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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第3章 ジーニアス・ステラ
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戦術指南



 ニコルのガレージには、デスクがひとつだけある。奥の一角を占めているそれは、なかなか年季の入った代物で、所々黒ずんだり傷が付いたりしている。それでも、作りの良い立派な物だから、歪んでガタガタ揺れたりするわけでもなく、今でも机として十分な機能を果たしている。普段はそこでニコルが本を読んだり何か作ったりしているし、レオンが解錠の練習をする時にも使わせて貰っていた。

 古いけれど、木の温もりが感じられるいい机だと思っていたが、さっき聞いてみたところ、これはかつてハワードが使っていた物らしい。

 学校に通っていた頃、この机がお気に入りだったニコルは、よく勝手に座っては彼に怒られていたようだ。セットになっているイスではなくて、文字通り机の方に座っていたらしい。行儀がよくないのはもちろん、幼い頃の話だから、落ちたり身体をぶつけたりしても危ない。ハワードが怒るのも当然だろう。

 だが、ニコルが卒業する折りに、なんとハワードはこの机を譲ってくれたのだそうだ。どうせ処分する予定だったからと言っていたそうだが、どう見ても安物ではない。自分の子供ならともかく、大勢いる生徒のうちの1人でしかないニコルにあっさりあげられるようなものではないはずだ。ニコルはきっと子供の頃から頭が良かっただろうから、同じ勉強家タイプのハワードも、どこか親近感を抱いていたのだろうか。2人とも今は同じ伝承者だという事を考えると、何か不思議な縁をレオンは感じてしまう。

 それはさておき、そのデスクも今は漆黒のカーバンクルの昼寝場所になっている。誰も使っていない時は、クロが率先してそこに陣取っているような気がする。もしかしたら、留守を預かっていると勘違いしているのかもしれない。

 レオンとニコルは、ガレージの中央で向かい合って座っていた。

 ここにはイスがひとつしかない。デスクとセットになっているイスだけである。だから、2人以上いる場合、全員がイスに座るのは不可能という事になる。レオンがいる時、ニコルは床に直接座っている事も多い。現在の2人もその状態である。足を投げ出して各々が楽な姿勢で座っているが、レオンはニコルの座り方が気になって仕方がなかった。

 両足を横に投げ出した座り方。女の子がよくする座り方である。レオンにはどうしても難しい座り方だが、恥ずかしいとかそういう意味ではなく、そうやって座ると太股の外側が痛くて仕方ないのだ。女性はよくそんな座り方が出来ると不思議に思うのだが、ニコル曰く、結構安定するし、長く座ってても楽な座り方なのだと言う。

 それならそれで、ニコルがどんな座り方をしようが、それはニコルの勝手である。しかし、レオンが気になっているのは、ニコルがその座り方をするのを初めて見たからだった。今までにニコルが床に座っているのを何度も見たが、乱雑に足を投げ出している場合がほとんどだった。どちらかといえば、男性的な座り方。女性的に座っている場面を見るのは初めてだったのである。

「そんなに気になる?」

 ふと気付くと、ニコルは大きな瞳でこちらを見ている。シャーロット程ではないにしろ、ややあどけなさが残る子供っぽい中性的な顔立ち。だが、レオンがこれほどまでに気になっているのは、まさにそのシャーロットに会ったからだと言える。

 気まずさにレオンは頬を掻く。

「いや・・・なんかゴメン」

「僕がシャーロットに似てるのがそんなに気になるかなあ・・・もしかして、シャーロットと何かあった?」

「特には・・・」

「うーん、じゃあ、シャーロットに一目惚れしたとか?」

 普通なら取り乱すシチュエーションかもしれないが、レオンは苦笑するだけだった。

「可愛いとは思うけど、まだ子供だし」

 シャーロットはニコルの妹だと言ってもいいような容姿をしているのだ。ニコルですら子供に見えるのだから、シャーロットは尚更である。

 すると何故か、今度はニコルが苦笑する番だった。

「子供・・・レオン。それはシャーロットの前では言わない方がいいよ」

「え?」

「シャーロットは僕とは違って気にしてるから。まあ、まだ16歳だから、これから成長する可能性だってあると思うけど・・・」

 その先はレオンの耳には届かなかった。

 開いた口が塞がらない。その言葉を今まさに体感している。そんな分析をしている自分がいたが、それはつまり、意識が身体を見下ろせる位置まで飛び出ていった証拠だと言える。

