垣間見える外側
ここ最近、ギルドに出向く機会が多くなってきた。
実務的な内容は幅広いものの、結局のところ、冒険者を管理監督するのがギルドの仕事という事になる。冒険者の所在や活動を記録し、時には仕事を斡旋し、魔石やドロップアイテムの流通を引き受ける。大昔は幾多の冒険者ギルドがしのぎを削ったものの、今では、アンリミテッドという名前のギルドがほぼ全ての冒険者を監督している。ここのギルド事務所も、そのギルド・アンリミテッドのユースアイ支部である。
まだ見習い冒険者でしかないレオンやステラに、ギルドから仕事が斡旋される事はない。従って、ギルドに出向く用事といえば、ダンジョン内で入手した物を鑑定してもらうケースがほとんどである。それはつまり、実入りのある探索が出来たという事だから、ギルドに入り浸るようになるのは、もちろん喜ばしい事だ。
その日も、レオンとステラ、そしてソフィはギルド事務所を訪れていた。ビギナーズ・アイで手に入れた魔石を引き取って貰う為である。それに、ステラは初めてのクリアだから、それを記録しておいて貰う必要がある。そういった記録が冒険者のステータスとなり、どの程度の実力かを判断する指針になる。
いつものようにドアを開けて入るレオンだが、今日は珍しく先客がいたので驚いた。
しかし、よく考えてみれば、今までここで会わなかったのが不思議なくらいかもしれない。
その先客は、ダークブラウンの短髪がスッキリと決まっている男性。レオンやステラのひとつ年上で、既に見習いを卒業している冒険者のブレットである。
彼はいつも上等そうな服を着ているが、今日は珍しく庶民的な服装だった。濃い緑色のシャツとズボンだが、元からその色だったわけではなさそうだ。かなりくたびれているし、所々破れているようにも見える。
そして、彼は1人ではなかった。彼の傍には、男性が2人と女性が1人。見覚えのある顔だと思っていたら、ガレットの宿場で何度か見かけた事があるのを思い出した。つまり、冒険者に違いない。男性はもちろん、女性の方も逞しい身体をしている。あまりルーン装備を身につけていないので、全員アスリートのようだ。
ブレットも含めた4人が一斉にこちらを見たので、レオンは少し気圧される。当然というべきか、ステラは男性の視線を察知して、レオンの陰に隠れた。右肩に乗ったソフィだけは、全く動揺していない様子である。
いつものブレットならば、ここでパッと笑顔になって、ステラに挨拶をしてくるに違いない。そう思ったレオンだったが、意外にもブレットは何も言わなかった。それどころか、真剣な表情を崩さなかった。ただこちらを見ただけである。
そのまま彼は窓口のケイトに軽く頭を下げると、こちらに向かって歩いてくる。連れらしい3人の男女もその後を着いてくる。
やはり挨拶するのかと思ったが、ただ出口に向かってきただけのようだった。
レオン達の横を通り抜ける時、彼は一瞬だけこちらを見たものの、結局何も言わなかった。他の3人はこちらをじろじろと見たものの、何か言いたい事があるわけではなさそうだった。
何事もなく、ブレット達はギルドを後にした。
ドアが閉まってから、レオンとステラは顔を見合わせる。珍しいものを見たと、お互いの顔に書いてあった。
気にはなったものの、ここでいくら気にしていても仕方ない。レオン達は窓口まで向かった。
「お疲れさまです」
事務的な落ち着きのある表情で出迎えてくれたのは、ここの職員のケイトである。頭の後ろで髪を留めているヘアスタイルもいつも通り。そして、その上に丸まって陣取っているカーバンクルのシニアもいつも通りだった。
「お疲れさまです」
2人で挨拶を返してから、レオンはステラに目配せする。ステラはやや緊張した面持ちながらも、軽く頷いてから、怖ず怖ずと両手を差し出す。
「あの、魔石の鑑定を・・・」
彼女の両手に握られていたのは、小さな赤い魔石。昨日のビギナーズ・アイで手に入れた唯一の報酬である。ほんの小さな物でしかないが、彼女にとってはこれが第一歩だ。
これを鑑定して貰えば、どこのダンジョンの物か分かる。つまり、ビギナーズ・アイをクリアしたという事を認めて貰える。見習いとしての、彼女の初めてのステータスである。
ケイトは微笑んでから、それを受け取った。
「少々お待ち下さい。鑑定はすぐに済みますので」
そう告げてから、ケイトは立ち上がって奥のデスクに向かう。そこにはもう1人女性の職員がいて、どうやらその人が鑑定を担当しているようだった。見た感じだと、レオンの母親くらいの年齢に見える。少なくとも、診療所のイザベラよりは年上だろう。
