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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第6章 サマー・フェスティバル
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センセーショナル・ホワイト



 その日、何故かレオンはフレデリック邸にいた。

 ベティに呼び出されたからといえばその通りなのだが、何故呼び出されたのかが分からない。最近なんとなくこのパターンが多いなと感じていたが、こういった場合、何か災難が起こりそうで起こらない事が多い。だが、次もそうだという保証はどこにもないので、結局レオンにはある程度の気構えが必要だった。

 もしかしたら、これも精神鍛錬の一種なのだろうか。ベティにそういった深慮が出来るのかは判断しかねるところだが、案外本能的にしている可能性もある。この町に来て数ヶ月、前世を教えて貰った事もあるものの、まだベティの人格がつかみきれていないレオンである。きっといろいろな意味で大物なのだろう。それくらいの分析しか出来ない。

 ところが、いざフレデリック邸に到着してみると、ベティはおろか、どういうわけかデイジーの出迎えもなかった。残念というほどではないものの、いつも律儀に玄関まで出てきてくれるデイジーだけに意外だった。

 代わりに出迎えてくれたのは、デイジーの母親だった。実は、レオンはこれが初対面。フレデリックやデイジーとは会っているのに、彼女の両親とは全く面識がなかった。しっとりとした長い髪や、落ち着いた容姿、そして、淑やかな仕草は面影があるものの、髪が栗色だったので、どちらかというとフィオナの印象に近かった。

「ごめんなさいね。娘は今、少し手が離せないものですから」

「あ、いえ・・・こちらこそ、お忙しいところにお邪魔してしまって」

 つい恐縮してしまうレオン。デイジーの両親がどんな仕事をしているのか、正直よく分かっていないものの、お祭りが差し迫っているのだから忙しいには違いない。

 そこで何故か、彼女は意味深に微笑む。年齢相応の風格が備わっているからか、なかなか迫力があった。

「レオンさんの噂は、娘からよく聞いていますよ。ええ、それはもう・・・」

 語尾がそよ風のように爽やかに消えていく。その後が気になったが、その先を聞かせないようなプレッシャーがあったので、レオンは黙った。

「応接間、ご存じですよね。申し訳ありませんけど、そちらでお待ちいただけますか?」

「あ、はい・・・」

「本当はご案内して差し上げるべきなんですけれど、ええ、娘がどうしてもと・・・」

 やはり言葉が途切れる。意味深な言い方が好きなのだろうか。どうしてもの後が気になりはしたが、やはりその先は聞けなかった。

 結局、レオンは案内もなく応接間へと進む。何度か案内された経験があるから、場所は覚えている。

 フレデリック邸の内装はというと、高級感溢れる白い石材がところどころに使われているものの、基本的には焦茶色の木が中心である。よく考えてみると、フレデリックのカーバンクルであるハルクの色に近い。深みがあって、それでいて暖かい色合い。うっすらと木の匂いが漂ってくるので、この広さを別にすれば、割と親近感を抱いているレオンだった。

