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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第1章 自治都市ユースアイ
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名店の看板娘



 自称、ガレット酒場の看板娘のベティは、気さくというよりは、かなりの話好きな人だった。

 なんとか豪華ランチを攻略したレオンを待っていたのは、彼女との苛烈なトーク。質問責めのフルコースだった。レオンを武器屋まで案内してくれる道すがら、彼女の口が休む事はない。全く遠慮のない視線と物言いに圧倒されて、レオンは個人情報のほとんど吐露する羽目になっていた。

 他にも、村の事、家族の事、友達の事、さらには、気になった女の子の事まで。

 そして、レオンがなるべく言うまいと思っていた事も、あっという間に暴露させられた。

「へえー。それって、記憶喪失みたいなものじゃない?」

 石畳の道から、脇道に入った所だった。

 ベティがそう評価したのは、前世を見た事がないというレオンについてである。

「記憶喪失ですか?」

「そうそう。こう・・・なんていうの?強いショックとか受けたら、人って記憶を忘れちゃう事があるみたいなんだ。私が懲らしめてやった奴らが、よく言うのよねー。あの日の事が思い出せないって」

 それは思い出せないのか、それとも思い出したくないのか。いずれにしても、聞いてて楽しい話ではなさそうだ。

「前世がない人っていうのは、ちょっと聞いた事ないし。だから、忘れてると思うのが普通なんじゃないかなー。案外、お父さんに1発貰ったら、ショックで思い出すかも。やってみたら?」

「え、いや・・・1年経ってもダメだったら、その時はお願いします」

 ベティは可笑しそうに笑う。屈託のない笑い方だった。

「分かったー。その時は私も加勢してあげる」

「やめて下さい。そもそも、一発だけなのに、どうやって加勢するんですか」

「特別製の重いやつを貸してあげる。それで、ドカンと・・・ね?」

 何か、ハンマーみたいな物を振り下ろす仕草。

「ねって言われても・・・逆に現世の記憶も忘れてしまいそうなので、出来たら素手の方でお願いします」

「あ、ここだよー」

 レオンの言葉を華麗にスルーして、ベティは足を止めた。

 彼女のすぐ脇に建っているのは、普通の民家をさらに縮小したような、はっきり言って小屋みたいな所だった。レオンも立ち止まって、そこをまじまじと見るが、見れば見るほどこじんまりとした建物である。看板のような物もどこにもない。小屋自体は石を積んで造ってあるようだ。

「・・・ここ、何ですか?」

 ベティはその言葉も無視して、その小屋のドアを無造作に開けた。 

「たのもー」

 そう言って、レオンの腕を掴んで小屋の中に引きずりこんでいく。

 引きずられるまま中に入ったレオンだったが、中を見ても、そこが何なのか分からなかった。狭い室内には大きい台と椅子が2つあるだけ。商品らしきものもない。レオンたちが入ってきたドアとは反対側、台を挟んだ向こう側に同じ大きさのドアがあるが、他には窓すらない。

 だが、人間なら1人だけいた。

 台にもたれ掛かるようにして、奥の方を向いていた少女が、こちらを振り返る。

 一瞬少年だろうかと思うほどの中性的な顔立ち。服装も、白いシャツの上にポケットの多い黒のベストという、どちらかというと男性的なファッションである。それでも彼女を女性だと思ったのは、整った小さな顔と線の細い身体、そして、ベティと同じポニーテールからだった。ただし、髪色はやや赤みがかったライトブラウンで、瞳の色も明るい。凛々しい顔立ちとギャップがあって、どこか不思議な印象がした。

