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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第3章 ジーニアス・ステラ
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ブラインド・センス



 包丁で野菜を刻む規則正しい音が、隣のキッチンから聞こえてくる。他には、鍋の中で何かが煮えている音、時折薪が熱で弾ける音。そして、レオンは聞いた事のない、かなりアップテンポの鼻歌を口ずさんでいるベティの機嫌良さそうな声。

 こちらのダイニングにも、湯気と一緒に、野菜の煮える美味しそうな香りが漂ってくる。何かスープを作っているらしいが、どんなスープなのかは分からない。それと混ざり合うように、ダイニングテーブルに置かれた4つのカップからも、何かのハーブらしきいい香りがする。

 レオンはそれとなく室内を観察してみる。普通に見れば、少し寂しい感じはするものの、綺麗に整頓されているスッキリとした部屋だ。あまり細々とした物は置いていない。家具も少なく、目を引く物といえば、窓際にいくつかある植木鉢くらいだろうか。そこに植えられている花が、この部屋唯一の装飾品と言ってもいいかもしれない。

 開放的な部屋と捉える事も出来る。しかし、この内装は、家主の嗜好をそのまま反映しているわけではない。

 自分のすぐ隣に、ステラが座っている。そして、向かいにはシャーロットが。

 ステラの正面、自分の斜向かいに座っているのが、ここの家主だった。

 泰然と姿勢良く座っている、大人っぽい女性である。上品で落ち着いた物腰はどこかデイジーに似ているが、レオンの印象としては、向かい合っているステラの方がよく似ているような気がする。大人っぽいとはいえ、自分達と年齢がそれほど離れていないはずなのだ。それなのに、何事にも動じないと思わせるような超然とした雰囲気が彼女にはあった。自然な微笑みを浮かべている今の姿は、十分女性らしくて柔らかい印象だが、どこか芯が通った力強さも感じる。そういう相反する性質を共存させている女性。あと何年かしたら、ステラもこういう雰囲気の女性になるのだろうか。

 だが、彼女とステラには決定的な違いがあった。

 単に違いというだけなら、例えば髪も違う。だけど、彼女の髪は緩くウェーブした栗色のロングヘアだから、この町では一般的なものだ。そうではなくて、もっと特別な点が彼女にはある。

 それは彼女の瞳だった。とは言っても、瞳の色が問題なのではない。

 彼女の瞼は、ずっと閉じられたままなのである。

 ここの家主であり伝承者でもあるフィオナは、目が見えない。

 この家にお邪魔する前、ベティはその事実だけ教えてくれた。だが、気を遣って欲しいとは言わなかった。言わなかったものの、普通は気を遣ってしまうだろう。そう思っていたレオンだったが、その考えも今は曖昧になりつつある。

 レオンは改めてフィオナに視線を戻す。

 フィオナは本当に堂々としているのだ。こうしていると、盲目の人だと分からない程である。ただ目を瞑っているだけにしか見えない。玄関で迎えてくれた時も、ここにお茶を運んでくれた時も、ずっと普通に微笑んで、普通に話していた。多少動きが不自然なところもあるが、盲目で不自由しているとは思えない程度でしかない。

 長年この家で生活しているから慣れているのだろうかと思ったが、ふと、レオンは気付いた。彼女は白と水色のワンピースを着ているが、その左胸の辺りに銀のブローチをしている。その中心にサファイアのような青い宝石がはめ込まれているのだ。

