マスター・ガレット
ユースアイはのどかな町だった。
きっと住みやすくて豊かなのだろう。少なくとも、レオンのいた村とは比べものにならないほど過ごしやすい。この時期、村はまだ雪解けしている頃だが、ここは完全に春の装いである。町の周囲は綺麗な緑一色だったし、空気もまったく冷たくない。山を下ってきたとはいえ、ここもそこそこの標高があるはずだが、それでもこんなに違いがあるのかとレオンには驚きだった。
町の中は思ったほどうるさくはないが、もちろん、村よりも圧倒的に人が多い。そもそも、町の大きさが違うのだ。村何個分だろうかと思えるくらいの広さがある。大通りには石畳が敷いてあって、石造りの建物もある。どちらも、村にはなかった物だった。そもそも、道なんて概念がない場所だったのだ。
そんなわけで、田舎者のレオンだと、道に迷う可能性が十分にある。闇雲に歩いたら、確実に迷子になる自信があった。ギルド窓口のケイトさんに、大通り沿いにありますと説明されていたので、とりあえず石畳の上から出ないようにはしているが、それでも不安なので、度々道を尋ねた。結局、歩いて10分くらいですと言われた場所にたどり着くまでに、30分はかかっただろう。もっとも、あまりの物珍しさに、思わず商店などを眺めたりしていたので、それで余計に時間をとられたのもあっただろうけれど。
それでもなんとか、目的の場所にたどり着いた。まだ日は高い。もしかしたら、日が暮れるまで迷う羽目になるかもしれないと覚悟していたが、なんとかなったようだ。
レオンが立っているのは、木製の巨大な両開きのドアの前。
看板には、ガレットの酒場の文字。
見上げると、本当に巨大な建物だった。レオンにしてみれば、この町の建物はどれも十分に立派な物ばかりだったけれど、この建物は立派を通り越して、否応なく威圧感が感じられる。恐らく、木造3階建て。もしかしたら、4階があるのかもしれないが、レオンにとっては大差ない違いだった。幅も奥行きも、もの凄く広い。凄い物だという感想はもちろんあったが、どちらかというと、倒れてきそうで怖いなという思いが強かった。いったいどうやって、こんな巨大な物を支えているのだろうか。
何はともあれ、自分はここでお世話になるんだ。
レオンは深呼吸した。
やっぱり、少し緊張する。
そう思った時だった。
「じゃあ、ちょっくら行ってきまーす」
扉越しに、女の子の声が聞こえた。活発そうな、明るい口調だった。
それに答えたのは、対照的に、低くて、野太い声だった。
「しっかりと息の根を止めてこい!」
もの凄く物騒な発言だったが、声に似合い過ぎていた。
「分かってるって。というか、今日も来るわけ?」
「俺の勘がそう言ってる。新米はこの時期になると、懲りもせずに次から次へとやってくると、相場は決まってる」
「そっかー。まあ、そうかもね」
「だから、ここできっちり処分しておかねえと面倒な事になる」
「でもさー、ケイトさんからの依頼を待った方がよくない?」
「あんなもん待ってられるか!とっとと行って、さくっと仕留めて来い!それがてめえの仕事だろうが!」
「はいはい。じゃあ、まあ、出会い頭にぶすっとやってくるよー」
そこで扉が開かれようとしていた。
レオンはどうしようか迷った。
新米って、自分みたいな冒険者見習いの事だろうか。
その息の根を止める。処分する。さくっと仕留める。
何でだろうか。
ケイトさんからの依頼とか言っていたけど。
その理由は分からない。分からないけれど、もしかして大ピンチだろうか。
逃げようかとも思ったが、扉が開かれるまで一瞬だったため、そんな暇はなかった。
扉の正面にレオンは立っていたため、必然的に、出てきた人物と目があった。
彼女もまた、ブラウンの瞳をしていた。年の頃は、たぶんレオンと同じ10代半ばくらい。利発そうな顔立ちに、栗色の髪を高い位置で縛ったヘアスタイルが相まって、より活発そうな印象が際だっている。
扉越しに聞こえた声は彼女のものだろう。だけど、顔立ちはともかく、あまり荒事が出来るようには見えなかった。一般的な少女の、どちらかというと華奢な体つき。しかも、厚手の淡いピンクの服の上に、白いエプロンを着けている。すごく平和的な格好だ。
