイジーの前に立つと、両手を合わせて拝む。小柄な体型そのままに、かなり俊敏な動きだった。

「お願い!」

 さすがのデイジーも当惑したようだ。

「・・・はい?」

「ええと、そういえば名前も知らない・・・ゴメン!名前を聞いてもいい?」

 拝まれながら名前を聞かれるというのもなかなかない経験だろう。デイジーはもちろん、さすがにリディアも気になったらしく、困惑気味の視線を向けている。

 しばらくしてから、デイジーは仕方なくといった感じで名乗った。

「デイジーですけれど」

「そちらの方も!」

 今度はリディアを拝むエマ。なんというか、ある意味強引な聞き方だった。

「リディア」

 するとエマは顔を上げる。

「皆さん、ステラのお友達?」 

 3人の少女は顔を見合わせたが、確認するまでもなくその通りである。ほぼ同時に3人とも頷いた。

 エマは嬉しそうに微笑む。

「今日でお祭りも最終日だし、何か思い出というか、記念になるような物が欲しいって、そう思いませんか?いや、思うよね!」

 1人で勝手に話を進めるエマだったが、デイジーが余裕の笑みで答える。

「お気持ちはありがたいですけれど、押し売りでしたら他を当たっていただけますか?」

 押し売りだったのかと、レオンは驚くと同時に、会話についていけているデイジーの事を素直に感心した。

 ところが、そこでエマは拝んだまま頭を下げる。

「そうじゃなくて・・・あの、皆さん、私の絵のモデルになって下さい!」

 空気が一瞬止まった。

 正直なところ、レオンだけはそんなに驚いていなかった。というより、絵のモデルになるという事がどれだけ珍しい事なのか、レオンだけは実感がなかったと言ってもいい。そんな経験はもちろんレオンにもないが、そもそも村にいた時には大抵の事が経験出来なかったのだ。何が珍しいのか珍しくないのか、その感覚がまだレオンには掴めていない。

 その停止した時間を解きはなったのは、あさっての方向から聞こえてきた、聞き慣れた少女の声だった。

「へえ・・・面白い事言うねー」

 レオンは振り返る。

 いつの間にか、そこには白い衣装のベティが立っていた。少し控えた位置には、ホレスが泰然とした様子で周囲を観察している。

 こちらに近付きながら、ベティはエマに向かって話しかける。表情は笑顔だが、完全に凄みを重視しているのがレオンにも分かった。

「でもねー、そういうのって押し売りと変わらないと思うな。どうせその絵を買うのはモデルの方なんだし」

 手強さを無意識に感じ取ったのか、エマは慌てて両手を振る。

「いやいや、別に買って貰わなくたっていいんだけど・・・」

「じゃあタダでくれるわけ?」

「それはちょっと・・・」

 さすがにそれは酷だなと思ったので、レオンは言ってみる事にした。

「よかったら僕が買いましょうか?少しならお金もあるし、思い出になるんだったら・・・」

 その言葉は途中で途切れた。こちらを一瞥もしなかったが、ベティの方からもの凄い威圧感が一気に吹き抜けてきたからである。これ以上喋ったら命に関わると思わせて、なお余りある程の迫力だった。

 ベティを前にしてたじたじのエマは、目線を逸らしながら言った。

「あんまりステラ達が魅力的だから、描いてみたいって思っただけで、練習だと思えばあげてもいいんだけど、せめて安くでも買って貰えればありがたいというか・・・」

 その声は尻すぼみに小さくなっていく。

 逆にベティは何も言わなかったが、その存在感は明らかに力を増していた。

「それにほら、せっかくの綺麗な衣装だし、絵で残したらいい思い出に・・・」

 もうそれ以上は喋れない。

 エマの表情は暗にそう告げていた。

「あ」

 その声はレオンの口から思わず出たものだった。

 6人の女性達の視線がレオンに集中する。ホレスの視線もあったのかもしれないが、ベティの視線の存在感と、エマの視線の痛々しさのお陰で完全に打ち消されてしまったようだった。

 それはともかく、ちょうど4人とも揃っているし、レオンはいい機会だと思った。本当は酒場で渡すチャンスがいくらでもあるのだが、今まで完全に忘れていたのだ。つまり、覚えている時にやっておかないと、忘れたままお祭りが終わる可能性が高い。

