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夢色彩のカーバンクル  作者: 倉元裕紀
第10章 魂の試練場
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パープル・ソート



 洗練さを感じさせる上質な石材に囲われた白い通路を、レオンは慎重な足取りで進む。景観はともかくとして、あまり広い道とは言えないので、どうにも息苦しい。おまけに、何度か折れ曲がっているだけの一本道なので、退路がないというのもよくなかった。モンスターでも罠でも、何か脅威に遭遇したらと考えるだけで、息が詰まりそうになる。

 しかし、いよいよ魂の試練場だというのに、そんな逃げ腰では話にならない。それに、今から撤退しようにも、入ってきた扉はステラと協力しないと開かない仕組みなので、今はもう袋小路同然だ。

 ここでまた、ステラが心配になってきた。

 彼女は大丈夫だろうか。

 ジーニアスである彼女には、レオンよりもずっと優秀な探知能力がある。だから、よっぽどのことがない限り、不意打ちを受ける可能性はないはずだ。ただ、基本的に偵察役をしていたのは自分なので、その役目を果たせていない状況というのが不安で仕方なかった。

 それでも、信じるしかない。

 そうこうしているうちに、道幅がみるみる広がってきて、視界の先に、巨大な黒い扉が見えてきた。魔法の松明が十分過ぎるほど設置されているので、遠くからでも、その見覚えのありすぎる重量感がはっきりと分かった。

 いわゆるボス部屋の扉。圧倒的過ぎる重厚感と格調は、いつ見ても溜息が出そうになるほどだが、今回の扉は、いつもと模様が違っていた。

 いつもは目玉があるはずの中央に、宝石、或いは魔石を象ったような角張った結晶。そして、そこから放射線状に伸びた幾何学的な直線模様。ビギナーズ・アイやファースト・アイの自然的な模様とは、系統からして違うように思える。やはり、ここは特別なダンジョンということなのだろうか。

 いずれにしても、ここが最初の試練ということらしい。

 荷物を持って入るか否か、レオンは少し迷った。向こう側で戦闘が待っているかもしれないわけで、持って入れば明らかに邪魔になるし、攻撃の余波で木っ端微塵になることもあり得る。ただし、もしも一度入ったら二度と開かない仕様だったら、丸ごと置き去りにされてしまう。

 いろいろ悩んだあげく、とりあえず今回だけは持って入ることにした。この試練が終わった後に、この扉が開くかどうか、実際に確認してみるしかない。それで開くのなら、次から置いたまま入ればいい。

 そういうわけで、レオンは左の扉の陰に荷物を置くと、まず装備の最終チェックをする。剣に投擲用のダガー、弓と矢、ニコルのガジェットと各種道具、ルーンのバックラーに加え、左腕のサポーター。鎧ももちろん着込んでいる。全て問題はない。

 さらに、自分の体を確かめる。左手の握力は完全には戻っていないものの、以前とほぼ同等に扱えている自覚はあった。むしろ、スムーズさという点では、前よりも無駄なく動くようになっている気さえする。これはシャーロットの調整してくれたルーンはもちろんのこと、アレンとホレスのアドバイスによる影響が大きい。心技体や瞑想の真髄にはまだほど遠いとは思うけれど、ただ闇雲に動かすだけが技術ではないという言葉の意味が、確かに体に馴染んでいる感覚はあった。いつかシャロンが教えてくれた、攻撃する時は案外不便なものだという言葉も、なんとなくその一端が掴めた気もする。

 あとは決心の問題。

 今まで出会った人の顔を頭に思い浮かべる。その皆が皆、微笑んで背中を押してくれている気がした。

 大丈夫。

 いける。

 レオンは右側の扉を力いっぱい押した。

 いつものように、なかなか手応えのある重量感だが、なんとか広めに開けることに成功した。手早く向こう側を確認して、モンスターがいないことが分かると、レオンは置いていた荷物を掴んで、素早く室内へと入り込む。

