微細反応
「ほら。やっぱり爆弾があった方がよかったでしょ?」
大きな瞳をこちらに向けながらそう言ったのは、幼い容姿が特徴の、黒っぽいショートヘアの人物。今日は紺色の上下に濃い紫のジャケットという、ニコルにしては大人っぽい格好だが、それでも全く大人に見えない。子供が親の服を仕立て直して着ているような印象だった。もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。
ニコルはガレージの床の上に座り込んで、見慣れぬ金属製の器具を片手に、ダンジョン土産のクロスボウを解体しているところだった。かなり手慣れている様子で、視線はこちらに向いているが、手は問題なく動いている。
その頭の上では、カーバンクルのクロが、じっとその解体作業を見守っていた。
ガレージ内唯一のイスに座らされているレオンは、控えめに答える。
「あったらあったで、怖かったと思うけど・・・松明片手だったし」
火気厳禁の代物を持っていたら、きっと松明なんて使えなかっただろう。
そこでニコルは呆れたような表情になる。
「レオンは度胸があるのかないのか、よく分からないよね。モンスターと戦うのは平気なのに、火薬を使うのは怖いの?普通は、そんな生きるか死ぬかみたいな経験をしたら、じゃあ爆弾のひとつでも備えておこうってなると思うけど」
「そ、そう?」
「もし最後の部屋で持ってたら、そんな一か八かみたいな賭をしなくても済んだわけでしょ?」
「・・・済んだかもね」
確かにそんな兵器を持ち込んでいたら、それを放り投げるだけで済んだかもしれない。
ニコルは手元に視線を戻しながら言った。
「やっぱり、威力があるやつを持っておいた方がいいと思うなあ。今のレオンに一番足りないのは、決定力というか継戦能力っていうか、結局、ダメージの総量だよね。昨日の鳥とか骸骨みたいに一発で倒せるような雑魚ならいいけど、ボスはもっとタフなわけだから、戦っているうちに息切れするのが目に見えてるよ。それに、ボスだけならともかく、取り巻きがいるかもしれないわけだし、そんなのまでいたらもっとダメージを出さないといけない。火薬でも何でも、使える物は使った方がいいと思うなあ」
とても理路整然としている。本物の冒険者みたいだと思ったが、よく考えてみれば、ニコルはスニークの記憶を受け継いでいるのだ。もしかしたら、その前世の経験に基づいた話なのかもしれない。
だが、それを持ち歩く事を考えると、どうしても乗り気になれなかった。特に、灯りが必要な場所では松明を使う事になる。松明と火薬を一緒に持ち歩くなんて、考えただけでも恐ろしい。
そんなレオンの心境を読みとったのか、ニコルは解体作業の片手間といった感じで口を開く。
「そもそも、松明なんて使わなくてもよかったのに」
「え?」
真顔で聞き返したレオンを、ニコルは顔を上げてじっと見つめた。クロスボウを解体中だった手が止まっている。その為なのか、頭の上に張り付いているクロも、いつの間にか視線を上げてこちらを見ていた。
ライトブラウンと紫の双眸。4つの瞳に注視されて、レオンは少したじろぐ。
しばらくして、ふとニコルは後ろを振り返った。
実は、今日はガレージにもう1人いるのである。
「ラッセル。レオンに道具の説明しなかったの?」
ニコルの質問を受けて、ラッセルは困ったような表情を浮かべる。彼は、ガレージの入り口に積み上げられた木箱の中身を確認しているようだ。
「してないけど・・・見たら分かるような物しか入れてないよ」
実際その通りだったが、ニコルはその回答が不満だったらしい。
「もしかして、つまらない原始的な物しか入れてなかったの?だめだなあ、ラッセルは。今は便利な物がいくらでもあるんだから、多少高価でもそういう物を入れておかないと。そうしないとラッセルだって儲からないよ。古くて安い物よりも、新しくて高い物を使って貰った方が、お互いの為になるに決まってるんだし」
「そう言われても・・・僕はギルドの注文通りに入れただけだから」