 応接間にたどり着く前、その手前の部屋のドアを通り過ぎた時、不意に聞き覚えのある声がした。

「あ、来たなー」

 ドア越しだったから多少こもっていたものの、間違いなくベティの声だった。その表情まで想像がつくような、楽しそうな声である。

 レオンは慌てて立ち止まる。

「あれ、応接間ってこっちでした?」

 一部屋間違えていただろうかと思って、ベティの声が聞こえてきたドアに手をかけるレオンだが、すぐにベティが声を上げる。

「あ!ダメダメ!ストップ!」

 その声があがると同時に、ドアの向こうが急に慌ただしくなった気がした。状況がよく分からないレオンだが、とりあえず言われた通りに止まる。

「えっと・・・」

 何から聞いたものかと思っていると、ドア越しのベティが可笑しそうに言う。

「よしよし。よく止まったねー。もし止まらなかったら、最悪命がなかったから」

「・・・命?」

 ここはいったいどんな部屋なのか。泥棒対策に罠でも仕掛けてあるのか。そんな部屋でベティは何をしているのか。

「でも、命懸けでも開けたいって言うなら、うん、見上げた志だー。敬意を表して、私の全力を見せてあげよう」

 ドアから離れるレオン。命がないというのは、要するに命の保証が出来ないという意味だったらしい。

 間違っても開けてはいけない。

 ところが、ベティの言葉はまだ続いた。

「でもねー・・・レオンの場合、どのみち命に関わるかもしれないから、今のうちにしっかり深呼吸しておいて」

「・・・どういう意味ですか?」

 全然分からないが、どうやらただ事ではない。

「なんていうのかなー。とりあえず、心の準備がいるんだよ。まあ、見たら分かるけど」

「見たらって・・・何か見せる為に呼んだんですか?」

「そうそう。何かっていうか、結局私達なんだけど」

「私達?」

「見れば分かるよー」

 彼女の口振りからすると、見せるまで明らかにするつもりはないようだ。

 しかしながら、私達という言葉で、レオンにもおおよそ想像がついた。ベティ達と言えば、ステラ、リディア、デイジー。他には、シャーロットやフィオナ。せいぜいそれくらいだろう。

 だが、こういう言い方もなんだが、彼女達なら普段からよく見ている。わざわざ見せるようなものではない気がする。

「今、わざわざ見せるようなものかなーとか、思った?」

 まさにその通りだった。最近ピタリと言い当てられる事が多い。ベティは割と勘がいい。

「まあ・・・」

「それがねー・・・わざわざ見せるようなものなんだよ。だからちょっと、ブレットが面倒臭いなーって思ってるところなんだ」

「ブレットですか?」

 何故そこでブレットの名前が出てくるのか、レオンはますます混乱してくる。

「今日まで秘密にしてたのは、むしろブレット対策というか・・・でも、結局しっかり言い含めとかないといけないんだけど」

「あの、すみません。全然・・・」

 分からないんですけどと続けようとしたが、ベティの声がそれを遮った。

「よし!いくよー」

「え?」

 あまりにも唐突だった。

 今まで静かに佇んでいたドアが、勢いよく開かれる。

 少し、目が眩んだ。

 その向こうから廊下へと歩み出てくる少女達。

 確かに、レオンはその光景に釘付けになった。息をのんだと言ってもいい。先程まで分からなかったベティの言葉の意味も、理解せざるを得なかった。

 彼女達が見せたかったもの。

 それは間違いなく、彼女達が着ている服だった。

 かなり明るい服。それがレオンの第一印象だった。実際には、中心部分が黒、その周りを白が包んでいるようなデザインだが、そのコントラストが非常に鮮やかなのである。漆黒と純白が互いを引き立てあっていると言ってもいい。基調となっている煌びやかな白が、慎ましい黒を印象づけ、逆に控えめな黒が白をさらに明るく見せる。イメージとしても、黒が落ち着きある質実さを、白が清廉で可憐な印象を少女達に与えている。それが不思議な調和を作っていて、全く不自然ではない。全体として、どこか陽性な、そして魅力ある雰囲気にまとまっている。

 もっと端的に言うなら、白いワンピースと言っても差し支えないかもしれない。ところどころフリルの装飾があるものの、分類したらきっとそうなるはずだった。ワンピースにエプロンが合体したような、ある意味ベティの普段着を豪華にしたような服装である。頭も、短い髪ならすっぽり隠れてしまうような大きな帽子を被っている。それも綺麗な白色で、とにかくかなり目立つ格好なのは間違いない。

