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03 お食事会


「お待たせしてしまって申し訳ありません」

「……ああ、気にするな」



 広間まで案内されると、そこにはすでにヴィルフリート様が座って待っていた。白いテーブルクロスが引かれた長机にはづらりと豪勢な料理が並べられていた。

 そんな机の一番奥にヴィルフリート様が座っている。遠目から見てもわかるほど彼は見目麗しく、その立ち振る舞いはまさに王族のそれだ。

 私はヴィルフリート様の目の前の席に腰を下ろす。といっても、かなり距離があり、声を少し張り上げないと相手に言葉が届かないかもしれない。

 ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、私は笑顔を作りヴィルフリート様のほうを見た。すると彼は口元を手で押さえ視線を逸らす。

 もしかして、また何かしてしまっただろうか。それとも、同じドレスだから見るに堪えないと?

 様々な想像がよぎったが、私はそれらを一切顔に出すことなく彼を見つめていた。



「……髪型を変えたのだな」

「えっ……そうなんですよ!! 気づいてくださいましたか? これは、侍女のリーリヤにセットしてもらって。リーリヤっていうのは、私の後ろにいたメイドのことで。彼女も私と同じペンギンの獣人なんです。彼女小さいでしょ? アデリーペンギンはもともと小さくて、コウテイペンギンとは大きさにかなり差があるんです。ああ、それで、私の髪の毛はすごくくせ毛で、扱いづらいらしいんですけど、リーリヤの腕がすごくて」



 あ、と気づくころにはぺらぺらとしゃべってしまっていた。

 ヴィルフリート様に気づいてもらえたことが嬉しくてついつい喋ってしまったが、無礼だっただろうか、と私は恐る恐る彼を見る。

 しかし彼は特に気にした様子もなく、むしろどこか嬉しそうに笑っていた。口元を手で覆っているが、頬が上に上がっているように見えた。



「そうか。よく似合っている」



(……え? 今、なんて……?  似合ってるって言ったの?)



 私は瞬きして、それから首を傾げた。

 彫刻のように美しい顔がほんのりと色づいている。

 先ほどは、冷たい印象を受けたが、それでも美しいならよし! と思っていたのに、彼はそんな顔もできるのかと驚いた。

 ついつい見惚れてしまい、私はまたお礼を述べることを忘れていた。



「あ、ありがとうござい存じます……」

「ふはっ……面白い言葉だな。それは、獣人の国では普通なのか?」

「いえ……ヴィルフリート様?」



 ついには、耐えきれなくなったとでもいうようにヴィルフリート様は噴き出した。

 生理的ににじんだ涙を目の端にため、く、くっと肩を震わせて笑っている。その顔は、彼の振る舞いからでは考えられないほど幼く見えた。



(体が大きいから、私よりも年上だと思っていたけれど、どうやら年は近いみたいね)



 彼のことをよく知らないため憶測でしかない。

 ただ、彼の笑顔がとても愛らしくて、胸がきゅっと締め付けられた。私の未来の旦那様はこんなにもかわいい!! 美しいだけではなく、幼い愛らしさも持ち合わせている。



「すまない、笑ってはいけないな。決して、王女の国の文化を馬鹿にしているわけではない。気を悪くさせてしまったら申し訳ない」

「とん……とんでもないです! ヴィルフリート様!! むしろ、ヴィルフリート様の知らない一面を見ることができて、私は感激しています」

「俺の、一面?」

「はいっ」



 私が言っていることが理解できないというように、ヴィルフリート様は困惑の表情を浮かべた。先ほどのように笑っていてくれればいいのに、と思ったがこれはこれで悪くない。



「改めて、お食事に誘っていただきありがとうございます。大変嬉しく思います」

「そうか。断られたらと思ったが…………王女のことを知るために食事に誘ったのだ。俺たちの関係性は、まだ縁談を進めているという状況。しばらくすれば、正式に婚約者となり、ゆくゆくは婚姻を結ぶことになるだろう」

「心得ております」

「それならいい」



 その言い方にはどこか棘を感じ取れたが、そんなことはお構いなしに私は笑った。彼が私のことを知ろうとしてくれているのなら、それに応えたいと思ったから。ヴィルフリート様には私のことをできるだけ知ってもらおうと思う。

 私は、目の前の料理に視線を落とした。

 並べられた料理は肉料理が多く、彩が少し良くない。人間の国は肉を主食に、好んで食べているのだろうか。そう、私が不思議に見ていると、ごほんとヴィルフリート様が咳払いをする。



「……てっきり、肉食系の獣人がくるものだとおもっていたからな。肉料理ばかりにしてしまった。食べられないなら下げるが」

「いいえ、私も肉食系の獣人ですから」

「は?」



 私の言葉に、ヴィルフリート様は素っ頓狂な声を出した。そして、私を凝視する。



(ああ、私がペンギンの獣人ってことを知らなかっただけじゃなく、ペンギンそのもの自体を知らないのね)



 あまり知られていないからだろうか。それとも、私の身体が小さいからか。

 ヴィルフリート様は信じられないものを見るかのように口を開けたままこちらを見ている。これは、説明してあげないとかわいそうな気がしてきた。



「ペンギンは肉食です。主に、魚やイカなんかを食べます。といっても、獣人は人の姿をしている獣ですから、人間と同じように何でも食べられますよ。なので、心配はご無用です。もちろん、好物はありますけど」



