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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第4章 カーバンクル・ソフィ
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ミスト・エモーション



 ジーニアスには、普通の人に見えない特別な流れを見る能力があると言われる。その流れこそがいわゆる魔力であって、それに干渉する事で特殊な現象を引き起こす事が出来る。それが、広く一般的に知られている魔法の原理だ。

 しかしながら、ステラ個人の感覚としては、確かに目に見えているとは言い切れない。そもそも、いわゆる普通の視覚というものを体験した事がないので、普通の人と自分の視覚が本当に違うのかどうかなんて確かめようがない。ステラに限らず、ジーニアスは前世もジーニアスである事が多いから、アスリートの視覚と縁がない場合も多い。

 それでも、ジーニアスの特別な視覚というものを自分なりに説明してみると、煙やもやのようなものに近い気がする。

 魔力に乱れがない時、つまり、誰も魔法を使っていない時には、普通の人と同じような景色が見えているようだった。だけど、魔法の行使の為に誰かがその流れに干渉しようとする時、そこに霧のようなものが浮かび上がる。何色なのかと聞かれると困ってしまうような、捕らえ所のない半透明の霧。それは規則正しく対流している事が多い。どんな魔法を発動するのかによって、その対流の速さや大きさが変わる。あくまで勘のようなものでしかないけれど、その対流を見れば、その魔法の意図が何なのか、どんな現象が起きるのかはなんとなく分かる。

 ここまでは、ステラにとっては比較的当たり前に出来る事だった。難易度が高いと言われている攻撃魔法でも、そんな実感はほとんどない。魔力の流れを感じ取る事も、それに自分の意志で干渉する事も、大して練習しないでも修得出来た。

 もしかしたら、夢の中で何度もサイレントコールドとして魔法を使っていたから、そのお陰でいつの間にか修得出来ていたのかもしれないと、ステラはたまに思う事がある。夢の中で伝説の女性になっている時は、山火事を一瞬で消したり、広大な湖を凍らせたりといった魔法を平気で使っている。それに比べれば、目覚めている時に自分が使う魔法は、子供の遊びのようなものだと言える。

 結局は自分の実力が優れているわけではない。夢の中の女性が教えてくれたから、今の自分の力がある。隣にずっと伝承者がいたと言ってもいい。最高の助言者が夢に出てきてくれるのだ。大した才能がなくても、それだけの立派な人に教われば、自分程度の実力はあっという間に得られるだろう。

 ただ、サイレントコールドが自分に与えてくれたのは、魔法の知識だけではない。彼女のような強い生き方がある事。世界には多くの人々や美しい場所がある事。貴族としての価値観しか持ち合わせていなかった自分に、いろいろなものを与えてくれた。それを考えると、本当に自分は恵まれている。最近特にそう思うステラだった。

 しかしながら、いつもいつもそれだけでなんとかなるわけではない。

 それは一般論としてもその通りだけれど、魔法に関しても同じだった。

 ステラは青い瞳を開いた。

 目の前のイスに腰掛けているのは、栗色の髪を緩くウェーブさせて下ろしている女性。紺色と紫のワンピースが、大人の女性である彼女にはよく似合っている。彼女はいつも胸の辺りにルーンのブローチをつけているが、今は外してテーブルの上に置いてあった。

 自分の右手は彼女の左手首を掴んでいる。

 それを離してから、ステラは彼女の顔を見る。目蓋を閉じた彼女は、いつも通りの包容力のある微笑みをしている。

 それに対して、自分があまり明るい表情でない事は、見えなくてもよく分かっていた。

 盲目の伝承者であるフィオナは、ルーンの力を利用する事でその視覚を補助している。今はそのルーンを外しているものの、元々備わっている彼女の能力をもってすれば、向かい合って座る人間の表情を読みとるくらいは造作もない。

 ただ、それ以前に、彼女の身体を魔法の練習に使わせて貰っているのだから、魔法が上手くいかない事は彼女が一番分かっているに違いない。

「難しい?」

 少し首を傾げて聞くフィオナ。どこかあどけない仕草で、それが彼女の魅力のひとつでもあるけれど、ステラは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「・・・すみません。練習させて貰ってるのに」

