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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第3章 ジーニアス・ステラ
32/114

最初の結実



 こういう部屋は初めてかもしれない。

 レオンは重い金属製の扉を閉めてからそう思った。もちろん、偵察で得た情報は他にもある。しかし、それは自分1人で昇華するべきものではない。

 低くしていた体勢を起こしてから、来た道を引き返す。

 黄色混じりの白で埋め尽くされた、いつもの見慣れたダンジョンの光景。

 その通路の先に仲間が待っている。流れるような金色のショートヘアと青い瞳をした、自分と同い年の少女。今日もいつもの外套風ワンピースとズボンのセットだが、白地に紫の装飾が施されているこの魔導服は初めて見る。恐らくフィオナの新作だとは思うが、かなり手の込んだ刺繍だった。もしかしたら、リディアがアレンジしている可能性もある。

 それはともかく、ステラのすぐ近くに立ってから、レオンは小声で報告した。

「なんていうか・・・汚い部屋だった」

 当然というべきか、嫌そうな表情をするステラ。

「汚いって、どういう風にですか?」

 思い出しながらレオンは答える。部屋の様子が全て見られたわけではないが、それはステラも理解している。

「とにかく散らかってるというか、石造りの建物が崩れた後みたいに、割れた石材みたいなのが床に散らばってる」

「もしかして、遺跡跡みたいな感じですか?」

「遺跡を見た事ないから・・・あ、でも、本の挿し絵を見た事はあるかも」

 もちろん、れっきとした絵画のような写実的な絵ではない。だから、あまり参考になる意見とはいえない。

 しばらく口元に指を当てて考えていたステラだが、やがて顔を上げて質問してきた。

「・・・モンスターではないですよね?」

 床に散らばっていた石材が、という事らしい。

「うん・・・まあ、ないとは言えない」

「レオンさんはどう思いました?」

「分からないけど、モンスターだとして、わざわざ散らばってる意味があるのかな。どちらかというと、こちらの足を止める為に置いてる障害物だと思う」

「障害物・・・あ、他のモンスターは?」

 頷くレオン。

「鳥型のモンスターが見えた。翼の音からすると、多分、3か4くらい。そして・・・あの赤い結晶が1」

 ステラが息を飲むのが分かる。

 あの結晶型モンスターとは、2人で初めてダンジョンに入った日以来の遭遇になる。負けた経験しかないというのは、命の危険がある以上、想像するよりもずっと重いものなのだ。

 ここは迂回した方がいい。レオンはそう思ったが、それは自分だけの意見だ。

「・・・魔法を使う為の時間稼ぎという事でしょうか?」

 思ったより冷静なステラの分析だ。

「そうかもしれない。それに、向こうは床を歩く必要がないからね」

 地形の影響を受けるのはこちらだけなのだ。

 こちらを真っ直ぐに見て、ステラは言った。

「挑戦しましょう」

 レオンも見返す。

「無理して戦う必要はないと思う」

 頷いてからステラは言った。

「そうです。ですから、今日はここまでにしませんか?その部屋に挑戦して、それで終わりにしましょう」

「・・・大丈夫?」

「いつかは挑戦しないといけません。それに、今日はまだ余力が十分残っています。導きの泉もすぐそこです。それでどうですか?」

 再び一緒にダンジョンへ行くようになって5日目。気のせいか、ステラはどんどん押しが強くなっている気がする。口調は丁寧だけど、自分の意見をはっきりと言うようになった。それはもちろん、レオンにとっては喜ばしい事だ。

