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青年達の静かな昼



 のどかな時間が嫌いなわけではない。

 アレンは腕組みをして、遠くの空に浮かぶ雲を見つめながら、そんな事を考えていた。

 晴れ晴れとした春空には、その雲しか浮かんでいない。掛け値なしの快晴の中、ただひとつだけ漂っている丸い雲。何もする事がない為、ついあんな物を眺めてしまう。何も考えずに、ただ見つめるだけ。その為だけにあの雲は存在していると言っても、もしかしたら過言ではないかもしれない。

 ここは、町の西口と呼ばれる場所だった。

 大通りの石畳が途切れる境界。町の内と外を分けている場所。ここから町の方を見れば、多くの建物と人々が、反対を向けば、平原と林、そしてその向こうの山々が見える。そんな場所である。

 自分がここにいるのは、一応仕事である。その仕事の内容を一言で言うなら、それは警備という事になるが、実際には見張りと言った方がいい。警備しなければならないような事態が、この町で起きた事がない。もっと言えば、見張りが必要だった事もない。本当に名ばかりの見張り番である。大きい町では衛兵と言うかもしれないが、ここは自治都市である為、兵という言葉は使われない。戦力を持っていると見なされると、いろいろ面倒らしいのだ。

 一応と言ったのは、本来なら、アレンがここで見張り番をする事はないからである。アレンの本業はもっぱら訓練所の教師であり、こちらは片手間の仕事と言ってもいい。今までほとんど見張りをする事はなかったのだ。訓練所の仕事の方が忙しいのは周知の事実だし、ここの見張りなんて飾りだということも皆知っている。ただ、何かあった時の為に、名前だけでも腕の立つ人間がいた方がいいという理由だけで、アレンは名目上警備員という事になっている。

 だが、最近になって少し状況が変わった。

 ここから見て右手。ユースアイから北西の方角には険しい山脈が広がっているが、そこで最近新たなダンジョンが発見された。その山脈を越えた向こうの町では、モンスターが度々襲来してきて、結構な騒ぎになっているらしい。

 そうなると、反対側のこちらにもモンスターがやってこないとは限らない。実際、自分が指導している冒険者見習いのレオンが、西の平原でモンスターと遭遇した事もあった。つまり、この西口を出た先である。

 アレンがここに駆り出されているのは、町の人々が不安になったからだった。要するに、見張りがただの飾りでは、モンスターが来たらひとたまりもないという事である。その不安を和らげる為に、アレンが週に1日程、暇を作ってはここに立つ事になった。自分から申し出たというわけではないが、誰から頼まれたというわけでもない。なんとなく無言の圧力があったというのが正しいかもしれない。

 その事自体には、特に不満があるわけではなかった。自分が剣の腕を磨いているのは、言ってみれば町の人々の安心の為であり、今の状況はその目的を果たしていると言ってもいい。訓練所の方も忙しいのだが、同僚が手伝ってカバーしてくれている。指導しているレオンも、休みが少な過ぎるかもしれないと思っていたくらいなので、ある意味ちょうどよかったとも言える。

 それでも、困る事がひとつだけあった。

 暇過ぎるのだ。

 汗水垂らして働いていたというのとは少し違うが、アレンは子供の頃からずっと訓練に明け暮れていた。毎日身体を動かすのが普通だったのである。晴れの日はもちろん、雨の日も雪の日も嵐の日でさえも、トレーニングは欠かさなかった。時間があると思った次の瞬間には、剣を握るか筋トレか、とにかく身体を動かしていた。

 だが、訓練所の教師になってからは、それ以外にも事務的な仕事が増えた。それでもなるべく訓練を続けていたものの、いつしか身体を動かさなくても平気になっていた。その時は代わりに頭と手が働いているのだ。しかも、そういった仕事はこなしてもこなしても減る事がない。次から次へと新しい仕事が出てくる。仕事を始めてから、暇だと思った事はほとんどなかった。

