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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第5章 ファースト・アイ前編
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フェア・トレード



 結局、たった数時間程で初めてのファースト・アイ探索は終わってしまった。寝具の準備は全くの無駄になってしまった事になる。

 撤退の決断に至った理由として、レオンが怪我を負ったからというのもあるのだが、一番の理由は、装備品が不足していると分かったからだった。ランタンは持って入っていたものの、どうやらひとつでは足りない。戦闘においては、レオンとステラにそれぞれひとつずつ光源が必要なのだ。特に、レオンは自由に動き回れないと役目を果たせないので、光源は必要不可欠なのである。

 さらに、仮にランタン2個を持ち込む事になった場合、燃料も2倍あった方がいい。その辺りは重さとの兼ね合いを考えなければならない。或いは片方を松明にして代用できるかもしれないが、その場合は荷物の大きさを考えなければならない。いずれにしても、計画性が必要なのは間違いない。

 ただ、報酬が何もなかったわけではないというのが、唯一の救いだった。

「そいつは霊草だな」

 ダンジョンから帰った翌日の朝、いつものように早朝から宿場内をうろうろしていたガレットに採取してきた花を見せたところ、返ってきたのがその言葉だった。

 ガレットは掃除中だったらしく、雑巾とバケツを持っている。くたびれた半袖のシャツと膝下丈のズボンはその規格外の身体にはかなり窮屈そうで、どう考えてもサイズが合っていない。袖から飛び出した腕は、軽く突き出すだけで壁を破れそうな程の重量感があり、まるでその為に鍛えたようにすら見える。

 それはそうと、レオンはその言葉を受けて、自分が持つ瓶の中にある白い花を見つめる。瓶の中は白い霧で霞んでいて、実を言うとかなり冷たいので、瓶を入れている袋の上から、さらに鎧用のグローブを着けて持っている。

「霊草・・・」

 聞いた事がない言葉というわけではなかった。レオンの村では、霊草を調合して作ったという秘伝の薬を、村長が保管しているという噂だった。しかし、その薬はおろか、霊草という物も見た事がない。

 その白い花をガレットも見下ろしている。

「要するに、珍しい薬草みたいなものだな。いわゆる秘境にしか生えてねえと言われるが、ダンジョンでたまに見つかる事がある」

「じゃあこれ・・・もしかして貴重品ですか?」

 恐る恐る聞くと、ガレットは少しだけ口元を上げた。

「もちろん簡単に手に入るものじゃあねえが、冒険者が持ち帰ってくるものとしては、それほど珍しい物じゃねえ。俺も何度か、それと同じ霊草を持ち帰った事がある。見習いが採ってきても不思議じゃねえな」

 少しホッとするレオン。あまり高価な物だと、つい気が引けてしまうのだ。

 しかし、ガレットの言葉はまだ続いた。

「ただな・・・霊草っていうのは、極端な環境じゃねえと生きていけねえんだ。人里に持ち帰って放置してたら、3日とか、せいぜい1週間で消えてなくなっちまう。だから、とっととギルドかどこかに持って行くんだな」

 そういうわけで、レオンは朝食の後すぐ、ステラを連れだってギルドに向かう事にした。嵐のような朝食の時間帯に一段落ついた為か、今日はベティも一緒である。

 石畳の大通りを並んで歩く3人。夏が迫って次第に日が高くなってきたとはいえ、まだ朝には冷たい風が吹く事がある。もっとも、レオンの村のような山奥の場合は、突然思い出したように冷え込む日が季節に構わずやってくる。

 そんな朝でも、今日は3人とも夏らしい軽装だった。レオンは左腕に包帯を巻いているが、半袖のシャツを着ているし、ベティとステラは半袖のワンピース姿。ただ、着ている服の種類は同じでも、受ける印象は正反対だった。ブラウンのポニーテールと利発そうな瞳に、臙脂色のワンピースは膝丈程。袖から伸びる腕が健康的な肌色をしているベティは、恐らく誰が見ても活発そうな女の子に見えるだろう。対するステラは、繊細な白い肌と金髪、そして青い瞳。水色のワンピースはロングスカートで、とても落ち着いた少女に見える。こうしていると、まだ見習いとはいえ、冒険者を目指している人間にはとても見えない。

