01 乱入する弟君
狩猟大会は滞りなく終わり、両国の結束は確たるものとなった――と大会終わりの新聞の一面を飾った。
記事には、今回の狩猟大会中に一目惚れし、今度お見合いをするフィクスシュテルン王国の貴族と、スヴェルカーニエ王国の獣人もいるなど、嘘か本当かわからない話も載っていた。真偽は定かではないが、それほど両国の親睦が深まったということの表れではないだろうか。
フィクスシュテルン王国の敵国への牽制のための両国合同の大会だったわけだが、それが想定外の話に進み、よりいっそ人間と獣人の壁がなくなっていったのではないかと思う。もちろん、まだまだ障壁は大きくすぐに受け入れられるものではないだろうが、これを一歩とし両国の親睦がさらに深まればと思うのだ。
「それで、どうしてユーリスは大会の後、お父様とお母様と一緒に自国へかえらなかったの?」
「姉さんが心配だからだよ。だから、しばらくは居候になるね」
「……ヴィルフリート様に話が通ったからいいものの、突然の訪問に宿泊はさすがに無礼だと思うから、一度私に話を通してね? ユーリス」
椅子に座って長い脚を組み替えた弟のユーリスは、フンと鼻を鳴らした。
なぜかユーリスは、大会後もフィクスシュテルン王国に残ることを決め、私に用意された王太子妃宮に足を運んでいる。
「あんな奴に、何で話を通さなきゃいけないのさ」
「それは、私の夫だからよ。それに、こっちとあっちとじゃ勝手が違うの。ユーリス、お願いだから変な真似しないでね?」
私はそう言って彼を諭すしかなかった。
ユーリスは頑固者だから、私が言っても聞かないだろう。よくも、お父様とお母様は彼がフィクスシュテルン王国にとどまることを許したなと思う。
「姉さんは、いつも俺を子供扱いするよね」
「それは、貴方はいつまでたっても私のかわいい弟だからよ。そんな弟が、何かしでかさないか心配なのは姉として当然でしょう?」
「ふーん、心配してくれるんだ」
「私はからかっているつもりはないんだけど?」
どうやらへそを曲げてしまったらしいユーリスは、少し首を傾げて私を睨んでいた。
「まあ、姉さんが俺を心配してくれるのは嬉しいことだけどね。それと、あの男……」
「ヴィルフリート様ね」
「……第二王子殿下、狩猟大会で見てたけど、かなりの剣の腕前だったよ」
珍しくユーリスはヴィルフリート様の名前を挙げた。
てっきり嫌っているものとばかり思っていたので、私は目を丸くする。もちろん、敵視しているような目つきは変わらないものの、どこか彼を認めているような気も感じる。
「ヴィルフリート様が狩りをしているところを見たの!?」
「うわっ……姉さん近い。うん、近くからね。三メートルほどの大きな熊を一刀両断していたよ……姉さんが見たら失神しちゃう垢も」
鼻で笑いながらユーリスはそういうと、脚を組み替えた。
「それで、あいつの後を追っていったんだ。そしたら、途中で雨が降ってきてさ。姉さんが倒れているところにあいつが駆け寄ったのを見たんだ」
え? と思わず耳を疑った。
ユーリスはあの場を目撃していたという事実に、私は思わず目を見張った。
「俺が助けようとしたんだけど、あの男が牽制してきて。姉さんを助けに入れなかったんだ。でも、その後姉さんをしっかり手当てしていたみたいだったし、その場は見逃したって感じかな」
「そう、近くまで来ていたの……」
「俺が助けられなくてごめんね? 姉さん」
「いいえ……気持ちだけでも十分だわ。それで? 私にその話をしたのにどんな理由があるの?」
ただ、自分が助けられなかったということを言いたいわけではないだろう。
ヴィルフリート様の狩りの様子や、私を手当てしてくれたことを知っているということは、ユーリスはもしかしてヴィルフリート様のことを認めたということではないだろうか。
