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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
エピローグ
114/114

星空の道


 ささやかな宴は日が沈む頃に終わりを告げ、皆、それぞれの家に帰っていった。あまり長い時間とは言えなかったけれど、忙しい時間を割いて来てくれたのだから、それだけで十分だ。むしろ、ここまでして貰えた見習い冒険者は、他にいないのではないか。自分達は本当に恵まれている。それがレオンの実感だ。

 皆を家に送り届けた後、レオンとステラは自室に戻った。疲れているだろうから早く休んだ方がいいと、ガレットやベティが気をつかってくれたからだ。だけど、結局目がさえてしまって、今はこうして、店の外で夜の空気を吸っていた。

 昼に雪が降ったばかりなので、夜風は凍てつくように寒い。だけど、アルコールがまだ残っているせいか、どこか寒さも遠くに感じる。

 あの時、魂の試練場の入り口で見たように、空には雲ひとつない。冬の澄んだ空気が天まで満ちていて、満天の星空が綺麗に映えている。

 レオンの肩にのるソフィも、その紅い双眸で、同じように空を見上げていた。妖精にも、どんな動物にも、あの美しさは共通するものなのかもしれない。

「風邪ひきますよ」

 不意に声をかけられる。勝手口に続く通路を見ると、想像通り、ステラが歩み寄ってくるところだった。魔導衣から既に着替えている。暖かそうなセーターとロングスカート。彼女らしい大人しめのファッションだ。

 隣に並んだステラは、レオンと同じように空を見上げる。

 星光の白と黄色のグラデーションが、空の黒と混ざり合って、ところどころを青や藍に幻想的に染めていた。

「・・・綺麗ですね」

 ステラが息を吐くようにして呟く。

 きっと、遠い前世の記憶に思いを馳せているのだろう。それと、導きの妖精が教えてくれた、彼女の幼い親友のことを。

 ふたりはしばらく黙って星空を見上げていた。

「それで・・・」

 穏やかに沈黙を破ったのは、ステラだった。

 そちらを見ると、彼女は既にこっちを向いていた。いつからか見せるようになった、大人びた表情。彼女がイブの心を少しずつ昇華できている証のひとつかもしれない。

「ケイトさんの話は、どうでした?」

「うん、まあ・・・」

 一度視線を夜空へと逸らしたレオンは、考えをまとめてから、再び彼女を見据えた。

「やっぱり、アーツがないと、見習い卒業は認めて貰えないみたい。前世がないっていうケースが今までにないから、多分、特例としても無理じゃないかって」

「・・・そうですか」

 心なしか、声のトーンが下がるステラ。それも当然かもしれないけれど、表情だけは穏やかなままだ。

 それを確認してから、レオンは続きを話す。

「だけど、やっぱり聞いてみるものだよね。いくつか別の道があるかもって、考えてくれた」

「さすがケイトさんですね」

「まあね。ただ、かなり酔っぱらってたみたいだけど」

 どうやら、レオンの見習い卒業を認められないことが、ギルド職員として相当悔しかったらしい。それで、あんな自棄酒になってしまったみたいだと、あとでフィオナにこっそり教えて貰った。

 その気持ちに応えるためにも、彼女が頭を捻って教えてくれた出して情報を立派に生かしてみせないといけない。

「それで、どんな方法があるんですか?」

 今の夜空を映したようなステラの青い瞳が、こちらを見ている。いつの間にか真剣な表情に変わっていた。

 レオンはそこで軽く頷いた。

「まず、そもそも冒険者にならなくても、ただ旅をする分には問題ないんじゃないかって。ダンジョンに入るのも、特に通行証のようなものは必要ないし、冒険者でもそうでなくても、活動する上で直接的な制約はない。ただ・・・」

「信用が、問題ですよね」

「そう・・・」

 やはりというべきか、ステラはよく理解しているようだ。冒険者かどうかという肩書きは、他の冒険者とパーティを組む上で一番必要になる。正式に見習いを卒業した人間と、どこの誰かも分からない人間とでは、明らかに前者と組みたくなるのが普通だ。

