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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第4章 カーバンクル・ソフィ
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小さな羽根



 作成を依頼していた盾の受け取り場所として指定されたのは、何故か鍛冶屋ではなくて、魔法用品店だった。ステラの魔導具もそこで受け取る予定だったので、ちょうどいいと言えない事もない。しかしながら、アスリートの自分とは縁がない店だと思っていたので、どうしても違和感の拭えないレオンだった。

 例のごとく、ベティは見物に来たかったようだが、今日は仕事が忙しいからという事で、珍しく着いてこなかった。レオンの目から見ても、酒場の客がだんだん増えているような気がする。それはつまり、この町を訪れる冒険者が増えているという事で、その原因はといえば、やはり新ダンジョンが発見されたという噂が広まっているからだろう。滅多にないような規模のダンジョンという話だから、危険も大きいが見返りも大きい。そして、冒険者という人々は基本的に好奇心旺盛で自分の実力に対しても自信を持っている。他の誰にも突破出来ないような脅威であっても、自分ならばやれるはずだと思っているのだ。

 だから、未踏破のダンジョンというものは、いつまでも未踏破のままで残ってはいない。冒険者がいる限り、挑戦者の波が途絶える事はない。彼らがいる限り、脅威が野放しにされる事はないし、モンスターの影に絶望する事もあり得ない。

 しかし、自分達はまだ見習いである。まだまだ実力不足。従って、既に踏破されてある程度難易度の判明しているダンジョンに挑戦する事が、今のレオン達の挑戦だ。

 レオンとステラは、狭いけれど活気溢れる路地を2人で歩いている。

 目的地はもちろんシャーロットの店なのだが、途中でいろいろな人から声をかけられるので、なかなか歩みが進まなかった。

「ステラちゃん。お久しぶりだね」

 話しかけてきたのは、いつだったかこの場所で出会ったお婆さんだった。顔にはしわが多く刻まれていて腰が曲がっているので、まさにお年寄りといった感じだが、声ははっきりしていて活力がある。そして、なんとも柔らかい優しい笑顔をしていた。

「お久しぶりです。お元気そうですね」

 ステラも笑顔を返す。最初はいろいろあったものの、ステラは元々社交性のあるタイプのようだ。というより、もしかしたらずば抜けて社交的と言えるかもしれない。女性らしい親しみやすい表情の中にも、確かな上品さを感じさせる。これが育ちの違いというものなのだろうか。レオンもそれほど口下手というわけではないと思うが、彼女のような気品ある振る舞いは出来ない。格式高い場所に行った場合には、レオンは相当失礼な事をしでかしてしまう公算が高いわけで、そういう意味でも、ステラの社交性はレオン以上だと言えるだろう。

