酒場の主人と行商人
ガレット酒場の朝は早い。
それは、ここが宿屋の食堂も兼ねているからとか、また、冒険者は日の出前の時間に出立する事が多いからという理由もある。だが、もしそんな理屈を本気で信じている人がいるとしたら、それはきっとこの酒場の事をよく知らない人だろう。ここはそんな客目線の発想をするような店ではないのだ。
この酒場の朝が早い理由。それは、単純に酒場の主人のガレットが早起きだからである。
彼の場合、日の出前に起きるのは当たり前。睡眠時間が3時間を越すことはほとんどない。仕事の為とかではなくて、そういう生活習慣が身についてしまっているのである。
元冒険者であるガレットにとって、睡眠は短い程良い。特に、魔法を使うジーニアスは精神的負担が多い為か、睡眠時間が長い傾向がある。夜の見張りは基本的に、彼のようなアスリートの仕事なのだ。無駄に長い睡眠は他のメンバーの負担になるし、何より、寝ている間は無防備だから、寝ていても落ち着かない。その頃の癖が抜けないままのガレットは、長い睡眠が出来ない身体なのである。
それだけなら、彼が早起きであるというだけの話で済むのだが、ガレットには欠けているものがあった。
一言で言うなら、それは配慮、あるいは遠慮である。
早朝だから静かにしようなどという発想が彼にはない。冒険者にしてみたら当たり前の事なのだが、酒場兼宿屋の主人となった今でも、困った事に変わらない。何かしていないと落ち着かないという事なのだろう。客はおろか、家族だってまだ寝ている時間でも、平気で廊下をうろうろする。うろうろするだけならまだ良いが、掃除や片づけを始めたりする。特に、何か捜し物があると、妻や娘を起こして聞く事もある。本人達はもう慣れてしまったわけだが、その話し声を聞かされる客達の方はそうではない。
端的に言えば、朝から落ち着かない。
そういう場所だから、ここに宿をとる一般の客はほとんどいない。初めてここに泊まった一般人は、次からは大抵他の宿をとるし、そもそも、ユースアイの人々は親切だから、一般人が宿を探している場合、ガレットの宿場を紹介する事はない。
代わりに、冒険者が宿を探している場合には、迷わずここを紹介する。何故なら、冒険者の生活習慣が身につくからである。さらに、明日の出立が早い場合でも、寝坊する事はまずない。仮に自分達で起きられなくても、主人自ら起こしにくるからである。多少身体にダメージが残る起こし方だが、他の宿屋ではこうはいかない。夜遅くに帰ってきた場合でも、ガレットはすぐに飛び起きて出迎えてくれるし、そもそもほとんどの時間起きているわけだから、閉め出しされる心配もない。好意的に見れば、冒険者向けの宿屋だと言えるだろう。
そんなガレットの店だが、1階のフロアのほとんど全てが酒場兼食堂となっている。そこで冒険者達が、酒を飲んで語り合ったり、羽を休めたりするわけだが、そういう場合、多くの客達はテーブル席を使用する。というのも、冒険者の多くはパーティを組んでいるからで、イスが3つしか用意されていないカウンター席は、4人以上が理想とされる冒険者パーティには少な過ぎるのである。
カウンター自体の広さはもっと多くのイスを置くのにも十分なものだが、ガレットはそれ以上のイスを置こうとはしない。その理由を一言で説明するのは難しいが、簡単に言えば、冒険者達と必要以上に馴れ合いたくないからである。馴れ合ってもお互いの為にならない。志半ばで冒険者を引退した自分にとっても、これからより高みを目指す冒険者達にとっても。
その為、現在カウンター席を利用する人間といえば、まだ仲間がいない見習いのレオン、たまに遊びにくる自分やベティの友人達。
それから、今座っている行商人の男くらいである。
ガレットはカウンターの中から、座っているその男を見下ろす。男は2つのグラスに注がれたウイスキーを交互に飲み比べているところだった。