意地っ張りな性格でもあるため、きっとそれを口にできないのだろうが、恐らくはそういうことなのだろう。
「つ、つまり……あの男は、まあ姉さんの番に値するんじゃないかってこと。ちょっと、こっちが見くびってたのもあってさ……助けに入ろうとしたら、恐ろしい形相でこっちを見てきて。かなり離れていたと思うんだけど、見つかっちゃって」
「ヴィルフリート様は一度もそんなこと言ってくれなかったのだけど」
「言わないだろ。別に、俺のこと眼中にないだろうし。姉さんの手当てを優先した感じだし」
そう言われれば、ヴィルフリート様がユーリスと争う理由もないし、弟がそこまで来ていたと私に言ってもただの事故報告になっていただろう。
ユーリスは、ヴィルフリート様に睨まれたことがよっぽど恐ろしかったのか身を震わせていた。
そんな様子を見ながら、私はとりあえずユーリスはヴィルフリート様を認めたのだろうと理解した。ペンギンは肉食獣だが、自分たちよりも強い存在がいることを理解している。だからこそ、強者に果敢に向かっていくのはむしろ愚鈍のすること。ユーリスは、ヴィルフリート様の力や、私の夫としてふさわしいか見極めた末に、認めたのだ。
「ふふっ」
「な、何姉さん」
「貴方が、ヴィルフリート様のことを認めたことが嬉しくて。私の夫のこと、酷く言われたらどうしようと思っていたんだけど。ほら、狩猟大会が始めった直後は、あんなに威嚇していたけど、すっかりその実力を認めたのねって思って」
「……多分、あの人は姉さんが思っている以上の強者だよ。特に剣の腕はね。でも、噂では魔力を持たない無能王子って言われていたらしいじゃん。魔力がないのは確認済みだけど。あの人の兄――王太子殿下はそれはもうすごい人だったらしいから」
ユーリスはそう言って、何やら考え込むような仕草をした。
確かに、何度も何度も王太子殿下の話は聞くが、それほどまでにヴィルフリート様との力差があったというのだろうか。
(でも、ヴィルフリート様も王太子殿下の話をするとちょっと嫌な顔をしていたし)
文武両道で、剣の腕も魔法も十二分に使える兄を持っていたら、いじけてしまう気持ちもわからないでもない。もしかしたら、ヴィルフリート様にとって唯一のコンプレックスなのかもしれないと。
思い出してみると、私を手当てしてくれた時も魔法を使えないことに対して酷く肩を落としていたし。
「どうしたの? 姉さん」
「いいえ、何でもないわ。ヴィルフリート様のことを認めてくれたなら、これ以上変なことはしないでね。彼に突っかかって、困らせるのもだめよ?」
「だから、俺……子供じゃないし……」
そんな私を見て、ユーリスはまたムッとしたように唇を尖らせていた。
「まあ、フィクスシュテルン王国にいつまでとどまる気か知らないけれど、この国にいる以上は郷に入っては郷に従え……よ?」
「分かってるよ。人間の国……フィクスシュテルン王国のルールに従う。これで問題ないでしょ?」
「そうよ。私たちから歩み寄らなきゃ変わらないことだってあるのよ」
歩み寄ったとしても、変わらないことがあるかもしれないけれど。
私は椅子から立ち上がり部屋を出る準備をした。ユーリスにどこに行くのかと問われたが今日は、リーリヤと予定があるのだ。
「ちょっと出かけてくるわ。ユーリスも、城下町に行ったらどう? 珍しいものが見えると思うわ」
「……俺はいいよ。行ってらっしゃい、姉さん」
ユーリスは椅子に座り直し、背もたれにぐぅっともたれかかるとひらひらと私に手を振った。私はそんな彼を見ながら部屋を出て、リーリヤと予定していたお店に向かうため、ロータリーに向かって歩き出した。
 