 さすがに、ついさっき同じ様な物を見ていたので、レオンにもすぐ予想がついた。

「このルーンが気になりますか?」

 突然、フィオナの声がする。彼女の声は今の時期の日差しのように、穏やかで暖かみのある声である。

 だが、その言葉の内容にレオンは驚きを隠せなかった。

 どうして自分の視線がどこを向いているのか分かったのだろうか。

 こちらが何か言うよりも早く、フィオナが申し訳なさそうに言った。彼女は目を閉じたままだが、顔はこちらを向いている。

「あ、すみませんでした。驚かせるつもりはないんですよ。私の目が見えない事、もう聞いていたんですね?」

「えっと・・・はい」

 こちらが驚いたのにも気付いていたらしい。レオンは声もあげなかったというのに。

 キッチンからベティの声が飛んでくる。

「ごめんねー。一応言っておいた方がいいかと思って」

 フィオナは笑顔で返事をした。声のした方角を正確に向いている。

「いいの。それより、本当に1人で大丈夫?」

「任せてー。こっちはいいから、とにかくステラをよろしく。ステラがここまで来たのは、フィオナさんに会う為だったと言っても過言じゃないから」

「え?そうなの?」

 嬉しそうな顔になって、フィオナはステラの方を向く。そんな話は初めて聞いたレオンだが、確かにステラは少し緊張しているようだった。

「お名前は、ステラさん?」

「あ、はい・・・」

「遠い所からわざわざ着て貰って・・・でも、こんな何の変哲もない伝承者でごめんなさいね。おまけに目が見えないなんて、残念だったでしょう?」

 言い方によっては深刻な雰囲気になりそうだが、フィオナはいとも簡単に、明るい口調で言ってしまった。

 ステラは両手を胸の前で小さく振る。相手には見えないはずだが、ついやってしまうのが人の心理だろう。

「いえ!全然・・・」

「こんな普通の女ですけど、精一杯お手伝いさせていただきますね。普通の人間なりに、どんな悩みでも受け付けますから。ただのお姉さんだと思って、いつでも気軽に来て」

 ニコニコと微笑むフィオナにつられるように、ステラも顔を綻ばせる。

「はい・・・よろしくお願いします」

 次に、フィオナはこちらを向いた。

「ごめんなさい。お名前は何でした?」

 玄関が開かれるなりベティとシャーロットが勝手に上がり込んでいっただけであって、自己紹介する暇がなかったのは、フィオナの責任ではない。

「レオンです。よろしくお願いします」

「アスリートですよね?」

 実際その通りだが、目が見えないのに何故分かるのだろう。仮に見えていたとしても、レオンはよくジーニアスだと勘違いされるというのに。

 すぐに返事が返ってこなかった為なのか、そこでフィオナは苦笑した。

「あ、またごめんなさい。つい感じた事をそのまま話してしまうんです」

「いえ・・・」

 感じた事という言葉の意味が、レオンにはよく分からない。

 フィオナは胸のブローチに触れながら説明する。

「このルーンは、目が見えない私用に、シャーロットが調整してくれた物なんです。一応、私にも魔法の才能がありますから、その魔法的な感覚というか・・・アスリートの方には分からないかもしれませんけど、ジーニアスだけに感じ取れる感覚があるんです。その感覚を応用して少し視覚を補助するのが、このルーンの力なんです。ですから、全く目が見えないというわけではないんですよ」

「そ、そうなんですか・・・」

 論理は分からないでもないが、直感的には理解出来そうもない話だった。

 そこでシャーロットが補足する。

「フィオナの目が見えているわけじゃない。だけど、例えば、耳が凄くいい人とか、鼻が凄く利く人だったら、それを頼りに周囲の様子をある程度知る事が出来る。人間以外の動物では、割と一般的な性質」

「あ、なるほど・・・」

 確かに、人間よりも耳や鼻が利く動物は多い。

「フィオナの場合、魔法の才能に優れているから、その分鋭敏な魔法的感覚を持っている。そのルーンは、その感覚を整理して、視覚として与える役割を果たしているだけ。言ってみれば、ただの錯覚」

「錯覚ですか?」

 思わず聞き返すと、シャーロットは頷いた。

「元々、フィオナの魔法的感覚は視覚を補って余りある程強い。必要だったから日常的に訓練していたとも言えるけど、先天的な才能も大きい。その結果、ルーンがなくても、フィオナは1人で生活が出来ていた。私には体感しようもないけど、目が見えないとは言っても、たぶん周囲の事がおおよそ分かっているはず」

 目が見えなくても周囲の事が分かる。レオンが目を瞑ったとしたら、ほとんど何も分からないに違いない。平原のモンスターに目眩ましの魔法を使われた時の事を思い出してみても、視覚がどれほど重要なものなのかはよく分かる。

