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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第5章 ファースト・アイ前編
49/114

対比と近似



「ニコル!おっひさー」

 ガレージを根刮ぎ動かそうとでもしているかのような、凄まじい勢いでドアを開けた少女。その振動で、片隅に絶妙なバランスで積まれていた雑多な物がいくつかこぼれ落ちたものの、それ自体は大した被害とは言えない。

 しかしながら、ガレージ中央に座り込んで集中していたここの主にとって、それは心臓が飛び出るような衝撃だったのだろう。

「うわっ!?」

 その声に呼応するかのように、まず弦を弾くような小さな音がして、その直後に何かが金属を弾くような軽い音がする。

 数秒間、なんとも言えない間があった。

 その後、主のすぐ右側に積まれていた金属部品の山が、上部分だけ雪崩を起こしたように主の方へと押し寄せてきた。

 雪崩と表現したものの、例えばその山に埋もれて出られなくなるとか、大怪我をするとか、そんな危険な状況ではない。だが一番問題なのは、ここの主の研究というか趣味というか、没頭していた何かに水を差してしまったという事である。

 自分がした事ではないものの、レオンはなんとも気まずい気分だった。ただ、レオンの右肩に行儀良く座っているソフィは関心がないのか、じっとこちらを見ているだけだったし、ここに住み着いている黒毛のカーバンクルは、崩れ落ちてきた木製の四角い部品を前足で撫で回している最中だった。そうしていると気持ちいいのだろうか。いずれにしても、クロの方は主を気にかけている様子すらない。

 当の本人であるベティは、思いの外あっけらかんとしていた。

「あー、ゴメンゴメン。久しぶりだから忘れてた」

 あまりにも軽い言葉に気が抜けたのか、ここの主であるニコルは、短く溜息を吐いたものの、すぐにこちらに振り向く。

「ベティ。いつもの事だけど、このガレージに何か恨みでも・・・」

 ニコルの言葉は途中で止まった。

 その大きな明るい瞳が捉えたのは、どうやら、ブロンドの髪と青い瞳をした少女。

 レオンはもちろんだが、皆が発言を譲りたがったのか、誰も何も言わない。

 妙な沈黙が訪れる。

「お、お邪魔します・・・」

 やはり自分が何か言わないといけないと思ったのだろうか。ややあってから、結局ステラが控えめな口調で挨拶した。

 レオンはステラとニコルの表情を窺う。ステラの方は多少緊張しているようだが、まだ状況を掴みかねているという印象が強かった。彼女には、まだニコルについてそれほど詳しく説明していない。スニークの伝承者であって、頭が良くて、よく分からない発明品を作っている事。そして、レオンはアドバイスを貰う為に比較的頻繁に訪ねているものの、それ以外にはほとんど人付き合いがないようだという事くらいである。それだけの情報で、どういう人物像を彼女が想像しているのか、レオンは敢えて聞いていない。

 対するニコルの方だが、少し意外な反応だった。何か言うわけでもなく、ただ無表情でステラの顔をじっと見ている。生活範囲こそ極端に狭いものの、ニコルは決断が早くて行動も早い。だから、何か言いたい事があれば躊躇無く言うし、こちらにも要求してくる。何も言わずにただ見ているだけというのは結構珍しい。