 その服を着た少女達。ベティ、ステラ、リディア、デイジーが、それぞれ思い思いの表情でレオンの前に並んだ。

 誰から見たらいいのか分からない。

 突然モンスターに襲われてもここまでは動揺しない。そう思えるくらい、レオンは混乱していた。

 やはりというべきか、最初に口を開いたのはベティだった。

「どう?」

 彼女にしては短い台詞である。だが、彼女の楽しそうな表情もあって、何を聞きたいのかはよく分かった。

 文字通り開いた口が塞がらなかったレオンだが、なんとか気を取り直して言った。

「あ、えっと・・・」

 そこで止まってしまったレオンに、ベティはにやにやしながら追撃してくる。

「何ー?ほら、はっきり言って欲しいな」

「いや、まあ・・・」

「可愛いねとか、綺麗だよとか」

 そんな言葉を口に出す自分を想像して、急にレオンは胸が重くなった。

「すみません。ちょっと具合が・・・」

 胸を押さえるレオンを見て、ベティは苦笑する。

「だから心の準備をしてーって言ったのに」

「・・・本当ですよね。すみません。準備が足りませんでした」

 しかし、予想を越えていたのも事実だった。当然ながら、村ではまずあり得ない服装なのだ。ここまで動きにくそうな、恐らく見た目しか考慮していない服なんて、村の人は想像すら出来ないだろう。

