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政略結婚のために嫁いだペンギン王女は、手違いでヘタレな第二王子に溺愛される  作者: 兎束作哉
第2章 祝福されない結婚

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06 ヴィルフリートside


 決して失敗したわけじゃない。



「殿下、目の下の隈をどうにかしてくださいよ」

「俺に言われてもこればかりはどうしようもないだろう。消せるものなら消したい。アルヴィナにも心配された」

「王女にも?」

「……なんだその目は。何か言いたげだな」



 いえ、とカスパーは首を横に振り、机の上の書類に目を通した。

 俺は、執務室にて公務の最中だったが、心ここにあらずで集中力を欠いていた。



「王宮中に『野蛮な獣人の王女が盛って殿下を傷つけたあげく、興味が失せて初夜を失敗させた』という噂が流れていますがどうしますか?」

「……だから、何故そうなったのだ」



 結婚式から二日ほどが経った。

 なぜ、俺たちの初夜が失敗……行わなかったのか知っている人間がいるのも気になるところだが、その噂がどこから流れ始めたのかが非常に気になった。

 普段であれば噂は噂だと無関心を貫いていたが、アルヴィナが関わっている以上は看過できなかった。

 噂は誇張され広まっていくものだ。すぐにでも訂正しなければならないが、俺はなぜか周りから同情の目を向けられる羽目となった。



(これまでは、俺に期待も何もしていなかったくせにな。同盟のために身を捧げた俺に同情か……)



 それとも、王太子である兄の死は悲しいが兄がアルヴィナと結婚しなくてよかったと思っているのか。



「はあ……」

「でも、実際はそうではないのでしょう?」



 カスパーは書類を揃えながら聞いてきた。



「ああ、事実無根だ。本当に嫌になるな」

「我が国は獣人の国と同盟を結んだ初めての国になったわけですが、実のところその獣人の国の文化、獣人について無知な人間が多いのは事実です。貴族の大半が、獣人は知性にかける獣と思っているでしょうし、実際に獣人を奴隷として扱っていた歴史もあります。最も、群れから追い出された……祖国を追い出された獣人を労働力として人間が使役していたという話ですが。未だに公にならないだけで、そういった事例はあるようです」

「それは、意識改革が必要だな」



 という俺も、アルヴィナと出会うまではそういった偏見を持っていた。

 相手が可憐な少女のような見た目の獣人だったから受け入れたと思われるのも癪だが、そうみられてしまってもおかしくはない。現に、俺は彼女にあの言葉を吐いてしまったのだ。アルヴィナは気にしていないようふるまっているが、傷ついたに違いないだろう。

 俺が偏見を持って獣人と接していると、心のどこかでは思っているかもしれない。



「それに、あんなにも可憐で小さなペンギンの獣人である彼女が盛って傷つけるなど無理があるだろう!! それとも、俺が攻撃の気配に気づけず傷を負うような愚鈍とでも言いたいのか。まったく……」

「殿下らしいですね。確かに、あの王女が怒ってヴィルフリート様に危害を加えるところなんて想像できません。それこそ、子供に殴られるような感覚ではないでしょうか」

「彼女の手は人を傷つけない」



 俺の言葉にカスパーはまた呆れたようにため息をついていた。

 しかし、本当に困ったものだ。



(あれほど啖呵を切って、何不自由なく王宮で過ごせるようにすると言ったのにこのざまだ。俺は、今頃彼女に失望されているかもしれないな)



 アルヴィナとの関係にヒビが入るのは避けたい。夫婦となってまだ二日しか経っていない。縁談からはかなり時間が経っているとはいえ、まだお互いを深く知れていない状況だ。

 この結婚生活は途中で放り出すことができない。アルヴィナもそれを理解しているし、俺も十分に理解している。離婚するときは同盟が破棄されるときだろう。



(アルヴィナやその侍女に対して軽率な行動をとった人間はしょりしたはずだが、それでもまだダメか……)



 この国に根付いている獣人への偏見は簡単には払しょくできそうにない。

 ならば、俺とアルヴィナが仲慎ましい姿を国民に見せつけるしかない……が。



「はあ~~~~~~~」

「殿下、今度は何ですか。大きなため息などついて」

「カスパーはどう思う?」

「そのような質問を投げかけられても困ります。いくら、乳兄弟で貴方のそばに仕えてから長いとはいえ、殿下のすべてを理解することは不可能なのですから。まあ、その質問の中身が『アルヴィナ王女を前に理性が勝ったが、夫婦としての役目を全うしようとした彼女を傷つけてしまったあげく、顔も合わせられなくなったがどうすればいい?』というものだったとして、こちらもどう返答をすればいいか考えかねますが」



 鋭い目で俺を見ると、カスパーはわざとらしく束ねた書類をトントンと机にぶつけた。その行動が意味するのはつまり、一人で解決しろということ。

 優秀で唯一頼れる側近だというのに、何故こういうときには助けてくれないのか。カスパーの性格を考えれば、色恋ごと……ましてや、夫婦の問題に口をはさむのも無粋だと思っているのだろうが、助けてくれてもいいだろうと思う。主君がこんなにも悩んでいるというのに。



(一人で解決できるなら、とっくにしているだろう……)