 少女は一瞬だけこちらを見たが、すぐベティに視線を戻した。

「何?あれならまだ出来てないよ」

 容姿は少年っぽいが、声は確かに女性のものだ。

「そうじゃなくて、彼、今日見習いで来たんだ。だから、鎧の注文」

「何?」

 少女がこちらを見る。レオンはとりあえず、挨拶した。

「どうも初めまして。レオンと言います」

 こちらをまじまじと見る少女。なんとなく気まずかったが、とりあえず黙っている事にする。

「・・・なんか弱そうだけど、大丈夫なの?」

 やっぱりそう見えるんだなあと、レオンはちょっと落ち込んだ。

「さあ?一応お父さんがオッケー出したから、たぶん大丈夫なんじゃない?」

「ガレットさんが?へえ・・・」

 信じられないといった表情だった。そんなに弱そうに見えるのだろうか。

「まあ、そんなわけだから、鎧作ってあげて。出来るだけ軽くて丈夫なやつ」

「そんなの当たり前。みんなそう言うよ。もっと詳しい注文はないの?」

「そうだねー。とりあえず、あんまり重い鎧は無理なんじゃないかって・・・後は、初心者だから、安くて適当なやつでいいんじゃないかなー。どうせすぐ壊すだろうし」

 酷い言われようだったが、もしかしたら、最初はすぐ壊れるのものなのかもしれない。

 だがやっぱり、その注文ではダメだったようだ。少し呆れたような顔をして、少女は奥のドアに手をかけた。

「父さんに聞いてくるから、ちょっと待ってて」

 そう言い残し、少女は扉の向こうに消えた。

 小屋の中は静かになる。

 レオンはベティに聞いた。

「あの・・・父さんっていうのは?」

 ベティは不思議そうな顔で聞き返す。

「父さんって、父親の事だけど?」

「それくらい知ってます。さっきの人のお父さんは何をしてる人なんですか?」

「武器屋っていうか、鍛冶職人なんだ。向こうに工房があるの。ここは、一応店なんだけど、商品は陳列しないんだって。注文貰ってから作りたいんだってさー。その人に合った物しか作りたくないからって」