 なんというか、少し都会が怖くなったレオンだった。

「ほら。早く感想を聞かせて欲しいなー」

 急かすベティ。なんとか気を落ち着けてから、レオンはなんとか少女達を見る。しかし、あまりにも眩し過ぎるので、正直直視は出来なかった。

 ステラとリディアは少し恥ずかしそうだ。デイジーは堂々と微笑んでいる。

 確かに可愛らしい服だと思うし、よく似合っているはずだ。

 それ以上の台詞を考えると、呼吸困難が起きそうだった。

 深呼吸する。

 それを二度繰り返して、なんとかレオンは振り絞って声を出した。

「えっと、皆さん。その、凄く、お似合いだと・・・」

「レオンはこういうのが趣味なのー?」

 普段通りの口調でベティは聞いたが、今のレオンにはその追撃は酷過ぎた。

「す、すみません・・・」

 心臓を押さえて壁に手を突く。鼓動が少しおかしいような気がする。

「あ、ゴメンゴメン。そういうつもりじゃなかったんだけど」

「だ、大丈夫ですか?」

 笑いながら言うベティの脇で、ステラが慌てて近寄ってくる。だが、そちらを見ると症状が悪化しそうだったので、レオンは俯いたまま答えた。

「なんとか・・・」

「わ、私、治癒魔法が使えますから、ちょっとじっとしてて下さい」

 なんだか大事になってきた気もするが、正直あまり余裕がなさそうだったので、レオンは黙ってステラの治癒を受ける事にした。

 それを後目に、ベティは明るく言う。

「そんなに喜んで貰えるとは思わなかったなー。まあ、なんとなく分かってたけど」

 よく意味が分からないと思っていたら、どうやらデイジーもそうだったらしい。彼女の尋ねる声が聞こえてくる。

「何が分かっていたんですか?」

「聞きたい?」

 意味ありげなベティの口調に嫌な予感しかしなかったレオンだが、デイジーはあっさり頷いたようだった。

「この格好ね・・・多分、レオンの趣味のど真ん中なんだよ」

 そんなつもりは、もちろんない。

「まあ・・・」

 何か言いたげなデイジーの口調。

 その後にリディアの声が聞こえた。

「でも、確かにここまで動揺するのは不自然かも」

 変な事に裏付けをつけないで欲しい。切実にそう思ったレオンだったが、何か声に出すような余裕はなかった。

 とりあえず、今は変に刺激しないで欲しい。

 その体調を触れている左腕から読みとったのか、ステラが振り返って慌てたように言う。

「皆さん。ちょっと、今は・・・」

「あ、ゴメンゴメン。冗談だから」

 冗談なのか。

 何か言いたい気もしたが、これで追撃が止むならそれに越した事はない。内心、ステラに感謝の気持ちでいっぱいである。

 だが、ベティが何気なく口にした一言が一番強烈だった。

「本気だったら、ちょっと脱がせにくい服だけどごめんねーくらいは言うし」

「うっ・・・」

 心臓に重い楔が打ち込まれたような感覚に、思わず呻き声が出てしまった。

「ちょ、ちょっと・・・レオンさん!」

 半分悲鳴のようなステラの声に何も返せなかったレオン。

 結局、治癒魔法で回復するのに数分程かかった。

 その後、隣の部屋の応接間に5人で向かう。そこのソファに向かい合って座った。レオンの隣にステラ。向かいのソファにはベティ、リディア、デイジー。

 レオンが深呼吸を吐いたところで、隣にいたステラが聞く。彼女の膝の上で寝そべっているソフィも、じっとこちらを見ていた。

「落ち着きました?」

「あ、うん。ごめん、魔法まで使って貰って」

「いえ。お役に立ててよかったです」

 にっこり微笑むステラ。大きな帽子に髪を入れているから、いつもと違う雰囲気に見える。

 すると、向かいに座るベティが邪に微笑みながら言う。

「あんなに喜んで貰えるなんて、秘密にしてた甲斐があったなー」

 なんとも言えない表情でそちらを向いたレオンだったが、そこでふと気になって、ベティの顔をじっと見てしまった。

 少し戸惑ったように瞳を大きくするベティだったが、すぐにからかうように言った。

「もしかして惚れ直した?」

 さすがに耐性が出来ていたのか、今度はレオンも動揺しなかった。

「そうじゃなくて、ちょっと雰囲気が違うので・・・」

 今更ながらその事に気付いたレオンだったが、その原因は明らかだった。

 ヘアスタイルが違う。

 大きな帽子との兼ね合いがあるのだろうか、いつものポニーテールではなくて、今日は髪を下ろしている。しっとりとしたブラウンの髪が背中まで伸びていて、利発そうな顔立ちはそのままなのに、不思議と大人しく見えた。

 ふと気付くと、隣に座るリディアもそうだった。明るい髪がやはり背中くらいまである。こうしていると、ベティの妹のように見えてくるから不思議だった。

 彼女はレオンの視線に気付くと、不意に頬を朱く染める。それを見て、何故かレオンも恥ずかしくなった。

 視線の動きだけで理解出来たらしく、ベティは不敵に微笑みながら言う。

「切り札ってわけじゃないけど、お祭り期間中は大抵髪を下ろしてるんだよ。客引きもそうだけど、たまには女らしいところを見せておかないとね」

「はあ・・・」

 生返事を返すしかないレオン。そういうものなのだろうか。女子の心理はよく分からない。

「リディアもほら、いつもより可愛さが3割り増し」

 どう返事をしたらいいのか分からなかったが、言われたリディア本人がベティに返事をした。

「私はそんなに変わらないと思うけど。ベティに比べれば」

「そんな事ないと思うけどなー。デイジーとかステラはどう思う?」

 ステラは意表を突かれたようだったが、さすがというべきか、デイジーは余裕の応対をする。

「いつも可愛いですよ」

 これ以上ないくらいのストレートな表現に、リディアの頬がまた朱く染まる。

 この話題がこれ以上発展しても困る気がしたので、レオンは先手を打って尋ねる事にした。

「結局、皆さんが着てるのは何かの衣装なんですか?」

「そうそう。祭りの期間中ね、ユースアイの女の子はほとんどこの格好だから」

「・・・ほとんど?」

 聞き返すレオン。

 ここのお祭りというものは、いったいどういう行事なのだろうか。レオンがお祭りという響きから想像出来る行事とは、どうもかけ離れているような気がする。

 ベティは腕を組んで考えながら話す。

「とりあえず10代の子はみんなねー。まあ、ニコルは多分出歩かないと思うし、シャーロットはあれで気分屋だからなー。本当はフィオナさんやケイトさんにも着て貰おうと思ってたんだけど、さすがに恥ずかしいって言われちゃってねー」