「ギルドに進言したらいいじゃない。もっといい物を買って欲しいって」
「いや・・・ケイトさんが困るだけだと思うよ。道具屋とギルドの板挟みになって」
「そういう仕事だから仕方ない・・・けど、うん。そうだね。ラッセルの言う通りかも。ケイトさんは真面目だから、きっと言っても聞いてくれないね。こういう時には頭が固いけど、まあ仕方ないよ」
「僕はそこまでは言ってないけど・・・」
ますます困った顔になったラッセルだったが、ニコルはもう興味がなくなったのか、再び解体物の方へと視線を戻す。ニコルと以心伝心なのか、クロの視線も下を向いた。
ラッセルもすぐに自分の仕事に戻る。彼の前にある木箱は自分で持ってきた物で、どうやらニコルが注文していた物らしい。その中身が間違っていないか確認しているようだ。
急に静けさが訪れたガレージ内で、レオンは少し気まずくなった。自分も鍵開けの練習を始めてもいいのだが、同じ場所に3人もいるのに、何も会話がないというのは寂しくないだろうか。
昨日、レオンはダンジョンに初めて入り、そして、なんとか軽傷だけで出て来られた。出た時はもう黄昏時だったが、診療所のイザベラ医師は何も言わずに診療してくれた。そして、ただ一言、明日は休養しなさいとだけ言われて、診療所を追い出された。
そういうわけで、いつもは訓練終わりの夕方に来る事が多いこのガレージを、初めて午前中に訪問した。訓練所のアレンとも話をしたいところだが、まだこの時間は仕事中だから、邪魔をしても悪いと思ったのだ。
すると、珍しい事に先客がいたのだ。ラッセルも仕事でここに来ていたわけだが、レオンも手伝おうとしたらやんわりと断られた。今日は休養日だという事を彼は既に知っていた。誰から聞いたのかは尋ねなかったが、だいたい予想はつく。
いずれにしても、珍しいシチュエーションには違いない。ガレージに3人以上集まる事は滅多にないはずだ。何かニコルに変化がないか、レオンは少し期待した。
だが、結果はこの通りである。
ニコルはマイペースそのもの。嬉しそうでもないし、嫌がっている様子もない。気を遣うわけでもなければ、誰かを邪険に扱うわけでもない。拍子抜けする程、普段通りだった。
だが、それが逆にレオンは不思議だった。ニコルは凄く落ち着いている。これならば、町の人とも普通にやっていけるのではないだろうか。少なくともレオンにとっては、ニコルは十分普通の人間だ。おかしいとか怖いとか、そういう印象はほとんどない。
それなのに、ニコルは外に出ようとしない。その理由が、レオンにはさっぱり分からない。町の人と距離を取らなければいけない理由なんて、一体どこにあるというのだろうか。
そんな事を思い耽っていたレオンの耳の近くで、突然声が響いた。
「レオン、生きてる?」
はっと我に返ると、やっぱりというか、案の定ニコルの顔がすぐ近くにあった。さすがに慣れてきたのか、少し仰け反るくらいで、あまり驚かなかった。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて・・・」
その言葉に、ニコルは困ったように頬を掻く。
「考え事するのはいいんだけど・・・僕の気配、全然気付いてないよね。というか、僕が目の前にいる事の方に慣れてるし。それって、ますます鈍くなってるって事じゃない?」
鈍くなっているかどうかはともかくとしても、危機感が薄れていると言われても文句は言えない。
「・・・そうだね。ごめん」
「本当に大丈夫かなあ。ぼんやりしてるレオンの為に、これから毎回、ガレージに罠を仕掛けておいてあげようか?」
その提案自体はいいかもしれないと思ったが、ニコルの作る罠といえば、間違いなく爆発系である。
「・・・命の保証がある罠なら」
ニコルは腕を組んで真面目な顔になる。そして、一度大きく頷いてから、こう断言した。
「命の保証がある罠なんて、罠じゃないね」
物凄く重みのある言葉だった。昨日借りたガジェットでさえ、例えば馬車が通るような道に仕掛けておけば、大惨事になりかねない代物だ。しかも、あれで妥協品なのである。本来なら起爆装置になるはずだったわけだから、もし完成していたら、致命的な罠になっていただろう。
