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06 お庭デート


「王女、あれが我が王宮の庭園が誇る真紅の薔薇だ。年中その色と花を保つために特殊な肥料を用いている。王宮の庭師はとても腕がいい」

「そうなんですね。とても美しい薔薇ですね。それにとても良い香り」

「それはよかった。気に入ってもらえて何よりだ。それに、王女が晴れて王太子妃になったあかつきには、この庭園に自由に出入りできるだろう」

「そうなの!? それは、今からとっても楽しみね」



 翌日、ヴィルフリート様は私の部屋を訪ねてきてくれた。


 約束通り、真紅の薔薇が咲き乱れる庭園を案内してくれることとなり、私は胸を弾ませながら彼に手を引かれ庭園を歩いた。

 庭園内にはバラの香りが立ち込めており、春の風に吹かれてさらに香りがぶわっと押し寄せてくる。暖かな日差しの中、大きな彼に手を引かれて歩くこの時間はとてもかけがえのないものだった。

 ヴィルフリート様は、丁寧に庭園のつくりや薔薇のことを教えてくれた。その横顔は、どこか緊張しているようにも見えたが私は薔薇に夢中でそれどころではなかった。

 自国では咲かない花の女王――それが薔薇のように思えた。



「王女は、よく笑うな」

「えっ、変ですか?」

「いいや、そういう意味で言ったんじゃない。その、顔が……」

「顔が?」



 ヴィルフリート様のほうを見ると、んんっ、と咳払いをして視線をそらされてしまった。何か言いたげだったようにも見えたが、気のせいだっただろうか。

 縁談はうまくいき、早朝あたりに正式に手続きがされ私とヴィルフリート様は晴れて婚約者となった。結婚式はこの月の月末に行われることが決まっている。

 私は、家族にその有無を伝えるため手紙を書いてリーリヤに渡したが、結婚式当日に来るかどうか怪しい。むしろ、来ないとすら思っている。

 理由は明白だ。



「本当にきれいな庭ですね。ヴィルフリート様。連れてきてくださり、ありがとうございます」

「王女。昨晩はよく眠れたか?」

「はい? はい、ぐっすりと」

「……長旅だっただろう。疲れが取れていないなら遠慮なく言って欲しい」



 私は大丈夫なのに、ヴィルフリート様はとても心配そうに私を見てきた。

 こういう場合はどうこたえるのが正解なのだろうか。

 実際に、案内された部屋のベッドは温かくふかふかだったし、ぐっすりと熟睡できた。スヴェルカーニエ王国と比べて、温暖な気候であるゆえに、凍てつくような寒さに怯えることもなく朝を迎えることができたのだ。

 長旅ではあったが、冬の寒さに比べればどうってことないし、見るものすべてが新しくて世界がキラキラと輝いていた。



(ヴィルフリート様はお優しいのね!!)



 私にとっては非日常的な夢のような一日だったが、それでもヴィルフリート様は私に何か不便があったのではないかと思い込んでいるようだ。その気遣いに、私は感激してついつい手がパタパタと動いてしまった。

 今は『人』の姿だというのに、ついつい癖で手が動いてしまうのだ。それを、不思議そうにヴィルフリート様の真っ赤な目がとらえている。



「どうした? 王女」

「いいえ、何でもないです。ヴィルフリート様」



 笑ってごまかしてみるものの、ペコリぺこりとお辞儀をするのもやめられない。どうしても、ペンギンとしての習性が出てしまって恥ずかしい。

 今は、人の姿でヴィルフリート様と接しているのだ。獣人の国のルールにのっとって生きていては伝わるものも伝わらない。

 人間の愛情表現は、直接好きだと伝えることだろう。

 しかし、いざ好きや、嬉しいと口にしてみようと思うと唇が張り付いて動かなくなってしまう。



「あああ、朝ご飯とてもおいしかったです!!」

「朝ごはん?」

「はいっ! 私、とても食べることが好きで。ヴィルフリート様が、手配してくださったのかはわかりませんが、朝食に魚料理が出て。それが絶品だったんです。焼き加減も最高で、ハーブの香りがして……」

「本当に、王女は面白いな。この国にいる令嬢とは違っていて、お前のその表情を見ていると心が現れる気がする」



 ぷっと笑い、ヴィルフリート様は口元に手を当てていた。

 率直な疑問が生まれた。普通の令嬢は普段どんなことをしているのだろうか。

 ヴィルフリート様はそんなご令嬢たちと関わってきているだろうし、私の存在がイレギュラーなのもわかる。だが、分け隔てなく接してくれる優しさに、私は心をときめかせていた。



