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05 ヴィルフリートside


「カスパーいるか!!」

「殿下、夜中に大きな声を出すものではありませんよ」

「まだ、夜は始まったばかりだろう。それに、戦場ではこの時間も気が抜けない。お前も知っているはずだろう?」



 カスパーは、はあ……とため息交じりに言うと、長い前髪を横に長し俺を見た。

 執務室に戻ると、彼は俺の席の近くで書類をまとめている最中だった。てきぱきと書類をまとめる姿は、さすが俺の右腕と言うべき姿だろう。

 カスパー・ホルロージュ――フィクスシュテルン王国のホルロージュ侯爵家の次男である彼は、俺と乳兄弟であり、今は俺の補佐官・右腕として働いてくれる非常に優秀な男だ。

 俺はつい昨日敵国の偵察から帰ってきたところだが、先にカスパーを帰し、我が国に嫁いでくる王女について調べてほしいと頼んでいた。

 俺にはもともと婚約者がいたが、兄が我が国にあるとある村に視察に行き流行病で命を失ったため、急遽兄と婚約するはずだった王女と俺が縁談することとなった。国からすれば、またとない機会で逃すわけにはいかないと思ったのだろう。何としてでも相手の国――スヴェルカーニエ王国との縁談を成功させたかった。それは、不出来な第二王子を立てることとなったとしても。



「王女様との食事は楽しめましたか?」

「ああ。あんなに小さな口をもぐもぐとさせ、小さなケーキに目を輝かせ、不慣れなテーブルマナーで……な、なんだ。その顔は!!」

「いいえ、楽しそうで何よりと思ったんです。殿下が他の人に興味を持つなんて初めてのことですから。この縁談は破談になることなく進みそうですね」



 よかった、よかったと、人ごとのように言うとカスパーはわざとらしく感動している真似をした。人差し指で目の下を擦り、時々鼻をすするような演技をする。



(他者に興味を持つか……)



 いきなりの話に多少は驚いたし、怒りもあった。

 それほどまでに、我が国は隣国のからの脅威にさらされているのだという危機感を痛烈に感じた。だからこそ、兄が抜けた席を俺が埋め、縁談を円滑に進めるよう努めなければならなかった。

 獣人の国は、国家として成立してからまだ歴史の浅い国だ。獣人という種族自体が、人間にとってはお目にかかれない存在であり、数千年前に獣から人の形を取ったとされている。しかし所詮関係は、人間と獣。人間は獣人を恐れ、獣人もまた人間を恐れて暮らしていた。そのため、交流は一切なかった。

 この縁談が成功すれば、我が国は人類史上初獣人の国と同盟を結んだ国となるだろう。

 そうなれば、隣国からの圧力も不平等な条約を押し付けられることもなくなる。人間はまだ獣人という存在を深く理解しきれていない。深く理解していないからこそ、恐れている。だが我が国は、その未知なる存在にすがらなければならないほど国が脅威にさらされていたのだ。


 兄の突然死に関しては、流行病のためとされているが不明な点が多い。死体から感染というのはよく聞くが、それが何日ほど潜伏するのか、現地に行かなければわからないことだ。しかし、首都にそのような病原菌を持ち込むわけにはいかない。

 一国の王子とは言え、あれだけ優秀だった兄が敵国に近い村で骨となるまで放置されるのだと思うと、やるせない気持ちになる。

 そんな兄の代わりとして、俺は立てられたわけだが……



(アルヴィナ王女……)



 長い黒い髪は腰まであり派手に外側に跳ねていた。しかし、黒々とした髪はまれにみる黒真珠のように美しく、その瞳もトパーズを彷彿とさせる輝きを放っていた。


 正直言うと、俺はこの縁談に乗り気ではなかった。


 もともと兄の縁談相手だったこともあるが、それ以上に俺も得体のしれないものと結婚させられるのはごめんだと思ったのだ。

 しかし、俺の前に現れた少女――女性は美しく、俺が想像していた獣人とはかけ離れた存在だった。獣の人というぐらいだから、てっきりライオンや、ヒョウといった獣人がくるものとばかり思っていた。兄もそんな自分よりも屈強な女性と結婚させられてかわいそうだなと思った時期もあったのだ。肉食の獣人であれば、自分たちが食べられる恐れだってあったわけだ――が、それをすべて覆すほど小さな王女が来た。

 もちろん、俺は何も知らなかった。カスパーが仕入れた情報も多くはなく彼女に会うまでは、顔も合わせたくないと思っていたのだ。だが、やってきたのはペンギンの王女。兄はそれを知っていたのだろうか。



(そもそも、ペンギンとは何だ……?)