 そんな時に、この見張りの仕事である。

 仕事とは名ばかりの、手持ち無沙汰の時間。仕事という名前がついているだけで、実際には何もしていないに等しい。しかも、ここで事務作業をするというわけにもいかない。机とイスがあればやれない事はないのかもしれないが、見張りの仕事を完全に疎かにしているわけだから、町の人達が余計不安になるだろう。ここで筋トレを始めるのも同じ事だ。それならば、自分以外の人間が立っていた方が数倍ましに違いない。

 そんなわけで、人生でかつてない程、暇を持て余しているアレンである。

 何もする事がない。こんな時間があるとは思わなかったし、この時間がこんなに苦痛だとも思わなかった。暇で仕方ないという言葉を聞く事はあったものの、こんなに深刻な悩みだとは思わなかった。

 自分は何をしているのだろう。

 哲学的な意味ではなく、単純な意味である。もしかしたら、結局は同じ意味なのかもしれないが。

 何だろう、この時間は。

 そんな馬鹿みたいな疑問まで浮かんでくる。

 そこで、不意に馬の駆けてくる音が近付いてきた。音がはっきり聞こえるという事は、肉眼で十分見える距離である。ぼんやりと空を見ていなければ、もっと早くに気付いただろう。見張り役としては完全に失態である。

 それはそうとして、アレンは音が近付いてくる方角に視線を向ける。

 西の平原を駆けてくる馬とその上に乗る男。顔がはっきり見えたわけではないが、その男が誰なのか、アレンには分かった。

 やがて、この場所までやってきたその男は馬から降りて、こちらをじっと見つめてくる。相変わらずの、ワイルドを超越したような身だしなみだが、その右目の碧色だけは、いつ見ても不思議な力がある。

「・・・アレンか」

 ホレスの声はあまり大きくないが、不思議と聞き取りやすい。

「そうだな」

「見張りか?」

「ああ」

「珍しいな」

「そうでもない」

「そうか」

 それっきり会話は続かなかった。

 2人とも、基本的に無口な人間である。必要だと思った事以外は話さない。つまらない会話をするくらいなら、黙っていた方がいいという人種なのである。

 静かに風が吹いていた。それが草を揺らす音の方が、ここにいる男達よりも騒がしいくらいである。

 結局、20分程度は待っただろうか。やがて、町の方から、ホレスの待ち人達が歩いてやってきた。アレンもそのスケジュールを知っていた為、わざわざ聞かなかったのである。ホレスも確認しなかったから、こちらが知っている事を察していたのだろう。