 しかし、魔法用品店への歩みがなかなか進まないのは、レオンやステラに起因したものではなかった。

 お婆さんとステラはしばらく世間話をしていたが、やがてお婆さんの方が気付いたように言った。

「ああ、長話になっても悪いね。そちらの、えっと・・・」

 こちらを見るので、レオンは苦笑して答える。ステラの名前は知っていても、自分の名前は覚えられていないらしい。

「レオンです」

「そうそう。確か、ガレットさんのところで働いているんだってね」

 見事に間違っているが、屈託のない笑顔のお婆さんを見ていると、訂正するのも悪いような気がした。

「まあ・・・そんな感じです」

「仕事の途中だろうからね。ステラちゃん。また今度ね」

「はい。お婆さんも体に気を付けて下さい」

 嬉しそうな表情を浮かべるお婆さんだったが、立ち去ろうとしたところで、やはり思い出したようにこう言った。

「ああ、そうだった。婆さんにも御利益を頂戴させておくれ」

 断るのも悪いので、レオンは右手をお婆さんの前に差し伸べる。

 すると、肩から腕を伝って下りてきた御利益の主が、その上にちょこんと座る。

 お婆さんはその妖精を優しく撫でると、レオン達にお礼を言ってから去っていった。

 その姿を見送ってから、ステラはぽつりと言った。

「・・・進みませんね」

「うん・・・まあね」

 その言葉を聞いているのかいないのか、何事もなかったかのようにソフィは肩まで優雅に戻っていく。

 レオンは自分の右肩を一瞥したが、見たからどうにかなるというわけでもないので、すぐに視線を前に戻して、そして小さく息を吐いた。

 何故なのかは不明だが、ソフィを撫でると幸運が訪れるという噂が広まっていた。

 一応ベティに確認してみたのだが、彼女も噂の発生源は知らないと言う。しかしながら、こういった例は結構ある事らしい。珍しい形の野菜や果物が収穫された時や、希少な色の羊や牛が生まれた時など、どこからともなく聞こえてくるのが、それが幸運を呼ぶものだという噂なのだと言う。不幸を呼ぶものだとならないのは、ベティ曰く、ユースアイにはそういう気質があるかららしい。良く言えばポジティブ、悪く言えば面白がっているだけという事だった。

 1週間もすれば噂も下火になって、1ヶ月もすれば思い出話になる。だいたいがそのパターンだというが、とにもかくにも、今困っているのは事実だった。

 事ある毎に、ソフィから御利益を貰おうという人が現れる。かといって無視するわけにもいかないので、町を移動するだけでもかなり時間がとられる。そういった噂は女性の方が敏感という事なのか、話しかけてくるのは大抵女性なので、ステラにとっては不幸中の幸いと言えない事もない。

 路地を見渡すレオン。道行く人は、男性と女性が半々くらいだろうか。ただし、皆が皆知っている噂というわけではないらしく、女性なら誰でもソフィに寄ってくるというわけではない。

「・・・どうします?」

 こちらに青い瞳を向けるステラ。クリーム色のマントを羽織っているいつもの姿だが、だんだん薄着が目立ってきた最近では、彼女の服装は別の意味でも目立っている。

 彼女にはいい考えがないようだった。かく言うレオンも、もはやお手上げである。

「隠れるってわけにもいかないし・・・」

 ダンジョンならともかく、これだけ人目のある場所を忍んで歩くのは不可能に近い。

 そこで、ステラは思い付いたように言った。

「あ、私の背中に隠れて貰います?」

「背中?」

 レオンの視線を受けて、彼女は悪戯っぽく微笑む。珍しい表情だった。

「私のマントとソフィの色、似てるじゃないですか。だから、肩にしがみついて貰えれば、見つからないかもしれません」

「ああ・・・でも、ちょっと辛そうだよね」

 いくら妖精とはいえ、ずっと腕の力だけで掴まっているのは大変だろう。

「じゃあ、せめて肩に寝そべって貰いましょう」

 そう言うなり、彼女はソフィを見る。

「ソフィ。お願い」

 ステラの声を聞いて、ソフィは機敏にステラの肩に飛び移って、その上に腹這いになった。

 多少色合いは違うものの、確かに一体化しているように見える。

「どうですか?」

 こちらを見てステラが聞くので、レオンは答える。

「うん、まあ・・・ちょっと見ただけだと、確かに分からないかも」

「色、ちょっと違いますか?」

 自分の肩を見ながらステラが聞く。

「そうだね。ちょっとだけ」

 ソフィはまさに純白だが、ステラのマントはミルクのような色合いなのだ。どう違うのか上手く説明出来ないが、白よりも少し暖かみのある色合いをしている。

 その返事を聞いて、彼女は微笑む。

「今度、真っ白なマントを買っておきますね」

 レオンも微笑む。深い意味はない。ただ、ステラの機嫌が良さそうだったからだった。

 その理由は明白で、ソフィとの関係が変化した事に尽きる。

 一昨日、最後のビギナーズ・アイの中で、ソフィがステラに見せた記憶がどんなものだったのか、誰のものだったのかは、結局まだ聞いていない。もしかしたら、それがレオンの前世なのかもしれないのだが、もしそうだったら、彼女は何をおいても説明してくれるはずだ。だから、どうやらそうではないという事しか分からない。

