死にゆく君に祈りの花を
治癒魔法士という職がある。
世界に魔法がない人間向けに説明するならこうだ。
定められた文章を唱えるとその通りになる。言葉を組み合わせて文章にして、魔力と呼ばれる体力に似た特殊な力をのせると、思い描いた願いが叶うのだ。
魔法は祈りに近い。
こうあってほしい。
こうなってほしい。
そうすると何もない場所から水や火を生み出せる。
ただ万能じゃない。人間ひとりが海を動かすことはできないし、干からびた大地を花畑にすることはできない。ただ、もっと魔法の研究が進めば──不可能じゃなくなるかもしれない。
そうして人々は魔法の研究をしながら暮らすけれど、人の身体を治療する魔法は特別だった。人の身体には途方もないほどの細胞があり様々な器官が絡み合う。あっという間にコップ一杯の水を出すことが出来ても、同じ量の血を失った人間に血を戻すことは、簡単じゃない。
精密に魔法を編み、患者の身体に施す。そしてまた明日が見られるようにする。それが治癒魔法士だ。
治癒魔法士になるには15歳から魔法学園の治癒学科に通い、22歳まで学ばなくてはいけない。そうして国家試験の受験資格を得ることができて、合格したら3年の研修期間を受ける。
国家試験の合格率は魔法のない国で自然発生した雷に打たれるくらい低い。代々治癒士家系でもない限り苦難の道すぎて、子供の甘やかし溺愛する親バカだって、その単語が出た瞬間、首を横に振る。
私、エンダー・ソロノットの場合は、その親がそもそもいなかった。孤児だったので。そんな私が治癒士になれたのは風変わりな慈善家の営む孤児院で暮らしていたことが理由だ。
その慈善家は、様々な魔法を編み出した功績で巨万の富を築いていた。
天才というのはやはりどこかおかしいのだろう。
心の底から退屈を嫌悪し、同時に、とんでもない好事家だった。
「孤児院上がりで治癒魔法士になったら面白いだろ。金出してやる。お前、治癒魔法士になれ」
その一言で私は魔法学園の治癒学科を受けさせられ、国家試験を受けさせられ、3年の研修というしごきを受け、治癒魔法士にしてしまった。
後に周囲は、好事家は私の魔法の才能を見抜いたと言っていたが、その好事家は私が歴代初の国家試験初受験初満点合格という同じ単語ばかり続く読みづらい知らせを聞く前に死んだ。
ようするに、自分の祈りを形にする世界で、私は他人の退屈しのぎにより、治癒魔法士になったのだ。当然──ほかの治癒魔法士にはよく思われなかった。
基本的に治癒魔法士は四人一組の班で患者の治療にあたるが、上司とも同期とも折り合いが悪かった。
最初は、馴染もうと努力した。でも駄目だった。
上司のゼラハイドという男は私の治癒魔法を邪道だと毛嫌いしていたし、同期のグレアムという男は私の窮地を無視し、死にかけているところを見捨てた。二人とも、同じ治癒魔法士のフェリシアという女性と私が揉めると絶対フェリシアの味方をした。
フェリシアはといえば、周囲には愛想よく接するけれど私と接する時は表情が硬く、ゆえに私がフェリシアを虐めているという誤解を受けてはフェリシアが否定して、無理やり否定させてると誤解される悪循環が発生していた。
だから周囲から好かれていなかったし、最初、仲良くなりたいなんて思ったことを後悔した。そもそも患者の治療に仲良しこよしなんていらなかったし、治癒魔法士同士の交流なんて必要ない。
だけど、こんなことになるとは。
「……ひゅ……ひゅ」
息がうまく吐けない。吐けないから吸えない。いつもの3割ほどの酸素しか取り込めていない。なのに喉の奥に何かが絡み、咳とともに血の味が広がっていく。
私は暗い路地の中、雨や泥の混じる冷たい地面に伏せていた。
勤務の帰り道、暗い路地に倒れている人間の姿が見え助けなければと急行すれば、魔法で作られた幻覚だった。
異変に気付いた瞬間、後ろから首を切られた。振り返ろうとしたら腹部を一突き、そのまま、ずっと刺された。私を刺した人間は、どこかに行った。
なんでこんなことになったんだろうと思ったけど、孤児院で暮らすまで理不尽に事欠かなかった。全部自分が悪いんだろうなで片づけ続ける人生だったので、もういいやが一番強い。
魔法で助けを求めようか悩んでやめた。
誰に殺されたかも興味なかった。私が死んで悲しむ人間もいないだろうし。そういえば今日28歳の誕生日だったので、享年日数がぴったりだ。死んだ後、書類に何歳と何か月と書かなきゃいけないので、死亡診断をする人間の手間が省けたなと思う。
どうせ助からない。
今、私が治癒魔法士の元に運ばれても、相当な数の手が必要になってくる。私を助ける手間で10人は救える。それでも助からない。迷惑になるだけ。
尋常じゃなく痛いのに、眠い。私はそのまま目を閉じた。
◇◇◇
「起きろ殺すぞ」
目を開けると私は一面緑の謎の屋外空間に寝ころんでいた。空は青く、大きな雲が浮かんでいる。風が流れているが不思議なことに雲が全く動かない。視線を向けると、15歳くらいの少年が私を蹴とばした。
「いった」
反射的に言うが痛くない。不思議に思っていると少年も「痛くねえだろお前死んでんだからよ」と早口でまくし立ててくる。
「え……」
周囲を確認すると、少年の他には誰もいなかった。私は殺された時の服と同じだったが、血はついてない。路上とも思えないし死後の世界だろう。救命蘇生して心拍を回復させた患者が色々死後の世界っぽいところについて語っていたけど、それっぽい。
「なんだお前、驚いたらどうなんだよ」
「いや、あれ死ぬような状態だったので」
「おめぇ殺されてんだからちったあ悔しそうな顔しろよカスー」
少年は私を見下ろしてくる。
「いや……そう言われても」
「お前毎日毎日恵まれてなくても明日も生きたい死ぬのは怖いって考えてる人間なんか沢山いるんだからな、治癒魔法士なんだからそんくらい分かってんだろうが」
「はぁ……」
「はぁじゃねえんだよなぁ……! お前なぁ殺されてんのにそんなすんなり受け入れてたら他の殺された人間が殺されて当たり前みたいになるだろうが、少しは嫌がれ、ぶっ殺すぞ」
「矛盾してませんか……」
なんていうか、命に関する価値観と言動が。
「人間は矛盾する生き物だろうがよ」
少年は早口で反論したと思えば、「で、お前自分の名前と年齢と性別と職業言えるか」と問いかけてきた。
「エンダー・ソロノット、年は28歳、女、治癒魔法士です」
「合ってる、お前に至急治癒してもらいたいものがある」
「はい」
死んだ後も治癒魔法って出来るのだろうか。まぁいいや。疑問が浮かぶが治癒魔法士は死んでも治癒する生き物なので私は頷いた。
「お前の国の未来──いや、世界の死だ」
「……は?」
世界の、死?
少年の突拍子もない言葉に唖然とする。すると彼は「お前こっちなんの興味も持たねえけど」と前置きした。
「ここは天界だ。死んだ人間の来る場所。厳密に言えば、お前の世界で言う天国と地獄に至るまでの振り分けする場所、中継地点みたいなもんだ、通じるか?」
「まぁ」
「で、まぁ普通に? こっちは時間の流れも違う中、せっせと振り分けしてるわけだが……ちょっとまずいことが起きた」
「まずいこと?」
「お前が死んで未来の死人が一気に増えた」
「どういうことです?」
「どういうことも何も、言葉通りの意味だよ。世界滅亡レベルまでいったんだ。お前ひとりの死が」
少年は言い返してくるが、よく分からない。私が死んで未来の死人が増えるなんて……。
治癒魔法士として患者を治療していたけど、一人の治癒魔法士が一日に診れる患者は限界がある。私がそんな、世界滅亡レベルの人間の生死を決められるはずがない。
「……王様とかならまだしも、何で私が死んだだけで」
「王なら自分の死んだときのことを考えて国が乱れないよう手配してるし、周りの人間も先のことを考えてる。世界滅亡までいかない。逆にお前みたいなちっぽけな命のほうが世界に直結する」
「それはどういう仕組みで」
「たとえば通ってたパン屋の爺が死んだとする。通ってたパン屋が潰れて二軒先のパン屋に行こうとしたら、通り魔に刺されて誰か死んだら?」
「私みたいにですか?」
「ああ。刺された奴はいつものパン屋に行ってれば死ななかった。刺された奴は生きていればその三日後に発明家と出会っていた。発明家は刺された奴との出会いにより人を救う発明を閃いていたはずだったが──パン屋の爺が死んだせいで運命が全部狂って本来その発明で生きるはずだった命が億消える……元を辿ればパン屋の爺の死が原因で」
顔も知らない、喋ったことのない人間と、どこかで繋がっている。影響すら認識してない中で、誰かから影響を受けている。
そういう積み重ねの結果──私が殺されたことが、世界滅亡レベルの人間の生死と、つながった?
途方もない話だ。
でも、治癒魔法の開発をしていたし、普通より生死に関わっていた。治癒魔法は一歩間違えれば兵器になりかねないし。
「で、今回、未来で大規模な死人が出ることが分かった。元を辿ればお前のせい。ドミノ倒しみたいにどんどん事態が悪化して戦争、戦争、戦争と、誇張まみれの戦記でも考えられない争いが増えた」
それは……かなりのことなんじゃないのか。でも正直……これという魔法が思いつかない。色々並行していたし、全部……関わりそう。
「沢山人が死ぬと、どうなると思う」
「……世界の滅亡って言ってましたよねさっき」
途方もない話だけど、ドミノ倒しと聞くとそこまでいくんじゃないかと思った。しかし少年は「そんな簡単な話じゃねえんだよ」と眉間にしわを寄せた。
「天界がめちゃくちゃになんだよ」
「めちゃくちゃ……」
「お前ガキが両腕広げてギリギリ届くくらいの机の上に何十万人が一気にのっかろうとしたらめちゃくちゃになんだろ。しかもそれが何年も続く。そうなったら天国に行くか地獄に行くかの振り分けも曖昧になる。ほかの世界にまで影響がある。最悪なんだよ」
「それを……私に、解決させたい」
「正解、一方で、お前が生き返ることは倫理に反する。これまでの死人にも不平等だから」
「まぁ、それはそうですよね」
私だけ特別扱いなんてありえない。
「ただ……お前ひとり一瞬だけ生かしてズルしてこっちにまた戻すのと、何十万人と一気に死んで天国と地獄の振り分けがぐちゃぐちゃになって、とんでもねえやつ──たとえばな小さい子供を玩具にして殺した、面白半分で何十人と殺したとか、誰かを死ぬまで追い詰めて苛め抜いたような奴が、天国に行くかもしれねえってこと考えると、天界はお前一瞬生かすズルを選ぶことにしたわけだ」
「つまり、私は、生き返って、またここに戻ってくるってことですか」
「ああ、歴史に名を残すことはできないし、臨時の生き返り期間やったことも言ったことも、生きてる人間の記憶からは全部消える。未来を変えても、お前を生き返らせることもできない。お前への恩恵は出せない。でも、協力してほしい」
少年は静かに告げた。
「それ最初に言うんですね、恩恵ないとか」
生き返れないならやらないとか、世界なんて知ったこっちゃないとか言うと思わないのだろうか。すると少年は「後出しされても嫌だろ」と即答した。
「嘘つくとか」
「俺らはお前ら人間と違って嘘がつけない。嘘ついたら消滅だよ」
「困りませんか?」
「言う言わないは選べる」
少年は言うが、ならば彼は、言うか言わないか選べるのに言うほうを選んだということだ。
「治癒魔法士は治癒の報酬以外の見返りは求めない。治癒魔法士にも生活がありますからね。ある程度整えられた暮らしでないと判断は誤りやすくなる。ただ、暮らしも無いので関係ありません」
私は、私にできることをするだけだ。
◇◇◇
次に目が覚めると、私は治癒魔法院にいた。略称は治癒院。
治癒院というのは患者を治療する施設で、急患として運び込まれる患者を治療する場合と、患者が治癒院にやってきて治療する場合と様々だ。寝台もいくつか設けられていて、必要であれば入院させる。勿論治癒魔法士も治癒院に泊まることがある。労務環境的にアレだったり、普通に夜間の急患に備えてだったり理由は色々だけど。
あの後、少年から改めて説明を受けた。
戻れる期間は──渡された砂時計の砂がすべて落ちるまで。時間制限までついてるのか、というところだが、生き返った人間と接する生身の人間への影響もあるのだろう。
私のすることは世界の滅亡の回避だ。少年はざっくりとした言い方だったけど、要するに未来に関わる治癒魔法を開発させるか後任に託す。ちなみに未来が変わればすぐに天界に戻るらしい。変えられずとも砂時計の砂の期限が過ぎたら、天界に戻る。
その間、関わった人間とは何を伝えてもいいが、関わった人間の記憶は消える。私が誰かを治癒魔法で治した場合、その患者は私が消えても生きたまま、私の治癒魔法は別の治癒魔法士がかけたと適当な帳尻合わせが起きるらしい。
ようするに治し放題。
そうして私はこの世界に戻って来たわけだが、エンダー・ソロノットとして生き返る、生きてる誰かに憑依する、生まれ変わるわけでもなく、人間相手なら触れても透視魔法で透けさせても気付かない、傍目には人間にしか見えない精巧につくられた人形の身体に、私の意識は託された。
人形の名前はエンディ・サクリア。25歳。便宜上付加された来歴は研修明け1年目の治癒魔法士。
ただ──この世界に戻って来た時間軸が少々、特殊だった。
「集中治療班って、今、そんな、廃れてるんですか?」
「そうだよ。うちのそばにある別の治療院が主要扱いで、うちの集中治療班はもう、ほぼ機能してない。補助だよ補助」
治療院の院長が吐き捨てるように言う。私は過去の私が配属された院に所属したわけだけど、うちの院は院長が直々に新人に院内を案内するのがしきたりだった。
「な、なんで」
「三年前はエンダー・ソロノットがいたけど、ねぇ、もう今、無理だから」
三年前……そう、私は、私が死んですぐ依頼されこの世界にまた戻って来たのではなく、私が死んで三年後の世界に戻って来た。理由は単純、私が死んでそれがドミノ倒し的に世界の人口に影響すると分かるまで三年の月日を要したかららしい。
そう考えると、3年も中々の期間だ。新しい魔法の開発をして国に承認されて公開されるのと同じだし。
しかしながら3年で私のいた場所……集中治療班が無理と言われる状況まで落ち込むとは一体どういうことだ。
チームは私が引っ張っていたわけではなく私より能力の高い、漫画や小説の軍記ものに登場する冷酷な人物の集合体みたいなゼラハイド、仕事もそつなくこなします、何でもできますみたいな同期の男、グレアム。そもそもフェリシアというエースがいた。全員優秀だし、私以外を除けばチームワークだって良かったはずだ。
普通に、チーム同士の他の人間たちは誕生日にお祝いとかしあったり声掛けがあったし。
私は、死んだ日だって何もなく普通に一人で帰ってたけど。
「無理って、どういう意味ですか、人材不足みたいな……?」
「いや、治癒魔法士のフェリシアは、治癒魔法が使えなくなってる。だから君が配属されたんだ」
「え……何か、ド、ドラゴンとかに攻撃とかされたんですか?」
「いや……というか君、何も知らないのか?」
院長が怪訝な顔をする。「勉強しかしてないので、新規の治癒魔法の研究や論文以外の情報は……」と誤魔化した。実際、基本的に趣味も無かったので、孤児院にいたころも治癒魔法士になってからも空いた時間は研究か勉強しかしてない。
「エンダー・ソロノットみたいなことを言うな」
「そうでしょうか」
「ああ、というか雰囲気がすごく似てる。死んだ人間に似てると言われても複雑だろうが、素晴らしい人間だったよ。治癒魔法士として、もっと……名を上げる存在だったと思う」
嘘つけ。
心の中で反論する。
院長は私のことを褒めたことがない。というか週に一度話す仲だったけど文句しか言われたことなかった。
「そうなんですね……で、あの、フェリシアさんって、何で治癒魔法使えないんですか」
同い年で一期下の彼女は、華やかな見た目で守ってあげたくなる女の子の濃縮還元みたいな人間だった。誰からも愛されて、褒められて、認められている。持っていて恵まれている。
ゆえに何も知らない人間は、愛嬌だけで生きてるような言われ方もしていたが、実際のところ、治癒魔法の腕は確かだった。
「エンダー・ソロノットの救命にあたったんだ。相当ひどい状態でね。助けられなかったことを悔いているんだろう。魔法の根幹にあるのは祈りだ。気の持ちようと言うと軽くなりそうだが、まぁ働いていた同士が死んでしまったんだ。心の傷になる。ただ、知識だけは確かだから在籍してもらってる」
嘘つけ。
嘘つけ第二段。
フェリシアが私が死んで気が滅入って治癒魔法が使えなくなるはずがない。絶対事情があって治癒魔法を使わないのを、周囲が勘違いしているだけだ。絶対有り得ない。絶対そう。
だってフェリシアは私に関心がなかった。みんなには愛想よくキャッキャ話しかけるのに私に対しては常に顔をこわばらせ、ゼラハイドやグレアムから何度「仲良くしろ」「お前から歩み寄れ」と注意されたか分からない。何も知らない他の治癒魔法士からは私がフェリシアを虐めていると勘違いされ、フェリシアが泣きそうになって誤解を解こうとしより誤解される悪循環が発生していたし、その悪循環を加速させる如く「もう少し貴女がリードしたらいかがですか」と同期のグレアムに追加で責められた。
というか、フェリシアが治癒魔法が使えない原因は何だろう。