 2人がこの格好をしている場面を想像してみる。ケイトの方は、確かに普段の服装とのギャップが大き過ぎるかもしれない。フィオナの方は普段から長いスカート姿が多いから、あまり違和感がないような気がした。普通に似合うのではないだろうか。しかし、本人が恥ずかしいというのなら仕方ないだろう。

「私達みたいに接客する子はもちろん、観光客相手の案内なんかも子供達がするから、そういう子達用の服なんだ。お祭りを賑やかにしようって、要するにそういう趣旨。今までは頭に花を挿したりしてたんだけど、目立たなくて分かりにくいって意見があってねー。それなら、思いっきり目立った方がいいんじゃないかって、フィオナさんに相談して作って貰ったんだよ」

「へえ・・・」

 集客目的の祭りというものの本質を垣間見たような気がする。単にお祭りを明るくする為だけに、町の女の子全員にここまでの衣装を用意したらしい。

 そこでふと、レオンは気付く。

「ステラも参加するんですか?」

 別に悪いというわけではないが、目立っていいというわけではない気がする。むしろ、彼女はなるべく目立たない方がいいのではないか。

 その質問を聞いた途端、ベティはやたら意味ありげに頷いて、他の3人の少女に目配せした。特に、ステラとは念入りに視線を交わす。

 ややあってから、ベティは右手の指を一本立てた。

「これね、作戦なんだよ」

「作戦・・・」

 別に難しい言葉ではないが、ベティが言うと物々しく聞こえるのは何故だろう。

 だが、レオンは思い出した。

「あ、そういえば、前から作戦があるとか言ってましたね」

 夏祭りにステラの叔母が来るかもしれない。その人にステラはなるべく見つからない方がいいという話になった時に、ベティがそう言っていた気がする。

 ベティは不敵に笑って頷く。

「よーく聞いてね。というか、聞いた以上は絶対協力して貰うから。あと、他言無用」

 彼女の口から出た以上、自分が断ろうがもう遅い。だが今回に限っては、レオンもそもそも断るつもりはなかった。

 頷くレオンを見て、ベティは言葉を続ける。

「要するに、ステラがユースアイの人間に見えれば問題ないわけなんだよ。単に人目に付かないようにするのでもいいんだけど、お祭り期間中ずっと部屋に閉じこもるのは大変だし、それだとお祭りが楽しめないでしょ?それに比べて、この格好をしておけばユースアイの女の子に見えるから、遠方から来た人間とは思われないって事」

「でも・・・」

 レオンはステラを見る。

 幸いというべきか、冒険者には見えないような華奢な容姿をしている。だから一般人だと勘違いしてくれる可能性は大いにあった。

 だが、問題がふたつほどある。

 ブロンドの髪と青い瞳。

 どちらもこの地方では一般的ではない。大多数の人は、彼女がユースアイ出身ではない事を見抜いてしまうだろう。

 しかし、ベティは余裕の表情だった。

「大丈夫。まず髪だけど、今みたいに帽子に入れて貰えば見えないでしょ?」

「あ、はい。まあ・・・」

 やたら大きい帽子だと思ったが、どうやらそういう風に意図されたデザインのようだ。だが、確かに髪の毛は見えないもの、眉毛は見えるからあまり意味がない気がする。

「あと目元周りだけど、これはシャーロットに頼んでおいたんだよね」

「え?」

 すると、ベティがステラに目配せする。

 軽く頷いたステラは懐からある物を取り出した。黒の細いフレームの内側に透明なレンズ。

「・・・眼鏡ですよね?」

 確認するレオン。村では村長が所有していた視覚補助用の道具だ。なかなか高価な物だし、文字の読み書きに縁がない人にはあまり利益がないから、所有者はそれほど多くない。

 無言でそれをかけたステラは、こちらを真っ直ぐに見る。

 ちょっと驚いた。

 透明なレンズ越しに見える瞳が、確かに黒く見える。眉毛も黒い。

「これね、ルーンアイテムなんだよ」

 そのベティの言葉で、シャーロットの名前が出てきた意味がようやく分かる。

「ルーンってこんな事も出来るんですね・・・」

 ついついステラの瞳をじっと見入ってしまう。いつもの青が黒に変わっただけなのだが、印象がだいぶ違って見える。もしかしたら、単に眼鏡を掛けているせいなのかもしれないが。