 彼女は秘密だと言った。

 その言葉がどういう意味なのかも分からない。それでも、あの時の彼女の笑顔には、暗い部分が全くなかった。見ている方も優しくなるような表情だったのだ。

 それに、その日以来、ステラとソフィの関係は一気に親密になった。以前はレオンの言う事しか聞いてくれなかったのだが、今ではステラの言葉にも従ってくれる。しかも、細かく内容を説明しなくても、彼女の意を汲んで動いてくれる事も多い。そういう意味では、既にレオン以上の親密さだと言えるかもしれないが、基本的にレオンの傍にいるのは変わらないから、その辺りの優先順位はまだ曖昧だった。

 いずれにしても、レオンには不満はない。

 ステラと並んで歩きながら、レオンはその理由を考えてみる。

 こちらも、ある意味明白かもしれない。

 きっと、自分も機嫌がいいのである。

 ビギナーズ・アイとはお別れ。それはつまり、新たな扉が自分を待っているという事。

 そんな事を考えているうちに、レオン達はシャーロットの店に着いていた。

「上手くいきましたね」

 声がした方にレオンが視線を向けたのと、ソフィがこちらに跳躍したのはほぼ同時だった。

 右肩に軽い衝撃。実際には感触と言うべきかもしれない。

 まさに妖精の着地。

 こちらを見つめる紅い瞳。その周りは新雪のような純白。

 その頭を撫でてから、レオンはステラの言葉に答えた。彼女が言ったのは、つまりソフィが上手く隠れられたという意味だろう。

「うん・・・じゃあ、入ろうか」

「はい」

 彼女の微笑みを見てから、レオンは店のドアを開ける。

 だが、そこで2人の足が止まった。

 リディアとシャーロットがここで待っているはずだった。

 しかし、店内はものの見事にもぬけの空だった。

 顔を見合わせる見習い2人。

「・・・確かに今日だったよね?」

「ですよね・・・そして、ここだったはずなんですけど」

 日時と場所を確かめ合うが、何かを勘違いしていたというわけではなさそうだった。

 そこで、誰もいない店内から声がした。

「遅い」

 姿は見えなかったが、確かにシャーロットの声だった。そして、声が聞こえてきた場所にも、おおよその検討がついた。

 その数秒後、やはりというべきか、店の奥にあるカウンターの中から、シャーロットがひょこりと顔を見せた。

 町の子供と混じって隠れんぼをしていても、きっと違和感のないような幼い容姿。もちろん、今は隠れているわけではないのだが、ギリギリ顔が見えるくらいの身長しかないのである。

