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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第10章 魂の試練場
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破砕の後に



 荘厳とした雰囲気だった試練の間が、既に廃墟の様相を呈している。断続的に石材の破砕音と地響きが鳴り、その合間に逃げるレオンの軽快な足音と、それを悠然と追いかける幻影の甲冑の物音が聞こえる状態。音だけなら、ここだけ戦争をしているように聞こえるかもしれない。もっとも、戦っているのはふたりだけなのだが。

 ガレットの幻影を名乗る謎のモンスターの攻撃は、とにかく豪快で、力押しもここまでくると手がつけられないという印象だった。遠距離では、彼の身の丈以上もある巨大なハンマーを振り回し、手近な柱を木っ端微塵にして、その瓦礫を砲弾のように飛ばしてくる。かといって近付けば、兵器以外の何物でもないハンマーを容赦なく振るってくる。そのリーチもさることながら、どう考えても当たれば無事では済まない重量感。バックラーなど掲げたところで、その腕ごと易々と砕かれそうだ。

 そういうわけで、レオンにしてみれば、一瞬の隙が命取りになる接近戦は避けたいところだった。従って、遠距離戦で活路を見いだすしかない。ただ、まず試した弓は、甲冑にあっさり弾かれてしまった。かなり堅い鎧のようだ。そうなると、ダガーなどは益々効果が見込めない。

 ならば、あれしかない。

 ニコルお手製の火器ガジェット。

 クロスボウによって爆薬を射出するこの武器なら、遠距離からでもかなりの威力が見込める。むしろ、近距離で使うわけにはいかない。爆発に巻き込まれたら、こちらもただでは済まないからだ。

 ただ、遠距離から発射する性質上、避けられたら意味がない。代えの爆薬は用意してあるが、扉の外に置いてきた鞄の中だ。

 一発勝負。

 絶対に外すわけにはいかない。

 柱の陰に隠れて、飛んでくる石塊をやり過ごしながら、レオンはそこまで考えをまとめた。ほぼ迷う余地はない。はっきり言って、それ以外に手はない。

 覚悟を決めるや否や、その場所から飛び出す。

 やや離れた場所に陣取る黄金の甲冑は、こちらに悠然と歩いてきている。その周囲の柱は既に砕け散っていて、一帯に瓦礫として散乱していた。今は別の柱に辿り着くまでの小休止。狙うならここしかない。

 レオンは一目散に幻影へと近付く。

 だが、ハンマーの間合いに入るわけにはいかない。その数メートル手前で方向転換し、その周りを旋回するように走って隙を窺う。

 動きながら粘着弾を掴む。

 甲冑はレオンを視線で追うでもなく、ハンマーを持ち上げて立ち止まったままだ。完全に余裕の構え。こちらの攻撃が怖くないことを見切っているのか。

 ならば遠慮なく。

 完全に背中に回り込んだところで、レオンは粘着弾を甲冑の足下に放り込む。

 ところが、そこで黄金のハンマーが一閃した。

「うわっ!」

 咄嗟に両腕で顔を守るレオン。まるで箒を軽く掃いたような動きだけで、床の瓦礫が一斉に跳ねて襲いかかってきたからだ。

 レオンが投げた粘着弾も、空中で瓦礫に撃ち抜かれて、甲冑に届く前に破裂していた。

 さらに、石つぶてを目くらましにした隙に、甲冑が瞬時に間合いを詰めて、ハンマーを振りかぶっているのが見えた。

 ここまで考えた上での流れるような動き。

 肝が凍り付く。

 それでも、レオンはとにかく後方に跳んだ。

 なんとか回避は間に合い、甲冑が振り下ろしたハンマーは、レオンの目の前の床に叩きつけられた。地震のように床が揺れ、大規模なひびが入ったものの、驚いている場合じゃない。半ば逃げるようにして、レオンはさらに距離をとった。通常はすぐに攻撃に移れるわけもない重い武器だが、この巨体は規格外なのだ。何度でも平気な顔で連続攻撃してくる。