 16歳。

 つまり同い年。

 どう見ても、10歳を越えているようには見えなかったのだが。

「・・・生きてる?」

 気が付くと、真顔のニコルが目の前で手を振っている。生存を心配されるような顔をしていたという事らしい。

「あ・・・なんとか」

 どこか上の空で答えるレオンを見て、ニコルは少し困ったような顔になる。

「あれでもれっきとした店長なんだから、見た目通りの年齢なわけがないって気付きそうなものだけど・・・」

「そ、そうだよね」

 その通りなのだが、何かの都合で子供が店番をしていたのだろうと思い込んでいたのだ。

「まあ、手遅れになる前みたいだからよかったよ。シャーロットはそういう事言われたら、一生忘れないタイプだから」

「そ、そっか」

 淡々と言ったニコルだが、レオンとしては目の前の人物がシャーロットに見えて仕方ないわけで、子供だと勘違いしていた事が本人に露呈してしまったような、そんな印象が拭えない。

「それはもういいから、本題に戻るよ」

 普段通りの口調でそう言ってから、ニコルは目線を床に下ろす。そこには、色とりどりのガラス玉がいくつか載った金属板が置かれている。何をしているのかというと、端的に言えば、モンスターと戦う時の様子をシミュレーションしているのだ。要は作戦会議みたいなものである。

 レオンも同じく板上を見つめる。こちらが頼んだ以上、こちらが真剣に取り組まないと話にならない。

「よくあるのはこうだよね。アスリートが盾になって、ジーニアスが魔法でやっつける」

 ニコルは金属板の上に青いガラス玉を置き、その周りを囲うように白いガラス玉を3つ置く。

「魔法は弓とかとは違って、相手を直接見なくても使える。目には見えない特別な感覚を使っているからだよね。だから、周りを仲間が囲っていても、その向こうにいる敵を攻撃出来る。弓だと視界が通らないと使えないから、こう、見える位置まで動く必要があるけどね」

 青いガラス玉をあちこち動かしながら、ニコルは説明している。どうやら、青い玉がジーニアスや射手という事らしい。

「アスリートが攻撃を食い止めて、その後方に安全な場所を作る。つまり戦線を作るという事だけど、その安全な場所からジーニアスが魔法で攻撃する。そうすれば、アスリートは防御に専念出来るし、ジーニアスは攻撃に専念出来る。両方が攻撃と防御を意識しながら戦うより、その方が楽だし安全だよね。弓より魔法が重宝されるのは、こういう戦術の時に便利だから。弓だと、例えば、こう・・・」

 脇に置いてあった黒いガラス玉を手に取り、白いガラス玉に隣接させる。

「アスリートと敵が近接戦をしてる時、弓だと狙いがつけにくい。自分を守っているアスリートの背後から射るのはもちろん、仮に敵の背後に回ってから射るとしても、外したら味方に当たりかねない。だからといって、弱く射るってわけにもいかないしね。その点、魔法は威力や範囲をある程度自由に決められるし、視界が通らなくても、魔力の流れさえ通っていれば使える。この例みたいにアスリートと敵が剣を交えているとしたら、ジーニアスなら無理に敵を倒す必要はなくて、冷気で足止めするとか、目眩まししてみるとか、そういう方法で援護するだけでもいい。そうすれば、戦っているアスリートがとどめを刺してくれるわけだから」

 なるほどとレオンは頷く。確かにステラは、犬型モンスターと戦っている自分の背後から、魔法でそのモンスターを倒していた。あの通路は視界が通らない程狭いわけではないが、それでもステラにモンスターが全て見えていたとは思えない。見えなくても攻撃出来るというのが、魔法の利点のひとつのようだ。