 ところが、沈黙の後、ニコルは何事もなかったかのように言った。

「ステラだね」

 名前を尋ねたという感じではなく、ただ淡々と事実を言っているという口調だった。

 少し面食らった様子のステラだったが、遅れて頷いた。

「あ、はい。初めまして」

「初めまして。でも、僕は魔法に関してアドバイス出来ないけど」

 まさにニコルといった発言だった。意外なくらいあっさりしている。

 そこでベティが会話に割り込んだ。

「私が誘ったんだよ。戦術のアドバイスするなら、最初から一緒にいた方がいいかと思って。それに、クロにも会わせてあげようかなって」

 ニコルはベティを見る。

「それはいいんだけど、ドアはもう少し優しく開けてよね」

「ゴメンゴメン。久しぶりだから、つい気持ちを込めちゃってねー」

「十分伝わったけど・・・伝わったあげくにここが倒壊したら、ちょっと笑えないんだけど」

 確かにその通りだとレオンも思ったが、ベティに面と向かって言える人は、なかなかいない気がする。

 ベティはにっこりと微笑む。

「伝わったなら良かったかなー。じゃあ、とりあえず片付けようかな」

「それはいいんだけど、優しく片付けてよね」

「うんうん。それなら私の優しさを見せてあげよう」

「気持ちは込めなくていいから」

 慣れた調子で会話する2人。すぐにニコルは立ち上がって片付けを始め、ベティはクロの近くに屈んで、同じく片付けを始めたようだった。

 なんとなくその光景を眺めていたレオンとステラだったが、不意にニコルがこちらを向く。

「悪いけど少し待って。片付いたら話を聞くから」

 その言葉でようやく気付いて、レオンはすぐに言った。

「あ、いや、僕も手伝うよ」

 その時には、ニコルはもうこちらを見ていない。

「いいよ。散らかしたのはベティだし」

「私というか、私の気持ちだけどねー」

 ベティが合いの手を入れた時には、レオンの身体はもう動いていた。

「待ってるだけなのは悪いから。手伝った方が早く済むしね」

「あ、私も・・・」

 ステラも遅れて申し出る。

 やはりこちらは見ないで、ニコルは一言だけ答えた。

「じゃあ、よろしく」

 感謝しているようには見えないものの、よくよく考えれば、ニコルが感謝しなければならないわけではない。

 こうして部屋を手分けして片付けた4人だが、そんな大掛かりな話ではなかった。3分もしないうちに片付けは済んでしまった。というより、また元の絶妙なバランスで積み上げただけの気もする。ベティがまた彼女なりの感情表現をすれば、再び崩落が起きてしまうだろう。

 それはそれとして、そこでようやくレオン達の相談が開始される。

 このガレージにはイスがひとつしかない為、4人いるこの状況では、誰かだけが座るというのも気まずい。その結果、全員が床に座る事になった。

 しかしながら、ニコルは女性陣に気を遣ったのか、壁際に吊してあった大きな毛布を2枚、ベティとステラの為に床に敷いてくれた。それでいて、自分は構わず床に直接座る。つまり男性という事なのだろうかと思ったが、座り方は例の女の子座り。どうやら断定出来そうになかった。

 そうやって座るニコルの正面に、レオンとステラが座った。ステラは横に足を投げ出す女性らしい座り方で、床に行儀良く座るソフィを左手で優しく撫でている。

 そのソフィはというと、ステラの左側に座るベティを凝視していた。正確には、彼女が膝の上に抱いているクロと見つめ合っている。ベティはクロの前足を持ち上げて機嫌良く遊んでいて、クロは人形のようにされるがままだった。その紫の双眸はじっとソフィを見つめ返すだけで、何を考えているのかさっぱり分からない。もしかしたら、何故自分が今こんな状況に陥っているのか理解に苦しんでいるのかもしれない。その問いにはきっと誰も答えられないだろうと、レオンは密かに思った。

 それはとりあえず置いておく事にして、レオンは昨日のファースト・アイで体験した事をニコルに説明した。自分が感じた事も逐一補足しておく。隣のステラは勝手が分からないらしく、ただ黙って聞いていた。

 おおよそ話し終えたところで、珍しくニコルは深々と頷いた。

「なるほどね。よーく分かった」

「そ、そう?」

 いつもと反応が違うので、レオンには少し意外だった。ただ、ステラはニコルと会うのが初めてなので、そんな違和感とは無縁なのだろう。むしろこちらを不思議そうに見ている。

 ただ、次のニコルの一言は全く予想外だった。

「よく分かったよ。僕が言った事を、ラッセルは全然理解してなかったって事がね」

「・・・ラッセル?」

 全く話題になかった名前だったので、レオンが驚いたのも不思議ではないはずである。

 ニコルは何度か頷きながら言葉を続ける。

「ラッセルはね、引きは強いんだけど、押しが足りないんだよね。だから、とにかくこっちから押さないと話にならないんだよ」

 いったい何の話なのか、レオンには意味不明だった。

 ところがベティには分かったらしい。

「そうそう。ちょうどブレットと反対なんだよねー。ブレットは押ししかないから、周りが身構えるんだけど、ラッセルは引きしかないから、とにかく印象が薄いんだよ」

 そういえばそんな話をどこかで聞いたような気がするとレオンは思った。

 それを思い出すよりも早く、ベティはこちらを向いて可笑しそうに言った。

「レオンとホレスはね、押しも引きもないから、とにかく周りの調子が狂うんだよ。ラッセルの場合は押したらちゃんと引いてくれるけど、レオンとホレスは全然手応えないからなー。私でもたまに、この2人は何言ってるんだろうって思う事あるし」