 少し考えてみたが、彼女の言う事も一理ある。またいつか挑戦すればいいという意見もあるかもしれないが、いつもいつも今日のような好条件が揃っているとは限らない。

「分かった」

 ステラが微笑むのを見て、ついこちらも微笑みそうになるのを堪える。今はダンジョンにいるのであって、そんな場合ではない。

「どれくらいの広さでした?」

 聞かれて思い出してみるが、そんなに広くなかった気がする。

「奥行きが20メートルくらいかな・・・幅も多分それくらいだと思う」

「結晶モンスターはどの辺りです?」

「部屋の奥の方。鳥はまあ・・・うろうろと」

 やや思案してから、ステラは頷いた。

「いつもの作戦で・・・あ、でも、レオンさんがいつも通りに動くわけにはいかないですよね」

 足場が悪いから、いつものように身軽に動くわけにはいかないという意味である。

 レオンは微笑む。

「いや、大丈夫。足場が悪いのは慣れてるから」

「そうなんですか?」

「昔、父親と一緒に山で狩人をしてたから。山の中は複雑な地形なのが普通だからね」

「へえ・・・」

 何故か感心している様子だったので、レオンは少し照れてしまった。

「狩人って言っても、ホレスみたいな生粋のっていうわけじゃないんだけど・・・」

「ホレスさんですか・・・」

 複雑な表情を浮かべるステラ。最近聞いた話だが、ステラは初めてホレスを見た時、相当なカルチャーショックを受けたらしい。というのも、ホレスはボロ布一歩手前といった服を着ているし、髪もボサボサ。都会の裕福な家で育ったステラは、あんな人間を見た事がなかったのだ。 

 それはそれとして、レオンは装備を確かめながら言った。

「じゃあ行こう」

「あ、はい」

 2人は物音を立てないように扉まで進む。

 扉の前に着くなり、レオンは再び少しだけ開いて中の様子を覗き見る。そして、特に変化がない事を確認すると、扉の陰に隠れているステラの方に視線を送った。

 彼女から頷きが帰ってくる。もう何度もこの合図を使っているから、そろそろ慣れ始めていると言ってもよかった。

 その合図を見るや否や、扉を少し開けて、室内に体を滑り込ませる。

 当然、モンスターの視線を浴びる。

 しかし、それが狙いというか、そういう作戦なのだ。

 まずレオンだけ入って、中の様子を把握する。そして大事なのは、敵の注目を浴びる事。それが基本だが、具体的にこの後どう動くかは、レオンの判断に委ねられている。

 予め確認していたように、室内には鳥型モンスターが4と結晶型モンスターが1。他には気配を感じない。

 その把握は一瞬で済んだものの、それとほぼ同時にモンスターが動きを見せる。

 鳥型モンスターはこちらに滑空を、そして、結晶型モンスターの眼前では、赤い光が文字を描き始める。

 レオンの身体も既に動き始めていた。足は駆け出し、右手は短剣を抜き、そして、左手は腰の後ろに伸びる。

 その位置に下げているのは、金属や木材やガラスが組み合わさって出来た、水筒程度の大きさの二重円柱状の物体。これがニコルの新作ガジェットである。

 その筒の脇から伸びる鎖を引く。カチカチと音を鳴らして伸びるそれは、ある程度の長さまでしか伸びない。そこで手を離すと、ゆっくりとそれは筒の中に巻き戻っていく。この動き自体はガジェットの性能とはほとんど関係がないが、ひとつの目安として、こういう仕掛けにしてあるのだ。

 つまり、この鎖が完全に戻れば準備完了。およそ20秒程度である。

 それよりは向こうの魔法の方が早い。その公算が高かった。

 しかし、その為にこの配置にしてあると言える。今ならステラは扉の陰に隠れているから、ある意味最大の遮蔽を得ている。向こうが狙われたとしても、分厚い扉が防いでくれる。

 裏を返せば、その分の攻撃がレオンに集中する事になる。

 レオンは部屋の中央まで駆けだしていく。

 魔法よりも、鳥型モンスターの滑空はさらに早い。前方から2羽、後方から2羽。

 前方の1体をダガーの投擲で早々に葬り去りながら、レオンは身体を横に投げ出す。その直後に、さっきまで自分がいた位置をモンスターの鉤爪が抉っていく。

 一瞬だけ結晶型の方を見やる。魔法の準備時間等分かるわけもないが、まだ光の文字が消えてはいない。それでも、一度は魔法を避けなければならないだろう。

 残る3羽の鳥型は向きを変えるのに手間取っている。

 ここでもう一匹倒しておく。右手でダガーを抜きながらそう考えていたレオンだが、すんでのところでそれを思いとどまった。

 最初に気付いたのは、カラカラという石が転がるような音だった。

 部屋中に散乱している瓦礫が振動しているのだ。

 だが全部ではない。揺れているものと、揺れていないもの。どちらもあるが、それが何故なのかは分からなかった。どちらも見た目は同じただの瓦礫なのに、どうして違いが出来るのか、その規則性が分からない。

