暖色の小休止
冬の影はもうない。
それに気付いたのは、今が初めてだったのかもしれない。少なくとも、はっきりと意識したのは今が最初。だけど、身体の方はしっかりと季節の風を覚えている。もしかしたら、乾いた冬の風が去った事にずっと前から気付いていたかもしれない。
この間の雨。あれが変わり目だったのだろうか。
まだ日は高い。
春の陽気は本当に心地よい。レオンの故郷のような極寒の地はもちろんだが、どんな土地でもきっとそれは同じだろう。今のような暖かくて穏やかな午後は、何をするにも最適だし、何だって出来る。そんな可能性に後押しされた、身体が弾むような開放感がこの季節にはある。
アレンがいる訓練所の前にたどり着くと、いつものように子供達の歓声が聞こえてくる。それを聞くまでもなく、アレンがまだ仕事中なのは分かっている。
一度酒場に戻って昼食をとり、ニコルに借りた本を読み始めたレオンだったが、これを半日中続ける自信はなかったし、一日中身体を動かさないというのが、思ったよりも苦痛だった。それならば何か手伝いでもした方がいいと思い、こうして早めに出てきたのだ。
とりあえず挨拶だけはしておこうと、小屋の横を抜けて訓練場の方へ行こうとしたレオンだったが、意外な事に、小屋の中から話し声がした。
立ち止まって、耳を澄ませてみる。
女性2人の話し声。聞き覚えのある声だった。
少し迷ったものの、レオンは一声かけていく事にする。恐らく彼女達も仕事中だが、それなら手伝っていけばいい。
来た道を引き返して小屋の入り口に戻ろうとしたレオンだが、そこにたどり着く前に、中から人が出てくる。
女性ではなく、男性だった。とてつもなく背が高い。
「あ、どうも・・・アレンさん、仕事中じゃなかったんですか?」
近づきながら声をかけたレオンを、アレンは特に驚きもせず見下ろす。彼が立って話をする場合、見下ろさないで済む場合はほとんどないだろう。
彼は簡易防具こそつけているものの、武器は持っていない。どちらかというと、仕事終わりのような格好だった。
「レオン。遅かったな」
感情のはっきりしない声だが、きっと皮肉ではないはずだ。いつものアレンの口調である。それでも、一応レオンは頭を下げた。
「すみませんでした。今日は休養するように言われていたので」
「それは聞いた。今日訓練しようとしたら、二度と無理が出来ないように、もっと重傷を負わせてやれとな」
「・・・ちなみに、それは誰から聞きました?」
「皆から聞いたが・・・」
既に広範囲に伝わってしまったようだ。その指令の発信元を特定するのは難しそうだった。もちろん、容疑者はそれほど多くないのだが。
それはともかくとして、レオンはアレンが出てきた小屋の方を見る。彼女達の話し声はまだ聞こえてくる。
「中にいるの、リディアさんとデイジーさんですよね?仕事中ですか?」
アレンもそちらをちらりとだけ見た。
「訓練用の武具を点検しているところだ。もう終わる。彼女達に何か用事か?」
「あ、いえ・・・」
用事がない事もないが、ここに来た目的はアレンと話す為である。
だが、話し声を聞きつけたのか、中からその2人が出てきてしまった。リディアはいつかの白いシャツと黒いベストに、淡いブルーのズボン。だが、今日は胸の辺りに、髪と同じ色のブローチをつけている。枝に小鳥がとまっているような形。瞳とも近い色だからなのか、よく似合っている。デイジーの方は薄い茜色のワンピースだが、白いブラウスを肩にかけていた。そして、リディアのブローチと同じ色の髪留めをつけている。形は何かの花をモチーフにしているようだ。
「お身体は大丈夫ですか?レオンさん」
デイジーが笑顔で聞く。あまり心配しているように見えないが、深刻な顔をされるよりもよっぽどいい。大怪我をしたならまだしも、軽傷で済んだのだから。
それにしても本当に知れ渡っているんだなと苦笑いしつつ、レオンは頷く。
「ええ、まあ・・・すいません、お仕事中なのに」
「いいんですよ。もう終わりましたから」
「リディアさんも、お仕事ご苦労様です」
彼女は軽く頷いただけだった。
何故かそこで、会話が途切れる。
無表情のアレンとリディア。微笑んだままのデイジー。それはいいのだが、誰も動こうとはしないし、口を開こうともしない。