 意味が分からなかったものの、どうやら自分が時折困らせているらしいので、レオンは謝っておく事にした。

「えっと・・・よく分かりませんけど、とにかくすみません」

 ベティは苦笑しながらステラを見る。

「2人でダンジョンにいる時、会話に困らない?」

 ステラは意表を突かれたようだが、少し首を傾げて困ったように微笑む。

「困るって事はないと思いますけど・・・」

「そっかー。もしかしたら、ステラも同じタイプなのかな。レオンとホレスは不思議と会話出来てるみたいだし」

「え・・・」

 こちらを見るステラ。その感情は分からないが、少なくとも嬉しそうには見えない。自分と同じが嫌なのか、それともホレスと同じが嫌なのか。もしかすると両方かもしれない。

 それはともかく、結局何も分かっていないレオンなので、改めて説明を求めた。

「つまり・・・どういう意味?」

 レオンが聞いたのはニコルだったのだが、答えたのはベティだった。膝の上ではまだクロが捕まったままである。

「簡単に言うと、ブレットは用もないのに寄ってくるから鬱陶しい。ラッセルは用がないと寄ってこないから焦れったい。レオンはそもそも何をしたいのか分からない。そんな感じかなー」

 酷い言われ方をされたような気もしたが、レオンが聞きたいのはそういう事ではない。

「そうじゃなくて・・・ダンジョンの話とラッセルと、どういう関係があるんですか?」

 今度こそニコルが答える。

「要するにね、レオンが押さないとダメなんだよ。前も言ったけど、レオンが頼めば大抵の物は仕入れてくれるんだから」

「仕入れ?・・・あ、道具の話?」

 ニコルは頷く。

「この前ここに来た時に言っておいたんだけど・・・結局ね、ラッセルに言ってもダメだから、レオンに言うしかないよね。とりあえず、今からアドバイスするよ?」

「え?あ、うん」

 唐突なニコルの言葉に、反射的に返事をするレオン。

 こちらをじっと見たまま、ニコルはあっさりと言った。

「まずね。ランタン卒業」

「・・・え?」

 たっぷり間を空けてレオンの口から出たのがその言葉だった。卒業と言われても、最近になってようやく使い出したばかりなのだが。

「ランタンっていうのはね、携帯用の灯りなのは間違いないけど、雨とか風に対処出来るように作られてるだけで、戦闘用の物じゃない。だいたい、あんなガラス製の物を持って戦闘するのは危ないよ」

 もっと危ない物をレオンに携帯させているニコルの言葉とも思えなかったが、言っている事は間違っていないように思える。

「そんな物を持ってたら左手が塞がるし、攻撃が命中したら灯りがなくなる場合もあるし、少なくともレオンが光源として使うような物じゃない。あまり動かないステラだって、割れたら破片が飛び散るような物を持たない方がいい。僕がモンスターで、仮に暗闇でも困らないとしたら、光源は真っ先に狙うと思うしね。どちらかというと、予備というか、探索用の灯りだと思っておいた方がいいね。戦闘になりそうだと思ったら、なるべく攻撃されないような位置に置いておく方がいい」

「それはそうかもしれないけど・・・でも、結局は何か灯りがないといけないわけだし」

 どんな光源だって、持てば片手が塞がってしまうし、攻撃が命中すれば消えてしまう可能性がある。

 そこでニコルは、指を1本立てる。

「アドバイスその1。純光源を使う事」

 瞬きするレオン。

「ジュンコウゲン?」

 全く聞いた事がなかった。

 こちらの様子には構わず、ニコルは淡々と言う。

「松明とかランタンは、結局炎の灯りだよね。そうじゃなくて、光だけで熱を出さない灯りがあるんだよ。ほら、レオンがビギナーズ・アイで使ってたようなやつ」

「魔法の松明の事?」

 ニコルは頷く。

「まあ、あれは買うと高いけどね。それ以外にも、もっと安いのがあるんだけど・・・僕がもっと高級な道具を使えって言ってたのを覚えてるよね?」

「あ、うん」

 あれはいつの事だっただろうか。まだステラがこの町に来る前だった気がする。

「僕が言ってた高級品っていうのはそういう物。間違ってもランタンとかの事じゃないよ。毎年いろんな学者が新しい技術を発表してるんだけど、それを使った道具はだいたい冒険者向けとして売られるんだよ。材料や技術料が馬鹿みたいに高いから、冒険者以外には買えないだけなんだけどね」