 甲冑はすぐに詰め寄ってはこない。しかし、また地響きをあげながら、悠然と歩みを進めてくる。

 強い。

 パワーも技量も、咄嗟の対応力でさえ、向こうが上だ。

 どうする。

 一か八か、ニコルのガジェットを撃ってみる手はある。だけど、当たる気がしない。避けられるか、さっきのように石つぶてで妨害されるか。いずれにしても、正直に撃って易々と当たってくれるとは、どうしても思えない。近付いて撃てば当たる確率は高いが、威力が威力だけに、爆炎に巻き込まれる可能性が高い。

 やはり、足を止める以外にない。

 粘着弾はあとふたつ。

 直前に戦った熊型モンスターとの戦闘を思い出す。素直に投げて防がれてしまうなら、防げないように牽制するしかない。

 レオンは再び駆けだした。

 右手に剣を握り突進するが、やはり向こうの間合いに入る前に方向転換する。甲冑の周りを移動しながら隙を窺うが、相手は全く動かない。完全に余裕の構え。背中をとられてもびくともしない。

 ただ、それもレオンは折り込み済みだ。

 不意に足を止めたレオンは、一転して間合いに踏み込もうとする。

 その気配を機敏に察した甲冑は、振り返りつつ巨大なハンマーを横に振るってくるが、予想通りの軌道だったので避けやすかった。頭を下げて攻撃をやり過ごしたレオンは、ここぞとばかりに、アンダースローで粘着弾放り込む。

 ところが、そこで出てきたのが、黄金の鎧に包まれた甲冑の足だった。

 右足で蹴り飛ばした瓦礫が、見事なコントロールで空中の粘着弾に命中し、その粘液がこちらに跳ね返ってくる。

「え?」

 思わず声が出た。

 これを浴びたら、相手の足を止めるどころか、こっちの足が止まりかねない。

 死んでも避けなければ。

 咄嗟に左に跳び、レオンの体が瓦礫まみれの床に転がる。

 その動きを待っていたようなタイミングで、甲冑がハンマーを振りかぶっているのが見えた。

「う・・・」

 これ以上ないくらいの完璧なタイミング。さっきとは距離が違うため、避ける時間もほとんどない。

 無理だ。

 避けられない。

 死ぬ。

 ただ、その時。

「レオンさん!」

 声が聞こえた気がした。

 いつも後ろにいてくれる、パートナーの声が。

 レオンの右手が床を叩く。

 その反動で上体を起こしたレオンは、降ってきたハンマーの頭が掠めるほどのギリギリのラインで避けると、すぐさま立ち上がって距離をとった。何も考えていない、ほぼ無自覚の動き。それどころか、僅か数秒の出来事だが、心臓の鼓動も、呼吸さえも止まっていた気がした。

 回避行動が済んですぐに、ようやく、通常の生命律動が戻ってくる。同時に、生命の危機を思い出したように息が荒くなり、汗がどっと吹き出した。

 その汗を拭いながら、立ち尽くしたままの甲冑を油断なく見据える。向こうは、ハンマーを床に叩きつけた体勢のまま、微動だにしていなかった。

 それを確認してから、素早く背後を振り返る。

 誰もいない。

 さっきのは、空耳だったのだろうか。

「いい動きだ」

 その言葉に振り返ると、甲冑がハンマーを肩に担いでこちらを見据えていた。正確には、兜がこちらを向いていたというだけだが。

 しかし、褒められるとは思っていなかったので、多少戸惑ってしまう。声はガレットそっくりの人間の声なので、不自然というわけではないが、彼もほとんど褒めてくれたことがないため、違和感は拭えない。

 ただ、甲冑の言葉にはまだ続きがあった。

「レオン」

「・・・え?」

「てめえ、何しにここに来たんだ?」

 なんというべきか、意味深な質問だった。

 表面的な事実だけを言うなら、アーツを手に入れて見習いを卒業するためだが、そんな当たり前の回答を求められているのだろうか。ここが試練の場だということは、向こうだって知っているはずなのに。

 ところが、向こうが示した答えは、まさにその当たり前な一言だった。

「見習い卒業するんだろうが」

「はあ、まあ・・・」

 そりゃそうですとしか答えようがない。

 だけど、甲冑が告げた言葉の続きを聞いて、その考えが少し変わる。

「だったら、俺をまともに倒せねえと意味がねえぞ」

 その一言で目が覚めた気がした。

 そうだ。

 その通り。

 自分は一人前の冒険者になる為にここにいる。

 ただし、ただその肩書きが欲しいわけじゃない。今まで毎日のように訓練して、ビギナーズ・アイやファースト・アイに挑戦して、自分の心や体を鍛えてきたのは、名目だけの冒険者になりたかったからじゃない。