旅人にしては頼りない体つきで、道中で強盗に襲われたらどうするのだろうかといつも思うのだが、町中にいる時には恵まれた外見だと言えるだろう。相手に警戒心を抱かせないのはもちろん、実は整った顔立ちでもある。客に取り入るには有利な武器となっているに違いない。服装も当然くすんだり汚れたりしているわけだが、こういった職種の人間には珍しく、意外に気を使っているという事だった。これは、本人に聞いたわけではなく、妻や娘の意見である。少し無精髭をのばしているが、それもファッションのうちという事なのだろう。人当たりがいいのは間違いない。
彼は自分の事をガイと名乗っているが、本名ではなく、覚えやすいからそう名乗っているという事だった。そして、実を言うと、彼こそがこの町までレオンを乗せてきた男である。ついさっきこの男に確認もしたし、レオンが住んでいたような山奥まで行くような行商といえば、彼くらいのものである。まだ若い男だが、その若さに見合ったフロンティア精神と、しっかりとした商売眼を併せ持っている、なかなか大した男である。
ガイは両方のグラスとも二口しか飲まなかった。それもそのはずで、これが彼の仕事の一部だからである。
しばらくして、彼は顔を綻ばせながら言った。やや苦笑気味と言っていい。
「・・・同じ場所で作ってるのに、どうしてこんなに違うんだろうなぁ」
彼が味見していたのは、ガレット酒場自家製のウイスキーである。彼の妻の父親が始めたという、こだわりの銘酒だ。
「そんなに違わねえだろ」
ガレットが吐き捨てるように言ったが、ガイは全く意に介さず続ける。見かけによらず、この男は度胸もある。
「いやいや。分かる人には分かるんですって。ホレスの方は小川のせせらぎみたいな繊細さがあるけど、オッサンの方は土石流・・・」
眉がぴくりと動いたのが自分でも分かった。
「てめえ、本人を目の前にして土石流ってな・・・覚悟してるんだろうな?」
怒気を込めた眼で睨むと、ガイはあっさり両手を挙げた。だが、顔は笑っている。
「そういう荒々しい方が好みって人もいるんですよ。この口の中で荒れ狂う感じはなかなか出せないって」
「てめえなぁ・・・それで褒めてるつもりか?」
ガイは口元を上げる。
「もちろん。悪い品だったら、買い手なんてつかないし」
「その買う奴も買う奴で、何を好き好んで、そんな土石流を飲みたがるんだ?」
「都会人は刺激が欲しいんでしょうね」
「じゃあ、ホレスの方はどんな奴が買うんだ?」
「それはまあ・・・違いが分かる人でしょうね」
自分のは出来が悪いと遠回しに言われたような気がしたので、もう一度睨んでみたが、今度は効果がなかった。どうもやりにくい相手である。
ガイは周囲を見渡してから、ガレットに聞く。
「今日はベティちゃんは?ホレスのところですか?」
世界広しといえど、ベティの事を今もちゃん付けで呼ぶ男はガイだけである。
ガレットはグラスを片づけながら低い声で答える。
「レオンの鎧が出来たとかで見に行っちまったんだよ。付き添いっていうか、仕事をサボる口実みたいなもんだ」
「へえ・・・レオンはどんな感じです?」
「どうってなぁ・・・これからようやくダンジョンに挑戦ってところだから、何とも言えねえだろうな。まあ、なるようにしかならねえよ」
「いや、そうじゃなくて・・・例えば、息子としてどうですか?」
思わぬ質問に、ガレットは鼻で笑った。新しいグラスを手に取りながらガイの方を見ると、彼も楽しそうな表情だ。
「まあ、息子としてなら、どこに行ってもやっていけるだろうよ。うちもたまに手伝って貰ってるが、よく働くし、人当たりもいいしな」
「やっぱりそうですよねぇ・・・俺も、ここに連れてくる時、そう思ったんですよ」
「そういえば、そんな話をあの馬鹿娘から聞いたな。弱そうだ弱そうだって、皆に言われたらしいんだが、連れてきて貰った行商の男にもそう言われたってな」
娘のベティは、そういう情報を聞き出す事にかけては天才的と言ってもいい。
悪びれる様子もなく、ガイは可笑しそうに笑った。
「本当に弱そうですからねぇ。最初はジーニアスかと思ったんですけど、魔法は使えないって言うし・・・だから、一応少し心配してたんですよ。というか、最初に会った時、止めとけって言おうと思ったくらいで。だけど、レオンの両親と知り合いだったから、断るのも悪いし」
