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04 デザート


 どれくらい時間が経っただろう。


 その後、何事もなかったかのようにヴィルフリート様との楽しい会話も弾み、そろそろお開きにしようかという雰囲気になっていた。

 先ほど出されたデザートは、お皿の上はすっかり何もなくなっており、生クリームが少し残っている程度だ。



「本日はお食事に誘っていただきありがとうございました。ヴィルフリート様とお話しできて、とても有意義な時間だったと思います」

「そうか、それならよかった」

「はいっ。私も、人間の国の文化には不慣れですが、これからたくさん知っていこうと思いますので、末永くよろしくお願いします」



 口元を拭きながら私はそういうと、ヴィルフリート様は満足したように笑っていた。

 顔が強張ったり、眼が冷たくなったり、かと思ったら微笑んだり。ヴィルフリート様のお顔はころころと表情が変わって面白い。まるで、予想のできない天気のようだ。

 とりあえずは、嫌われていないようで安心した。

 第一印象はよくなかったかもしれない、と不安でいっぱいだったが、それすら忘れられるくらい会話に没頭していた。

 この人のことをもっと知りたい。そう思わせてくれる食事会だった。また機会があれば誘って欲しい。



「王女?」



 急に黙り込んだ私を不思議に思ったのだろう。ヴィルフリート様に声をかけられる。顔をあげればそこには、美しい赤色の瞳があった。銀色の髪はさらりと耳から落ち、光りを受けて輝いている。

 いつの間にこの距離まで移動してきたのだろうか。



「ええっと、ヴィルフリート様どうしましたか?」

「いきなり黙ってしまったから心配になったんだ。食事はおいしそうに食べていたし、食後のデザートも……」

「デザート! そう、デザートのことを考えていたんです。また食べたいなあって。我が国は、冷たいデザートしか出てこないので。甘いものは特別なんです」

「そうだったのか。それは知らなかった」

「ですので、こんなふわっふわしたデザートは初めてで。時々我が国に入ってくる人間の国の本を手にとっては、想像を膨らませる日々でしたから。実際に、ショートケーキを食べたのもこれが初めてです」



 慌てて、早口で言い訳めいた言葉を紡ぎながら、私は胸の前で指を動かしてケーキを表現していた。

 こんなデザートがあるだなんて、縁談でフィクスシュテルン王国に来たが、ここへ来た意味はこれだけでもあった。

 私が、あれこれと話していると、ぷっと噴き出すようにヴィルフリート様は笑った。その表情に、私が目を丸くしていると彼は「すまない」と謝罪を口にし、私に手を差し出した。



「部屋まで送ろう」

「いいのですか?」

「ああ。それに、お前を一人にするのは危険だからな」



 そういってヴィルフリート様は視線を逸らす。

 この人の目に私はどんなふうに映っているのだろうか。手を取らないのも失礼だと思い、私は彼の手を取った。私よりも何倍も大きな手。節くれだった指は少し冷たい。硬くて、剣を握っているのがわかる手だった。きれいな手ではあるが、その手のひらは剣だこがつぶれており、カサカサしている。



「ヴィルフリート様は、剣を長い時間握ってきたんですね」

「なぜわかる?」

「我が国は、人間の国の文化をまねして、騎士たちは剣を握っています。といっても、剣よりも先に足や手が出てしまう騎士ばかりですけど。でも、その騎士たちは懸命に剣を振るい、鍛錬を重ねていて……その騎士たちの手を見せてもらったとき、ヴィルフリート様と似たような痕がったんです」



 私がそういうと、ヴィルフリート様はもう片方の手を見た。



「嫌か?」

「嫌とはどういう意味ですか?」

「……王女の手は、子供のように小さい。俺に握りつぶされるんじゃないかと怖くないか?」

「いえ。かっこいいと思います。大きくて、強そうで。強いってかっこいいんですよ」



 私の言葉に、ヴィルフリート様は少し眼を見開いて、その後恥ずかし気に微笑んだ。



「そんなことを言われたのは、初めてだ」

「そうなのですか?」

「ああ……それに、俺は強くない」



 ヴィルフリート様は顔から表情を消してしまった。その顔は寂し気で、どこか遠くを見ているようにも見える。その真っ赤な瞳に宿る劣等感に私は言葉を失った。


 なんて言えばいいだろうか。

 ヴィルフリート様はその後何も言わずに私の手を引いて、部屋まで案内してくれた。

 部屋を出るとすっかり日は沈んでおり、夜の闇が王宮内に入り込んできていた。ぽつぽつとついている明かりを頼りに、私たちは廊下の真ん中を歩く。

 ヴィルフリート様は私の歩くスピードに合わせてくれており、何も言わずとも気遣いを感じた。

 並んでみると、ヴィルフリート様との身長差を感じる。私の視線は彼の胸くらいにあり、彼の顔を見ようと思うともう少し頭をあげないと見えないのだ。


 ダイニングルームを出てからこれと言って会話がない。私とヴィルフリート様の足音が響くばかりで、廊下は静まり返っていた。昼間に見たときとはまた違い、大きな甲冑も、芸術的な壺も影を落とし、恐ろしいもののように目に映った。

