夏への助走
石を積んで造ってある小屋にただひとつだけある木製の簡素なドア。もう何度もここを訪ねた事のあるレオンは、ノックせずにそのドアを開けた。
たまにラッセルやデイジーがいる事もあるし、もちろんお客がいる事もある。だから、屋内に2人以上人間がいても全く不自然ではないのだが、そこにいた人間を見てレオンは少し驚いた。
1人は明るい髪を高い位置で結った少女。つまりリディア。若草色のブラウスという珍しい格好だが、胸に付けている銀のブローチは以前にも見た事がある。可愛らしくデフォルメされた羊がこちらを見ているデザインで、もちろん彼女の手作りだ。その格好だと、草原の中に羊が寝転がっているように見えない事もない。それを狙ったのかどうかは定かではないものの、どうやらリディアは動物が好きらしいというのは確かなようだ。
レオンが驚いたのは、もう1人室内にいた男性を見たからだった。男性の苦手なステラがレオンの後ろで少し緊張したようだが、それはともかく、初めて見る人物だ。
物凄くジェフさんに似ている。これがレオンの第一印象である。ジェフさんというのは、ここの鍛冶職人でリディアの父親。王様から賞を貰った事もあるという立派な人だ。はっきり口には出さないものの、リディアも父親の事を尊敬しているらしく、彼女の職人としての理想でもあるようだ。だが、似ているといったのはそういった腕前の事ではなく、もちろん容姿の事である。
ジェフ氏の容姿を簡単に言うと、背が低くて目が細くてしわが多い、そして、髪がほとんどない。結果、同世代のはずのガレットやハワードよりもだいぶ老けて見える。
今屋内にいる男性は、髪はあるものの、他はほとんどそっくりだった。背がほとんどリディアと変わらないし、もしかしたら彼女よりも少し低いかもしれない。そして、それほど老けているわけでもないのに、顔にしわが多くて、目がほとんど開いていない。フィオナのように目を閉じているという感じではなく、それ以上目が開かないという印象である。好意的に見れば、常に機嫌が良さそうだと言えるかもしれない。しかし、多くの人は眠たそうだと思うに違いなかった。
男性はその細い目でこちらを一瞥して、隣にいたリディアに小声で何か告げると、小屋の奥に備え付けてあるドアから外に出て行った。その先には鍛冶場があるから、やはり身内なのかもしれない。
「今の、お兄さんですか?」
リディアのいるカウンターの方まで歩きながら、レオンは聞いた。ほとんど当てずっぽうだったが、リディアはあっさり頷く。
「そう」
「あ、じゃあ、ジェフさんの後継ぎって事です?」
「多分。だけど、もうちょっとかかると思う」
「もうちょっと?」
奥の扉を一瞥するリディア。その先にある鍛冶場の方を見たのだろうか。
「同じ金槌の音を出せるようになったら一人前って事みたい。だけど、兄さんはまだそこまでの腕になってないみたいだから。2人ともほとんど会話しないからよく分からないけど、多分そういう事だと思う」
「そ、そうですか・・・」
職人の世界というのは、なかなか難しいもののようだ。
「お邪魔します。リディアさん」
レオンの隣に立つステラが軽く頭を下げる。今日の彼女は白い魔導衣の上に象牙色のマントというかなり明るめの、ある意味春らしいファッションだった。彼女は比較的色白でもあるから、全身真っ白と言えない事もない。ブロンドのショートヘアとブルーの瞳がよく目立っている。
少し表情を弛めてリディアは返事をした。
「呼び捨てでいいよ。ソフィもお久しぶり」
軽く手を振るリディア。レオンの右肩に陣取っているカーバンクルのソフィは、それを見て、リディアの方を一瞥くらいはしたようだった。妖精なりの挨拶なのかもしれない。いずれにしても、昨日散々リディアに撫で回されていたので、お久しぶりと言われてもピンとこないだろう。
「それで、仕事?」
簡単にリディアが聞く。ベティとは違って、彼女はあまり無駄口を叩かない。仕事熱心なところは素直に尊敬しているレオンだった。
「はい。えっと・・・実は、作って欲しい物があるんですけど」
「盾?」
あっさりリディアが言い当てたので、レオンは苦笑した。昨日現物を見て貰ったので、彼女にはお見通しだったのかもしれない。