それでも、出会い頭にぶすっとされないか、一応警戒してしまった。
「あ、もしかして、見習い冒険者の人?」
少女がさばさばとした感じで聞く。
ここではいと言ったら、今度こそ刺されるのだろうか。
だが、レオンが返事をする前に、少女がすたすたとこちらに歩み寄って来て、あっという間に腕を掴んできた。
「え?あ、いや、その・・・」
慌てるレオンに、少女は笑いかける。屈託のない笑みだった。
「まあ、いいからいいから。お父さんに挨拶するんでしょ?」
「お父さんって?」
「いいからいいから。とにかく、入った入った」
楽しそうにそう言いながら、少女はレオンを店内に引っ張り込んだ。
店内は想像通り、もの凄く広かった。
中央の奥にカウンターがあり、その両脇には上り階段がある。そして、それ以外の場所には、丸いテーブルとイスが山ほど置いてあった。こんな大規模な建物の中に入るのは、もちろん初めてである。床も壁も木製で、特に光沢があるわけではないのだが、不思議と輝いて見えた。照明がたくさんあるせいだろうか。その照明も、見上げるくらい高い位置にある。
物珍しさに店内をキョロキョロ観察しているレオンを、少女はぐいぐいとカウンターまで引っ張っていく。屋内には食欲をそそるいい匂いが漂っていた。
店内のテーブルには空席が多いが、それはまだ昼間だからだろうか。それでも、こんな時間から酒を飲んでいるお客が10人ほどいた。そして、その全員が強面で、体つきがいい。間違いなく荒事をしている人達だろう。
つまり、冒険者達。
彼らと同じ場所にいる。その事実に嬉しくなったが、目が合うと睨み返されたような気がしたので、じろじろ見るのは控えた。
10秒余りの道のりで、カウンターまでたどり着く。その辺りは、つんとした匂いが漂っていた。お酒の匂いだろうか。
そこにいる人物を見て、レオンは驚く。
なんというか、本当に想像通りの人物だったのだ。ギルドでは肩すかしだったが、時間差でついに巡り会ってしまった。特に会いたかったわけではないけれど、意味もなく感動した。
カウンターにいた男は、少女と言葉を交わす事なく、いきなりレオンに質問した。
「見習いか?」
「あ、はい・・・あの、ガレットさんですよね?」
男は値踏みするようにレオンを見てから、少女の方を向いた。
「おい。お前はとっとと仕事してこい」
「なんでー?こっちの方が面白そう」
「見せ物じゃねえんだ。いいから、さっさと終わらせてこい」
「しっかたないなぁ。まあ、また後で会えるからいっかなー」
少女は諦めたようにそう言うと、不意にレオンの肩を叩く。
レオンがそちらを向くと、少女は不敵な笑みを浮かべた。
「頑張ってね。うちのお父さん、この町で最強だから」
「最強?」
「じゃあね。また後で」
そう言ってウインクすると、軽やかな足取りで店から出ていった。
何を頑張るんだろうとレオンは首を捻ったが、よく分からなかった。とりあえず、刺されなくて済んだ事が、よかったといえばよかった。
「名前は?」
唐突に問われて、レオンはまたカウンターの男に視線を戻す。
「あ、すみませんでした。レオンです」
男は腕を組んだ。それだけで、剥き出しになった二の腕に相当な大きさの力瘤が出来た。
まさに想像通りである。
カウンター内に立っている目の前のこの男こそ、レオンがおぼろげに想像していた人物そのものだった。冒険者に志願した自分を出迎えるのは、きっとこういう人物だろうと思っていたのである。
浅黒い肌に逞しい体つき。厳めしくて、彫りの深い面構え。頼りになる人物というのはもちろんだが、見習い冒険者を指導する立場の人物としても、申し分ない容姿だった。具体的には、それだけの威厳と威圧感が間違いなく備わっている。そして、腕っ節もあるに違いない。少なくとも、腕相撲では絶対に勝てないし、腕を折られたとしても不思議はなかった。
まだ名乗って貰っていないが、彼が恐らく、この酒場の主人のガレットだろう。
「レオン。お前、ギルドに行ったか?」
「はい。それで、ここに挨拶してくるように言われて・・・」
「そうか」