 それを補える程、フィオナの魔法的感覚というものは強いようだ。レオンにも体感しようがないが、その凄さだけは、なんとなく理解出来た。

 レオンはステラの顔色を窺う。ジーニアスの彼女なら、フィオナの話も、ある程度身近な話として受け入れられるのだろうか。

 見てみると、やはり彼女の青い瞳は少し見開かれているようだった。レオンには実感しようがなくても、彼女には驚ける程度に実感がある話らしい。

 しばらく間を空けてから、フィオナはこちらを向いたまま説明を続ける。

「難しい話をされても困りますよね。とりあえず私の事は、目が見えないように見えて、実は見えている人だと思って貰えればいいですから」

 なんというか、本人が言っているとはいえ、その言い方はさすがにあんまりだろう。傍から聞くと嘘を吐いているようにしか聞こえない。まさか冗談なのだろうか。

「いや、それは・・・」

 レオンが苦笑しながら言うと、フィオナも笑顔を返してくれる。本当に見えているとしか思えない反応の早さだった。

 そこで話は終わりとばかりに、フィオナはステラの方を向く。

「ステラさん。私に会いに来たとベティが言ってましたけど、実際には、サイレントコールドの故郷に近いから、この町に来たんですよね?」

 頷いたステラだが、すぐに気付いたように返事をした。目が見えていない事は間違いないのだから、声にした方が分かり易い。

「はい」

 フィオナは微笑んでから頷く。

「私も少しだけですけど、その気持ちが分かるような気がします。もし私がここから遠い町の出身で、そして冒険者になってみたいと思ったら、きっとここまでやってきたと思います。夢の中の彼女と同じ景色を見てみたい。同じ思いを共感してみたい。私はこんな身体ですから、冒険者になるのは無理な話ですけど、せめてステラさんのような人を応援したいと思ってこの仕事をしています。是非、ステラさんの夢に協力させて下さい」

 本当にストレートな人だとレオンは思った。自分が盲目だという事を、何の躊躇もなく自分で口にしてしまうのだ。何も包み隠さず話している。その印象がそのまま、彼女の言葉に誠意のようなものを感じさせる。ある意味、盲目である事を利点にしていると言えるかもしれない。

 ステラの表情には笑みがこぼれていた。

「ありがとうございます。あの・・・よろしくお願いします」

 微笑みを交わしあうステラとフィオナ。とりあえず、最初の信頼関係が築けたようなので、レオンにとっても嬉しい事だった。

 だが、それはそれとして、気になる事があった。

「あの・・・」

 レオンが遠慮がちに口を開く。

「その、フィオナさんは、サイレントコールドの伝承者なんですか?」

 誰もはっきり言わないものの、どうやら話の流れからすると、そうかもしれないと思えてきたのだ。

 質問に答えたのは、無表情そのもののシャーロットだった。

「・・・今更何を言ってるの?」

 どうやら気付かなかったレオンが鈍感だったらしい。

 馬鹿な質問をしたような気がして、いたたまれなくなってきたレオンの心情を察してくれたのか、フィオナが何事もなかったかのように話題を変えた。

「それで、ステラさん。シャーロットからおおよその事は聞きました。ルーンの事をあまりご存じないようですね?」

「あ、はい・・・」

 控えめに答えるステラに対して、フィオナは優しく微笑む。

「では、私の最初の仕事として、簡単に説明しておきます。あ、そうそう・・・それと、後で服のサイズを測らせて下さい」

「え?」

「私、こう見えても、服やアクセサリーのデザインもしているんですよ。ジーニアス用の魔導衣だって作れます。ちょうどルーンの調整を頼んだそうですから、一緒に魔導衣も作っておきますね」

 魔導衣というのは聞いた事がない言葉だが、どうやらステラが着ているような、ローブの事のようだ。

 それはそれとして、目が見えないデザイナーというのも、相当珍しいのではないか。だが、目の前の女性ならそれもあり得ると思ってしまうのも確かだった。フィオナの感覚がそれだけ鋭敏という事なのだろう。あるいは、余程デザインセンスに優れているのか。