いい加減耐えきれなくなったレオンが、仕方なく口を開いた。
「・・・あの、皆さん。僕はもういいですから、お仕事に戻って貰っていいですよ」
アレンが即答した。
「だから、こうして待っているんだが」
「・・・何をですか?」
真顔で聞き返したレオンに、彼は少しだけ表情を動かす。
「レオンは俺にアドバイスを貰いに来たんだろう?話を聞かない事にはアドバイス出来ない。だから、話し出すのを待っている」
しっかりとこちらの目的を見抜いていたようだ。さすがの洞察だと思ったが、もしかしたら、そこまで情報流出していたのかもしれない。
そのアレンの言葉に、デイジーが続いた。
「私も、しっかり聞いて祖父に伝えなければいけませんから。私が伝えれば、レオンさんが祖父のところまで出向く手間が省けます」
口ではそう言ったものの、彼女の濃い瞳には拭いきれない輝きがあった。あまり考えたくはないが、きっと戦闘系の話全般に興味があるのだろう。
下手に突っ込むのも嫌なので、黙ってリディアの方を見る。
その視線に気付いたリディアは、少し考えてからこう言った。
「・・・武器と鎧の具合を聞いておきたいから」
どうやら全員に話す必要があるようだ。
レオンは溜息を飲み込む。あまり格好いい話ではないから、出来るだけ聞かせたくない。少なくとも、喧伝してまわるような話ではないだろう。自分が未熟だと説明してるようなものなのだから。
だが、ここで抵抗しても無駄なのは明らかだった。ダンジョンから帰ったその日に、既に大方の事をベティに白状させられている。だから、もう皆に知れ渡ったも同然だ。自分がいくら沈黙を決め込んだところで、彼女に聞けば全て話すだろう。
「・・・あまり面白い話ではないですからね」
せめて、それだけは言っておいてから、レオンは話す覚悟を決めた。
だが、さすがに立ったまま聞かせるのは悪いので、小屋の中を借りる事にする。屋内には、大きなテーブルが2つとイスもいくつかある。そこに、男女向かい合うように座った。レオンの隣にアレン。彼の前にはリディア。自分の正面はデイジーである。アレンに聞いて貰う為にここに来たわけだから、この配置はおかしいような気がしたが、デイジーは聞き上手でもあるので、話易い事は確かだった。他の2人はあまり相槌を打ったりしないのだ。少なくとも、一番興味津々に聞いているのは、間違いなくデイジーだった。
いざ話すとなると、どうやって話したらいいのか迷うところだった。実際、レオンはどちらかというと話下手な方だと自覚している。だが、ベティは遠慮なく質問してきたし、ニコルの時はラッセルが、今はデイジーが話を上手く誘導してくれるので、それほど困る事はなかった。
順序立てて、起きた事、遭遇したモンスターの事を説明していく。やはり一番の核心部分は、最後の広間での戦闘の事だった。
「運がよかったな」
話を聞き終えて一番最初の言葉が、アレンのその一言だった。
「ええ、まあ・・・自分でも、よくそんな真似が出来たと思います」
やや小さくなりながら言ったレオンだが、それがまさに本心だった。他の手を思いつかなかったとはいえ、今考えてみると、そんな賭を躊躇なく出来た自分が不思議だった。もう一度同じ事をやれと言われたら、絶対躊躇うだろう。そんな真似が出来たのも、戦闘によって興奮状態だったせいかもしれない。
「だが、そんな事が言えるのも命あってこそだ。諦めなかったのは誇っていい」
こちらを向かずに、独り言のようにアレンは言った。表情はいつも通りだが、そんな話し方をするアレンを初めて見た。
そこに、優しさを感じた。或いは、心配したという言葉を聞いた気がした。
リディアとデイジーも、そんなアレンをじっと見つめる。
しばらくの沈黙の後、再び口を開いたアレンは、もう元の声に戻っていた。
「武器は有効に使えている。もっとも、まだ武器に使われている感じだが」
「使われている、ですか?」
アレンは頷いた。
「どんな人間でも、装備が同じならだいたい同じような戦い方をする。自分が武器を使っているつもりでも、実際には武器に戦術を縛られている事が多い。真の意味で武器を使いこなすには、一人前よりもさらに一回り上の実力がいる」
デイジーがそこで補足してくれる。
「それは、レオンさんが使っているダガーを例えると分かり易いですね」