小さな見落としが命に係わるのが治癒魔法。ゆえに小さな命である私が失われ世界の人口に関わる未来も無きしもあらずと考えているが、フェリシアのほうが優秀だとされていたし、彼女が治癒魔法を使えないのも、未来の破滅に関わっていると思う。
魔法研究に関して私は独りでしていたけど、フェリシアは協力者に事欠かなかった。
なにより上司ゼラハイドと同期のグレアムは私とフェリシアが揉めるたびにフェリシアの味方についた。私が死ぬと世界滅亡までいったようだが、フェリシアは何してたんだ。二人に協力してもらって魔法の研究進めればいいのに。
「ここが、集中治療班の詰所だ」
院長に案内された場所は、三年前と変わらない。促されるまま部屋に入ると、室内は異様な空気に包まれていた。
以前の治療班で一番暗いのは私だった。フェリシアはニコニコしていて、上司のゼラハイドは愛想のいい人間なんて信用できないと言いつつ私には「フェリシアを見習ったらどうだ」と言い、同期のグレアムも「もう少しなんかすればいいじゃないですか」とうっすら私に文句を言っていた。グレアムはゼラハイドを尊敬しているし、愛想を求める男をうっすら軽蔑しているフシすらあったが、なさすぎるのも問題らしい。我儘。
いわば私に対してみんな、「暗い」と責める立場だったのだ。
にもかかわらず、三年ぶりの治療班の面々は全員暗かった。新人いびり、と一瞬よぎるが新人が来ればきゃあきゃあ盛り上げはやし立てるようなフェリシアが一等暗い。顔も動かさずぼんやりと窓の外を見ていた。幼い頃育っていた孤児院で、色々な事情を抱えた子供を見てきたが、そういう子供と似たような目をしている。そんな育ちじゃないだろ。
「……」
しかしフェリシアは一点を見つめこちらを見ない。美容は努力と言いよく分からないトンチキ香油瓶を集めては、患者相手に強い香りは害なので使用できず机に瓶を並び立てていたはずなのに、きれいさっぱり無くなっていた。
「ノックくらいしたらどうだ」
上司のゼラハイドがこちらを睨む。「そいつが新人か」と続ける。こちらはいつも通りだった。同期のグレアムが一瞬私をチラ見して、それまでしていた書類作業を再開する。
ならこの室内の途方もない暗さはフェリシアが発端なのだろうか。
「教育係は……フェリシア、やってもらえるか」
「……」
ゼラハイドが声をかけ、ようやくフェリシアはゼラハイドを見て、私を見る。そのまま視線を動かす力なんて消えたように私を見ているが、認識しているかどうか怪しい。
「……」
「頼んだぞ」
返事すらしないフェリシアを見て絶対頼んじゃいけないだろ、と心の中で指摘するが、一応新人だし患者の命に関わることでもないので反論できない。院長は「よろしくね~」と三年前と同じ調子でのらくら撤退した。
私は早速、フェリシアの前に立った。
「エンディ・サクリアと申します。ところでエンダー・ソロノットの研究資料ってどうされてます?」
問いかけた瞬間、フェリシアは大きく目を見開いた。唇を震わせ、身体を折り曲げ始める。「は、は……」と息を吸えないようなそぶりを見せた。
「ちょっと」
同期のグレアムがすぐに入ってくる。私は無視してフェリシアの治療に入った。
「ゆっくり息吐いてください」
「は……は……はぁ」
私はフェリシアの胸に手を当てた。軽度な自発呼吸の支障だ。問題はなさそうだが、上司のゼラハイドが立ち上がった。
「新人、ちょっと来い」
「患者の治療が途中ですけど」
「グレアム」
「はい」
要するにフェリシアの治療をグレアムに任せ、ゼラハイドについていこいということだ。グレアムでも問題のないため、私は指示に従った。
ー・ー・ー
「なぜフェリシアの前でエンダー・ソロノットの名前を出した」
誰もいない廊下で早速詰られた。3年前もこうだった。私が何かするたび、こうして呼び出される。止められていたのに治癒魔法を続行したとか、罪状はきりがない。
「資料に興味があったので。彼女が私の教育係ですよね、質問は許可されているはずです」
「三年前のことを知らないのか?」
「死んだんですよね」
ただ言葉を返しただけなのに、ゼラハイドはダンッ、と思い切り握りこぶしを壁に叩きつけた。今まで何度も何度も怒らせてきたが、声を荒げるならまだしもこんな風に暴力で訴えかけてきたのは初めてだ。
「……彼女と同じ年に国家試験を受けていた人間に刺殺された。逆恨みだ」
そうだったんだ。まさかこんなすぐに自分の死因が分かるとは思わなかった。
「治療に当たったのは、当時、治癒魔法院の近くにたまたま居合わせたフェリシアだった。以後、彼女はエンダー・ソロノットを助けられなかったことを悔いている。だから、エンダー・ソロノットの名前は必要以上に出すな」
「そんなこと言ったって患者を助けられなかったのはエンダー・ソロノット一人じゃないでしょ」
治癒魔法士である以上、助けたくても助けられなかった命なんて、数えきれないほどある。崩落事故に巻き込まれ、既に息がなく心臓まで潰されていた男性や、異形の怪物に捕食された女性。身体の一部からすべてを復活させることは人体の錬成に該当する。現代の魔法は、まだそこまで届かない。助けたかったけど、助けられなかった。
だからこそ理解できない。なんで私が死んだことでフェリシアが治癒魔法を使えなくなっているのか。
「なんで被害者ぶってるんですか、別に、治癒魔法士の一人が死んだだけ。それが助けられなかったから俯いてたら、助けられる人間の命すら助けられなくなる」
「貴様ァ‼」
上司のゼラハイドが声を荒げ胸ぐらを掴んできた。新人なら委縮するだろうが、慣れてるのでどうでもいい。それに治癒魔法士のミスなら処罰されるが、上司への反論程度なら謹慎に出来ないし、そもそも私には目的がある。
研究途中だった治癒魔法を、すべて完成させること。
そのためには上司のご機嫌伺いなんてしていられない。
「エンダー・ソロノットの研究資料、もったいぶってないで出してくださいよ。新人教育としても丁度いいでしょう」
ー・ー・ー
基本的に上司ゼラハイドの気質として、言い方はキツいが合理的な根拠が自分にないと折れる。
そして正義の人でもないが悪意の人間でもない。自分の中に信念があるので、部下が反発しても、それが自分の意見に対してだけなら処分しないし、人道的に間違っていれば処分する、という若干のややこしさがある。まぁ、3年前と異なり、今は壁に拳を叩きつけるわ、胸ぐら掴むわ、とんでもない状態になっているけど。
3年前は言葉の人だったし、もう少し正気だった。それに私以外の人間には文句しか言わない、褒めないわけではなく、なにかあれば注意し、褒める、厳しめの上司みたいな人だったし。
本当に、私にだけだ。注意しかないのは。
ゼラハイドに褒められるというか承認・肯定されたことが一度もない。その褒めなさは筋金入りだった。
私が新しく生み出した治癒魔法が表彰された時、ゼラハイドは「関係ない」と一言告げて終わった。
ゼラハイド的には後輩にあたるからか、私の同期であるグレアムには「もう少しマシな鞄を持て」と一点物の品の良い鞄をプレゼントしていたし、フェリシアが「おいしいもの驕ってください~よ~」と言えば高いレストランに連れてっていた。
そんな感じだったので、ゼラハイドが全員分の差し入れをしてきたときは「いやこれ絶対私以外分だろ」と手に取らないでいた。すると「気に入らないのか?」と責められる。
だが、資料をくださいと言えば渡しはするのがゼラハイドである。
結果、ゼラハイドは私を倉庫に案内した。
「エンダー・ソロノットの研究資料は、国で預かるという話になった。ただ、問題が生じて治療院預かりになった」
「どういうことですか」
「研究資料を入れた箱が開かない」
「は?」
箱がいくつも収納された棚を横切っていく。
開かないと言われても、そんな魔法をかけた覚えはない。黙っていれば、ゼラハイドは話を続ける。
「爆炎魔法を使えば中のものに万が一があってはならない。だから、別に出し渋っているわけでも、もったいぶっているわけでも、新人に対して不当な扱いをしているわけでもない、その証明として出しはするが、どうせ開かない。意味なんてない。分かったらもう二度とフェリシアの前で……いや、集中治療班のいる場でエンダー・ソロノットの名前を出すな」
そう言って上司のゼラハイドは、倉庫の最奥にあった箱を取り出してきた。死んでもなおそこまで気に入らないのかよ。少しは「死んで可哀そうだな」「逆恨みで刺されたなんて……」と同情くらいすればいいのに。それが出来ないくらい私のことが気に入らない、死んでなお目障りなのだろうか。「死んで良かったわーい」でいいじゃん。なんで言論統制までされなきゃいけないんだ。
私は箱に触れた。別に魔法はかかってないので、そのまま箱を壁にぶつける。
「貴様ッッ」
ゼラハイドは私を思い切り突き飛ばし箱を奪い取った。この三年で暴力への躊躇いが無くなっている。怖すぎる。暴力上司か。
「開くじゃないですか」
私はしりもちをつきながら箱を差し、床に手をついて立ち上がる。倉庫だから埃でもついているだろうと思ったが、手には何もなかった。後で洗わなきゃいけない。というか着替えもしておかなければ患者に毒だ。うんざりしながら視線を向ければ、ゼラハイドのほうは驚いた様子で箱を見ていた。
突き飛ばしておいて人間より箱のが優先かと呆れていれば、ようやくゼラハイドがこちらを見る。
そして少し申し訳なさそうな顔をしつつも「どうして、開け方、なんで、どうやって魔法を、解除して……」としどろもどろに声をかけてきた。
絶対同業がしどろもどろになっていたら、「治癒魔法士がそんなでどうする」と叱責するだろうに。なんなんだ。
「普通に魔法なんてかかってない、魔力もない。何でそんな手間取ってたんですか。これ押すだけで開きますよ。ちょっと力入りますけど」
私が資料を保管していた箱は、建付けが悪いのでこうしないと開かないのだ。ただ気密性に優れており、紙の保存に適しているので使っていた。
「国が預かってたみたいなこと言ってましたけど、死人の遺品に気遣い過ぎなんですよ。一般人の遺品を美術品みたいな扱い方してどうするんですか。っていうか、遺族だっていなかったでしょ。配慮の必要なんてない。ただの研究資料をどうしてそんな仰々しく」
「ただの研究資料なんかじゃないッ」
ゼラハイドは怒鳴る。「これは、エンダー・ソロノットの遺した、最後の意志だ」と涙ぐんだ。なんで涙ぐむんだ。散々目の敵にしていたくせに。
「どうでもいいですけど、開けた功績者として中身くらいは確認させてくださいよ。開けなかったらずっと置物にする気だったんでしょ」
国が調べても放置なら、もしかしたら魔法もかかってないのに探知できないくらいの高度な魔法がかかってるなんて妄想でほったらかしにされていたのかもしれない。そんな魔法がかけられているなんて疑いがあれば保管場所に困るし、元あったところに置いておこうになるだろう。
いわゆる、見なかったふり。
ゼラハイドは言い返さない。ただ、「粗末にするな」と警告なのか負け惜しみなのか分からない言葉を遺し、エンダー・ソロノットの研究資料を見返すのを見張っていた。
ー・ー・ー・ー
研究資料を頭に叩き込んだあと、私は着替えのために更衣室に立ち寄った。清潔な白衣に着替え持ち場に戻ろうとすると、「おい、カス」と粗暴な声に振り返る。
天界で私に依頼をしてきた少年が廊下に立っていた。周りには誰もいない。どこか異空間に飛ばされでもしたのだろうか。
「お前、人間一応二週目だろ。生き返ったんだろ。ガキじゃねえんだからさ、お前、職場の人間が死んでる奴、なに煽ってんだよ」
「別に、一般論ですけど。研究資料は芸術品じゃない。あんな所に開かないね困ったねで置いておくんじゃなくて調べるべきだし、っていうか国ぐるみで保管しておいて、魔法もかかってないものを、厳重に魔法がかけられて開かないんだ……って何? っていう」
「それくらい大事だから触れなかったってことだろうが、お前頭いいんだろ、なんでそんな分かんねえんだよ。お前あれか、致命的に人間の心が分かんない奴なのか」
はぁ、と少年は大きくため息を吐いた。
「お前、相手はお前がエンダー・ソロノットだなんて分かんないんだから煽ってどうすんだよ。愛想出して協力するなり出来ないのか。って言うかお前、言えよ。エンダー・ソロノットだって。言っていいんだぞ。結局、エンディ・サクリアの記憶は消えるんだから」
そう、エンダー・ソロノットだと言ってもいいらしい。ただ、私がエンダー・ソロノットを自称して得られる得がない。
「何の得もないし」
「ハァ……」
「っていうかずっと見てた? さっきのやり取りも」
「当たり前だろうが。お前がヤッター生き返った。周りの人間皆殺しにします! って殺しだしたら一大事だからな」
確かにそうだ。死人が多すぎて問題になったから私が派遣されたわけで。
その私が殺しだしたら天界でも事件になる。
「お前のことは、俺だけじゃなく天界中の人間が監視してるし、俺はお前がやらかしたら存在ごと抹消なんだよ」
「なら私が変な気起こしたらどうするんですか、結構な調子ですけど」
少年は天界の存在。上位種だからだろうが、態度は丁寧か無礼で言えば無礼寄りだ。この天界人気に入らないと私がどこかに火でもつけたらどうするんだろう。
「相手の態度が気に入らなくて変な気起こすような人間には頼まない」
「なら同じですよ」
「あ?」
「ゼラハイド治癒魔法士は、無礼な部下に頼まれても、それが治癒魔法の未来に繋がるなら仕事は完遂する。それが嫌いな人間の資料であろうと、そこから生まれた魔法であろうと、患者の為なら使う。仲良くなってどうこうじゃなく、私は最短効率を選ぶ。まぁそれで逆恨みで殺されて、自業自得って感じだけど」
すると、「お前の死因か」と少年は少し声を落とす。
「っていうか何で言わなかったんですか、規則ですか」
「規則じゃねえよ。聞いて気分のいい話でもねえだろどう考えたって」
「別に」
私は首を横に振る。少年は「自業自得なんかじゃねえよ」と私の目を真っすぐ見た。
「どう在ろうが逆恨みで刺されていい理由なんかねえからな」
それだけ告げて、少年はスッと消える。
時間を止める魔法か空間転移の魔法だったのか、ふっと周囲の音が戻った。さっきの違和感は少年と私のの声以外の音がすべて消されていたかららしい。興味深い魔法だ。音に関する魔法は聴力に作用する。聴力は三半規管との繋がりがあるので、治癒魔法に役立つかもしれない。
考えていると、院内に警報音が響き渡った。
『緊急連絡、緊急連絡、近隣にて飛行獣の襲撃あり! 崩落事故発生‼ 飛行獣の討伐は完了済! 国家魔法騎士団より搬入要請あり‼ 院長承認‼ 大規模搬送あり‼ 大規模搬送あり‼ 飛行獣戦闘負傷者と崩落事故負傷者多数確認! 大規模搬送搬送あり! 手の空いている治癒魔法士は玄関に集合してください‼ 職員は大規模搬送に備えてください! 繰り返します……』
反射的に吹き抜けの廊下を駆けていれば、正面玄関のホールには酷い状態の負傷者が次々と転移魔法で運ばれてきている。
転移魔法は転移地点にほかの人間がいれば事故が起きる可能性があり、院内は特例がない限り許可されない。つまり、それが許されるくらいの非常事態、ということだ。
こうして、人間の気持ちを考えている暇はない。
ー・ー・ー・
集中治療班の前を通ると、フェリシアがぼんやりした顔で立っていた。
「集合かけられてますけど」
フェリシアは先ほどのような不調を抱えている様子はない。ならばいっしょに来てもらう。治癒魔法士に無理は禁物なんて言葉は通らない。不調はミスのもとだが、不調があってもミスをするなというのが治癒魔法士だ。
「私は治せない」
「治せなくても手伝いにはなりますよね。試験受かってるんだから」
私はフェリシアの腕を掴んだ。ほかの人間は既に玄関に集まっているのか、私とフェリシアのふたりきりだ。
「試験受かってても治せない、魔法が、使えない」
「なんかの病気ですか、魔法の出力の支障とか、あるようには見えないですけど」
私は透視魔法と能力鑑定魔法を重ねて使う。フェリシアの身体に異常は見当たらない。魔力回路も生きている。
「……」
フェリシアは黙ったままだ。時間がないというのに。
「エンダー・ソロノットが死んでから治癒魔法が使えないなんて言ってたけど嘘でしょう。エンダー・ソロノットの死亡だけが、患者の死亡事例じゃないですよね?」
私はフェリシアと一緒に集中治療班で様々な患者の死に立ち会った。助けられなかった、助けようとする前に死んだ患者だって何人もいる。転移魔法を用いて治癒魔法院に怪我人を送るのは治癒魔法士じゃない、死亡診断の出来ない人間だ。もう死んでいる人間が送られることだって、何度もある。
エンダー・ソロノットだけが特別ではない。
「エンダーは私が殺した……」
「他人の逆恨みでしょう? それとも貴女が仕組んだんですか?」
純粋な質問だったのに、フェリシアは私を平手打ちしてきた。なんなんだろう。暴力。少なくとも三年前のフェリシアは暴力を憎んでいたはずだ。らしくないどころか誰かと入れ替わりすら疑う。
「そんなわけないじゃない!」
フェリシアは大粒の涙を流しながら怒鳴る。
「私は、助けられた。助けられるはずだった。なのに、一番助けたいエンダーだけ、助けられなかった」
「は?」
は?
