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04 弁解


「はあ……どう見たらそう思うんだ。アルヴィナ、この際だからはっきり弁解させてほしい。俺とジュテーム侯爵令嬢との間には決して何もない。あちらが一方的に俺を好いているだけだ」



 ヴィルフリート様のはっきりとした言い草に、これは本当なのだと確信した。

 ヴィルフリート様は決して口数の多い方ではないし、表情筋がやたらめったら動くタイプでもない。それに、まだ私もここにきて数日という短い。そのため、彼を理解しえていないのは仕方がないことだった。だが、今回の誤解はどうやらヴィルフリート様にとってはかなり不快なものだったようだ。

 額に手を当て深いため息をついた後、ヴィルフリート様はそっと私の頬を撫でた。



「嫌な思いをしただろう?」

「いえ、全然。慣れていますから」

「……慣れなくていい。むしろ、この国の人間がアルヴィナに無礼を働いているのを知りながら、俺はお前の夫として守れなかった」



 本当にすまない、と謝罪の言葉を述べながらヴィルフリート様は眉を下げる。

 こんなにも私のことで傷ついてくれるのかと、彼の顔を見た。端正な顔が酷くゆがんでいる。



「我が国も、非常に無礼なことをしていると思いますよ。同盟を結んだとはいえ、今日の式典に一人も参加していないのですから。同盟とは仲良くやっていこうっていう一種の証です。獣人の国と人間の国にまだ壁があっても仕方がないです。それは、理解しています。でも、貴方がこうやって歩み寄ってくれるなら、きっとうまくやっていけると思いますよ」

「アルヴィナ……」



 これは歩み寄る一種のきっかけに過ぎない。

 私が、ヴィルフリート様の手にすり寄れば彼の指先がかすかに動く。本当に私よりも大きいのに、子どものようにビクンと体を震わせるのだから可愛い人だ。

 私は彼は被害者だと思っていたが、ヴィルフリート様自身がそう思わないというのであれば、私も思わないようにしようと思う。



「それはそうと! シュフティ嬢から聞きましたよ」

「また、彼女の話か。本当に何もないんだ、本当に……」

「そうではなく、式典のプログラムを一部変更したと聞きました。この国では本来指輪交換ではなく、誓いのキスをするそうですが、何故直前でお変えになったのですか?」

「別に、指輪交換もこの国の結婚式では行う普通のことだ。だが、プログラムを変えたのは……」



 ごにょごにょと形のいい唇を歪ませながらしどろもどろになっていく。

 これは絶対に何かあると確信し、私は彼の腕をつかんだ。



「言うまで放しませんよ」

「うっ……お前は時に大胆だな。分かった、話す。だから、その少し離れてくれないか?」

「ですが、ですが!! シュフティ嬢には、これくらいの距離許していましたよね?」

「それとこれは別だ。それに、俺も嫌がっていただろう……あんなふうにむ……身体を押し当てるのは品にかける」

「そうなのですか?」



 ペンギンは、寒い冬を乗り越えるために群れで身を寄せ合っているというのに。

 でも、確かにあの豊満な胸を押し当てるのには同じ性別として少しだけモヤモヤするところがあった。でも、人間の国の常識なのかと思い納得していた。

 ヴィルフリート様は私のあまりの常識のなさに呆れたのか「アルヴィナは真似してはいけないからな」とくぎを刺す。



「わかりました。ですが、夫婦なのであれば少しくらいのスキンシップは許されると思います」

「なんだか、今日はよくしゃべるな。それは屁理屈だ……俺が慣れるまで待ってくれ。心の準備が」



 また、しおしおとヴィルフリート様は威勢を失い、顔をそらした。耳が彼の瞳のように真っ赤になっており少しおかしくて笑ってしまう。

 ヴィルフリート様は変なところで恥ずかしがるのだ。



(でも……そんな、ヴィルフリート様の表情をこれからもいっぱい見たい)