そんなものを仕掛けられたらたまらない。命がいくつあっても足りない。
「・・・ごめん。やっぱり遠慮するね」
レオンの言葉に再び重々しく頷くニコル。頭上のクロもそれに伴って頷いたように見える。だが、その動作に何の意味があるのかは謎だった。
そこでニコルは腕を解いて、普段通りの表情で聞いた。
「それより、結局レオンはどうするの?」
何が結局なのか分からず、レオンは聞き返した。
「どうするって、何を?」
「だから、爆弾。というか・・・ああ、そっか。ちょっと待ってね」
ニコルは振り返った。
「ラッセル!」
まだ仕事中のラッセルだが、それでも手を止めてこちらを向く。
「何?」
「レオンの持ち物、ちょっとくらい融通利かないの?」
ラッセルは少し考えてから答える。
「元々、本人の希望にはなるべく応えるように言われてるんだ。だけど、あくまで予算内でだから、ニコルが言うような高価な物は無理だよ」
残念がっているかと思ったが、再びこちらを向いたニコルの顔には笑みが浮かんでいた。子供に似つかわしくない邪な笑みに一瞬驚くが、よく考えたらニコルはもう16歳なのだから、全く不自然な事ではなかった。
いずれにしても、嫌な予感がしたのは確かだ。
「レオン」
「な、何?」
「今の話聞いたよね?」
よっぽど耳が遠くない限り、聞き逃すわけがない。
「聞いたけど」
「つまり、レオンが希望すれば、大抵の物は用意して貰えるんだよ」
「安い物ならね」
すかさず釘を刺したのはラッセルである。
「・・・ラッセルさんはああ言ってるけど」
レオンの言葉に頷いたニコルは、笑みをたたえたままこう言った。
「簡単な事だよ。買えないなら、自分で作ればいいよね」
しばらく思考に空白が出来たレオンは、首を捻ってから聞いた。
「・・・どういう意味?」
「大丈夫だよ。爆弾なんて簡単に出来るから」
あまりに自然な笑顔で言ったので、つられて頷きそうになった。
だけど、すんでのところで気付く。
何か今、ニコルは妙な事を言わなかっただろうか。
「・・・今何て言った?」
「だから、大丈夫だって」
「その後」
「簡単に作れるから」
「・・・その間」
そこでニコルは苦笑した。
「そんなに爆弾作るの嫌かなあ」
唖然として固まるレオン。好きとか嫌いとか、それ以前の問題として、この子供にしか見えない人間が何を考えているのかよく分からなかった。
爆弾を作る。
そんな危険物を作らせて何をさせようといいのか。というか、自分を何にするつもりなのか。
そこで、仕事が済んだのか、ラッセルが近寄ってくる。
「まあ、知識として、火薬の事を知っておくのはいいんじゃないかな」
彼の言葉を聞いて、レオンはやっとニコルの言葉の意味が分かった。
「あ・・・もしかして、ニコルが言ってたのはそういう意味?」
ニコルはすました表情で首を傾ける。
「結局のところ、そう言えない事もないけどね。だけど、レオンは冒険者志望なんだから、知識がどうこうって言ったところで、用途としては武器として使うのがほとんどだと思うよ。爆弾を作るっていう表現で正しいと思うけどなあ」
正しいのかもしれないが、そんな説明をされたら素直に頷きにくい。
ラッセルがこちらを見て、丁寧に補足してくれた。
「分かるとは思うけど、ニコルは凄く頭がいいんだ。だから、何でも自分で勉強して、自分で作れるようになってる。これだけ多くの物を作れるのも、細かいところから自分で作ってるからなんだよ。その方が安く済むし、使わなくなった物を分解して再利用したりも出来る。レオンも火薬の知識があれば自分で調合出来るようになるから、少ない予算でやりくり出来るし、ダンジョンの中の物を利用出来るようになるかもしれない」
「それに、火薬詰めたまま渡したら怖くて使えないんでしょ?だったら自分で詰めて貰うしかないし、ある程度知識があれば、何が安全か危険か分かって貰えると思うからね。まあ、全部覚えるのは無理でも、その火薬に対する偏見がなくなるくらいまでなら大丈夫でしょ」