「一番助けたいってなんですか、患者の命は平等ですよ」
「そんなの分かってる……! でも、あの日、エンダーの誕生日だった、今年こそ、声かけよう、お祝いさせてって言おうと思ってたのに、断られたら怖くて言えなくて、駄目だって思って、なんにも出なくて、だから連絡来た時、治療院の近くにいて、助けなきゃって思ったのに、酷い、酷い状態で、絶対に死んじゃうって、絶対に死んじゃう状態で……」
フェリシアはボロボロ泣いた。
「魔法かけても血が止まらなくて、身体冷たくて、呼吸、呼吸ずっと止まって、心臓動かなくて、全部臓器なんとかなんなくて、ゼラハイドさんに、止められて、魔力枯れて、私が、私のせいでっ、私があの時、誕生日おめでとうって言ったら、お祝い誘えてたら、あの路地にいなかったもん……」
どうやらフェリシアは私が一人で帰ったことに原因を感じているようだった。フェリシアが私の誕生日を認識していることに驚きもしたが、今は、感傷に浸らせている場合ではない。
「関係がない。一緒にいたら両方刺されてた可能性もあったしそうやって泣いてたら今度こそ、今運ばれてくる患者を殺したことになる。泣いても死人は戻らないし、このまま自分は誰も治せないごっこしながらエンダー・ソロノットが助からなかったから他の人間も助からなくていいってしてるのと同じだ」
私はフェリシアの腕を思い切り掴み、引きずり出すように集中治療班の詰所をあとにした。
ー・ー・ー
玄関ホールには次々と負傷者が転移魔法により運ばれていた。治癒魔法士たちが次々と処置にあたり、上司のゼラハイドは腕を切断された負傷者の治療にあたり、同期のグレアムは頭部を損傷が激しい負傷者の状態を診ていた。
「反応なし! 反応なし!」
「呼吸してない!」
「機材まだか!」
「こっちもう一人くれ!」
「魔力切れだ!」
ただ、転移魔法で負傷者は次々運ばれてくる。周囲の魔力切れも深刻だし、こういう時は負傷の深刻さで優先順位をつけるが転移されるペースが早すぎて機能していなかった。
「……ひ」
そして隣のフェリシアが機能してない。手を震わせ目の前の惨状に足を震わせている。
「新人……フェリシア……?」
ゼラハイドが驚いた顔でこちらを見た。しかし隣にいるフェリシアではなく「新人! 手貸せ!」と私に声をかける。しかしゼラハイドの見ている患者はフェリシアのほうが得意な症例だ。
「行ってください」
「行けない……わ、私、やっぱり、無理よ……こ、殺してしまう」
「貴女が動かなきゃ死ぬんですよ」
「いや……」
フェリシアは動こうとしない。私は「死ぬ患者かどうか分かれば出来ますか?」とフェリシアに訊ねた。
「え……」
フェリシアがこちらに振り返る。私は目の前に手を突き出した。
「透過、判定、回復、対象──全員」
私は目の前に魔法陣を展開した。私を中心にして玄関ホールいっぱいに魔法陣が広がる。同時に私の右目の前にもだ。思春期の少年少女の考える創作小説に出てきそうだが、立派な魔法である。
透過魔法は人体の状態を目で見る魔法。
判定魔法は今までの症例から状態を判定補佐する魔法。
魔力回復は……そのままだ。つまり今治療に当たっている人間全員に回復魔法をかけつつ、目の前の患者の状態がすぐ分かるようにした。同時に転移魔法で飛んできた瞬間、自動で治療方針が付与される。
「あなた……この魔法って……」
「殺す患者か判別できますよね。それに上司がそばなら復帰戦としては丁度いいでしょう」
私はフェリシアの背中を押す。
そしてすぐ傍にいた重傷患者に近づいた。騎士団の人間らしい。腹を食われているようだった。
「お前新人だろ、大丈夫なのか?」
近くにいた騎士団が不安そうな顔をした。意識はあるが、崩落により破片が体内に入っているらしく放っておけば死ぬ。
「貴方のほうが大丈夫じゃないです」
私は左手を騎士団員にかざしい、腹部に留まる破片の除去を行う。
「俺なんか片手間にやんなくていいから団長をなんとかしてくれ! 俺を庇って……飛行獣に……俺が、俺が食われてれば良かったのに」
「団長のほうが片手間です。発話に支障がないくらい小さい破片です。細かい神経にまで到達したら自分庇った恩人にお礼言えなくなりますよ」
今は精密作業だ。ただでさえこの場にいる治癒魔法士全員に透過魔法と判定魔法を継続付与している。基本的に魔法は連続で重ね掛けするものではなく、一つ一つ丁寧に切り替えるものであり同時に使うものではないし、短いスパンで魔法を切り替えるものでもない。ゼラハイドが私を目の敵にする理由の一つでもある。
間違いなく怒るだろう。今から先が思いやられる。
「団長、助かるのか」
「団長じゃなく全員助かりますよ」
私は話しかけてくるほうの騎士の体内の破片の組織を破壊し、該当に接触していた血や細胞を傷口から弾き出した。ブシュ、と中々の音がする。
「うわっ」
中々の恐怖演出だが、私はそのまま弾けた血を浄化し、騎士の体内に戻した。切れた皮膚の組織に魔法をかけ、微細に編み込んでいく。
「多分引きつれおきますけど、別の皮膚を移植する魔法より早いし治りもいいので、傷痕は……後々消したくなったら言ってください」
「え、あ、だ、団長は」
治癒魔法が完了した騎士は倒れている団長を見る。
「こっちはもう移植ですよ。飛行獣に食べられているなら、完全に持ってかれた臓器を無から生成は無理。移植のがはやい」
「移植って、めちゃめちゃ時間かかって何人もいなきゃいけない奴だろ⁉ 新人が出来るわけない……‼ 俺、仲間がやられた時、五人がかりでやってた」
「五人必要な症例だったんじゃないですか? 団長は、私一人で充分です」
私は団長の治癒魔法を完遂する。目を閉じ意識のなかった団長がふっと目を開けた。
「喋れますか、今日何日か分かりますか」
「それ、治癒魔法士が危ない奴にする意識確認だろ、何日とか知らないで生きてる……悪い」
「危ない奴じゃなくて、負傷した患者ですね」
「お、俺は、生きてるのか……?」
「はい。騎士として復帰したら、そこの煩いのなんとか指導してくださいよ。貴方の治療中死ぬほど煩かったんで」
私は傍にいた騎士を差す。騎士は「うええ」と泣きだした。
「俺、騎士、復帰、出来る?」
「取り乱してしどろもどろなのか発話に支障出てるか分かりづらいんですけど」
「俺はまた戦えるのか?」
「はい。治ったら。治ればいいやって無茶はやめてください。じゃ、すいませーん。この患者二人、経過観察で」
私は次の患者に向かおうとする。するとさっきまで煩かった騎士がぺっこり頭を下げていた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、平和維持、ありがとうございます」
私は次の患者に取り掛かる。フェリシアのほうに視線を向ければ、彼女はきちんと治癒魔法で患者の治療にあたっていた。
ー・ー・ー
搬送が開始されたのは午前だったが、転移魔法で治療魔法院に転移してきた全ての患者の一次処置が完了したのは翌日の夕方だった。
最後のほうは重傷者の処置。
半日以上治癒魔法を使わないといけないレベルの患者なので、そこに参加できない治癒魔法士は、新たに入院となった処置済みの患者の手当てに入っていた。
私はといえば、普通に半日以上治癒魔法を使わないといけないレベルの患者の対応組に入っていた。メンバーは私とフェリシアとゼラハイドとグレアムだ。各々別の人間を対応していたので「連携して~」みたいなことはない。全員個別。
ゆえに治癒が終わったら、私はサッとその場を離れた。長居する意味もないし、他の三人で事足りる。何かあれば手伝うが、魔法研究のが先決だ。世界滅亡だし。三人に治療されている患者だって、私が参加して傷痕が薄くなるのと将来的に世界滅亡だったら、世界滅阻止を希望するだろう。治っても世界滅亡じゃ意味ない。
「良ければ夕食一緒にどう?」
しかし、更衣室でフェリシアに捕まった。「大丈夫です」と断り着替えるために備え付けのロッカーを開くと、「奢るわ」とロッカーを閉じてきた。着替えるんだから閉じないでほしい。
「そういう理由じゃないです。食事に興味ないんで」
三年前、エンダー・ソロノットとしてなら奢らされても行っただろうが、この状態で食事となると色々面倒だ。私に奢っても、私はいずれフェリシアの前から消える。仲良くしようとされても、結局、奢りのお金は無駄にさせてしまう。
「じゃあ、食事はいいからお話しない?」
フェリシアは通せんぼするみたいにぐっとロッカーを押し付けてきた。私はやむなく承諾した。
ー・ー・ー
「あの大規模魔法陣はなに、治癒魔法学会でも見たことないものだったけど」
院内の屋上に移動すると、フェリシアが早速問いかけてきた。
「再現出来ない魔法を学会で発表したって意味ないんで」
私の魔力も使える魔法もなにもかも、3年前死んだ私、エンダー・ソロノットのものを全て引き継いでいる。基本的に学会で発表される魔法は治癒魔法士であれば誰でも再現できる魔法だ。だって、その人しか出来ない、その人が死んだら再現できなくなる魔法に意味なんてないから。どんなに優れた魔法でも、人を救う魔法であるならば再現出来なければ意味がない。再現出来れば、本人が死んでも救いの繋がりはずっと続いていく。
「再現、出来ない……? 確かにあれは高度な魔法だと思う。だけど、再現が出来ないって……」
フェリシアは怪訝な顔をする。「私は魔力に自信があるので」と短く返した。
「私だって、魔力には自信があるわ。ゼラハイドさんだって、グレアムさんだって……」
「でも、同時発動には慣れてないですよね」
実際のところそれっぽいものは出来るだろうが、寿命を大きく縮める。魔法を行使した人間の神経の摩耗が激しいのだ。なので学会で発表し公的に認められでもしたら、実行した治癒魔法士の寿命を縮めることに繋がる。
実行できる魔力があってもしないという選択をした人間が、責められることはあってはならない。治癒魔法士は命がけで治療に当たるが、全員が死んでいい人間じゃない。だから誰にも言わない。
「あなた、エンダー・ソロノットの知り合い? すごく雰囲気が似てる。もしかして、同じ孤児院で育ったとか?」
フェリシアの率直な疑問に、どう答えていいか悩む。私の戸籍ってどうなってるんだろう。天界の少年からは、治癒魔法士国家試験の優秀合格者、別治癒魔法院で見習い完了済みの一人暮らしとその住居についてしか聞いてないので分からない。
「やっぱり」
しかしフェリシアは勝手に察した顔をする。それでいいかと私は否定しなかった。
「……だから、あの子のことを聞いてきたのね喋り方。すごく似てるもの。ほら、人って波長が合う人ってどこか似てるって言うでしょう?」
「そうなんですか?」
「うん。仲いいんだろうなって分かる」
フェリシアは瞬きをせず、少し傷ついた顔で俯く。
仲いいも何も本人だし。見た目は認識疎外をかけられているので全員にとって当たり障りない見た目になっているけど、その疎外が解ければエンダー・ソロノット……私本人の姿だし。
「あの子から私のこと、聞いてる?」
「職場の人間関係については何も」
「そっか」
フェリシアは気落ちした。さっきから何を言いたいのだろう。というか生前、ここまで私に関わってくることは無かった。一方、私の同期でありフェリシアの先輩であるグレアムや、全体の上司であるゼラハイドにはよく話しかけていたと思う。
「そちらはエンダー・ソロノットに対して、どうでしたか」
私はフェリシアに訊ねる。自分が殺したみたいに思い詰めていたが、あの涙は患者の遺族が死に立ち会ったものに似ている。
「仲良くなりたかったけど、声、かけられなかった」
フェリシアは目を潤ませた。演技してるようには思えない。演技派じゃないし基本的に彼女は顔に出る。だから患者に対して不安を与えてしまう時があるとゼラハイドに注意されていたこともあったし、私も注意した。
「あの子は、私の同い年なんだけど、先輩なの。みんなは先輩として接したほうがいいって、でも、私は普通に話しかけたかったけど、ほら、一人が好きな子なのかなと思ってて、それに私……」
ぼろ、とフェリシアはまた涙をこぼす。
「前にあの子に、助けてもらったことがあったの。患者さんに、付き纏われたことがあって、路地に連れ込まれそうになって……」
記憶がある。
治癒魔法士なので患者には丁寧な対応を心がけるが、恋愛的な役割を治癒魔法士に求める患者は一定数いて、それが犯罪に発展する場合も少なくない。
フェリシアは付き纏いの被害を受け、帰宅途中に襲われていた。私はその現場に居合わせ──反射で犯人を切り裂いた。そういう魔法が得意なので。
一応治療はして騎士団に突き出したけど。当時の騎士団とちょっと揉めた。
「お礼言えなかった。私混乱してて、お礼言わなきゃって思ってたけど、言う機会どんどん逃しちゃって、お礼言ってないのに、馴れ馴れしく挨拶するの駄目かなとか、なんて思ってるんだろうとか、優しくしたいのに、お礼言わなかったからそれ許されたくてしてるのかなとか色々考えてたら……死んじゃった。今度は私が助けなきゃいけなかった……ううん、助けたかったのに」
フェリシアはまた泣きだす。私はフェリシアがお礼を言わなかったことなんて覚えてない。というかその後、私だけ無視気味だったことのほうが、覚えてる。
普通に私を見ると付き纏いの襲撃を思い出すからかと思っていたけど、段々、普通に嫌われてるんだろうなと片づけていた。
でも全然、フェリシアの中で私のことは片付いてないどころか散らかったままだったらしい。
「……あの、トンチキ瓶の収集やめたのって、エンダー・ソロノットのせいですか」
フェリシアは香油を集めるのが好きだった。机の上に並べていた。上司のゼラハイドに「使わないもの飾ってどうするんだ」と言われても頑なに片づけていなかったのに。
それが消えていた。
「香油瓶は、彼女が見るから飾って」
「え」
「窓からの日差しに香油の瓶が反射して、机に赤とか、緑とか、青い光が落ちるの。反射して危ないし、レンズみたいになって火事になったら危ないとか注意されてたけど、それをね、彼女見てたの」
フェリシアは懐かしむように斜め前を見る。
集中治療班の席の、フェリシアの斜め前が私の席だった。
「座席の位置的に彼女がこっちを見てくれるから、飾ってた。香油って、日光に当てていいものでもないのに」
「はぁ」
「でも、彼女が死んで私何やってるんだろうなって思って、片づけた。何か、彼女は死んでもう、何か買うこともないのに、私なにやってるんだろうなって思って。片づけたけど、何か、捨てれなくて……」
「別にいいんじゃないですか。捨てなくて」
「え……」
「そういうの気にする気質じゃないことは、分かってるんじゃないですか。一緒に働いていたなら。自分が死んだあと、職場の人間が普通に、買い物してること嫌がるかどうかとか。普通に、自分が、捨てなきゃって思ってるだけで」
私は言葉を選ぶ。
フェリシアは感受性が強そうで面倒だ。何言っても傷つきそう。ただでさえ私の死で泣きだすし。付き纏いを切り裂いただけで私を助けなきゃなんて謎義務を発生させたり、私が死んだだけで治癒魔法が使えないとか言い出すし。
面倒だけど、その面倒さに拍車をかけてしまったのは私だし。
彼女がこう思っていたことなんて一切知らなかったし、知ろうとしていなかった。
「大切かどうか分からないですけど、周りの人間が死んで、世を捨てたくなるならまだしも、世捨て人みたいにならなきゃってしなくていい。死人が食べれないからいいものは食べないとか、死人がもう着飾れないから着飾らないとか、枷を勝手につけて自罰しなくていい。なるべく人生楽しんで、これが楽しかったよ、あれが良かった、あなたとしたかったって、死んだ後の世界で話をしてあげるほうがいいんじゃないですか、エンダー・ソロノットが、貴女と同じ天国に行けるかは知りませんけど」
私はそれだけ言って、その場を離れようとする。私は、やり残した治癒魔法の研究がある。それを完成させなければ、フェリシアの将来設計だの生活の質以前に、世界の人間の生活の質が潰れる。
「ねぇ」
背中越しにフェリシアが声をかけてきた。振り返ると彼女は私を見て驚いた顔をした。
「トンチキ瓶って」
私はフェリシアを見返す。説明も面倒なので無視して帰った。
ー・ー・ー
天界の人間より紹介された住居は、平民の中の成金組みたいな単身者が住まういけすかない集合住宅だった。頭の中に入れていた研究途中の治癒魔法を組み上げながら、衛生管理の為にシャワーを浴び、疲労回復のために風呂に入っていると声が響いた。
「入りすぎだぞ」
天界の少年の声だ。
「犯罪者」
「天界人に性別はねえし性欲もねえ。お前治癒魔法士だろ。患者の身体見ること覗きって言うか? 魚屋が市場の魚見ること覗きって呼称するか? 看守が囚人を監視すること覗きって考えるのか」
こっちは単語しか喋ってないのにとんでもない量の反論が飛んできた。
「天界人って呼称なんですね。貴方たちって」
「ああ。そのほうが分かりやすいだろ。お前ら人間は」
「お気遣いどうも」
私はそのままだらりと風呂に沈む。半身浴は健康にいいと言われることもあるが、結局は継続性と趣味だ。のぼせたら意味ないし、好きなように入り身体を洗うのが一番。
「フェリシア・トゥインシルに介入したな」
「はい。世界滅亡に影響は無かったみたいですけどね」
天界人はあくまで私に、私が死んだことが根本の原因として発生した世界の滅亡を阻止してほしいと依頼した。そして私は未完成の魔法にその鍵があると踏んだし、実際研究資料が放置されているところを見るに、それは確実だろう。
フェリシアが治癒魔法をまた使えるようになっただけで世界の滅亡が阻止できるなら、普通にこの天界人はフェリシアをなんとかしろと言ったはずだが、そうは言わなかった。つまり関係はない。その証明として、私はまだ天界に戻らなくていいらしい。ここにいるわけだし。
「フェリシア・トゥインシルが治癒魔法が使えないまま将来を閉じる。それ自体に世界の滅亡は関係ない」
「寄り道するなって言わなくてよかったんですか、魔法治療院で空間操作魔法まで使って話しかけてきたでしょう」
「その時に話をしただろ、お前が変な気を起こして殺しまくったら困るって。生かす分には止めないし、誰かを生かして未来にどんな影響が起きるかは、正直その時になってみないと分からない。でもいい知らせだ。お前の介入で世界滅亡までの生存人口が従来の数字から180万人増えたぞ」
「結構増えましたね。治癒魔法士の労務環境の改善は、未来でも中々されてないってことですか」
一日に見る患者の量は重軽傷者含め少なく見積もっても50人。大規模災害が無い状態の、本当に普通の一日でそれだ。年間で考えると休日諸々を覗いて実質的な数字は1万5千人、多くて2万人見ることになる。戦時なら倍だ。ゆえに労務環境の問題と地続きであるが、技術的な面でおいそれと増やせない。
「いや、フェリシア・トゥインシルが治癒魔法で生かした患者の数だけじゃない。それらの患者が、誰かの人生に影響して、生かした数字だ」
誰かの人生に影響して、生かした数字。
私はフェリシアが今後救っていく患者を想像する。たとえばその患者が教師になって将来を悲観する生徒を助けたら、1人の命が救われる。その生徒が夢を追う誰かの背中を押して、その夢が叶って沢山の人に夢を見せる仕事についたら、数は増える。何にもなれなくても、誰かの心に寄り添い、誰かが生きるのを支える人になっていったら。
「みんな、誰かの人生を変える力がある。住む場所が無い人間だって5年後に何十万人と助ける側に回ってるかもしれない。ただ──悪い知らせもある」
「どういうことですか」
「騎士団長を生かしただろ、あと、その下っ端」
「はい」
「それで未来の人口が500万人減った、実質マイナスだな」
「どういうことですか」
「強さに憧れて優秀な騎士が増える、そういう奴の騎士道を利用する人間もいるってことだ」
「なるほど」
確かに騎士団長は、本人がどんな気質を持っていても戦力、人間を殺す力を持っていることは確かだ。本人は人を守るために戦っていても、たとえば国がおかしくなれば反逆を起こすだろうし、そうすれば内乱に発展する。
「後悔してるか」
「いや?」
私は即答した。後悔なんて絶対しない。
「今日救った患者のせいで将来500万人の命がマイナスになるなら、明日救った人間が、その500万人の命、そっくりそのまま生かす人間になるかもしれない。だから、騎士団長とそばにいた煩いのを治療してる時、止めなかった。違う?」
「……」
「見張ってるみたいなこと言われてたし、私がしくじれば貴方は存在を抹消される。500万人も死んだら天界は黙っちゃいない。むしろ……未来の500万人の未来に影響が出たことに期待した。今はまだ500万人減少って絶望の未来だけど、それをそっくり、希望に変えられるんじゃないかって」
少なくとも私はそう考えている。500万人死ぬ未来が出たのは重く受け止めるべきだけど、その500万人が死ぬ未来をそのまま生存に変えて、なおかつ世界の滅亡の未来を変えられるのではと。
「自分の職場に苛ついてたお前はどこに行ったんだ」
「は?」
「なんでもねえよ。湯あたり気をつけろよ。その身体は人間らしく作ってるが、不死身じゃない。天界の記憶消すって言ったって人間の首が跳ね飛ばされたりミンチにされる姿なんて誰も見たかねえんだからな。大事にしろ」
それきり少年の声は聞こえなくなった。どうやら姿を消したらしい。私は忠告を受け取り、そのまま風呂場を後にした。
少年から貰った砂時計は、空になっていた底の部分に青い砂がわずかに積もっていた。
ー・ー・ー・
「おはよう」
翌朝、治癒魔法院の職員玄関でフェリシアと遭遇した。「おはようございます」と返しそのまま通過しようとすれば「待って待って」と追いかけてきた。
「なんですか」
「新人だから色々教えてあげようかと思って」
「問題ありません」
断るとフェリシアはジッと私を見る。そして「色々ほら、すぐ変わるもん。この三年で食堂とかも変わってるの。メニューとかいっぱい」と続けた。
食堂は生前よく行っていた。職員の中では自分で用意したものを食べる人間や、治癒魔法院そばの店で食べる人間もいるが、何もかも面倒なので食堂に通い、選ぶのも面倒でいつも同じものを頼んでいたら「いつも同じモノ食べてる」と、一緒に食べてるわけでもない同期グレアムに揶揄され以後日替わりを選んでいた。
「一人で食べるのにこだわりとか無かったのなら……お昼、一緒に行かない?」
フェリシアは恐る恐る訊ねてくる。別に一人行動や一人飲食にこだわりはない。ただ、そう見えるんだろう。そう見えるように振る舞っていたのもある。
普通に自分で一人を選んでいるとか一人が好きならまだしも、私の場合は結果的にそうなっただけだし。自動的に一人だし、誘われもしないのに自分から誘うなんて有害すぎる。
「別にこだわりはないです」
「じゃあ、一緒に食べよう」
フェリシアが少し安心した顔で笑う。
「急患の処置が問題なければ」
「確かにね……」
しかしすぐに顔を険しくした。実際こうなのだ。治癒魔法士は。
約束は基本守れない。一緒に食事をしようという簡単な約束どころか、この時間に集まろうも無理だ。5分遅刻が丸5日治癒魔法にかかりきりなんて普通にある。ゆえに結婚相手としての箔は最高だが離婚率も最高なので、まず普通の相手と結婚が出来ない。
適している相手とされているのは、同業か、もしくは政治関係者だ。政治関係者だと「配偶者は治癒魔法士なので」というだけで「治癒魔法士が選ぶ相手」とすごい扱いをされる。なので政に関する家の親が「うちの子ちょっとバカ」と思った時に、ツテで治癒魔法士を結婚相手に選び、それとなく面目を保つ。そういう上位系の社交界では配偶者同伴が多いが、「配偶者は治癒魔法士なんです」と言えば単身参加が誉になるのだ。
ゆえに治癒魔法士は、親が政界関係だったり、そうじゃなくても富裕層が多めだ。
私みたいな存在は異端どころか血統書付きの動物博覧会に、泥だらけの人間が「犬です‼ 犬です‼ うおおおおおおおん」と四つん這いで走り回ってることと同じだ。
フェリシアと話をしながら集中治療班の詰所に向かうと、争うような声が聞こえてきた。
「だから見合いなんてしないと言ってるじゃないですか‼ これ以上同じ話を続けるなら、もう、連絡してこないでください‼」
詰所前の廊下で同期のグレアムが小型の魔法通信デバイスを使って誰かと話をしていた。グレアムの小型のデバイスは高級品の薄型だ。いいところのお坊ちゃんなので。
治癒魔法士は政治家になるより難しいと言われているが、グレアムの家は違う。彼は政治家の一族だ。
家的には家を継ぎグレアムに政界進出してもらいたいところだったのに、グレアムは治癒魔法士になったことで死ぬほど揉めているらしい。
全部、グレアムが集中治療班の詰所で上司のゼラハイドやフェリシアに話をしていた。私は盗み聞きしていた立場なのであれだけど、大変そうだなとは思っていた。
ただ同期のグレアムには若干の因縁があるので、能力は確かと思うが警戒も出る。通信を終えたグレアムがこちらを振り返ると、「ああ、いたのか」と呟いた。
「おうち、大変なんですか?」
フェリシアが気まずそうに問いかける。
「見合いしろって、会え会えうるさいんですよ。跡継ぎがどうこうって」
グレアムが嫌そうに答えた。
「え~相手はどんな感じなんです?」
「色々。貴族令嬢から、芸術家、片っ端から異業種の、一番とか天才とか肩書付きの女性を片っ端からです」
「その中から相性いいひと居なかったんですか? 全員が全員嫌な人でした?」
「資料に目を通した分だけで言えばいい人そうでしたよ」
「えーじゃあ会ってみれば良かったのに」
「僕は結婚なんかしません。相手はいい夫を探してる。時間の無駄になります。相手にも悪いです」
グレアムは視線を落とした。そして「僕は誰とも結婚できないので」と、どこか苦しみを滲ませながら呟き、詰め所に入っていった。
ー・ー・ー
業務が始まる前、私は自分の席で途中だった治癒魔法の研究に取り組んでいた。やり方は簡単。鉛筆と紙を用意して延々と計算だ。のちに危険につながりそうな記録はその時点で抹消し、また取り組む。治癒魔法士の研究は案外泥臭い。
「なーにしてるの」
計算処理していると、フェリシアがこちらを覗き込んできた。
「治癒魔法の開発です」
「この字……」
フェリシアは私の字をじっと見る。少し泣きそうになっていた。私は字が汚い。書ければいいし速度重視だからだ。通じればいい。
「読めますよね?」
フェリシアは3年前も私の字が読めていた。彼女は「ま、まぁ……?」と神妙な面持ちで頷く。
「計算よろしくお願いします」
「えぇ、いいけど……これ学会の発表するの? 締め切りはいつまで?」
「発表しませんが、早ければ早いほどいい」
「学会に発表すればいいのに。あれ申請しないと表彰されなくなっちゃうし」
新しく魔法を開発した時、国に登録し、審査の末、実行可能と判断がされると大々的に公開され他人が習得できるようになる。
だいたい申請してから国の許可が下り公式に発表されるまで三年くらいだ。その間、その魔法が必要な患者が現れた場合は、本人の許可のもと治験というかたちで処置できる。
国に登録された魔法を直接取得する人間、取得した人間から教わるといったかたちで魔法は広がっていくわけだが、直接取得する人間の数は国が集計していて、取得数に応じて送金されたりする。
一方、その安全性は事前に自分で充分に調べて申請しなければならず、雑な魔法を金目当てで申請すると、悪質さを認められれば罰される。
それとは別に治癒魔法学会で国に登録する前の研究を発表する機会がある。そちらでは研究中の魔法を完成させる必要はなく、論文さえ出来ればいい。治癒魔法士同士の意識向上、登録前の研究を発表して協力者を募るのが目的にも含まれているからだ。
実行する気の無い魔法を点数稼ぎで発表する人間もいる。その割に箔がつきやすいし、国に登録する前に学会で発表した魔法が、その後国で認められたら大々的に学会で祝うのだ。
学会が一枚噛んだ、と言えるので学会的には名誉だし、そういう、人間関係の面倒さがそういうところにも関わっている。
フェリシアはただ自分の箔をつけたいというよりは、学会に確認してもらったほうが安心という理由で、国に申請する前に必ず学会を通していた。
「興味ないです。治癒魔法が完成すればいい。誰が完成させたかなんてどうでもいいです。そういうキラキラした世界は得意でしょう」
フェリシアの机を見ると、トンチキ香油瓶が復活していた。
「キラキラ世界じゃなくて社交界、で、これはどういう治癒魔法?」
「体内の毒を破壊する治癒魔法です。現在治癒魔法で解毒できる毒は100程度。そこから漏れた非対応の毒の治療方針は」
フェリシアは長い間ブランクがあった。問題出しておこう。フェリシアは「え」と戸惑いつつも、治癒魔法士の顔になった。
「他の細胞を守りながら、体内から自然と排出されるのを待つか、解毒薬を調合して、患者に飲ませる」
「正解。その治療の短所はなんですか」
「自然排出を待つ場合はその間、治癒魔法士が魔法をかけ続ける持久戦。解毒薬の調合の場合は、すごく珍しい毒だと院内に無い場合があり、取り寄せたり、別の治癒魔法院に転送しなきゃいけないし、患者が解毒薬をのめない状態もある。口からか直腸になるけど、両方無理な場合もあるし」
「正解」
彼女の言う通り、自然排出の場合は毒が身体を殺そうとするのを治癒魔法で防ぎ続ける。大量の魔力が必要だし、だいたい72時間、絶え間なく魔法かけっぱなしだ。解毒薬は特に直腸も駄目な患者が一定数いる。そうなると持久戦だ。
「だからこそ、治癒魔法単独で解毒が出来れば楽ですが、現在解毒可能な毒は自然の毒が多く、人工的に生み出された毒に対応してない場合が多いので」
何故かと言えば、自然毒は昔からあるので昔の治癒魔法士がせっせと毒を研究し、解毒のための魔法を生み出してくれたから。
一方で犯罪者アホ共が「自然の毒では人を殺せない」と、勝手に毒を作ったりしたので、都度対応になる。
「グレアム先輩も手伝ってくださいよ」
フェリシアが傍にいたグレアムを誘うが、絶対手伝わないだろう。
グレアムは私のことが気に入らない。フェリシアが私のことを好きじゃないというのは誤解だったし、私のものの見方がかなり悪かったと思うが、グレアムは明確に私を嫌っている。上司のゼラハイドと同じだ。
ただ私は今、エンダー・ソロノットではないので、手伝ってくれるかもしれない。だって普通に、新人だし。あ、でも初日にフェリシアを追い詰めてしまった。どうなんだろう。そもそもフェリシアが私のことを嫌いじゃなかったことを、グレアムは知っていたのだろうか。
いつもいつも、私がフェリシアと意見が対立すると、グレアムはフェリシアの味方をしていたけど……。
様子をうかがうと、「新人の研究手伝うほど暇じゃないんで」とキッパリ断ってきた。
「ええ、でも見てみてくださいよ」
フェリシアは研究書類を見せようとするが、「目を通す必要もない」とかたくなな姿勢だ。
「俺が手伝うとしたら、ソロノットの研究書類でも持ってきて頂かないと」
は?