 ニコルは赤いガラス玉を摘んで、金属板の上に置く。その位置は、黒と白が戦っている場所を挟んで、青い玉の反対側である。

「これくらい作戦なら、きっとモンスターだって思い付くよね。だから、だいたいこういう感じになると思うな。白がレオンで、青がステラ。黒がモンスターの前衛で、赤が魔法を使うモンスター」

「うん。そうだと思う」

 そこでニコルは、黒い玉を3つ無造作に追加する。そして、レオンの方を向いた。

「だけど、向こうの方が数が多いはず。違う?」

「そうなんだ。だけど・・・」

 言葉に詰まるレオン。この後が、どう考えを広げたらいいのか分からないのだ。

 腕を組んでから、ニコルは金属板に視線を戻す。

 白い玉、つまりレオン1人だけでは、戦線を作るというのは難しいだろう。青い玉を狙う3つの黒い玉全てを妨害するのは不可能だと言える。そして、残る赤い玉。これがなかなか厄介なのだ。

「魔法相殺かあ・・・凝った真似をするねえ」

 どういうわけか深々と頷くニコル。気のせいか、少し微笑んでいるようにも見える。

「・・・凝ってるの?」

 そんな感想を抱ける程、レオンは魔法の事に詳しくない。だが、ニコルも魔法が使えないにも関わらず、何か思うところがあるような様子である。もしかしたら、前世の記憶に関係があるのだろうか。

 視線は落としたままで、ニコルは突然質問してきた。

「ジーニアスを倒す方法って考えた事ある?」

 もちろんと言うべきか、全く考えた事のないレオンである。

 返事は聞くまでもないと言わんばかりの早さで、ニコルは言葉を続けた。

「寝込みを襲うとかは置いといて、正面から戦う場合だけど、ある程度のジーニアス相手になると、アスリートだと手がつけられない強さなんだ。個人の戦闘力もそうだけど、ジーニアスはアスリートとは段違いにルーンを使いこなせる。強力なジーニアスになると、身につけているルーンの防御を突破するだけでも相当困難な事になる。ただでさえそんな状態なのに、向こうは強力な魔法を連発してくるんだから、もう一騎当千と言ってもいいよね。伝説のジーニアスくらいになると、何千人の軍隊を相手にしても無傷で追い返したとか、そんな話があるくらいだし」

 そんな話は聞いた事がないが、ニコルが言うのならその通りなのだろう。災厄級と呼ばれるモンスターを倒すには、恐らくレオンには想像だに出来ないような力が必要だったに違いない。

「だけど、ジーニアスもいい人ばかりじゃない。中には強大な力を振りかざして好き勝手やってた人もいる。そういう人をどうやって倒すのか。その時に重要になるのが、魔法相殺の技術なんだ。魔法相殺は、元々ジーニアスを倒す為の手段だったんだよ」

「え、そうなの?」

 ニコルは視線を上げない。

「魔法の才能はそれほどでもないけど、代わりに剣の腕を磨いた人がいたとする。まあ、世に言う魔法剣士だよね。その魔法剣士が、普通のジーニアスと戦ったとする。距離が十分にあったとして、ジーニアスはすぐに魔法準備を始めるよね。だけど、魔法剣士には、相手がどんな魔法を使うのか分かる。だから、準備がどれくらいかかるかもだいたいだけど分かる。その間に距離を詰める。そして、相手の魔法が発動しそうになったら、その場で立ち止まって魔法相殺する。魔法相殺は準備が短くて済むから、多少余裕を持って早めに立ち止まったとしても十分間に合う。これを繰り返せば、剣が届く距離まで近付けるよね。まあ、近距離になれば相手の準備も早くなるから、だんだんタイミングがシビアになっていくけど。魔法剣士になる人は、その辺りの間合いというか、勘というか、そういうものに優れた人が多いんじゃないかな」

