02 披露宴
式典が終わり、早くも夜が訪れた。
結婚披露パーティーは、盛大に行われ会場には貴族が集まっている。
国王からの挨拶から始まり、主役の私たちに対し祝辞が送られ、乾杯が行われる。
そして、会場に音楽が流れ始め、パーティーが本格的に始まった。みんな一斉に散らばり、談笑し始め会場の雰囲気は和気あいあいとしている。
第二王子とは言え、同盟が結ばれたも同義の結婚式……その披露宴パーティー。
式典とはがらりと印象が変わり明るい雰囲気だった。
私は、本日の主役としてヴィルフリート様にぴったりとくっついていたが、国王陛下の挨拶が終わった後、彼は国王に呼び出されたのか私に目で合図を送った。
「アルヴィナ、少し席を外す。来賓に挨拶をしてくる」
「ああ、いってらっしゃいませ。ヴィルフリート様」
足早に彼は去っていき、ぽつりと私は会場内に取り残されてしまった。
リーリヤは、先ほどの式典までは元気だったが、慣れない地に来たためか体を壊してしまい、現在は別所で療養中である。彼女も小さな体でよく頑張ってくれたし、少しは休ませてあげたかった。
私はあたりを見渡して、誰にも聞かれないようにため息をついた。
(群れの中にいるのに、疎外感があるのはなぜかしら……)
こんなにも多くの人に囲まれているのに、私は孤独を感じていた。それは、この会場に獣人がいないからという単純な理由でもあるが、それ以上に第二王子の妻となった私に誰一人話しかけてこないのだ。
遠慮しているわけでもなく、まるで私の存在がないものかのように。
これは、この国に来た時に受けた扱いと同じものを感じた。
(なるほどね……結婚式を行って、同盟さえ結べれば、私はお飾りの妻ということかしら)
人間の国から持ち込まれる恋愛小説にそんな言葉があった。結婚するにあたって人間の国の知識がない私は、国中から人間の国の本を読み漁り、恋愛や結婚の知識を高めた。その中で、お飾りの妻なる言葉があったのだ。
結婚し、夫婦となったが夫には放っておかれる。名の通り、置物、飾り物の妻であるということ。何だかそれに近い気がした。
まあ、もとはと言えばどちらも切羽詰まった状況での同盟だったのだからこうなっても仕方がない。
それに、ヴィルフリート様が席を外したのは来賓の方に挨拶をして回るためだし。
(でも、私も一緒じゃダメなの?)
わからない。人間の国の文化にまだついていけないのだ。ただ、ヴィルフリート様が待っていてといったのなら、私は大人しく待っておかなければならない気がするのだ。
リーリヤがいてくれたら、少しは気持ちが和らいだかもしれない。
私は、今一度会場を見渡し誰か喋れそうな人はいないものかと探した。テーブルの上には豪勢な料理が置かれており、その中には、魚料理もあった。そういえば、先ほどから何も食べていないことを思い出し、私は魚に釣られるようにふらふら~っと足を運んだ。
私は、皿の上にちょこんと乗っている白身魚の香草焼きをフォークで刺して、口に運ぶ。
「んんっ、これは!!」
美味しい。
それはまるで、口の中で溶けていくような柔らかな食感に、鼻に抜ける爽やかな香り。そして、淡泊な中にも深い味わいがあり、噛めば噛むほど旨味が出てくる魚料理だった。
(これ……私の知っているお魚なの!?)
私は、もうひとくち口に運び咀嚼する。その美味しさは言葉にならないほどだった。最近は、また肉料理ばかりになってしまったため、魚が恋しかった。ただ、ヴィルフリート様との食事には必ず魚料理が出る。きっと、彼が気遣ってシェフに言ってくれたのだろう。
「ん~~~~幸せ」
こんな美味しいもの今まで食べたことがない、何より、先ほどまで落ち込んでいた気分が自然と晴れた気がする。
私はそれから皿に盛られた白身魚の香草焼きをぺろりと平らげた。もう一皿と手が伸びそうになったが、魚料理ばかり食べていては不審がられるだろうか。だが、周りを見ても、誰も私のことを気にしていないようだ。
ならばと、私はもう一皿手に取って料理に手を付け始める。ヴィルフリート様が戻ってくるまでの退屈しのぎにはなりそうだ。
そんなふうに私が魚料理に夢中になっていると「ちょっといいかしら」とどこか高圧的な声と共に、冷たい視線が私を貫いた。
何だろうと思って顔をあげれば、そこには金色の髪の女性が私を睨んで立っていたのだ。その後ろには、緑や青色のドレスを着たご令嬢と思しき女性たちが何人かたっている。
(これも小説で見たわ。『とりまき』というやつね!!)