グレアムの言葉が理解できない。一度たりとも私の研究に肯定したことなかったくせに。
「それより、どうして新人に問題なんて出されてるんですか。少しは治癒魔法士としての自覚を持ったらいかがです」
「だって普通に──」
フェリシアはいらないことを言おうとするが、ゼラハイドが「急患だ」と入ってきて、反論の機会は完全に失われた。
ー・ー・ー
集中治療班の業務は簡単だ。治癒魔法院に運ばれてくる患者を片っ端から生かすこと。先日の大規模転移の時は玄関ホールだが、普通は処置室で行う。本人が自力で来る場合もあれば、騎士団が連れてくる場合もあるし、治療院所属、移動に関する魔法に優れた救助班が出動し連れ帰ってくる場合もある。
そして運ばれてきた患者は、騎士だった。体内に破片が紛れる中で団長を助けてとギャアギャア行っていた新人だ。
「あ」
そして患者の付き添いは騎士団長だった。
「状態は」
グレアムが険しい顔をする。患者は意識がなく皮膚に複数の花柄の斑点があり、透視魔法や鑑定魔法で確認しても、外傷は出ず、内臓破裂や内出血といったこともなかった。特定の食べ物や物質に身体が過剰に反応して、意識が無くなったり喉がはれて呼吸すら出来なくなる場合があるが、器官系統に問題はない。魔力の異常消費が継続的に発生している。意識のない本人がずっと魔法を行使し続けている。それも身体全体を薄膜で包む、対戦闘用の魔法だ。
「魔法生物との戦闘による状態異常にしては服に問題はないな。何があった。なんだこれは」
同じように患者の状態を調べたらしいゼラハイドが訊ねる。
「不審者がいて声掛けを行った。私が相手の鞄を掴んで、戦闘になって、鞄が弾け、こいつが俺を庇って……」
なるほど。飛行獣に食われかけたところを騎士団長に庇ってもらった新人が、今度は騎士団長を庇い謎の粉で毒状態に至ったと。
そして先ほどから私は解析を試みたが、既存の自然毒……植物なり生物なりの毒じゃない。人工毒だ。ゼラハイドも同じ結論だったようで。「自然毒すべて該当なし、解毒魔法も効かない」と愕然とした顔をした。
「ど、どういうことだ」
騎士団長がゼラハイドに心配そうに問う。騎士団なんて常に死と隣り合わせなのに。優しいなと思った。グレアムなんて私が毒で血噴いて倒れても翌週「忘れていた」と平然と言っていたのに。
「毒が体内から排出されるまで、治癒魔法をかけ続けます……ただ……、この団員は自分に結界をはってる」
「結界?」
「おそらく粉が飛び散った時、周りに粉がいかないよう全部吸収して、自分を薄皮で覆い包むみたいに結界を構築した。おそらく被害を最小限に留めるため。意識なくても発動しているくらい、強力な結界だ。だから治癒魔法の効きが悪いし、本人の体力や魔力の消費は結界に食われる」
ゼラハイドの説明の通りだ。騎士団長は「なんでそんなこと……」と拳を握りしめた。
「最善は尽くすが、もしものとき、彼をご家族に返すことは出来ないかもしれない」
従来、亡くなった遺体は、治癒魔法士の死亡診断により遺族の元に返されるが、事件性がある場合は、遺体を調べる魔法に特化した魔法検視官により解剖されたり鑑定される。
どちらも、火葬、水葬、土葬、花葬など、遺族による弔いが可能だが、こうした事例の場合は研究や鑑定よりも周囲の身の安全や将来への危険が優先されるため、完全消滅となる。
「そ、そんな……」
騎士団長は愕然とした顔をした。「どうにかならないんですか」とゼラハイドに詰め寄る。治癒魔法士の業務の一つにもなっている。患者の同行者に詰められる。
「最善を尽くします」
ゼラハイドは繰り返す。
治癒魔法士は、たとえまだ見ぬ毒であれ最善を尽くすだけだから。
ー・ー・ー
騎士の治療は集中治療班ではなく、従来入院患者を見る魔法士たちの治療にあたることになった。集中治療に関する魔法で出来ることが無いからだ。我々は現段階で何も出来ないし、班で一番優秀なゼラハイドですらお手上げだった。
あれから騎士団長は「犯人を捕まえて毒について知ったら助かりますか?」とゼラハイドに聞き、ゼラハイドは「分からない」と答えたが走り出した。
実際、毒の原本があれば解析はしやすい。あの患者の体内で毒は変化しているどころか結界に阻害されて取り出せない状態だし。
「みんなのこと、守ろうとしたのよね。結界……意識ないのにあんなに強固で……」
フェリシアが深刻な顔で昼食を食べている。
昼休み、私は食堂に向かった。朝に約束したので、フェリシアと一緒に。患者のことが気がかりだが、飲食なしに脳へ栄養は供給されないし、適量からさらに食事を減らせば思考力は低下する一方。出来る毒の解析も出来なくなる。治らない患者がいるのに飯なんて食うのかと責められる治癒魔法士もいるが、治癒魔法士だって人間だし燃料なしに稼働する機械ではない。
「はやく、犯人見つかってくれれば解析もしやすいけど」
騎士団は優秀なので、大規模調査になれば、犯人が国外にさえ出ていなければ4日ほどで犯人の足取りは掴めるだろう。ただその4日持つかだ。
結界を無理やり破り毒を取り出してしまえばとも思うが、結界は本人を完全に覆っており無理に破ると本人が死ぬ。本人の命だけ考えるならば結界が死ぬほど邪魔だが、結界がなければ周囲を巻き込みもっと酷い事態になっていた。
「どう思う?」
フェリシアは私に問いかけてくる。
「粉で効くってことは、口とか鼻の摂取だけを想定してる。注射器とか、それこそ銃にこめたり武器に塗ったりを想定してないか、でも、空気の循環する場所にばら撒けば集団を殺せる……予算はさけないけど、規模は欲しいのかも」
「人のこと助ける研究費だって予算困ってるもんね」
フェリシアが苦い顔をした。
「人殺す毒の予算のほうが多そうですけどね」
「やな世界」
「嫌な世界なのは今に始まったことではない」
ぼそっと呟くとフェリシアが今度は傷ついた顔をした。
「ねえ、今まででさ、一番嬉しかったことってなに?」
一番うれしかったこと。私は記憶を辿る。エンダー・ソロノットとして答えるべきか、一応それっぽい新人の答えにするか悩んで、どちらも同じかと答えた。
「治癒魔法士の試験に受かったこと」
「じゃあ、楽しかったことは……?」
フェリシアは祈るように私を見る。
「分からない」
即答だった。楽しかったことが無かった。というかそういうのを自分から作ろうとした人生じゃなかったし、孤児院に入る前は安全を手に入れるのに必死だった。孤児院に入った後も安全は保証されていたけど、それでも「安全さ」を探していたとは思う。はやく大丈夫になりたいとは漠然と思っていた。
フェリシアの沈黙に疑問を感じ、彼女の顔を見ると今度は泣きそうになっていた。今度は何だ。
「どうしました」
「なんでもない……楽しいこと、いっぱいつくろうね」
フェリシアは言うけれど、私には時間がない。
毒もそうだし、世界の滅亡を阻止する義務がある。そして未知の毒の解明は──多分その未来に繋がっている。繋がってなくても、最善を尽くす。
ー・ー・ー
昼食を終え騎士の様子を見に行った。症状が進行しているかもそうだし、何か発見があるかもしれない。しかし、状況は何も変わっていなかった。
周囲の救助を拒絶するような結界と、蝕まれる本人。結界が貼れないほどの魔力が尽きるまで待つのも手だが、魔力が尽きるのと本人の体力や命が尽きるし、結界をかいくぐるほどの治癒魔法を行いながら魔力だけ回復させないは無理なので、堂々巡りだった。
騎士のそばでは、グレアムが騎士の家族に治療の説明のほか、今後の説明をしていた。
「……もしも、何かあった時に、息子さんは……」
「はい。団長から聞きました。治療院で聞くと、辛いだろうからって」
団長が説明をしていたらしい。知識がない中あれこれ説明されることは問題になる場合もあるし、そういうのは治癒魔法士が説明する義務がある。ただ、家族に気を遣った結果だろう。
「すみません……あの、付き添っていても、いいですか。わたくし共では、何の役にも立てませんし、お邪魔になるとは思うのですが……最期まで、そばにいたくて……」
「最期だなんて……」
「……息子が、騎士の道を選んだ時点で覚悟はしてるんです」
騎士の家族はぎこちない笑みを浮かべた。「大丈夫です」と自分に言い聞かせるように続ける。騎士団は、剣を携え戦う。戦時は戦いの最前線に向かい、戦争がない時は人の魔力を狙い喰らおうとする魔法生物を討伐する。
そして時には魔法を扱う──悪しき人間に、人々が傷つけられないよう、守る。
戦時に砲撃魔法で吹き飛ばされ、飛行獣に食い殺され、人間に殺される。誰しも死に方を選ぶことは難しいが、騎士団の人間は、より一層、厳しい。
治癒魔法士が有事の説明をするように、騎士団の人間は入団の際に説明を受ける。
「でも、どうか……どうかよろしくお願いいたします」
騎士の家族は涙を堪えながら治癒魔法士たちに頭を下げていた。
ー・ー・ー
処置室から集中治療班の詰所に向かった私は、同期のグレアムの目の前に立った。
「ソロノットの研究書類です。持ってきてくれたら手伝っていただけるんですよね? 解毒魔法の計算、手伝ってください」
私はグレアムの机の上に資料を載せた。この男は私がエンダー・ソロノットであることを知らない。私がエンダーだと知っていたら絶対に、何があっても、100%手伝わないが、エンダー・ソロノットの研究書類を持って来いと言っていた。
「なんで貴女が持ってるんですか」
「倉庫にありました」
「開いたんですか⁉」
グレアムが愕然とした。
「はい。開きました」
「それをなんで……は? あれは、ゼラハイド班長が厳重に管理しているものでは。というか、解呪が完了していたなら何で俺に何も……」
なんでエンダー・ソロノットの資料の箱が開いたらグレアムに連絡がいくみたいになっているんだ。普通治療院預かりなら院長だろう。というかこの男は「エンダー・ソロノットの書類持ってこい」などと言うが3年前一緒に働いているときは私の研究に対して死ぬほど文句言ってたのに。
「あれ魔法で封印なんてされてなかったんですよ。建付けがおかしいだけで。殴りつけながら開けないと開かない。なんか、ゼラハイド班長は貴重品扱いしてうやうやしくやってたみたいですけど」
「貴方が開けたんですか?」
「はい。で、資料です。この資料を元に、今日運ばれてきた騎士の解毒薬の解毒魔法を開発します。フェリシア先輩に頼みたいんですけどあの人、急患の処置にいったので」
というか私が行く手はずだったが、フェリシアに頼んだのだ。解毒魔法の開発のために。
「これ見たことない解毒方法だ……」
グレアムが怪訝な顔をした。基本的に魔法で解毒となると、その毒をピンポイントで殺すものだ。例えるなら、アリの巣穴に照準を合わせ、特定の蟻だけ、銃で撃ち抜く。
ただそれだと、一個一個の毒の解析をしなければいけない。
なのでこれから開発する魔法は、新たに体内に新物質として投入し、勝手に毒を特定し、毒を包んで体外に出ようとする魔法だ。要するに騎士が自己犠牲して自分を結界で包んだように、治癒魔法で生み出した物質が毒を包む。
「だから計算処理が必要なんです」
「ならこの研究は、俺がします。貴女は何もしないでください」
は?
研究結果を持ってかれるのはどうでもいいが過程を持っていかれるのは困る。それに一人より二人でやったほうが早い。
「計算能力には自信があります。測定しますか? 途中式はこちらですけど」
私はグレアムを見返す。新人だから任せられないと思っているのだろうか。
「それはソロノットの途中式でしょう」
しかしグレアムは棄却した。
は?
