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04 嫌がらせ


「今回は、あの日のような真似はしておりませんので。我が家が取引しているお茶をお楽しみくださいませ」



 すべての態度が疑わしく思う。

 彼女の笑みはどう考えても私を見下しているものにしか見えず、悪意を感じずにはいられなかった。

 ジュテーム侯爵邸につくと、馬車を下りてすぐ水をかけられた。水をかけたジュテーム侯爵家の使用人はクスクスと笑っており、明らかに私がここに来るのを知って準備していたようにも思えた。かけられた水も掃除をし終わった後の使用済みの泥水で、ドレスにはその水の異臭が染みついてしまった。

 水浸しのドレスのまま屋敷に上がることはできず、使用人たちに服を着替えさせてもらったが、その服も服は全体的につぎはぎが目立つ粗末な物だった。使用人たちは、自分たちが普段使っているものだと小馬鹿にするように言ったが、どう考えても使いまわされたもので、なんなら廃棄されたところから持ってきたもののように思う。

 その姿のまま私はシュフティ嬢が待つ部屋に戻り、部屋に入ったとたん彼女に指をさされて笑われてしまった。

 当然の反応であり、私はなぜ彼女がここまでするか理解に苦しんだ。



(獣人の被害にあったのは、シュフティ嬢の祖母なのでしょう? 偏見があるにしても、ここまでの嫌がらせは、やっぱり私がヴィルフリート様の妻になったことが原因のようね)



 シュフティ嬢から感じられる悪意は、嫉妬によるもの。

 どれほど、私を辱めようがヴィルフリート様の妻になれるわけがないのに。もしかしたら、私が離婚できないことを知って苛め抜こうという魂胆なのだろうか。



「とてもお似合いよ。獣の王女様」

「アルヴィナです。アルヴィナ・クランツ。私は、ヴィルフリート・クランツ第二王子殿下の妻です」

「……服に対して不満があるなら今ここで脱ぎなさいよ。獣はもともと服を着ないのだから、無理して着る必要もなかったでしょうにねえ?」



 見窄らしいと、シュフティ嬢は吐き捨てるように言う。

 自分だって大した服を着ていないのに、どの口で言っているのか。私は汚物を見るような目で彼女を睨んだ。それが気に食わなかったのか、シュフティ嬢はキッと目を吊り上げ睨み返してきた。

 同じ土俵に立ってはいけないと、私は我に返る。



(にしても……このお茶、本当に大丈夫かしら)



 目の前に置かれたお茶は、シュフティ嬢の前に置かれたお茶と同じ香りがする。しかし、この間やられたばかりなのですぐに信じられるはずもなかった。

 湯気もうっすらとしか出ておらず、かなり淹れられてから時間が経っている。ヴィルフリート様とのデートで飲んだお茶はとても美味しく、まろやかだったことを覚えている。

 ただ、匂いは普通なのでここで飲まないのも相手に失礼かと思った。



「あらあら、お茶が冷めてしまいますわよ。王女様。それとも、この間のことを根に持っているのかしら」

「貴方のやっていることは、とても幼稚で恥ずかしい行為です。ヴィルフリート様も、貴方との婚姻は望んでいないようでしたし、遅かれ早かれ婚約破棄されていたのではないですか?」

「獣風情が、知能を得たからって生意気な……ねえ、王女。この間のお茶に何が入っていたと思う?」

「はい?」



 シュフティ嬢の眼がニッと三日月形に細められる。

 彼女は、目の前のお茶を指さし口元に手を当てて笑っていた。



「そこら辺に落ちていた木くずを煮出して作ったのよ。それと、その土の下に埋まっていた幼虫の卵を入れておいたの。飲んでくれればよかったのに」

「なっ……!!」



 なんてものをお茶にしているんだ。

 私は、思わず悲鳴をあげそうになった。元から、頭がおかしいと思っていたがそれは越えてはいけないラインではないだろうか。

 もし、あの場でお茶を飲んでいたらどうなっていたことか。考えるだけでも恐ろしい。



(何で、何でそこまでするの……?)



「何でそこまで、私を嫌うんですか……」



 まだ出会って間もない令嬢。

 私がいくら婚約者を奪ったからとはいえ、それは政略的に仕方がないことだった。私だって、まさかヴィルフリート様と結婚することになるとは思っていたなかった。そのヴィルフリート様に婚約者がいることも知らなかったわけで。



(でも、これは彼女からしたら言い訳にしか聞こえないのよね)



 結果として、婚約者を奪うことになってしまったのだから。その怒りはごもっともだ。だからと言って、その怒りをぶつけるのは間違っている。



「何故ですって……」



 ピリリと空気が震える。

 そして次に瞬間、ガンッ――とテーブルが叩かれた。ティーカップが倒れる勢いでガタガタと震え、ソーサーとぶつかって音を鳴らしている。

 その刹那、シュフティ嬢の金切り声が部屋に響く。



「そんなの決まっているじゃない!! 貴方が、私からヴィルフリート様を奪ったからよ!!」

「ですから、それは謝っているではないですか」

「謝って済む問題じゃないのよ。この獣風情が!! 同盟? そんなの知ったことじゃないわ。そもそも、貴方と結婚する予定だった王太子殿下が病原菌が渦巻く村に視察に行ったのが間違いだったのでしょう!? そうでなければ、今頃、貴方は王太子殿下と結婚していたはずよ!! 王太子が死ななければ!!」