 彼女はすぐ傍にあったイスによじ登る。そこでようやく胸から上が見えるようになった。

 それはともかく、遅刻したのは事実だった。

「ごめん・・・ちょっと、来る途中でいろいろあったから」

 誰かに仕事を頼まれたとか、他に大切な用事があったというわけではないから、レオンは言葉を濁す。

 謝るレオンを真っ直ぐに見て、シャーロットは真顔で言った。

「私にも幸運をくれたら許す」

 何を言いたいのかは、説明されなくても分かった。

「・・・ソフィ」

 レオンが声をかけると、ソフィはしばらくこちらをじっと見つめていたが、やがてステラの肩へと飛び移ってしまった。

 やや戸惑った様子のステラだったものの、すぐに微笑んでから、妖精の頭を撫でる。

 正直なところ、レオンにはソフィの行動の意図がよく分からなかった。強いて予想するなら、撫でられ過ぎてうんざりしている、だろうか。

 それは気にせず、ジャーロットは言った。

「リディアは隣にいるから」

「え?」

 思わず聞き返すレオン。

「ラッセルの店。行ってみて。お邪魔かもしれないけど、多分そう思うのはラッセルだけだから気にしないで大丈夫」

 よく分からなかったものの、とりあえずレオンは頷いた。いずれにしても、隣にリディアがいるのは確からしい。

 レオンはステラの方を向く。

「ちょっと行ってくるね」

「はい。ソフィの事は任せて下さい」

 彼女が微笑むのを見てから、レオンはシャーロットの店を出た。

 シャーロットの魔法用品店は外から見ても何の店か分からないし、そもそも商店だとは思われないような、一般的な民家の外観をしている。そういう意味で周囲から浮いた存在なのだが、その隣のラッセルの店は違った。玄関扉の上に看板が設置してあるし、ロープや火打ち石といった道具が詰まった木箱が、その周辺に置いてあるのだ。これが果たして陳列なのかは定かではないものの、この店が道具屋だという宣伝になっているのは間違いない。

 その開け放たれた入り口のドアに近づくと、シャーロットが言っていた通り、中からリディアとラッセルの話し声が聞こえてきた。

「いくらリディアの頼みでも、ちょっと・・・」

「ごめん・・・確かに無理強いは良くないと思うから」

「いや、そこで引かれても困るんだけど」

「・・・なんで?」

「なんでって・・・」

 何の会話なのかさっぱり分からない。ここでレオンが店内に入ったら、邪魔なのかそうでないのか、全く見当が付かなかった。

 しかし、このまま立ち聞きするのも悪いので、レオンは意を決して声をかける事にした。

「お邪魔します」

 店内に一歩足を踏み入れながら、そう声をかけるレオン。実は、ラッセルの店に入るのはこれが初めてだった。

 綺麗に陳列されていたのはシャーロットの店だが、ここもそれほど散らかっているわけではない。大きな木箱がいくつも置いてあり、その中には、松明や水筒といった見慣れた物から用途の分からない見慣れない物まで、きちんと種類毎に陳列されている。買い物をする上では、恐らく不便はないはずだった。

 それでも、どこかこの店が乱雑な印象を受けるのは、恐らく店の至る所に飾ってある怪しげな民芸品の数々のせいだった。動物の骨や壁画のような物ならばまだしも、不気味な顔が描かれている木製の看板や先がない槍のような物は、用途というか製作目的からして不明である。ここに飾ってある理由となると、もっと分からない。

 リディアとラッセルは、店の中央辺りで向かい合って話をしていたようだった。リディアは明るい髪をポニーテールのしているのはいつも通りだが、黒っぽいシャツに薄いグレイのズボンという、ある意味男性的なファッション。対するラッセルは、濃い肌色のシャツにブラウンのズボン、そして白いエプロンというファッションで、誠実そうな容姿が今日は柔らかく見える。

 その2人の視線が同時にこちらを向いたので、レオンは少し気圧される。

「えっと・・・お邪魔でした?」

 恐る恐る聞くが、2人とも思いの外無反応だった。特に、リディアは無表情だが赤面症でもあるので、その彼女に反応がないという事は、どうやら聞かれて困るような話ではなかったというのは確かなようだ。

 一瞬の空白があったものの、リディアは灰色の布に包んで脇に置いてあった丸い物を両手で抱えると、こちらへと近づいてくる。

 密かに、レオンの心臓は鼓動が速かった。

 彼女には前置きというものがほとんどない。だから、彼女が持っている物には見当がついた。

 魔法のアイテムという物に触れるのは、もちろん初めてである。

「はい」

 レオンの正面に立ったリディアは、それだけ言って包みを差し出す。

「あ、えっと・・・ありがとう」

 急に緊張してきたレオンだが、なんとか手は震えなかった。

 しっかりと掴んでから、慎重に布を取り払う。

 思えば、この2週間程、この盾の作成の為にダンジョンに入っていたのだ。クリアスチールという材料はあっても、それだけでは盾にはならない。他の諸々の材料を取り寄せる為の出費。そして、レオンにとっては初めての大きな買い物である。