「え、これですか?」
今日も下げてきている短剣を、レオンは示した。
彼女は頷いてから説明を続ける。
「その武器を持たされたら、どんな初心者でも利き手で握って斬る事は出来ます。剣とは元々、そういう風にデザインされた物ですから。ですけど、もちろん他の使い方もあります。それは投擲用に重さを調整された物ですから、投げるのももちろんですが、軽い物ですから、補助武器としても使えます。慣れてくれば、武器としてだけではなく、防具としても使えますよ」
「防具ですか?」
盾と考えても、これほど面積の寂しい盾はないだろう。
デイジーは微笑んでから、また頷いた。
「今は無理だと思います。ですけど、剣とは刃がついただけの棒とも言えますから、そう捉えた戦い方もあるという事です。手に馴染めば馴染む程、理解すればする程、剣は斬る物という固定観念から解放されていきます。アレンさんが言う、武器に使われている状態というのは、まだその固定概念に縛られている状態の事だと思います」
彼女がアレンの方を向くと、その視線に気付いたのか、彼はゆっくりと頷いた。
概念としては分かっても、具体的に形にするのは難しい。だが、それはつまり、レオンがまだ武器に使われている証拠なのだろう。
「訓練するしかないだろうな」
脈絡もなくアレンが言う。
「とりあえず投擲は上手く出来ているようだが、それを左手で出来るようにする事。弓は、ホレスに接射を教わった方がいい」
「接射?」
「至近距離で弓を射る方法です」
デイジーの補足が入る。
「あと、剣か・・・それは俺が教えるが、どちらかというと、俺は敵だと思った方がいい」
「はい?」
いきなり妙な事を言われて、レオンは戸惑う。今から敵だと思うのはさすがに無理があるし、思いたくもない。
だが、そんなレオンを余所に、アレンはデイジーの方を向く。
「俺の剣を教えても、狩人のスタイルには合わないだろう。いつか時間がある時でいいから、フレデリックさんに都合をつけて貰えないか?ソードマスターなら、参考になるアドバイスが出来るかもしれない」
デイジーはにっこり微笑む。
「ええ、もちろん」
むしろ話したくて仕方ないのだろう。そして、自分も祖父からの話を聞きたいに違いない。もしかしたら、自分の戦闘スタイルの参考にしたいのかもしれない。
何か暗殺者とかを目指しているのだろうか。そんな想像が少しだけ頭を過ぎったが、さすがにそれはないはずだ。だが、既に十分な腕があるような気がするのもまた確かだった。
アレンはこちらを向いた。ここに座ってからは初めてかもしれない。
「レオン。その骸骨モンスターだが、俺に似ていると思ったのだろう?」
「あ、はい。一応・・・」
よく考えたら失礼な話である。だが、悪い意味で言ったわけではない。剣の腕が相当なものだという意味である。
アレンの表情も、真剣そのものだった。
「つまり、そいつは戦士の戦い方をしていた。それなら、俺をそいつに見立てたらいい。俺が狩人の剣を教えるのは無理だが、戦士の剣を相手にする方法を教える事は出来る。だから、明日からはそのつもりで来い。もちろん剣の基本は教えるが、それをどう使うかは自分で考えろ。他にも、フレデリックさんやガレットさんやホレスもいる。彼らからもアドバイスを貰え。だが結局のところ、剣を振るのはレオンだ。それを忘れるな」
彼の言葉を、レオンは頭の中で繰り返す。結局、どういう意味なのか一言で説明するのは難しいが、要するに、戦闘スタイルというのはただの技術ではないという事だろうか。だから、人からそっくりそのまま教わっても意味がない。自分で咀嚼して使うしかないのだ。
レオンが頷くのを見て、アレンは話は済んだとばかりに前を向いてしまった。その正面にはリディアがいるわけだが、彼女は一言も喋らずに話を聞いているだけである。
「祖父の方は任せておいて下さい。私が上手く話しておきます」
デイジーの言葉に、レオンはそちらを向いて頭を下げた。
「お願いします」
そこで彼女は、隣にいるリディアに話しかける。
「リディアは?何か話したい事はないですか?」