 ペンギンの獣人と彼女は言っていたが、そもそも俺は獣人に会ったこともなければ、ペンギンも知らない。彼女はまだ未発達の女性かと思いきや、あれで成人しているというのだ。子供のような身長に驚いてしまった。

 そんな驚きはあったものの、彼女は一寸の狂いもなくお辞儀をし俺に無邪気な笑顔を向けてくれたのだ。その表情があまりにも愛らしかった。形のいい口に、ふっくらとした頬は桃色に色づいており、黒い眉はほんの少し下がっていた。



『――か……』

『か?』



「かわいかった……」

「殿下、心の声が漏れていますよ」



 カスパーに指摘され、俺はしまったと口元を手で覆った。

 彼女に出会ってついつい心の声が漏れそうになってしまった。そして、咄嗟にカスパーの名前を呼んでごまかしたが、あの時も王女はきょとんとした丸い目で俺を見ていた。その表情は今思い出しても、あまりにも愛らしい。



「仕方がないだろう。あんな愛らしい王女が嫁いでくるなど知らなかったんだ! 事前情報は、お前が仕入れたものしかなかっただろう。それに、あんな……!!」

「すっかり、ご執心ですねぇ~殿下」



 にやにやとカスパーは、含みのある笑顔を浮かべた。その表情に苛立ちつつも、今回ばかりはカスパーの指摘が正しかったため反論できなかった。

 あの兄の代わりだと言われたときは怒りで我を忘れそうだった。

 兄の代わりになんてなれないし、お下がりのように王女と縁談させられるのも腹が立った。そして、実際に王女と顔を合わせれば彼女自身も縁談相手が変わったことを知らない様子だった。

 我が国は、獣人の国をいい盾としか思っていない。それ以外の感情はなく、どのように扱ってもいいと思っているのだろう。彼女が、王宮の中をうろついていたのも、誰も案内しないからだと後程知った。



(そもそも王女も、異国の地までくるのに従者を一人しか連れていなかったな……)



 何か事情があるのだろうが、それについては触れられなかった。

 獣人の国は人間の国の文化を模倣しているといった。そのため、王族たるもの従者を多く連れて権力を象徴……というのがないのかもしれない。

 ただ、やはりこちらの対応が悪かったのは事実で、王女を案内しなかった使用人たちには相応の罰を受けてもらった。

 これで少しは王女もこの王宮内で楽に過ごせるようになればいいが。



(またあの笑顔を――……って、俺は何を考えているんだ!?)



「殿下どうなさったのですか?」

「……ああ、何でもない。明日は、王女を庭園を案内する予定だ」

「それは、デートという認識であっているでしょうか」

「ふぁっ!? デ、デートだと!? ただ、案内するだけだ」

「しかし、殿下の顔は随分と真っ赤ですよ?」

「お、俺は真っ赤になってなどいない!! お、お前も仕事が終わったのなら部屋へ帰れ」



 しっしっとカスパーを睨めば、彼はどこか嬉しそうに笑っていた。



「殿下のそのようなお顔を見れて、私は大変うれしく思いますよ。ついこの間までは視察でピリピリとしていらっしゃったので……それに、貴方の頭の中には常に」



 そこまで言いかけて、カスパーはふぅと息を吐いた。



「分かっている。死者は生き返らない……だが、俺にいっしょうつきまとわりつづけるだろうな。俺は、そういう運命のもと生まれた人間だ。きっと、王女も兄が生きていたら、兄のほうがいいはず」

「殿下……」



 王女は何も知らないようだ。

 俺に魔力がないことを気づいたようだったが、それを指摘したりはしなかった。

 自身の傷だらけで無様な手のひらを見て、グッとこぶしを握り込んだ。俺は、優秀な兄には勝てない。兄が死んだことに安堵しつつも、兄を越えられない自分の無力さや、今後も兄と比べられるだろう現実に震えている。

 王家に生まれながら魔力を一切持たない俺は『無能』だ。



(ハッ……これでは王女に幻滅されるか)



 明日は王女を庭園の案内するという約束があるというのに。このような憂鬱な気持ちではだめだ。



「カスパー、今日は早く寝ろ。明日に備えるぞ」

「分かりました。殿下。では」



 カスパーは深く頭を下げ執務室を後にした。

 俺は、それからしばらくして席につき大きなため息をつく。



「アルヴィナ王女……俺の、結婚相手」



 子供のように無邪気で、まるで天使のように愛らしい彼女。

 その瞳に映っただけで、俺はこれまで感じたことのない優越感に浸れた。これが、世間で言う一目惚れというやつかと鼻で笑ってしまった。だが、事実なのだ。俺が彼女に興味を持ったのは。しかし、あちらは政略結婚だと割り切っている。なのに、俺を知ろうとしてくれているのだから不思議だ。


 今日の食事ではなかなか話が弾まなかったから、明日、挽回しようと思う。そうして、彼女のことを聞き出して少しずつ知っていければと思うのだ。

 彼女がどんなことを好きなのか、どんなことに興味があるのだろうか。

 お互いに知る時間はあるはずだ。これがたとえ政略結婚であり、兄のおさがりの相手だったとしても――俺が、王女の最後の相手になれればそれでいい。


 俺が唯一兄から譲り受けた、俺だけのもの。


 俺は、部屋の明かりを消し闇の中で目を閉じた。黒く染まった瞼の中にあの花のような笑顔が浮かんできて、フッと口の端を持ち上げたのだった。



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