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03 元婚約者



(――と言われても、どうしたらいいの……)



 ずっと前から、とはどれほど前だろうか。だが、そんなことを聞ける雰囲気ではなかった。

 明らかに怒りに任せて私に怒鳴っている。

 その声は毛が逆立つような高い音で、ぞわぞわっと背筋に冷たいものが走る。天敵と真正面から向き合っているみたいだ。後退したとしても、食い殺されてしまうかもしれない。

 さて、この状況をどう切り抜けるかである。



(ヴィルフリート様は、まだ帰って来ないようだし、後方はテーブル。前方にはシュフティ嬢……後ろには、そのとりまき……)



 逃げ場はなかった。

 一方的に言葉でなぶられ、さすがの私も参ってしまいそうだ。獣人は人間と同じ言語を扱うが、彼女の口から放たれる言葉はとても同じ言葉とは思えない。とげがある。



「何とか言ったらどうなのよ。この獣」

「お言葉ですが、シュフティ嬢。私は、ただの獣ではなく獣人です。そこは間違えないでいただきたいです」

「何よ偉そうに。獣が人の形をとっているだけで、所詮は獣よ。いくら同盟のためとはいえ、私から愛しのあの人を奪い取って」

「同盟だからでは?」



 それは紛れもない事実だ。そう、シュフティ嬢に言うと、さらに顔を真っ赤にする。

 これ以上彼女の神経を逆なでしてはいけないと思いつつも、こちらもはいそうですかと事実に対して間違ったことは言いたくない。

 いったいどうすればいいだろうかと思っていると、シュフティ嬢がフンと鼻で笑う。



「まあ、貴方とヴィルフリート様が愛し合っていないのはみればわかる話ですが? だって、この国の結婚式では普通、指輪交換ではなく誓いのキスを交わすのに。プログラムを変えるなんて愛されていない証拠じゃないかしら? それとも、貴方から言ったのかしら? こちらの国の文化に疎いからと言ってあんまりではないですの。その点、ヴィルフリート様と私は愛し合っていたというのに」



 その言葉を聞いて驚いた。

 先ほど式典中に感じた違和感はそれだったのかと思ったからだ。



(確かに、指輪交換をするなんて直前まで聞かされていなかったわ)



 だから非常に戸惑った。でも、ヴィルフリート様の見よう見まねでやればよかったため、戸惑いは覚えたが難なくこなすことができた。

 しかし、どうして直前で指輪交換に変えたのだろうか。シュフティ嬢の言う通りだったとしたら。



「その話詳しく聞かせていただいて……」

「――アルヴィナ」



 横から名前を呼ばれた。

 振り向けばそこには、あいさつ回りに言っていたヴィルフリート様が立っており、怪訝そうにこちらを見ている。



「ヴィルフリート様、実は……」

「ヴィルフリート様!!」



 私を押しのけるようにシュフティ嬢がヴィルフリート様に抱き着いた。彼の顔はシュフティ嬢に抱き着かれたことにより硬直していたが、振り払う様子はなかった。

 思えば、彼にとっては久しぶりの元婚約者との再会なのだ。未練があるかもしれない。

 そんなことを思いながら見ていれば、ヴィルフリート様はどこかめんどくさそうに眉間にしわを寄せていた。



「シュフティ嬢……この度は、結婚式および結婚披露パーティーにい出席いただき誠に感謝する」

「はいっ、もちろんですわ。ヴィルフリート様。あの、ヴィルフリート様少しだけ私とお話しないかしら。何ならバルコニーのほうで二人きり……」



 シュフティ嬢はその豊満な胸を押し当てながら、うるんだ瞳でヴィルフリート様を見上げた。私にはできない技だ、と感心しながら見ていればヴィルフリート様の赤い瞳と目があった。



「アルヴィナ」

「ヴィルフリート様、もしよければシュフティ嬢とお話してきてはどうですか? せっかくの機会ではありませんか。シュフティ嬢もその……ほら、いきなり婚約を破棄されてしまったわけですし。同盟のためとはいえ」



 口から出た言葉は何とも陳腐なものだった。

 ここは、穏便に事を済ませたほうがいいのかもしれない。いきなり引きはがされてしまった元婚約者同士の再会。積もる話もあるだろう。

 私は式典やらなんやらで疲れてしまったし、もう休みたい。



(ああ、でもこの後あるんだっけ……)