 しかし、不意に気付いた。

 入ってきたドア。今もステラが身を隠しているドアだが、そのドアのある壁の両側の角付近、人の腰辺りの高さに、光り輝く小さな赤い石が浮いている。

 ただ浮いているだけならいいのだが、振動している瓦礫が、まるで意思を持っているかのように、次第にその光を覆うように集まっているのだ。

 木の葉を隠すなら森の中。レオンはそんな言葉を思い出した。

 その一瞬後、鳥型に投げるはずだったのを急遽変更し、その赤い光に向かってダガーを投擲していた。

 寸分違わずに赤い石を捉えた瞬間、何かが割れるような音とともに、集まりかけていた瓦礫は突然紫の煙を上げて消えていく。

 それを確認するや否や、方向修正をようやく済ませた鳥型の滑空に襲われるが、それも体勢を低くしながら転がるようにして身をかわす。

 再び視線は結晶型に。赤い文字はまだ続いている。だが、発動までもうすぐだろう。

 それでも、レオンは一瞬だけ振り返った。赤い石は一体しか倒せていない。反対側は、この位置からだと遠すぎて投擲が届かない。だが、見ておくのに越した事はない。

 一瞬だけ視界に入ったそれは、どうやら人形のようだった。瓦礫が集まって出来た、人間の子供程の大きさの、石造りの人形。

 そんな確認も、申し訳程度しか出来ない。

 レオンが視線を戻したとほぼ同時に、結晶型モンスターの魔法は完成した。

 光の文字が消える。

 この距離なら火球だろうかと思ったが、その予想は外れた。

 炎の矢が敵の眼前に数本出現した。だが、その角度が問題だった。床と平行ではなく、レオンの足下を狙うような角度。いや、それよりももっと手前かもしれない。

 そこに着弾したらどうなるだろうかと考えてみると、ついなるほどと思ってしまった。そんな呑気に構えている場合では、もちろんない。

 その場所から動かずに、左腕の盾を構えるレオン。そして、身体を低くして、瓦礫を遮蔽として利用する。

 しかい、そこで背後に気配を感じる。

 振り返る余裕はない。身体の判断を信じて、瓦礫を蹴ってその場を離れる。

 その直後、自分がいた位置を穿ったのは、石人形が振り下ろした拳だった。

 すぐにその光景を目で確認したレオンだが、正直驚きを隠せなかった。その寸胴な身体は、どう見ても機敏な動きが出来るとは思えない。それなのに、この歩きにくい場所を音も立てずに歩いてきたというのだろうか。

 ただ、そこに思考を巡らす暇があるわけはない。敵の魔法がすぐにやってくる事を忘れているわけがない。

 その直後に、すぐ近くの床を捉える炎の矢。

 爆炎を巻き上げるそれは、瓦礫を粉々にするのに十分な威力を持っている。

 結果、無数の石片が、周囲にまき散らされる事になるのだ。

 瓦礫と盾を最大限利用して、レオンはそれを防いだものの、大きい物は拳大程もある。まともに当たったらと思うと、油断出来ない。

 目前に迫る石人形は、そんな石片はものともせずにこちらに近付いてくる。つまり、この石人形を援護する為の作戦なのだろう。炎の矢を敵に直接打ち込むと、間違って石人形に当たる可能性もある。

 一瞬でレオンは周囲を確認する。鳥型はいつの間にか天井付近に避難している。その辺りも抜かりがないようだ。結晶型は新たな魔法の準備、そして、石人形はこちらに向かってくる。