「あの・・・」

 怖ず怖ずとした声が目の前から聞こえて、レオンはようやく気が付いた。

「あ、ごめん。その・・・ちょっと不思議だなって思ったから」

「いえ・・・」

 いつの間にかステラは恥ずかしそうに頬を染めていた。すぐに眼鏡を外してしまう。

 レオンが視線をベティに戻すと、彼女はにやにやと笑みを浮かべている。

「よかったら、もう一度精神鍛錬させてあげようか?」

「・・・遠慮します」

 またさっきのようにステラの魔法のお世話になるのは申し訳なさ過ぎる。

「とりあえず、ステラが変装するっていうのは分かった?」

「あ、はい。まあ・・・」

 こんな格好までする必要があるのかは分からないが、ユースアイの子供だと強調する意味はあるのかもしれない。

 いずれにしても、レオンとしては、本人がいいのなら問題はない。

 ベティはにっこりと微笑む。

「じゃあさっきも言ったけど、絶対他言無用だから。お客さんとかに言い触らさないように」

「分かりました」

「それと、レオンはソフィの面倒を見てて。カーバンクルは目立つから、ステラと一緒にいたらよくないと思うし」

「あ、なるほど・・・」

 特に、ソフィは白色のカーバンクルだから余計噂になるかもしれない。

 そこでふとレオンは気付く。

「そういえば・・・ソフィは何もしなくていいんですかね?」

 よくよく考えてみれば、こちらの方が騒ぎになるかもしれない。

 しかし、ベティはあっさりと言った。

「それがねー、いい案がないんだよね。カーバンクルを隠すなんて出来ないと思うし。それに、カーバンクルはルーンアイテムが使えないんだって」

「そうなんですか?」

「シャーロットが前にセラとかサイで試したんだけど、全然ダメだったんだって」

「へえ・・・」

 そうなると、全身布か何かで覆うくらいしか思い付かない。いくらなんでも、それはさすがに可哀相な気がする。

 ベティはまたにっこりと微笑む。

「もうこうなったら、ステラの為にも、レオンとソフィには思いっきり目立って貰うしかないかなーって」

 なんとなくレオンは自分の役回りが分かってきた。

「・・・要するに、僕は囮ですか」

「そうそう。でも、別にいいでしょー?お祭りを楽しむだけでいいんだから」

 まあそれもそうかとレオンは思った。なんとなくトラブルが起きそうな気もするが、今日これだけの体験をしたのだから、もう何が来ても平気な気がする。単に、ショックでどこかの感覚が壊れてしまっただけのような気もするが、敢えて気にしない事にした。