「これ私です」
「嘘だ。筆跡がソロノットです。嘘をつくならもう少しマシな嘘をついてくれませんか?」
グレアムは私を睨みつけてきた。なんでグレアムが私の筆跡を知ってるんだ。フェリシアはともかくこの男は私の研究資料に目を通すことなんてほぼ無かったはずだ。私の話を聞かずいつでもフェリシアの味方をし、私の研究を見ず文句を言ってきたのがこの男なのだから。全部確認してきて無視するタイプのゼラハイドとはまた違った嫌さがある。
私は苛立ちを募らせながらも、目の前で計算を始めた。
「これで分かりましたか」
私はグレアムに計算式を突き出した。助力を借りる態度ではないが、懇切丁寧にお願いしてもこの男は「私だから」という理由で断ってくる。よく分からない男だ。
「……何でこんな、同じ字を」
「孤児院一緒だったからです」
フェリシアが誤解していたし、そのまま転用することにした。しかし「何で……そんなこと、聞いてませんけど」とグレアムは狼狽える。
「俺は、ソロノットの同期です。でも貴女の話なんて、聞いてない……」
聞いてないというが、別に何でも話し合う関係ではなかった。そもそもそこまで仲良くない。なのにグレアムは「貴女は一体何なんです」と、解毒魔法の計算という本筋から逸らしてくる。
「別に、普通に、彼女と孤児院が一緒だった治癒魔法士ですけど」
「だって聞いてないです」
「貴方に言ってなかっただけでは」
「そんなことない、彼女は、俺と同期です。だから……彼女が話さずとも、情報くらいは入ってくる」
グレアムはぐだつく。苛々してきた。患者の命がかかっているのに。
「何考えてるか分かりませんけど、同期って言ったって、貴方はエンダー・ソロノットのこと嫌ってましたよね? なんでそんな、聞いた聞いてないにこだわるんですか」
「……は?」
私の指摘にグレアムは言葉を失った。しかし視線を揺らしながら、「それは、彼女が言ったんですか」と声を震わせる。
「だって彼女の研究だけ手伝わなかったんでしょう?」
グレアムは上司であるゼラハイドや後輩のフェリシア、と、みんなの研究を私は手伝っていた。でもグレアムは私の研究だけ手伝ってくれなかった。それだけじゃない。
「エンダー・ソロノットが貴方を庇って、毒にやられた時、見捨てたんでしょう」
意図せず患者が吐血したことがあり、傍にいたグレアムにかかりそうになって庇った。私は家族がいないし死んで悲しむ人間もいないから。グレアムは違うから。
でもその直後、グレアムは私に治癒魔法や解毒魔法をかけることなく、私に背を向けた。その後ゼラハイドが解毒したような話を聞いて、一応それが死因にならなかった。
庇ったことを感謝してほしかったとか、そういうことじゃない。
それまでグレアムが私にだけ冷たいのは、政治系の家なので孤児院出身のよく分かんない奴と付き合うのが嫌だからかなとか、色々、世界も違うし、普通に言葉をかわしてくれるだけ感謝しようと思っていたけど、明確に嫌われてるのだと分かった。
「治癒魔法士なら、誰かに死んでほしいとまでは思わないでしょうけど、政治系の家だから、孤児出身の人間なんか関わりたくないというか」
「それを……エンダー・ソロノットが言ったんですか」
グレアムは愕然としていた。こんなに人は、物語の世界みたいに目を丸く、子供みたいに開くことなんてるのかと感心するくらい、愕然としていた。
「違う……なんで……うそだ、そんなこと……」
グレアムは首を横に振る。「違う、そんな……」と目を閉じて、「なんで」と声をふり絞った。
なんでって、こっちの台詞だ。見せてたくせに。死んで良かったくせに、何で今更そんな顔を。
「何でそんな顔してるんですか。今まで気に入らなかったから、見殺しにしようとした。研究、なにひとつ手伝わなかった。エンダー・ソロノットのこと。死んで良かったんじゃないんですか?」
「そんなわけないっ‼」
否定の声が響く。フェリシアだった。彼女は集中治療班の詰所の入り口で「そんなこと、思ってたの?」と顔をゆがめ、私を見る。
「ゼラハイド班長とグレアム先輩に至っては、そうでしょう」
私は冷静に返した。「必要とされたことはない」と続ける。
「というか、エンダー・ソロノットはもう死んでるんです。死んだ人間のことより、今生きてる人間を優先すべきです。解毒の計算を」
私は言うけれど、グレアムはふらふらと出ていく。フェリシアは「ごめん、グレアムを連れ戻してくる」と、彼の後を追う。
私はそのまま、室内で計算の再開をした。
ー・ー・ー
「ばかたれが‼」
計算をしていると、ふっと空気が変わった。
なにかと思えば天界の少年だった。
「今計算中」
「知らねえそんなこと。それよりお前本当にバカ、バカすぎる。大バカ。何なんだおめえ。死んで良かったなんてお前よく言えるな、治癒魔法士だろうが、ぶっ殺すぞ」
「自分のことだからいいでしょ」
というか少年もぶっ殺すとか言うし。なんなんだ。自分のことを棚上げしてるのか。
「良くねえよ。他人の命尊ぶ分だけ自分の命も尊べよ」
「そうは言っても……っていうか、グレアムだし、相手。知らないの? あの人は私が血噴いて倒れたとき、どっか行った。本人が治癒魔法かければいいのに、ゼラハイドに丸投げだった」
グレアムに解毒できない毒なら、救助を呼んでくれたと思う。
でもグレアムが解毒できる毒だった。死んでほしくてやったとは思わないけど、どうでもいいというか関わりたくない相手だったんだろうし、それからもう「もしかして」とかは考えてもむなしくなるだけなので、考えないようにしている。
「見捨てられたの、私は」
「見捨てられたからって傷つけていい理由にならねえじゃねえかよ」
「別に傷ついてないでしょ」
「それはてめえの希望だろうが。あいつが傷ついてたらどうすんだよ」
「そういうことは考えない」
「期待するのが怖いからか?」
天界の少年は私を見据える。私は計算の手を止めた。
「お前は怖いんだろ。フェリシアがお前のこと想っててグレアムもそうなんじゃないかって期待を意図的に潰しにかかったんじゃないのか」
「そんなわけない」
「じゃあなんで死んで良かったなんて煽るんだよ、お前反応見て試したかったんじゃないのか」
「人の命関わってるのに?」
「人の命関わってるなら、どんな反応をしても結局グレアムはやると思ったんじゃないのか」
「人の命関わる研究の手伝いを、グレアムはしなかった」
グレアムは私のだけ手伝ってくれなかった。私はグレアムの研究の手伝いをしていたのに。
お返しが欲しかったわけじゃないけど、私は誰にも手伝って貰えないのに上司のゼラハイド、フェリシアの手伝いをするようグレアムが促してくるは、正直、気分が悪かった。でも人の命だし。そういうのがずっと続いて、人に期待することをやめた。
私はただ、私のすることをするだけ。
みんなと一緒にやるなんて、私の世界にはない。
でも学会発表とか、みんなでやってるのを見ると途方もなく羨ましく感じた。
私だけ、みんなが当たり前に持ってるものが、ない。
私だけない。
そういうのを考えるのが嫌で、全部見ないふりをしてきた。
なのに何で、死んだ後に研究を持ってこいなんて言うんだ。
「そういう期待からは降りた」
「治癒魔法士が期待しなくなったら終わりだろうが。治癒魔法士が期待して未来を夢見るから患者も生きることを想像できるようになるんだろうが」
「だって繰り返しになる。期待して裏切られて。疲れる。淡々と効率的にやっていくほうがいいし」
「そんなの誰が決めたんだよ」
「普通に考えてそうでしょ。悩む過程が勿体ない。めげずに続けてくしかないんだから、色々悩んでも仕方ない、最後は結局結果だし」
「悩まずに治療計画立てられるほうが怖いだろうがよ‼ 患者は‼」
天界の少年は怒鳴りつけてきた。国家試験受けてないくせに。死んだ人間しか相手にしないくせに。
「貴方に患者の何が分かる」
「分かる。上で散々見てるんだよこっちは。死ぬ前の奴ら。てめえの死に方は本当に最悪だった。殺されたってぶん、まだ、まだあれだが、お前最悪だぞ」
「……」
「結果なんて関係ねえ」
「天界人の貴方がそれいう?」
「ああ。結果主義なんて感情を捨てたい、ちょっと悪いことして誰かを傷つけながら成功した人間が自分を肯定して成功者ぶりたいときの言い訳でしかねえ。そんなもんに縋りついて何になる」
「経営者が聞いたら泡ふく」
「知らねえ。今はてめえと話をしてるんだよ。死んで良かったなんて、ましてや自分のこと死んでいいなんて言葉許されねえ」
天界の少年は私の胸ぐらを掴んできた。
「人間期待して生きてくんだよ。期待が夢になって文明は発達してきたんだろうが。何が期待しねえだ。バカ。そんなこと言ってる暇あったらさっさと悩むなり落ち込むなりして頭動かせ」
「だって破滅したら終わりでしょ世界」
「そうだよ、俺の存在は消される。だがお前が自分のことも人のことも傷つけまくって世界破滅を阻止しても俺は天界のろくでもねえ上層どもにボロカス言われるんだよ」
「天界も理不尽なんだ……」
「だからちゃんと過程も大事にしろ。結果だけ優先したら必ずどっかでガタがくる。それで成功してる奴がいても結局長期で躓く。俺はそれを死ぬほど上で見てる。結果主義、結果が全て、勝てばいい、面白けりゃいいでやってきた人間はその成功のぶんだけツケ払うよ。振り子と一緒だ」
「でも、それで世界の滅亡が回避できなかったら、結果出せなかった」
「誰かが傷つきながらじゃないと救えねえ世界に価値なんざねえんだよバカ」
天界の少年は「神の力を見せてやるよ」と右の人差し指と親指を直角に開き動かした。その瞬間、ふっと転移魔法に似た感覚に襲われ、ぱっと景色が院内の屋上に変わった。
グレアムと、フェリシアがいる。私と天界の少年に気付くことなく、二人は言い争っていた。
「エンダーのこと、見殺しにしたってどういうことですか?」
フェリシアは先ほどと同じ調子でグレアムを責めた。
「そんなことしてません」
「状況は? 何をしたの? 最初から話をして」
「言う必要は無いと思います」
「貴方はエンダーが運ばれたとき、治療の時の状態を、死ぬまでの状態を……何度も何度も何度も私に聞いた‼ 何度も、何度も‼ 私は話をした。私には聞く権利がある」
グレアムが私が死んだときの状況をフェリシアに聞いていた……?
グレアムも心当たりがあるのか、視線を落とした。そしてしばしの沈黙の後、「毒だ」と呟く。
「毒?」
「患者が吐血したんです。自然毒の一種で。でも、予兆も無くて……その血を、エンダーが浴びた。俺が患者に近くて、エンダーが、庇ってくれた」
「エンダーは見殺しにしたって言ってた……。その時、エンダーのこと見捨てたの?」
「違う、俺は、ゼラハイド班長を呼びに行ってた。班長は、その時、院内を離れてて」
「自然毒って、グレアム先輩が解毒魔法をかければすぐ治るものなのに、どうして……?」
「だって失敗できないだろう‼」
グレアムは叫んだ。
「未来がある。治癒魔法が、解毒が完璧じゃなくて、何か後遺症が残ったら……怖かった。もしも助けられなかったらって。でも、ゼラハイド班長なら、俺より実績もある。知識もある。俺なんかより、ソロノットの為になる。治癒魔法士として正しい選択だった。実際、正しかった。後遺症もなく、経過も良かった。俺は間違ってない。助けたかった。でも俺よりゼラハイド班長のほうがいいと思った」
グレアムは、私を見捨てたわけじゃなかった?
「じゃあ手伝いは、なんか、手伝いしなかったみたいな話、してましたけど……先輩……」
フェリシアの質問に、グレアムは「だって」と自分の手のひらを握りしめる。
「あいつの研究に水を差して濁したくなかった。あいつの魔法は自由だ。俺は、すごく才能があるわけじゃない。勉強がある程度出来て、暗記も得意で、家の言いなりになりたくなかったから、治癒魔法士なら文句言えないだろうって、反抗の延長でなったんだ。そんな人間が、あいつの、ちゃんと才能ある人間の魔法に触っちゃいけないと思って……」
なら、グレアムは私のことが嫌だとか、孤児院出身だからじゃなく、他に理由があって関わらないようにしていた……?
「でも、ソロノットは……見捨てたと思ってたんだ。見捨てたってことは、俺に、期待してたんだ……」
「グレアム先輩……」
「でも俺は期待を裏切ったんだ……」
グレアムは俯く。天界の少年は私を睨みつけた。
「てめえの期待値の低さが招いた結果だぞあれは。お前の重視する結果がこれだぞ。どうすんだ、あの男が思い詰めて飛び降りでもしたら。そんでその下に歩いてる人間巻き込みでもしたら。人を救う治癒魔法士が人殺しだぞ」
「……」
「期待して傷つくかもしれねえけどよ。身体の芯から期待を消したら、結局てめえのことが大事な人間に今まで負ってた傷を肩代わりさせることになるんだよ。期待して人は傷つきそれでもなんとかやってくのが人なんだよ。人間の分際で期待しないなんて天界人ぶってんじゃねえ」
「……」
グレアムは、私を嫌ってのことではなかったらしい。でも、手伝ってくれなかったし、見捨てられた……その気持ちは、今も、残っている。手放すことはできない。
でも。
でも。
「お前は俺に言ったよな。500万人マイナスなんとかするって。じゃあ目の前のあれも何とかできるだろ。っていうか500万人プラスにするより、死ぬほど楽だろ。さっさとなんとかしろ。失敗したなら挽回に努めろ。どうにもならなくても、天界人は、部分加点はする」
ぱちん、と天界の少年が指を弾いた。また転移魔法のような感覚に陥るが、転移はない。変わりに、グレアムとフェリシアの傍にぱっと私が転移したように移動した。
「え……」
二人と目が合う。どうやら先ほどまで察知魔法の阻害や自分を透明化するような魔法の重ね掛けが施されており、それも解いたのだろう。
「エンダー・ソロノットは」
私は言葉に悩みながら呟く。
「グレアム先輩を、グレアム先輩のことを信用してましたよ」
「……」
グレアムはそう聞いて眉間にしわを寄せ、唇を引き結ぶ。
「いい、治癒魔法士だって言ってました。一回も肯定されたことないけど、腕は確かって」
「……っ」
「多分、患者さんを助けていけば、自分は見捨てられたんじゃないかもって、思うかも、貴方はどんな患者さんでも、見捨てたりしないから……」
グレアムはどんな瀕死の患者も、絶対に見捨てない。
私だけだった。背を向けたのは。
治癒魔法士なのにという憤りが、助けてほしかったみたいな恨みを正当化するみたいで、すごく嫌で、グレアムは私を見捨てたと簡単に結論付けた。
助かりたかったなんて思いたくないから。生きていたかったみたいだから。
「酷いことを言って、ごめんなさい。協力してください」
私は謝罪する。そして三人で治療班に戻った。
ー・ー・ー
「えーっと、これから作る魔法は、新しく体の中に入って、毒を抱っこして、そのまま出ていく魔法ってこと?」
フェリシアが院内に置かれる絵本みたいな説明で確認してくる。
魔法には意志がないがフェリシアの説明だとフェリシアの好きそうなトンチキキャラクターモノのぬいぐるみがてくてく歩いて口の中にわらわら入っていて毒を抱っこして体内を駆け回りそうで怖い。
「大枠は」
「計算は」
「80%終わってますけどこの、残り20%詰めるのがどれほど大変か、というところですね」
「あぁ……」
フェリシアが目をギュッと閉じた。魔法の計算というのは、0%から80%まで進めるのが8日かかるとすれば、80%から100%に詰めるまであと2日でいいなんて単純なものではない。
80%から難易度が一気に上がり、1年経っても完成しないなんてことザラだ。
理由は毒であれば、毒を殺すまでが80%、その毒で人間を死なない、後遺症を出さないようにしてようやく100%になる。
今回、騎士が吸引したらしい粉に対し、そのまま直接かけて毒を殺す、無効化するのだけなら簡単し、計算式も50程度で済む。
騎士の体内に入っているがために難易度が激化したのだ。必要な計算式は4900。その式は全て正確でなければいけない。
「字が区別付かないんですよ。ソロノットと。古い資料の計算か新しい資料を元にした計算かさっぱりわかりません!」
グレアムが治療班の詰所で声を荒げた。
「あのさ、ペンの色変えない? えっと、グレアム先輩だと青で、私が赤だから、キラキラペンでちょっとやる⁉」
フェリシアも思うことがあるようで、私にキラキラのラメの入ったペンを勧めてくる。
「でもトンチキペンって、従来のペンより価格高いですよね。勿体ないですよ、普通に計算ですし、何の機能もないやつでいいです」
「トンチキじゃない‼ もう分かんない~‼ キラキラペン勿体ないって思ってくれてるのは分かるけどさ~うぅ~」
「新人は鉛筆にしてください、新人は鉛筆」
「承知しました」
私はグレアムから鉛筆を受け取る。しかしフェリシアが「えー新人は鉛筆って新人いびりみたい‼」と声を荒げた。
「鉛筆に失礼ですよ。新人いびりの象徴扱いなんて。別にペンが上なんてないですからね」
「だって消えちゃうもん。消しゴムでけしけし出来ちゃうから。ペンはほら、清書できるし……あ、これはいっ」
フェリシアはペンケースから太字のペンを取り出した。
「これでくっきり、消えない。大丈夫‼」
フェリシアは私にペンを差し出す。受け取ると少しだけ泣きそうな顔になっていた。
ー・ー・ー
「終わった」
「わたしもこれ……あとどれくらいで終わりそう?」
計算していた私は、グレアムとフェリシアから計算式を受け取る。すると、上司のゼラハイドが入って来た。
「犯人が見つかった。毒の特定が終わった。資料は……うわっ」
私はゼラハイドに奪取の魔法をかけ、資料を奪い取る。以前ゼラハイドは、カウンター魔法を自動発動させていたが今は違うようだ。私は特定された毒と今の式を合わせる。
「終わった、完成しました」
特定された毒とも、この計算式は一致する。助けられる。
ー・ー・ー・ー
私は処置室に向かい、フェリシアと共に騎士の処置に参加した。
私は新人だが、新開発の解毒魔法を使わなければいけないし、何より先日の大規模搬送で騎士に治癒魔法をかけたことがある。すなわち相手の体内データが頭に入っているということで、私が適任だった。
騎士の家族が不安そうな顔をする。私たちに同行していたグレアムが、家族に声をかけた。
「傍にいる意味、ありましたよ。邪魔なんかじゃない」
「え」
騎士の家族は、自分たちがつきそうことについて、「最期まで傍にいたい」といった話をしていたが、傍にいることは何も看取りだけに機能するわけではない。
国に登録してない、学会や未承認の魔法は、治療院では本人の同意なしに使えない。治癒魔法士の資格が剥奪になるし、院長もクビになる。
でも、本人の許可があれば違う。家族の同意が得られれば、未承認の魔法でも使える。
「まず本人が施行中の結界をゼラハイド班長に破っていただきます」
「ああ」
処置にはゼラハイドも参加している。
「フェリシアは結界を破りやすいよう、魔力回路の一時停止……止めてもいいし、軽く能力低下魔法で遮断。結界破った瞬間に私が新開発の解毒魔法をかけつつ、変な毒が飛散するようであれば消滅魔法で全部散らす」
「うん」
流れとしてはゼラハイドが結界を破り、結界を破ったあとの騎士の補助をフェリシアが行い、私は新しい解毒魔法と危険物破壊するということだ。ゼラハイド班長の結界破りは私が担っても良かったが、患者のことを考えると手が空いてるならゼラハイドがしたほうがいい。
そしてグレアムはといえば、毒の飛散防止および治癒魔法士に防護魔法をかける役割だ。こういう時は何が起きるか分からないので、全員のキャパは埋めない。
「解除」
ゼラハイドが騎士に手をかざす。すぐにフェリシアが「一時減退」と魔力回路に魔法をかけた。
私は騎士の身体に手を向ける。
「刻限、標的選定、確定、捕捉──掌握──排除」
毒を見つけて──捕まえた。あとはもう、逃さず消えるまで待つだけだ。従来の持久戦と異なり、患者の身体に悪さしない。毒に苦しむことなく、自然と体外から排出されるのを待つだけ。
それに今はまだ、排出を待つだけの魔法だけどそのうち、毒の破壊も可能になるだろう。全ての人口毒に対し、同じ魔法で対処できる。
そして今は私しか扱えないけど、すぐにみんな扱えるようになる。そうすれば治癒魔法士であれば誰でも、人工毒に対応できる。これから先どんなに誰かが人を殺そうと画策し毒を生み出しても、必ず追いつける──いやー先に立てる。
ー・-・ー・
処置が終わり、私は全ての説明をフェリシアたちに任せて去った。上司のゼラハイドもいるし、話す必要もない。すると処置室に続く廊下で騎士団長と会った。
「解毒完了しました。血縁じゃないので、説明しづらく。後は向こうの家族に聞いてほしいのですが、新しい解毒魔法で何とかしました。この後、戦いの中で死んでも葬式出来ます」
「毒の特定、間に合わなかったか……頼りきりで本当に申し訳ない」
騎士団長は「ふがいない」と眉間にしわを寄せた。どうやら犯人確保がもう少し早ければ開発の役に立てたのに、みたいなことが言いたいようだ。多分。
一応治癒魔法士は様々なパターンを想像する仕事なので、人間の対応もそうやっていく。ただ、患者によって治療方針は変えていくべきなので決めつけすぎないのも仕事だ。
ただ私はグレアムに対してそうじゃなかった。もしかしたらグレアムは、みたいな思考を止めて、見捨てたと断定していた。期待したくなかったから。
「必要でしたよ。新しい治癒魔法を生み出したあとも、毒の特定があれば根拠になる。それに犯人も捕まった……ですよね?」
「ああ」
団長は頷く。
「他に毒を持っていそうですか? あれば、ゼラハイド班長経由でこちらにデータを回してください。解毒魔法の研究が進む」
「ああ、頼む」
「それと、騎士の復帰は早ければ再来週にでも出来そうです」
「え」
騎士団長は驚いた顔をした。解毒が完了したからと言って後遺症がないわけじゃないし、助かればそれだけでいいのだろうが、後遺症はないにこしたことはない。
「この間の搬送の時、俺はいいから団長を、ってずっと言ってました。院内は騒がないようにって指導しておいてください。あと、団長と彼の同時治癒をしていたのですが、片手間って言ってたので。あれ私に対しては別に問題ないですけど、問題視する魔法士はいるので」