 だが、全く問題なかった。自分がいる部屋の中央。この場所に敵が集まっているのだ。

 作戦通り。

 レオンは駆け出す。石人形はそれほど早くはないが滞りなく、正確に方向転換している。一瞬だけしか見えなかったが、もしかしたら足が床から少し浮いているのかもしれない。

 左手で腰の後ろを探る。ニコルのガジェットの準備は整っていた。

 二重になっている円柱構造。その内側が実は取り外せるようになっている。というか、取り外せないと意味がない。何故なら、この内側部分、人の中指ほどしかない円柱状の金属こそが、ある意味本体だからだ。残る部分は、この本体を起動させる為の、言わば準備装置でしかない。

 本体の上にあるボタンを押す。本当に、この瞬間だけは、何度やってもドキドキする。

 無造作に、結晶型に向かって放り投げる。

 そのまま、思いっきりレオンは瓦礫の陰に飛び込んだ。

 金属がぶつかる音。

 その直後に訪れたのは、この部屋を丸ごと振動させるような、そんな爆音だった。

 内心、レオンは思った。

 ニコルは本当に、とんでもないものを作っていると。

 しばらくして振動が止んでから、レオンは身体を起こした。服の汚れを払う。こんなにのんびりしているのは、もう決着がついたと分かっているからである。

 結晶型モンスターがいた辺りを見る。黒い煙以外に、紫の煙も立ち上っている。きっと木っ端微塵になった事だろう。ほんの少し、申し訳ないような気分になったレオンだった。

 続いて、石人形が迫ってきていた方を見る。モンスターは確かにいたが、ほぼ動けなくなってしまっていた。

 その身体を覆っているのは、白い半透明な氷塊。

 上は見上げなかった。もう翼の音が聞こえないからである。恐らく最初に処理してしまったのだろう。

 代わりに、入ってきた扉の方を見た。

 扉付近に立っていたのは仲間のジーニアス。その少女が目を瞑ってやや俯いている、いつもの姿だった。

 しばらくして、砕ける音とともに石人形はその姿を消滅させていく。内包されていた赤い石だが、最初見た時の輝きは既になく、身体を構成していた瓦礫と一緒に消滅していった。

 それから程なくして、ステラは目を開いた。そして、戦闘が無事終わった事を確認して、安堵したように大きく息を吐く。

 ステラの魔法は準備時間が長い分、一度敵を捉えればほぼ確実に動きを封じる事が出来る上、そのままとどめを刺す事も出来る。しかも炎の矢のように巻き込まれる恐れがないので、そこが何より、レオンは有り難かった。

 ただ、もちろん万能というわけではなく、最大の制約は、相手を目視出来ないと上手くいかないという事だった。ほんの数メートル程度の距離であれば、魔法的な感覚だけで敵を捕捉する事も出来るらしいのだが、それ以上となると、一度は目で見て確認しないと無理なのだと言う。

 その為、例えばこの部屋にいたモンスターと戦う場合、いきなり彼女が室内の様子を把握しようとしても、すぐにモンスターの集中砲火を浴びてしまう。魔法の準備時間が長い彼女は、咄嗟の対応が難しいし、それに相手も魔法を使ってくる場合、確実に速度負けしてしまう。

 だから、まずはレオンが敵の注意を引きつけるのがセオリーとなった。レオンで全ての敵を倒すのは難しいが、防御を優先すれば、ある程度は時間を稼ぐ事が出来る。今回のように、魔法を使うモンスターを処理するのが理想だが、それが出来ない場合でも、簡単には倒れない事が最低条件だ。それが出来れば、しばらくしてからステラが魔法で援護してくれる。

 一応、これが2人で決めた戦術のひとつである。他にも細かい作戦があるし、実際には、状況によって対応が変わる事も多い。ニコルの考えてくれた案をほぼ踏襲しているが、ステラの魔法を客観的に評価して、その原案に反映させている。