 漆黒の扉がゆっくりと、その退路を塞いでいく。

 それを待つことなく、レオンは部屋を見渡しながら、ひとまず荷物を置くべく部屋の端に動いた。太い石の柱が規則正しく並んでいて、思ったよりも天井が低い。あの巨大扉がギリギリ入り込めるくらいだろうか。そういえば、この扉を通ったのはファースト・アイの戦闘以来だから、あの吹き抜けのような広々とした空間と比較してしまっているだけかもしれないが。

 ただ、その整然とした空間に、明らかに怪しげな場所がひとつだけあった。

 それは、100メートルほど先に見える出口らしき扉の、さらに上部。

 ぽっかりと空いた、横に細長い長方形の空洞。見た目だけなら通風口のようにも見えるが、それにしてはかなり大きい。あからさまに、その闇の中から何かが出てきそうな、嫌な感じしかしなかった。

 そして、やはり予想通りと言えばいいのだろうか。

 レオンが荷物を置いた瞬間、その穴の奥から、硬質で妙に物々しい、カサコソという音が聞こえ始める。

 その音を聞いた瞬間、レオンは距離を詰めるべく前に駆けだした。ここに突っ立っていては、せっかく避難させた荷物が巻き添えになるかもしれないし、それに、ステラのようなジーニアスならともかく、アスリートのレオンは、遠距離の撃ち合いになると不利だ。幸いにも、遮蔽となる柱が多いので、それほど不利な場所でもない。

 だが、穴から這い出てきたモンスターを見て、その足が止まった。

「え・・・」

 思わず声が出るほど驚く。

 何故なら、見覚えのありすぎるシルエットだったからだ。

 鋏状の前脚。針のついた長い尾。さらに、ギョロギョロと動く巨大な目玉。レオンを優に上回る体格を包む、昆虫を思わせる堅牢そうな黒い外骨格。

 間違いなく、ユースアイの外れでレオンが最初に戦った、あのサソリ型モンスターだった。

 このモンスターは確か、最近発見された新たなダンジョンから出てきたもののはず。つまり、ファースト・アイのレベルどころではない、強力なモンスター。

 いきなり、とんでもない難題だ。

 距離を詰めるべきか否か、レオンは迷う。向こうは基本的に近接戦しかしてこないはずで、それならば離れて弓を使う方が得策だ。だけど、相手にはあの目眩ましの魔法がある。あの魔法の射程はどのくらいだろうか。長距離はもちろん、中距離でも届くようなら、いっそ近づいた方が隙を狙いやすいかもしれない。

 ただ、そうやって悩んでいるうちには、モンスターがこちらに突進してきていた。派手さはないが着実な歩み。断続的に床を叩くカタカタという音に、心臓の鼓動をせき立てられるようだった。

 どうする。

 しかし、迷うような時間も余裕も、背後のスペースもない。

 ならば先手必勝。

 レオンは背中の弓に手を伸ばす。前は簡単にダガー投擲が弾かれてしまったが、弓矢の攻撃は容易く防げる速度ではない。距離も近すぎず遠すぎず、いい間隔だ。

 ところが、そこでモンスター側にも動きがあった。

 目玉の前を走る紫のライン。

 魔法の発動兆候。

 これにはさすがに意表を突かれた。何故なら、動きながら魔法準備をしているからだ。ステラも多少なら体の動きに対応できるようになっているが、このモンスターは普通に歩きながら魔法を使っているように見える。その点だけ見れば、ステラよりも腕前は上ということか。

 見る見るうちに光のサインが進む。

 敵も近づいてくる。

 内心プレッシャーを感じていたが、しかし、とにかく矢を射る。

 ホレスほどではないが、速度もコースも十分。

 狙いは目玉。

 だが、そこでモンスターの鋏が達人ばりの俊敏さを見せ、疾風の如く飛んできた矢を簡単に受け止める。

 さすがに一捻りとはいかない。

 その直後に、モンスターの魔法が完成した。

 途端に、視界がぐにゃりと曲がる。

「う・・・」

 真っ直ぐだった柱や、壁と天井の境目などが大きくねじ曲がる。その原型をなんとか視界の中に留めようとするが無駄なことで、数秒のうちに、辺りは混濁した世界に早変わりする。ふらついて倒れそうになるレオンだが、なんとか体のバランスをとって、体勢だけは維持した。それでも、今真っ直ぐ立っているのか曲がっているのか、自分でもよく分からない状態だ。