「それはいいんだけど・・・どの辺りが難しい?」

「身体の中の流れを感じ取る事は出来ていると思うんですけど、干渉する方はちょっと・・・」

「でも、自然の流れの方が、もっと複雑でしょう?」

「それはそうなんですけど・・・」

 どう説明すればいいか考えあぐねていると、フィオナが軽く両手を合わせる

「もしかしたら、私だと少し身体が大き過ぎるのかもしれない」

「え・・・」

 フィオナは小柄というわけではないけれど、もちろん大柄でもない。痩せているわけでも太っているわけでもない。平均的で健康的な体型だと言える。そして、ステラから見れば、大人の女性の魅力を十二分に備えた容姿をしていると思う。

 ステラが声をあげたのは、話の雲行きが怪しくなってきたからだった。彼女が何を言い出そうとしているのか、容易に想像がつく。ステラにとって、フィオナが尊敬出来る女性なのは間違いない。ただ、たまに周囲を慌てさせるような発言をする事があった。

「身体が大きいと、それだけ把握するのも大変かもしれない」

「いや、あの・・・」

 止めるのがほんの少し遅かった。フィオナはテーブルで紅茶を飲んでいる女の子の方を向いて言った。

「ねえ、シャーロット。ちょっと、ステラの練習に付き合ってあげてくれない?」

 言ってしまったと、ステラは内心冷や冷やしていた。

 名前を呼ばれた少女は、ティーカップを静かに置いてからこちらを見る。大きな明るい瞳と肩まであるストレートの黒髪が目を引く可愛らしい少女。子供特有の遠慮のない視線と、変化に乏しい表情。そして、フリルの多い淡い紫のブラウスに包まれた小柄な身体。誰が見ても子供だと思うのは間違いない。

 しかしながら、彼女はステラと同じ16歳。これでも、魔法用品店の店長で、ステラもよくお世話になっている。

 そして、シャーロットが自分の幼い容姿の事を気にしているのは、もはや周知の事実だった。それを気遣って、幼いとか小さいとか、彼女の前でそういった発言をする人はいない。

 それなのに、今のフィオナの発言は、どう考えてもシャーロットの身体が小さいと言っているに等しい。

 機嫌を損ねたのは間違いないと、ステラは確信していた。

 しかし、シャーロットは真顔で言った。

「フィオナの膝の上でいいなら」

 まさに子供だ。ステラは最初にそう思ったものの、なんとか心中に留める。

 そんなステラをよそに、フィオナは少し困ったように答えた。

「それだと余計難しくなるから・・・」

「でも、私だけだと、ステラが失敗した時に対処出来ない」

 ほぼ全てのジーニアスは、自分の体内の魔力を把握している。フィオナの身体で治癒魔法の練習をさせて貰っているのは、万が一ステラが魔法に失敗しても、彼女なら咄嗟に対処出来るからだった。

「あ、本当。じゃあ、えっと・・・」

「私がフィオナの膝に乗る。ステラが私の身体で練習する。フィオナがそれをサポートする。これで完璧」

 淡々と述べるシャーロットの言葉を受けて、フィオナがこちらを向いた。

「という事なんだけど、それでもいい?」

「え?あ、はい・・・」

 反射的に頷くステラ。しかし、そもそも身体の大きさ程度の事で、それほど治癒魔法の難易度が変わるとは思えない。だから、今のままフィオナで練習させて貰ったとしても、それはそれで問題ない気がする。

 ただ、シャーロットから無言の圧力があったような気がしたので、結局ステラは何も言わない事にした。

 了承されたと分かるや否や、シャーロットはこちらまで歩いてきて、当然のごとくフィオナの腰の辺りに抱きつく。フィオナも慣れた様子でそれを受け止めて、優しく頭を撫でた。

 その甘えっぷりに言葉が出ないステラを置いてきぼりに、しばらく母娘のようなスキンシップが続いた。その後でようやく、シャーロットはフィオナの膝に座ってこちらを向く。それを後ろからフィオナが支える。さすがというべきか、シャーロットはその体勢が不自然ではないくらいには小柄だった。