「へえ・・・」

 魔法剣士という言葉を実は初めて聞いたレオンである。だが、なかなか面白いと思った。ただ攻撃するだけではなくて、魔法にはそういう使い方もあるのだ。

 相変わらず視線を落としたまま、ニコルは話を続ける。

「これはあんまり強くない人同士の話だけどね。もっと強力なジーニアスを相手にする場合、簡単には近付けない。そういう時にどうするかっていうと・・・」

 不意にニコルは、金属板上の赤いガラス玉の周囲に、青い玉を並べ始める。赤を囲う青玉の数が10になったところで、ニコルは話を再開する。

「ジーニアスをたくさん集める。あんまり強い人じゃなくてもいいけど、魔法相殺に慣れている人がいいね。さっき言った魔法剣士とか。そういう人をたくさん集めて、相手の魔法をひたすら相殺し続けるんだよ。要は消耗戦。とにかく相手を疲れさせる。逃げようとすると思うけど、その魔法も相殺する。回りくどいようだけど、これ以外に確実な方法がないから仕方ないよね。とにかく魔法の力を封じないと勝ち目がない」

「それって、1人でもいいんじゃない?」

 レオンは思い付いたまま質問してみた。魔法相殺は手間がかからないはずだから、1人いれば十分ではないだろうか。

 ニコルは下を向いたまま口元を上げる。結構珍しい表情かもしれないが、全くないというわけではない。

「そこなんだよ。僕が凝った真似って言ったのは」

「え?」

 ようやく、ニコルは視線を上げる。表情はもういつも通りに戻っていた。

「魔法相殺は確かに準備が簡単なんだ。だけど、必ず成功するわけじゃない。特に、相手の方が実力がある場合は、逆に利用される事もあるんだよ。昨日のステラとモンスターの戦いも、完全に向こうに見切られたんだと思う」

「見切られた?」

 頷くニコルだが、直後に少し首を傾けた。

「まあ・・・断言出来るわけじゃないけどね。でも、聞いた感じだとそうだと思う。そういう話は結構本に書いてあるんだよ。僕達には見えないけど、魔法は論理と読み合いの戦いなんだ。相手に完全に読まれてしまえば、こちらの論理を利用される事になる。レオンが吹き飛ばされた魔法だけど、雹が混じってたんでしょ?」

「え?あ、うん・・・」

「それがつまり、ステラの力が利用された証拠だと思うな。相殺しようとしたステラの魔法を読んで、すぐにそれを取り込んだ魔法に上書きしたんだよ。だから、雹が混じっていたし、魔法の威力も強力になっていたんだと思う」

 そう言えば、あの後のモンスターの魔法には何も混じっていなかったはずだ。ニコルの説を裏付けているような気がする。

「魔法相殺に読みが必要なのは、そういう意味でもあるよね。相手がこちらの相殺を読んでくるかもしれない。それを逆に利用してくるかもしれない。先の先まで読んだ対応をしないといけない。こういう言い方もなんだけど、ステラはモンスターを甘くみていたんだと思うな。そんな読み合いをしてくるとは思っていなかったんだと思う」

「なるほど・・・」

 確かに辻褄は合っている。レオンも最初はモンスターを甘く見ていた。動きが遅かったり、それ以前に頭なんか使いそうにないモンスターでも、実際には作戦や戦術をしっかり考えている場合もあるのだ。

 ニコルは再び視線を金属板に落とす。レオンの視線もその後を追った。

「だから、結局それが間違いなんだよ」

「それって?」

 白いガラス玉を摘んで、ニコルは言った。

「今までレオンは、1人で戦えるように訓練してきたわけだよね。最低限の軽量な防具で、武器は遠近両用。どんな敵が相手でも、どんな状況でも対応出来る。だけど、対応と言っても、どんな敵でも倒せるという意味じゃない。前にも言ったよね?レオンが決定的に妥協しているのは、与えられるダメージの総量。要は、武器の威力と継戦能力。レオンが1人で戦えるのは、敵を倒す事を絶対視していないから。とにかく生き残る事を優先して、相手の戦術に絡め捕られないように対応力を上げ、すぐに逃げられるように身軽な格好をしている。その分武器も軽くなるし、飛び道具が多いから長くは戦えない」

「それは分かるけど・・・」

 その分析を元に、自分はどうしたらいいのか。

 ニコルはこちらを見る。ライトブラウンの瞳はいつも全く動じない。

「つまり、レオンがステラを守るっていう発想がダメなんだよ」

「・・・え?」

 一瞬思考が止まってしまったレオンだった。一生懸命にそればかり考えていたのだが。

 それには構わず、ニコルはこちらを見据えたまま話を続ける。

「レオンの持ち味は対応力の広さだよね。それなのに、最初に話したような普通の戦術に、つまり、アスリートがジーニアスを守るっていう発想に囚われていたらダメなんだ。むしろ、この例で言ったら逆だよ」

