01 結婚式
低い鐘の音が響きわたる。
純白のドレスに身を包み、ベールで顔を隠す。周りから奇妙な目で見られるのは、夫となるヴィルフリート様と釣り合わない幼い体形だからだろう。
少しでも、彼との身長差を埋めるために高いヒールを履いたが今にも足がつりそうだ。
「――汝らは永遠に幸せであることをここに誓いますか?」
「はい」
結婚式当日。
参列している人は、フィクスシュテルン王国の貴族たちばかりだった。招待状を送ったが、スヴェルカーニエ王国からの獣人は見られず、この場で獣人は私だけとなってしまった。
向けられる視線は心地のいいものではなかった。
やはり、国全体として獣人を嫁に迎え入れることに抵抗があるのだろう。しかし、この結婚は国のため、同盟のために必要なことだ。甘んじて受け入れるしかない。
後方に控えているリーリヤは、私以上に緊張して見守ってくれている。彼女の小さな心臓に負荷がかかっていそうで、早くこの結婚式を終わらせなければという思いにもなる。
(この国の第一王子の葬儀よりも先に、結婚式……ね)
ヴィルフリート様から聞いた話を思い出しながら、私は神官長の言葉を聞いていた。
第一王子が亡くなったともなれば、国葬をするのだろうが、その遺体を首都に持ち込めない状態。ヴィルフリート様も、王室も気が気でないだろう。そんな中、同盟のために結婚式を急いで執り行っているということは、それほどまでに早く同盟を結ばなければならないほど敵国との関係は悪化しているということだ。
人間の国の文化に疎い私でもなんとなくわかる。
国中がピりついているのは、いつ敵国に攻め入られるかわからない恐怖があるからだろう。
どの程度なのか計り知れないが、とにかく結婚式を終え晴れて同盟を結んだことを敵国に知らしめれば、その状況も緩和されると。
(でも、どうせなら結婚式くらい落ち着いてしたかったものだけど……)
生涯に一度の結婚式。
望むなら、スヴェルカーニエ王国の人とフィクスシュテルン王国が同じ神殿で椅子に座っていてほしかったけれど。それは叶わぬ願いだった。
結局は、我が国も人間の国を恐れ公の場に出てこれないのだ。私を嫁がせて、同盟を結ぶ見返りとして物資を――
国としては正しいやり方なのかもしれない。
スヴェルカーニエ王国にも、結婚式という概念はあるがとても大雑把なもので、式典よりも披露宴を豪華に行うのが当たり前だった。神にあれこれ誓うことも、服装や、マナー作法もここまで厳しくない。
しかし、フィクスシュテルン王国で結婚式を執り行う以上、この国のしきたりに従うのが正しいだろう。郷にいては郷に従えというやつだ。
私はそう自分に言い聞かせ、前を向く。
「では、指輪の交換を」
神官長の言葉に合わせ、ヴィルフリート様が私に歩み寄る。銀色の指輪は、小さなダイヤが埋め込まれていてきらきらと輝きを放っていた。
事前に聞いていた話とは少し違った。
だが、ヴィルフリート様は、緊張した手つきで私の左手をとったので私の意識はそちらに集中する。大きな手だから、私の小さな指にはめるのが困難なのだろう。そんな不器用なところも、かわいいと思いながら見ていれば、彼はスッと私の薬指にそっとはめた。先ほどの震えは嘘のようにきれいにはまったのだ。
その後、私も彼の指に指輪をはめた。
これで私たちは晴れて夫婦となった。
ここに一つの家族が生まれたことを祝福する拍手が、神殿内に響き渡る。
私は、人の顔を認識するのが下手であるため式場を見ても誰がどんなに偉い人なのかわからない。ただ、どことなく祝福されていない気がしたのだ。
「アルヴィナ?」
「……何ですか? ヴィルフリート様」
名前を呼ばれ、私は彼のほうを見る。なぜだかヴィルフリート様は心配そうに私のことを見ていた。
その表情が何を意味するのか分からず見つめていたが、彼は私の左手を取り少しだけ自分の側に引き寄せた。
「これで、俺たちは夫婦になったわけだ。アルヴィナ……末永くよろしく頼む」
「はい、ヴィルフリート様。言われなくてもそのつもりです」
これは、政略結婚だ。
その末永くは、本当に末永く――私は、自国に帰ることも許されないだろう。この同盟が破棄されない限りは、私はこの国で骨を埋めることになる。
会場の端にいたリーリヤを見つけ、私は微笑んだ。
まあ、私なら何とかやっていけるだろう。今までもずっとそうだったから。
祝福の拍手を聞きながら、私は神殿の天井に嵌めこまれた美しいステンドグラスに目を奪われていた。