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第8話

 その日は、撮影はお休みだった。

 

 その代わり、ここまでで編集された内容を、今後の参考にと皆で鑑賞する日となっている。


「自分がカメラを通してどのように映っているのか、どういう風な印象を与えるのか。それぞれに確認して、今後の撮影に生かしてほしい」


 壮治はそう言って、モニターの電源をつけた。


 この「あや恋」は倫理的な問題も多く含む中で制作されている番組である。センシティブな病気の話などにも踏み込んで語り合う機会が多い分、出演者やその家族に対しても、放映内容に関する許諾を得た上で放映する方針となっていた。その許諾の連絡なども映像を見た上でするように、と壮治はモニターを操作しながらアナウンスした。

 

「わああ! 緊張する!」


 愛菜はクッションを両手で抱きかかえて、じたばたと足を跳ねさせた。


「なんか、改めて見るとなるとめちゃくちゃ恥ずかしいよね」


 全員が恥ずかしさのあまり変な半笑いで、モニターを見ていた。


 まず最初に自己紹介のシーンから始まり、第一印象マッチングの会話が映される。ここまでは普通の恋愛リアリティーショーと大差ない、甘酸っぱい感じの仕上がりだ。

 そして映像はバーベキューのシーンに移る。実際に起きた出来事よりも、BGMなども相まってドラマチックな仕上がりになっていた。


「うわー! エモーい!」

 

 恥ずかしさでおかしくなったのか、愛菜がわきゃきゃきゃ、と変な笑い声を上げながら叫ぶ。


 水族館のシーンでは、愛菜の複雑な心情を緻密に映し出し、番組は「りおあい」をプッシュしているようだ。

 

 その後彩香の涙が映され、拓海とのカフェのシーンに至る。

 拓海に涙ながらに妹への想いを告白するシーンでは、一緒に映像を見ていた結衣が彩香を抱きしめてくれた。


「ありがと、結衣さん」


「いつか妹さんとも水族館に来れるといいね」


 ソファで隣同士に座り、互いに微笑み合う。同性同士の友情もまた、撮影を通して徐々に形成されつつあった。


 そして、今度はりおあい二人の水族館デートが始まる。


 ここから先は、彩香も知らない話だ。


 トンネル型水槽の下を、二人がゆっくりと歩いていく。

 不意に、理央が足を止めた。

 

『愛菜ちゃん、本当にウィッグ取れちゃった映像、放送に使っていいの?』


 俺がカッコよく見えるシーンだからって、わざわざ使う必要ないのに、と理央が改めて愛菜に尋ねる。


『いいの! 私ね、昔髪がなかった頃、同級生に雰囲気美人だったんだねーって言われたことあるんだ』


『なにそれ、ひど!』


『ね、ひどいよね』


 そう言いながら、愛菜はくるりと理央に向き直る。


『そんな言葉を気にして怯えていた自分が、嫌い。そんな自分から、変わりたい。理央くんはそう思わせてくれたんだよ。私ね、世界中の人に変な頭って思われようが、ぶさいくって言われようが、好きな人にさえ可愛いって思ってもらえたら、それで満足だから』


 だから……、と愛菜は言う。

 

『理央くん、私のこと、可愛いと思ってくれますか?』


 好きな人にさえ可愛いと思ってもらえればいいと言ったその口で、理央に可愛いと思ってくれるかと聞く。

 それはもう告白も同然の言葉だった。


 理央の返答は果たして、とカメラが理央のアップを映し出す。真剣な顔で理央はゆっくりと口を開き……。


 実際に放映した時の状況を想定して、編集された映像には『ここでCM』と黒バッグに白い文字の浮かんだ映像が差し挟まれた。

 

「あぁーーーー!」


 思わず展開に見入っていた面々は、そのCM代用画像を見て声を上げてしまう。


「気になる! 続き早くみたい!」


 彩香は思わずそう溢してしまった。理央と愛菜と三角関係だという設定も頭から吹き飛んでしまって、一視聴者として「りおあい」の行く末を気にしてしまっている。


 そうして画面が切り替わり——。


 『可愛いよ。——俺にとっては、愛菜が一番可愛い』

 

 ちゃん付けから呼び捨てに変わって、理央は愛菜が女子メンバーの中でも特別な存在であることを、言外に匂わせた。


 ここで直近に放送予定となっている分は終わる。


 この「あや恋」はリアルタイム放送型の恋愛リアリティーショーだ。撮影中にも放送が始まり、視聴者投票で第一位になったカップルは、特別1日デート編が設けられるという話もある。

 この第一話は特に視聴者に印象を与える重要な回と言えた。

 できれば拓海とデートをしたい彩香としては、「りおあい」のドラマチックさは強力なライバルだ。


「これ、放送開始したら相当話題になるんじゃない?」


「純粋に恋愛リアリティーショーとして、面白いな」


 初回放映分を見終わって、皆が口々に言い合う。

 反響を期待して、不安と興奮の入り混じった熱狂が部屋に充満していた。


「さて、それはそれとして放映する上で倫理的な問題はクリアしないといけない。彩香さんはこの映像を見た上で、ご両親と妹さんに放映しても構わないか確認してくれ」


 壮治一人冷静なまま、彩香に真摯な顔で向き直る。

 彩香が顔も本名も出している以上、家族もすぐに特定され得るのだ。妹の自殺未遂というセンシティブな話も、本人に許可を取らなければ、放映するのは難しい。


 壮治に請われて、彩香は早々に家族へ連絡を取ることにした。


 まず一番に確認するべきは、妹の気持ちだろう。


「え? いいよ! それよりお(ねえ)はいい人いるの? 恋愛リアリティーショーなんでしょ。それってガチで恋とかあるの!?」


 緊張しながら電話で説明した彩香に、なんてことないように妹の律香はあっけらかんと答えた。

 

「り、律っちゃん!? そんなあっさりしてていいの? あの時のこと、私はかなり気にしてたんだけど……」


「そんな中学生の時のこといつまでも気にしないでよ。あの頃の私の考え子供すぎて今更恥ずかしいわ! ……でもさ、それで視聴者の人がきょうだい児のこととか、色々考えるきっかけになるなら、いいかなって」


 彩香の気づかないうちに、律香もいつの間にか随分と大人になっていた。あの頃のことは、律香の中では、思春期特有の反抗期として整理がついているらしい。


「でも、ありがとね、気にしててくれて。お姉がそういう感じだから、私もグレないで済んだみたいなところあるし……」


「そんな、私なんて……」


「そんなことより! 恋はどうなってるの、恋は!」


 自分を卑下する彩香を遮るように、律香は話題を変えた。彩香はタジタジになりながらも、少し気になっている相手がいることを、律香に打ち明けたのだった。

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