「そういう事になりました。それで、何を用意したらいいのか教えて貰おうと・・・」
「それはいいけど、ステラはいいの?」
聞かれたステラは頷く。
「はい。私は自前のルーンがあるので」
何の話かと言うと、ビギナーズ・アイで入手したクリアスチールの使い道についてだった。売り払って道具を揃えるという案もあったのだが、見習いのうちはそれほど物に困るわけではないので、あまりお勧めされなかった。それならば自分達で使った方がいいと言われたのである。
つまり、魔法のアイテムに加工する。
シャーロットの説明によれば、アスリートなら鎧や盾の強化に、ジーニアスならルーンの補助に使うのが一般的という事だった。そこで、具体的にはどういう使われ方をするのかをいろいろ聞いてみたところ、もっともポピュラーな用途としては、装備に魔法耐性を与える物であるらしい。盾や鎧に加工すれば、魔法に対する防御力が上がる。ルーン補助に使えば、ジーニアスに対する魔法の影響を軽減する事が出来るらしい。
それは、レオンにもステラにも有り難い効果だった。攻撃が集中しやすいレオンはもちろん、ステラにある程度の防御力があれば、その分レオンも思い切った行動がとれるようになる。だから、どちらの装備品に使ってもよかった。そして、ある意味必然的に譲り合いが始まった。その譲り合いに決着をつけたのは、ステラのこの一言だった。
盾が強くなった分だけ、レオンさんが私を守ってくれたらいいです。
そう言われてしまうと返す言葉がなかった。逆にして、ステラにその分だけ自分を守ってくれとは言えない。彼女がモンスターの殲滅に集中出来るようにするのが今の作戦の骨子だから、こちらを守る事も意識して欲しいとは言えないのだ。
それに、どちらかというと、ステラが欲しいのはルーンそのものだった。今はひとつしかないが、たくさんあれば、その分だけいろいろな役割をもたせられる。将来的には多くのルーンを使いこなす事になるのだから、例え小さな物でも、早いうちから多くのルーンを使う事に慣れておきたいという事らしい。
ルーンは魔石を加工したものであり、魔石はボスモンスターを倒す事で獲得出来る。ビギナーズ・アイのボス程度では、最小クラスの魔石しか手に入らないが、それを集めて売って資金を貯めれば、ある程度の大きさの物を手に入れる事も出来るはずだと、ガレットはアドバイスしてくれた。
「とりあえず、ビギナース・アイを何度かクリアして、僕は魔法の盾を、ステラは新しいルーンを手に入れてから、ファースト・アイに挑戦しようという事になりました」
レオンの説明に、リディアは少し考えてから頷いた。考えている間、視線はソフィに固定されていたようで、そのせいかレオンはあまり緊張しないで済んだ。
「そういう事ならいいと思う。何周かしたら、また何かドロップするかもしれないし。ビギナーズ・アイに病みつきになられても困るけど」
そのまま半年くらい過ぎていたら、確かに笑えない。まだファースト・アイと、本番とも言える魂の試練場があるのだ。
そこで、突然入り口のドアが開いた。レオンもそうだが、ここに来る人はノック不要と知っている為、みんな突然入ってくる。
ステラがこちらの袖口を掴んできたので、来訪者が男性だと分かった。男性に限定すれば、ステラの感覚はかなり鋭敏だ。
「あれ。レオンと・・・ステラさんだっけ?あ、そうか。ゴメンゴメン」
入ってきたのはラッセルだった。今日は平べったい木箱を抱えている。彼は淡いブルーの上下に紺色のエプロン姿。濃い髪と瞳を合わせると、いつもの誠実そうな雰囲気が少しだけ減衰していて、代わりにクールな印象が際だっていた。
彼はステラの傍を避けるようにしながら店内に入ってくる。ほとんどステラと話した事のないラッセルだが、もちろん彼女の事は聞いているはずだ。嫌な顔ひとつしないのは、さすが商売人というところかもしれない。
「す、すみません・・・」
申し訳なくなったのか、ステラが小さな声で謝る。しかし、レオンの陰に隠れながらだった。
木箱を店の奥に置いたラッセルは、それを見て苦笑した。