その女性は、ケイトから受け取った魔石に小さなレンズを当てて、注意深く何かを観察しているようだった。一見ただの石にしか見えない魔石だが、よく見ると、中にゆっくりとした水流のようなものがある。もしかしたら、その流れこそが、魔石の鑑定の上で重要なのかもしれない。
レオン達は窓口の前で立ったまま待っていた。奥には座る場所もあるのだが、そんな必要はなさそうだ。
そこで、新たな来客があった。
今度は本当に珍しい人物だった。
こちらに颯爽と歩いてくるのは、ビギナーズ・アイ横に診療所を構えるイザベラである。白のブラウスに黒のズボンという彼女らしい服装だが、髪を紐で縛って下ろしているのは珍しい。女性らしいというよりも、どこかワイルドな印象だった。
彼女はレオン達の前で立ち止まる。そして、簡潔に聞いた。
「ブレットを見なかったか?」
「あ、さっきまでいましたけど・・・」
答えながら、レオンはケイトの方を見た。彼女は、鑑定作業中の女性と何やら話し込んでいる最中だった。
「どこへ行った?」
「僕は入れ違いだったので・・・」
そこでイザベラは何か考えている様子だった。
それが気になったのか、ステラが控えめに尋ねる。
「あの、何か用事ですか?」
イザベラはステラの方を見て、少しだけ口元を上げる。珍しい表情だった。
そこでケイトが戻ってきた。
「ブレットなら、明後日出るそうですよ」
「出る?」
思わず聞き返すと、ケイトがイスに座りながら説明する。
「東の湖のほとりにダンジョンがあるのはご存じですよね。ファースト・アイです。その湖に流れ込む川を遡っていくと、別のダンジョンがあるんです。実はギルドからクエストが出ていまして、それをブレットにお任せする事になりました。その出発が明後日なんです」
「クエスト?」
「仕事の依頼の事です。そのダンジョンをクリアするのが依頼内容ですが、要は、そのダンジョンが現状どうなっているのか、確認して欲しいという事です」
「へえ・・・」
感心するレオン。そんな仕事を依頼されるのだから、ブレットもさすが現役冒険者である。
「治療用具を少し融通してやろうと思ったんだが、それなら明日でも間に合うな」
口元に笑みを浮かべながらイザベラが言った。面白そうな表情なのだが、それがどうしてなのか、レオンにはよく分からなかった。
そこで急に真顔に戻ってから、イザベラはレオンとステラの顔を見ながら聞いた。
「ビギナーズ・アイには慣れてきたか?」
顔を見合わせる見習い2人。それだけで、お互いの考えている事がなんとなく分かった。
答えたのはステラだった。
「なんとか・・・」
仮にレオンが答えていても、きっとそんな返答だっただろう。
一度頷くイザベラ。しかし、それで話は終わりではなかった。
「ひとつ聞いておきたいんだが、2人とも、治療に関してどれくらいの知識がある?」
やや意表を突かれたものの、すぐにレオンは答えた。
「一応、簡単な傷の手当くらいは出来ますけど」
村で父親の狩りを手伝っていた時、簡単にだが教えて貰った事がある。しかし、恐らくそれも父親の我流だろう。正式な治療法に関する本を読んだ事があるわけではない。
「私はあんまり・・・」
自信なさげなステラ。彼女には、傷の手当てをするような機会がなかったのかもしれない。
イザベラは淡々と言う。
「ビギナーズ・アイは出たらすぐに治療が受けられるからいいが、ファースト・アイではそういうわけにはいかない。湖からここまでかなりの距離があるからだ。医者になれるくらい勉強しろとは言わないが、ひととおり応急手当が出来るようになっておきなさい。止血はもちろんだが、急な体調不良や毒に対する処置が出来ないと、いざという時取り返しのつかない事になる。2人とも、これから時間はあるか?」
「え?えっと・・・」
突然の質問に戸惑うレオン。しかし、イザベラは有無を言わせなかった。
「少しだけでいいから時間を作って、今日診療所まで来なさい。少しずつでも、早いうちから覚えておいた方がいい。それから、レオン」
「は、はい」
あまりにテキパキと話すので、少し置いていかれている感じがしないでもないが、レオンは反射的に返事をした。
「ホレスはこの辺りの自然に詳しい。食用になる植物や薬草もよく知っている。機会を見つけて聞いておきなさい。知っておいて損はない。そして、ステラ」