お堅い治癒魔法士はそういうのを嫌うので、後々喧嘩になりかねない。それだけ言って去ろうとすると、騎士団長は「ありがとう」と膝をついた。
「それ政治家とかにするものですし、私だけではないので」
「でも、感謝する」
「……同じこと町の人間にされて受け取りますか。飛行獣から助けてくれてありがとうって言われて跪かれたら気まずくないですか」
「そうだな」
騎士団長は苦笑した。
「自分で言うのもなんだが、君は遠慮がないな、肝が据わってる」
「よく言われます」
エンダー・ソロノットの時も似たようなことを言われた。誉め言葉ではない。
「……死んだ人間を蘇生する魔法って、考えたことはあるか?」
ややあって騎士団長が私を見据える。
「心停止とか呼吸停止からの蘇生は、雷撃魔法の応用と風を操る魔法が一般的ですが、正直、それが一番安全で、後々の問題が少ないとは思いますね」
「そうじゃない。死んで……何年も経った、戦争で死んだような人間を取り戻す魔法だ」
私は上手く話を逸らしたつもりだったが、団長は踏み込んできた。
エンダー・ソロノットとして生きていた時、度々聞かれた。死者を生かすことは出来ないかと。特に騎士から聞かれることが多かった。騎士は仲間を失うことが、普通の仕事よりずっと多い。仕事を選んでいるのは自分だが、それでも辛いものは辛いのだろう。
私の答えはいつも同じだ。
「そんな魔法はない。そんな魔法が出来たら、世界は間違いなく狂う。だからあってはならない。生み出してはいけない。禁忌の魔法です。だから法律で、厳しく取り締まられている。でしょう?」
実際、死者を復活させる魔法は、そうした魔法の研究をすることも、完成した魔法を使うこともすべて法律で禁じられている。理由は処刑した犯罪組織のトップが復活して大量殺人なんか起きたら困るからだ。
でも人は──そのままでいいのかと悩む。
死んだ人間を追わなくていいのか。死んだ人間とまた会おうとせずそのままの日常を過ごしていていいのか。自分を責める。
「だから、死なないように戦ってください。命がけで戦う気概は必要かもしれませんが、騎士団に死ぬまで戦えと思ってる民なんかいません。みんな感謝してます。貴方が貴方のまま生きていても、それは努力不足では断じてない。貴方が選んだことも、選ばなかったことも、両方大事にしていいんです」
「……そうか」
騎士団長はさみしそうに笑う。でも、僅かにほっとしていた。
「実は、捕まえようとした不審者は、死者を蘇らせる魔法の研究容疑がかけられていたんだ。実際、それらしいことをしていたみたいだが──考えが変わり、そうした研究をさせろと訴えるような活動をするために──毒を生み出したらしい」
「なるほど」
「俺もこうなるのかなって、ちょっと思ってしまった。この仕事をしていると、どうしても、死んでほしくない人間が死ぬところばかり見る」
「お互い、難儀な仕事ですね」
「だな」
「だから……難儀な仕事を選んだ部下のご指導を、どうぞ」
私は団長を治療室に促す。団長は軽い足取りで処置室へと向かっていった。
ー・ー・ー
人間と話すのは疲れる。私は屋上のベンチでぐったりしていた。フェリシアあたり来るかと一瞬思ったものの、予想に反してやってきたのはグレアムだった。
彼は厳しい面立ちでこちらを見ている。それこそ、エンダー・ソロノットに向けるみたいな目つきだ。新人の私に対しての目つきのほうが200倍優しかったのに。
「団長との話、聞きましたよ」
「はぁ」
バレてるかどうか分からない。確かめる気にもならない。どうせ私のことは記憶から消えるし、バレてややこしくなるならバレないほうがいいし、正直、正解が分からない。
「同じことを、言っていた治癒魔法士がいた」
四つほど並ぶベンチの中、私は右端のベンチに座っていたが、グレアムはわざわざベンチを一個開け、左から二番目のベンチの真ん中に座り話しかけてくる。
「俺は、そいつをすごいなと思ってた。助けたかった。でも、俺は致命的に、助ける力が無かった。そういうことを言うのは、言い訳がましいってプライドが邪魔して、今更なんだって言われるのも嫌で、本人にはなにも言わなかったけど」
「……」
「助けたかった」
グレアムはこちらを見ない。
独り言を喋ってるみたいだった。新人にする話にしては私的すぎる。でも彼はあくまでエンダー・ソロノットを死者として扱っている。名前すら出さずに。それが答えなのだろう。
「……フェリシアの味方ばかりしてたような話聞いてましたけど、フェリシアをいじめるな、なんて責めたりしてましたよね」
「同期だから」
グレアムは言う。
「俺は一歳上の同期、彼女は一歳下、フェリシアの先輩だ。皆、三人一律みたいにしていたが」
彼女、と名前を出さない相手は私のことだ。
グレアムは一歳年上の同期で、フェリシアと同い年であり、フェリシアの一期上は私しか該当しない。そういうややこしい序列があった。私は気にしていなかったけど。
「だから、フェリシアと彼女の意見が対立した時、俺は彼女の同期として、彼女に意を唱えて、釣り合いを取ってるつもりだった。正直、彼女を同期とするのもおこがましいと感じていましたし……」
「なぜ」
「能力に差がある。彼女には才能があります」
グレアムの口ぶりは、まるで自分に才能がないみたいな言い方だった。
「治癒魔法士は才能がないとなれない仕事ですよ。試験に合格している以上、それは満たされているはずです」
「それでもです。彼女と俺には越えられない壁がある。彼女の進む先に、俺は行けない。ずっと追いつけない。いつか置いて行かれる。そう思っていました」
だから──研究にも手を出さなかった。天界の少年の力で聞いた話を私は思い出す。
「フェリシアが彼女にいじめられてるなんて話が出たときだって、彼女がそんなことするはずないと思っていたし。疑ってすらいない」
「でもいじめるなって注意を──」
「いじめに見えるような真似はするなって、誤解されるようなやりとりは、治療班の中でしろって意味だった」
私は、てっきりグレアムが私を疑ってるのだとばかり思っていた。
「言い方が、悪かったとは思います。でも俺のこと信じてほしかったです。そんなこと思う資格なんてないでしょうけど、信じてほしかった。それが、正直なところです。被害者ぶるつもりは毛頭ないですけど」
グレアムは俯き、ベンチをぎゅっと握っていた。
「死んで良かったなんて一度だって思ったことはない。俺がそう思ってるなんて、他の誰かが考えるのは、俺にはどうすることもできないし、実際、そんな風に言われる言い方してたとも、思うけどそれでも、信用はしていてほしかった」
「……ごめん」
「……いつまでいられる」
「分からない」
実際のところ、分からない。世界の滅亡が回避される未来が確定した瞬間、私は消えるらしいし。そうじゃなくてもタイムリミットが過ぎれば消える。
「結婚しないのって、フェリシアみたいに、エンダーが死んだの自分のせいにしてるとかじゃないよね」
私は恐る恐る口にした。沈黙が答えだった。
「なんで」
「……」
「なんで……」
私の問いにグレアムは答えない。好きだとか愛していたとかそういう関係じゃないし、そもそも同期だ。一緒に出掛けたことも無ければ、業務時間外に食事に行くこともない。
「──貴方が貴方のまま生きていても、それは努力不足では断じてない。貴方が選んだことも、選ばなかったことも、両方大事にしていいんです」
グレアムは、私が騎士団長──そして騎士団の人間に伝えていた言葉を繰り返した。
「あの言葉が、ずっと残ってる。それを俺は勝手に聞いて、勝手に、もし誰かと生きていくならこういう人だと思っていた。一人が苦じゃないし、結婚したいとも思わない。夫婦生活なんて他人の話を聞くだけで十分だ。でも、そういう人間となら喧嘩してもやっていけそうな気がした。幸せにできるかどうかはさておき」
グレアムはそれだけ言って、屋上を後にする。私は追いかけなかった。
ー・ー・ー・
「未来の生存予定人口のプラマイはどうなったと思う?」
独り暮らしの部屋に戻ると、天界の少年が嬉々として話しかけてきた。
「解毒魔法の開発で結構増えてない?」
「大正解。30億人増えた。夢が広がるねえ」
天界の少年はげらげら笑っている。悪役じみた笑い方だが生存について笑っているので何とも言えない。
「だが、未来のめちゃくちゃをなんとかしない限り、どんなに増えようが最後は0だ」
少年は部屋に置いてある砂時計を差す。下はもう半分積もっていた。
「グレアムは、影響はない?」
「あいつに関わる予定だった命が無かったことになったな」
「どういうこと」
「誰かさんを忘れるために無理に結婚して、相手に精神的な負担を与えるところだった。子供も生まれる。でもその未来は消えた」
天界の少年は言う。事の深刻さに私は返事が出来なかった。
「忘れるための結婚なんて」
「結構悲惨だぜ。予測しかできなかったが。でも、そんな子供の未来は消えた。喜べ」
「生まれなくなったことを喜べるわけないだろ」
少年を睨みつけると彼は「生まれなくなるなんて一言も言ってねえよバカ」と真っすぐな目で言い返してきた。
「そいつらからは生まれないってだけだ」
「どういうこと」
「子供のいる夫婦が、時間を巻き戻して、やり直しをしたとする。前の未来で生まれた夫婦の子供の命は、次の未来でその夫婦が結婚しなかったとしても、別の夫婦の元に宿る」
「じゃあ消滅するわけじゃ──」
「ない。前の夫婦が虐待するろくでなしの生きる価値もねえカスなら、別の夫婦の元に生まれたほうが、開始位置だけみれば幸せだろうさ」
「そっか……」
少年は、「まぁ恵まれない生まれでも、幸せになれる可能性は0じゃねえが」と付け足す。
「でも、人工毒に対抗できる解毒薬をもってしても、世界の滅亡は回避できてないんですね」
少年は、回避の未来が決定したら私は天界に戻されると言った。
だが、戻る気配はない。普通、魔法の研究というのは別の分野──たとえば今回の解毒魔法の研究が進めば、その分空いた手が他に分配されたり、それらを応用して全く別の分野が発展したりと互いに作用しあい、全体的な治癒魔法の研究が進む。だからこそ、どんな小さな一歩も大切だし、無意味に見える計算式も、途中で駄目だと分かった計算の失敗も、価値がある。
それでもなお、世界の破滅は回避できてない。人工毒の解毒なんて、毒殺等の犯罪抑止にもなるのに。
「……天界的には、私が……大量虐殺みたいなのをしたらアウトなんですよね」
「当然だろ。俺が消滅する」
「どうじに、こいつを殺せば将来人口が減る、みたいな人間を殺そうとするのもアウト?」
少年は騎士を殺すことを止めてこなかった。騎士は大規模搬送の件で生かしておけば将来500万人減る未来に繋がるのに。
「ああ。天界人がお前にあいつ殺せなんて言ってお前が殺しでもしたら俺は消滅だからな」
「でも、貴方は私に言った。大規模搬送あと、騎士を生かしたせいで500万人死ぬって。生かした責任をもって将来の500万人を取るために、私が騎士を殺しに行くかもしれないのに」
「殺さないだろ」
「殺しかねないことは、分かってるんじゃないの? 上で見てたなら」
「……」
少年は返事をしない。感情の読めない目で私を見つめるばかりだ。
「この世界で一番簡単な魔法は、破壊。残す組織も細胞もその後も規模も何も考えず放てる。だから楽。何も考えずに済む。治癒魔法が何故高度とされているかと言えば、人体の中の人の死に関わる細胞のみ破壊し、周囲の細胞からそれらを再構築しなければいけない。細胞だけ殺すのは簡単なんです。それだけ殺しながら生かすのが、難しい」
そして私は、破壊に関する魔法の適性が高い。だから、フェリシアの付きまといの事件の時に反射的に使ったのは結界じゃなく切断だった。自分に毒を留め結界をはった騎士とは違う。無意識で魔法を繰り出すとしたら、傷つけるほうが出る。
「でも殺さなかった。万が一が怖かったが、その前に止められるからな」
「それは破滅回避に関係ないから?」
少年がまた黙る。
私一人が死んで、何で世界が滅亡するんだろうと思っていた。だって私にはそんな力がないし、物語の悪役が大事な人を失い闇堕ちすることなんて何百とあるけど、私のことをそんな風に大切に思ってくれる人間は、この世界にいない。
それに、仮にいたとしてもその人は私より先に死んだし、何より世界を滅ぼすことより新しい世界を創ろうとする。そういうタイプの、変わり者の天才だった。「恵まれねえ育ちも悪い孤児のガキが天才治癒魔法士なんて面白いだろ」なんて、不謹慎極まりないことを言ってげらげら笑うあの好事家は、ある意味人の心が無いし、世界を滅ぼす可能性も持ってそうだけど、逆を言えば世界滅亡なんて枠に納まらない。
でも、もしもっと身近で、悪役にも天才にも変わり者にもなりきれない、そういう人間が、私の死を変えようとしていたら。
私の死を変えようとした結果、死人を生き返らせる魔法を、生み出そうとしていたら。
三年。
普通にただ、私が死んで原因を突き止めるにかかっただけの三年だと思ったけど、新しい魔法の承認の単位でもある。
研究して、計算して、死者を生者に変える魔法の承認を──例えば中途半端でも国に公開させ膨大な実験データを得る。そうすれば研究は進む。
禁忌の魔法だから国から許可が下りるはずないし、見つかったらすぐに処分される。でも禁忌の魔法ではない別の症例の治癒魔法だと誤解させれば、国を騙し、国すらも協力者に巻き込める。
新人がすれば、さすがに怪しまれるだろうけど、学会で顔が利き、それなりの実績がある人間なら実行可能だ。
そして死者を復活させる魔法が存在すれば国同士は、争うだろう。魔法の入手もそうだし、死者が一斉に戻り──過去、戦争を肯定していたような人間が復活したりするのもそうだし、新たな争いが生まれ──いがみ合うようになるのは想像に容易い。
「私の傍にいてさ、私が何とかしなきゃいけない相手が破滅回避に関わってたとしてさ、そいつ殺さないと止められない場合って、天界人的にはそいつ殺せって言えないよね」
「言えないな」
「そして天界人は嘘がつけない。私がこいつ殺したらどうする? みたいな話をしたら、制約的にまずいことになるよね。嘘がつけないから殺したら破滅回避になるって言うしかないし。そうすれば天界的には、人殺しを推奨することになる」
少年は言っていた。
天界人は嘘をつけば消滅。
私が大量虐殺すれば消滅。大量というのは、多分誇張表現に過ぎず誰か殺した時点で消滅だろう。
そして一度死んだはずの私を蘇らせる特例の感じを見ると、天界的には誰かを殺すのが破滅回避の最適解だが、それが天界の制約上できないので、やむを得ず私を復活させた。
「ああ」
「そういう時、どういう言い方をするの」
少年は黙る。言うか言わないか、彼は黙ることが出来る。
「お前に至急治癒してもらいたいものがある──お前の国の未来──いや、世界の死だ──こういう言い方に、せざるを得ない」
私は少年から最初に言われた言葉を繰り返した。
少年は私に世界の滅亡の回避を頼んだが、その後具体的なことは何一つ言わなかった。治療しまくれとか、研究を進めろとか。私が自分が選ばれた理由や最高効率を考え自分の研究を進めたけど、所詮それは私の勝手な意味づけ。
私の関わった人間に、それこそ、天界の計算上改心しない、殺さないといけないような人間がいて、そいつのせいで──世界が滅ぶ。
「ゼラハイドを殺せば、世界は救われる?」
私は訊ねる。少年は私を見返し、笑みを浮かべた。
「その質問に答えたら、俺はこれから先、お前に何の助言も出来なくなるぞ」
それは天界の使者からの最大級の助言であり、答え合わせだった。
ー・ー・ー
元々集中治療班はゼラハイドが創設した場所だった。従来、治癒魔法院は身体のパーツごと、切り傷は皮膚に関する部門、骨折は骨に関する部門などなど、患者が振り分けられていた。
一応自己判断に不安があり治癒魔法士に診てもらいたい人間は総合部門に向かうが、それは自分の足で治癒魔法院に向かえる患者だけの話。
大抵死にかけの患者は転移魔法で運び込まれてくる。
そうなると手の空いてる部門の人間が診ることになるが、普段骨に関する魔法を専門としている人間が緊急性の高い皮膚に関する治癒魔法を使うことになり、現場に限界が出てきた。
そこで、治癒魔法院で最も能力が高いゼラハイドが院長を脅しつけて新たに作ったのが、集中治療班である。転移魔法で飛んでくるような緊急性の高い患者──最悪な言い方をすれば死に近い患者だけを見る。私とグレアムが入るまで、集中治療班はゼラハイド班長の孤島の城だった。一応院長が私とグレアムが入るまで何人かいたらしいが、入れ替わり立ち代わりで辞めたらしい。
そもそも死に近い患者を見るということは、それだけ高度な治癒魔法の技術が必要になるし、患者の家族に説明をしなければいけないし、精神的にも負担が多い。それに上がゼラハイド班長だ。
院長は集中治療班に人間が集まらなかった理由を、労務環境3割、ゼラハイド班長に耐えかねての3割、ゼラハイド班長が辞めさせた4割と分析していた。
グレアムは、希望が無かったので集中治療班に振り分けられたと過去に言っていたが、エンダー・ソロノットであった頃の私は、ゼラハイドの希望で集中治療班に入った。
私の元々の希望は、脳に関する部門だった。
理由は一番治癒魔法の難易度が高く、国家試験で満点をとった以上は、そこに行ったほうがいいのかな、という理由だ。でも院長から連絡が来てゼラハイドが希望したから集中治療班に行ってほしいと言われ、私は行った。
ゼラハイドは有名だった。私が記録を塗り替えるまでは初受験で魔法治癒士の国家試験を合格した存在だったから。
ようするにゼラハイドは試験で1問、点を落とし、私は満点で受かった。
満点合格した時、国の要人と少し話をしたけど、ゼラハイドの落としたその問題は同時に複数の患者を治療しなければならない時、どちらを優先するかという問題で、ほぼひっかけに近いものだったらしい。
ゼラハイドは答えることなく空白としており、採点者は確かに回答ナシも一つの答え方だが、タイムオーバーで答えられなかったのか意図的か区別できず失点としたため、実質満点という認識だったと言っていた。
だから、私に対して、晴れて満点が現れ嬉しかったみたいな話をしていたが、私としてはゼラハイドという人物に興味を持つきっかけになった。
優秀な人間は沢山いるがゼラハイドは命の優先順位をつけなかった。
今考えると治癒魔法士ならば責任を持って非常な判断をすべきだと思うが、人間らしさを感じたのだ。それは甘さとも言えるし、心を押し殺して判断する人間を優しくないということにも繋がりそうだけど、それでも選べなかったゼラハイドに、関心を抱いた。
とはいえ、結果的に私は満点合格したなら満点合格した人間なりに、難しい道に行ったほうがいいかと、脳に関する部門を志望して、ゼラハイドの希望で集中治療班に向かった。
ただ──呼んでおいて、というのはあれだが、ゼラハイドと私は相性が悪かった。
魔法に関する価値観もそうだし、ゼラハイドはおそらく多くの新人を相手にしてきて、なおかつ辞めさせていた。新人を指導して痛い目にあったり、思うこともあったのだろう。
私に対してやめるような新人の気質の前提でモノを話すクセがあった。グレアムに対してもそうで、グレアムは受け流していたが私はいちいち訂正していたため、争うことは多かった。
結局お互いの患者の治療の仕方が違うとか、考え方や経路が違っていて、でも辿り着く場所も目指している場所も同じ、致命的に噛み合わなくて、それでも亀裂の決定打にはならない。そういう微妙な関係だったし、そこまでなら多分、反発し合うライバルとか世代の差とか、喧嘩するほど仲がいいみたいな範疇に納まっていたと思う。正直私は、考え方が違うだけだと思っていた。仕事の仕方が違う。だから嫌われてはいない。
でも、フェリシアが現れて差を自覚した。
フェリシアだけ褒めたり、グレアムやフェリシアだけ祝ったり。普通にグレアムとゼラハイドが争うこともあるけど、グレアムのことは褒める。私だけ同じ結果を出しても、二人よりいい結果を出しても、無視だった。
最初、揉めてたのはゼラハイドが私を既存の、それも問題のある新人に当てはめた物言いが発端だった。私は現状をきちんと報告していて、他の部門のミスで支障が出たとき、私は他の部門のせいにしていると勝手に勘違いして責めてきた。
それまで、私は集中治療班に選ばれた──期待して貰えた、必要としてくれたと思っていて、仲良くなれたらと考えていた。反論したのは、これから長く働くからこそ、すぐに誤解を解いたほうがいいと思ったからだ。
でも向こうからしたら、私は新人の癖に食って掛かる問題児でしかなく、そのあと、ちょっと関わるのをやめようとしていたらグレアムが「ゼラハイド班長は話をすれば分かってくれる相手」と説得してきて、別件で相談したけど、駄目だった。
私に非がない状態で、新人はそういうものだからという理由で。全部、一方的に話が進む。
否定しても意味がなかった。
その後、こちらの話を聞くような雰囲気に変わっていたけど、正直よく分からなかった。
新人に辞められたら困ると思って態度が軟化したのか、普通に、前提が変わったのか。
その後、仕事は普通に進んでいたけど、その後、フェリシアが来て、とりあえず私だけ阻害されているような状態で。
それで私に禁忌の魔法を使おうとするなんて。
ありえないと否定したいけど、泣いたフェリシアの姿が、グレアムの訴えが、私の否定を覆す。
最初私はみんなに嫌われてると思っていた。もしフェリシアだけが私の想像通り私を嫌っていたら、二人はフェリシアを責めることはしないし、そもそもフェリシアはそっけないだけ。
でも──フェリシアは私を嫌いじゃなかった。大切に想ってくれていた。
グレアムがもし私を心の底から毛嫌いしてあの態度だったら、フェリシアはグレアムに対して微妙な態度を取っていたはずだ。嫌いな態度をそのまま仕事に反映させるなんてと。
ゼラハイドも、そうだ。
ゼラハイドが私を心の底から嫌っていたら、フェリシアは──ゼラハイドと距離を取るだろう。そういう人をフェリシアは好きにならない。