 だが、ステラが気になったのはそういう事ではなかったらしい。

「あの、そんな・・・そこまでして貰うのは悪いです」

 やたら遠慮しているのを見ると、もしかしたら、魔導衣というのは高価な物なのだろうか。ただのワンピースにしか見えないのだが。

 そこでシャーロットが口を挟む。

「ギルドに請求するから問題ない。元々、高いのはルーンそのものだし。ステラはルーンがもうあるから、むしろ安上がり」

 ステラは意外そうに聞く。

「そうなんですか?」

「こう言ったらなんだけど、あのルーンは結構高価な物だから、服よりもルーンを盗まれないように気を付けて。服は代えが利くけど、あのルーンはそうはいかない」

「えっと・・・はい」

 返事をしにくそうなステラだった。金銭的価値を別にすれば、服を盗まれる方が困るに違いない。

 子供らしい真っ直ぐな視線をステラに向けながら、シャーロットが聞く。

「ベティのところに泊まってるの?」

「あ、はい。ベティの部屋にお邪魔させて貰ってます」

 この町に来た初日にいろいろあった為、ステラはベティの部屋で寝泊まりしているのだ。

 シャーロットは呟いた。

「最強」

 ただ一言だけだったが、言いたい事は十分過ぎる程伝わった。隣にはガレットの部屋もあるのだ。これ以上安全な場所はなかなかない。

 そこでフィオナが軽く両手を合わせる。

「ですから、魔導衣は任せて下さい。ただ、せっかくいいルーンがあっても、有効利用出来なければ意味がないですからね。説明しておきますから聞いておいて下さい。あと、レオンさんもそのうちルーンを使った武器や鎧を使う事になると思います。アスリートの方はジーニアス程気を遣う必要はないですけど、それでも知っておいて損はないですから、一応聞いておいて下さい」

「分かりました」

 フィオナは微笑む。どこか母親のような慈愛を感じる笑みだった。

「それでは、最初に要点を言っておきますね。まず、ルーンは身につけていないと効果がないという事。次に、ルーンは周囲に特殊な素材がある場合、その影響を受けるという事。そして最後ですけど、特にジーニアスの場合、ルーンは身体のどこに身につけるかによっても、効果を変える場合があるという事です」

 レオンとステラはしばらく頭の中でその言葉を反芻してから、やがてゆっくりと頷いた。頷いたのだが、正直、ルーンに触れた事もないレオンには実感しようのない話である。

 それを確認してから、フィオナは説明を再開する。

「これらは結局、全部ひとつの事を言い表しているんです。つまり、ルーンは人の身体に作用して効果を発揮する物です。人の身体の中にある流れの影響を受けて、それを別の力に変換する。それがルーンの働きだと言えますね」

 これも難しい話だった。少なくとも、目に見えるものの話ではない。

 こちらの心を汲み取ってくれたのか、フィオナは優しく言った。

「分からなくても仕方ないと思います。アスリートの方は、実際には感じ取れない話ですから」

「あ、はい・・・」

 本当によく気が付く人だった。目が見えていないとは思えない。魔法的感覚というより、洞察力が優れているように思える。

「ですから、アスリートの人がルーンを扱う場合、ほとんどの方は、職人の方に調整して貰った物をただ使っているだけなんです。例えば、鎧であれば身につけるだけですし、剣であれば握るだけです。ルーンが実際にどんな作用をしているのか、知っていても知らなくても、結局効果は変わりませんからね。レオンさんも、分からないからといって、特に心配する必要はないです」

 そこでフィオナはステラの方を見る。

「ただ、ジーニアスは違います。私達も含めて、ほぼ全てのジーニアスは体内の力の流れを認識しています。そして、私やステラさんのように、多少なりとも力に優れた人であれば、身体の外の事も多かれ少なかれ感じ取っています。つまり、身体の内と外、その境界に位置するルーンがどういう働きをしているのか、肌で感じ取る事が出来るんです。この違いが即ち、ジーニアスにとってルーンが特別である事の要因でもあります」

 ジーニアスにとって、ルーンが特別。それはレオンにも分からない話ではない。例えば、酒場に出入りする冒険者を見ていると、ルーンを多く身につけているのは大抵ジーニアスの方なのである。最初はそれがルーンだとは知らなかった為、妙に宝石の好きな人が多いなと勘違いしていた程だ。