後を継いだニコルの説明で、ようやくレオンの頭でも事情が飲み込めた。
だけど、自分でそんな知識が理解出来るだろうか。あまり頭がいいわけではないし、正直、火薬とか爆弾とかいった物は、物騒で手に負えない物というイメージしかない。猛獣とか暴れ馬とかと、だいたい似たような物だ。
そんな心境を汲み取ってくれたらしく、ラッセルはこう勧めてくれた。
「火薬に限った話じゃなくて、もっと広い知識として教わったらどうかな?モンスターの中には酸や毒を使ってくるモンスターもいるし、植物や鉱石なんかを見分けられるようになったら、どこへ行っても役に立つと思うよ」
なるほど。それは納得出来ると思っていたら、そこでニコルがからかうように言った。
「ラッセルは口が上手いよね。さすが商売人」
若干照れたようにして、ラッセルが謙遜する。
「いや、僕はそんな・・・」
「だけど、女心の方はまだまだなんだよね?」
何かを誤魔化すように咳払いするラッセルだが、レオンはよく分からなかった。
「女心?ラッセルさんは誰か・・・」
「あ!僕はそろそろ失礼するね。じゃあ、また」
早口にそう言ったラッセルは瞬時に反転する。背筋がぴんとしていて、何かの式典の時みたいだった。
その数秒後には、ガレージから姿を消していた。いつもの彼からは考えられないような機敏な動き。人が変わったというか、まるで別の生き物みたいに思える。
呆然としたレオンだったが、ニコルの方は特に変化はなく、いつもの表情だった。むしろ、いつもより無表情だったかもしれない。余程興味がないのだろうか。
しばらくしてから、ニコルはガレージ奥の本棚の中を捜索し始める。頭上のクロは、いつの間にか眠りこけていた。
レオンは何を聞こうか考えていたが、その結論が出るよりも早く、ニコルの方から質問してくる。
「えっと、とりあえず、いろいろ勉強するって事でいいよね?」
ラッセルの事はもうどうでもいいのか、その前の話題に戻っていた。
「あ、うん。お願いしてもいい?」
「それはいいんだよ。僕としても、レオンの火薬嫌いが直らないと仕事にならないから。それはいいんだけど・・・」
珍しく、ニコルの歯切れが悪い。
「どうかした?」
ニコルは軽く頷く。
「ラッセルは大きく言ったけど・・・僕は火薬とか装置とか、そういうのには詳しいけど、他はあんまり自信ないなあ。全然勉強してないわけじゃないけど、他はもっと詳しい人がいると思うよ」
「そうなの?」
「うん。毒とかだったら普通に医者の方が詳しいと思うし、鉱石は鍛冶師だよね。ジェフさんを知ってると思うけど、あそこは自分で精錬もしてるからかなり詳しいと思うよ。まあ、あの一家は男が全然喋らないから、聞きたかったらリディアに頼むしかないけど」
「へえ・・・」
「植物は・・・フィオナさんかシャーロットかなあ」
どちらも聞き覚えのない名前だった。
「フィオナさん・・・?シャーロットって?」
ニコルはきょとんとした顔でこちらを見る。
「レオンは会った事ないの?」
「ないと思うけど・・・」
少なくとも、名前を聞いた記憶はない。
不思議そうな顔をしていたニコルだったが、やがて納得したように小さく頷く。
「あ、そうか。レオンはアスリートだったっけ」
今更な発言だが、外見を見てジーニアスだと思い込まれる事はよくある事だった。きっと、その時の印象がどこかに残っていたのだろう。
本捜しを再開しながら、ニコルは説明した。
「フィオナさんは伝承者の先輩なんだよ。だけど、アスリートだと縁がないかもね」
「ああ、なるほど・・・」
どうやら伝説のジーニアスの記憶を受け継いでいるようだ。アスリートの自分が会っても、あまり意味がないという事だろう。
「シャーロットは魔法関係の道具屋をしてるんだ。ラッセルの店の隣なんだけど、入った事ないの?」
「あ、そうか。実は、僕はまだラッセルさんのお店に行った事がなくて・・・」
レオンは苦笑いしながら説明する。ラッセルは町の中で見かける事が多いから、用事があっても、店まで行かなくて済んでしまっていたのだ。よく考えると、あまりいいお客とは言えない。