 だが、待ち人の人数は、予定の人数よりも1人多かった。

「ごめんねー、ホレス。ちょっと別の用事に手間取っちゃって」

 ブラウンのポニーテールの少女、ベティが明るく言った。

 その横に立っているレオンは予定通りである。彼らが時折ホレスと弓の訓練をしている事は、彼らを知っている人間なら周知の事実だった。

 だが、もう1人少女がいた。この辺りでは滅多に見かける事がない、ブロンドのショートヘアと青い瞳。この町ではかなり目立つに違いないが、アレンも見覚えはない。

 その少女は2人の少し後ろに控えるように立っている。気のせいか、こちらを警戒しているような気配を感じた。

「いや・・・その用事は済んだのか?」

 ホレスが聞いた。物静かというか、事務的な声である。

 対するベティの返事は、対照的に親しげで活力に満ちていた。

「まあねー。だけど、私はまだちょっと用事があるから、今日はレオンと2人で訓練してくれないかな」

「その子は?」

 唐突な質問だが、ベティは慣れた様子で答える。実際、彼女はホレスと付き合いが長いから、彼の脈絡のない質問にも慣れているだろう。

「ステラだよー。昨日来た見習いなんだ。だから、いろいろ町を案内しておこうと思って」

 彼女の声は明るかったが、ステラと呼ばれた少女の方は、心なしか不安げだった。

「仲間か?」

 またもや唐突なホレスの質問。これはレオンに向けられたものである。彼はまだ短い付き合いだが、戸惑ったのは少しだけだった。

「あ、はい」

「なら、今日はいい」

「え?」

 ホレスは既に視線を遠くに外していた。

「昨日来たばかりなら、仲間を知る時間が必要だ。今までの戦術を見直す必要もある。それはなるべく早い方がいい」

「そうですか・・・そうですね、分かりました」

 あっさりと引き下がるレオン。ここで変な気遣いをすると、ホレスは余計困る。それが分かるくらいには、2人の親睦も深まったという事らしい。

「ゴメンねー、ホレス。また今度お詫びするから」

「別にいい」

「相変わらずつれないなー」

「それより、時間はいいのか?」

 ベティは肩をすくめたものの、やはりすぐに引き下がった。

「じゃあね、ホレス。今度また美味しい物を作っていくから」

「ああ」

 やけに素直だが、彼は以前に生死の境をさまよった事がある。その時の原因がベティの手料理だったらしい。その事があるから、彼は彼女の手料理を断ったりはしない。気を遣っているとも言えるが、その逆ともとれる。

 軽く手を振ってから、ベティは去っていった。レオンはこちらにも頭を下げたが、ステラの方はベティに背中を押されるようにして行った為、挨拶らしき動作はなかった。それどころか、結局彼女は一言も喋らなかった。初対面だから緊張していたと言えない事もないだろうが、そもそも、自分達のような無口な男を相手にする人というのは、結構喋りにくいものらしい。だから、一言も発せずに去っていく人というのは、実は珍しくない。

「よかったのか?」

 3人が去ってから、アレンはホレスに聞いた。

「何がだ?」

「せっかくここまで来たんじゃないのか?」

「さっき言った通りだ」

「代わりにベティに付き合えばよかった」

「俺がいても邪魔なだけだ」

「自分で言うのか?」

「誰が見てもそう言う」

 もしかしたらそうかもしれない。そう思った瞬間に、この会話が終わる事が決定している。

 また静かになった。

 このまま帰るだろうと思っていたが、何故かホレスはその場から動こうとはしなかった。

「・・・帰らないのか?」

 気になって聞くと、ホレスは少し間を空けてから聞いた。

「少し話をしないか?」

 驚いた。

 珍しいというか、予想だにしなかった。年が近いとはいえ、幼なじみというわけではない。多少親しいとはいえ、傍から見ればただの知り合いにしか見えない。その程度の間柄なのだ。

「・・・そんなに意外か?」

 表情から見抜かれたようだ。彼はその変わった瞳そのままに、なかなか優れた洞察力を持っている。

 アレンは質問に答えなかった。訂正する必要のない事だったからである。その代わり、こちらからも質問をする。

「何を話す?」

 ホレスは即答した。

「いや。特に考えていない」

「・・・本気か?」

「たまにそういう気分にならないか?」

「ならないな。なるのか?」

「ああ」

「孤独過ぎるんじゃないか?」

「前よりは孤独じゃない」

 会話が途切れた。

 当然だが、何か話さなければならないとは考えない。だが、不思議と今は、この生粋の狩人の事を考えたくなった。

 ホレスと初めて会った時には、自分は既に教師だった。しかし、自分とは逆に、彼は仕事なんてものに従事していない。ウイスキーの蒸留所の手伝いをしているが正式に雇われているわけではなく、彼曰く、ベティの祖父に対する義理を果たしているだけらしい。自分から頼み込んで、手伝わせて貰っているという感覚のようだ。だが実際には、あの蒸留所はこの男なしには運営出来ない。ほとんど全ての仕事を彼がこなしていると言っても過言ではないはずだ。それでも彼は給料を受け取らないので、ずっと貯まる一方だというのを、以前ベティから聞いた覚えがある。

 この男が何を考えているのか、全く分からないというわけではないが、完全に把握しているとは言い難い。

 最初に会った頃と比べると、確かに彼の瞳は穏やかになった気がする。以前は、見る物全てを疑うような視線をしていた。それに、身のこなしがもっと颯爽としていた。今は視線も丸くなったし、以前程身体にキレがない。どうやらそれは、死にかけた時に変わったようだが、後遺症というわけではないらしい。実際、彼の戦闘能力は、以前よりも落ちるどころか、逆に増している程である。