 なんだか不気味だ、と私は彼の手をぎゅっと握りしめる。すると、彼の指先がピクリと動いた。



「どうした、王女」

「いいえ。あの、何から何までありがとうございます。部屋まで送っていただけるなんて思っていなくて」

「……先ほども言ったが明日には手続きが行われ、俺たちは晴れて婚約者になる。それから、結婚までは秒読みだろう……ならば、いずれ夫婦となる王女を部屋まで送らないわけにはいかない」



 ヴィルフリート様はそういうと、歩くスピードを緩める。

 義務感で私といてくれるのだろう。気を遣わせてしまっているな、となんだか申し訳ない気持ちになる。

 エスコートされるように彼の横を歩きながら、ふと窓の外が気になった。闇に包まれてしまっているが、ここへ来たとききれいな赤い薔薇が咲いていたのを思い出したからだ。王宮は一日で回れないほど広く、私の知らないきれいな庭があるに違いない。スヴェルカーニエ王国は、草花は育ちにくく、冬になれば一面雪原と化す。だから、赤々と大きな花びらをまとい咲き乱れる薔薇には心惹かれたのだ。

 真っ暗な窓に映るは、私とヴィルフリート様の姿だけだ。



「外が気になるか?」

「……はい。とても、気になります。スヴェルカーニエ王国には、薔薇は咲きませんし、きれいな庭園も冬になれば一面真っ白ですから」

「明日、王宮の庭園を案内しようか?」



 思わぬ提案に思わず、えっ!? とヴィルフリート様のほうを見る。彼は、私がそこまで驚くと思っていなかったのか、目を丸くしていた。



「どうした、不満なのか?」

「いいえ! まさか、ヴィルフリート様が直接案内してくださるなんて思ってもいなくて……ヴィルフリート様は、忙しくないのですか?」

「そんなこと聞かれたことなかったな……気にするな。それと、王女……王宮を案内しなかった従者たちについては処分を下しておいたからな。一国の王女に対しての態度ではなかった。それに、職務怠慢だ」

「……そうだったんですか」



 私はぽかんと口を開いたまま何も言い返せなかった。

 ここにきて一日が経とうとしているが、その間に処分が下されたのかと驚いているからだ。そうでなくとも、たったそれだけのことで――



(たったそれだけ……じゃないのかもしれないわね)



 人間の国の分かはわからない。ましてや、王室のこと、王宮で働くものの態度のこと。私は知らないことだらけだ。

 だが、リーリヤがここでやっていける自信がないといった問題が排除されたともなれば、彼に感謝を伝えるべきだろう。その処分が適切なものであったかどうかは分からないが。



「ありがとうございます。ヴィルフリート様」

「……王女を獣人の国から来たというだけで差別し、職務を怠っていたものだから王女が気にする必要はない。最も、これはただの牽制にしかならないだろうが。何かあればすぐに言って欲しい」



 牽制?  私はこてんと首を傾げた。ヴィルフリート様はそれ以上この話は終わり、と言わんばかりに口を閉じ、進行方向に向きなおる。



「話は以上だが、明日、昼頃に王女の部屋を訪れる。それから、庭園を案内しよう」

「はい。楽しみにしていますね」



 会話は、ちぐはぐとしているが優しさをところどころ感じられる。この人は悪い人ではないのだと、私は彼の手を握りなおした。ヴィルフリート様の手は少しだけ熱くなる。気のせいだろうかと思っていたが、その後、少しだけ歩くスピードが速くなったのはやはり気のせいではなかった。

 部屋に送り届けてもらい、ヴィルフリート様は足早にその場から去ろうとした。



「ヴィルフリート様」

「何だ、王女」

「……おやすみなさい。よい夢を」

「……っ、ああ。王女も」



 おやすみの挨拶をすると、ヴィルフリート様は丁寧に返してくれた。それから彼は廊下の闇に包まれて見えなくなってしまった。

 リーリヤに遅かったですね、と言われ私は部屋に戻り彼女に、食事中何があったか話を聞いてもらうことにした。

 


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