その言葉にこちらをじっと見つめるリディア。最近やっと分かってきた事だが、彼女は考え事をする時に、じっと目を見つめてくる癖があるようだった。というよりも、自分の視線がどこを向いているか分からなくなる程考えているらしい。集中力が尋常ではないのだ。だが、それに気付いたお陰で、見つめられてもあまり緊張しなくなったレオンである。
しばらくしてから、リディアは唐突に口を開いた。
「武器の手入れの方法を覚えた方がいいと思う」
それを聞いて、レオンは思いだした。
「あ・・・そう。確かに、ダンジョンにいる時もそう思ったんです。特に短剣とかは、投げてばかりいるから、砥石か何かを持ち込んだ方がいいかなって」
リディアは小さく頷いた。
「さっきダガーを見た時に私もそう思った。まだ短いダンジョンだからいいけど、数日かかるようなダンジョンもあるから、手入れの仕方くらい知っておいた方がいいと思う。というより、レオンは手入れの仕方知らないの?」
最後は少し責めるような口調だった。自分が手を加えた武器だから、愛着があるのだろう。レオンも武器の手入れ方法を全く知らないわけではないのだが、どうやら今の手入れでは、リディアは不満なようだ。
「正しい手入れの方法を教えて貰えないですか?僕のやり方は、なんていうか・・・たぶん、邪道だと思うので」
狩人をしている父親に教わった方法だが、きっと我流なのだろう。
再びリディアは頷く。無愛想なようだが、話してみると結構素直で親切な人なのだ。
そこでまた、レオンは思い出した。
「あ、そうだ。リディアさん」
「何?」
「リディアさんって鉱石の事に詳しいですよね?」
少し瞳を見開いたリディアだったが、すぐに答える。
「詳しいって程でもないと思うけど、仕事で使うから、普通の人よりは詳しいと思う」
「もし時間があったら・・・いえ、何か鉱石に関する本とか、そういう本を貸して貰う事って出来ないですか?」
教えて欲しいと言いかけたが、よく考えなくても、リディアが忙しいのは明白だ。毎日仕事をしているのだから。
また彼女の遠慮のない視線が固定される。ある意味分かり易い。考え中というサインみたいに思えてくる。
「別にいいけど、どうして?」
「えっと・・・そういえばそうですよね。特に目的があるわけじゃないんですけど、知っておいたら後々役に立つんじゃないかって」
「それなら、後でいいと思うけど」
そう言われると、確かにそうだった。今は他にもっと覚える事がある。
「・・・ですよね。じゃあ、もう少し後になったらお願いするかもしれません」
あっさり会話が終わってしまって、変な沈黙が出来てしまった。それを察してか、デイジーが会話に割り込んできた。というか、アレンもリディアも、沈黙が苦ではないのだろう。
「そういう知識があれば、ダンジョンでも役に立つかもしれませんね。ダンジョンによっては、珍しい鉱石が採取出来る場所もあるそうですから」
「へえ・・・」
そんな話は初めて聞いた。だけど、そういう物を資金に出来るから、冒険者はやっていけるのかもしれない。
「レオンさんも、もし見つけたらリディアの為に持って帰ってあげて下さいね。リディアは珍しい鉱石なら、何でも喜びますから」
「ちょっと、デイジー・・・」
困ったような表情で止めるリディアに、デイジーは悪戯っぽい笑みを見せる。いつものお淑やかな表情とは違う一面だが、実はレオンは慣れている。ダガーの投擲を教えて貰う時、彼女は子供みたいな笑みを浮かべる事が多いのだ。その表情と、今の笑みはとてもよく似ている。
以前から感じていた事だが、リディアとデイジー、そしてベティもだが、この3人は仲がいいようだ。もっとも、ベティは誰に対しても親しげに話すし、彼女を相手にしたら、どんな相手でもいずれ根負けして受け入れてしまうだろう。
だけど、リディアやデイジーはそういう押しが強いタイプではない。どちらかというと、相手と距離をとる事が多いような、割と控えめなタイプである。だから、余計に2人の仲の良さが分かる。他の人には見せないような一面を、彼女達はお互いに見せ合っている。今も、2人の距離は近い。物理的にも、精神的にも、お互いのテリトリーを共有出来る程の親密さなのだ。
そういう仲のいい人を見ると、ついついレオンも嬉しくなってしまう。
「デイジーさんとリディアさん、凄く仲がいいですよね。もう長いお付き合いなんですか?」