「へえ・・・」

 要するに、普通の生活をしていたら縁がないような商品のようだ。純光源という言葉をレオンが知らないのも、ある意味当然の事だったのかもしれない。

「純光棒とか純光松明とか、まあ要はサイズによって長持ちする時間が違うだけなんだけど、道具屋に行って仕入れておく事。棒の方がいいね。確か6時間くらい保つはずだから、戦闘になりそうだと思ったら、それを点けて腰に差しておけばいいよ。熱くないから平気だし、攻撃されたからってすぐに消えたりはしない。ただ、水には弱いから気をつけないといけないけどね」

 そんな便利な物があるのか。レオンには寝耳に水である。

「ファースト・アイだと、そうだなあ・・・3日でダメなら見切りをつけるとして、1日3本使うと考えて、まあ10本くらいあればいいかな。だいたいランタン10個程度の値段だね」

 ランタン10個。

 レオンは一瞬思考が止まった。

 1個買うのにも、結構高い買い物だと思っていたレオンにとって、それは程度という言葉で済むような値段ではなかった。ランタンというのは、一般的には間違いなく高級品である。ひとつ買うお金があれば、恐らく1週間は食堂で十分な食事が出来る。

 難しい顔をしているレオンには気付いていたはずだが、ニコルはあっさりともう1本指を立てる。

「アドバイスその2。間接攻撃を使う事」

「間接・・・」

 今度は言葉の意味が全く分からないわけではない。

「要するに、直接剣で斬ったり矢を当てたりする事じゃなくて、例えば、強い光や音で攻撃する事だね。動きが早くて狙いがつけられないようなモンスターや、そもそも守りが固すぎて直接攻撃が有効じゃないモンスター、それに同じようなモンスターが大勢いる場合にも対処出来るよ」

 なんとなく、レオンは嫌な予感がした。

「まさか・・・それも高級品を使うとか?」

 頷かなかったニコルだが、動作でいちいち示さなかっただけで、言っている事はまさにレオンの予想通りだった。

「毒の粉とか油を撒くとかいう方法もあるんだけど、まあそれはもう少し慣れてきてから考えて貰うとして・・・とりあえず、閃光弾と炸裂弾、あと粘着弾かな」

 レオンが何か聞くべきか迷っているうちに、ニコルは勝手に説明をする。

「閃光弾は視覚があるモンスターに、炸裂弾は聴覚が優れていそうなモンスターに有効だね。どちらも固い場所に投げつけると強烈な光や音を発する。ただ、もちろんレオンにも効果があるから、自分はちゃんと防御しないといけない。特に、ステラには影響がないように場所を選ばないといけないね」

 ステラを一瞥するニコル。ステラは反応に困っているようだった。

「粘着弾はちょっと趣旨が違って、罠だと思って貰う方がいいね。基本的には、床にぶつけて粘着液をばらまくんだけど、こちらはむしろ、大型モンスターの足止めに使う事が多い。間接攻撃とは少しタイプが違うけど、咄嗟に使える道具としては優秀だよ」

 確かに便利かもしれないとレオンは思った。この間のモモンガ型モンスターの場合、ダガーを投げるだけでは攻め手に欠けていたが、あの時閃光弾があれば、大きな1つ目をしていたあのモンスターを昏倒させられたかもしれない。

 それでも、レオンは恐る恐る確認する。

「ちなみに・・・金額は幾らくらい?」

 ニコルは即答する。

「そんなに高くないよ。それぞれランタン2個分くらい。だから、5つずつくらい持って入ったら?そんなに大きい物でもないから、10個とかでもいいけど」

 それぞれがランタン2個分。3種類5つ購入した場合、全部で15個だから、ランタン30個分。

 もう計算するのも嫌だった。

 気を落ち着かせたくなって、レオンはベティの方を見た。彼女はクロを持ち上げてソフィの前を行ったり来たりさせている。それをソフィが目で追うのが面白いようだ。カーバンクル達の方はある意味きょとんとしているように見える。いずれにしても、なんと平和な光景だろうか。

「あの・・・レオンさん?」

 ステラの心配そうな声で我に返る。

「あ、ごめん。ちょっと、癒しが欲しくなって・・・」

「そ、そうですか・・・」

 ただそれだけ言ったステラだったが、よく考えてみると、彼女はそれほど動揺しているようには見えない。つまり、彼女にとっては特段高価な買い物というわけではないのだろうか。

