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第7話

 水族館を全員で回り終え、思い出に、とジンベエザメのキーホルダーをお揃いで買った。

 

 そして、次は気まずいリベンジカードの時間だ。

 

 彩香に配られたリベンジカードには、事前にスタッフから言われていた通り、「当たり」の小さな星印が付いていた。これで理央と二人きりのデートをすることになる。

 その様子を、愛菜は複雑な表情で見つめていた。その横顔も、カメラがしっかりと抜いている。事前に仕込んでいた分、スタッフには予想できる表情の変化だったのだろう。


「愛菜さん、インタビューいいですか?」


 追い打ちをかけるように、スタッフが愛菜へとインタビューの申し出をした。理央と彩香が二人きりのデートをすることになって、その心情を愛菜から聞き出そうという試みだろう。


 そうして気まずい思いをしながらも、スタッフの案内で、理央と彩香がデート場所へと移動する。

 目的地は、水族館の程近く、エメラルドグリーンの海が広がるレジャー施設だった。そこではカヌーやカヤック、シュノーケリングを楽しむことができ、今回は二人でカヌーに乗ることになった。

 二人の乗るカヌーには防水の定点カメラが設置され、横では同じくカヌーに乗ったスタッフがカメラを構えているという環境で、だが。


「うわ、めっちゃ楽しそう! ってか海綺麗すぎっしょ!」


 透明度の高い沖縄の海に浮かぶカヌーは、まるで空を飛んでいるかのような錯覚に陥らされる。西陽を浴びて輝く水面は、息を呑むほど美しい。沈みかけの太陽が、まるで天国へと繋がる道のように、金色の帯を海上へ描いていた。


 けれども、理央と愛菜を騙し討ちしているような罪悪感に苛まれている彩香は、素直に楽しむことができなかった。

 場を盛り上げようとしている理央にも、うまく返答ができない。

 沈黙が広がる中、カヌーだけが穏やかに海面をぷかぷかと浮かんでいる。


「ねえ、彩香ちゃん」


 いつも大きな声で明るく話している理央が、不意に低い声で語り始めた。


「もしあれだったら、オンエアではカットして貰えばいいからさ、ちょっと本音で話しちゃう?」


「本音、って……」


 何もかも見透かしているような理央の言葉に、少しだけ怖くなる。


「彩香ちゃん、スタッフさんになんか言われたっしょ?」


 理央の口調は疑問系だが、その瞳には確信が満ちていた。

 

「そ、それは……!」


 あからさまに動揺してしまった時点で、スタッフからの指示であることを自白したも同然だ。そう彩香は気づくも、表に出してしまった態度は元に戻すことはできない。

 理央は別に怒っている風でもなく、むしろ気遣わしげに彩香を見つめた。


「第二印象で俺を選んだの、スタッフさんの指示?」


「うん、そうなの……。でもなんでわかるの?」

 

 「だって俺より拓海のことが気になってるの、見てりゃわかるもん! 彩香ちゃん、拓海に本気になりつつあるんじゃない?」


「それは……、うん」

 

 もはや観念して正直に言うしかなかった。


「水族館で泣いちゃった時に、拓海くん、すごく私の気持ちわかってくれたんだ。表面的な慰めじゃなくて、その場をやり過ごすための言葉じゃなくて」


 ——きょうだい児という下手をすれば軋轢が生まれかねない痛烈な言葉を持ち出してでも、彩香に未来を示してくれた。


「拓海くんが、まっすぐぶつかってきてくれたのが、嬉しくて」


「うんうん」


「だから、私は拓海くんのことが好きなんだと思う……」


 初めて自分の気持ちを素直な言葉にした。そうして口に出してみると、すとんと腑に落ちて、「ああやっぱり、私は拓海くんのことが好きなんだなぁ」と実感させられる。


「そっか! いいじゃん! せっかく沖縄まで来たんだし、全力で恋しよ」


 第二印象マッチングで騙し討ちをしたような形になってしまったのに、理央は全く否定することなく彩香の恋心を応援してくれた。


 ひとまずは安心するが、彩香にはまだひとつ気になることがある。第一印象マッチングでは彩香を、第二印象マッチングでは愛菜を選んだ理央だが、結局今はどちらに思いがあるのだろうか。

 彼もこの番組へ本気で恋するために参加したと語っていたのだ、生半可な気持ちで引っ掻き回してしまったりおあいが、うまくいけばいいと思うのだけど。

 

「理央くんは、愛菜ちゃんのこと、どう思ってるの?」


 勇気を出して、そう聞いてみる。


 彩香のおずおずとした問いに対して、理央はあっけらかんと答えた。


「そりゃもー、好きだよ! 愛菜ちゃん、すごくカッコいいんだ」


「カッコいい?」


 可愛いの間違いじゃなくて、だろうか。


「放映される映像見たらわかると思う。多分カットされないだろうし……。うん、あの子はカッコいいよ、折れちゃいそうなくらい真っ直ぐで、だから守ってあげたいと思う」


 カッコ良くて守ってあげたいとは、どういうことだろうか。それも放映の時期が来たらわかることなのかもしれない。


「理央くんはさ、なんでそんなに大人なの?」


 最初は軽いノリのチャラ男なのかと思った。けれど意外なくらいに周囲に目配りができていて、気遣い屋さんの盛り上げ上手で。

 恋愛リアリティーショーだけれど、この番組を乗り越えたら、素直に友達になりたいな、と思う。


 どこか葛藤しながら寄り添ってくれる拓海とは違い、あっけらかんとして葛藤もなく、それでいて深いところまで考えていそうな理央のことを、彩香はもっと知りたかった。


「大人なんて初めて言われたなー、そんなふうに見えるぅ?」


「うん、見える」


 おちゃらける理央に彩香が真剣に答えると、理央もふざけるのはやめて、少し真剣な表情で考え込んだ。

 

「俺、一回再発した時に絶望してるからさ。そんで覚悟が決まってるのかもしれない。姉ちゃんにもドナーになってもらって、腹括って幸せに生きないと、申し訳がないしさ」


 一度寛解した後に、再発してもう一度叩き落とされているのだ。二回もどん底に落とされるような体験をする気持ちは、いかほどのものだろうか。


 寛解してからはずっと問題なく過ごせている彩香にとっては、想像もつかない世界だ。

 完全に再発のリスクがないというわけではないけれど、13歳の時に発症した彩香にとっては、もう再発する可能性自体大分低くなっている。再発することが多いのは、寛解後2、3年以内が多いからだ。


 彩香は改めて、修羅場を乗り越えてきた理央を尊敬した。


「あのさ、これは恋愛リアリティーショーだけど、それとは別に……、私たち、友達になれる?」


 彩香が少し照れながらそう切り出すと、理央は驚きで目を見開いた後、満面の笑みを浮かべた。


「もっちろん!」

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