男はレオンの言葉を遮ってそう言った。
こちらをじっと見つめてくる。見つめるというのは穏やかな表現で、レオンにしてみれば、睨まれている感じだった。
「1年だ」
突然、男はそう言った。
「はい?」
「1年だけは面倒みてやる。だが、それで駄目なら諦めろ。これが約束出来るか?」
レオンは自分に問いかけてみた。
周囲からは静かな話し声が聞こえてくる。誰もこちらを気にしている様子はない。それも当然だと言えるだろう。自分はまだ見習い以下の、とるに足らない存在。
レオンの答えは一つだった。
「あの・・・1年もお世話になっていいんですか?」
こんな自分を1年も面倒をみてくれるなんて、こんなに有り難い話はない。
男の太い眉がぴくりと動く。
だが、次の瞬間、にやりと笑った。男臭い、だけど、さっぱりして印象のいい笑みだ。
「ガレットだ。寝床と飯は俺に任せろ。特に、お前の身体はまだまだ成長の余地がある。もっと食わせてやるから覚悟しろ」
「食わせてって・・・そこまでして貰っていいんですか?」
そう聞くと、ガレットは笑った。
「謙虚な奴だな!いいから食え!とにかく食え!ちゃんとギルドから金を貰ってるから、そんな事は心配いらねえ。お前が立派な冒険者になって、そこで儲けて金を返せばいいんだよ」
「あ、なるほど・・・」
レオンは頷いた。そういう仕組みだとは知らなかった。
「お前、何も知らないんだな。最近は、妙な知識ばかりつけた連中が多いから、それが当然ってふんぞり返ってる奴がいるんだ。そういう奴を見極めて、腐った奴を半殺しにするのが俺の仕事だ」
「半殺しって・・・」
店に入る前の、物騒な会話が頭を過ぎる。
「そういうわけだったんだが、俺はもう決めた。お前は面倒みてやる!1年間、せいぜい頑張ってみろ!」
そう言って、愉快そうに笑いながら肩を叩いてきた。床が抜けるんじゃないかと思うくらいの衝撃で、きっと骨が少し歪んだだろう。だが、半殺しに遭うよりは何倍もいい。
「これからよろしくお願いします」
頭を下げるレオンを見て、ガレットはまた笑った。そして、自分がイスに腰掛けると、レオンにも座るように言った。
レオンも近くのイスに座った。
「俺も昔は冒険者だったんだ」
ガレットはそう切り出した。
「お前のような見習いの時期も当然あった。だから、多少はアドバイス出来る。ただ、専門的な事は難しいが・・・レオン、お前はジーニアスか?」
「いえ、一応アスリートの方を」
前世云々の話は、出来たら避けたいところだった。
ガレットはレオンの身体を一瞬だけ眺める。
「そうか・・・しかし、お前だと重い鎧は無理かもしれねえな。武器屋には行ってみたか?」
「いえ、まだ全然」
「そうか。なら、まだ日が高いうちに行ってこい。鎧の仕立てには時間がかかるから、一日でも早い方がいい」
「分かりました」
「時間があったら、道具屋と、あと伝承者にも会ってこい」
「伝承者?」
「それも知らねえのか・・・くそ、肝心な時に、あの馬鹿娘はいねえしな」
馬鹿娘というのは、恐らくさっきまでいたエプロン姿の少女だろう。今はどこかに行っているが、それは目の前の父親が追い払ったからである。だが、それを堂々と指摘する度胸はない。
「まあ、あの馬鹿に期待しても仕方ねえな。とりあえず、今日するべき事は分かったな?」
「はい。場所が分からないですけど」
「それは教えてやる。だが、その前に・・・」
急にガレットはイスから立ち上がって、そのままカウンター奥のドアを開けて、その中に入っていった。
調理場だろうか。開けた瞬間に、いい匂いが漂ってきたので、なんとなくそう思った。
そういえば、まだ昼食を食べていなかった。
お腹が減った。そう思った瞬間だった。
ガレットがドアの向こうから姿を現す。だが、レオンの目が釘付けになったのは、彼が持っている物だった。
羊肉だろうか。その巨大なステーキ。
こんな肉の塊を見るのは、お祭り以外では初めてだった。
ガレットはその肉が盛られた器を、レオンの前に置いた。
「とりあえず、今日はこれくらいで勘弁してやる」
レオンはそれをまじまじと見つめてから、急に居ても立ってもいられなくなってきた。