 強くなりたかったからだ。

 前世が見られない中途半端な自分でも、人の役に立てる強い大人になりたかったから。それがいつの間にか、冒険者になれば強くなれると勘違いしていたせいで、ステラや周りの人達に辛い思いをさせた。皆が優しく支えてくれていたのに、あと少しで、それを台無しにしてしまうところだった。

 それでもなんとか、もう一度立ち上がって、ここまで辿り着いた。だというのに、自分はまた、同じ考え方に囚われていたのかもしれない。

 ここは魂の試練場。

 ここをクリアした時点で、見習いは卒業ということになる。だけど、本当の意味で一人前に相応しい実力がなければ、そんな肩書きは虚しいだけだ。

 レオンは両手に剣を握った。

 黄金の甲冑は僅かに顎を上げたようだった。見下ろすようなその兜の中から、ガレットそっくりの声が聞こえてくる。

「ほう・・・」

 面白いと言わんばかりの、余裕を感じさせる呟き。

 ただし、本当に強いかどうかは、戦ってみなければ分からない。たとえガレットそっくりだからといって、その実力まで彼クラスかは分からない。そして、彼にガレット並の実力者だったとしても、娘が成人するほど前に引退した元冒険者にまるで歯が立たないようでは、一人前とは言えない。

 さらに、先週はあくまでも覚悟を見て貰うための戦い。格闘技が主体だったから、とにかく体格がものをいい、ガレットに有利なフィールドだった。

 しかし、ここは武器も道具もありの、完全な冒険者のフィールド。

 ここで手も足も出ないようでは、一人前を名乗る資格はない。

 勝利条件を自分で決める能力こそ、冒険者に必要なもの。だったら、どうなれば見習い卒業に相応しいか、どれだけの強さがあれば、自分が目指した場所に相応しい実力と誇ることができるのか。それも、自分で決められなければならない。

 魂の試練場をクリアしたから、一人前じゃない。

 自分で納得できるラインを、自分の責任で、自分の判断で設定する。

 それを越えられた時こそ、本当の一人前。

 レオンは剣を握ったまま両腕を下ろし、その自然体のまま、甲冑を見据えつつ、ゆっくりと距離を詰めていく。

 頭の中の目標はひとつ。

 接近戦で勝つ。

 仮にステラと一緒に戦っている状況を想定すれば、彼女の魔法か完成するまで、この甲冑の攻撃を封じるのが自分の役目。それが逃げ回ってばかりで、瓦礫を好き放題まき散らされているようでは話にならない。

 甲冑は動かない。ハンマーを肩に担いだまま、ただ悠然とこちらを待ち受けている。

 胸を貸してやる。そう言っているようにも見えた。

 ならば、遠慮は要らない。

 ある程度近付いたところで、レオンは弾けるように飛び出す。

 相手の間合いに入るまで一瞬。

 入った時には既に、甲冑がハンマーを持ち上げているのが見えた。

 体に急制動をかけつつバランスをとり、攻撃の軌道を読みとる。こちらから見て左から、斜めに叩きつける感じか。防御という選択肢がほぼない以上、攻撃を見切ることが、互角に戦う上での絶対条件になる。

 そして、まさに予想通りのラインで、黄金のハンマーが残像を作り始める。

 体勢を下げてその死角に入り込むレオン。床に叩きつけられたハンマーが瓦礫を木っ端微塵に粉砕してまき散らすものの、攻撃自体の回避には成功している。

 ここで反撃。

 しかし、そこで猛烈に嫌な予感がして、レオンは持ち上げようとした剣を止めた。同時に視線を右下へと動かすが、まさにその瞬間、新たな黄金の残像が見えた。

「そら!」

 普通の人間なら持ち上げるのも難しいはずの巨大なハンマーを、いともあっさりと切り返しての連続攻撃。

 間合いが近すぎて、後方に避けるのは無理。

 かといって、下に屈んでも角度的に避けられない。

 レオンはさらに密着するほど間合いを詰め、すれ違うように、ハンマーを振り抜く甲冑の背中に回り込む。

 これだけ近ければ、大型のハンマーで捉えるのは難しいはず。

 ただ、甲冑はそれも読んでいたらしい。振るうモーションはもちろん、あからさまな掛け声もフェイントだったのか、ハンマーで攻撃すると見せかけ、実際にとんできたのは鎧に包まれた右腕だった。その腕で払い抜けるようにして、レオンの体を弾き飛ばす。