 夫婦としての初めてのお仕事が。

 そう思っていると、彼の視線に気づき顔を上げる。すると、先ほどよりもヴィルフリート様は困ったような表情を浮かべていたのだ。



「何故だ?」

「えっと、何故とは?」



 私が首を傾げれば、ヴィルフリート様は呆れたようにため息をつくと、やんわりとシュフティ嬢を引きはがした。



「ジュテーム侯爵令嬢。君との婚約は破棄されたし、今日は俺と王女の結婚披露パーティーだ。さすがの君でも分かるだろ?」

「で、ですが、ヴィルフリート様? 王女がいいとおっしゃっているんですから、お言葉に甘えても」

「君は俺のことを何だと思っているんだ」



 ヴィルフリート様は淡々と言い募る。シュフティ嬢は困惑したようにうろたえた。



「でも……獣と結婚なんて」

「――獣だと?」



 ひっと、シュフティ嬢は短い悲鳴を上げた。

 それに重なるように、彼女のとりまきたちもヴィルフリート様の気に押されたのか、顔を青白くしている。

ヴィルフリート様は一見穏やかそうに見えるが、その実気難しいタイプの人間であることは見ればわかるだろう。現に今、怒っていらっしゃるのが目に見えてわかった。



「君の言い分は分かった。ジュテーム侯爵令嬢。ここで失礼させていただこう。アルヴィナ行くぞ」

「えと……ヴィルフリート様いいのですか?」



 彼は私の手を掴んで歩き出した。すると、海が割れるように人々が私たちを避け、道ができる。



「そんな……わっ、私は、ただヴィルフリート様とお話を……」



 すがるように手を伸ばすシュフティ嬢を一瞥すると、ヴィルフリート様はさらに足を速めた。途中振り返ってみてみたが、シュフティ嬢はその場にポツンと取り残されていた。

 なんだかその姿はかわいそうに見えたが、私じゃどうしようもなかった。



(でも、何でヴィルフリート様は怒って?)



 いきなり兄の代わりに私と結婚させられて、元婚約者に未練があるものと思っていた。でも、それは間違いだったのだろうか。

 ぐんぐんと手を引かれ彼の背中を追って歩けば、すぐにも会場から静かな廊下に出た。人の気配はなく、私たちの足音だけが響く。

 少ししたところで、ヴィルフリート様は足を止め、はあぁ……と大きなため息をついた。

 せっかくの結婚披露パーティーだったのに、ヴィルフリート様の気を害してしまったのだろうか。分からない。どう立ち回ればよかったかも。

 私は、大きな背中を見てつばを飲み込み、彼の名前を呼んだ。



「ヴィルフリート様、あの、私」

「アルヴィナ、大丈夫だったか」

「え?」



 飛んできた言葉に、思わず耳を疑った。

 シュフティ嬢のことを話すのだろうかと思っていたため、自分の名前を呼ばれ、そのうえ「大丈夫だったか?」なんて言葉を駆けられ困惑してしまう。

 だが、暗がりの中で見えたヴィルフリート様は私を心配するように優しい顔を向けてくれていた。赤い瞳は、この暗闇の中でも爛々と光っている。

 私はその瞳にすっかり見惚れていたが、ハッと我に返り慌てて返答をする。



「大丈夫ですよ。ヴィルフリート様こそ、大変だったでしょう……シュフティ嬢とは本当によかったんですか?」

「ああ……それに、アルヴィナが気にする必要はない」

「それは、その……」

「……っ、か、勘違いしないでほしい。ジュテーム侯爵令嬢は何もない。彼女も、政略的な意味で婚約者だっただけだ」

「私と同じですか?」

「ああ、そうだ。だから、未練も何もない」



 ヴィルフリート様は私に言い聞かせるように言う。

 それはよかったというべきなのだろか。しかし、私の心はなぜか安堵しており、ホッと息が漏れる。



「誤解は解けたか?」

「ええ、はい。ですが、シュフティ嬢は未練があるようでしたし、ヴィルフリート様を愛しているように見えましたが」

「愛、か……そうかもしれないな。だが、言った通りジュテーム侯爵令嬢とは……ジュテーム侯爵家との婚姻は王家にとって利益のあるものだったんだ。それで、婚約者だったわけで」

「つまり、ヴィルフリート様は二度も振り回されて政略結婚を?」



 その言葉にヴィルフリート様は目をぱちぱちと瞬かせた。

 つまりは、そういうことではないのだろうか。

 ヴィルフリート様は、国や国王の意向で二度も自分の意志ではなく政略結婚をさせられそうになっていると。私にはそう聞こえるが。

 ヴィルフリート様を執拗に見つめていれば、観念したように彼は肩を落とした。



「すまない、言い方が悪かった」

「いいえ。ですが、それは事実でしょうから。シュフティ嬢とはそういった経緯で婚約者だったとはいえ、長い間そういう関係だったのであれば情が移るのも無理はありません」



 私がそういうと、さらにヴィルフリート様は困惑気味に見つめてきた。



「アルヴィナ、一つ質問をしてもいいか?」

「はい、何でしょうか?」

「もしや、俺がジュテーム侯爵令嬢のことをあい……好意的に思っていると勘違いしていないか?」

「そうではないのですか?」



 てっきりそうとばかり思い込んでいた。

 シュフティ嬢はあんなにもヴィルフリート様にベタベタとしていたし、あれほど体を接近させたのだからたいそう仲がいいものと思っていた。だが、よくよく思えば、一度もヴィルフリート様は彼女にいい顔をしていないのだ。



「はあ……どう見たらそう思うんだ。アルヴィナ、この際だからはっきり弁解させてほしい。俺とジュテーム侯爵令嬢との間には決して何もない。あちらが一方的に俺を好いているだけだ」



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