 いつもの無表情だったけれど、気のせいか、シャーロットの雰囲気が僅かに明るいように感じた。

「どうぞ」

 シャーロットの言葉に、ステラは慌てて返事を返す。

「あ、はい。じゃあ、あの・・・お願いします」

 右手で彼女の左手に触れる。結局のところ、フィオナの膝に乗りたかっただけなんだろうなと思いながら。

 目を閉じて、シャーロットの体内の流れに意識を傾けるステラ。

 ジーニアスではないからなのか、フィオナに比べると乱雑さが目立つ流れをしている。しかしながら、やはり身体が小さいからといって、特別簡単になるというわけでもなかった。

 そもそも、流れを感じるだけなら問題はない。自分の身体の流れはいつも感じられるし、一般的に言われるように、自然の流れよりも人の体内の流れの方が整然としているので分かり易い。ステラが苦戦しているのは、その先のステップだった。

 他人の身体にどう干渉したらいいのだろう。

 確かに同じような人の流れをしているのに、自分と他人だとどこか勝手が違う気がする。自分の身体には出来る事でも、他人の身体には躊躇してしまう事が多い。もちろん他人の身体だから間違えたらいけないというプレッシャーもある。しかし、それだけではない。

 なんとなく、鏡を見ているようだとステラは思った。現実の世界と、鏡の向こう側の世界。左右が違うだけなのに、言いようのない違和感がある。その感覚とどこか似ている。

 いくら小柄でも、ずっとシャーロットを膝に乗せていたら大変に違いない。そう思って、ステラはしばらくして休憩を申し出た。ほとんど上手くいかなかったけれど、結局のところ、違和感に慣れる以外には方法がなさそうだった。どんな事でも、慣れるにはそれなりの時間がかかる。焦っても仕方ない。

 シャーロットが少し名残惜しそうな表情を見せたのをステラは見逃さなかったものの、彼女は何も言わずにあっさりと従った。

 イスから立ち上がってから、テーブルの上に置いてあった青いルーンのブローチを胸につけたフィオナは、紅茶を淹れ直してくれた。

 3人はダイニングテーブルを囲って、しばらくその紅茶を味わう。今日は甘い香りがした。なんとなく子供っぽい香り。もしかしたら、シャーロットに合わせたのかもしれない。

 午後の日差しが部屋に差し込んでいる。

 もうすぐ夏が来る。仲間であり、北の山奥の村で育ったレオンが、最近よくそう口にする。しかしながら、もっと暖かい土地で育ったステラにしてみれば、今はまだ春の入り口と言ってもいいような暖かさだった。まだまだ夏は先のような、そんな印象がする。

 夏はあっという間に終わる。これは皆がよく言う言葉だった。その後には秋が来て、そして長い冬が待っているという。その冬を見てみたいと、ステラは常々思っていた。あの真っ白で、綺麗な雪景色を見てみたい。

 まるでソフィのような色。

 自然とステラは微笑む。

「どうしたの?」

 フィオナがこちらを見て聞いた。その表情に負けないくらい、優しい聞き方だった。

 カップから手を離してから、ステラは答える。

「あ、いえ。ちょっとソフィの事を思い出して」

「ソフィって・・・あ、そういえば、シャーロットが話してたあの子?」

 コクリと頷くシャーロット。

「レオンが今も忘れられない、初恋の女の子の名前」

「あら。そうなの?」

 その疑惑はステラも気になるところだったけれど、とりあえず訂正しておく。

「そうじゃなくて・・・ビギナーズ・アイから連れて帰ってきたカーバンクルなんです。連れて帰ってきたというより、レオンさんに懐いてしまって、一緒に出てきただけなんですけど」

 自分にはあまり懐いてくれないので、それが少しショックだった。それでも、最近は少しずつ慣れてきたようで、たまにこちらを見てくれる。それがまた可愛らしい。

 フィオナは少し小首を傾げる。

「じゃあ、ソフィって名前もレオンさんが付けたの?」

「あ、はい。初恋の人の名前なのかは、まだ分かりませんけど」

「へえ、そう・・・」

 珍しく、フィオナは何か考えているような表情だった。

「・・・どうかしたんですか?」

 気になったステラが聞くと、フィオナは少しだけ首を捻る。

「大した事じゃないんだけど・・・」

「はい?」

「ソフィって名前、どこかで聞いた事があるような・・・」

 一瞬思考が止まったステラ。完全に予想外だった。

 それでもすぐに聞いた。そんなつもりはなかったけれど、少し身を乗り出していた。

「ど、どこでですか!?」

 16年も前のお祭りで、自分の叔母に会った事を覚えていたのもフィオナだった。しかも、その時はまだ魔法的感覚の扱いに慣れていなくて、視覚がほとんど機能していなかったらしい。普通の人とは違う視点でものを感じ取っていたから、その記憶も普通の人とは違うようだ。誰も覚えていない人の事でも、フィオナなら覚えている可能性がある。