氷を入れたグラスにウイスキーを注ぎながら、ガレットは軽く答える。
「あいつのご両親がお得意さんだったが、それか母親か姉が美人だったか、どうせそんな理由だろうが」
ガイは微笑む。肯定の笑みだ。
「美人っていう事なら、それはもう・・・レオンの母親ですからね、愛想が良くて優しい人ですよ。そうだ。それで、聞きました?」
ガレットはウイスキーの入ったグラスをガイの前に置く。
「何をだ?」
いつの間にか、ガイは真剣な表情だった。
「実は、つい最近、新ダンジョンが見つかったんですよ。それが滅多にないような規模のものらしいんですけど、その入り口がユースアイからも結構近いそうで」
思い当たる節があり過ぎる話だった。
「おい。そのダンジョンの入り口、まさか、ここから西の方か?」
目を見開いたガイの表情を見れば、その答えも一目瞭然だった。
「あれ・・・知ってました?西っていうか、正確には北西の山奥の方なんですよ。どちらかというと、こっちよりも、山を越えた向こうの方では、結構な強さのモンスターが出るようになったみたいで、今ちょっとした厳戒態勢だとか」
ガレットは右手を額に当てて、大きな溜息を吐いた。
「てめえは・・・こういう時はちっとも役に立たねえんだよなぁ」
役立たず呼ばわりされたガイだったが、困惑しているのは明らかである。
「いや・・・なんか知りませんけど、俺、間が悪かったですか?」
あさっての方を向きながら、ガレットは言い放った。
「こっちにも出たんだよ」
「モンスターが?」
「当たり前だろうが。もっと早くに聞いてたら・・・いや、もういい。てめえに期待しても仕方ねえ。それよりか、ギルドの情報網はどうなってんだ」
「いやいや。何かあったんですか?あれ、西って言えば・・・もしかして、モンスターに襲われたの、ベティちゃん?」
西にはさっき味見させたウイスキーの蒸留所があり、そこにベティが度々通っている事くらいはこの男も知っている。相変わらず彼の勘は鋭いが、今更働いても意味がない。
さすがに驚いた表情のガイはさておき、ガレットは心中穏やかではなかった。そんな情報があるのなら、ギルドから注意勧告があってもいいはずだが、それが全くなかった。一言でも情報があれば、いくらでも対処方があったはずだ。
だが、ガイはその辺りの心情も読み取れたらしい。こちらの勘は捨てたものではない。
「いや、ケイトさんは悪くないですよ。この情報をここまで持ってきたのは、たぶん俺が一番手ですからね。入り口が判明したのは、本当につい先日なんです。それまでは、山のどの辺りかなんて全然分かってなかったわけですから。あの山脈、結構広いですからね」
「そんな情報が、何でギルドよりも先にてめえにまわってくるんだ?」
「大した事じゃないですよ。何の偶然かは知りませんけど、山奥でたまたま乗せた冒険者達が、その入り口を見つけた人達だったってだけです。まさにその帰りだったらしいんですけど、移動手段の方をモンスターにやられて途方に暮れてたらしいんですよ」
「・・・てめえはそんなモンスターが溢れる山奥をうろちょろしてたのか?」
「いやあ、そんな事知りませんでしたからね。堂々と通ってたら、意外に会わないものなんですねえ」
他人事みたいに言ったが、一歩間違えたら命がなかったのは確実である。ただ、ここで笑い飛ばせるというのが、彼がただ者ではないという何よりの証明かもしれない。
ガイはグラスに口をつけてから、話を戻す。
「そういうわけなんで、そろそろギルドにも報告が来て、手練れの冒険者が押し寄せて来ると思いますよ。まあ、山の向こうの方が大々的に募集してると思いますから、こっちはそれほどでもないと思いますけど」
「そのダンジョンの規模がどれくらいかは分かるか?」
「いや・・・その人達も入り口を見てきただけらしいんで。そういう依頼内容だったらしいですね」
ギルドからの依頼だったという事だろう。普通、ダンジョンの入り口は冒険者が勝手に見つけるから、そんな依頼が出る事はほとんどない。逆に言えば、それだけギルドの憂慮する案件だという事だろう。
難しい顔をしている酒場の主人に、ガイは少し間を取ってから聞いた。