2人は一瞬視線を交わす。その動作にも、慣れた感じがよく出ていた。
笑顔で答えたのはデイジーだった。
「ええ。同い年ですから。もう17年になります」
結婚して17年みたいな言い方だった。レオンは少し笑ってしまった。
「そういえば、髪留めとブローチ、同じ色ですよね。わざわざお揃いにしたんですか?」
何気なく言ったのだが、デイジーもリディアも驚いたようだった。
そして、それはアレンも同じだったようだ。
「・・・本当だな。俺は全然気付かなかった」
「え、そうでした?僕は最初に気付きましたけど」
その言葉にデイジーが反応する。
「前も、リディアが珍しくスカートを穿いてたら言われたって・・・レオンさんは、変なところを見てますね」
「変なところって・・・」
それは大袈裟だと思ったが、リディアが同意する。
「男の人は普通気付かないと思う」
確かに、アレンはそうだった。
「あれ・・・もしかして、僕、本当に変ですか?」
不意にレオンは動揺した。これはもしかして、自分が女っぽいという事だろうか。男らしさが十分とは言えないが、さすがにそこまでではないと思っていたのだが。
そんな様子を見て可哀想だと思ったのか、デイジーが助け船を出してくれる。
「それくらいなら変ではないと思います。女性なら一目見ただけで、同じ人が作った物だと分かりますから」
「え、そうなんですか?」
確かに作りが似ているような気はしたが、同じ人が作ったとまでは断定出来ない。
「製法が一緒なのはもちろんですけど、デザインの趣味が同じですから。男性はあまりそういう事を信じませんけど、女性は大事にしますよ。これを別々の人が作ったと言われたら、ほとんどの女性が疑うと思います」
「へえ・・・」
そういうものなのだろうか。女性の勘と目の付け所に、レオンは少し感心した。
そこでまた、デイジーが悪戯っぽく笑う。彼女は左手で髪留めに触れながら言った。
「実はこれ、リディアの手作りなんですよ」
さすがにレオンは驚いた。デイジーの髪留めを見て、リディアのブローチを見る。そして最後に、リディアの顔を見た。気のせいか、少し恥ずかしがっているようだった。
どう反応していいか分からなかったが、とりあえず正直な感想を口にした。
「・・・凄いですね。売り物だと思ってました」
売り物は売り物でも、きっと高級品だと思っていた。デザインはそれほど複雑ではないが、精巧な作りで、手作り感が全くない。女性ならいざ知らず、男性のレオンなら、店に陳列してあったとしても不思議に思わないだろう。
デイジーは隣のリディアを見た。
「昔から得意なんです。今では、きっと町の誰よりも上手です」
「・・・プロだから」
力強く頷いてからリディアが言う。どうやら、プロという言葉に拘りがあるようだ。
「この髪留めも、6年前の誕生日に贈ってくれた物なんですよ。今はもっと上手になっているはずです。でも、私にとっては、上手でも下手でも、とても大事な物です。リディアが本物のデイジーの花を見ながら作ってくれた物ですから」
「え?その花がデイジーって言うんですか?」
全然知らなかった。花の名前には疎いレオンである。
デイジーが淑やかに微笑む。
「やっぱり男性ですね。この辺りでは有名な花ですよ」
知らなかったのはいただけないが、男性扱いされたような気がして、無性に嬉しかった。
仲良しの2人は、また慣れた様子で視線を交わす。デイジーはもちろんだが、あまり表情が豊かとは言えないリディアも、少し柔らかい表情になっている気がした。
その光景を見て、なんとなくよかったなと思った。少なくとも、いい休日だったと思えた。たまにはこういう日があってもいい。
よく考えてみたら、この町に来てからは初めての休日だった気がする。毎日毎日訓練して、勉強してばかりいた。雨が降った日も、とにかくじっとしているのが嫌で、酒場を手伝ったりしていたのだ。
だけど、今日は怪我のせいで訓練出来なかった。晴れているから、手伝う程の仕事もない。
正直、身体が疼いて仕方なかったのかもしれない。どこか心が落ち着かない一日。
それでも、今初めて、ほっと出来たような気がする。
また明日から頑張れる。
正面の少女の頭をなんとなく見やる。
そこには、花びらの多い小さな花が、その名を持つ少女のように慎ましく佇んでいた。