第5話
降ってわいたような「りおあい」のカップリングに、スタッフたちは湧きに湧いていた。
番組の演出でもなんでもない、自然の突風が起こしたドラマ。理央の男気あふれる振る舞いと、恋する愛菜の、自然体で可愛らしすぎる表情。それが視聴者の心を打つであろうことは、素人の彩香にもわかる。
けれど、それゆえに彩香にとって悩ましい事態が発生していた。
「りおあいを盛り上げるために、理央くんにアプローチしろ、ですか」
スタッフに呼び出された合宿所の小部屋は、機材置き場になっていた。虚構を全力で作る大人の意欲が、空気にまで滲み出ているような、圧迫感のある部屋。
「そうだ。愛菜には内緒で、本当に三角関係みたいに演出してほしい。素直な反応が撮りたいから」
プロデューサーの壮治から飛ばされた指示は、まだ18歳の愛菜にはなかなか残酷な仕打ちのように思えた。
それに彩香にとっても、そんな演技はしたことがないし、うまく出来る自信もない。
「もうすぐ第二印象マッチングがある。その時理央の名前を書いてくれ。もしマッチしなくても、リベンジカードで当たりが出るようにしておく」
番組を盛り上げようという壮治の熱意は凄まじい。それは、番組の最後に骨髄バンクドナー登録の案内を放送する予定だからだ。視聴率が上がれば上がるだけ、その案内も人々に広まることになる。
「何か気になることがあるのか?」
「…………えっと、拓海くんのことが気になっていて」
羞恥心で言い出すのに時間がかかったが、壮治は辛抱強く待ってくれた。それゆえに黙ったままというわけにもいかず、素直に心情を吐き出す。
昨日の買い出しの際に、拓海は真剣に恋愛しにきたと話していた。恋愛リアリティーショーだからと疑ってかかって、素直になれなかったが、このまま真剣に恋をしてもいいのかなと思い始めていたところだったのだ。
「ほどほどにりおあいを盛り上げたら、あとは拓海に鞍替えして構わない」
そこは番組上の演出でどうにかする、と壮治は言う。理央や愛菜の気持ちを弄ぶようなことには抵抗があったが、壮治の熱意に根負けして、彩香は首を縦に振った。
その日は沖縄の観光地である、大規模な水族館を訪れることになっていた。最初に「第二印象マッチング」の紙を書いて提出し、マッチしたら二人でのデートタイムが発生するのだ。
沖縄の真っ青な空の下、一行はマイクロバスに揺られて水族館へ向かっていた。
「ジンベエザメって実際に見ると、めっちゃ迫力あるんだよね!」
一生懸命に愛菜は理央へと話しかける。バスの席も、理央の隣を愛菜が確保していた。恋する女の子のきらきらとした表情は、それだけでも場が華やぐ。
「俺、水族館ってあんまり行ったことないから楽しみだわー。ジンベエザメも絶対見る!」
「ね、見よ見よ!」
二人は順調に仲を深めているように見えた。その二人の間に割って入らなければならないことが、今から気が重い。そう思ってりおあいを見ている横顔が、ちょうど横恋慕の切なさに見えるのか、スタッフのカメラが彩香に寄って行く。
バスの中では、「第二印象マッチング」のカードが配られ、スタッフから記入するよう指示される。
拓海のことを考えて少し胸が痛むが、番組を盛り上げるための指示に従うと決めた以上、そこは理央の名前を書く。
この「あや恋」はただの恋愛リアリティーショーではない。骨髄ドナーを増やすための広報活動なのだから。
——愛菜が恋してるのはもう明らかとして、理央くんは愛菜のことどう思ってるんだろ……。
実際問題、第一印象マッチングで理央は彩香の名前を書いたのだ。ここで万が一理央と彩香の第二印象マッチングが成立してしまっては、いたたまれないにも程がある。
不安を抱えたままにカードを提出し、水族館へと到着した。
「うわ、あ……!」
一行は涼しげな館内に足を踏み入れると、美しい珊瑚礁が広がっており、思わず感嘆の声が漏れる。
「あ、……あ、やば、どうしよ……」
彩香は、感極まって涙が溢れ出してしまった。これまでの不安や緊張が溢れ出したのもあるし、沖縄には、少し特別な思いがあった。
「彩香ちゃん!? どうしたの、大丈夫?」
「どしたー? ちょっと休憩する?」
結衣が彩香にハンカチを差し出し、目元へと当てながら頭を撫でる。けれども、スタッフが男女ペアでの撮れ高を求めているのを察してか、結衣が拓海へとバトンタッチした。
「ちょっと休憩できる場所に行こっか」
急遽、スタッフの指示で水槽を眺めながら休憩できるカフェへと二人は移動した。
その後、定点カメラが設置され、遠くからスタッフに囲まれつつ、二人きりで席に着く。
それまでの設営や準備なんかで彩香の涙は引っ込んでいたが、ここは想いを吐き出す場面だな、とお互いに苦笑した。
「話しにくかったら、無理にとは言わないけど……俺、聞くよ?」
撮影されている。そんな状況下で、こんな話は言いにくい。それに、もしこの話を放映するとしたら、同意を得るべき相手もいる。
それでも。
それでも、この番組を見るであろう視聴者に、知ってほしい現実があった。
拓海に話しているような、視聴者に向かって話しているような。あるいは一人でただ想いを吐き出しているような。そんな複雑な思いで、彩香は口を開く。