グレアムもだ。
私のことが嫌いだから、フェリシアは私を怖がっているから、グレアムは私を見捨てたから──そうやって決めつけてきたことは、全部、根拠がないものだった。
もし全員が、少なからず私を、悪くは思っていなくて。
全員が互いの気持ちを知っているから、ある程度思う所があっても何も言わなくて。
それでいて、不可侵、不干渉でいることを選んでいたならば。
ゼラハイドが私を嫌っているという前提も、覆る。
ー・ー・ー
翌日、私は砂時計を片手にゼラハイドの元へ向かった。
就業前だがゼラハイドは倉庫にいた。なんとなくの予想でしかなかったが、エンダー・ソロノットを大切に思っていて、なおかつエンダー・ソロノットの研究資料を今まで開封することが出来ないでいて、最近それが解禁されたとなれば、彼は空いた時間に目を通そうとする。私は書いた本人だし、脳内の答え合わせに近いが彼は初見の情報もあるからだ。
規則に縛られているといっていい気質だから、院内の資料を持ち逃げはしない。結果的に、空いた時間に細々資料を見ていくというバカ真面目な行動に至る。
とはいえ相手は禁忌の魔法に手を出している。私の正体を知らない中でそれを追及したら、何をされるか分からない。相手は私が消える条件を知らないが、死なない程度に苦しめられて意識不明、タイムリミットというのは困る。
だから私は──開口一番、死者の名を名乗った。
「エンダー・ソロノットです。貴方には、違うように見えてるでしょうけど……ゼラハイド班長」
ずっと割愛していた自己紹介に対し、ゼラハイドは「おかえり」と、今まで一度も聞いたことのない言葉で対抗してきた。
ー・ー・ー
私とゼラハイドは屋上に向かった。倉庫で乱戦する気はない。周りに資料はあるし。でも屋上は別だ。少なくとも天井を壊す心配はない。
「いつから分かりました? さっき名乗って分かった感じですか?」
私の問いかけに、ゼラハイドは首を横に振った。
「最初、大規模搬送の時だ。全員の目に魔法をかけただろう。」
「はい」
「君の視界に似てた」
ゼラハイドは言うが、理解できなかった。私の視界に似てる。魔法には相手を支配し相手の視界を盗み見るものがあるが、ゼラハイドにそれをされたことはない。治癒以外で魔法を誰かにかけることはおろか、自分の領域を侵害されることも相手の領域に侵害することも等しく嫌う人間だった。
「それは、いつの。私が、血噴いたときですか」
「死んだ君の遺体を調べたのは私だ」
「……検死ですか」
治癒魔法士は死亡診断を行う。そしてゼラハイドは優秀な治癒魔法士であるが、純粋にただ魔法を扱う魔法士としても優秀だ。本来は遺体を調べる専門の人間もいるが、ゼラハイドが自分からすると言えば、いや自分がすると名乗る人間はいない。
「君に、ずっと聞きたいことがあった」
「なんです」
「君は刺された時、なんで、諦めた」
今までしどろもどろにでもなればすぐ激を飛ばしていたようなゼラハイドが、たどたどしく訊ねてくる。
「魔力が、枯渇していたわけじゃなかった。近くを巡回中だった騎士が君を見つけた段階で、息は無かったというが……検死で当時の君の視界を再現して視たとき、君は、助けを求めることなく、誰の名も呼ばず、しばらく上を見てた」
その通りだった。私は刺された後、そのままでいた。
助からないし、下手に叫んで子供とかが通りがかったら可哀そうだったから。通り魔に対して攻撃魔法を繰り出そうか悩んだけど、刺されていたので変にコントロールが乱れて周りの建物を切り刻み、周囲に迷惑をかけたらとやめた。
邪魔になりたくなかった。
迷惑になりたくなかった。
倒れてる人間が、囮の幻覚だと分からなかった自分の、自己責任。
自分が悪い。
だから、もういいやと思った。それが正しいと思った。
「助けを、助けを、求められなかったんだよな……? 声を上げたら刺されると思ったんだよな。そういうことはよくある。助けを求めたり反抗したら、刺される。もっと酷いことをされる。そういうことがよくある。だから、裁判になったりして、抵抗してないと責められたりして、でも、抵抗して悪化する場合もあるから、怖くて、怖かったんだろう? だから、何も言えなかった」
「ゼラハイド班長」
「そうだろう、エンダー・ソロノット」
私は、助けてと言わなかった。
誰も助けてくれないと心の底から思ったから。
助けを求めても拒絶されるだけ。
惨めな気持ちになる。
仕方ない。
それだけだった。死ぬ瞬間まで生きていたいなんて思わなかった。苦しくなく死にたかった。それだけ。幸せになりたいなんて一切思わないのでどうか、楽に死なせてくれても良かったじゃん。それだけだ。
もう誰かと繋がりたい、誰かに邪魔じゃない扱いをされたい。必要とされたい、褒められたいなんて絶対に絶対に思わないから、もうちょっと痛くなく死にたかった。それだけだった。
でもすぐに、これでいい、もういいと思った。
これで苦しいの終わる。誰かに期待したり傷つかずに済む。辛くなくなれる。今が痛いだけ。
必要とされない人生は終わり。必要とされることは最後まで無かったけど、もうそれは自己責任。
そう思って目を閉じた。誰にも見つからないままこのままだと思っていた。
「何で助けてって言わないんだ……‼ そんな、死ぬこと、あんな……なんで……なんで……‼ 簡単に、受け入れるみたいに」
そしてその光景を、在り方を視ていた人間がいた。そしてその人間は──今、涙を流しながら私に訴える。
「知らなかったから……」
「え……」
「そんな風に思ってるなんて知らなかったから……‼」
私は首を横に振った。
「だって褒めてくれなかったし、他人のこと褒めないタイプかと思ったらフェリシアは褒めるし、そもそも、散々新人はこうだって、勝手に決めつけて、一回だって味方になってくれたことなかった‼」
なのに、今更。でもゼラハイドの気持ちも分かる。私も孤児院に入るまで同じだった。人間の良くないところばかり見て、好事家の天才に会うまで、大人は汚いものだと思っていた。だから会う大人会う大人、今まで出会った最低の大人にあてはめて見ていた。
ゼラハイドも多分そうだった。私に対して最低の新人の想像をして、その想像で接してた。
「分かんないんですよ、言ってくれなきゃ、普通に前提が変わったのか、ただ気分で、私に新人のあれこれを当てはめなくなったのか、言ってくれなきゃ、居ることが許されてるか許されてないのか分からない」
「居ていいかなんて人が決めるものじゃないだろう」
「そんな場所にいられたことがない」
孤児院は、許可をされた。いていいと。能力があったから。
ほかの人間はどんな場所も好きに居場所を自由に決められる。ちゃんと育ってるから。私は違った。居ていいことを許されるには能力が必要だった。才能が必要だった。
そして才能があっても駄目だと示されたのが、治癒魔法院だった。
頑張っても頑張っても意味がない。患者に認められる。患者が一命を取りとめる。それを幸せにしようにも、周囲との距離が、どうしてもつらかった。
その時点で治癒魔法士として失格だ。
この先がんばっても意味なんて無いんじゃないか。確かに患者の命を助けられるけど、それは私じゃなくてもいい。
私じゃなきゃいけないことは結局なくて、むしろ私がいないほうがいいんじゃないかとずっと思っていた。それでも、やっぱりめげずにやっていこうと研究をして、考えても意味ないって奮い立たせて、人に期待するのはやめよう、やるべきことだけ粛々と進めていこうとして──自分の誕生日に、刺された。
「っていうか、普通に……私の死に目を調べるくらいなら、生きてるときにもう少し何か言えなかったんですか」
「何かって」
「褒めるとか、私にだけずっと何もなかったし」
「何が」
ゼラハイドの質問にこうした答え方をしていたら、確実に1時間は文句言われてる。なのにゼラハイドは分かっていないようだった。
「あったじゃないですか、フェリシアだけ祝ったりグレアムにだけとか」
「君はそういうのに興味ないと思ってた。それに、変なものを渡しても、嫌がる……何かの火種になると思って」
「そう見えるんですね。私は悪意あってお前なんかいらないんだよって示したいのか存在を無視してるのだとばかり」
「なら、生き返ったら沢山お祝いしよう。祝えなかった誕生日のぶんも祝おう」
ゼラハイドは当然のようにありえない未来を告げる。
「死んだから無理です」
「魔法は完成する」
「禁忌ですよ。申請上、別の魔法で登録申請してるんでしょうけど」
ゼラハイドは私の言葉に返事をしなかった。私はそのまま続ける。
「申請、取り消してくださいよ。私は物語の英雄じゃない。国の登録を抹消するなんて大がかりなことを、したくない。本人が申請取り消せば終わる」
「3年がかりの魔法だぞ」
「貴方は正しさを追及する人間だと思ってました」
「正しい人間は、禁忌の魔法に手なんか出さない」
ゼラハイドは自嘲気味に笑う。
「禁忌だとばらします」
「勝手だが君がそれをした瞬間、私は姿をくらます。私を拘束しようとした人間は殺す。どうせ、生き返らせることが出来るから。君を生き返らせる魔法の試し撃ちも出来るし、それに──大切な者を失った要人たちの協力も得られるだろう。国問わず」
死者を蘇らせる魔法の危険性を、ここまで証明して見せるとは。
「行かせはしない」
私が魔法を放とうとすると、ゼラハイドは詠唱し、自身の周囲に魔法で氷を形成し始めた。氷からは剣が生み出され、それらは風を切るようにこちらへ向かってくる。
「粉砕」
私はゼラハイドの魔法に手をかざす。氷の剣は一瞬にして砕け散った。
「私を生き返らせるための禁忌の魔法なのに、私に攻撃するんですか」
「生き返らせる魔法を完成させたからこそだ。また会える」
指揮者のようにゼラハイドは手首をひねらせ、私に魔法を繰り出す。水の龍、雷撃で象られた獅子に、火の鳥が私を絶え間なく襲う。
全部──生み出す魔法だ。私とは違う。
「支配」
そして私は破壊の魔法を選ぶ。ゼラハイドの創り上げた魔法生物を同士討ちさせ、無力化した。
「向いてないですよ。貴方は人を生かす人だ」
「禁忌の魔法は人を生かす」
「生かしはしない。死人を増やすだけです。人は死があるからこそ人であれる。傷つくことや失うことを知らなければ悪い方向に向かう。今まさにその証明になってる……死人は生き返らせちゃいけない」
「なら怒りに来てくれたって良かったじゃないか‼」
ゼラハイドは叫んだ。子供の癇癪みたいな叫び方だった。仕事で怒鳴ることには慣れていただろうに、ただ何の根拠も無しに感情を露にすることは慣れてない。
「死んだ人間は怒りにいけない。多分他もそう」
「なんで……じゃあなんで死んだ……」
ゼラハイドは私が何で死んだかなんて、もうずっと前から分かってるだろう。検死までしたのだから。
「なんでお前なんだ。お前じゃなくても、他の奴で」
「そんなことない」
私はすぐに否定した。他の奴で良かったなんてことは絶対にない。
「私だけ特別なんてあっちゃいけない」
私は繰り返す。
「私は特別じゃない」
誰かの、特別な存在になってみたかったと思っていた。自分は誰かの特別になりたいというのが、自分の願いだと。
でも違う。私は、存在を許されたかった。邪魔ではないと誰かに言われたかったし、みんながみんな邪魔じゃないというのがこの世界の当たり前だとしても、私は誰か一人でいいからそれを言われたかった。
死んでなかったら言われていたのだろうか。必要だと。
でも、二十年生きていて、無かったのだから、もう無いように思っていた。でも三十歳でも四十歳でも、五十歳でも六十歳でも、それ以上生きていても、もう言われないと決めるのは早すぎたのかもしれない。
「生きててほしかった」
ゼラハイドの顔を見て思う。
「俺は止めるべきだった……だから、俺は……」
ゼラハイドはさらに魔法を繰り出そうとするが、喉を押さえた。そのまま血を噴き出して倒れる。ここまでの攻撃はしていない。
すぐにゼラハイドに対して透視と鑑定を行うが偽装魔法で隠される。
「ゼラハイド‼」
私はゼラハイドに駆け寄り、やむなく不正魔法をかけた。魔法の小競り合いになるも、ゼラハイドは何処までも「生み」の人間であり私は「壊す」側だ。無理やり突破して再度透視と鑑定を行ったゼラハイドの状態はひどいものだった。
身体の臓器がほとんど壊れている。
「なんでこんな」
「勝手に……誰かの死体を、いじるわけにはいかない」
ゼラハイドは息も絶え絶えだった。死者を蘇生させる魔法の研究の代償だ。毒により倒れた騎士を解毒する時は、ある意味被験者が現れ研究が始まった。しかし研究を始める時、普通は効果を確かめる存在が必要で──ゼラハイドは自分を使っていたということだ。
臓器を殺し、治癒して、臓器を殺し、治癒をして。それを……繰り返した。しかしそんなことをしていて普通でいられるはずがない。ダメージの蓄積により、彼の身体は取り返しのつかないところまで来ていた。
ゼラハイドはここで死ぬ……?
なぜだ。天界の少年の考えた未来ではゼラハイドのせいで世界が破滅するのは確かなはずだ。ゼラハイドの研究で、禁忌の魔法が普通の魔法扱いで承認され、国に公開され世界は混乱する。そのあと──ゼラハイドが死んでも、世界は混乱する。
だからこそ……か?
ゼラハイドが死んでも生きてても、ゼラハイドの魔法研究により世界は破滅する。ゼラハイドが生きていたら彼が禁忌魔法を利用して、国をかき乱す。
ゼラハイドが死んでても、第三者がその魔法を勝手に利用する。そして世界は狂う。
「禁忌の魔法が公開されれば、君を生かそうとする人間が現れるはずだ。ほら、丁度、来た……」
ゼラハイドはうつろな目で指を差す。そこにはこちらに駆け寄るフェリシアとグレアムの姿があった。
「どこかの国の政治家や活動家に、目をつけられ、私も復活するだろう。そういう流れになる」
ゼラハイドの本当の狙いは禁忌の魔法を公開して被験者を増やしデータを増やすだけでなく、研究を広めることで細菌を感染させるように禁忌魔法を広め、自分が死んでも私が生き返るように仕向けることだったらしい。
「禁忌の魔法があって復活できても、死にたくない、痛い思いをしたくない人間は、いる。そんな時、天才治癒魔法士エンダー・ソロノットの手を借りたいと願うだろう。君は生き返る。君が、こんな魔法はいけないと死んでも、君に生きてほしいと願う人間はいる……だから、また会える」
ゼラハイドはうっすら笑い目を閉じ、意識を手放した。
同時にフェリシアとグレアムが私の隣に立った。
「禁忌魔法の研究の代償で、臓器の状態が酷い」
私は要約した。することは一つだ。
「治す。だから、力を貸して欲しい」
ー・ー・ー
ゼラハイドを処置室に運んだ。
目を閉じ、血の気の引いた顔色のゼラハイドを囲み、フェリシア、グレアム、そして私は治癒魔法を発動させる。
「悪いけど、すごく疲れると思う──透過」
私は大規模搬送と同じ、鑑定魔法と状態異常把握、魔力の一定回復をフェリシアとグレアムに使う。ただ今回は症状の深刻さの指針ではなくゼラハイドの体内の血管、細胞状況の全てを視えるようにしているので、解像度が異なる。子供用の地図を見ているのと測量用の高低差も記された地図を見るくらい違うので、相当、負担になる。
「この臓器……全部移植にするにせよ、身体が弱りすぎて……耐えられないんじゃ……」
フェリシアが苦い顔をした。グレアムも「意識が戻っても、神経に深刻な問題が生じるかもしれない」と指摘する。最もだった。ゼラハイドの内臓のダメージは深刻で移植に耐えらる状況ではない。これで意識が戻ったとしても、元の生活に戻れるかは絶望的だった。
でも、元の生活に戻れないなら生かさなくていいなんて誰かが決めることじゃない。
「再生させる。禁忌の魔法を、応用して」
死者を蘇らせる魔法について、考えたことがあった。
理由は、私を拾い、孤児院に導いてくれた好事家の死じゃない。元々私は破壊魔法の適性のほうがあった。それを好事家が面白がったのだ。破壊魔法ばかりで傷つけるしか能がない。生きていていい訳が無いので何度も死ぬことを繰り返していた私に、好事家は言ったのだ。
それを応用して人を救えばいいと。
『恵まれねえ育ちも悪い孤児のガキが天才治癒魔法士なんて面白いだろ』
そう、好事家は続けたのだ。
その後好事家と、色んな魔法の話をした。禁忌の魔法についてもだ。治癒魔法士は生き死にに近い仕事だ。禁忌の魔法について触れることもあるだろうと彼は語った。
『めちゃめちゃ求められるんだよな。俺が才能あるから死んだ人間生き返らせることも出来るだろって。自分でやれっつうの』
基本、文句だ。彼は指図されることを嫌う。その割に指図する。それを指摘すると『で?』と返す。自分の嫌なことを人にしていいのかと聞けば、『お前と俺は違うだろ』で終わる。
『出来るんですか』
『出来るよ。俺に不可能はないからな』
そう好事家は笑った。好事家はややこしい性格をしており、たとえば依頼して『意味わかんねえ』と返しても、可能か不可能か再度聞くと『出来るよー』と平気で答えるし『出来るかやるかは別』と持論を展開する。
『なんでしないんですか』
『同意がねえからな』
『同意?』
『蘇るかどうか選ぶ自由がある。人間は選んで生きていくんだ。選べない蘇りに価値はない。モノみたいに扱ってることに、変わりない』
『意識がなくなっても治療するじゃないですか』
『心臓も脳もただ止まってるだけなら死んでるなんて断定できないからな。お前だって立ち止まったりするだろ、少し休んだりするだろ、それを死んだとは言わない』
『まあ』
『お前がぼーっと突っ立ってるのを、はす向かいの火葬屋のジジイが大変エンダーちゃん死んでるねぇ焼いちゃおうって焼いたら捕まるぞジジイ。小さいガキ焼き殺したなんて知られたら監獄でバラバラだからな、骨なんか適当に谷折りにされてめちゃくちゃになんだからな』
そんな話をした。不謹慎だし粗暴だし、倫理にも配慮にも欠けた人だったけど、同意とかそういうのは人一倍考えてる人だった。
『なら死んだら、蘇生しますか』
『やめろ。俺は死に方にもこだわりたい。人間は死ぬから綺麗なんだ。死ぬまで諦めない。命を賭ける美しさがある。限られてるからこそ、前を向ける。結局進んでいくしかないんだから。ただ──俺の死を無駄にするなよ』
──未来に届くように使え。その死にすら価値があったと証明しろ。闘病なんて言うが死んだ人間が病気に負けたなんて思われたかねえ。俺を殺したのはあくまで死だ。お前が。
そう言って彼は病に伏して死んだ。
「制限」
私はゼラハイドに魔法をかけた。臓器が壊れていくのを止める。一瞬生体機能も止めることになるので、体内活動を一時的にこちらで動かさなくてはいけない。
「占拠」
「このまま治癒魔法で、臓器分担して再生させる。死ぬほど時間がかかるけど、地道に治すしかない。持久戦で」
「うん」
「分かった」
フェリシアとグレアムは頷く。
かつて好事家が、死ぬ間際に自分にかけろと言ったのがこの魔法だ。病が進行していくのを身体活動ごと止めて、こちらで代替で動かしながら治癒を行う。
私はあの人に生きていてほしかった。でも死人は蘇らない。割り切っていたつもりだった。でも、自分と誰かは違う。私は割り切れていても、ゼラハイドは違った。そしてそれはフェリシアとグレアムも。
「回復」
私は治癒魔法を続ける。
ゼラハイドに生きてほしいと祈りながら。
ー・ー・ー・
治療が済み、ゼラハイドが目を覚ますまで二週間かかった。
「死んで全てリセットしない限り、治らないと思ったんだが」
ゼラハイドは開口一番そう言った。
「フェリシアとグレアムは貴方の治療が終わった後、過労と魔力切れで倒れましたよ」
「お前、三人分世話したのか」
「治療班全員の姿が見えないと、院長が助けてくれました。あの人の院内散歩意味あったんですね」
二人が倒れ、すぐに二人の処置に入ったところ、騒ぎを聞きつけた院長が二人に魔力を注いだ。結果、二人はいつも通り今日も勤務に励んでいる。
「院長回診だろ」
「急患来ても他の医者呼ぶじゃないですかあの人」
「もしもの時に備えてるんだよ」
「まぁ、今回は助かりましたけど……」
私はテーブルに置いた砂時計に視線を向ける。もう下の部分はこれ以上ないくらい砂が詰まっていた。上は、もう微かなものだ。今日で最後だろう。
「禁忌の魔法の申請を取り消してください……私は、生き返りたくない」
「……辛い目に合わせたからか……」
ゼラハイドが寝台に身を預けながら訊ねる。
「生きて、やり直して、充実した日々を送る。それはとても幸せかもしれないけど、でも、本当は生きてやり直さなきゃいけない。失敗は何回でも取り戻せるけど、それは生きてたらの話。後悔があっても、どんなに辛くても、理不尽でも、生きてるうちならやり直せる。死んだら、終わり。生きてる人間が、死者の都合に巻き込まれることはあってはならない。その時点で、世界は別」
「こんなことになるなら、もっと、君に優しくしておけばよかった。褒めてくれなかったと言ってたが……褒めていたらと思う」
「褒められるところありました?」
「ある。でも君のいいところを決めつけたくなかった」
「あなたの思ういいところを知りたかった。別に、私の評価じゃなくて。あなたが私をどう思ってるかを、私は知りたかったんです」
「……それは、いっぱいある、いっぱい……ちゃんと、あるんだ……」
「てっきり、いなくなってほしいんだと思ってました。私なんかいらないって」
「君が必要だ。当たり前だから言わなかった。君の進む道を邪魔したくないし」
ゼラハイドは涙を流す。私もいつの間にか泣いていた。
「遅いよ、もう遅い」
生きてるときに言ってくれたらなと思う。でももう間に合わない。
「申請取り消して。本当に。私がここに来た理由になってる」
「じゃあ取り消さなければ君はいてくれるのか」
「担当者、存在抹消らしいので私も存在抹消でしょうね」
「生まれ変わることすら、出来なくなるということか」
「多分。蘇生魔法でも無理でしょうね」
そう言うと「分かった」とゼラハイドはすんなり承諾した。パキン、と砂時計が砕けて発光し始める。タイムリミットが切れたのかと思ったが、まだ砂は残ってる。
未来が、変わった……?