「・・・その、ベティちゃんが襲われたモンスター、倒したのはホレスですか?」
ガレットは憮然として答える。
「ああ」
「強さはどんなものだったかは聞きました?」
「矢を13本使った」
「あいつらしい表現ですねえ。でも、13本っていったら・・・」
そこでガイの言葉は途切れたが、言わんとする事は分かる。ホレスの矢は正確無比であり、普通の獣なら1本あれば急所を射抜く。急所がはっきりしないモンスターでも、普通は5本もあれば十分事足りる。その倍以上使ったという事だから、それだけ強力なモンスターだったという事だ。
「・・・どうも嫌な感じだな」
ガレットの呟きに、ガイが軽く聞く。
「元冒険者の勘ですか?」
「行商の勘は何て言ってるんだ?」
「ここは安全」
「・・・根拠は?」
「勘だからなあ・・・と言いたいところですけど、実はひとつだけいい材料があるんですよ」
方眉を動かしたガレットに、ガイは微笑んで言った。
「レオンは、実はただ者じゃないんですよ」
「何?」
確かに、前世を見た事がないという意味ではただ者ではないし、強力なモンスター相手に恐れもなく立ち回ったというのは、聞いた時は思わず感心した程だ。だが、ガイの口振りではそれだけではなさそうである。
たっぷり間を取ってから、ガイは自信満々の口調で言った。
「あいつは伝説になる男なんです」
同じくらいたっぷり間を空けてから、ガレットは半眼になって聞いた。
「・・・根拠は?」
「俺の勘」
「帰れ」
グラスを下げようとするガレットを、慌ててガイは止めた。
「いやいや!今のは冗談」
「今のは?どうせ他に理由なんかねえだろうが」
「あるある!」
「分かった。とりあえず聞いてやる」
「そう言いながら、グラスから手を離さないのは何で?」
「いいから言ってみやがれ」
ガイはそこで困った顔になった。
それを見たガレットは、口元に笑みを浮かべる。全然明るくない笑みを。
「・・・ガイ。こちらも家族の命が賭かってるんでな。お前の戯れ言につき合ってる暇はねえんだ。これ以上つまらねえ冗談を言いやがったら、二度と馬鹿な事が言えねえ身体に矯正してやるから楽しみにしてろ」
「いや、冗談ではないけど・・・ただ、あの、最後まで怒らないで聞いていただけませんか」
「そうだな。最後くらい望みは聞いてやろう」
「最後って・・・」
「何だ?もう言い残す事はないか?」
ガイは瞬時に両手を挙げて、後ろに飛び退いた。ウイスキーよりも命を優先したようだ。なかなか賢いと、ガレットは少し感心した。
それを見届けてから、黙ってグラスを片づけると、不意にガイが近寄ってきた。まだ話があるようだ。
「・・・何だ?」
思いっきり不機嫌な声で言ったが、ガイは少し微笑むだけで、それを受け流す。
「レオンの村。サイレントコールドの故郷なのは知ってますよね?」
「それがどうした?」
「これは本当は秘密なんですが・・・レオンが知らなかったら話しておいて貰えますか?」
ガレットは眉を動かす。どうやら真面目な話らしい。
ガイは小声で話を続ける。
「実は、レオンの村には、サイレントコールドが作ったアーティファクトがあるって話なんですよ」
アーティファクトとは、魔法によって作られたアイテムの中でも最上位の物の総称だ。一般人はもちろん、冒険者でも一生お目にかかれない事が多い。普通の魔法のアイテムなら、ある程度のジーニアスならば作る事が出来るが、アーティファクトとなると、伝説級の能力がなければ製作不可能と言われている。まさに幻の品であり、それに秘められた力も、他のアイテムの比ではない。
「そのアーティファクトにはいろいろな力があるらしいんですが、常に作用してるのは、村を守る機能なんです。あの辺りに雪女が出るって話を聞いた事あると思うんですけど、それがまさにその防衛機能らしいんですよ。アーティファクトの力によって生み出された幻影なんですが、モンスターとか、あと、盗賊とかの前に現れて、そいつらを魔法で氷漬けにしているらしいです。若い頃のサイレントコールドにそっくりの姿で、その魔法の力も、並の冒険者じゃ勝てないって話です」
