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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第4章 カーバンクル・ソフィ
39/114

グリーン・アウトライン



「上手上手!」

 子供達の笑い声に混じりながらも、はっきりと聞こえるベティの楽しそうな声。

 四肢が草原を蹴る軽快なリズムを身体で感じながらも、レオンは自分で驚いていた。

 まさか、こんなにあっさり走らせられるなんて思わなかった。

 町を少しだけ東に出た辺りに、ハワードが管理している牧草地がある。ユースアイから見る風景といえば、基本的に荘厳な山々という事になるが、ここからは遠くに大きな湖を臨む事も出来る。草木の緑の中に浮かぶ涼やかな青色はとても鮮やかで、時期によっては霧に包まれて幻想的な光景になるという。時折増水して氾濫する事があるから、ユースアイは少し高地であるこの場所にあるという話だが、景色を楽しむという意味でも、なかなかいい選択だったかもしれない。

 それはそれとして、レオンは一面緑の草原地帯を駆けている。正確には、駆けているのは、レオンが乗っている馬なのだが。

 ハワード先生に乗馬について指導して欲しいと頼みに行ったのが、つい2時間程前である。

 乗馬というか、動物に騎乗する事について、レオンはほとんど知識がない。だから、まず知識から覚えなければならないと思っていたのだが、その予測は見事に外れた。

 相談に行ったその1時間後には、既にこの場所に着いていた。そして、ハワードはすぐにレオンと馬を引き合わせた。ブラウンというよりも、ほぼ黒と言ってもいい、どこか精悍な印象の馬である。ちなみに、名前はシルバで、性別は雄という事だった。

 そのままいくつか馬との触れ合い方を教えて貰う。とはいえ、実はレオンは、馬に乗った事はなくても、世話をした事ならあった。だから、その辺りの予備知識はあったので、新しく覚えるような事はなかった。

 次にハワードが言ったのは、次の一言だった。

「乗ってみろ」

「・・・はい?」

 聞き返したレオンに、彼は淡々と言葉を返す。最近気付いた事だが、彼は先生である時とそうでない時に、話し方というか印象がガラッと変わる。最初レオン達に応接間で話をしてくれた時の彼は優しい感じがしたのだが、今のように先生として接する時は厳しい印象が強い。

「乗りに来たんだろう?早く乗れ」

「いや、でも・・・いいんですか?」

「嫌だったら馬が勝手に振り落とす。だから心配ない」

 それは心配ないのだろうかと少し疑問だったが、従う以外にはなさそうだった。

 乗ると言っても難しい事ではない。少し撫でてやってから鞍に片足を掛けて、それから跨がるだけである。

 その後、一応ハワードから簡単な説明があった。しかし、最終的に彼が言いたかったのは、どうやらこの一言だったようだ。

「身体で覚えろ」

 馬に跨がったまま、レオンは目が点になった。

「・・・えっと、まあ、確かに身体で覚えますけど」

「足と手綱で馬に指示すればいいだけだ。後はとにかく身体のバランスだ。以上」

 それっきり、彼は他の子供のところへ行ってしまった。レオンの為だけにここまで来てくれたわけではなくて、学校の授業のついでなのである。ハワードの学校では、希望者には乗馬訓練をさせてくれるのだ。聞いた話では、結構大人気の授業らしい。

 仕方ないので、レオンは1人で馬を歩かせてみた。ハワードの言ったとおり、馬に指示する手段は基本的に2種類しかない。自分の足で馬の腹の辺りに刺激を加える事と、手綱を操作する事のふたつだ。ただ、本当にこれだけなのかは分からない。レオンが初心者だから、いろいろ教えるとややこしくなると思って、簡略化した指導なのかもしれない。

 後は、馬の揺れに慣れる事。つまり、振り落とされない事である。

 レオンが持っていた知識は、結局それだけである。

 しかし、それでどうにかなったのだから、驚き以外の何者でもなかった。

 草原を駆ける馬から伝わる軽やかなリズム。身体をすり抜けていく爽やかな風。

 どちらも心地いい。

「上手いなー。もしかしたら、私よりも上手いかも」

 明るい声が聞こえる。

 馬の足を止めてそちらを見ると、木の柵の向こう側で、横に足を投げ出して座っているベティの姿が見えた。彼女も後で馬に乗ろうと思っているのか、今日はブラウンのズボン姿である。