 鎧越しに脇腹を強打され息が詰まったレオンは、瓦礫まみれの床に倒れ込む。

 ただ、休んでいる暇はない。レオンが起きあがろうとする頃には、既に甲冑はハンマーを持ち上げ、こちらに突進してきていた。

 上手い。

 叩きつけられるハンマーを間一髪のタイミングで避けつつも、レオンは素直に感心していた。これが経験の差ということか。悠然と構え、どの間合いの攻撃に対しても、適宜効果的な対応ができる。そして、隙があると見ればすかさず攻め込んでくる。攻撃の流れに無駄がない。この動きなら、群れをなすモンスターを着実にしとめていくことができるに違いない。

 だけど、無敵かと言われれば、そうでもない。

 隙はある。

 それが一度懐に入ってみたレオンの感想だった。全く打つ手がないなら諦めて出直すしかないが、そうでもない。

 本物のガレットと戦った時と同じ。

 スピードなら、手数の多さなら対抗できる。

 腕で弾き飛ばされた時に、左手のショートソードがどこかにいってしまった。従って、右手のロングソードのみで、再び黄金の甲冑へと突撃する。

 前とほぼ同じ筋で飛んできたハンマーを、やはり前と同じように屈み込んでかわし、懐に入り込む。ただし、今度は立ち止まらない。そのまま擦れ違うようにして、振り下ろした右腕の外側を通り抜けていく。

 同時に、背後から駆け抜けてくる猛烈なプレッシャー。

 薙ぎ払うつもりだ。

 しかし、その連続攻撃がレオンの狙い目だった。

 ハンマーの攻撃は確かに強力だし、甲冑は使いこなせているようにも見えるが、やはり大振りな攻撃には違いない。細かな軌道修正はできないようだし、ほんの一瞬だが、攻撃前と攻撃後に硬直時間がある。たった一度の攻撃なら無視できる隙でも、それが積み重なっていけば、次第に対応も遅れていく。

 つまり、我慢比べだ。

 相手が決定的な隙を作り出すまで、相手の技の底が見えるまで、攻撃を避け続ければいい。

 レオンは滑り込むようにして低い体勢になり、頭上を横切っていくハンマーをかわす。さらなる切り返しがあるのか注意しながら、レオンは立ち上がり剣を振り上げようとするが、そこで飛んできたのはハンマーではなく、その柄から離れた左手だった。

 咄嗟に後退するレオン。ただし、避けきるや否や、すぐさま距離を詰めて、兜の首もとに剣の切っ先を突きつけた。

 今度こそ、甲冑の迎撃はなかった。

 意外にも、これでネタ切れらしい。ハンマーの柄を掴んでいるのは右手だけで、左手は反対側に振り払ったまま。さすがの怪力でも、どうやら、両手でなければ扱えない武器だったようだ。

 それくらいの観察ができるくらい、沈黙が続いた。その間ずっと、レオンの剣の先は、甲冑の兜の下に差し込まれたままだった。

 しかし、次第にその黄金の全身から、紫の煙が上がり始める。

 それを確認してから、レオンはゆっくりと剣を引いた。

「・・・どうだ?」

 ガレットの幻影は、最後にそう尋ねた。

 レオンは少し考えたが、結局、正直に告げた。

「アスリートですから、これくらいはできないといけませんよね」

 甲冑は満足そうに右手の親指を立てて、遂に霞となって消えていった。

 自分が出会った冒険者の中で最も強いと思った者の幻影。だけど、実際に戦ってみるとそうでもなかっただろうと、そう言われている気がした。それが、本物のガレットの強さがこんなものだという意味では、決してない。

 本当の強さは、実際に戦って確認していくもの。

 自分も、他人に対しても。

 きっと、あの幻影はそれを教えてくれたに違いない。紫の煙が消え去った後も、しばらく黄金の甲冑が立っていた空間を見つめ、得た答えを胸に刻み込んでいたレオンだった。



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