レオンが返事をする間もなかった。そして、ステラの返事も待たずにイザベラは話を続けた。
「治癒魔法は攻撃魔法程難しくない。フィオナやハワードさんに頼んで、少しだけでもいいから教わっておきなさい。どれくらいまで扱えるようになるかは才能次第だが、とにかく学んでおいて損はない」
「あ・・・ちょっとずつですけど、フィオナさんに教えて貰ってるところです」
ようやくステラが答える。向こうのスピードにやっと追いついたという感じだった。
頷くイザベラ。そして、次の瞬間には、もう振り返ろうとしていた。
「帰って準備しておくから、今日必ず来なさい」
本当に颯爽としている。そう思った時には、彼女はもう出口のドアを開けていた。
イザベラが出ていくと、まるで嵐が去った後みたいに、ギルド事務所は静かになった。
呆気にとられる見習い2人だが、ケイトは慣れているのか、普段通りの口調で突然言った。
「私からも、ひとつ質問があるんですけど・・・」
そちらを見るレオンとステラ。何か言わないと置いていかれるのではないかと思ったが、彼女はこちらが返事をするのを待ってくれた。
「えっと・・・あ、はい。何ですか?」
レオンの返事に、ケイトは2人の顔を見る。落ち着いたかどうか確認してくれたのだろう。
しかし、彼女の質問に、また少し意表を突かれた。
「お2人とも、馬に乗られた事はありますか?」
何度か瞬きするレオン。
今度はステラの方がすぐに答えた。
「私、家にいる時に何度か・・・」
「え、そうなの?」
思わず聞いたレオンに、ステラは苦笑を返す。
「乗馬は趣味というか、貴族では一種のステータスなんです。それで何度か・・・あんまり上手くはないですけど、普通に乗って走るくらいなら出来ますよ」
「へえ・・・」
ついまじまじとステラを見てしまう。彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。
「それで、レオンさんは?」
ケイトの質問に、レオンは頬を掻きながら答える。
「いえ、全然・・・村にも馬がいるにはいたんですけど、乗った事はないですね」
山奥の村では、馬を移動手段として使う事がほとんどない。馬が全力で走れるような道が全くと言っていい程ないからである。荷物の運搬をさせる方が圧倒的に多いが、そういう場合は、ロバや牛の方が有用だ。
こちらを見ながら、ケイトは少しゆったりとした口調で説明する。
「絶対に必要とは言えないですけど、出来れば乗れるようになっておいた方がいいと思います。これから活動範囲が広くなりますし、将来的にも絶対損にはなりません。ダンジョンに行く度に移動手段を探すのは大変ですし、危険な場所にあるダンジョンだと、そもそも手段が見つからない場合もあります。そんな場合でも、自分で馬に乗れるようになっておけば、馬さえ借りれば事足りるようになります。後からでも学ぶ事は出来るとは思いますから、余裕があるならで結構ですけど、私としては、今のうちに学んでおく事をお勧めします」
ファースト・アイのように行きやすい場所なら、移動手段はどうにでも。しかし、きっとそんなダンジョンばかりではないのだろう。馬に乗れたところで、ダンジョンではほとんど役に立たないだろうが、ケイトの言う事にも一理ある。
思い付いたようにステラが尋ねる。
「そういえば、この町で馬を借りられる場所ってどこにあるんですか?」
「ハワード先生が管理しておられます。学校では乗馬訓練も行っていますよ。ですから、学ぶ場合には先生に相談してみて下さい。もしかしたら、子供達に混じって教わる事になるかもしれませんけど」
最後は少し苦笑気味のケイト。なんとなくだが、ある意味楽しい乗馬訓練になりそうだというのは、想像に難くない。或いは、忙しい訓練になるかもしれない。それはそれとして、馬に乗るのは楽しそうだと、素直に思ったレオンだった。
「分かりました。また今度聞いてみます」
そこでステラが少し首を傾げて聞いた。彼女の柔らかい髪が少し揺れた。
「学校で乗馬訓練って事は、もしかして、この町の人はみんな馬に乗れるんですか?」
ケイトは微笑む。次の彼女の言葉は、事務的な口調ではなく、近所のお姉さんのような砕けた口調だった。
「そうね。必修ってわけではないけど、子供はみんな乗りたがるし、いざやってみるとそんなに難しいものでもないから、ほとんどみんな乗れると思う。ベティやリディアなんかは、初めて馬に乗ったその日のうちに、もう立派に走らせてたもの」