 しかし、よほどおぼろげな記憶なのか、フィオナはすぐに思い出せないようだった。

「・・・思い出せない。シャーロットから初めてソフィって聞いた時も、そんな感じがしたんだけど」

 16年前の記憶よりも、もっと曖昧な記憶らしい。もっとフィオナが幼かった頃の事なのか、それとも、よほど印象の薄い人だったのか。

 イスに座り直してから、ステラはまず自分の気を落ち着ける。自分の冷静さを確認してから、フィオナに言った。

「何か手掛かりみたいなものは・・・ちょっとでも言葉にしてみれば、何かの弾みで思い出すかもしれませんし」

 軽く頷くフィオナ。

「そうよね・・・でも、手掛かりって言われても、女の人の声って事しか分からないけど」

「ソフィさんがですか?」

 名前の語感から言っても、きっとソフィは女性だと思われた。だから、あまり有意な手掛かりとは言えそうもない。

 そう思っていたステラに、フィオナは首を傾げながら言った。

「そうじゃなくて、私は聞いただけだから」

 すぐに意味が分からなかったステラだったが、しばらくして、シャーロットが聞いた。

「・・・つまり、誰か女の人がソフィって口にするのを聞いただけ?」

 そちらを見てあっさり頷くフィオナ。それを見て、ステラも納得する。

「ソフィさん本人の声じゃないって事ですか・・・」

 そうなると、ソフィという人物の直接的な手掛かりはないに等しい。

「ちなみに、どんな声?」

 あまり興味がないのか、淡々とシャーロットが聞いた。

 まだ記憶を辿っている様子のフィオナは、しばらくしてから、気がついたようにその質問に答えた。

「あ、えっと・・・どんなって聞かれても困るけど、子供でもお年寄りでもないと思う。敢えて言うなら、イザベラさんみたいな声かも」

「イザベラさん・・・」

 テキパキと喋る人で、少しハスキーな声と言えるかもしれない。それでも、そこまで特徴のある声ではない。厳しいお母さんといった印象の声だ。

「でも、イザベラさんとは違うと思うけど・・・」

 またそこで考え込むフィオナ。

 ステラは少し気が引けた。ソフィがいったい誰なのか気になるところではあるけれど、そこまで重要な事とも思えない。ただ興味があるだけだから、そこまでして思い出して貰う必要はどこにもない。

「あの、そんなにして思い出して貰わなくても大丈夫です。そのうちはっきりすると思いますから」

 はっきりさせるのは、きっとベティに違いない。そういう予感がなんとなくあった。

 それでもまだ考え込んでいたフィオナだったけれど、やがて諦めたように微笑んだ。

「分かったら教えてね。私も思い出したら話すから」

「はい」

 精一杯の微笑みを返すステラ。

 しかし、そこでシャーロットが意外な事を言い出した。

「サイレントコールドは?」

 あまりに唐突で、そして端的過ぎる質問だった。

 こちらを真っ直ぐに見て、シャーロットは淡々と述べる。

「レオンとフィオナに共通点があるとしたら、サイレントコールドだと思ったから。2人とも、ソフィって言葉を聞いた事があるみたいだし」

 伝説の冒険者であるサイレントコールドことイブは、この近くの山奥にある村の出身。レオンはまさにその村の出身で、フィオナは前世がサイレントコールドだ。

「あ、本当ですね・・・」

 そう答えながら、ステラは自分の記憶を辿る。かく言う自分も、前世がサイレントコールド。もしかしたら、ソフィという単語を聞いた事があるかもしれない。

 ただ、夢の中の記憶でしかない上に、前世とはいっても、伝説の冒険者の一生を丸ごと体験しているわけではない。フィオナとは見ている記憶が違う。

 しかしながら、ステラの心には引っかかるものがあった。

 聞いた事がないとは完全に言えないような気がする。それは記憶の問題というよりも、感覚的なものだった。ソフィという言葉を聞いた事はない。しかし、その言葉が身体に馴染んでいるような、慣れ親しんでいるような、そんな感覚がする。