「王女の国は、そういう貴族の階級差はあるのか?」

「私の国ですか?」

「ああ。王女と結婚するにあたって、やはり王女のことをもっと知らなければならないと思ったんだ。俺たちの国は種族が違う国同士だろう? 俺も、王女についてまだまだ知らないことだらけだし、王女の国の文化について知りたい。同盟を結ぶんだ。お互いに理解しあえる関係になるのが素敵だとは思わないか?」



 ヴィルフリート様は真紅の薔薇を見つめながらそう言った。彼の目には薔薇が映っているわけではない。

 私は彼の視線の先を辿り、真紅の薔薇の隣に純白の薔薇を見つけた。庭師が整備していると言っていたが、こんなことは起こるのだろうか。

 一つだけ白い薔薇。その白さは、周りが赤いがためにより際立って見えた。まるで、はぐれもののようだ。



「ヴィルフリート様の言う通りだと思います。ヴィルフリート様は、獣人がなぜ国家をつくるまでに至ったかご存じですか? 獣人が今の姿になるまでの過程をご存じでしょうか」

「数千年前にこの地に流星が降り注ぎ、獣が人間の形になったという神話のような話が始まりだろう? 国家建設に至っては、すまないが勉強不足だ」



 ヴィルフリート様はそういうと、優しく目を伏せた。しかし、何も恥ずべきことではない。

 おおよそ彼の言っている通りである。


 獣人が今の人の姿になったのは数千年前のこと。ある日、流星群がこの地に降り注ぎ獣たちは人の身体を得た。だが、人の身体を得ただけで人語を喋れるわけでもなく、段々と今の人間に近い生活様式になっていったのだ。

 今ではおとぎ話のような話だが、私の中にその遠い先祖の記憶がある。はっきりとはわからないが、美しい七色に輝く流星群が、闇夜に瞬き、獣たちは空を見上げた。そして、いつしか空に手を伸ばしていたのだとか。知らぬ間に自分の手が人間のものになり驚いた獣は多かっただろう。

 それからというもの、獣人はその身体で生きていくための術を考えた。


 今回の同盟に至るまでに、人間の文化を取り入れたのは、そんな獣人を気にかけ交流してくれた人間の旅人がいてくれたからだ。その人間は、いつか獣と会話できたらいいと思っていたらしい。それもまたおとぎ話ではあるが、こうして人間の文化をまねし、生活しているということは少なからずそういった歴史があるからだろう。



「獣が人の形になったのは、神様の悪戯かもしれません。ですが、今回のこの縁談のようにいつかは獣と人が会話できる世界を神様が望んでいたのではないでしょうか」

「王女の言う通りかもしれないな」

「ならば、私たちをつなぐ機会をくれた神様に報いるために、この結婚は成功させなければならないでしょう」



 私はきゅっと胸の前で手を握った。

 私たちが人の言葉を話、二足歩行で歩くようになってから数千年。ようやく、人間の国と交わる機会に恵まれたのだ。

 そう思うと、国のためとか小さな単位ではなく、獣と人、あるいはこの星に住む生き物同士の共存――そんなふうに考えたらもっと素敵ではないだろうか。

 私がヴィルフリート様に微笑めば、彼はハッとしたように顔を赤らめた。また、口元を手で覆い頬を赤く染めている。

 私はこの人のことをもっと知りたい。そのきっかけが、同盟だったとしても。



「ヴィルフリート様、私は貴方のことが知りたいです。これから、もっとあなたのことを教えてくださいね」

「王女……」

「私のことは、アルヴィナと呼んでください。一応、その、夫婦? になるのですから」

「フッ、そうだな。では、アルヴィナ……と呼ばせてもらおう」



 はいっ、と私が答えれば、ヴィルフリート様はスッと手を伸ばした。私がその手の行く先を見守っていれば、ふわりと私の頭を彼の手が撫でる。

 その撫で方は、とても優しくてまるで壊れ物を扱うように繊細で。

 私は、思わず目をぱちくりとさせた。

 彼の真っ赤な瞳が私を見つめているのだ。惚れ惚れする赤色に私は吸い寄せられそうになったが、そこで彼の瞳から感じられた熱にずくんと身体に熱が集まった。



「ぴぎゅっ!? あ、あ……の」

「す、すまない、つい……」



 ヴィルフリート様が慌てて手を引っ込めた。そして、また彼は視線をそらしては頬を赤らめている。

 私はその顔を見て、つられるように顔が熱くなり、彼と同じように頬を赤らめた。



(な、なんだか変な気持ち……)