 ステラがこちらに駆け寄ってくる。やはりほっとした様子だった。

「上手くいきましたね」

 微笑むステラに、レオンも同じ表情を返す。

「うん」

「でも、やっぱりちょっと危なかったですよね。小さかったですけど、ゴーレムもいましたし」

「ゴーレム?」

 聞いた事のない単語だったが、どうやらさっきの石人形の事のようだ。

 ステラは頷く。

「高位のジーニアスが作る事があるんです。生ける人造。石だったり鉄だったり、他にも植物とか・・・」

「へえ・・・」

 何の為に造るのだろうか。寝ずの番とかをさせるのかもしれない。

 また笑顔に戻ってから、ステラは言った。

「約束した通り、今日はこれで帰りましょう」

 レオンは頷く。

「そうだね・・・あ、そうだ。短剣を回収しておかないと」

「どの辺ですか?私も手伝います」

「いいよ。足場が悪いし、危ないから、ステラはそこにいて」

 不満顔になるステラだったが、すぐに吹き出して笑顔に戻った。今日は機嫌がいい。一度負けたモンスターに勝ったというのは、自分が成長した証のように思えて嬉しいものなのだ。

 そんなステラをその場に残して、レオンは短剣を捜す。確か、鳥型に投げたのが1本とゴーレムに投げたのが1本。

 ゴーレムに投げた方はすぐに見つかった。部屋の角辺りだったから、よく覚えていたのだ。しかし、鳥型の方はあまり覚えがなかった。部屋のやや奥で命中したのは見たが、その後は見ていない。それなりに高さがあったから、思いの外遠くに落ちている可能性もある。

 結局、捜すのに結構時間がかかった。床一面に瓦礫が散らばっているから、捜すのに余計手間取ったのだ。

 落ちていたのは、結晶型モンスターが陣取っていたその付近だった。ここまで飛んだというのも意外だが、それだけ投擲の威力が増しているという事かもしれない。

 しかし、レオンが見つけたのはそれだけではなかった。短剣を拾った後、すぐ近くに落ちていたそれが目に留まった。

 瓦礫の上に落ちていたのは、レオンの盾よりも大きい、ガラスの様な透明な板だった。

 それだけなら、ただのガラクタだと思ったかもしれない。しかし、よく見れば、それは普通のガラスではなかった。何故かといえば、一見透明に見えるものの、虹色に輝くような不思議な反射光を返す事。あれだけの爆発があったにも関わらず、その上には塵一つ積もっていない事。そして、その板の形状が綺麗な正三角形をしている事。

 レオンは手にとって持ち上げてみる。

 思いの外軽かった。指で軽く叩いてみるが、硬度はそこそこありそうだ。

「どうしたんですか?」

 ステラの声に、レオンは振り返った。

「いや・・・ちょっと、変な物を見つけて」

「変な物?」

 とりあえず、ステラの位置まで戻って、彼女にそれを見せてみる。ジーニアスなら何か分かるかもしれないと思ったが、しかし、彼女も首を捻るばかりだった。

「・・・でも、普通の物じゃないですよね。こんなに綺麗な形になっているわけですし」

 普通の場所ならともかく、ここはダンジョンの中なのだ。例えこれがガラスだとしても、十分不自然である。

「ケイトさんか、ガレットさんに聞いてみます?」

 その提案にレオンは何度か頷く。確かに、彼らなら何か知っていそうだ。

「あ、そっか・・・そうだね。聞いてみよう」

 微笑んでからステラが言った。

「じゃあ、帰りましょうか」

「うん」

 2人は帰路へと歩き出す。とは言っても、通路を10メートルちょっと歩いただけの部屋が導きの泉なのだ。着くまではあっという間である。モンスターに遭遇する可能性もほぼない。

 歩きながら、今日の戦闘がどうだったかレオンは考えていた。順調にいけば、あと数日もあれば、ステラとこのビギナーズ・アイをクリア出来るだろう。そろそろ、少し高難易度のダンジョンであるファースト・アイに挑戦する頃かもしれない。ここは2階層だが、ファースト・アイは5階層だと言われている。恐らくモンスターも強力になっているはずだ。