「へえ・・・」

「すごいんだよー。ジェフさんは、王様から賞を貰った事もあるんだから」

「本当ですか!?」

 ベティはあっさりと言ったが、それはもの凄い事なんじゃないだろうか。王様直々に賞を授与される事なんて、滅多にない事のはずである。

「だから、たまに遠くからお客さんが来る事もあるんだ。よかったね。そんな人に武器とか鎧の面倒をみて貰えて」

「あ、はい。僕にはもったいないような気もしますけど」

「そんな事ないと思うなー。あの一家は、みんなマニアなんだよ」

「マニア?」

「そうそう。あの家は・・・」

 そこで、奥のドアが開いた。顔を出したのは、先ほどの少女である。

「こっちに来て」

 何の前置きもなしにそう言われたので、レオンはすぐに反応出来なかったが、ベティの方は慣れた様子で少女の方に歩き出す。

 それを見て、少女の方が止めた。

「ベティ。その格好で入るの?」

 言われた本人は立ち止まって、自分の服装を確認する。淡いピンクの厚手のワンピースに、白いエプロン。春らしい装いだと言える。

「まあ、いいんじゃない?余所行きってほどじゃないし」

「汚れたら大変だよ。着られなくなってから後悔しても遅いんだからね」

「怖いこと言うなあ」

 ベティが迷っているところを、レオンは始めて見た。服の事は気になるのだろう。やっぱり女の子なんだなと、失礼な感想を抱いてしまった。

「分かった。私、留守番してるね。ジェフさんによろしく」

「はいはい。誰か来たら、適当に接客しといて」

「適当でいいのー?」

「適当がいいの。変な注文だけはとらないで」

「変な注文って、どんな注文?」

 そこで少女は口ごもった。若干だが頬が朱い事に、レオンは気付いた。

「・・・とにかく、よろしく。レオンさんは、こっちにどうぞ」

 そう言って、少女は扉の向こうへ消えてしまった。

 いったい何があったのだろうかと思って、レオンはベティの顔を見たが、彼女はいつもの微笑みを返すだけだった。少し悪魔的な笑みだったかもしれないが。

 とりあえず、それは見なかった事にして、レオンも奥の扉を開ける。

 そこは屋外だった。すぐ前に下り階段があって、その終点の先に金属製の扉がある。その扉の前に少女が立っていた。

 レオンはそこまで歩いていく。

 どうやらそこは、地面をくり抜いて作った地下室のようだ。石の壁面に鉄の扉。レオンの村にはない、立派な物だ。

 扉の前まで来ると、熱気のような物を感じた。それと同時に、金属を叩くような音もはっきりと聞こえてくる。

「服が汚れるかもしれないけど、それくらいは大目に見て」

 少女はにこりともしなかったが、冷たいというよりも、むしろ格好いいと思った。不思議な感覚だ。

「あ、はい。それは平気です」

「あと、なるべく静かにしてて」

「静かにって?」

「父さんは仕事中なので」

「あ、なるほど」

 レオンは頷いた。鍛冶仕事の邪魔をしないでくれという意味だろう。

 それを見て、少女は扉を開けた。重そうな扉に見えたが、少女はそれを軽々と開ける。

 中はまさに鍛冶場そのものだった。それも、レオンの村の物とは比べものにならないほどの広さである。一番奥に炉があって、鍛冶台が3カ所。他の場所には、注文された物なのか、金属製品が所狭しと並べられている。鎧や剣といった物はもちろん、鎌や鍬といった農具もある。

 その鍛冶台の一カ所では、男性がまさに鍛冶作業中といった様子だった。剣か何かだろうか、細長い金属を炉に入れて軟らかくしてから、鍛冶台に移して叩く。しばらくして、それをまた炉に戻すといった作業をしている。

 レオンはその流れるような作業にしばらく見入っていたが、少女がいつの間にか室内に入っているのを見て、慌てて自分も中に入った。

 服が汚れると忠告されていたが、恐らくそれは避けようがないだろうと思われた。目に見えるくらいの煤が宙を舞っているのが見える。

 レオンが室内に入ったのを確認してから、少女は作業中の父親に声をかけた。

「父さん」

 すると、男は手を止めてこちらを見る。

 レオンが想像していたよりも、ずっと小柄な男性だった。少なくとも、ガレットさんに比べたら子供のようなものだろう。だが、身体は引き締まっているし、腕も十分逞しい。鍛冶職人としての風格は十分にあった。

 男はしばらくレオンをじっと見つめる。見えているのかいないのか、分からないくらいの細い目である。ついでに言うと、髪が全くない。ベティと少女が同い年くらいだろうから、この男性とガレットさんも、そう年代は変わらないはずだが、まだ毛がふさふさのガレットさんに比べると、この男性はだいぶ老けて見えた。 

 しばらくレオンの身体を観察した男性は、ふっと視線を少女に移し、そして再び作業に戻ってしまった。

 何だったんだろうと思っていると、少女が突然こう言った。

「もう終わり」

「・・・はい?」

「出ましょう」

 少女はスタスタと歩いて、扉から出て行ってしまった。

 仕方なく、レオンもそれについて行く。

 そのまま階段を上ろうとする少女を追いかけながら、レオンは聞いた。

「あの・・・今のは何だったんですか?」

 少女は振り返りもせずに答える。

「父さんはあれで大抵の事が分かるの。武器は5日くらい。鎧は2週間くらいで出来ると思う。だから心配しないで」

「心配っていうか・・・例えば何が分かるんですか?」

 見ただけで、何が分かるというのか。

「身体とか靴のサイズとか、手の大きさとか、あと、使いこなせる武器とかも」

「・・・どうしてそんな事が分かるんですか?」

「プロだから」

 そんなにプロって凄いのか。

「でも、使いこなせる武器なんて、自分でもよく分かりませんけど」

 レオンは村にいた時に、剣や弓に一通り慣れるくらいの訓練はしたが、専門家がいたわけではないので、まだ初心者くらいの腕しかない。

「体つきでだいたい分かるんじゃない?私も詳しくは知らないけど」

 もしかしたら、適当なのかもしれない。

 レオンはちょっと心配になったが、よく考えたら、武器や鎧を仕立ててくれるだけでも十分恵まれた話である。ここであれこれ注文するのも、おこがましいだろう。

 そう納得した頃に、少女が階段を上りきって扉を開ける。

 そこでレオンは初めて気づいた。

 小屋の中から男性の声がする。もしかして、お客さんだろうか。

 レオンも階段を上りきって室内を覗いてみると、やはり男性がいた。

 彼はすぐにこちらに気づいたようだ。

「あれ?見ない顔だね。お客さん?」

 彼が聞いているのは、ベティではない少女の方である。だが、答えたのはベティだった。

「そう。今日来た冒険者見習いなんだ。だから、そのうちラッセルのところにも行くと思うよ」

「ああ、そうなんだ」

 そこで、ラッセルと呼ばれた青年は納得したように微笑んだ。背が高いが、濃い瞳と髪をしていて、真面目で誠実そうな青年である。彼は黄土色のエプロンをしていて、両手でやっと持てるくらいの大きさの木箱を抱えていた。