「いえ、あの・・・こ、こんなに!?」
ガレットは可笑しそうに言う。
「食えねえってのか?これくらい食わねえと、体力つかねえぞ」
「いえ、そうじゃなくて・・・」
「何だ?男だったら、はっきり言ってみろ」
「こ・・・これ、凄く高価なものなんじゃ?」
レオンにしてみれば、当然の疑問だった。
こんな豪華な食事を食べる事なんて、村では滅多にない事なのだ。それこそ、一年に一度の祭りくらい。量もそうだが、この金銭感覚のギャップに、戸惑わざるを得ない。
だが、しばらくの沈黙の後、ガレットは大笑いした。
「気にするな!とにかく食え!食って食って食いまくれ!そうしねえと、ここ一番って時に力が出ねえぞ!」
そう言われても、なかなか踏ん切りがつけられるものではない。
「さっきも言っただろ?ギルドから金が出てるんだ。つまり、お前の先輩達が出した金だ。その先輩達も、見習いの頃はギルドの金で飯を食ったんだ。俺だってそうだ。お前は俺が出した飯を食って、それを血と肉にして、次の奴らの為に金を稼げばいいんだよ」
正直、まだ迷っていた。レオンの村はあまり裕福とは言えないからである。
だけど、これが通るべき道なんだ。
レオンは肉を切って、口に入れた。
歯ごたえがあって、肉汁が口の中に広がる。
「美味しい・・・美味しいですね!」
控えめに口にしたが、実際には想像以上の味に感動して泣きそうだった。
次々と口の中に放り込む。その勢いは全く衰えない。
ガレットはイスに座って、そんなレオンを眺めていた。相変わらずの厳めしい顔の中にも、どこか優しいものが含まれていた。
「そうだな・・・夏までに体重を、今の半分増やせ」
その言葉に、レオンは吹き出しそうになった。
「半分!?半分って・・・ぶくぶくになりますよ」
「誰が肥えろって言ったんだ?食って、鍛えて、筋肉にするんだよ。いいか?夏までだ!そうしねえと、一年で魂の試練場を攻略するなんて絶対出来ねえ。とにかく、必要なのは身体だ!鍛えて鍛えて鍛えまくれ!」
そこで、店のドアが開いた。
聞こえてきたのは、先ほどの少女の声だった。
「あっれー?まだ生きてたの?」
いきなりの発言に、レオンはむせた。
「お前、仕事は?」
ガレットの声が少し低い。その目の前にいるレオンは、ステーキを頬張りながらも若干不安になった。
レオンは振り返ってみた。
少女は父親の威圧感をものともせずに、すたすたとこちらに歩いてくる。
「途中でホレスに会ったから、任せてきちゃった。別にいいでしょ?」
「あいつか?なんで町にいるんだ?」
「知らないけど、別にいいじゃん、どこにいたって。それよりも・・・彼、ご飯食べてるって事は、合格なの?」
「何か悪いか?」
「悪くないけど・・・へえー」
少女がこちらの顔をまじまじと見つめてくる。やや切れ目だが、大きな瞳。あまりに遠慮のない視線に、レオンは少したじろいだ。
「おっかしいなあ・・・ちょうどぼっこぼこにされてる頃だと思って、楽しみにしてたのに」
「楽しみって・・・」
そんな事楽しまないで欲しいと、レオンは心底思った。
少女はガレットに視線を戻す。
「何がよかったの?なんか、私の方が強そうだけど」
ずばずば言うなあと思ったが、どちらが強いかはともかく、自分が弱そうに見えるのは確かである。それに、実際に喧嘩する事になったら、自分は女の子を殴れないだろうから、そういう意味では間違いとは言えない。
「ギルドが許可したんだったら、そもそも俺がどうこう言える立場じゃねえんだよ。合格も不合格もねえ」
そうなのかと思ったが、案の定、少女はすぐに反論した。
「うっそだー。今まで何人も追い返したくせに。ギルドが断った人よりも、お父さんが追い返した人の方が、絶対多い」
「俺が追い返すような奴は、どうにもならねえ奴らばかりなんだよ。そういう奴をギルドで追い返したりしたら、変に逆恨みする馬鹿もいるから、一旦許可してこっちまで連れてこいって言ってあるだけだ。そこで俺が綺麗さっぱり諦めさせてやる。断りの代理をしてるだけなんだよ」
「お父さんだって、逆恨みされたら困るでしょ?」
「俺に逆恨みする度胸があるなら、いいじゃねえか。その時は面倒みてやる」