ありそうな話だとレオンは思った。ベティなら馬どころか、熊だって乗りこなせそうな気がする。リディアはきっと乗馬姿も様になっているだろう。馬の方が気を遣ってくれそうだ。
どこか懐かしげな表情になりながら、ケイトの話は続いた。
「デイジーやシャーロットも上手だったし、なんだかんだで、フィオナだって乗れたし・・・」
「・・・凄いですね」
思わず呟くレオン。結果として乗れた乗れなかったではなく、目が見えないのに乗ろうとしたフィオナは、それだけで凄いと思う。
そこでケイトは悪戯っぽく微笑む。
「苦労したのは、男性陣かもしれない。アレンさんとかラッセル、それに、ニコルとかブレットね」
意外だとレオンは思ったが、それよりもまず気になった事があった。
「あの・・・ニコルって男性なんですか?」
意味の分からない質問だったからだろう。隣にいたステラが目を丸くしている。気のせいか、ソフィの視線が強くなった感じもしたが、それはさておき、質問したレオン本人は大真面目である。
ケイトも特に意外だとは思わなかったのだろう。少し首を傾けて答える。
「さあ・・・私は男の子だと思ってたけど」
ややこしい事に、ベティと全く逆の事を言っている。ただ、確信のある発言ではなさそうだった。
いい機会だから、レオンは聞いてみる事にした。
「・・・小さい頃のニコルって、どんな子供でした?」
学校に通っていた頃、ケイトはニコルの面倒を見ていたはずで、同世代のベティ達とは、何か違った印象を持っているかもしれない。
しかし、思いの外、彼女の記憶は曖昧のようだった。
「そうね・・・確かにちょっと大人びた子だったけど、私がそこまで面倒みたわけではなかったから。あの世代の子は、だいたいベティが面倒みてたのよねえ。今を見れば分かると思うけど、結局彼女があの世代のリーダーだから」
「ええ、まあ・・・それは分かります」
まさに一目瞭然というやつだった。あらゆる面で、彼女に太刀打ち出来る人間というのは、なかなかいない。
「そのお陰というのもなんだけど、私は結構楽が出来たもの。彼女が他の子の相手をしてくれてたから、ずっとフィオナと一緒にいられたし・・・私だけじゃなくて、アレンさんとかラッセルもだけどね。アレンさんは好きな剣に打ち込めたし、ラッセルはあれで、人間関係の間合いがよく分かってるのよね。ベティから一番いい距離をキープしてたもの。今思ってみれば、やっぱり商売人としての才能があったって事なのかしらね」
「へえ・・・」
ニコルとはおおよそ関係のない話だが、レオンはつい感心してしまった。初めて聞くような話ばかりである。やはり、年長者には年長者なりの、違った視点があるようだ。
「あ」
そこでケイトは視線を上にする。天井に何かあるというわけではなく、何か思い出したという様子だった。
彼女の頭の上で丸まっているシニアはそれなりに揺れたはずだが、全く落ちる気配はない。それどころか、どうやら完全に眠っているようだ。
こちらに視線を戻してから、ケイトは言った。
「そういえば、何度かニコルとフィオナが話してるのを見かける事があったけど・・・そう、たまにシャーロットも一緒だった」
「え?」
意外な組み合わせである。フィオナとシャーロットが一緒にいるのは普通だが、そこにニコルが加わるとなると、変な取り合わせだ。いったいどんな話をしていたのだろうか。
「シャーロットとフィオナさんって、何か特別な関係があるんですか?」
聞いたのはステラである。そう勘ぐりたくなる程、シャーロットはフィオナに甘えるのだ。
苦笑しながら、ケイトは答えた。
「よく知らないけど、フィオナって子供に好かれやすいよね。あっという間に懐かれるの。だから、シャーロットも多分、そういう事じゃないかしら」
「そ、そうですか・・・」
返事をしにくい回答である。シャーロットの外見が子供っぽいというのは明らかだが、それを本人が気にしているのも周知の事実だった。今ここに本人がいないとはいえ、あまり言葉にしたくはない。
「そういう事ですから、フィオナかシャーロットに話を聞きに行かれてはいかがでしょうか。もしかしたら、私が知らない事もご存じかもしれません」
急に事務員モードに切り替わるケイト。そこでレオンも、思わず長話をしてしまっている事に気が付いた。
「あ、すみません・・・」
頭の後ろに手を当てて謝るレオンに、ケイトは微笑む。
「いえ、これくらいのお話ならいつでも歓迎です。それで、お持ちいただいた魔石なんですけれど、ビギナーズ・アイの物と確認出来ました。レオンさんステラさんのお2人でクリアしたという事でよろしいですか?」