 これは贅沢な望みなのだろうか。



「それで、指輪交換に変更した話だったな」

「そうです。忘れるところでした。何故なのです?」

「今言わなければならないのか?」

「はい」

「………………からだ」

「はい?」



 至近距離にいるというのに、彼の声が聞き取れなかった。

 口元を片手で覆っていることもあり、音が遮断されてしまっているのかもしれない。先程あまり詰め寄られては困ると言われたが、聞こえないのでは全く意味がないと、私は背伸びして彼に近づいた。しかし、慣れないヒールだったこともあり前のめりになって倒れかけてしまう。そこを、ヴィルフリート様に正面から受け止められ「大丈夫か?」と声をかけられた。



「はい、大丈夫です……」

「そうか……気を付けるんだぞ。それと、慣れない靴だろう。立っているのが辛くないか?」

「言われてみれば少し辛いですが……ではなく!! ヴィルフリート様の声が小さいせいで何も聞き取れなかったではありませんか」



 受け止めてもらったわけだが、気になって仕方がなく、私は彼に腰を支えられながら問い詰めた。 先ほどよりも、ヴィルフリート様の匂いや存在を近くに感じる。

 理由が分からなければ夜も眠れない。

 ヴィルフリート様は、暫くの間黙っていたが、今度は私に聞こえるよう口元から手をはなし話してくれた。ただ、その視線は私とあっていない。



「……理性が持つと思わなかったからだ!! お前を前にして、キスなどした日には……きっと抑えが効かなかっただろう」

「つまりはどういうことなのですか?」

「……っ。だから、つまり……だな。お前が……アルヴィナがかわいいと言いたいのだ!!」



 そう言い切ると、ヴィルフリート様は肩で息をした。

 よっぽど恥ずかしかったのか、その耳は真っ赤だ。そして、脱力したかのように私にもたれかかってくる。

 その言葉は予想もしないものだったため、私はヴィルフリート様を受け止めたままぽかんと口を開けていた。



「今、私がかわいいって言ったんですか?」

「ああ……」

「それは、その、いつからですか?」

「いつからと言われても……アルヴィナと初めて顔を合わせたときだ。あの時、お前のことをかわいいと思った」



 言葉を嚙み潰すように、ヴィルフリート様は言った。

 かわいいなんて異性に言われるのは初めてかもしれない。そして、これまでヴィルフリート様が幾度となく言葉を詰まらせ視線をそらしてきたか、その理由がなんとなくわかった気がした。

 式典のプログラムを変えねばならぬほどに、私とのキスが恥ずかしかった、理性を押さえられる余裕がなかったのだと。

 その言葉は、温かい言葉として受け取るべきだろう。



「あの日は野暮なことを言ってしまってすまなかった」

「いいえ、気にしてませんから。それに、ヴィルフリート様は何も聞かされていなかったのですから当然の反応だったと思いますよ」

「……本当に、てっきり俺よりも大きな女性がくると思っていたのだ。それがまさか、天使のように愛らしいみための少女がくるなんて思ってもいなかった。ましてや、そのお前とこうして夫婦になるなどとも想像しなかった」



 少女――という言葉は、体格から言っているのだろう。実際に成人しているのだから、きっと少女とは言わない。でも、ヴィルフリート様の瞳にはそう映っていると。

 ヴィルフリート様は顔を片手で覆うと、少しだけ顎を突き出すように顔を上げる。しかし、顔を覆っているためその表情は見えない。



「先ほど、アルヴィナが言った言葉をもう一度訂正させてくれ。確かに、俺たちは政略結婚をした。それと、俺はお前に会う前までは縁談にだって反対だった。だが、お前を見てその考えが変わったのだ。お前のような愛らしいペンギン……? と結婚できるのは、俺の中で唯一の幸せなんじゃないかと」

「愛らしいペンギンって」

「ペンギン……なのだろう? よく知らないが」



 ヴィルフリート様は疑問形で言い切ると指の隙間から私を覗いてきた。

 彼は、ペンギンをどういう動物として見ているのだろうか。私の体格から考えてきっと小さな獣であることは予想しているだろう。



(でも……まだ、無理ね)