 これまでだってそうだったのだから、今更誰かの手を借りて解決する問題でもない。

 そうでなければ、俺は一生兄に及ばない。



「…………殿下の性格を考えれば、今回のことは致し方がないでしょう。私は、失敗すると思っていましたので、結果通りになったとしか」

「なっ!? お前は、またそんな失礼なことを思っていたのか」

「殿下の性格は殿下自身がご存じだと思います」



 正論をぶつけられ、俺は頬を引きつらせるしかなかった。

 カスパーに分かるほど、俺の様子はおかしいのか。

 しかし、アルヴィナを前に何もできなかったのは事実。

 彼女はいかほどの覚悟を持って、俺との初夜に臨んだか……



(いや、彼女にとっては普通のことなのかもしれないな)



 かわいい、かわいいと言って彼女を腫物のように扱うのはよくないことだろう。彼女を知るためには歩み寄ることが必要だ。いつまでも逃げてはいられない。



「しかし、殿下。悠長なことはしていられませんよ。同盟が結ばれた今、敵国から向けられる目は我々の同盟のほころびを見つけようと血眼になって探ってくるでしょう。ですから、殿下と王女の関係が良好であると知らしめる必要があると思います」



 カスパーはそういうと、一枚の資料をよこした。



「スヴェルカーニエ王国との狩猟大会か」

「はい。フィクスシュテルン王国の伝統行事である狩猟大会に、スヴェルカーニエ王国の獣人を招くことで、人間と獣人が対等でありお互いに尊重しあって同盟を結んだことを知らしめようという国王陛下のお考えです」

「それついて、スヴェルカーニエ王国の王家はどう思っている?」

「ぜひ参加したいとの返答をいただいております」

「だが、大会で狩る獲物は動物だぞ? 同族殺しになるんじゃないか?」



 獣人の世界が弱肉強食かはわからない。

 そもそも、北の獣人の国スヴェルカーニエ王国は肉食獣の中でも弱い部類のペンギンが治めている国だ。だが、他に力強い獣人がいる中で、ペンギンが治めている世にも珍しい王国である。理由は大きな群れを形成するという習性があったことが、人間になっても適用され大きな国家となったと。

 今や、人間と姿かたちは大差ないが、もともと彼らは獣から進化を遂げた生き物。

 伝統とは言いつつも、野に動物を放ちそれを狩猟する我が国のことをどう思うだろうか。

 だが、あちら側が了承しているという事実から同盟の継続は堅い。しかし、大会での振る舞いによっては、あちら側が牙を組む可能性もあるわけだ。



「その点は大丈夫でしょう。殿下もお考えの通り、スヴェルカーニエ王国はこの件に快く返事をしたそうです。それに、獣はもともと弱肉強食です。今となっては、獣としての本能が薄れたとはいえ、獣人の祖先は獲物を狩って生活していたでしょうから、ためらいは少ないと思います」

「そういうものなのか……まあ、大会中にこちら側が失礼なければ事はうまく済むか」

「そうです。ですので、殿下。初夜が失敗したからと言っていじけていないで、王女と仲良くする方法を考えてください」

「だから、蒸し返すな。別にいじけてなどいない。それに、仲良くする方法とは何だ。そもそも、仲良くしようと思ってできるものなのか?」



 アルヴィナは、どこか俺に遠慮している。

 それは、無理もない。

 この国に彼女の味方が現時点ではいないからだ。それなのに、夫である俺にも無視されれば、彼女は居場所を失うだろう。それでこそ、敵国の思うつぼである。



「分かった、考えておこう」

「王都を案内してはどうですか? 彼女はこの国に来てから一歩も外に出ていないようですし、護衛の何人か連れ、殿下がエスコートすれば、きっと素敵なデートになると思いますが」

「気が利くな? カスパー」

「殿下が奥手なので、助言の一つや二つしないと進展しそうにないですしね。それに、狩猟大会までに慣れてもらわなければ、あちらの国も第一王女であるアルヴィナ王女を嫁がせたのにと文句を言ってくるかもしれません。場合によっては返せとも」

「さすがに言わないだろう。同盟が破棄されては、困るのはあちらもだ」



 ですね、とカスパーはいらぬ心配でしたと頭を下げた。

 しかし、カスパーの言葉は真理をついていた。



(アルヴィナを帰せなど言われては、俺も困る……)



 あの侯爵令嬢との婚約ですら俺は我慢していたというのに、ようやく愛せるかもしれない妻を手放すなどそう簡単にはできないのだ。


 俺は、執務室の窓から外を見た。

 窓の外に広がる庭園に、アルヴィナとその侍女が歩いている姿が見える。フィクスシュテルン王国の王家に嫁いだ彼女は、俺の許可がなくとも庭園に自由に出入りすることができるのだ。

 眼下に広がる景色に目を細め、侍女に対して向ける愛らしい笑顔に俺は胸を締め付けられた。



(俺にはまだあんな表情を見せてくれないのにな……)



 遠慮がちで、かと思えば積極的で世間知らず。彼女はその身体に似合わず勇敢なペンギンの獣人だ。

 かわいいだけじゃない、たった一人で嫁いできた勇気のある女性。そして、俺の妻なのだ。

 俺は、カスパーに狩猟大会についての資料を追加で受け取り、その傍らでアルヴィナとのデートプランを練り始めた。



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