 その周りには、5,6歳くらいの小さな子供が7,8人群がっていた。ベティの脇にはサンドイッチが入っているバスケットと、丸くなって寝転がっている2匹のカーバンクルがいる。レオンの方を見ているのはベティだけで、他の子供は妖精達を撫で回して遊んでいるか、ベティの膝でうたた寝をしているか、そのどちらかだった。

 2匹の妖精のうち、1匹は白い体躯のソフィである。そしてもう1匹は、ハワード先生の妖精で、名前はサイ。オレンジの体躯に黒い瞳をしていて、レオンが見たのは今日が初めてだった。不思議な色の組み合わせだが、どこか花のような鮮やかさがある。

 もう1人、ブロンドの少女の姿が見えないので、レオンは少し声量を上げてベティに聞いてみる。

「ステラはどうしたんですか?」

「あ、ほら。向こうで練習中」

 ベティは普段通りの声で答える。彼女の声はよく通るので、それでも問題なく聞こえた。

 彼女が指さした先では、ステラも乗馬の練習中だった。もっとも、彼女は経験者なので、勘を思い出しているだけだろう。背筋がピンと伸びていて、なかなかさまになっている。

 そこで、ハワードが戻ってきた。

「もう慣れたか?」

「はい。なんとか、普通に走らせるくらいは・・・」

「私より上手いかもー。もしかしたら、大会に出られるんじゃない?」

 そこまで評価されるとは思わなかったので、レオンは少し照れた。

 その様子を見て、やや目を細めて感心したような声を漏らすハワードだったが、それも一瞬だけだった。

「冒険者が駄目だったら勧誘してみよう」

 喜んでいいのか、判断しかねる言葉だった。

「それはそうと、今日はそれくらいにしておけ。初心者を乗せたのだから、馬も気を遣っているはずだ」

「あ、分かりました」

 それもそうである。そこで今日の練習は終わりにする事にした。

 馬を下りてから、軽く撫でて労をねぎらってやる。気のせいかもしれないが、確かにシルバは少し疲れているようだった。それでも、初心者のレオンにここまで付き合ってくれたのだから、感謝しなければならない。

 ハワードに馬を任せて、レオンはベティのところまで戻った。

「・・・ソフィ、大丈夫ですかね」

 まず一番にそれを聞いてみると、ベティは笑った。

「平気じゃない?カーバンクルなんだから、嫌だったら逃げると思うし」

 ソフィとサイは子供にも大人気で、何か御利益があるのかと勘違いされそうなくらい、凄い勢いで全身を撫で回されている。その手付きにあまり手加減が感じられなかったので、少し心配になったのだ。

 しかし、どうやら2匹の妖精は眠っているようだ。つまり、眠れないくらい不快というわけではなさそうである。

 ただ妖精と触れ合っているだけなのだが、子供達の表情は、これ以上ないというくらい楽しそうだった。ここに着いた時からずっと、笑い声が絶え間なく続いている。ベティの膝では女の子が眠っているのだが、きっとこの喧噪が普通になっているのだろう。目を覚ます気配はない。

 ベティの正面に腰掛ける。そして、そんな子供達の様子を眺めた。

 どこまでも続きそうな広々とした草原。こういう開放的な場所に来ると、何もなくとも、子供ならばこんな風に笑顔になるのかもしれない。そして、遊び疲れてしまっても、ここならば気持ちよく眠れるだろう。開放感にワクワクする感覚。広大な自然に抱かれて眠る安らぎの感覚。どちらとも、確かにレオンも持っている感覚なのに、子供達ほど素直になれるわけではない。なくしたわけではないのに、その差はどこからくるのだろうか。

「レオンって、子供好きなのー?」

 不意の声に我に返ると、ベティの笑顔があった。ズボン姿ではあるが、上は白地に緑の刺繍が入ったブラウスを着ている。そして、いつものポニーテールとやや切れ目の大きな瞳。どちらもブラウンだが、緑の背景によく映えている。