「それ、注文してたやつ?」

 聞いたのは明るい髪の少女である。

 青年は嬉しそうな表情で答える。

「そうなんだよ。やっと届いたから、すぐに持ってきたんだ。ずっと待たせてたから、申し訳がなくて・・・とにかく、中身を確認してくれる?」

 そう言って、ラッセルは木箱を少女の前の床に置いた。少女はすぐに蓋を開けて中身を調べ始める。中に入っていたのは鉱石の様だった。だが、鉄とか銅というわけではなさそうだし、明らかに精錬前である。そのままでは使えないはずだから、自分達で精錬するのだろうか。

 ラッセルはそんな少女をしばらく見てから、レオンの方を向いた。

「僕はラッセル。冒険者向けの道具屋をしてるんだ。ダンジョンに挑戦する頃になったら、いろいろ道具が必要になると思うから、その時にはよろしく」

 すごく話しやすそうな人だった。

「僕はレオンです。その時はよろしくお願いします」

「ラッセルは店長なんだよー。それも、結構やり手な」

 ベティの言葉に、レオンは驚いた。レオンとそう変わらない歳に見える。少なくとも、20歳は越えていないはずだ。

 ラッセルは照れたように頭の後ろに手をやる。

「やり手ってほどでもないけど・・・前の店長だったお爺さんが引退したから、成り行きで僕が店長なだけで、そんなに腕があるわけじゃないんだ。僕が作った店じゃないからね」

「でもさー、仕入れ代行みたいな事まで始めてるし。それって、なかなか才能がないと出来ないと思うなー」

「それだって、お爺さんのコネがあったからだしね。道具屋というよりは、便利屋みたいなものだと思って貰えればいいよ。レオン君も何か特定の素材が欲しくなったら、僕に言ってくれれば都合出来るかもしれないから、その時はよろしく。もっとも、そこまでギルドは面倒みてくれないから、取り寄せた素材はタダではないけどね」

 そこで、鉱石を調べていた少女が木箱の蓋を閉めた。

「うん。これならたぶんいける」

 ラッセルがすぐにそちらを向いた。

「よかった。じゃあ、下まで運んでおくよ」

「それくらい、私がやるから・・・」

「いいよ。こんな重い物持って階段で転んだら、怪我じゃ済まないかもしれない。そんな事をお得意様にさせられないよ」

 ラッセルはそう言って、木箱を持ち上げた。そのまま奥のドアに向かい、それを足で開けて、ドアの向こうに消えていった。それを後ろから少女が追っていく。

 どういうわけか、それを見届けたベティがクスクスと笑い出した。

「・・・どうかしたんですか?」

 レオンが聞くと、ベティは意味ありげに微笑む。

「ラッセルも、なかなか頑張るよねー」

「え?まあ、仕事頑張ってますけど」

「そうじゃなくてさー・・・レオンは、リディアの事どう思う?」

 リディアという名前に心当たりがなかった。

「誰ですか?」

「あ、まだ言ってなかった?さっきまでいたのが、ジェフさんの娘のリディア。ここの受付と、あと、細かい装飾品とか作ってるんだー」

 明るい髪と瞳をした、中性的な顔立ちの少女。彼女の名前がリディアという事らしい。物言いがつっけんどんな感じだが、それが格好いいと思わせる不思議な印象の少女だった。細かい装飾品とは、アクセサリーとかの事だろうか。

「へえ・・・そのリディアさんがどうかしたんですか?」

「だから、レオンはリディアの事、どう思った?」

「どうって言われても・・・なんとなく格好いい人ですね」

 レオンがそう言うと、ベティが何度か頷いた。

「そうそう。まあ、そういう事なんだ」

「・・・どういう事ですか?」

「だいたい分かるでしょー?」

「全然分かりませんけど」

 その言葉に、ベティが苦笑する。珍しい表情だった。

「レオンはさあ・・・」

「はい?」

「人生の楽しみを、半分くらい損してると思うな」

 レオンはその言葉に首を捻るばかりだった。



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