「じゃあ、最後。アドバイスその3」

 身構えるレオン。次は何を買えと言われるのだろうか。なんだか、ニコルが押しの強い商売人みたいに見えてきたレオンだった。

 だが、次にニコルが見たのはステラの方だった。

「モンスターと1対1で勝ったんだよね?」

 急に話しかけられたので一瞬戸惑ったようだが、ステラは小さく頷く。

「はい。一応・・・」

「どうやって勝ったの?」

 そこでステラはこちらを見た。

「レオンさんとモンスターが戦うところは見ていました。ただ、一度どちらも視界から消えてしまって、しばらくしてモンスターだけが戻ってきたので、レオンさんに何かあったのかもしれないと思って・・・それでもう気が気じゃなくて」

 軽く片手を挙げるニコル。

「そこはいいから・・・要するに、モンスターとの魔法勝負で勝ったんだよね。向こうの方が準備が圧倒的に早かったのに、どうやって勝てたの?」

「それは・・・私は早くから準備してましたから」

「モンスターが見えてすぐに攻撃出来た?向こうだって、ステラが魔法を準備してる事くらい分かってたんじゃないかな。むしろ、ステラの精神集中を乱そうとして、不意打ちとかしてきたんじゃない?」

 そう言われるとそんな気がする。ニコルらしいシビアな推測である。

 案の定、ステラは頷いた。

「はい。ただ・・・」

 ニコルはステラの言葉を遮って言った。

「向こうの魔法を防御出来たって事だよね?」

 ズバリ言い当てられたらしく、少し瞳を大きくしたステラだったが、ややあって頷く。

 そこでニコルはようやくこちらを向いた。

「要するに、ステラはルーンの力で魔法にある程度強くなってるって事。同じようにルーンの盾を作ったレオンが中途半端にしか魔法に対処出来ないのに比べて、ジーニアスのステラは弱い魔法なら完全に無効化出来るくらいの障壁を展開出来る。これがアスリートとジーニアスの違いなんだよ」

 思わずレオンはステラを見る。彼女は首を少し傾げただけで、どうやらあまりよく分かっていない様子だった。

「昨日の戦闘で一番よくなかったところは、レオンがモンスターのいる部屋の中に入った事。何で悪かったのかは言わなくても分かると思うけど、罠があるかどうか調べられないからだよね。それどころか、灯りが届く範囲より外は地形を確認する事すら出来なかった。そんな中に飛び込んでいったら、向こうの思う壺だよ」

「あ、そうか・・・」

 言われるまで気付かなかったレオンだった。こちらの有利な場所で戦うという原則を学んできたはずなのに、すっかり抜け落ちている。

 それが何故かを考えてみると、どうやらひとつしか思い付かなかった。

 油断である。

 ビギナーズ・アイを周回していた頃、最後の方はあまり手応えのない戦闘が多かった。最後のボスなんて良い例である。それに、ビギナーズ・アイでは地形が複雑だった事がほとんどない。確かな足場が約束されていると、無意識に思い込んでいたに違いない。

 慢心していたと言われても仕方ない。

 ほんの少しだが、ニコルの口調が柔らかくなる。

「まあ、ステラが魔法の準備をしてたから、せめてそれまでは時間を稼ごうと思ったんだろうけどね。でも、ステラの魔法準備を中断させてでも、一度撤退するべきだったね。それがアドバイスその3」

「え?」

 そこでニコルは少し口元を上げたようだった。

「これも前に言ったよね。ある物は何でも使え。ある物っていうのは、据え付けてある道具やモンスターが落としたアイテムなんかはもちろんだけど、段差や柱、壁なんかもそうだよ。高低差があるなら、モンスターによっては、下に突き落とすだけで無力化出来るかもしれない。柱や壁は攻撃に対する遮蔽になるし、場合によっては隠れて奇襲する事だって出来る。そして、こういう言い方もなんだけど、ステラだって上手く使わないといけない」

 ステラを見るニコル。その視線を受ける彼女は真剣な表情だった。ニコルがどういう人物なのか、ようやく掴めてきたのかもしれない。

「前はこれ以上ないくらい防御力がなかったステラだけど、今、魔法に対してはステラの方が強くなってる。そして、以前はさっぱり攻撃力がなかったレオンだけど、直接攻撃だけが攻撃じゃない。モンスターによっては、目や耳への強力な刺激だけで無力化出来る場合もあるし、さっき言ったように穴に突き落とすだけで済む場合もある。地形が複雑っていうのは、レオンにとっては決して悪い事じゃない。要するに何が言いたいかっていうとね、2人とも段々差がなくなってきてるんだよ」