 ただ、それ以上の事は分からない。

 しばらくしてフィオナの表情を窺ってみたけれど、どうやら彼女も同じのようだった。

「・・・やっぱり分からない。でも、やっぱり悲しい」

「悲しいんですか?」

 反射的に聞き返したものの、何故かステラもそんな気がしたので、自分で驚いた。

 フィオナは少し寂しげな表情だった。

「分からない。でも、他の誰にも見せたくないような悲しい記憶だったのか・・・それか、もしかしたら私には分からない感情なのかもしれない。だから、説明できないだけかも」

 その仮説は、ステラにも頷けるものがあった。

「あ、私も・・・私もたまにそう思う時があります。イブさんの感情が伝わってくるのに、それを受け止められない。自分には分からなくて、心の中に閉じこめておけない事があるんです。ただなんとなく、寂しいとか悲しいに近いような気がするってだけで、イブさんとひとつになりきれてないって思うんです」

 夢の中で雪景色を見ている時がそうだった。確かに美しさに心奪われているのに、それだけではない感情。フィオナが言うように、もしかしたら悲しい感情なのかもしれない。それでも、悲しいとは少し違う気がする。懐かしいや、清々しいが混じっているような、とにかく複雑な感情だ。きっと、ステラがまだ体験した事のない感情なのだと思う。

 だから結局、まだ分からない。

「ステラの記憶はいつ頃のものなの?」

 優しくフィオナが聞く。もういつもの表情。むしろ、いつもよりも一段と温かい表情かもしれない。

 少し微笑んで見せてから、ステラは考える。

「えっと、多分20代くらいだと思います。冒険者として活躍されている頃で・・・フィオナさんは?」

「私はもっと上の頃。お婆さんって程じゃないけど、もう冒険者としてはほとんど活動してない頃ね」

「あ。という事は、レオンさんの村に帰っている頃ですか?」

「そう。だから、お花に水をあげたり山に出かけたり、自然と話をする毎日。後は、料理とか洗濯とか、ほとんど普通の生活」

「へえ・・・フィオナさんがお花を育てているのも、その影響ですか?」

 にっこり微笑むフィオナ。

「そうかも」

 彼女の屈託のない笑みに、ステラもつられて笑顔になる。

 そこでふと、フィオナの裾を引っ張る手があった。

 フィオナがそちらを向く。ルーンの力がなくても、きっと彼女には分かっただろう。

 裾を引いたのはシャーロットだった。心なしか、いつもよりも一段と憮然とした表情の気がする。

「・・・つまらない」

 ぽつりと一言。

 顔を見合わせたステラとフィオナ。

 そして、同時に吹き出してしまった。

「・・・なんで笑うの」

 仏頂面でそう呟くシャーロットを見て、また笑いそうになってしまったけれど、ステラはなんとか堪えた。

 首を傾げてフィオナが聞いてくる。

「可愛いでしょ?」

 答えは決まっている。

「そうですね。これ以上ないくらいに」

 今ならぎゅっと抱き締められる。本気でそう思ったステラだった。カーバンクルも愛らしいけれど、今のシャーロットなら負けていない。

「よく分からないけど、私も参加出来る話にして」

 少しそっぽを向いて、小さな声で言うシャーロット。

 フィオナは両手を軽く合わせる。

「そうそう。シャーロットの前世って凄いの。聞いてあげて」

「え、本当ですか?聞きたいです」

 意識しなくても、優しい声になった。

 ほんの少しだけれど、口元が綻んだように見えるシャーロット。それを見て、胸の奥の何かがくすぐられる。病みつきになるかもしれないと、少し自分を心配した程だった。

 これも、自分にはまだよく分からない感情。

 だけど、伝説のあの女性ならばきっと理解出来る感情。

 大人になっていくうちに、もしかしたら理解出来るかもしれない。

 ソフィという言葉はその入り口なのかもしれない。

 この時一瞬だけ、だが確かに頭の中にその言葉が過ぎったステラだった。



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