ステラの顔を見るレオン。どこかほっとした笑みを浮かべながら、彼女は頷いた。
「それでお願いします」
「では、そう記録しておきます。この魔石はどうされますか?」
「換金しておいて貰えますか?新しい盾やルーンを買う資金にしたいんですけど」
頷くケイトだが、ふと気付いたように言った。
「そういえば、レオンさん、以前の魔石をお預かりしたままなんですけど・・・」
「・・・あ」
言われてようやくレオンは思い出した。そういえば、初めてビギナーズ・アイをクリアした時の魔石を、ギルドに預けたままにしていた。同時期にステラがやってきたりなどいろいろあった為、すっかり忘れていたのだ。
「すみませんけど、それも換金しておいて下さい」
ちょっと得した気分になったレオンである。これで、予定よりクリアが1回少なくて済みそうだ。
手元の書類に何やら書き込みながら、ケイトは聞いた。
「盾はジェフさんに、ルーンはシャーロットに注文されていますよね?」
「はい」
「ルーンを買うという事ですけど、どれくらいの大きさの物を買う予定ですか?」
「実用化出来る中で、一番小さい物だと・・・」
大きい方がそれだけ力も強いのだが、ビギナーズ・アイの魔石程度のお金では、あまり大きい物を買おうと思ったら何十周もしなくてはならなくなる。さすがにそんな時間はないので、まずは手軽に買える物にしたのだ。
「分かりました。ジェフさんの方からはもう請求が来ていまして、盾の費用とルーン用の魔石の費用を合わせて、だいたい8周くらいではないでしょうか。あと6周程していただければ、恐らく金額的には間に合うと思います」
さすがに仕事が早いリディアだが、レオンには気になる事があった。
「あの・・・もう作り始めてるって事ですか?」
ケイトはこちらを見る。
「そうだと思いますけど、何か?」
「いえ、その・・・まだお金が用立てられると決まったわけじゃないのに、いいんでしょうか」
そんなつもりは毛頭ないが、もしこの後自分が大怪我でもしたら、作った盾は無駄にならないだろうか。
しかし、ケイトは微笑んだ。
「ギルドが仲介していますので問題ありません。ジェフさんには請求通りの金額をお支払い致しますし、仮にレオンさんが品物を受け取られない場合は、代わりにギルドが流通させる事になります。もちろん、そんな事態にならないのが一番ですけれど」
つまり、自分はギルドの信用で買い物をしているという事らしい。自分だけだと、そんな買い方は出来ないだろう。改めて実感すると、ギルドの力というものを思い知る。
「ルーンの方は、その流通している品から一番安い物を取り寄せる事になります。ですけど、今回はもしかしたら、最安値で済むかもしれませんね」
どういうわけか、ケイトは自信ありげだった。
「そうなんですか?」
ステラの質問に、力強く頷くケイト。
「ブレットが明後日行くダンジョンのボスモンスターが、だいたいその辺りの大きさの魔石をドロップするんです。つまり、ブレットが売ったそれをそのままレオンさん達に売れば、流通料がかかりませんから、最安値です」
「でも、ブレットが自分で使う場合もあるような・・・」
彼が売るという保証はどこにもない気がする。
その言葉を受けて、ケイトはにっこり微笑む。
「そうです。ですが、結局はギルドの利益に関係するだけですので、レオンさん達は、どうかお気になさらず」
「はあ・・・」
生返事を返すレオン。隣にいるステラも、話がよく分かっていない様子だった。
「それでは確かにご要望を承りましたので、お任せ下さい。レオンさん達は、ダンジョン探索の方を頑張って下さい」
「あ、はい。ありがとうございます」
頭を下げて、ギルドを後にしようとするレオン達。忘れないうちに、イザベラのところへも行かないといけない。
そこで、ケイトがステラを呼び止めた。
「あ、ステラさん。ひとつ言い忘れていた事がありました」
一度青い瞳を瞬かせて、ステラは聞いた。
「何ですか?」
少し背筋を伸ばして、ケイトは言った。
「デイジーからも連絡があると思いますけど、一度見て貰いたい物があるので、フレデリックさんのお屋敷までご足労願えませんかという事です。恐らくは、例の・・・ご親戚関係の事だと思います」
最後は言葉を濁したものの、何の話かはレオンにも分かった。
元々深みのあるステラの瞳だが、この時確かに、その色がさらに濃くなったように感じた。