「えっと・・・嫌いではないですけど」

「そっかー。私は結構好きなんだよね。なんていうか、たぶん波長が合うんだと思うけど」

「・・・なんとなく、そうだと思ってました」

 彼女は子供みたいに素直な性格なのだ。きっと感覚も近いに違いない。

「そう言うレオンも、結構子供だと思うけどなー」

「そうですか?」

 自分では自覚がない。だが、頼りなさそうとかならよく言われるので、ある意味子供っぽいという事なのかもしれない。

「うーん・・・なんでかな。でも、完全に大人って感じではないよね」

 こちらを見据えながら言うベティ。その口元には笑みが浮かんでいる。

 少しだけだが、レオンは嫌な予感がした。それでも、少しのうちから早め早めに手を打っておくのが冒険者の心得だろう。

「・・・何が言いたいのか分かりませんけど、子供に聞かせられないような事は言わないで下さいね」

 しかし、この発言は墓穴だったらしい。ベティの笑みが一層濃くなる。

「それはつまり、言って欲しいって意味だよね?」

「違います」

「でも、そこで裏を読むのが大人ってものだと思うけど」

 そこでレオンは気付いた。つまり、表でも裏でも、どちらを言おうが、彼女は裏に持っていけるのだ。

「・・・せめて、表と裏の中間にしておいて貰えませんか」

 なんとか譲歩を呼びかける。

 その切り返しが気に入ったのか、ベティは可笑しそうな表情で何度か頷く。

「難しい注文するなー。でも、ちょっとだけ待って。今から会心の一言を考えるから」

「いえ・・・無理しなくていいですから」

 そう言ったところで、きっと諦めてはくれないだろう。半ば諦めの混じった言葉だった。

 しかし、そこでステラが練習から戻ってきた。たまらなく救われた気がした。

 彼女も今日は水色のズボン姿。その色が好きなのか、彼女の普段着には水色が多い気がする。ブラウスは白だから、もしかしたら淡い色が好きなだけかもしれない。しかし、いつだったか視点が女性っぽいと言われた事があったので、決して口には出さないレオンである。

 ステラが近づいてくるのに気付くと、妖精達に群がっていた子供達のうち、女の子2人がそちらへと駆け寄っていく。彼女は女の子に人気があるのだ。それは恐らく、彼女の髪と瞳が珍しいからだろう。黒や茶色が多いこの地方では、ブロンドの髪と青い瞳はまず見かけない。それに、ただ珍しいだけでなく、彼女の髪は高級な織糸のように繊細だし、瞳は夜を映したような深みのある色をしている。女の子が憧れるのも無理はない。

 彼女は少し困ったような表情を浮かべながらも、女の子と話をする。その場で話し込まれたら困ると思ったレオンだが、しばらくして、その2人の手を引いてこちらにやってきた。

「レオンさん。上手く乗れてたみたいですね」

 微笑むステラ。しかし、答えたのはベティの方が早かった。

「そうそう。私よりも上手かったよー」

「凄いですね・・・ベティより上手い人って、他にいるんですか?」

「ホレスだねー。でも、ちょっとレベルが違いすぎるかな。ホレスは馬に乗ったまま弓を射られるし、山の獣道とかも普通に登れるって言ってたから」

「そ、そうですか・・・」

 少し戸惑い気味のステラ。ワイルドの原型のようなホレスの風貌に、彼女はカルチャーショックを受けていたのだが、そこからまだ抜け出せていないようだ。一度会わせてみた方がいいかもしれないとレオンは思った。しかし、ホレスは男性だから、あまり実のある会話は出来ないだろうか。

 そこでハワードが近寄ってくる。彼は上下ダークグレイの服装で、それだけなら理知的に見えるはずなのだが、体つきが良過ぎる為に、どうしてもそう信じ込めない。しかし、実際には彼は先生であり、学者でもあり、魔法を学問として体系化したと言われている伝説のジーニアス、アナライザーの伝承者でもある。つまり、完璧に理知的な人物である。

 彼はこちらに着くなり、レオンの隣にゆっくりと腰を下ろした。どうやら、本日の乗馬の授業は全て終了したようだ。

 それを見て、ステラも地面を気にしながら腰掛ける。まとわりついている2人の女の子も一緒に座った。何やら楽しそうな表情である。

 休憩する体勢が整ったのを見て、ベティは脇にあったバスケットを掴んで、ハワードの前に置く。彼女御用達の特大バスケットで、まだ少しサンドイッチが残っている。今回のサンドイッチにはバターが使ってあって、ベティとステラの共同作品という事だった。