 そんな事をたっぷり考えていられるくらいの時間、2人は一言も喋らなかった。

 すると、再び町の中から、この西口を訪れる者がいた。

 荷馬車の前に座っている人物。ダークグレイの服を来た顎髭の男は、名前をガイと言う。実を言うと、アレンと同い年である。

「よう、お2人さん。暇そうだな」

 ゆっくりと馬を歩かせながら、ガイは声をかけてくる。実際その通りだったが、仮に違ったとしても、2人はいちいち訂正しなかったかもしれない。相手の発言が正しい場合は、尚更相槌を打ったりはしない。

 アレンの前で荷馬車を止めてから、ガイは少し苦笑したようだった。

「一言くらい返事しろって。俺が1人で喋ってるみたいだろ?」

「そうだな」

 答えたのはアレンだけだった。ホレスはガイには興味なさげに、山の方を見ている。

「・・・いいよなあ、ホレスは。あんなのでも、ベティちゃんが構ってくれるんだから」

 ホレスはこちらを見ないまま返事をする。

「構って貰ってるわけじゃない」

「・・・なんだろ。無性に腹立つな」

「どうしてガイが怒る?」

「お前には分からないだろうな。俺の気持ちは」

「孤独だな」

「やめろって。今はちょっと悲しくなるから」

 本当に悲しそうに見えたわけではないが、アレンは気になったので聞いた。

「どうした?昨日来たばかりじゃなかったか?」

「そうなんだけどな。たまたま見かけた女の子がユースアイに行きたいって言うから、乗せてきただけなんだよ」

「ああ・・・ステラとかいう」

 ガイは少し驚いたようだった。

「あれ、何で知ってるんだ?」

「さっきここまで来た」

「ここ?あ、そうか・・・ホレスに用があったわけか。だったら、何でホレスはまだここにいるんだ?」

 素っ気なく本人が答える。

「町の案内をすると言っていたから、今日は休みにした」

 にやりと笑ってから、ガイは答える。

「へえ・・・まあ、別にいいけどな」

「なら聞くな」

 一度笑ってから、ガイは答えた。

「それは残念だったな。あの子にベティちゃんを取られたわけだ」

 いろいろ間違っているのは明らかだが、ガイ流のジョークだろう。彼の場合、沈黙に耐えられないからなのか、必要以上にジョークを交えて話す事が常である。

 それが分かっているホレスは、無表情で答える。

「俺のものじゃない」

「いや、いいんだって、無理しなくても。というか、あのステラって子、ここに来たのか?」

 彼がこちらを向いて聞くので、アレンが答える。

「そうだな」

「いや・・・何もなかったか?」

 質問の意味が分からなかったが、とりあえず思ったまま答えた。

「なかったな」

 ガイは1人で何かを納得しているようだった。

「どうした?」

「いや、ちょっとな。あのステラって子なんだけど、ちょっと変わってる子でさ。男が苦手とかで、昨日も、絡んできた男を氷漬けにしてたんだ」

「ジーニアスなんだな」

「そこか?感想は・・・まあ、それはともかく、そんな子に攻撃されなかったって事は、お前らは男として認められなかったって事になるな」

 馬鹿馬鹿しいとアレンは思ったが、それよりも早く、ホレスが具体的な行動に出ていた。気付いた時には、既に彼は馬に跨がっている。

「・・・アレン。次に会った時には、もう少しまともな話が出来ると思う」

「そうだな。今より下らない話はそうそうない」

 さすがに、ガイも黙ってはいられなかったらしい。

「お前らな・・・場を和ませようっていう俺の気遣いだろうが」

 ホレスは申し訳程度にガイを見る。

「気遣いだとしても、それなりに会話の質が求められると思うが」

「・・・お前にだけは言われたくないな」

「だいたい、お前の話はおかしい。そんな危険人物だとしたら、今頃町中が氷柱で溢れている」

 実際、アレンもそうだと思った。

「いや、まあ、そうなんだけどさ。でも、俺はちゃんと、男だから怖いって・・・ああ、思い出したらへこんできた」

 ガイはうなだれる。