「それから、お金とか取引の問題もある。これは一応、全部ステラに手伝って貰えばなんとかならないこともないけど・・・」

「別に、それくらいはいいんじゃないですか?」

 きょとんとするステラにレオンは少し苦笑した。

「うーん・・・でも、別行動した方がいいって場合があるかもしれないしね。その時、僕だけだと何もできないんじゃ、ステラの重荷になっちゃうと思うし」

「いいですよ。それくらいなら」

 あっさりと微笑むステラ。

「他人より苦労することになるって、最初から分かってることじゃないですか。そのケースでいくなら、原則別行動は諦めてしまえばいいんです。どうせどこかで妥協しなければならないんですから、その程度の制約なら、安いものじゃないですか」

 なんとも頼もしいステラの意見だった。そこまで言って貰えると嬉しいけれど、なるべく甘えたくないと思うのもまた、レオンだったりする。

 ひとまず、そこで一区切りにして、別のパターンに話題を変えた。

「それから、あまりお勧めはできないって言われたんだけど、別のギルドに入るって方法もあるって」

「別の・・・?」

 意味が分からないという顔をするステラ。実際、レオンも最初聞いた時は、同じ心境だった。

 だけど、よくよく説明を聞くと、なるほどという話だ。

「冒険者ギルドのアンリミテッドは、今でこそ冒険者ギルドで最大手だけど、昔は沢山あるギルドのうちのひとつでしかなかったんだって。その他のギルドは、アンリミテッドに負けて一番にはなれなかったけど、実は、地方で限定的に活動しているのが結構あるらしい。そして、そういうところは、入会条件に実力を重視するらしいから、アーツの有る無しに関わらず、冒険者としてのサポートを受けることができる可能性がある。もちろん、アンリミテッドほどは手広くないらしいけど」

「へえ・・・」

 感心した様子のステラ。アンリミテッド以外のギルドがあるらしいとは聞いていたものの、ほとんど休眠状態なものばかりだと勝手に想像していたに違いない。かく言うレオンがそうだったのだから。

「あと、もうひとつ。伝承者になるって手もある」

「・・・伝承者?」

 ステラの目が点になった。本当に、自分のリアクションを見ているようだと、レオンは心の中で少し笑った。

「ただ記憶を伝えるだけじゃなくて、実際にダンジョンの中まで付き添って指導するタイプの伝承者もいるらしいんだ。それは一部の町に行って試験を受けないといけないんだけど、もし合格できたら、冒険者並のサポートが受けられるらしい。もちろん、仕事を依頼されたら受けないといけないんだけど、普段は自由に旅をしても問題ないんだって」

「そういうのもあるんですね・・・」

 聞けば聞くほど頷き通しのステラ。レオンも、さっき教えて貰うまでは知らなかったことばかりだ。

 不意にステラは微笑む。

「なんだかんだで、道はあるものですね」

 道。

 その言葉を聞いて、レオンはまた空を眺めたくなった。

 満天の星空。

「・・・不安ですか?」

 呟くような小さな声で尋ねてくるステラ。

 敢えてそちらを見ないまま、レオンは微笑んだ。

「いや、そうじゃなくて・・・夢って結局、こういうことなのかなって」

「え?」

「こうやって、皆が同じ空を見上げて、同じ夢を見てるのかなって。夢って、きっと、皆で眺められるほど大きいものだと思うんだ。だから、途中で道を間違えたり、見失ったりしても、周りの人が支えてくれる。一緒にこうやって眺めて、一緒に支え合って歩いていくっていう夢を、みんなで見てるんじゃないかなって、そう思う」

 ステラも同じように、星空を見上げる。

「そうですね・・・ユースアイの人達も、イブさんやソフィアだって、目標はそれぞれ違っていても、きっと、同じ夢を見ているんですよね」

 同じ夢を見ていれば、ずっと一緒にいられる。

 ふたりだって、みんなだって。

 不意に、ステラの左手が、レオンの右手に触れた。

 少し驚いたものの、それほど抵抗はなかった。流れるように自然に、彼女の小さな手をそっと握る。

 手を繋いだふたりは、同じ夢の光景を静かに眺める。

「私達も、同じ夢を歩いていきましょうね」

「・・・うん」

 導かれたふたりが見つけた夢の光。その満天の輝きが、まだ若い冒険者と、彼らを導いた妖精の紅い双眸を穏やかに祝福していた。



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