「気にしないでいいよ。男性が苦手って人は結構いるし、シャーロットがお世話になってるみたいだし」
レオンは少しだけ、ラッセルがシャーロットを身内のように言ったのが気になった。
それを表情から読みとったのか、こちらが何か聞くよりも早く、ラッセルが自分で説明する。
「シャーロットの店はうちの店の隣だから、結構付き合いがあるんだよ。向こうが留守にしてる時に言付けを頼まれたりするし」
「あ、なるほど・・・」
そういえばそういう繋がりがあった。ラッセルの店を見た事はあるものの、未だに店内に足を踏み入れた事のないレオンである。
「それより、これ、何?」
リディアが木箱を見ながら聞く。確かに、外見からは何が入っているのかよく分からない。鍛冶関係というよりも、パン生地を寝かせる時に使うような木箱である。
そちらをちらりと見てラッセルは答える。
「何か、お祭り関係だと思うけど」
お祭りという言葉にステラが反応する。ちょっとした懸念がある為である。
それには気付かないまま、リディアが言った。
「お祭り関係って言われても、具体的に何をどうして欲しいの?」
「さあ・・・」
ラッセルが首を捻ったところで、また入り口のドアが開いた。今日は来客が多い日である。
「リディア。しばらくぶりだけど元気だった?」
朗らかに入ってきたのは、ダークブラウンの短髪と瞳の青年だった。薄いグレイの上下が鍛えられた身体を包んでいる。現役冒険者でこの町の出身でもあるブレットだった。
もちろんこの部屋にいる人間が全員見えたはずだが、彼が挨拶したのはリディアだけだった。まずリディアにしてから、他の人にも順に挨拶していく予定だったのかもしれないが、彼女から返事が返ってこなかったので、いきなり頓挫しただけかもしれない。
それはそれとして、ブレットの来訪にあからさまに反応したのは、やはりというべきかステラだった。何か嫌な印象でもあるのか、こちらの服の裾をギュッと掴んでくる。リディアは白い目を向けるだけだし、ラッセルは溜息を吐いていた。
一応挨拶しておこうと思ったレオンだったが、その前にブレットの言葉が続いた。リディアの返事は諦めたようだ。
「ステラもお久しぶり。2人とも、いつも綺麗だね」
なんともストレートな挨拶だと思っていたら、それに対するリディアの言葉はもっとストレートだった。
「・・・鬱陶しいから凍らせて。ステラ」
「え?いや、それはちょっと・・・」
困惑顔で止めようとするレオンを後目に、ブレットは余裕の表情で言った。
「光栄だね。ステラに凍らせて貰えるなら本望だ」
その発言にびっくりしたが、本当に魔法準備を始めたステラにもっと驚いた。目を瞑っているステラの手を掴んで、なんとか我に返って貰う。
「ちょ、ちょっと!ステラ、落ち着いて!」
ハッと気付いたように目を開けるステラ。よく分からないが、とにかく気が動転したらしい。
だが、そこでブレットが不機嫌な表情でこちらに詰め寄ってくる。
「おい!どさくさに紛れてステラの手を取るとはどういうつもりだ」
「え?あ、ごめん・・・」
咄嗟に手を離すレオン。だが、ブレットが近寄ってきた為、ステラが本格的に動揺し始めていたので心配だった。
そんな事はお構いなしに、ブレットはレオンの目の前に立ってこちらを見下ろしてくる。彼の方が少し背が高い。彼は一瞬だけ、レオンの肩の上にいるソフィを見たものの、それ以上の反応はなかった。ソフィの魅力が通用するのは、原則女性だけらしい。
「何度も言ったと思うが・・・君はちょっと調子にのり過ぎじゃないか?」
「いや、別に・・・」
自覚はないが、もしかしたらそうなのかもしれないとレオンは思った。ただ、正直それどころではない。背中に庇っているステラが心配なのだ。混乱したステラは何をするか分からない。その場合、ステラを守るべきなのか、それともブレットを守るべきなのか、レオンにとっては判断しにくいところだった。
「やはり、一度、どちらが上かはっきり決着をつけておくべきだと思わないか?」
「はい?えっと・・・何で?」
「男とはそういうものだろう!」
そういうものなのだろうかとレオンは思ったが、ブレットの口調には自信が満ち溢れている。