「せっかくですから、ソフィにもお祭りを満喫させてあげて下さいね」 

 微笑みながらデイジーが言った。

 どんな事ならばカーバンクルも楽しめるのか。レオンには想像も出来ないが、彼女が気遣ってくれているのは分かったので、微笑みを返す。

「はい。ありがとうございます」

「私達もねー、仕事の合間に祭りを案内しに行ってあげるから」

「あ、はい・・・でも忙しいんじゃないですか?」

「いいのいいの。ソフィの為だから」

 どうやら自分の方がおまけらしい。

「お祭りの終わり頃になったら、偉い人はだいたい帰ってると思うから、その時にはステラとまとめて案内出来ると思うし」

 冗談混じりに話す事も多いが、ベティ達は皆がお祭りを楽しめるように、本当にあれこれ気を遣ってくれているのだ。

 そう思うと、感謝してもしきれない。

 ステラもそう感じていたのだろう。向かい合う3人を見ながら頭を下げる。

「すみません、皆さん。本当にありがとうございます」

 ベティは微笑む。その表情も口調もいつも通りだった。

「別にいいんだよ。それに、ステラにも接客を手伝って貰うんだし、これくらいはねー」

 頷きかけたレオン。

 だが、はたと気付く。

「・・・ちょっと待って下さい」

「何ー?」

「ステラも接客するっていうのは・・・」

 怖ず怖ずとレオンが聞くと、ベティはあっさりと答える。

「うちの酒場の接客。あ、大丈夫大丈夫。女の人限定だし」

「いや、そうじゃなくて・・・」

 あれほど目立たない為の作戦を考えたのに、接客なんてしたら多くの人の目にさらされるのは確実ではないか。

 それに答えたのは、デイジーだった。

「ステラの叔母様のような方々は、あまり大衆的なお店にはいらっしゃらないんです。町中を歩いているよりも、むしろ見つかりにくい場所なんですよ」

「へえ・・・」

 そう言われるとそうかもしれない。

 リディアが言葉を続ける。

「それに、私達もベティの店を手伝うから。だから、何かあった時にもすぐに対処出来る」

「そうなんですか?2人とも、自分のお店とかがあるんじゃ・・・」

「毎年鍛冶屋は休業するから、大丈夫」

「私も、家の仕事はそれほど忙しくないんです。お祭りでは、むしろベティ達と一緒に働いている事が多いんですよ。その方がいろいろな方に出会えて楽しいですから」

 そういうものなのか。ガレットをはじめとして、忙しそうにしている町の人が多いだけに意外である。

 そこでベティが楽しそうに言った。

「よし・・・レオンにも説明したし、あとは祭りのスケジュールを決めておこう。しっかり計画を立てておいて、いいところを見逃さないようにしないとねー」

 それを聞いたステラ達も表情が綻ぶ。本当に楽しみにしているという雰囲気が、嫌でも伝わってくるような表情だった。

 レオンもつられて表情が綻んだが、すぐに立ち上がった。

「じゃあ、僕はこれで・・・」

 きっと女性陣だけで話し合いたいだろう。なんとなくだが、そう感じての行動だった。

 そこでステラが呼び止める。

「あ、レオンさん」

「何?」

「ソフィをしばらく預かってもいいですか?」

 どういう意味だろうかと思っていると、ステラが自分から告げた。

「その・・・ちょっと名残惜しいので」

「ああ・・・」

 頷くレオン。要するに、お祭りの間に会えなくなるかららしい。

「いいよ。じゃあ、よろしく」

 微笑むステラ。

「ありがとうございます」

 そこで今度は、ベティから声がかかった。

「あ、そうだ。レオン」

「何ですか?」

「ブレットに会っても、作戦の事は秘密にしておいてねー」

「いいですけど・・・どうしてです?」

 片目を瞑るベティ。

「私が話すから」

「・・・分かりました」

 なんとなく、何かがブレットの身に降りかかるような予感がしたが、自分にはどうしようもない事なので、頷く以外にはない。

「では、レオンさん、またお祭りで・・・」

「せっかくだから、楽しんでいって」

 デイジーとリディアから挨拶を貰って、レオンは部屋を出る。去り際にベティが座り位置を変えるのが見えた。これから本格的に計画が始まるのだろう。

 1人廊下を歩きながら、レオンはお祭りの事を考えていた。

 ベティの作戦がどれくらい上手くいくものなのか、レオンにはよく分からない。ただ、彼女がステラの為に親身になってくれているのは分かる。今日も散々弄ばれたような気がするが、根は優しい、しっかりとした少女なのだ。

 それならいい。

 レオンはそう思いながら、玄関を目指す。

 この時はまだ知らない事だが、扉を開けたらブレットがいて、また意味の分からない会話をする事になる。

 その後、ベティが彼女なりの交渉をする為に、急遽ブレットを強襲する事になる。

 しかしながら、今は平和なのだ。

 まさに祭りの前。

 スタートを切る前に一瞬呼吸を止めるような、そんな静けさが確かにあった、そんなひとときだった。



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