 そんな中ソフィはというと、レオンの右肩でうつ伏せになっている。先程確認したが、どうやら眠っているようだった。

 道すがら世間話をしていると、レオンはなんとなくステラの着ている服が気になった。彼女が私服を着ている場合、大抵ベティからの借り物なのだが、それにしては大人しいデザインの気がしたからだった。

 そのレオンの視線に目聡く気付いて、ベティが可笑しそうに聞く。

「レオンはあれくらい長いスカートが好み?」

 咄嗟にステラと目があってしまって、レオンは慌てた。ステラの方も恥ずかしそうに視線を逸らす。

「いや、まあ、好みってわけじゃ・・・」

「じゃあやっぱりミニかー。レオンも男の子なんだねー」

 何がやっぱりなのかはさておき、少なからず邪な笑顔で言うベティを見て、レオンは嫌な予感がした。何かあらぬ噂が広まっても困る。

「そうじゃなくて、ベティさんの服に・・・」

 ベティの笑顔の奥に何やら凄まじいプレッシャーを感じて、レオンは言い直す。

「・・・ベティの服にしては、ちょっと趣味が違うような気がしただけなんです」

 満足げに頷くベティをよそに、ステラが説明する。

「あ、これはフィオナさんのお下がりなんです。もう着られないからって・・・」

「へえ・・・」

 そう言われてみると、確かにフィオナが着ていそうな服だった。

「見習い冒険者って、戦闘用の服はギルドに面倒みて貰えるけど、私服はダメだからねー。だから、着られなくなった服を見習いの女の子にあげるのってよくある事なんだ。まあ、ジーニアスはともかく、アスリートの子だと、合うサイズの服がなかったりするんだけど」

 そうかもしれないとレオンは思った。かく言う自分も、最近服がきつくなってきたような気がしていた。

「そういえば、レオン、背が伸びた?」

 こちらを向いていきなりベティがそう言うので、レオンは意表を突かれた。

「え、そうですか?」

 身体が大きくなったかもしれないとは思っていたが、身長はそれほど変わったようには思えない。

 互いの頭の間に右手を行き来させてから、ベティは腕を組む。歩きながらの動作だったが、歩調は全く乱れなかった。

「うーん・・・やっぱり、ちょっと伸びてる。身体も大きくなったよね」

「え?あ、はい・・・もしかしたらそうかもしれませんね」

 ベティは微笑む。

「体重も増えたんじゃない?お父さん、何も言わないし」

「はい?」

「夏までに増やせーって言われてたんでしょ?まだ足りないと思ってたら、お父さんなら無理矢理食べさせると思うし」

「ああ・・・」

 そういえば、そんな事もあった気がする。

「どういう意味なんですか?」

 ステラが首を傾げながら聞くので、レオンは苦笑いして答えた。

「ここに来た日にガレットさんから、夏までに体重を半分増やせって言われてたんだよね。なんていうか、全然冒険者の身体じゃなかったから・・・」

「冒険者の身体?」

「えっと、まあ・・・頼りなかったというか、そんな感じ」

 事ある毎にジーニアスかとよく聞かれたものだった。改めて考えてみれば、今はほとんどそう聞かれなくなった気がする。ただ、代わりによく勘違いされるのは、ガレット酒場の新しい店員というものだった。正解から遠ざかっているような気がしないでもないが、ガレットの筋骨隆々ぶりは皆が知っているから、彼の弟子だという認識なのかもしれない。正確には、そう思い込む事で、レオンはなんとか自分を納得させていた。