 それが今ようやくこの手の中にある。

 しかし、布の中から出てきた物を見て、レオンはどう反応していいのか分からなかった。

 これ以上ないくらい普通だ。

 以前から使っていたバックラーと、ほぼ同じ形状の丸盾である。だが、それは聞いていた通りなので問題はない。重さも以前と同じか少し軽いくらいなので、むしろその方が有り難いくらいである。

 レオンにとって一番意外だったのは、その色だった。

 魔法のアイテムと言うからには、ピカピカやキラキラとはいかないまでも、多少は普通と違う外見をしているものだと思っていたのだ。だが、今持っている盾は以前と全く同じ色である。具体的には、ほぼ真っ黒。これ以上ないくらい味気ない色だった。

 そんなレオンの心境を見抜いたのか、リディアが唐突に言った。

「裏を見て」

「え?」

 どっちが裏なのだろうかと思ったが、聞くまでもない。今見ている方、つまり敵に向ける方が今は表なのだろう。

「ルーンがあるから。紫の」

 言われて見てみると、確かに中央辺りに紫色のルーンがあるようだった。あまり大きい物ではないが、もちろんビギナーズ・アイの物よりは大きい。野苺くらいの大きさだろうか。

「そこに触れると起動する。着けてみて」

「あ、うん」

 言われるままに、魔法のバックラーを左腕に装着してみる。ベルトを巻き付けるのは以前と同じ仕組みだった。

 そうしてから盾の表面を見たレオンは、すぐに変化に気付いた。

 先程はただ真っ黒なだけだったのだが、今は表面に燐光が見える。光というよりは、どこか掴み所のない幻のようにも見える。

 しばらくそれを眺めていたレオンがしばらくしてリディアに視線を戻すと、彼女はゆっくりと頷いた。

「クリアスチールとルーンを組み合わせて、対魔法障壁を作っている。使い方は、身につけるだけだから難しい事はない。ただ、注意点がひとつある」

「何?」

「それを説明して貰おうと思って、ここまで呼んだんだけど・・・」

 リディアは入り口の方を見る。そこに誰もいない事が分かると、すぐにこちらに向き直った。

「シャーロットとステラは?」

「2人は多分、魔導具の事で話をしてるんだと思うけど・・・」

 もしかしたら、ソフィを愛でる会に発展している可能性もあるが、余計な事は言わない方がいいだろう。

 そこでリディアは何やら考え込んでいる様子だった。

 視線はこちらを向いたままなので、なんとなく動いたら悪いような気がしてくる。そんな心境を知ってか知らずか、ラッセルは店の商品の確認作業に取りかかってしまった。

 しばらくして、リディアはようやく戻ってきた。

「代わりに私が簡単に説明するけど、詳しい説明が必要なら、ステラやシャーロットに聞いておいて」

「あ、うん・・・分かりました」

 少し間を空けてから、リディアは話す。

「攻撃魔法には大別して2種類ある。拡散型と収束型。素人の私は厳密に把握出来ないけど、火とか風とかが拡散型、氷や闇が収束型だと思う」

 曖昧な表現だったが、ジーニアスでもないリディアでは仕方のないところだろう。レオンですらよく分からないのだから。

「そして、クリアスチールの障壁はその片方しか防げない。ルーンを変更する事で効果を差し替える事も出来るけど、レオンの場合は、対拡散用で問題ないと思う」

「え、そうなの?」

 頷くリディア。

「何故かと言うと、クリアスチールの魔法障壁は仲間の魔法にも有効だから。収束型の障壁にしておいたら、モンスターとレオンの距離が近い場合、ステラの魔法も減衰するかもしれない。あと、ステラの治癒魔法を阻害する可能性もある。ただ、それは盾を外せば済む事だけど」