 ベティはハワードの顔を見ながらニコニコして言った。

「どうぞどうぞ。可愛い教え子が愛情を込めて作ったんだから、しっかり味わって食べてね」

「可愛いかどうかは知らないが、せっかくだからいただこう」

 憮然としながらも、ハワードはサンドイッチを手に取り、あっという間にひとつ平らげた。

「どう?教え子の成長が分かる?」

 可笑しそうに言うベティに根負けしたのか、ハワードは少しだけ口元を綻ばせた。

「昔から料理は上手かった。というより、やれば何でも出来る子だったな。結局、学問の方はやらないままだったが」

「うわー・・・もう手遅れみたいに言うね」

「手遅れだろうな」

 ストレートに言い切るハワード。

 それを見て、ベティが笑う。

 つられて、レオンとステラ、それに子供達も笑った。

 ハワードも軽く笑っていたが、すぐに厳しい表情に戻って言った。

「まあ、ベティはしっかり働いているからいい。一番問題があるのは、どう考えてもうちの馬鹿息子だろう。冒険者になったはいいが、相変わらずふらふらと・・・」

 一転して剣呑な空気になるかと思ったが、ベティが明るく聞いた。

「でもさー。帰ってきてくれて、先生は嬉しいんじゃないの?」

「どうだかな。突然帰ってきて理由を聞いてみれば、何かもっともらしい事を言ってはいたが、どこまで本気なのか、分かるものではない」

「あの・・・」

 控えめに声を上げたのは、ステラだった。

「ブレットさんは、どうしてユースアイに帰ってきたんですか?」

 その疑問はレオンも抱いていたのだが、それがステラの口から出た事に驚いた。ブレットからはいつも距離をとっている彼女である。彼に興味があると思っていなかったのだ。

 レオンならば心中で驚くだけなのだが、ベティはもちろんすぐに聞いていた。

「あれー。ステラはブレットに興味あるの?」

 軽く両手を振るステラ。

「いえ・・・ただ、その、冒険者が里帰りするのって、どういう時なんだろうって思っただけなんですけど」

「あ、なるほどねー」

 何度か頷くベティ。レオンも同感だった。

 彼女は冒険者として自立した後、貴族である家族にそれを認めて貰いたいという、希望というか、ある種の夢があるのだ。里帰りした冒険者という意味で、ブレットに一種の共感を感じたのだろう。

 どこかつまらなそうに見えなくもない表情だったが、ハワードはステラの質問に答えた。

「あくまで本人がそう言っているだけだが、この町が心配になったからだそうだ」

「心配?」

 ベティの声に、ハワードは遠くにある湖の方へと視線を送って答える。

「ここから北西の山奥で最大規模のダンジョンが発見されたという話が、あいつの耳に届いたらしい。よくよく話を聞いてみれば、山の反対側では強力なモンスターが出没するようになっているという。それで帰ってきたと・・・まあ、言ってはいたがな」

「へえ・・・」

 珍しく感心した声を出すベティ。それくらい意外だったのかもしれない。

 ハワードは誰とも目を合わせずに、遠くに視線をやったままだった。どんな心境なのか、レオンにはよく分からない。

 ただなんとなく、これが大人なのかもしれないと思った。自分ではまだ考えもしないような事を、じっと遠くを見ながら考えている。誰とも目を合わせる事なく、誰とも分かち合わずに、1人で静かに考える。

 そして、それを見た自分達、つまり子供達が全然不安にならない。子供が1人で何か悩んでいたら、必ず周りが心配するだろう。でも、今のハワードを見ても、レオン達が心配になる事はない。

 これがつまり、頼もしいという意味なのか。

 大人の頼もしさだ。

 しばらくして、風が草木を揺らす音で、レオンは我に返った。ハワードの頼もしさに見とれてしまっていたようだ。

「・・・心配ですね」

 ステラが呟く。ブレットは今日の早朝、ダンジョンに向けて出発したばかりだった。いつも賑やかな彼だが、見送りに来いなどとは、結局誰にも言わなかった。

 しかし、ハワードがあっさりと言った。

「心配ない。大勢連れて行ったからな」

「大勢?」

 レオンが聞き返すと、ハワードはサンドイッチをひとつ掴んで口に入れる。そして、あっという間に腹に収めると、思い出すようにしながら言った。

「確か・・・アスリートが6人とジーニアスが2人だったか。8人パーティだな」

「・・・はい?」

 なんというか、本当に大勢なので驚いた。

 レオンとステラのような見習いはともかく、普通は4人でパーティを組むのが理想だとされている。もちろん、多くて困るというわけはないが、あまり多過ぎると連携がとりにくくなるし、儲けがあった場合の1人分の分け前が減ってしまう。そういった常識を、レオンは酒場での現役冒険者の会話から学んでいた。