 しかし、ステラはまだ釈然としない様子だった。

「そうなんですか?私が来た時と比べても、あんまり変わってないような気がしますけど」

「まあ、僕もちょっと大きくなった気がするってくらいだから」

 本当にその程度である。毎日とにかく肉を食べて、体を鍛えていたとはいえ、数ヶ月程度で身体は変わらないと思っていた。

 そこでベティが自信ありげに言う。

「大きさはそれほどでもなくても、中身は全然違うと思うな。鍛えた分だけ筋肉になってるはずだよ。最近、身体が重くなったとか、実感した事ない?」

「体重ですか?」

 思い返してみるが、体重というのはなかなか実感する場がない。何度も同じモンスターと力比べをする事があれば分かるかもしれないが、基本的に逃げ回っている事の多いレオンでは、参考になりそうな例はなさそうだった。

 しかしながら、ふとレオンは昨日の事を思い出す。ダンジョンに入るよりも前の事だった。

「あ、そういえば・・・」

「なになに?」

 何やら楽しげなベティが少し気になったものの、レオンは思い出した事を正直に言った。

「ファースト・アイに行く為に小舟に乗ったんですけど、僕が乗ったら半分くらい沈んだのに、ステラが乗っても全然沈まなくて・・・あの時はステラが凄く軽いんだと思ったんですけど、僕が重かったのかもしれないですね」

 1人で納得して頷いていたレオンだったが、ふと気付くと、ステラが複雑な表情を浮かべてこちらを見ていた。笑顔なのか、怒っているのか、レオンには分からない。

 そんな中、楽しそうにベティが言った。

「やっぱりねー。レオンもちゃんと成長してるんだよ」

「そ、そうですか?」

 成長している実感がほとんどない為、そう言われると照れてしまうレオンである。

「身長も伸びてるし、身体も大きくなってるし、さすが男の子だねー」

「いや、そんな・・・」

 そこでベティは前を向いた。

「それでこそ倒しがいがあるってものだよね」

 急に静かになる見習い2人。ベティがやたら楽しそうだった理由が、ようやく分かった気がした。

 ようやくギルドが見えてくる。それなりの規模だが、とにかく古い木造の建物。レオンは嫌いではないが、古臭いと思う人がいても不思議ではない。

 掠れてしまった看板の前を抜けて、3人は入り口にたどり着く。このメンバーでどこかの建物に入る時、ほとんどの場合、ドアを開けるのはベティである。

 今日も真っ先にドアに手をかけるベティ。しかし、そこで動きを止めて瞳を一度だけ大きく瞬かせる。

 どうしたんだろうかとレオン達が思っていると、彼女は不意に振り返った。そして、口元を上げる。彼女にしては珍しい、曖昧な感情表現である。

 レオン達が何か言うよりも早く、ベティは前を向いて、突然凄い勢いでドアを開けた。

「たのもー」

 ドアを襲った衝撃に比べれば、彼女の声はそれほど大きくはなかった。

 しかし、室内にいた人物は、それとは比べものにならない程の衝撃を受けたらしい。

 ダークブラウンの髪はいつも通り綺麗にまとまっているが、同じように整っているはずの彼の顔は、今はその衝撃でこれ以上ないくらいの驚きを示している。昨日も会った彼だが、今日はその時の出で立ちとは違い、上等そうなブルーの上着とズボンを着ている。正直言ってかなり派手な服だが、体格のいい彼に不思議と似合っていた。もちろん、その気の毒な表情を別にすればである。

 先輩冒険者であるブレットの顔には、冒険者ならば100人中99人が解読出来るであろう言葉が書いてあった。

 即ち、しまった、退路を塞がれた、である。

 ちなみに、彼とカウンターを挟んだ反対側には、ここの職員であるケイトが何食わぬ顔で黙々と書類づくりに精を出していた。その頭の上にはカーバンクルのシニア。こちらはそれ以前に、今の状況には何も気付いていないのだろう。完全に丸くなって眠っているようだ。よく考えてみると、仕事をしている時以外にシニアが起きているのを見た事がない気がする。