 いくらあの姿に自信があるとはいえ、ヴィルフリート様に見られて幻滅されては困るのだ。結婚生活はなるべく上手く波風立てずに過ごしたい。



「んふふ……」

「なっ、笑ったな? アルヴィナ」

「だって、ヴィルフリート様がそんなことを思ってくださっていたなんて知らなかったんですもん。話してくださってありがとうございます」

「これで誤解は解けたか?」

「はい、十分に」



 私の夫は、どうしようもないくらい私とのキスを恥ずかしがっていた。

 それなのに私はなんて無粋な質問を投げかけてしまったのだろうと後悔しかない。

 だが、ヴィルフリート様にこうして想いを告げられ悪い気はしない。



「俺のどっちつかずな態度が、お前を不安にさせてしまったことは理解している。だから、これから少しずつお前のことを知っていって、お前に伝えられればと思うのだ。兄よりも未熟者だがよろしく頼む」

「はい。こちらこそ。ヴィルフリート様」



 引っかかるキーワードが一つだけあった。しかし、きっとそれは彼の口癖のようなものなのだろうと割り切り、私は自分の頬をヴィルフリート様の胸板に摺り寄せた。うん、良い匂いがする。



「ア、アルヴィナ。そろそろ放してくれないか」

「どうしてですか?」

「…………本気で言っているのか?」



 ヴィルフリート様は信じられないといいうような目で私を見下ろし、唇を噛んでいた。まだ顔に熱が残っているのかほんのりと色づいている。

 話してくれたら離れるという条件を付けたが、こんなにも私のことをかわいいと言ってくれるかわいい夫から離れることはできなかった。むしろもっと抱き着いて、私からの愛を受け取ってほしいくらいだ。



「ヴィルフリート様、この後は夫婦となった初めての夜なわけです。貴方がかわいいのは十分に分かりましたが、それでは一緒に夜を共にすることはできないでしょう」

「何故、そんなにはっきり言う? ……待て、アルヴィナ。何故そんなに期待に満ちた目をしているのだ!!」



 さすがに、私を獣人だからと差別している使用人たちも、ヴィルフリート様と夫婦となった私を無下に扱うことはできない。そのため、夫婦となって初めての役目を果たさなければならないことを教えてくれた。

 私にとっては、至極当たり前のことであり、生物であるなら誰しもが通る道なのではないかと思っている。

 しかし、どうやら人間にはその行為に対する羞恥心があるようだ。



「とにかくは、待っていますから。夫婦となった私たちがすべきことをしましょう」

「お前が乗り気なのが信じられない……いや、獣人だから感覚が違うのか」



 ぶつぶつと、何やら言い始めた。

 私もヴィルフリート様からそのことを聞いた時恥ずかしくなったが、初めての仕事でうまく行かなかったら先輩ペンギンたちにまた大爆笑されると思ったため挑戦してみようという気になった。



「その……俺は初めてで」

「はい。知っています。それとペンギンは基本的に一夫多妻制です」

「そうか……新たな情報をありがとう。アルヴィナ」



 そう言いつつも、はあ……と深いため息をつかれてしまった。

 私をかわいいと言いながらも、私の身体には欲情しないということだろうか。それとも、その行為自体がヴィルフリート様にとっては辛いもの?



「善処する」

「善処?」

「上手くやるということだ。アルヴィナ、先に部屋に戻っていてくれないか? 後から、必ずお前の部屋を訪れる」

「分かりました。では、ヴィルフリート様また後程」

「ああ、また後でな」



 私はヴィルフリート様に手を振ると、そのまま自室へと戻ることにした。

 ただ、途中で後ろを振り返ると、壁に手をつきながらふらふらとした足取りでどこかへ向かうヴィルフリート様の姿が見えた。その姿があまりにも非さんで、心配になってしまう。



(ヴィルフリート様も、あんなふうによろよろと歩くことがあるのね……)



 とりあえず、リーリヤに披露宴パーティーはうまくいったことを伝え、彼女の容態を確認しなければ。

 私は、その後は振り返ることなく王宮の廊下を一人で歩いたのだった。



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