 私が説明を付け加えると、ヴィルフリート様は驚いたように目を丸めたが、納得したように手を下ろした。



「そうだったのか」

「はい! ですから肉料理も大歓迎です」

「……そうか」



 私がニコリと答えると、ヴィルフリート様はさらに安心したように微笑んだ。

 その顔が見れただけでも、説明したかいがあったと思う。



(会話は順調ね。ヴィルフリート様も、いろいろ話を振ってくださるし)



 私は、カトラリーに手を伸ばし、肉料理に手を付けた。

 薄くスライスされたお肉が並べられている。食べやすいようにと、気を遣ってくれているようだ。一口サイズに切り分けられたそれを口に運ぶ。噛むと肉汁が溢れだして柔らかい味がした。



「うん……美味しいです」



 思わず漏れた言葉にヴィルフリート様は満足そうな笑みを見せた。

 そんな顔をされてしまうと、私も嬉しくなってしまう。

 最初は不安だったが、案外仲良くなれるかもしれない。そう思いながら、私は食事を進めていった。

 それから、しばらくたってデザートが目の前に運ばれてきたときだった。目の前のデザートは愛らしい丸いショートケーキ。赤いイチゴも丸々としていて、ヴィルフリート様の瞳のように鮮やかだ。

 私はそんなケーキを様々な角度で見つめていた。すると、ヴィルフリート様がふいにある話を振ってきたのだ。



「王女は、政略結婚とはいえ俺でいいのか?」



 視線をヴィルフリート様のほうを向ければ、彼の顔はどことなく曇っていた。

 いったいその言葉はどのような意味を持っているのだろうか。政略結婚は、相手を選ぶものではない。

 俺でいいのか? と言われても、あなた以外誰がいるというのだろうか。

 そう、私が思考を巡らせているとヴィルフリート様は目の前のイチゴをフォークで突き刺した。なんてもったいないことを! もしかしたら、イチゴは最初に食べる派なのかもしれない。

 そう思いながら見つめていれば、ヴィルフリート様はイチゴを突き刺したまま話をつづけた。



「王女は気にならないのか? なぜ、いきなり縁談の相手が変わったか」

「先ほども申しましたが、私はまったく気にしておりません。私に課された使命は、フィクスシュテルン王国の王族との婚姻です。そちらの事情を深く聞くのはマナー違反だと思い……ヴィルフリート様?」

「王女は、この縁談の意味をしっかりと理解しているんだな」



 それはどういう? と私が聞こうとすると、ヴィルフリート様はお皿の上でイチゴを潰した。フォークの隙間から赤い果肉が飛び出し、見るも無残な姿になる。



「俺には、婚約者がいた。だが、兄である王太子がとある視察で流行り病にかかり命を落としたという報告を受け、俺が代わりになったのだ」

「……王太子殿下が亡くなられたと?」



 しかし、私が気になったのはそこではない。

 ヴィルフリート様に婚約者がいたという事実だ。


 彼の表情から察するに、ヴィルフリート様はその婚約者のことを愛していたのではないだろうか。

 第二王子であるため、いずれ王位を受け継ぐ立場ではない。そのため、王太子である第一王子殿下より、ヴィルフリート様は自由があったのではないだろうか。その婚約者とも上手くいっていて、結婚も近かったかもしれない。

 しかし、第一王子が亡くなったことにより、我が国との縁談を破談にさせないためにヴィルフリート様を代役として立てた。ヴィルフリート様は婚約者との婚約を破棄する羽目になった、と。だいたいこんな感じだろうか。



「王太子殿下のお葬式は?」

「兄の遺体はまだ帰ってきていない。どうやら、その集落の流行病は遺体からでも感染するものらしい。そのため、いくら王族の遺体であってもむやみやたらに王宮に持ち帰れないのだそうだ」

「それは……その、何と申し上げたらいいか」



 それが、つい最近の出来事なのだろう。

 となれば、ヴィルフリート様が私に関する情報を持っていないのも無理がない。彼は何も知らないまま、政略結婚をさせられようとしているのだ。それも、亡くなった兄の代わりに。



(でも、それだけじゃない気がする……)



 彼の表情が浮かないのは、単に元婚約者との婚約が破棄されたからという理由だけではない気がした。もっと、彼の心の深いところにある何かが、彼の表情を暗くしている。



「王女が気にする必要はない。とにかく、相手が変わった経緯は伝えておかなければならないと思ったんだ」

「ありがとうございます……? ヴィルフリート様はお優しいのですね」

「そんなことはない。王女は知る権利があるからな」



 ヴィルフリート様は初対面時のように冷たく返した。

 どうやら、彼の触れられたくないポイントはそれらしい。



(兄……第一王子殿下……私が、本来縁談で顔を合わせる相手だった人……)



 私の国にその情報は一切入ってこなかった。つい最近の出来事だったからという理由ももちろんあるだろう。

 ただ、これもそれだけではない気がするのだ。



「互いの国にとってこの縁談はまたとない機会だ。互いに得られるものがある。この縁談は、破談にはできない。王女、当初とは予定が変わってしまったが、これからよろしく頼む」



 ヴィルフリート様はそう言って私を見つめてきた。その瞳は冷たく、しかしどこか悲し気で、見ていると胸の奥が切なく感じた。

 この婚姻に関して何の感情も浮かんでこないのは、国のためと腹をくくってきたからだ。だが、もし相手に人には言えぬ事情があって嫌々婚姻を結ぶことになっていたとすれば、それは申し訳なく思う。だからと言って、彼の言う通り破談にはできない。

 私は、そっとフォークに指を置きながら笑みを浮かべた。



「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。ヴィルフリート様」




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