「逆?」

 持っていた白い玉を、ニコルは赤い玉の横に置いた。魔法を使うモンスターの隣である。

「ステラが赤に対応しても、つまり魔法相殺した場合だけど、その場合、複数存在する黒にレオンは対応出来ない。だけど、レオンが赤でステラが黒なら対応出来るはずだよ。赤は強力なモンスターだけど、1対1ならレオンは対応出来る。黒は複数いるけど、魔法の使えるジーニアスなら処理出来る」

「いや、でも・・・これ、ステラが危なくない?」

 複数のモンスターに囲まれる事になる。ニコルは処理出来ると言うが、失敗したらどうするのか。

 そのレオンの言葉に、あっさりニコルは断言した。

「危なかったら、レオンが対応するんだよ」

「・・・本気?」

 口で言うのは簡単だが、実際にするのには無理が生じないだろうか。

 ニコルの口調は淡々としたままだった。

「確かにステラの危険は増す事になる。だけど、2人全体としたらどう?前は黒2つがほぼ自由だった。魔法相殺に集中するせいで、ステラもそれに対応出来なかった。そもそも、ジーニアスにはレオンのような対応力はないんだし。それに比べれば、こちらの方がステラは落ち着いて黒に対応出来るよ。何より、この方が2人の強みが生きる」

「強みが生きる?」

「レオンには攻撃力がない。だけど、ステラにはある。だから、ステラの能力で生かすべきは攻撃力だよね。前の例だと魔法相殺なんて事をしてたから、その攻撃力も宝の持ち腐れだった。ステラはなるべく攻撃に力を使うべきなんだ。それがレオンの弱点を補ってくれるし、それがそのまま、2人の安全を作るという事になるよね。結局のところ、敵を倒す事が一番安全に貢献してくれるんだから。そして、この場所にいるレオンだけど、ここの方がよっぽど危ないって事に気付いてる?」

 金属板の上をまじまじと見るレオン。

 赤の隣にレオンの白はいる。その少し後方にステラの青があり、2人を囲むように黒のモンスターが3つ。

 こう見てみると確かに、レオンは敵に囲まれている状態と言ってもいい。ステラの方に敵が向かう事を心配していたが、仮にこちらに向かってきた場合、前方を既に塞がれているレオンは、まさに逃げ場がない。

 ニコルは白い玉を指で押さえる。

「ここは敵の中心だと言ってもいい。だけど、レオンはまず最初にここに行くべきなんだよ。この位置に立てば、すぐ横の赤モンスターに攻撃も出来るし、黒モンスターに投擲が届く位置でもある。状況に合わせるのが理想だから一概には言えないけど、敵の中央にいれば、臨機応変に適切だと思った行動をとれる。そして、何より重要なのは、ステラに向かう敵へのプレッシャーになるという事。いつダガーが飛んでくるか分からないと思わせるだけでも、向こうが無視出来ないだけの牽制になる。もっと言ってしまえば、レオンは出来るだけ目立たないといけない」

「目立つ・・・」

 レオンにとっては、結構苦手な事かもしれない。

 白から指を離し、ニコルはこちらを向いた。

「最初に戦線の話をしたけど、レオンの場合は楔と言ってもいいと思う。レオンの対応力を生かすには、まず中央に飛び込んで敵の注意を引きつける事。当然敵の攻撃も集まるけど、身軽なレオンなら対応出来る。そして、出来るだけ向こうの妨害をする事。これも、遠近両用の人間ならではだよね。攻撃力はないけど、妨害だけならそれは関係がない。この両方が出来るのは、軽い鎧を着ている人間だけだよ。重い鎧を着た人間だとただの障害物になってしまうし、ジーニアスだと防御が薄すぎて敵の攻撃に耐えられない。敵の中央で注目を浴びて、敵に対する潜在的脅威というか、重石になる。あとはひたすら生き延びる事。そうすれば、ステラが敵を片づけてくれる。もちろん、ステラが危なければそれに対応しないといけないし、敵が魔法を使うようならその準備兆候にも注意を払わないといけない。それらにも臨機応変に対応しないといけないけど、基本的な流れはこんなところじゃないかな」

