1973年8月16日 木曜日 21:24
「やあ、エミー、ジェイクだよ」
「時間外に電話してすまないね」
『かまいませんよ』
『きっと奥様のことで連絡があると思っていましたから』
「理解が早くて助かるよ」
「リリが寝付いたから、君としっかり話しておきたくて」
『ええ』
『わたしからも、聞いておきたいことが沢山』
「僕のスリーサイズかい? 上から39、34、35インチ」
「身長は6フィート2インチ、体重は秘密だよ」
『まあ、ウォーレン・ベイティみたいだわ! 惚れ惚れしちゃう!』
「そうだろうとも」
「でもごめんね、僕は妻帯者なんだ」
『でしょうとも! 奥様の事を教えてくださいな』
「喜んで! どこから話そうかな、すごい美人だってことは?」
『実は知っているわ』
『綺麗な金髪に、大きなブルーグレーの瞳の女優みたいな人でしょう』
「そうなんだよ、うちの女王様なんだ」
「事前に知らせていたことは覚えている?」
『もちろん』
『米国での診療記録も、拝読しました』
『考えうる限り、最高の治療だったと思います』
「そうらしいね」
「僕には難しいことはさっぱりだよ」
「マイクロフィルムってのは便利だね」
「あんな分厚いカルテをちっちゃくまとめるんだからさ」
『ステージⅣとは聞いていましたが』
『話すのも、あんなに、辛そうで』
『声がほとんど出ないなんて……』
「悲しんでくれるのかい?」
「君のような優しい看護婦を雇えて、幸せだよ、エミー」
『輸液のストックは用意しました』
『病院との連携も取れていますし、必要ならすぐに呼んでください』
『最後まで、しっかりお世話いたします』
『リリの前では悲しみません』
「ありがとう、そうしてよ」
「笑顔で送るって約束なんだ」
『ええ、もちろん』
『出来る事は全てやりましょう』
『もう、時間がないのだから』
「来週の予定を話していいかい?」
『ええ、是非』
「僕らの共通の知人……まあ、正確に言うとリリの友人と御両親が来るんだ」
『あら! てっきり知らせていないのかと!』
「リリはそのつもりだったけどね」
「僕が勝手に連絡を取っていた」
「アンには電話、両親には手紙と電話で連絡した」
「皆、週明けの午後には着けるってさ」
『まあ、怒られちゃうわね!』
『でも、最善だと思うわ』
『いい仕事ですね、ジェイク!』
「はっはっは、そう言ってくれてありがとう」
「これで当日、リリにどやされても怖くないぞ」
『他にわたしがすべき事は?』
「いつも通りに接して欲しい」
「声をかけられたら、話を聞いて、頷いて」
「何も知らない第三者として、寄り添って欲しい」
『わかりました』
「ありがとう」
「君が居るだけで、どれだけリリの気持ちが安らぐか」
『そうだといいんですけれど』
「そうだよ」
「僕だって助かってるんだ」
「リリは、僕には話さないからね」
「警戒されているんだ」
『御夫婦なのに!』
「僕は、丁度良かっただけなんだよ」
「死に場所を求めていたリリに、死に戻りの僕だからね」
『そこら辺、伺ってもいいの?』
「ここ数日の働きを見て、わかってるよ、エミー」
「君が秘密を守れる素敵な女性だって」
『もちろん! 誰かに言ったりしないわ!』
『誓ってもいい』
「じゃあ僕の愛しい奥様に誓ってもらおうかな」
「僕達の馴れ初めを話しても?」
『もちろんよ、沢山惚気てちょうだい』
「わかったよ」
「僕達ね、とあるバーの常連だったんだ」
「でもお互い名前も知らなくてね」
「会ったら挨拶する、それくらいの仲」
『あら、声をかけたりしなかったの?』
「何か、かけづらい雰囲気だったんだよ、リリは」
「美人だし、ちょっとスレた良い所の御嬢様って感じで」
「高嶺の花だった」
『そうでしょうとも』
『目に浮かぶようよ』
「だろう? それが、ある時リリから声をかけてくれてね」
「僕が、ベトナム戦争から帰って来た時」
「もう来ないって、マスターに挨拶をしにね」
『あら、どうして?』
「リリから聞いたんだろう? 僕は僕じゃないってさ」
『ええ、それがどういう意味なのか、気になってはいるわ』