 そんな事を呑気に考えられるくらいには、レオンは冷静だった。もっとも、この場でブレットよりも動揺している人間はいないだろう。ステラが多少身体を強ばらせたようだが、彼に比べれば数段軽傷である。

 満面の笑みを浮かべながら、ベティはブレットの方へと歩いていく。レオンとステラもそれに従った。

「昨日帰ったんだってねー。リディアとデイジーには会えた?」

 ほとんど無意識にだろう。ブレットは2歩後退した。ここでなんと答えたらいいのか、必死に考えているのが、レオンにはよく分かった。

「や、やあ、ベティ。元気そうで何よりだよ」

 ブレットの3メートル程手前で、ベティは立ち止まる。レオンが考えたのは、彼女のリーチの外だなという事だった。もっとも、彼女がその気になれば、この程度の距離は距離のうちに入らない。

「お陰様で元気だよー。ブレットも元気そうでよかった」

「あ、ああ・・・ありがとう」

「うんうん。やっぱり、手負いの相手っていうのは遠慮するしね」

 言葉が出ない様子のブレット。もっとも、仮に言葉が出たところで、きっとどうにもならないだろう。

 そんな2人をよそに、ケイトが顔を上げてレオン達を見る。

「レオンさん。ステラさん。何かギルドにご用事ですか?」

 どうやらベティとブレットはひとまず置いておく事にしたようだ。先に済ませられそうな仕事の方を処理しておこうという事だろう。

「え?あ、はい。実はこれなんですけど・・・」

 ある意味必死のブレットを無視するようで悪いが、とりあえずレオンも用事を済ませる事にした。背負っていた袋から白い霊草の入った瓶を取り出す。直接は持てないので、瓶の口に紐を結んでぶら下げている。

「霊草ですね」

 さすがというべきか、ケイトは見てすぐに分かったようだった。

「そうみたいですね。僕は初めてだったので・・・」

 そこで、突然ブレットが大声を上げた。

「あ!ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 室内の全員がこちらを見る。もっとも、この場の5人以外には、奥で鑑定を担当しているもう1人の職員しかいなかった。その女性はすぐに手元の書類に視線を戻す。

 皆に注目されたブレットだが、思いの外堂々としていた。彼はレオンが手からぶら下げている霊草を凝視している。

「それは本物か?あ、いや・・・済まなかった。ステラを疑ったわけじゃない。ただ、一応念の為だ」

 レオンもステラも答えなかったので、ベティが代わりに答えた。

「さあ・・・それを鑑定して貰う為に、ここまで来たんだと思うけど」

 全くその通りである。

 するとケイトがレオンに聞いた。

「鑑定するという事でよろしいですか?」

「あ、はい」

「ではお預かりしますね」

 ケイトはカウンターの下から金属製の四角い容器を取り出す。手で持てない物を運ぶ為の器なのだろう。

 そこにレオンは瓶ごと霊草を容器に載せた。そのままケイトは立ち上がって、奥の女性のところまで持って行く。

 それを目で追っていた4人だが、しばらくしてブレットはこちらを向いた。

「ステラ。物は相談なんだが・・・」

 そう言いながらステラをじっと見つめるブレット。本人は至って真面目なのだろうが、ステラにはその視線が多少強過ぎるらしい。不安げにレオンやベティの方に視線を送ってくる。

 やがて諦めたのか、彼のダークブラウンの瞳が、今度はレオンを捉えた。

「不本意だがやむを得まい。彼女の代理という事で、君に相談したい」

「相談なら、私がのってあげようか?」

 軽い口調でベティが聞いたが、そんな軽い意味には全然聞こえなかった。

「い、いや、謹んで遠慮する」

 言葉こそ丁寧だったものの、動揺が抑えきれないらしく、やや早口のブレットだった。

 ベティとの会話を無理矢理打ち切るように、ブレットは即座にこちらに話しかける。

「単刀直入に言うが、さっきの霊草を僕に売ってくれないだろうか」

「え?」

 思いも寄らない事だったので、レオンはつい声をあげてしまった。

 それには構わず、ブレットは説明を続ける。

「知っているとは思うが、霊草は普通の環境に適応出来ない。だから、鑑定したらすぐに加工してしまう事が多い。そういった物は薬品や魔導具の材料に使われるんだが、天然の姿のままの霊草というのは、加工品とは比べ物にならない程強力なアイテムを作る下地になる。もちろん、それ相応の大きさのルーンが必要にはなるんだが」