 以前はある意味両極端だった2人だが、ニコルの言う通りなら、確かに差がなくなってきているのだろう。

「2人とも少しずつ弱点を克服してきてる。そうなるとね、以前のようにレオンがステラの為の楔になる必要はない。魔法を使うモンスターはステラに任せた方がいい場合だってあるだろうしね。こうなると、2人の弱点を補い合う作戦に拘る意味が薄い。これからは、もっと戦いの主導権を狙ってもいいと思うな」

「主導権・・・」

 レオンはステラを見た。ちょうど、彼女もこちらを見ていた。

「さっき一度撤退するべきだったと言ったけど、それは2人とも軽装で、身軽に動けるからだよね。それと、2人とも遮蔽がそれほど苦にならない。柱の陰に隠れたとして、ステラが攻撃する上ではほとんど障害にならないけど、モンスターからの直接攻撃は防いでくれる。レオンの場合も、柱の陰に隠れて不意打ちしたり、いろいろな道具もある。要するに、2人とも遮蔽から利益を得やすい上に身体が軽いから、簡単に立ち位置を変えられる」

 なんとなく、レオンにはニコルの言いたい事が分かった。

「要するに、2人とも前に出ろって事?」

 あっさり頷くニコル。

「それも戦術のひとつってだけだけどね。一番いいのは、いくつもの戦術を使いこなす事。その為には、今までレオンがしていた事をステラにもして貰わないといけない。立ち位置や相手するモンスターの分担を、ステラも瞬間的に判断して実際に動く。しかも、それを互いに一瞬で意志疎通する。もちろんすぐには無理だと思うけど、2人とも柔軟に動けるのが理想だよ。レオンの対応力をパーティの対応力に広げる。結局は臨機応変」

「難しいなあ・・・」

 思わず唸るレオンに、ニコルが淡々と言う。

「すぐに出来ても困るけどね。要するに、以心伝心の仲間になれって言ってるんだから。でも、結局はそれくらい出来てこそ、ある意味本当の仲間じゃない?」

 そんな言葉をニコルが使うのが、レオンには少し新鮮ではあった。しかし、意外という程でもない。もしニコルが冒険者だったらきっと仲間思いに違いないと、レオンはよく思っている。

 意外だったのは、むしろステラの方だった。

「・・・そうですよね」

 不意に呟くように言ったので、レオンがそちらを見ると、いつになく力強い視線でステラがこちらを見ていた。レオンがやや気圧される程、気合いが漲っている。

 一度頷いてから、ステラは言った。

「やりましょう!私も、ただ守って貰っているばかりな気がしていて、申し訳ない気がしていたんです」

「いや・・・全然そんな事はないけど」

 むしろ、彼女がボスモンスターのほとんどを倒していたから、こちらが申し訳ない気がしていたくらいである。

 しかし、どうやらステラには聞こえていなかったらしい。

「やっぱりそれはよくないです。私も自分で考えて、そして動いて・・・すぐにレオンさんのようにはなれないと思いますけど、でも、少しずつでもいいので教えて下さい。そして、いつかは以心伝心で動けるようになりましょう」

「・・・あ、うん」

「私、頑張ります。本当の仲間になってみせます!」

 すっかりニコルの言葉に感化されたらしい。だが、まだ本当の仲間ではなかったのかと、レオンは少しだけ思った。

 しかし、以心伝心で繋がっている仲間というのは、確かにレオンも憧れだ。

 ステラの気合いが移ったのか、レオンも少しやる気になってきた。

「よし!頑張ろう」

 すると、ステラは嬉しそうに微笑む。

「はい。頑張りましょう。私達ならきっとなれます」

 レオンも顔が綻んだ。

 そんな場面が訪れているを知っているのかいないのか、相変わらずベティはカーバンクルと戯れている。全く飽きない様子で、ソフィとクロを愛でているが、やはりカーバンクル達も未だにベティの行動の意味が理解出来ないようだった。ただひたすらに、互いの紅と紫の瞳を見つめている。

 そんな中、ただ1人ニコルだけは冷静に皆を観察していた。その視線は時折レオンに移るものの、大半は彼と向かい合う青い瞳の少女を捉えていた。

 不意にニコルは呟く。

「・・・仕方ないなあ」

 かなり小さな呟き。その声は誰の耳にも届かない。

 しかし、ベティの視線がソフィに移った時、ほんの一瞬だけ漆黒のカーバンクルの瞳がパートナーの姿を捉えていた。

 その事もまた、誰も人間は気付かなかった。ただ、純白のカーバンクルだけはその瞬間をしっかりと紅い瞳に収めていたようだった。



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