ゼラハイドが申請を取り消す。それは、こんな簡単なことだったのか。ゼラハイドに天界の事情を話すだけで良かった。
ああ、と思う。こんなことで良かったのか。魔法の開発が無駄とまでは言わないけど、世界の破滅回避が、こんな対話ひとつで、言葉一つで変わる。
「多分、これでお別れです」
「いやだ。なら、また魔法を」
「分かってるでしょ。そんなことすれば抹消って」
ゼラハイドは多分もう禁忌の魔法に手を出すことはないのだろう。私の消滅が始まっている。足が透けてきた。感覚がない。
「ちゃんと、禁忌の魔法、封じてくださいよ。今度未来を変えるためにやってくるのは私じゃないかもしれないし、ゼラハイド班長のこと普通に殺しに来るような人かもしれないし」
私は破滅回避に必要そうな要約だけ行う。ゼラハイドは「待ってくれ」と繰り返すが、待てないし待たない。
「よろしくお願いします」
最後の言葉は仕事の引き継ぎみたいな言葉だった。
ー・ー・ー・ー
次に視界に映ったのは、死んだ後、天界の少年が現れた時と同じ景色だった。目の前には少年が立っている。
「終わりました?」
「終わりましたじゃねえよ情緒もへったくれもねえな」
少年は自分の頬をかく。
「でも砂時計の時間の残りはあったのにこうして消えたというか転移が始まったってことは、破滅は回避できたのかなと思って」
「まぁな。禁忌の魔法は消去され、それが生み出されたことで起きることも起きず、人は死を克服なんかせず、寿命や病気に怯えながらくよくよ悩み、不安を抱え死にたいなぁと想いながらも生きる世の中に逆戻りだ」
「それを希望してたんですよね?」
「ああ。それが人間だからな」
少年は笑う。
「なら、終わりですね」
「いや?」
「まだ何か?」
「……お前があっちの世界にいられるのは砂時計のタイムリミットが過ぎたら、もしくは破滅回避を完了させたらだというのが決まりだった。だから今、強制的にこっちに戻した」
「ですね」
「なのにバカみてえに怒られたんだよ。何でだと思う」
何でと言われても理由が分からない。
「天界の重役連中がな、砂時計まだ残ってたのに可哀そうってとんでもねえ手のひら返してんだよ。あいつらが、俺がお前をいったん戻して破滅回避することに大反対してきて、色々条件を決めたくせに。お前が成功して結果出して、戻ってきた瞬間、俺は罵詈雑言の嵐だ。だから結果主義はろくでもねえ。バカゴミクズの二転三転用言い訳でしかねえんだよ」
「はぁ、天界も大変なんですね」
「ああ。まぁ、俺も俺で中々のことしたからな……で、だ。残りの砂時計の時間、本当に少ししかないが、会わせてやる。ひとりひとりにな」
「え」
パチン、と少年は指を鳴らす。空間がぱっと切り替わった。目の前にいたのはフェリシアだった。辺りは一面の花畑だ。彼女はあたりを見渡し混乱してる。きっとさっきまで、治療院で働いていたのだろう。
「大丈夫? 治療中だったりしてない?」
「ううん。お昼食べるところ……え、エンダーどうしたの? エンダーの姿になってる……」
フェリシアは大きく目を開き、瞳を潤ませた。やっぱり今まで彼女には別の姿で見えていたらしい。
「もう終わりっぽくて。それで、最後のあいさつに」
「やだっ」
フェリシアは即答した。
フェリシアはそのままこちらに駆け寄ると、私に触れようとする。だけど駄目だった。身体は透けてないのに、フェリシアは私に触れない。世界軸が変わっていることを証明するみたいに、彼女が私に触れたその瞬間だけ、私の身体が透ける。
「なんで……なんでぇ……何でこの間まで大丈夫だったじゃん。一緒に夜だって食べたじゃん。なんで……やだおかしいよ」
「おかしくないよ、これが普通だよ」
「触れない、触れない、触れないよぉ……なんで……触れないッ」
フェリシアは大粒の涙を流しながら私に触れようとする。私が治癒魔法院に運び込まれた時も、こんな風に助けてくれようとしたのだろう。
「フェリシア聞いて」
「聞いたらいなくなっちゃうでしょ嫌だよ……せっかく話せるようになったんだよ。一緒にどこか旅行したりしたいよ、なんでやっと話せるように、なんでやだぁ……」
「フェリシア」
「やだ……」
「フェリシア」
再度名前を呼ぶ。彼女は大粒の涙を何度も頬に流しながら私を見た。
「治癒魔法使えなくなるとかはやめて。貴女のせいじゃない。前にも言ったでしょ。貴女が手をとめたら、今度こそ救える命が救えなくなる。頑張って駄目でも、それは貴女の力不足じゃない……死んじゃってごめん」
「……っ」
フェリシアはゆっくり首を横に振る。
「この後、食欲なくなったりするかもしれない。でもちゃんと食べて。いいもの食べて。いい服着て? 着たいもの着て。オシャレとか好きなら、オシャレでいて。綺麗な景色いっぱい見て、いっぱい遊んで、私がいないのになぁなんて、絶対思わないで」
「じゃあそばにいてよぉ……」
「ごめん……」
それは出来ない。でも出来たはずだった。私が少しフェリシアに声をかけていたら。もっと知ろうとしていたら。諦めていなければ。フェリシアは私がいなくなることに、こんな風に涙を流してくれる人だったのに。
「ごめん……だけどお願い。許して」
「……」
フェリシアは嫌だと言わなかった。唇を引き結び、何か言おうとして涙を流し、やがてゆっくりと頷く。
「わかった……でも、すぐは無理だよ」
「うん」
「ありがとう」
私はフェリシアにお礼を告げた。彼女は「私こそ」と静かに返す。
「怖い目に遭った時に助けてくれてありがとう……、なのに私……」
「ううん。助けようとしてくれた」
「でも……」
「それだけで、嬉しかった。すごくうれしかった。誰にも助けてもらえないと思ってたから、フェリシアが助けようとしてくれたって聞いたとき驚いたし、嬉しかったよ」
「当たり前だよぉ……」
フェリシアは泣く。もう、タイムリミットが来た。身体が透ける。私は「ありがとう」とフェリシアを抱きしめる。感覚はない。それでも幸せだった。
ー・ー・ー・
「……大泣きですね」
景色が青い花畑に切り替わる。傍にグレアムが立っていた。
「フェリシアにお礼を言ってた」
グレアムは「そうですか」と懐からハンカチを取り出し、私に渡そうとする。しかし、触れなかった。私の手が透けるのを見たグレアムは「終わりなんですか」と穏やかに問う。
「うん」
「そうですか」
グレアムはそれきり喋らない。やがて俯いて泣いた。
「俺じゃダメですか」
「何が」
「死ぬの」
「いいわけない」
私は首を横に振る。
「っていうかさ、フェリシア、治癒魔法使えなくなったら困るから、ちゃんと見てて」
「それはどういう意味ですか」
「普通に言葉通りの意味だよ」
「付き合えみたいなのは無理ですよ」
グレアムはいつも通りの口調で言葉を返すけれど、絶え間なく泣いていた。
「よく言われてたね」
懐かしい。お似合いのふたりと言われていた。
「お互いそういう気はない。見方は知りませんけど、見ていた人間が一緒だった。それだけです」
「そっか」
「はい」
「ゼラハイド班長のことも、よろしく」
「それはどういう文脈で?」
グレアムが少し嫌そうに聞き返す。
「普通に、あの人が原因なんだよ。あの人が、禁忌の魔法に手出して、それで、私が止めるって流れでこっち派遣された。本人もうその気なくなったから、終わるわけだけど」
「そんな大事なこと何で言わないんですか」
「分かったのが最近だった。色々制約があってさ、手探りだった」
「信用ないからじゃないんですね」
グレアムはぐっと拳を握りしめる。私はずっとグレアムが私を見捨てたと思っていた。
「ごめん。グレアムが、私を助けようとしてたなんて」
「見捨てたと思ってたんですよね」
「うん……正直、本気で思ってたよ」
グレアムは顔を歪めた。私は話を続けた。
「私は、私に助けてもらえる価値なんて無いと思ってた。だから見捨てられても仕方ないって思ってた」
「そんなわけないじゃないですか‼」
それまで落ち着いて話をしていたグレアムが声を荒げた。
「そんなわけないだろ……っ」
「ごめん」
「生きてて欲しい。生きてるべきだ。みんな思ってる。普通に考えてそうだろ。なんだよ見捨てられても仕方ないって。お前、それでも治癒魔法士かよ。みんな救う人間が自分の命を諦めてどうするんだよ」
「ごめん……それは本当に、ごめん」
「だったら生きてくれよ……!」
グレアムは私を掴もうとする。でも掴めない。身体は透ける。
「ごめん……本当に」
「許しはしない。俺がお前を見捨てたって思ってたことも全部許さないから……だから、行かないでほしい」
「ごめん……」
グレアムは声を震わせた。いくつもの大粒の涙を流し、私を掴もうとしては掴めず、それでも何度も引き止めるみたいに掴もうとする。私の身体は徐々に透けてきて、それを止めようとするみたいだった。
「なんで……俺は、まだなんにもお前にしてない。言ってない。なんにも、なんでだよ……! なんで、お前が……」
「ごめん」
私は何度も謝罪する。
「許さなくていいから、フェリシアとゼラハイドをよろしく。治癒魔法使えなくなるかもしれないし、禁忌の魔法に手出す前科あるから」
「お前がやればいいだろお前のせいなんだから……」
「もう出来ない」
「勝手だ……お前はいつもそうだった」
「うん……」
何度も言われた。お前は勝手だと。
「でもそういう勝手さが好きだった」
グレアムは泣きながら言う。
疑えなかった。グレアムは普段どこか他所を見て話すのに、私を見ていた。
「お前の、良さだと思う」
ずっとグレアムは、私を否定していると思っていた。でも確かに、肯定されていた。私は彼に認められていた。
「ありがとう」
「そう思うなら行かないでくれ」
「それはできない」
私の答えに、グレアムは無言で頷く。
「ありがとう、全部。お前と会えて、俺は幸せだった。すぐには行けないけど、いつかそっちに行く。それまでちゃんと、俺のこと覚えていてくれ」
グレアムは泣きながらも真っすぐ私を見つめる。
「忘れない」
私が言った瞬間、ふわりと景色が変わった。
ー・ー・ー・ー
白い花が咲き乱れる景色に、ゼラハイドが立っていた。
「フェリシアとグレアムと話をして、最後はゼラハイド班長ですか」
「どういうことだ」
「ゼラハイド班長がやったことって巡り巡って世界滅亡レベルに発展してたんですよ。それを止めたので、ちょっとだけご褒美で、お別れ言えるようになって」
「私はまだ諦めてない」
「うそでしょ。本当にする気だったら、こんな時間貰えない」
私の反論にゼラハイドは黙った。
「グレアムには密告済みなんで、止めるとしたらグレアムが止めるはずです」
「協力してくれるかもしれない」
「巻き込む気はないでしょ。自分の内臓ぼろぼろにして。奇跡ですよあれ」
ゼラハイド班長の身体は酷いものだった。治ったのが奇跡だし、もしかしたら天界の助力もあったのかもしれない。
「禁忌の魔法なんてとんでも無いもの生みだした分、ちゃんと反省して、その分人、救ってくださいよ」
「そう思うなら手伝えばいい」
「私は死んだ」
「でもここにいる」
「もういなくなります。さっき言ったでしょう。ご褒美の時間だって。本当はゼラハイド班長の前で消えたときに、そのままさよならの予定だったんです。フェリシアにもグレアムにも、一切お別れできずに」
「なら私は君を三度見送るというのか」
一度目は、私が死んで。二度目は、ゼラハイドが目を覚ました病室で。そして三回目は──今。確かにそうだ。
「君は知らないだろうが、君を見送るというのは、ひどい気分だぞ。どんな苦痛よりも耐えがたい」
「そうなんですね」
私は、私が死んで悲しむ人間の気持ちを、完全に理解することはできない。その人じゃないから。でも。フェリシアにもグレアムを、悲しませたことは分かる。それは私の罪だ。この先私は二人に何も出来ない。二人が悲しんで泣いてもその涙を拭うことはできない。謝ることも出来ない。私の声は届かない。
そしてこの機を逃せば、ゼラハイドにも。
「私、尊敬してましたよ。貴方のこと」
「嫌味じゃなく?」
「試験問題の、失点」
「本当に嫌味じゃないのか? 君は満点で受かっただろう」
ゼラハイドは、治癒魔法士の国家資格で1点落とした。
その問題は同時に複数の患者を治療しなければならない時、どちらを優先するかという問題で、ほぼひっかけに近いもの。
優先度を落とさなければいけない患者の症例は、私を拾ってくれた孤児院の好事家と一致していた。
「あれ、どうして答えなかったんですか」
「正解は分かっていた。でも答えたくなかった。幸い、他の問題全て正解している自信があった。だから、治癒魔法士としてどう在りたいかで、決めた。あの問題に正解した人間を否定する気はない。確実に一人救うほうが正しいからだ。でも、私は、あの命を諦めたくなかったし、実際、目の前にいたら諦めない」
想像以上の答えだった。
私は「駄目ですよ」と否定する。
「別にその問題に答えた人間は、もう片方の命を諦めてるわけじゃない」
そうしてゼラハイドを否定しながら、彼も私を否定する時、こうだったんだろうなと実感した。
一緒だった。
「やっぱりゼラハイドさんは何かを生み出す側の人間ですね」
「君もだろう」
「私は破壊の適性がある。ゼラハイドさんは私を攻撃する時も、動物とか出してたし」
「あれは全力を出すとああなるだけだ」
「私は全力を出すと切り裂くとかになります。フェリシアの付き纏い切り裂いたときも、そうだった」
私の気質は途方もなく破壊に寄っている。そしてフェリシアの事件の時にそれを指摘され、問題になった時、ゼラハイドが反論していた。てっきりフェリシアを守るためと思っていたが、私の弁護もしてくれてたんだと今なら分かる。
「破壊の魔法だって、人を救える。君が救った騎士だってそうだ。君には」
「ゼラハイドさんが言うと説得力がありますね」
「何度だって言う。君は人を救える。もっと、生きて人を救ってほしかった」
「ごめんなさい」
私は謝罪する。ゼラハイドは透ける私の身体を見た後、言葉を詰まらせた。そして俯き、じっと黙って、顔を上げる。
「君が必要だった。君が大切じゃなかった瞬間なんて一度だってない、死んでほしくなかった」
「ゼラハイドさん……」
「誕生日おめでとう」
そう言われて、「遅いよ」とつい憎まれ口を叩いた。
「もっと早く言ってほしかった」
「注意した後に言うなんてと、思ってた。それに私に言われて嬉しくないんじゃないかと、それなら物のほうがいいかと悩んで、結局」
「フェリシアとグレアムは褒めたり物あげたりしてたら分かんないって……」
「すまない……」
「でも、ありがとうございます。最後に、聞けて良かった」
もう多分時間だ。身体が半分以上透けてる。
「お世話になりました。本当に、ありがとうございました」
私は最後に、せいいっぱいの笑みを浮かべる。フェリシアとグレアムには、泣いてばかりだったから、最後くらいは笑ってさよならがしたい。
ゼラハイドが私に手を伸ばそうとする。しかし触れることなく、ぱっと景色がまた切り替わった。
ー・ー・ー
「終わったか」
すべてが終わると、真っ白な空間にいた。少年が声をかけてきて私は苦笑する。
「情緒もへったくれもないじゃないですか」
「お前が言ったんだぞさっき」
「そうですね、すみません」
私は謝罪して、「恩恵ありましたね」というと、少年は「ああ」と勝気に笑う。
。
「そういえば、さっき……ってほどさっきでもねえか。お前言っただろ。死んだ人間は怒りにいけないって」
少年の言葉を反芻する。確かゼラハイドが怒りに来てほしかったと言ったとき、私は反論した。
「怒ることはできる。触れないし見えないけど、相手が危ないことしようとしたり危ないと分かったら少しだけ干渉できる」
「そうなんですか」
「まぁ、実際に干渉できるかは別だがな。だから死のうとしたら止めてくれるかも、みたいなことされるとすげえ困る。何万回やって一回成功するかどうかだから。成功しても、生きてるほうは気付かない場合のほうが多いし、お前みたいに、どうしようもなかった場合もある」
「私も、あったんですか、気付かないうちに」
死者の存在を感じたことは無かった。
少年は笑みを浮かべる。
「俺が知ってる中で二回だ」
「二回?」
「通り魔を切り裂きすぎないようにした、お前が血拭いた時、普通はありえねえぞ。二回もそこまで干渉するなんて。相当だ。前例がない。生前天才だの不可能を可能にするだの言われていたらしいが」
天才。
そう呼ばれた人間に心当たりがあった。
私を拾い、治癒魔法士になれと背中を押してくれた人。
あの人は、何回でも挑戦しろと言っていた。力技の人だと思ってたけど、そこまでとは。
「前代未聞だよ。お前も、お前の師匠も」
「そっか……」
あの人は、私を見ていたのか。色んなものに興味あるし飽き性だしと、意識してなかった。でも見てたんだ。
「せいぜいあの世で怒られろ。怒られながら、生きてる人間助けてやれ、何万回と気が遠くなるだろうが、手のかかる三人いるだろ」
少年は笑む。私は頷いた。
ー・ー・ー・
死者を蘇らせる禁忌魔法の研究に関しては各国で議論がされている。
実現はそもそも不可能とされており、議論の必要がないとする者。
禁忌の魔法への研究が未来の治癒魔法の助けになるとする者。
死者蘇生は倫理に反し、研究でさえあってはならないとする者。
様々だが、かつてその魔法の完成に最も近いとされていた治癒魔法士がいた。
名前はエンダー・ソロノット。たぐいまれなる才能を持ちながらも、国から求められることを嫌い、孤児院を営み最後には病に伏した魔法士の弟子だった彼女は、志半ば凶刃に倒れた。
彼女の研究は凄惨な事件の後、3年間封印されていたが、彼女と共に人々の救命に尽くしていたゼラハイド・メージ、フェリシア・トゥインシル、グレアム・シューウィルが解除し、引き継いだ。
彼らはエンダー・ソロノットの死後3年間、周囲が心配するほど憔悴しきっており、時には治癒魔法院院長が直接治療にあたるほどであったが、仲間の死を抱えながらも、少しずつ歩みを進めていき、治癒魔法の研究を進めていった。3人はエンダー・ソロノットの死後3年後から、彼女の命日にその死を悼み、そして彼女の誕生日でもあるその日を祝ったという。
エンダー・ソロノットと彼らの遺した研究は、彼女たちがこの世を去り何百年と経過した現在もなお、人々が健やかに明日を見られる治癒魔法の要として、欠かせないものとなっている。