「私とかお母さんとかを狙ってきたらどうしてくれるの?」
「いい度胸だ。そんな奴はどうしようもねえから、きっちり止めを刺してやれ」
なんというか、凄い発想だなとレオンは思ったが、少女も納得がいかなかったらしい。不満を表情で示した。
「私の身は可愛くないのかー?」
ガレットはどこ吹く風だった。
「可愛いだあ?普通の娘だったらまだ分かるけどな」
「私、普通の娘!」
「誰が普通なんだよ。普通の娘は、親父の殴り合いを見て喜んだりしねえだろうが」
普通の娘じゃなくても、きっとあまり喜べるものではない。その正論に、少女も一瞬口ごもる。だが、本当に一瞬だけだった。
「むう。でも、血を分けた娘なんだから、普通は少し心配になるものでしょ?」
「心配したなあ。昔は」
「普通は今も心配でしょ!私、年頃の娘なんだけど!」
ガレットの眉がピクリと動く。本能的に、レオンは身の危険を感じた。
「年頃は年頃でも、お前は棘があり過ぎるんだよ!お前に手を出そうなんて命知らずな男がいるわけねえだろうが!」
だが、少女は全く恐れる様子もなく堂々と言い返す。
「それはお父さんのせいだって!俺を倒せる男じゃないと嫁にやらんとか、そんな恥ずかしい事を堂々と言われたら、誰だってちょっと引くに決まってるでしょ!」
「それだけじゃねえだろうが!お前が今まで何人の男を返り討ちにしたと思ってやがる!そんな女に誰が近寄ろうとすんだよ!」
「下心丸出しの奴だったら、身を守って当然でしょ!」
「それらしい守り方があるだろうが!普通の娘は実力行使に出たりしねえんだよ!」
「実力があるんだからいいでしょ!」
「まずそこが普通じゃねえんだよ!」
いい加減、レオンは口を挟む事にした。
「あの!」
凄い形相の2人に睨まれて、レオンは思わず両手を挙げた。その両手にはナイフとフォークが握られたままである。
圧倒的な視線に負けそうになりながらも、レオンはなんとか進言した。
「・・・喧嘩はやめませんか?他のお客さんもいるし」
そう言って周囲に視線を走らせてみるが、どういうわけか、誰も気にした様子はなかった。
もしかして、いつもの事なのだろうか。
ガレットとその娘は、2人同時に大きく息を吐いて、そして、一瞬で口元に笑みを見せた。
「・・・そうね。今日はまあまあよかったかも」
「そうだな。悪くない」
レオンには、その言葉の意味が分からなかった。
「え?・・・あの、どういう意味ですか?」
2人は何食わぬ顔で言った。
「親子のコミュニケーションなの。たまにやるんだけど、今日は結構いい戦いだったわ」
「ストレス発散でもある。なかなかスッキリするんでな」
レオンの身体に、どっと疲れが押し寄せた。
どこからが、その戦いだったのだろうか。気を揉んだ自分が馬鹿みたいである。
そこで、ガレットが思い出したように言った。
「ベティ。そいつが飯を食い終わったら、伝承者の所まで案内してやれ」
「デイジーのとこ?」
「そうだな・・・それと、ニコルの所も」
「ニコルもー?大丈夫なの?」
「真面目な奴だから、大丈夫だろ」
「染まっちゃったら困るでしょ」
「いざとなったら、俺がどうにかする。とにかく、会わせてみろ」
「はーい。まあ、面白そうだからいいけどね」
なんて素直な返事なのだろうか。さっきの口喧嘩は本当に嘘みたいである。そういえば、店に入る前の会話も結構スムーズなものだった。
そこでレオンは気付いた。
「あ・・・ベティさんっていうんですか?」
そちらを向いて聞くと、ベティは微笑んだ。栗色のポニーテールと瞳が印象的な、活発そうな少女。腕が立つようだが、それももしかしたら冗談なのかもしれない。
「そう。ベティ。そこの親父の娘で、ここでも働いてるからよろしくねー」
「あ、はい。僕はレオンです。よろしく」
「レオンはさあ・・・」
すぐに会話を始めようとするベティをガレットが止めた。
「先に飯を食わせてやれ。冷めちまうぞ」
「あ、そうだねー。さあ、とっとと食えー」
ベティが笑いながらレオンの背中を叩く。
その衝撃で食べ物が変な場所まで入ってしまい、レオンはしばらく咳が止まらなかった。