「これは言い訳なんだけれど」
「所謂心神耗弱って言う奴でね」
「戦地で、僕はかなり参っていたんだ」
『そうでしょうとも』
「さっきまで話していた友人が死んでいく」
「僕の隣に居た奴が、吹っ飛んで脚だけになった」
「そいつ、ジェイクって言うヤツなんだけどさ」
『ちょっと見えた気がするけれど、まさかね』
「気の良い奴だった」
「背格好も僕と似ていて、血液型も同じ」
「それに、僕みたいに逃げたい借金がない身綺麗なね」
『うーん、あんまり共感できない気がして来たわ!』
「最初は、ちゃんと弔ってやろうって気持ちだったんだ」
「必死でドックタグを探して、拾って、残った体につけてやろうって」
「まあ、気の迷いだよ」
「僕のドックタグと、交換した」
『こんな話、わたし聞いちゃっていいのかしら?』
「構わないさ、誰にも言わないんだからね!」
『言えやしないわ! 大事過ぎるわよ!』
「そうだろうとも」
「それで、リリとの話に戻るんだけど」
「彼女、カウンター席に居て」
「僕も、マスターと話したかったから逆の端に座った」
『何だか、映画みたいね』
「そうなんだ、ドラマチックな展開だったよ」
「それでマスターへ、世話になったってことと、国を出るって言ったんだ」
「そしたら、リリが『どこへ行くの?』って聞いてきた」
「初めて話しかけられたからね、びっくりしたよ」
『あんなに痩せても美人なんだもの、その頃はもっとだったでしょう?』
「もちろん! ドキドキしたよ」
「彼女はね、どこでもいいから自分も連れて行って欲しいって、言ってきた」
「これまで、挨拶くらいしかした事のない僕にさ!」
『あなたの興奮が目に見えるようだわ』
「そりゃ、もう!」
「話を聞いてみたら、余命宣告されたって」
「両親には知らせていないから、どこか遠くで死にたいって」
「それが自分の孝行の仕方だ、なんて言うんだよ」
『賛同しかねるわね』
『わたしがリリの両親なら、最後までお世話したい』
「僕もそう思う」
「まして、とてもいい親御さんだからね」
『会ったことがあるのね?』
「うん、彼女のお父さんは労働局に勤めていてね」
「僕も一応、失業者だったから世話になった」
「ジェイクってことでね」
「退役軍人専用の職業訓練プログラムを作るんだって、息巻いていたよ」
『リリのパパは凄いわね』
『女性の失業問題にも一石を投じたって言っていたわ』
「そうなんだよ、自分も失業経験があるらしくてね」
「それに、心身を病んで働けなくなる辛さもわかる人なんだ」
『そうなんでしょうね』
『尚の事、リリの最後を見届けて欲しいわ』
「そうだろう?」
「僕みたいなクズに大事な娘さんを託してくれるくらい、いい人だ」
『あら、あなただっていい人だわ』
『こうやって、事実、リリを支えているんだもの』
「そこはさ、それ」
「僕にも、色々思う所があるんだよ」
「何で僕が、わざわざ身バレしそうな行きつけのバーへ挨拶に行ったと思う?」
『あら、それってもしかして……』
「そうだよ」
「僕は、とっくに惚れていたんだ」
「最後に一目会いたかった、カウンター席の僕の女神に」
「それだけだよ」
『良かったわ』
『リリは、ただの契約、みたいに言っていたから』
『あなたもそんな気持ちだったら、どうしようと思っていたの』
「うーん、ショックだな! わかっていたけれどね、リリの考えは」
『あら、失言だったわね! 忘れて!』
「もちろん! 都合の悪い事は忘れる能力を持っているんだ」
「僕はね、自分に賭けをしているんだよ」
『まあ、何かしら』
『お金は貸さないわよ!』
「残念! 僕にベットして欲しかったのに!」
「何回リリを笑わせられるかってね」
『あら、コメディアン志望なの?』
「リリ専属のね」
「生きていて……生まれて来て良かったと、リリに思ってもらいたいからさ」
『あなたの深い愛には、恐れ入るわ』
「なんてことはないよ」
「僕自身が、彼女に会えて良かったと思っているからね」
「彼女にも、自分を愛して欲しいんだ」
「それだけなんだよ」