 多少気恥ずかしさがあったものの、レオンは反転してステラ達の方を向く。

「えっと、ごめん、こんな時になんだけど」

 タイミングも何もない発言なので、ステラやデイジーはもちろん、リディアとベティも戸惑った顔をしている。

 レオンは懐から目的の物を取り出した。本当に、雰囲気も何もあったものではないが、そもそも自分がそこまで気を遣えるとも思えないし、もうここまできたのだから仕方ないだろう。

 取り出したのは、白色のブローチが4つ。実際には中心部が白く塗装した木製で、その周囲を金属細工で装飾してある。

 そのデザインを一言で表現するなら、草原に佇む純白のカーバンクル。

 それをレオンは4人に手渡した。

「いつもお世話になってるから、そのお礼というか、せっかくのお祭りだし、何か記念になる物をと思って・・・ラッセルに相談して用意して貰ったものなんだけど」

 お祭りの初日にイザベラに言われて、その日のうちにラッセルに相談していた。今思えば、それが幸運だったと言える。その後にはいろいろありすぎて、恐らく忘れてしまっていただろう。実際、レオンもラッセルが言ってくれなければ忘れていた。

 気に入って貰えるだろうか。

 そんな心配をしていたレオンだったが、先程までの騒ぎはなんだったのかと思えるくらい、4人はブローチを見つめたまま黙り込んでしまった。

 もう持っている物だった。それが考えつく中では最悪のパターンだったが、そうならないような物をラッセルに見繕って貰ったはずである。しかしもちろん、ラッセルはベティ達が持っているアクセサリーを全て把握しているわけではないだろう。

 何か言われる前に、とりあえず言葉だけは伝えておく事にする。

「いつもよくしてくれてありがとう。それと、いつまでも仲良くね」

 冒険者見習いの自分をサポートしてくれている4人。そういう意味でももちろんだが、それに加えて、いつも笑顔で仲のいい彼女達には人知れず励まされてもいる。

 そんな日常にも感謝を込めて。

 それでも静寂は続いたが、やはりベティがその沈黙を破った。

「・・・本当に、たまにビックリするなー。レオンって油断出来ないよね」

 言葉とは裏腹に、ベティは笑顔だった。

「ありがとうございます」

「・・・嬉しい」

「私も。大切にしますね」

 他の3人もお礼と共に微笑んでくれる。

 先程の状況が嘘のように、あっという間に和やかな雰囲気になる。本当にプレゼントという物には結構な効果があるらしい。イザベラのというか、年長者の言葉というのはやはり含蓄があるものなのだ。

 集まって嬉しそうに話し出すベティ達を眺めていると、不意に後ろから声が聞こえた。

「・・・これじゃあさすがに、ブレットも目の敵にするよね」

 シャロンの方を見ると、彼女は不敵に笑う。それでもどこか優しい。

「だってさ、他の男の立つ瀬ないじゃないか」

「はい?」

 きょとんとして聞き返したレオン。

「でもさ、まあ、私も嫌いじゃないかな」

「何がですか?」

 少し吹き出すシャロン。

「・・・なんて言うのか、まあ、仲間になれそうだって事さ。まだ見習いなんだっけ?」

「あ、はい」

「頑張ってくれよ。一人前になったら、ステラとブレットと、そして私の相方の5人でダンジョンに行こう」

 その言葉が、レオンは凄く嬉しかった。

 思えばいろいろな事があったお祭りだったが、いろいろな人に会えたイベントでもあった。ここにいるシャロンとエマ、ステラの叔母であるクリスティアナにユノとアデル。他にも接客した人などは数え切れない。

 出会いはこんなに嬉しい。

 人の少ない村で育ったからなのか、レオンは割と静かな場所が好きだ。1人でいても寂しいと思った事はあまりない。だから、賑やかなお祭りは、もしかしたら少し苦手かもしれないと最初は思っていた。

 でも、全然違った。

 多くの人と出会えるのは、凄く楽しい事だと今は分かる。

 冒険者というのは、多くの出会いを得られる職業でもある。とても魅力的な道。

 お祭りの賑わいが少しずつ去っていく中にも、その眩い栄光の道をはっきりと瞳に映していたレオンだった。



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