 正直、聞く前は無理な話だと思ったが、聞いてみると筋が通っているように思えてくる。少なくとも、レオンの対応力とステラの攻撃力を生かすという一貫性はある。何かの本で読んだのかもしれないが、仮にそうだとしても、レオンが一晩考えても道筋すら見えなかった難題に、すぐに答えを示してみせた。それが目の前のあどけなさが残る人物だと知ったら、多くの人が驚くのではないだろうか。

 スニークの伝承者という肩書きだが、間違いなくニコルには卓越した頭脳がある。知識の豊富さももちろん、発想や洞察にも優れている。ニコルと同い年のレオンだが、素直に尊敬してしまう程だ。

 気付くとレオンは、ニコルの手を握っていた。

「な、何・・・?」

 珍しく戸惑った様子のニコルだが、レオンの目には映っていなかった。

「・・・ありがとう」

「はい?」

「ありがとう!これでステラと一緒に戦えるかも!」

 笑顔のレオンだが、ニコルはどう見ても戸惑っている。 

 しばらくしてからそれに気付いたレオンは、慌ててニコルの手を離した。性別不詳だから、女性の可能性もある。いや、むしろ男の方が、手を握られたら気持ち悪いかもしれない。

 条件反射的に、レオンの口からは謝罪の言葉が発せられていた。

「ご、ごめん・・・」

 それを聞いたニコルは照れた様子だった。それだけでも珍しいが、今はほんのり頬が朱いような気がする。

 気まずい沈黙が数秒間流れたが、それを打ち消すようにニコルが話を切り出す。

「お役に立てたのはよかったけど、肝心な事を忘れてない?」

 急に聞かれてもレオンは何も思い当たらない。

「何?」

 ニコルは金属板の上の赤いガラス玉を示す。

「今の話は、レオンが魔法を妨害出来ないと成立しない。ダガーを弾くような防御を備えたやつだと、レオンがプレッシャーになれないし」

「あ、そっか・・・」

 言われてみればその通りである。

 せっかく見つけた糸口が消えたような気がして落ち込んだレオンだが、どういうわけか、ニコルは妙に嬉しそうだった。本当に今日は珍しい表情が多い。

「・・・どうかした?」

 尋ねたレオンに対して、ニコルは頷く。

「要するにね。僕のプレゼンテーションが終わったんだ」

「プレゼンテーション?」

 まだ分からないレオンだが、ニコルの次の一言で分かった。

「もしかしたら、魔法妨害どころか、一撃で木っ端微塵に吹っ飛ばせるかもしれないガジェットがあるんだけど・・・そろそろ火薬嫌いを克服してみる気になった?」

 つまり、爆発系のガジェットのようだ。あまり火薬に関わりたくないレオンを気遣って、それ系のガジェットは封印してくれていたニコルだが、本来は派手な効果を起こす事が本領と言ってもいい人物である。内心使わせたくてうずうずしていたのかもしれない。

 正直まだ苦手感は否めないレオンだが、確かに魔法を妨害する手段は必要だろう。

「・・・まあ、ちょっとだけなら」

 怖ず怖ずと言ったレオンに、ニコルは満面の笑みを見せる。これも久しぶりの表情だった。

「本当?よっし、任せて!とんでもないのを紹介するから!」

 とんでもないという形容詞が、既に不吉で仕方なかった。

「あの・・・ちょっとだけがいいんだけど」

 もう一度念を押したレオンだが、どうやら聞こえていないようだった。既にニコルは、デスクの横にある木箱の中にゴソゴソと両手を突っ込んでいる。

 その騒々しい音に、デスクの上で昼寝中だったクロが紫の双眸を開いたが、すぐにまた閉じてしまった。無関係の態度を決め込む気らしい。

 カーバンクルは気楽でいいなと、ほんの少しだけクロの事が羨ましくなったレオンだった。



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