恋愛小説で見たままの光景を見ることができ、少し感動したのもつかの間「聞いているの?」と金色の髪の女性が私に怒鳴ってきた。
女性は、金色の髪に青い瞳を持っており、後ろに控えている女性たちよりも装飾品の多い服を着ていた。もしかしたら、階級の高い人なのかもしれない。
とりあえずあいさつをしなければ、と皿を机に置こうとしたとき、ぷっとその女性が噴き出したのだ。
「何を夢中になって食べていると思えば、魚料理? 獣人の王女が嫁いでくると聞いていたけど、肉じゃなくて魚を食べるなんて。もしかして、王女様の国には上等なお肉がないのかしら?」
女性が笑うと、後ろのとりまきたちもクスクスと笑い出す。
どうやら、彼女もまた私が南の国の獣人だと思っているらしい。まあ、人間の国から出たことがなければ、ペンギンの獣人なんて見たことがないのだろうが。
(ここは、何か言うべき? それとも無視をすべき?)
おそらく返事しても良いことはない気がする。だが、ここで返事をしなければ彼女たちはずっと私を笑ったままだろう。
多分、失礼なことをされているのだろうけど、あまりこういう人に私は興味がなかった。
無視を決め込むか、と決め魚料理に手を付け始めれば、その態度がまずかったのか彼女は声を荒げた。
「ちょっと、何か言いなさいよ!!」
「食事中でしたから。それと、私に絡んでくるということは、私のことをご存じなのですね?」
「ハッ、当たり前でしょう? それとも、私がそんなことも知らない愚図に見えるのかしら?」
「……はあ」
気の抜けた声が出た。
せっかくの素敵な魚料理が台無しだ。少しずつ味がしなくなっていき、私は食事を中断した。
「それで、どちら様でしょうか?」
「はあ!? 貴方、なんて失礼なの!? 私を前にため息をついて……それだけじゃないわ!! 私から、ヴィルフリート様を奪った、見にくい獣め!!」
そう彼女が叫んだと同時に周りの視線が一気に私に注がれる。
何もやらかした覚えはなかったが、皆が皆、私を敵というように睨みつけている。
そこでようやく、彼女が誰なのか察しがついてきた。
(私が、ヴィルフリート様を奪った……)
ああ、そうか。と私は思った。
確かに、人間にとっては、獣人は得たの知れない異質で恐ろしい存在なのかもしれない。向けられる視線の居心地の悪さはそれだ。群れの中に、他の群れを追い出された動物が混ざる感覚と一緒なのだ。
きっと人間たちもそれを感じているのだろう。
「貴方はもしかして、ヴィルフリート様の元婚約者?」
私がそういうと、彼女の目はキッと吊り上がりわなわなと赤い唇を震わせた。どうやら、あっているらしい。
だから、私に難癖をつけてきたのか。
察しが悪い私でも分かってしまった。
「そうよ……そうよ!! さすがの、獣でも一国の王女よね。それくらいは分かってもらわなくちゃいけないわ」
「それで、元婚約者の貴方が私に何の御用でしょうか」
「……っ!!」
彼女からヴィルフリート様を奪ってしまったとはいえ、すでに私と彼は籍を入れている。今さらどうこうできない。離婚してくれなんて、同盟のことがあるからさすがにいえないだろう。
彼女は、顔を真っ赤にし、ドレスの裾を力強く掴んでいた。
(でも、とてもきれいな人なのよね……)
金糸のような美しい髪に、海を閉じ込めたような青い青い瞳。私よりも背が高く、豊満な胸にドレスの映える体形。声はイルカの鳴き声のように高いが、それ以外はどこを切り取っても絵になる。
銀色の髪が美しいヴィルフリート様と並んだらたいそう美しいだろう。美男美女でお似合いだ。
(ヴィルフリート様も、元婚約者について何か言っていた気もするのよね……)
いきなり突っかかってきたわけだが、それは結婚する予定だった婚約者を私に取られてしまったからというまっとうな理由があるわけで。ヴィルフリート様自身も、そのことを気にしているかもしれない。
彼女と一緒になりたかったとか……未練があるのかもと。
「……シュテフィ・ジュテーム」
「え?」
「私は、ジュテーム侯爵家の長女、シュテフィ・ジュテームよ!! 覚えておきなさい。私は、ヴィルフリート様の婚約者だったのよ。それもずっと前から」
女性はシュテフィという名前らしい。
彼女は未だ顔を真っ赤にして、私を睨みつけていた。