リディアは完全無視を決め込むつもりのようだし、ステラはこちらの服を引っ張る力が尋常ではない為、何か発言出来るような状態ではないのが明らかだった。
その辺りの事情を汲んでくれたのか、ラッセルが口を挟む。ただ、余程呆れていたのか、珍しく淡々とした口調だった。
「夏のお祭りで武術大会があるから2人で出てみたら?優勝したら景品もあるし、上位に残った方が上って事にすればいいし、それに、参加者が多い方がお祭りも盛り上がるし」
「それだ!」
ラッセルを指さすブレット。その口元には笑みが浮かんでいる。
「祭りの日に決着をつけよう。僕が勝ったら、リディアやステラの事は諦めて貰う。それで文句はないな!?」
文句も何も、いったい何を諦めればいいのか謎だった。
だが、レオンが何か聞く暇もなかった。
「そろそろベティが来ると思うけど」
呟きというには大きいリディアの声だった。どうやら、そろそろブレットを追い出したくなったらしい。
しかし、意外にもブレットは余裕の表情を見せる。
「そんな心配はないよ。ベティが店番で酒場から出られない事は確認済みなんだ」
その情報の出所というか、信憑性も気になったが、それよりももっと気になる事があった。ベティが店番で出られないという事は、ガレットが出かけているという意味だろうか。いったいどこに出かけているのだろう。
なんとなく予感がすると思った次の瞬間、入り口のドアがゆっくりと開いた。
店内が一瞬で静かになる。何か涼しい風が駆け抜けたような気がするが、もちろんステラが魔法を使ったわけではない。
その大男は入り口のドアを潜るように身を屈めて入ってくる。彼の身体に合わせて作ってあるドアというのは、間違いなく一般家庭にはない。彼の経営している酒場の入り口のドアが大きいのは、店主のサイズに合わせた為だとベティが笑いながら言っていた事があるが、もしかしたら本当かもしれないと思える程、彼の身体はいろいろな意味で規格外だった。
まるで荒削りの彫刻のような顔。その身体は、削りきる前に投げ出されてしまった彫刻のように、スケールを間違えたとしか思えないサイズだった。
元冒険者のガレットは一瞬視線を動かしただけで、店内の様子を全て把握出来たようだった。
「ハワードの馬鹿息子か。まだ生きてやがったとはな」
他にも沢山人間がいるのだが、言葉をかけたのはブレットだけだった。しかも、おおよそ挨拶とは言えない言葉である。もし自分に言われていたら、冷や汗が止まらなかったに違いない。
ブレットは完全に固まっている。入り口の方に振り返る余裕もないようだが、無理もない。
入り口付近に立ったまま、ガレットは店内に入って来なかった。もしかしたら、ステラの事を気遣ったのかもしれない。その位置で木箱の方を指さしてから、リディアに告げる。
「それ、祭りの武術大会で使ってた飾りなんだが、今年はもう無理じゃねえかと思ってな。新調しといてくれねえか?経費はちゃんと話を通しておくから」
リディアはその明るい瞳を一度大きく瞬かせたものの、すぐに返事をした。
「新調するんですか?修理出来るなら、その方が安上がりだと思いますけど」
「いや。もう20年以上それなんだ。ラッセルのところの爺さんの奥さんが作った物らしいんだが、もう本人はいねえし、そろそろ代え時だって爺さんが言うんでな。ここでひとつ、リディアの腕を見せてやってくれ」
自分の左腕を右手の拳で軽く叩きながらガレットが言った。どうやら、腕を見せて欲しいというのが要点らしい。その口元には笑みが浮かんでいる。
それを見たリディアの頬が赤みを増す。
「私はまだまだで・・・そんなにいい物は作れないと思いますけど」
「そんなに気負う事はねえが、ある程度の腕がねえと任せられねえからな。リディアなら任せられると、町の全員が認めたんだと思ってくれ」
凄いプレッシャーのかけ方だと思ったが、意外にもリディアは力強く頷く。案外、大きな仕事ほど燃えるタイプなのかもしれない。
「手が足りねえと思ったら、その辺にいる暇そうな奴を捕まえて手伝わせろ。うちの馬鹿娘でもいいし、どっかの馬鹿息子でもいい。俺が許す」
ボキボキと指を鳴らしながらの言葉だった。レオンの目の前にいる人物が縮み上がったように見える。