 シュフティ嬢は怒りに任せて私に言葉をぶつけ続けた。



「私はずっと前からヴィルフリート様の婚約者だったのよ。なのに、パッとでの貴方が‼ 獣人の貴方が、私からすべて奪っていった‼ こんな理不尽あって溜まるものですか」



 シュフティ嬢はティーカップをこの間のように持ち上げ、私に投げつけてきた。そのティーカップは運よく、私の横を通り過ぎていき、後ろの壁にぶつかってはじけ飛ぶ。パリン! と音を立て、背後で破片が散らばったのが分かった。

 彼女は髪を振り乱し、うまくいかない! と自分の人生を嘆き、叫んでいた。

 それほどまでに、ヴィルフリート様を愛していたというのだろうか。

 私には、まだ愛という感情はよくわからない。この結婚も政略結婚だった。でも、ヴィルフリート様の隣にいて嫌な気はしない。それだけは確かだった。



「シュフティ嬢は、ヴィルフリート様のどこが好きだったのですか?」



 私が問いかけると、彼女はぴたりと身体を止め視線だけこちらに向けてきた。

 その目は血走っており、眼の縁が赤くなっている。



「どこが好きですって?」

「ええ、だって、好きだからこそ私に取られて怒っているのでしょう? それ相応の理由があるのではないかと思うんです。愛していたからこそ、他人に取られて悲しいと」

「そんなの全部よ……」



 シュフティ嬢はそう言って私の前までやってきた。見下ろされると、やはり彼女の存在は迫力がある。

 彼女は私を見下したままふつふつと怒りを貯めているようだった。



「彼は、社交界でも一目置かれる存在だったわ! もちろん、兄である王太子殿下には敵わずともそこにいるだけでも存在感があったのよ。みんな、ヴィルフリート様を手に入れることに躍起になっていたわ!! 彫刻のような美しい顔立ちに、女心を揺さぶる色気……魔力無しの無能というレッテルはあったけれど、地位も権力もある王室ブランド……夫にすれば申し分ないほどの人間なのよ。王太子殿下の婚約者になることは非常に難しかしいからね。皆、ヴィルフリート様狙いだったのよ。それで、誰がヴィルフリート様の妻の座を手に入れるのか勝負していた……そこで、私は選ばれたのよ。彼の婚約者になって、周りが私を見る視線は変わったわ。私の世界は華々しく色づいたのよ!!」



 そう熱弁した彼女は、うっとりと自身の頬に手を当て体をくねらせていた。

 しかし、私にはまったく理解できなかった。彼女の言っていることは呪文ではないだろうか。



(それって、ヴィルフリート様を自分の身にまとうアクセサリーのようにしか見ていなかったってことよね)



 外見だけ、地位や権力。そういう、外側だけしか彼女はヴィルフリート様のことを見ていない。

 そのうえ、王太子殿下の妻になるのはハードルが高いから、第二王子で我慢しようという傲慢さ。魔力が使えないと彼が気にしているのを知ってか知らずかの、無神経な発言。

 私は、シュフティ嬢が彼を愛していたから怒りを覚えているのだと思っていた。でも、実際は自分のものになるはずだったアクセサリーを横取りされて怒っているだけだったのだ。

 うっ、と私は吐き気を覚えた。

 理解ができないものに恐怖を覚えるが、まさにそれだった。



(この人は、ヴィルフリート様のこと何も知らない……!!)



 私だって、まだ結婚したてて数か月も経っていない。それでも、自分の夫だから知ろうと努力してきた。

 なのにもかかわらず、私より長くヴィルフリート様を見てきた彼女は何一つ彼のことを知らないのだ。知ろうともしない。



「そんなの、愛って言わない――」

「何よ。獣の貴方が、そもそも愛なんて感情知るはずもないでしょう? 獣は、本能で交尾をするものでしょう? 繁殖行動に愛はないのよ」

「私のこと、獣扱いして……私は獣人です……貴方たちと同じように言葉を話して、考えて、理性のある生き物よ!! いつまでも、獣扱いしないで!!」



 堪忍袋の緒が切れた。

 これまで、いくら獣人は野蛮な生き物だ、獣だと言われても聞こえないふりをしてきたが、この女ははなから私を人として見ていなかった。きっと、彼女の眼には、私が違う生き物に見えているのだろう。

 でも、違うと私は声を大にしていった。

 私が獣であれば、彼女と会話することなんて不可能だろうから。むしろ、言葉が通じなくて人を自身のアクセサリーのように思っている彼女のほうが、男を顔で判断する獣だ。

 はあ、はあ……と息を切らし、私はキッと彼女を睨みつけた。しかし、私の反論に彼女はまたプッと笑ったのだ。 

 そして、口元を三日月形に歪ませぎらついた瞳で私を見るなり、腕をひねり上げた。



「なら、あの姿は何なのかしら?」

「え?」



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