「へえ・・・」

 さすがに一人前の冒険者なだけはある。レオンが知らない事もよく知っているようだ。

「ちょうど僕のパーティに、その白い霊草を欲しがっている人間がいる。どうだろう?君達がここでギルドに霊草を引き取って貰っても、加工品として使われるだけだろう。逆に僕に売ってくれれば、高級アイテムとして使われる事になる。もちろん、お金もそれ相応の額を支払うつもりだ」

「え?いや、それは・・・」

 レオンは戸惑ってしまった。知り合いとお金の話をするのは、なんだか気が引ける。

 そこでケイトが戻ってきた。

「天然の霊草は加工品よりも高値で取り引きされるのが通常です。ブレットさんが仰るとおり、霊草が天然の姿のままでいられる時間は短いですから、その分希少価値がありますので」

「そうなんですか?」

 イスに腰掛けながら、ケイトは微笑む。

「はい。ですから、ブレットさんの提案は悪い話ではないです。もちろん、提示された金額が適正ならばですけど」

「僕がそんな下衆な真似をするわけがない。もしステラを相手にそんな事をしたら、潔く青い瞳に身を投げる事にしよう」

 ブレットは余裕の笑みを見せる。そういえば、今日彼の笑顔を見たのは、これが初めてだったかもしれない。

 そこでベティが首を捻りながら腕を組む。

「うーん・・・よく分からないけど、売るよりもむしろ、その高級なアイテムっていうのを、ステラが作ったらいいんじゃない?」

 ベティの視線を受けて、ステラが驚いたように瞳を大きくする。

「え、私ですか?えっと・・・作れるんでしょうか?」

「作れるんじゃない?だって、大きいルーンがあるんだし」

 ケイトが素早く補足する。

「ルーンがあったとしても、アイテムの製作にはそれ相応のお金も必要になります。1週間以内にレオンさん達だけでその金額を集めるのは、恐らく無理だと思います」

「そうなのー?じゃあ、もしかして、今のレオン達には宝の持ち腐れ?」

 珍しくケイトは苦笑した。

「いえ、売れば資金になりますから、そういうわけではないと思いますけど」

 ブレットを一瞥してから、ベティも苦笑する。

「ちょっとねー。ブレットの為に採って帰ったみたいな気がする」

 そう言われると、そんな気がしないでもない。

 しかしながら、どうやら今のレオン達には売る以外に選択肢のないアイテムのようだ。もしかしたら、たまにこういったアイテムを持ち帰ってくるから、ギルドも見習い冒険者の面倒をみてくれるのかもしれない。いずれにしても、レオン達には使えないアイテムが使える人のところにいくのだから、それはそれで自然な事だろう。