 むしろ、この歪んだ光景を見ている方が辛いので、目を瞑る。

 さらに、モンスターの足音は容赦なく近づいてくる。

 この時には、恐怖とか焦りよりも、情けない気持ちでいっぱいだった。初心者同然だったあの時とほとんど変わらず、いいようにやられっぱなし。何も対処できていない。進歩なしとみなされてもおかしくない。

 だけど、そこでレオンは、ひとりの盲目の女性のことを思い出した。

 目が見えないからって、やる前から諦める必要はどこにもない。

 微かな風の亀裂。

 相手の骨格の軋む音。

 やや熱気を帯びた空気を切り裂いて、モンスターの尻尾がこちらの首に伸びてくる。

 レオンは背を反らしてそれをかわし、一度距離をとった。まともに歩くのも難しいので、床を転がりながらの動作だったが。

 当然、モンスターはさらに詰め寄ってくる。

 だが、不思議なことに、レオンにはその狙いと動きがなんとなく分かった。

 その動きは確かに見えない。ただ、周囲の空気の流れと物音、さらに相手の殺気だけでも、まるで見えているように相手の動きが読める。今まで試したことがないので分からなかったが、こんなことができるようになっていたとは驚きだ。

 いつの間にか弓を捨てて、両手に剣を握っていた。無意識のうちに選択していたのは、本来は投擲用であるスローイングダガーだった。

 でも、これでいい。

 ほぼ勘だけで戦わなければならないため、威力よりも扱いやすさを選んだのだ。その直感的選択には、自分でも感心したほどだった。

 あとは己の感覚に従うのみ。

 小刻みに立ち位置を変えて牽制しつつ、短剣で相手の鋏や尻尾の攻撃を受け流す。いつかデイジーが言っていた、使いようによっては防具にもなるという意味が、少し分かった気がする。ダガーは刃が短いので手の近くしか防御できない。しかし、裏を返せば、手元も守りやすいということだ。リーチだけで言えば、むしろ盾に近い武器。盾にしてはかなりシビアな守備範囲だが、そのまま攻撃にも移れるから、敵の攻撃が見易いならこれほど便利な武器はない。

 このモンスターは決して手数が多くない。相手の視界を封じた上で、鋏と尻尾の近接攻撃でトドメを刺すという戦術なのだろう。

 だが、視界無しでも互角に戦えるなら、その作戦は破綻している。レオンにしてみれば、ひたすら防御するだけでも、すぐに勝機がやってくるのだから。

 そして、その時は、割と早くにやってきた。漠然とだが、

 尻尾の針に短剣を合わせた勢いで後退したその瞬間、レオンの視界が不意に戻る。

 魔法の効果終了。

 ならば、反撃開始だ。

 ほぼ目の前にいるモンスターに、両手のダガーを同時に投擲する。狙いはかなりアバウトだったため、両方とも軽く弾かれたが、特に問題はなかった。ただ両手を空けたかっただけなのだから。

 すかさず敵の間合いに踏み込むと、モンスターが右の鋏を振り回してくる。

 身を屈めつつそれをかわしたレオンは、抜き放った勢いのまま、左手の剣を巨大な鋏の下に滑り込ませる。

 その刃が柔らかい結合部を切り裂く。

 鋏が千切れかかったモンスターは尻尾を振り下ろしにかかるが、それよりもレオンの追撃の方が早い。敵の腹の辺りまで踏み込むと、相手の攻撃のタイミングを完全に見切り、右手の剣を水平に振るった。

 意外にもあっさりとした、もさっという尻尾の切断音が響く。

 あとはもう、モンスターに抵抗する術はない。既に攻撃能力は半分以下。この近距離では、魔法を使う暇もないはず。

 レオンの剣が流れるように舞い、その無防備な右側の足と腹を貫いていく。弱ったところを、最後に目玉を切り裂いて、勝負は呆気なく幕切れを迎えた。

 いつもと同じように、モンスターは紫の煙を立ち上らせて消滅していった。

 最初の試練はこうして終了した。



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