 ごくん、と唾を飲み込み私は自分を戒める。きっと慣れない状況に戸惑っているだけだろう。そうだと思いたいが、未だに心臓の鼓動は早まったままだ。



「では、そろそろ行くとしよう。ここから忙しくなるだろうし……ア、アルヴィナも気を引き締めてくれ」

「は、はいっ」



 ヴィルフリート様は軽く咳払いをすると、私に手を差し伸べた。まだ、名残惜しそうな顔をしていたが、彼はその気持ちを押し切って私が手を取ると同時に歩き出した。

 顔が、胸が熱い。



(とっても不思議な人……)



 目が離せなくて、キラキラしている。

 私はそんなヴィルフリート様の背中を追いながら一生懸命足を動かして歩いたのだった。





◇◆◇◆




「リ、リーリヤ!!」

「おかえりなさいませ、アルヴィナ様……うわっ!?」



 ヴィルフリート様とのお庭デートの後、私は駆け込むように部屋に入った。そこには私の衣服や持ち物を整理しているリーリヤがおり、私は彼女に抱き着いてしまった。

 部屋の扉が閉まったのと同時に、ポンっとかわいらしい音をたて私は本来の姿――『ペンギン』に戻ったのだ。



「アルヴィナ様、珍しいですね。よっぽど、お庭デートが楽しかったのですね?」

「リーリヤ、分かるの? 分かるのね?」

「はい。我々獣人は感情が高ぶるか、意図的に本来の姿に戻ることができますから。アルヴィナ様は基本的に、人の姿で生活していますから。アルヴィナ様のメイドになって何年経つと思っているんですか?」

「それもそうね……」



 私はまあるいフォルムになって、短い脚をパたつかせた。

 私たちコウテイペンギンは全長一メートルほどの獣で、多くの羽毛に覆われている。そのため、寒さには強いのだが……



(内側から、燃えるようなこの熱は何?)



 ヴィルフリート様に頭を撫でられてから、熱が引かない。彼には特殊な力があるのだろうか。

 今までに感じたことのない感情に戸惑いつつ、私はリーリヤに抱きかかえられながらベッドに移動する。この姿では、ベッドにたどり着くまでにかなり時間がかかってしまう。また、お腹で滑ってもいいが、滑り心地の悪そうな床にはあまりお腹をつけたくない。


 リーリヤにベッドの上におろしてもらい、私はやわらかなシーツの上でころころとのたうち回った。こんな姿、ヴィルフリート様には見せられない。

 最近は人の姿でいることが多いため、この姿に戻ると動きがもっさりとしていることが分かる。短い脚に、鋭いくちばし。丸い目に、パタパタとものがつかみにくい手。私はこの姿が好きだが、人間が見たらびっくりするだろう。

 獣人が獣の姿に戻れば、獣人がただの獣か見分けがつかなくなる。



「その姿のアルヴィナ様はとても愛らしいんですから、いつか殿下に見せてあげたらどうですか?」

「うぅ……ダメよ。さすがに幻滅されるわ」

「何故そう思うのですか?」



 私は、枕にくちばしが刺さって穴が開かないように仰向けになり天井を見た。



「ヴィルフリート様がいっていたじゃない『誰が、野蛮な獣人の国の女と結婚するものか!!』って」



 その言葉にリーリヤは絶句した。

 彼女もあの場でばっちりと聞いていたからだろう。

 もちろん、ヴィルフリート様は私との結婚を本気で嫌がっているわけではない。あの時は、どんな獣人がくるかわからず言ってしまったのだろう。彼の事情も加味すれば、ヴィルフリート様が獣人を恐れていても仕方がないことだ。

 彼は、私にその言葉を聞かれたことを意識しているようで、なるべくその話題に触れないようにしている。

 人間の姿の私を愛してくれているのかもしれないが、獣の姿になれば彼の興味関心はなくなってしまうかもしれない。


 野蛮な獣人――野蛮な獣。


 彼の中の獣に対する認識はすぐには変わらないだろう。

 私も、直接言われれば傷つくが彼が本当に悪い人じゃないことを知っているから、私が獣の姿にならなければいい問題なのだ。

 だから、この姿はいくら夫となる人であっても見せられない。



「アルヴィナ様……」

「平気よ、平気……それに、さっきのお庭デートとても楽しかったんだもの。このまま上手くやっていけるわ」



 私が微笑めば、リーリヤは無理やり笑みを作り「そうですね」と言ってくれる。

 獣の姿を見せるイコール婚約破棄……いや、離婚となる可能性がある。ならば、この姿は隠し通さなければならないだろう。

 私は改めて、この本来の姿を封じると決意し、心を落ち着かせ人の姿に戻ったのだった。



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