 フィオナは話をこう締めくくった。

「ですからステラさん。ルーンが身体の内と外にどういう作用をするのか、それを理解するようにして下さい。最初は感じ取ってみるだけでも結構です。なるべく意識する時間を多く作って、ルーンに対する理解と順応を高めていくのが大切な事なんです。最初の頃はあまり違いがないかもしれませんけど、もっと先に多くのルーンを扱うようになってくると、その理解があるとないとでは大きく違います。是非試してみて下さい」

 ステラの方を見てみると、彼女の表情は真剣そのものだった。初めて伝承者に会ったわけだから、多くのものを学び取ろうと必死なのだろう。

「はい。分かりました」

 その返事を聞いて、フィオナは微笑む。人を安心させられる笑み。自分があと数年して、果たしてこんな微笑み方が出来るかと言われたら、とてもではないが自信がない。

 そこで、ベティがニコニコしながらやってきた。どうやら、出てくるタイミングを見計らっていたようだ。

「お昼出来たよー。そろそろ休憩にしよう」

 フィオナが笑顔で手を合わせる。

「そうね。じゃあ、早く済ませましょう」

 そう言うなり、イスから立ち上がってドアから出て行こうとする。レオンには分からなかったが、何故か示し合わせたように、シャーロットとステラも立ち上がって着いていく。

 理解出来ないながらも着いていこうとすると、その正面にベティが立ち塞がった。

 彼女は笑いながら、両の拳を打ち合わせる。

「そうかそうか。レオンも男の子だねー。でも、どうしてもここを通りたければ、まず私を倒して貰わないと」

 意味不明な要求だったが、とりあえずレオンは2歩後退した。本能だと言ってもいい。

「えっと・・・皆さんどこに行ったんです?」

「だから、聞きたかったら私を倒して貰わないと」

 ベティは笑顔だが、レオンは困惑顔しか出来ない。

「いえ・・・じゃあ、何をしに行ったんです?」

「私の口から言わせたいの?」

「・・・そんな大変な事なんですか?」

「大変だよー。女の子にとっては」

 全然話が見えない。

 だが、これまでの会話を遡ってみると、なんとか解答に辿り着けた。

「あ・・・もしかして服のサイズを測りに行ったんですか?」

 当然だと言わんばかりに、ベティは重々しく頷く。

「当たり前でしょー?そう言ってたんだし」

 確かに後で測るとは言っていたが、こんなにすぐだとは思わなかった。

「えっと・・・昼食の後でいいんじゃないですか?」

 その方が落ち着いて測れるに違いない。

 せいぜいその程度の気軽な一言だったのだが、それが結構な地雷を踏んでしまったらしい。急に満面の笑みになるベティだが、どう見てもいい笑顔ではなかった。凄みが尋常ではない。

「・・・ちょっとねー。事情があるんだよ。前と後では大違いなんだよね」

「そ、そうですか・・・」

 微笑みが怖過ぎて、それどころではないレオンである。さらに一歩後退したが、それを読んだように一歩距離を詰めてくるベティを見て、内心レオンは戦慄していた。

 彼女は本気だ。

「うん。まあ、ちょうどいいよね。ビギナーズ・アイもクリア出来たらしいし、ちょっと胸を貸して貰おうかな」

 目の前の少女に胸を貸せるとしたら、恐らく彼女の父親くらいなものだろう。

「いえいえ。そんな、僕なんかが・・・」

 遠慮するように言ったが、もちろん必死の停戦交渉である。

 少女は笑顔でこう言い放った。

「謙遜しなくていいってー。丈夫ならそれで十分だから」

 それはきっと胸を貸すとは言わない。

 だが、その言葉を発する暇もなかった。

 気付いた時には、ベティは一瞬で距離を詰めている。どういう歩き方をすればここまで素早く動けるのか、レオンには見当も付かない程流麗な動き。

 きっとこれが達人の足捌きに違いないと気付いたが、もう遅過ぎた。

 懐の少女の気配が、一瞬爆発的に膨らむ。

 受けきれないという確信だけはあった。

 そして、そんなものがあっても何の役にも立たないという、もうひとつの確信も。

 数秒後、その確信は現実として証明される事となった。



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