「どうかしました?」

 導きの泉への通路を歩きながら、隣のステラが聞いてくる。

「何が?」

「考え事ですか?」

「あ、うん・・・ここをクリア出来たら、そろそろファースト・アイに挑戦なのかなって」

 前を向くステラ。

「そういえばそうですね・・・」 

 どこか感慨深げに言葉を吐き出したステラだったが、突然こちらを向いた。一瞬で笑顔になっている。

「でも、焦らずにいきましょう」

 レオンも微笑む。

「そうだね」

 そこでようやく、導きの泉へと続く扉に到着した。

 ドアを開けるレオン。

 この部屋を通り抜けて、階段を上ればユースアイに辿り着く。そのはずだった。

 しかし、そこで2人の足は止まる。

 その視線は、白亜の泉の少し手前の床に釘付けになっていた。

 そして、レオンは開いた口が塞がらなかった。こんなに驚いた事は、この町に来てから一度もない。いや、もしかしたら、人生で一番の衝撃を今体感しているのかもしれない。

 紅い双眸。

 白い体躯。

 本当に、あの日見た光景そのままだった。

 いつか蒸留所でホレスの演奏を聴いている時に見えた光景。そのものだったのだ。

 白毛に紅眼のカーバンクル。

 あの妖精が確かに、あの時光景のまま、今目の前に座ってこちらを見ていた。

「わぁ・・・可愛い!」

 驚きで声も出ないレオンをよそに、ステラは普通の女の子の感想をそのまま口に出して、妖精に駆け寄っていた。そのまま屈み込んで、撫でようと手を伸ばす。

 だが、突然カーバンクルは駆け出した。

 レオンは慌てた。その白いカーバンクルが、自分の身体を身軽に駆け上ってきたからである。頭まで上ってくるかと思ったが、妖精は右肩で止まった。

 首を捻ってそちらを見ると、カーバンクルはじっとこちらを見ていた。

 紅い瞳と目が合う。宝石みたいな輝く瞳。

 だが、何を言いたいのかはよく分からなかった。何故ここにいるのか。自分に何か用があるのか。聞きたい事は山ほどあるが、言葉の通じないカーバンクルには聞いても意味がない。

 しばし見つめ合っていたレオンだが、不意に気配を感じて、正面に向き直る。

 いつの間にかすぐ近くに立っていたステラが、何故かこちらをじっと見つめている。それは恐らく穏やかな表現で、実際には、睨まれているという状態に違いなかった。

「えっと・・・何?」

 怖ず怖ずと聞く。すると、ステラは呟くように言った。

「・・・羨ましいです」

 意味が分からなかった。

「・・・何が?」

「どうしてレオンさんに懐いてるんですか?」

「え?別に懐いてるわけじゃ・・・」

「ずるいです」

 酷い言われようだった。何もずるい事はしていないはずなのだが。

「・・・そう言われても」

 勝手にカーバンクルが上ってきただけである。

 しかし、ステラは何か不満があるらしい。

「・・・いいなぁ」

 あまりに羨ましそうにこちらを見つめるので、何故かレオンも罪悪感を覚えてしまった。

 首を捻ってカーバンクルと目を合わせてから、レオンは試しに言ってみた。

「あの・・・ちょっとだけでいいから、ステラの肩に乗ってあげてくれないかな」

 正直、誠意を見せただけというか、ダメもとだったのだが、意外にも、カーバンクルは言う事を聞いてくれた。まさに妖精の身のこなしで、音もなくステラの左肩まで飛び乗る。

「うわぁ!・・・可愛い!」

 満面の笑顔で感想を口走った後、ステラは右手でカーバンクルの背中を撫でる。特に嫌がる事もなく、しばらくしてから頭を撫でられると、気持ちよさそうに眼を細めた。

 そんなカーバンクルを微笑みながら愛でるステラ。

 微笑ましい光景と言えるかもしれないが、レオンの頭の中ではいろいろな疑問が渦を巻いていた。

 あの時見たのと全く同じカーバンクル。もちろん偶然とは思えない。だとしたら、自分の前に姿を見せたのは何か理由があるのだろうか。最初は光景を見せたにも関わらず、今になって実際に会いに来たのはどうしてなのか。そもそも、仲間以外とは合流出来ないはずのダンジョンで、どうして会う事が出来たのだろう。

 全部答えられなかった。

 相変わらず、カーバンクルと戯れているステラ。表情はこれ以上ないというくらい嬉しさに満ち溢れている。

 しかし、そんな仲間の表情を、レオンはただ呆然と見つめる事しか出来なかった。

 


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