 最初から決まった仲間が4人以上いる場合には当てはまらないが、多くの冒険者は、ダンジョンに入る時のメンバーを酒場等で集める。例えば、既に自分に決まった相棒がいるなら、他の2人は現地で調達する。向こうだってそういうつもりで来ているのだから、目的が一致していれば話は早い。3人まで既に決まっているのなら、ソロの冒険者を探すか、譲歩して2人組を探してもいい。その場合は5人パーティとなるが、それくらいなら珍しくはない。

 しかし、8人というのはどういう状況なのだろうか。4人同士が集まって8人になったというのは、数字の上ではあり得ても、現実的にはまず考えられない。それならば、4人パーティで別々に入ればいいのだ。わざわざ分け前が減るような選択肢を選ぶとは思えない。人数が多い程、冒険者同士でトラブルが起きる可能性だって高くなるのだ。

 そこでベティがクスクスと笑い出した。

 レオンがそちらを見ると、彼女は可笑しそうに答える。

「ああ見えてもねー、ブレットは口が上手なんだ。そして、物凄く慎重だから、ダンジョンに入る時は決まって大人数なんだよ。見習いの頃も、5人とか6人とか、よく連れて行ってたんだ」

 そういえば、それらしき話をデイジーから聞いた気がする。

「戦闘はどうか知らないけど、割と頭はあるから、作戦の指揮とか、揉め事の仲裁とか、報酬の分け前を仕切ったりとか、そういうのは上手なんだよね。そうそう。後、ジーニアスを集めるのが上手。ジーニアスって女の子も多いから、男ばっかりのアスリート集団だと、ステラみたいに敬遠される事があるんだけど、あいつは口が上手いからなー。はっきり言えば、口説いてくるんだよね。でも、アスリートって口下手が多いし、見た目悪そうなのが多いから、ああいう社交的なタイプはそれなりに重宝されてたんじゃないかな」

 間接的に、レオンも見た目が悪そうだと言われた気がしたが、他の内容にはなんとなく頷けるものがあった。

 つまり、8人というある意味非効率なパーティが成立出来たのも、彼の社交性故なのだろう。

 そこでベティが屈託のない笑顔をハワードに向ける。

「でも、ブレットが何人パーティで行ったかなんて、私も知らなかったけどなー。つまり、先生が見送りに行ったって事じゃないの?」

 そうなのかと思ったが、ハワードはどこか吐き捨てるように答える。

「いや。あいつが作戦会議をするとか言い出して、うちの広間に集まっていたのを見ただけだ。その時見たのが8人だった。もしかしたら、実際はもっと多かったかもしれないな」

「なんだー。それだけ?」

 口調は残念そうでも、ベティの表情は笑っている。

 それには答えずに、ハワードは吐き捨てるように言った。

「あの馬鹿息子はガレットの酒場に近づかないから、あいつが全員集めたとは思えない。いや、もしかしたら、女性だけは町中で恥ずかしげもなく声をかけていたのかもしれない。全く、あれはいつまで経っても・・・」

 最後は声にならないまま、喉の奥に消えたようだった。もしかしたら、あまり小さい子供に聞かせたくない言葉だったのかもしれない。出来れば、レオンも聞きたくない。

 レオンとステラは押し黙っていたが、ベティだけは楽しそうだった。

「そっかー。やっぱりうちを避けてたんだね。一応お父さんに伝えとこうかな」

 ダンジョンから帰ったブレットに、何か災難が待っているのかもしれない。少しだけ、ブレットに同情したレオンである。

 その時、強い風がレオン達の周囲を駆け抜けていった。

 それが少し暖かかった。春の中に夏がほんの少し混じったような、爽やかなだけではない風。

 向かう先は湖の北。ブレットがいるダンジョンの方角。

 もしかしたら、彼が盛大なクシャミをしたかもしれない。なんとなくそんな予感をさせる草原の気紛れだった。



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