 レオンはステラを見る。彼女はこちらを見て、緊張した面持ちで頷いた。

 ステラに頷き返してから、ブレットに告げる。

「えっと・・・じゃあ、お言葉に甘えて」

 心なしかブレットの表情が緩んだようだった。しかし、それも一瞬だけの事で、すぐに真面目な顔に戻る。彼は頷いてから言った。

「では、霊草はギルドに預けておいてくれ。ケイトさん、取引の手続きをお願いします」

「はい。承りました」

 ケイトは書類作りに取りかかる。

 それを確認したブレットは、ようやくいつもの笑顔を見せた。もちろん、ステラに対してである。

「僕はこれから仲間に報告に行ってくる。取引に応じてくれてありがとう。やはり、ステラの美しさはその容姿だけではなくて・・・」

 まだ彼の言葉は続いていたようだが、ベティが彼とステラの間に割って入る。

「分かった分かった。そんなに言いたい事があるなら、言葉だけじゃなくて、拳で語って貰おうかな」

 笑顔のベティだったが、ブレットは急に具合が悪くなったように咳払いをする。

「・・・そうだな。あまり長くなっても失礼だろう。ただ、確認とはいえ、最初に失礼な言葉を使った事だけは詫びさせて欲しい」

 何かそれらしき事を言っただろうかと思ったが、レオンには思い当たらなかった。しかし、それを確認する間もなく、ブレットは出口の方へと歩いていく。ベティとの間合いをとる為か、多少大回りのルートだった。

「では失礼するよ」

 ドアの前でそう言ってから、ステラに微笑むブレット。だが、不意に思い出したように、こちらに鋭い視線を向けて告げる。

「一応念を押しておくが・・・これは正当な取引だ。武術大会では手加減しない」

 それだけ言い残して、ブレットは去って行った。

 彼の視線は本物だったものの、大会の内容を考えてしまうと、いまいち本気になれないレオンだった。もしかしたら、スプーンやフォークが武器の場合もあるのだ。それで真剣に戦えというのが無茶な話だろう。

 しばらくして、ベティがクスクスと笑い出す。

「頑張ってね。ステラの為に」

 どう返事をしたものか迷った末にステラの方を見てみる。彼女はきょとんとした表情をしていた。どうやら、彼女はまだ話の詳細を知らないらしい。

 書類作りを一旦中断して、ケイトはこちらを見る。

「手続きはこちらで済ませておきますので、もうお帰りになられても結構ですよ。それとも、他にもまだ何かご用件がありますか?」

「あ、いえ・・・」

 レオンが軽く手を振ると、微笑んだケイトは再び書類作りに戻った。

 結局、シニアは一度も起きてこなかった。ふと右肩を見ると、ソフィもまだ眠っている。カーバンクルに、何か共通した生活のリズムでもあるのだろうか。

 いずれにしても、思いの外早く用事が済んでしまった。

「これからどうするんです?」

 ステラが聞いてくる。

「あ、うん。ちょっと早いけどニコルのところに行ってこようかな」

 新しいダンジョンで感じた事を聞いて貰って、意見を聞いておきたいと思っていた。あまり記憶力がいいわけではないので、こういう事はなるべく早い方がいい。

 すると、ベティが意外な事を言い出した。

「そっかー。じゃあ、久しぶりに私も行こうかな」

「・・・え?」

「いいでしょー?別に邪魔しにいくわけじゃないし。私はクロと遊んでるから」

 まあそれもそうかとレオンは思った。少なくとも、レオンが断るような事ではない。

 しかし、そこでベティはさらに予想外の事を言い出した。

「あ、そうだ。ステラも一緒に行こー」

「はい?」

 声をあげたのは、他の誰でもないステラ本人だった。まさか自分にこの話題が関わってくるとは思わなかったのだろう。

「どうせ戦術の話をするんでしょー?だったら、ステラもいた方が早いし」

 それは確かにその通りかもしれない。

「えっと・・・私が行ってもいいんでしょうか?」

 不安げなステラ。レオンも全く同意見だったが、ベティは屈託なく微笑む。

「大丈夫大丈夫。ダメだったら帰ればいいんだし。それに、ソフィも可愛いけど、クロも可愛いんだよー」

 どうやら、その手の話にステラは弱いらしい。ただ、可愛いと言われると見たくなるのは、女の子ならば当たり前の事かもしれない。

「それなら・・・お言葉に甘えて」

 怖ず怖ずと言うステラ。どうやら話がまとまったらしい。

「よし!じゃあ、行こー」

 満面の笑みになって、ステラの手を引くベティ。その曇りのない表情につられたのか、ステラも表情を弛ませる。

 しかしながら、レオンはいまいち不安が拭えなかった。

 本当に大丈夫なのか。

 その疑問に答えられる者は、どうやら誰もいなかった。



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