「その村で育ったんだから、レオンもそれくらい知ってるだろ?」
当然のガレットの疑問だったが、ガイは頷かなかった。
「子供にはそういうお伽話として教えてるらしいんですよ。レオンは16歳だから成人といえば成人なんですけど、いつ教えるかは親の勝手らしいんです。というか、レオンのご両親が、なんていうか・・・ちょっとぼんやりしてるんで、たぶんまだだろうなあと思って」
酷い言われようだが、ガレットにも否定出来ないところだった。またベティ経由の情報だが、レオン一家は村でもぼんやりした家族で有名だったらしい。
ガイはそこで身体を離す。微笑みながら軽く左手を挙げた。
「じゃあ、そういう事なんでよろしく。ボトルの方は、明日取りに来ますんで」
それだけ言うと、出口の方へと歩いていく。
ガレットは腕を組んでそれを見送っていた。
相変わらず、食えない男である。
結局、ガイが何故こんな話をしたかというと、レオンの村がその北西の山脈のどこかに位置するからだろう。ガレットは行った事がないから分からないが、ガイは何度か訪ねた事があるらしいから、場所を知っているのだ。
つまり、これから新ダンジョンの話が広まれば、当然レオンの耳にも入る。そうなると、レオンは自分の故郷の事が心配になるだろう。それでも、村にある程度の防衛機能があるという事を知っていれば、ある程度は安心出来る。
もちろん、彼は行商人だから、ただの親切心だけだとは思えない。自分やレオンに対して誠意を見せたと捉える事も出来る。彼はそれくらいの計算が出来る男であり、そうでなければ、あの若さでたった1人、行商を続ける事は出来ない。
そう捉えられる事もまた、お互い承知の上である。商売人とはそういうものなのだ。
「あれー、ガイさん来てたの?」
ガイが出口にたどり着こうとした時、扉が向こうから開いた。そこに立っていたのは、新品の皮鎧を着たレオンと、ベティ、そして鍛冶屋で働くリディアの3人だった。ばったり出くわす格好になったわけだが、当然というべきか、最初に口を開いたのはベティだった。
「お久しぶり。ベティちゃんもリディアさんも綺麗になったね」
歯が浮くような台詞だが、ガイは平気な顔で言える男なのだ。
「何で私だけちゃん付けなのー?」
「レオンも鎧が出来たんだって?」
「私の質問は!?」
ガイはあっさりとそれも無視する。扱いに慣れているというか、完全に遊んでいる。付き合いが長いわけでも深いわけでもないのにここまでの事が出来るのは、きっと相性の問題だろう。
レオンは慣れない状況に戸惑っているようだった。いつもベティに振り回されているわけだから、無理もない。
「えっと・・・」
ガイはそんなレオンの肩に手を置く。あまり体つきはよくないが、それでも身長はガイが一番高い。
「鎧はよく似合ってる。だがな、レオン。二股は程々にしておけよ。鎧と一緒で、2人同時なんてのは無理があるんだ。ベティちゃんはともかく、リディアさんみたいな美人を見て、思わず手を出してしまった気持ちは、分からないではないけどな」
完全な濡れ衣だったが、ガイがわざと言っているのは明らかだった。声がやや大きいのは、多くの人間に聞かせる為だろう。
酒場中の視線が、出入り口の扉に集中する。
「私はともかくって何ー!?」
怒った様子のベティはともかく、レオンとリディアは完全に固まっていた。好奇の視線を一身に浴びているのが分かっているのだ。レオンは顔が青くて、リディアは顔が赤いという違いはあるが。
「じゃあな。みなさんお元気で」
普段通りの口調でにこやかにそう言うと、ガイは颯爽と店を後にした。
酒場には、変な空気が残っていたが。
ガレットは溜息を吐く。
これは一体何のサービスなのだろうか。さっきのアーティファクトの話のように、何か利点があるのだろうか。
考えても答えはない。あるはずもない。
ただの遊びに違いなかった。
そして、結局、この事態を処理するのは、自分の仕事のようだった。
「ベティ!レオン!あの馬鹿の戯れ言はいいから、とっとと報告しやがれ!リディアの仕事が止まっちまうだろうが!」
ガレットの店内を揺るがす声が、凝り固まりそうだった空気を一喝で吹き飛ばした。