「へえ・・・」

 感心の声を上げるレオン。それほど強力な障壁なのだろうか。

「だから忘れないで。その盾が有効なのは、拡散型の魔法だけ。向こうもステラのような魔法を使う場合には効果がない。あまり過信しない事」

「分かった。ありがとう」

 素直に頷く。表情には出なくても、いつもリディアはこちらの事を心配してくれている。

 彼女の頬が少し朱くなる。なんというか、彼女はプレッシャーに強いタイプの人間なのだが、褒められるのに弱いらしい。表情というか、顔色に出るのですぐに分かるのだ。

 そこで、入り口からステラとシャーロットが入ってくる。

 ステラの肩にはソフィが乗っているのだが、彼女が手に持っている物を見て、レオンは正直驚いた。

 そして、同時に理解した。

 魔導具とはこういう物なのかと。

 それは真っ黒な杖だった。

 長さはステラの身長と同じくらい。つまり彼女用に作られた物なのだろう。木というよりは石や金属で出来ているようにも見える、どこか高級感溢れる質感。その頂には、彼女のネックレスに埋め込まれている物よりは小さいものの、確かに青いルーンがはめ込まれている。その周りを鳥の羽のようなデザインの彫刻が囲っていて、場所が場所なら芸術品に見えるかもしれない。全体的に細身のシルエットは、優美な女性らしさも感じさせる。

 こういう言葉で片づけるのは良くないのかもしれないが、ステラによく似合っているとレオンは思った。

「凄いね。それが魔導具なんだ」

 ステラがこちらの少し手前に立って聞いた。

「えっと・・・ど、どうですか?」

 何を聞きたいのかが曖昧だったが、レオンはすぐに答える。

「どうって・・・似合ってると思うけど」

 しかし、冒険者には余り重要な事とは思えない。言ってからそう思ったレオンだったが、時既に遅しである。

 それでも、ステラがはにかんだので、最悪の返答というわけではなかったようだ。

 その横に並んだシャーロットが簡単に説明する。白いブラウスに黒い髪とスカートという彼女の出で立ちは、きっと普通は大人っぽく見えるはずなのだが、彼女の容姿とブラウスのフリルが邪魔をして、完全に子供服にしか見えない。

「杖は魔導具としては一般的。というのも、杖は護身用の武器として優秀だから。ルーンの補助としての役割と一緒に、武器としての役割を持たせられる。使えるなら、剣や槍でも何とかなるけど、ステラは武器の扱い方をほとんど知らないから。だから、とりあえず杖が無難」

 確かに、剣を上手く扱うには訓練が必要だし、何よりステラには腕の筋力が足りないかもしれない。杖なら、ある程度訓練すれば防御くらいは出来るようになるだろう。

「以前はステラの自前のルーンを魔法補助に使っていた。それを今度は杖のルーンが行う。代わりに、ネックレスの方は防御に使う事になる。ステラが慣れるまでに時間がかかるかもしれないけど、上手く使えるようになれば受ける攻撃の威力を半減させる事が出来るはず」

「へえ・・・」

 半減といったら、相当凄い事ではないだろうか。以前にニコルから聞いた話では、強力なジーニアスになると、近づくだけでも不可能極まる事だという事だった。なんとなく、その片鱗を見たような気がする。

「盾の説明は聞いた?」

 聞かれたレオンは、リディアの方を一瞥してから頷く。

「あ、うん。大体は」

「大体って?」

 すぐに聞いてくるシャーロット。確かに、戦闘に関わる事は曖昧にしておくべきではないだろう。

「確か・・・拡散型の魔法しか防げない、だったかな」

 言いながらリディアを見ると、彼女は軽く頷く。

 それを見たシャーロットは、こちらを見て同じように頷いた。

 どうやら、それでいいという事らしい。そもそも、アスリートであるレオンが一朝一夕で理解するのは難しい。

 それはともかく、ようやく出揃った。

 この装備で向かうは新しいダンジョン。

 自然とステラと目が合う。

「よし、頑張ろう」

「はい。頑張りましょう」

 微笑むステラ。

 きっと心の中では声も揃っていただろう。

 次は東の湖のほとりにあるダンジョン。ファースト・アイ。

 そんな2人の見習いを、白いカーバンクルはその紅い瞳でしっかりと捉えていた。



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