ニコルはこちらを向いて少し微笑む。それが少し、レオンには意外だった。愛想笑いに見えるが、あまりそういう事はしない人物なのだ。
「まあ、まだレオンが行くような店じゃないと思うよ。シャーロットの店の商品はルーンを使った物も多いから、もうちょっとお金が稼げるようになってから行った方がいいね」
口調は普通だった。少し釈然としなかったが、レオンも普通の質問をする。
「そのフィオナさんとシャーロットさん、植物に詳しいの?」
「魔法を使う時に植物が必要だったりするんだよ。それと、魔法のアイテムの材料とかにも。だから、詳しいんじゃないかなあ。狩人のホレスも詳しいとは思うけど、知識の量ではジーニアスの方が断然多いと思うよ。狩人は現地の事には詳しいけど、ジーニアスはどこに行ってもやっていけるように、世界中の知識を学ぶからね。だいたい、ホレスはあんまり本なんか読まないと思うし」
確かに、ホレスは本どころか、あまり文明的なものに興味がなさそうだった。
本棚から数冊本を取り出しながら、ニコルは言葉を続ける。
「まだ会った事ないなら、会ってみたらいいと思うな。植物の勉強に付き合ってくれるかは分からないけど」
少し気になったので、レオンは聞いた。
「その2人って、どんな人?」
ニコルはすぐに答えず、大きな本1冊の上に割と薄い本を2冊積み上げる。体格の小さいニコルには重そうだったので、レオンは近寄ってその本を受け取った。
そこでようやく、ニコルは答える。
「フィオナさんはね、たぶんこの町で一番頭がいい人だよ」
「え・・・ニコルよりも?」
迷う事なく、ニコルは頷く。器用にしがみついたままのクロが少し揺れる。
「シャーロットはちょっと変わり者というか・・・強いて言うなら、僕に似てるよね」
最後の言葉は苦笑混じりだった。レオンには、それが何故かなのかは分からないが。
「でも、2人ともいい人なのは間違いないよ。まあ、悪い人なんていないけどね」
「あ、うん。そうだね」
確かに、この町の人はいい人ばかりだ。そう思って頷いたレオンに、ニコルはまた少し微笑んだ。またあの愛想笑いのような微笑み。今日はよく見られるが、やっぱり少し違和感がある。
そんな疑念をよそに、ニコルはレオンが抱えた本をポンと叩く。
「とりあえず、これを貸すから、時間がある時に読んでみて。あ、上2冊ね。大きいのは辞書だから」
「うん・・・ありがとう」
「お礼はいいけど、うーん・・・結局、すぐには無理だよね」
レオンは首を捻る。
「何が?」
「いや、だって、すぐには火薬の事覚えられないと思うよ。だけど、またそのうちダンジョンに行くんでしょ?やっぱり、何か威力がある武器がいるんじゃない?」
「あ、うん。それなら大丈夫」
ニコルは瞳を一度瞬く。
「何か当てがあるの?」
「先輩に相談してみる」
「アレン?それともホレス?」
「両方」
ニコルは苦笑いする。
「どちらにしても、すぐには無理だと思うけどなあ」
仮に何かアドバイスされたとしても、すぐに身につくわけではない。
レオンは頷いた。
「うん。でも大丈夫」
「何で?」
「すぐには無理だって分かってるから」
一瞬ニコルの動きが止まった。瞳が大きくなる。
驚いているという事に気付くのに少し時間が必要だった。もしかしたら、驚いた顔を見たのは初めてかもしれない。
ニコルは呟くように言う。
「・・・たまにレオンは、意味不明な事言うよね」
そんな事を言われたのは、実は初めてではない。
「そ、そう?」
ニコルは笑った。今度はいつもの笑み。
「じゃあ、一応僕からアドバイスしておくよ」
「あ、うん」
「伝承者になる為の条件って知ってる?」
「え?」
知っているが、それが何だと言うのか。
頭上の妖精を撫でながら、ニコルは言った。愛おしむような表情だ。
「たまには、このお飾りの妖精達に働いて貰うといいんじゃないかな」
その言葉が聞こえているのかいないのか。
漆黒のカーバンクルは、今も夢の中にいるようだった。