「息子の方は結構です」
軽く頷いて言ったリディアの言葉だが、その仕草よりもずっと重い言葉だった気がする。
そのまま無言でブレットの方まで歩いてきたガレットは、襟首を掴んでから低い声で言った。
「帰ったんなら挨拶するのが礼儀ってものじゃねえか?去年あれだけ世話してやったのに、まさか忘れたってわけじゃねえだろ」
「い、いや、そろそろ伺おうかと・・・」
別人だろうかと思えるくらい高い声だった。裏声が出てしまっているようだ。
半眼になってガレットが聞く。
「なんだ?調子悪そうだな」
「は、はい。まあ・・・」
「いい機会だ。一発で治してやる」
ブレットが何か言うよりも先に、物凄い勢いで入り口のドアまで引きずられていく。
最後に彼の青い顔が見えたが、結局誰も何も言わなかった。というより、何も言えない。
やはりドアで身を屈めたものの、割とスムーズに、ガレットはブレットを引きずって出て行った。
その後に、しばしの沈黙が訪れる。
ふとしてから、肩の上でソフィが身じろぎしたので、レオンは我に返った。ただ2人の男性が減っただけなのに、店内の空気がびっくりするくらい清々しい。それくらい緊張していたという事らしい。
そこで思い出して、レオンは後ろを振り返る。ステラは目をパチクリさせているものの、なんとか正気のようだった。
「だ、大丈夫?ステラ」
その言葉を聞いて、一度ブルッと震えるステラ。正気だと思っていたが、それはレオンの勘違いで、どうやらしっかりと何かが麻痺していたようだ。
「あ・・・は、はい。なんとか」
「全然大丈夫に見えないけど・・・」
こちらに顔が向いているものの、目が合わないのはきっと気のせいではない。どこか虚ろにも見える。よく考えたら、一部屋の中に男性4人と一緒にいるという状況は初めてなのかもしれない。
そこでふとレオンは気付く。そういえば、ステラが最初にこの町に来た夜、宿場の一室で酔っぱらいに絡まれた事があったらしいのだ。あの時のショックを思い出したのかもしれない。
「大丈夫?」
いつの間にかカウンターを回り込んで来たリディアが近くに立っていた。ステラが心配になったのだろう。その後ろにはラッセルもいるが、彼は距離を保ったままだった。正直、その方がありがたい。
結局、しばらくリディアに介抱して貰って、ステラはなんとか落ち着いたようだった。
「すみませんでした・・・」
どこか小さくなって謝るステラ。
それをリディアが優しい表情で受け止める。
「お祭りの時はちょっと考えないといけないね」
店の隅に控えていたラッセルが突然発言したので、他の3人が一斉にそちらを向いた。
それを見て、ラッセルは慌てて両手を振る。
「いや、深い意味はないんだけど。ただ、お祭りの時は人が大勢来るから、いろいろ考えておいた方がいいんじゃないかな。例えば、ガレットさんの宿場だってお客が大勢泊まって混雑するわけだし」
「あ、なるほど・・・」
言われてみれば、確かにその通りだった。
「ベティに何か考えがあるみたいだったけど」
不意にリディアが言う。
それはそれでちょっと心配なレオンだが、ベティが頼りになるのは間違いないはずだから、安心していいはずと自分を一応納得させる。
何の脈絡もなく、今までずっと大人しくしていたソフィが、レオンの肩の上から降り立った。その場所はカウンターの上。
その体勢のまま頭だけ振り返って、じっとこちらを見つめてくる。
「・・・そういえば、魔法の盾の話をしてなかった」
リディアの言葉に、レオンとステラは顔を見合わせる。ここに来た目的をうっかり忘れるところだった。
カウンターの向こう側に戻ってから、リディアはソフィの頭を撫でる。白の妖精は気持ちよさそうに目を細めた。
「じゃあ簡単に説明するから。すぐ終わるから聞いておいて」
「あ、はい・・・」
返事を返しながらも、レオンは先程のソフィの動きが気になった。
自分達がここに来た目的を忘れないように教えてくれたのだろうか。
しかし、すぐにそんな場合ではないと思い直す。今はリディアの話をしっかりと聞かなければいけない。
そうやってリディアの話に耳を傾けるレオン。
そんなパートナーの様子を、ソフィはその紅い瞳でじっと見つめていた。