 どうやら、ステラから怖いと言われて傷ついたらしい。理解し難い心理だが、女性に一所懸命な彼にしてみれば、結構ショックだったのかもしれない。

 だが、そこで同情するような2人ではなかった。

「どうせ強引な真似をしたんだろうな。そんな真似をされれば、女性なら誰だって怖がる」

 アレンの言葉にホレスが続いた。

「あのステラという娘はまだ若く見えた。そんな娘に手を出そうとしたのは、自分の神経を疑った方がいい」

「・・・それも、お前にだけは言われたくないな。ベティちゃんは18で、ステラは16。その事実があって、何で俺だけ犯罪者みたいな言い方が出来るんだよ」

「俺は手を出してない」

「こっちは手を出したみたいに言うなって!俺だって出してないし!」

「説得力がない」

 言い返そうとしたガイだったが、やがて諦めたように大きく溜息を吐いた。

「・・・もういい。じゃあな。せいぜい幸せになってくれ」

 ゆっくりと動き出した荷馬車にアレンは声をかけた。

「そんなに幸せになりたいなら、前言っていたように、そろそろ身を固めたらどうだ?」

 ガイは一瞬だけ振り向く。表情は思いの外明るかった。

「結婚なんてまだ無理だな。せめて、手に職がないとなあ」

「この町で働いたらどうだ?」

 その言葉に一笑して、ガイは片手を挙げて答えた。

「ここにいい奥さんがいたらな。結局、いい人が見つからないと、そんな気にもなれないって事だな。そんな人を見かけたら、今度会った時に教えてくれ」

 ホレスの横を通る時も、彼は声をかけた。

「じゃあな。ベティちゃんと仲良くな」

「そうだな」

 そのままゆっくりと、馬車はユースアイを後にした。

 アレンはその後ろ姿をなんとなく眺めていたが、ホレスは北の山を見つめたままだった。

 高原の風が吹く。

 結局、ガイの荷馬車が見えなくなるまで、2人は一切口を聞かなかった。

「・・・まだ話をするのか?」

 一応聞いたものの、ホレスは馬に跨がったままだったし、何か話題があるとも思えなかった。

 案の定、ホレスはこちらに背を向けた。

「いや、また今度でいい」

「今度があるのか?」

「酒は飲めるか?」

 急な質問に、アレンも慣れている。

「ああ」 

「今度持ってくる」

「見張り中だ」

「終わった後でいい」

「ガレットさんの酒場へは行かないのか?」

「まだ行かない」

「そうか」

 馬が走り出した。

 ガイが消えたのと同じ方向。だが、あの速度ならすぐに追いついてしまうだろう。そこでまた何か言葉を交わすのだろうか。

 空を見上げると、丸い雲の位置は変わっていなかった。

 正直、得るものの少ない会話だったと思う。だが、よく考えてみれば、あの2人は自分よりもずっと多くの時間を、たった1人で過ごしている。何もする事がない時にどうするのか、聞いておけばよかったと、今更ながら気付いた。

 今度会った時に聞けばいい。

 だが、次がある保証はどこにもない。ホレスもガイも、モンスターがいるかもしれない方角へと向かって行ったのだ。それはある意味で、冒険者と同じと言えない事もない。彼らがわざわざ危険なダンジョンに向かうのと、どこか似ている。危険を引き替えにしてでも、得たい何かがある。危険を省みずに、自分の生き方を貫いているのだ。

 だから、ある日突然彼らが帰ってこなくなっても、全く不自然ではない。

 自分が考えても仕方のない事だが。

 こんな事を考えてしまう程暇だ。

 適度ならいいが、暇があり過ぎると、きっと考え過ぎて疲れてしまうだろう。

 本当に、今度会ったら聞いておかなければ。

 お前達はいったい何を考えているんだと。

 そうかとアレンは気付く。

 意外と意味のある質問なんだな。

 聞いただけだと馬鹿な台詞に思えるが、その実は結構深い言葉なのかもしれない。

 それにしても暇だ。

 結局、この日にアレンの暇が解消される事はなかった。

 その先に解消される事があったのか、それも今は定かではない。



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